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2014年7月21日月曜日

書評 『身体巡礼-[ドイツ・オーストリア・チェコ編]-』(養老孟司、新潮社、2014)-西欧人の無意識が反映した「文化」をさぐる解剖学者の知的な旅の記録

(ウィーンのカプチン皇帝廟)

解剖学者の30年来の疑問を解くために中欧を歩いた旅の記録である。

死体処理と墓という「見えるもの」をつうじて、その背後にある西欧人の無意識が反映した「文化」を理解しようとする試みである。脳化社会論であり、世間論であり、情報論でもある。いや、欧州墓巡りの旅として読むのがもっともまっとうな読み方かな。

中欧はもっともヨーロッパ的なものが保存されている地域だといわれることがある。それはじっさいに歩いてみればわかることだ。ハプスブルク家の霊廟、心臓信仰、骸骨でつくられた納骨堂、ユダヤ人墓地、カトリック聖地などなど。養老氏が歩いて見て回ったのは、こういった「見えるもの」として残されている「痕跡」である。

そこに見られるのは「西欧文化」の諸相である。理性とヒューマニズムと合理主義にいろどられた「西欧文明」という意識の外皮の下には、西欧人の無意識が反映した「文化」が「痕跡」として存在するのである。それが「裏側」であり「深層」であり「古層」というものだ。文明と文化は異なるのである。

「日本文化」に生きる日本人には、なんとも理解しがたいものではあるのだが、だからこそ注目する必要があるのだ。逆に言えば、西欧人ではないからこそ西欧人の無意識レベルによる表現が、異様なものとして見えてくることもある。

養老孟司氏については、いまさらあえて解説するまでもあるまい。『バカの壁』が大ベストセラーになったことで一躍時の人となったが、もともとは解剖学者で医学博士である。つまりは理系ということだ。

本書も、その理系的発想と方法論がいかんなく発揮されている。その方法論とは現物を見て検証するというスタイルである。

文献に書いていないからこそ、その場にそのときの自分をおいてみる。その空気を味わってみる。そうすると、考えていたことが確認でき、深まり、新たな地平が広がっていく。
だから、現物に自分であたってみることがいちばん確実だ。人に振り回されないで済む。特にこういう問題は、無意識にやっている一般的な問題だから、文献を調べればいろいろと出てくる。でも、自然科学のスタイルは、現物を見て検証していくことだ。(P.175)

養老氏は、イエズス会が経営するカトリックの男子校・栄光学園の出身であることを最近知った。本書にもそのことが触れられているが、この体験は本書のテーマにも大いに反映しているようだ。

(カバー裏 ウィーン市街を一望できる墓地)

だが、本書にはもっとも肝心なことが書いていない。それはキリスト教の教会がそもそも墓であったという事実だ。

墓のうえに屋根がかけられたのが教会である。教会の地下室に墓があるというのは建築形式としてはそのように見えるが、発想としては逆なのである。ヨーロッパで教会のなかに入ってみればわかるはずだが、床に墓碑銘がある。それは墓石そのものなのだ。日本人的には墓石を踏むのは、なんとなくはばかられるのだが・・・。

こういうことを書いておいてくれると、初級者にとっての入門書ともなるのだが・・・。

プラハのユダヤ人墓地は、わたしもこれまで2回も(!)訪問している。訪ずれるたびに奇異な感にとらわれるのだが、今回はじめてマンション12階分の地下まで墓地が掘られている(!)ことを知った。信じられないほど驚異的な話である。

読んでいてわたしが疑問に感じたことがある。ここでいう疑問というのは批判ではなく、純粋な知的好奇心からわき上がってくる疑問のことである。

高貴なる人とはいえ、遺体から心臓を取り出し、その他の臓器も取り出すと、本文には書かれてないが即物的に考えれば、機能は停止していても鮮血がしたたるはずだ。容器に移し替えてもナマのままだから間違いなく腐敗するはずだが臭いはどうなのか、という疑問だ。この容器が教会のなかに保存されてきたのだ。

一カ所だけその点にかんする記述がある。視覚以外の知覚器官をつじた、自分の「身体」を媒介にした考察をもとにした記述である。

たとえば欧州の墓地では、実際に死体の臭いを感じることがある。私は仕事柄、その臭いを知っている。でもふつうの人は気づかないであろう。(P.139)

もちろん、わたしはそれは感じたことはない。そういう仕事にはついていないから敏感ではない。だからこそ、養老氏のこういった記述が意味をもつのである。

おそらく、この続編となる[イタリア・ポルトガル・フランス編]で言及されることになると思うが、重要なテーマはいわゆる「聖遺物」である。聖人信仰のヨーロッパ的な形態である。

[ドイツ・オーストリア・チェコ編]でも、とくにチェコはもっともヨーロッパ的なるものが残存している地域だが、イタリア・ポルトガル(・・スペインがないのが残念!)は濃厚なカトリック地帯なので、聖遺物がらみの話は事欠かない。

続編の出版が大いに楽しみだ。


PS 続編は、 『骸骨考-イタリア・ポルトガル・フランスを歩く-』(養老孟司、新潮社、2016)として2年後に出版された。(2017年5月18日 記す)





目 次

第1章 ハプスブルク家の心臓埋葬-ヨーロッパの長い歴史は、無数の死者と共にある
第2章 心臓信仰-日本人には見えない、ヨーロッパの古層
第3章 ヨーロッパの骸骨―チェコ、4万体の人骨で装飾された納骨堂
第4章 内なるユダヤ人-埋葬儀礼はヒト特有のもの
第5章 ウィーンと治療ニヒリズム-脳化社会と身体の喪失、その問題の萌芽を探す
第6章 自己と社会と-身体と表裏一体に存在する、意識と脳についての考察
第7章 墓場めぐり-死を受け入れた身体の扱われ方に表象する死生観
第8章 お墓が中心-名もない死体が目の前に流れ着いたとき、あなたは
掲載写真について
その場に身をおくということ

著者プロフィール

養老孟司(ようろう・たけし)

1937(昭和12)年、鎌倉生れ。解剖学者。東京大学医学部卒。東京大学名誉教授。心の問題や社会現象を、脳科学や解剖学などの知識を交えながら解説し、多くの読者を得た。1989(平成元)年『からだの見方』でサントリー学芸賞受賞。新潮新書『バカの壁』は大ヒットし2003年のベストセラー第1位、また新語・流行語大賞、毎日出版文化賞特別賞を受賞した。大の虫好きとして知られ、現在も昆虫採集・標本作成を続けている。『唯脳論』『かけがえのないもの』『身体の文学史』『手入れという思想』『バカの壁のそのまた向こう』など著書多数。(出版社書籍案内より)。


<参考>

本書には言及がないが、養老氏はかつて『死の発見-ヨーロッパの古層を訪ねて-』(岩波書店、1997)を松原秀一氏と荻野アンナ氏との共著で出している。テーマ的に『身体巡礼』とは直接重なる内容なので、この場で参考文献としてあげておきたい。こういう内容豊富で汲めども尽きぬ話題に満ちた知的刺激に満ちた本が、文庫化されることもなく、再刊されることもなくそのままになっているのはじつに惜しい。



本書でも参考書として言及されている『中欧の墓たち』(平田達治、同学社、2001)は、中欧を中心心としたドイツ語文学の専門研究者による詳細なガイドブックとでもいうべき本。ウィーン、プラハ、ベルリンを中心に墓だけで文化史に仕立て上げた怪著である。


この本の姉妹編の『中欧・墓標をめぐる旅』(平田達治、集英社新書、2002)もおすすめだ。上記の三都市に加えてミュンヘン、ハンブルク、ワイマール、チューリヒのドイツ語圏の諸都市の墓が取り上げられている。



<関連サイト>

養老孟司×隈研吾×廣瀬通孝 鼎談:日本人とキリスト教死生観(2) (日経ビジネスオンライン 2014年3月25日)
・・「相対評価」ではなく「絶対評価」が個人主義を育む」  近代精神の主導者であるイエズス会系の栄光学園という男子校出身者の三人が語りあう記事。養老孟司氏が阿部謹也の「世間論」をいちはやく理解した背景がわかる。一部引用しておこう。

- 以前、養老先生は、日本人とキリスト教は折り合いが悪いとおっしゃっていました。
養老: そうね、だから世間にふたつの基準ははいらない、という。
- 若い時にキリスト教的な価値観を浴びたことで、ご苦労されたことはありますか。
養老: 苦労というか、考え方ですよね。これは自分じゃなかなか分からないんですけど、考え方は相当、影響を受けているんじゃないですか。キリスト教的な考え方に合う、合わない、というもとの性質はあるとは思いますけど。だって僕は日本の世間とは、もともとあまり合わないじゃないですか。・・(後略)・・


なお、上記の対談は『日本人はどう死ぬべきか?』というタイトルで日経BP社から単行本化されている(2014年11月28日 記す)




<ブログ内関連記事>

書評 『骸骨考-イタリア・ポルトガル・フランスを歩く-』(養老孟司、新潮社、2016)-欧州のラテン系諸国の「骸骨寺」めぐり
・・本書の続編


養老孟司氏関連

『形を読む-生物の形態をめぐって-』(養老孟司、培風館、1986)は、「見える形」から「見えないもの」をあぶり出す解剖学者・養老孟司の思想の原点

書評 『唯脳論』(養老孟司、青土社、1989)-「構造」と「機能」という対比関係にある二つの側面から脳と人間について考える「心身一元論」

書評 『見える日本 見えない日本-養老孟司対談集-』(養老孟司、清流出版、2003)- 「世間」 という日本人を縛っている人間関係もまた「見えない日本」の一つである

「釈尊成道2600年記念 ウェーサーカ法要 仏陀の徳を遍く」 に参加してきた(2011年5月14日)
・・養老孟司氏とスマナサーラ長老という、ビッグな対談者の存在と発言。 「養老孟司氏の深くて低いトーンの語り口を心地よく聞いていた。脳死問題にかんして、日本で脳死議論が諸外国に比べて10年以上も遅れた理由を「世間」から解き明かしたのは実に明快であった。日本では死ねば「世間」から外に出される。一方、妊娠中絶がまったくといっていいほど問題にならないのは、「世間」に入っていない状態だから」


解剖学とアート(芸術&技術)

『バロック・アナトミア』(佐藤 明=写真、トレヴィル、1994)で、「解剖学蝋人形」という視覚芸術(?)に表現されたバロック時代の西欧人の情熱を知る

書評 『猟奇博物館へようこそ-西洋近代の暗部をめぐる旅-』(加賀野井秀一、白水社、2012)-猟奇なオブジェの数々は「近代科学」が切り落としていった痕跡

医療ドラマ 『チーム・バチスタ 3-アリアドネの糸-』 のテーマは Ai (=画像診断による死因究明)。「医学情報」の意味について異分野の人間が学んだこと
・・死因の糾明に解剖に頼らず、AI(Autopsy Imaging:死亡時画像診断)を使おうという提唱する医者=作家の作品とそのドラマ化


カトリック世界とヨーロッパ

Memento mori (メメント・モリ)と Carpe diem (カルペー・ディエム)-「3-11」から 49日目に記す
・・「死を忘れるな!」と「この日を生きろ」

書評 『ラテン語宗教音楽 キーワード事典』(志田英泉子、春秋社、2013)-カトリック教会で使用されてきたラテン語で西欧を知的に把握する

語源を活用してボキャブラリーを増やせ!-『ヰタ・セクスアリス』 (Vita Sexualis)に学ぶ医学博士・森林太郎の外国語学習法

「マリーアントワネットと東洋の貴婦人-キリスト教文化をつうじた東西の出会い-」(東洋文庫ミュージアム)にいってきた-カトリック殉教劇における細川ガラシャ
・・イエズス会の保護者でもあったカトリックの牙城ハプスブルク家出身のマリー・アントワネット

書評 『修道院の断食-あなたの人生を豊かにする神秘の7日間-』(ベルンハルト・ミュラー著、ペーター・ゼーヴァルト編、島田道子訳、創元社、2011)-修道院における「断食」は、減量法を越えてスピリチュアルへの道を拓く ・・ドイツのカトリック系修道院


墓と建築物の関係

「ルドルフ・シュタイナー展 天使の国」(ワタリウム美術館)にいってきた(2014年4月10日)-「黒板絵」と「建築」に表現された「思考するアート」
・・「シュタイナーは「墓が建築物の発端である」と見ていたそうだ。キリスト教の教会建築がそもそも墓であるように、墓=母体の連想は古代以来のものである。沖縄の亀甲墓(きっこうぼ)もまた内部が空洞の構造であるが、墓や洞窟は死を内包する空間なのである。ドイツ生まれのユング派心理学者エーリヒ・ノイマンの『グレート・マザー』やスイス人法律家バッハオーフェンの『母権制』を想起させる。いずれもドイツ語圏が生み出した思想家である」


「日本文化」における死者と埋葬

鎮魂!「日航機墜落事故」から26年 (2011年8月12日)-関連本三冊であらためて振り返る
・・「死ねば遺体はたんなるモノに過ぎないと割り切れる、宗教や死生観を別にする諸外国の人たちとは異なり、遺体にこだわる日本人にとっては、遺体確認の作業はきわめて重要なタスクである」

両国回向院(東京)で戦後はじめて開催された「善光寺出開帳」にいってきた(2013年5月4日)+「鳥居清長名品展」(特別開催)
・・関東大震災の死者を弔う回向院

書評 『霊園から見た近代日本』(浦辺登、弦書房、2011)-「近代日本」の裏面史がそこにある ・・青山墓地を筆頭に東京は墓地の一大集積地帯でもある。維新後の東京に眠る、福岡に源流を持つ政治結社「玄洋社」に連なる人びととのお墓をはさんだ対話録

書評 『「結婚式教会」の誕生』(五十嵐太郎、春秋社、2007)-日本的宗教観念と商業主義が生み出した建築物に映し出された戦後大衆社会のファンタジー
・・ちなみに、明治時代にキリスト教が「解禁」されてからも、葬儀にかんしてはなかなかキリスト教式が認められなかった。明治17年まで葬儀は仏教式以外は認められていなかった(!)のである。

(2014年7月25日、8月12日、28日 情報追加)





(2012年7月3日発売の拙著です)











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