「アタマの引き出し」は「雑学」ときわめて近い・・日本マクドナルド創業者・藤田田(ふじた・でん)に学ぶものとは?

◆「アタマの引き出し」つくりは "掛け算" だ : 「引き出し」 = Σ 「仕事」 × 「遊び」
◆酒は飲んでも飲まれるな! 本は読んでも読まれるな!◆ 
◆一に体験、二に読書、その体験を書いてみる、しゃべってみる!◆
◆「好きこそものの上手なれ!」◆

<旅先や出張先で本を読む。人を読む、モノを読む、自然を読む>
トについてのブログ
●「内向きバンザイ!」-「この国」日本こそ、もっとよく知ろう!●

■■ 「むかし富士山八号目の山小屋で働いていた」全5回 ■■
 総目次はここをクリック!
■■ 「成田山新勝寺 断食参籠(さんろう)修行(三泊四日)体験記 」全7回 ■■ 
 総目次はここをクリック!
■■ 「庄内平野と出羽三山への旅」 全12回+α - 「山伏修行体験塾」(二泊三日)を中心に ■■
 総目次はここをクリック!


「個」と「組織」のよい関係が元気をつくる!

「個」と「組織」のよい関係が元気をつくる!
ビジネス寄りでマネジメント関連の記事はこちら。その他の活動報告も。最新投稿は画像をクリック!



ご意見・ご感想・ご質問 ken@kensatoken.com にどうぞ。
お手数ですが、コピー&ペーストでお願いします。

© 2010~2016 禁無断転載!



2014年7月25日金曜日

日清戦争が勃発してから120年(2014年7月25日)-「忘れられた戦争」についてはファクトベースの「情報武装」を!

(船橋大神宮境内にある「征清記念碑」)

本日(2014年7月25日)は、日清戦争が勃発してから120年。日本と清国(・・現在の中国共産党政権の前の「王朝」)との闘いです。明治27年(1894年)のことでありました。

日露戦争は、司馬遼太郎の『坂の上の雲』とそのドラマ化でひろく日本国民の「常識」となっていますが、その前の日清戦争については、あまりその内容は知られていないのではないかな??

いちおう歴史の教科書には掲載されてますが、「忘れられた戦争」になってしまっているのでしょうね。アメリカでも、ベトナム戦争の後遺症があまりにも大きかったので、朝鮮戦争が「忘れられた戦争」になってしまっています。The Forgotten War とはアメリカでは朝鮮戦争のことをさしています。

日清戦争は、日本と清国のあいだの戦争ですが、じっさいに主戦場となったのは日本でも清国でもなく朝鮮半島それと台湾。日露戦争でも、戦場となったのは日本でもロシアでもなく満洲でした。戦争当事国と戦場はかならずしも一致しないのです。

(日清戦争 1894~1895 の戦場 wikipediaより)

日清戦争から120年ということで、「尖閣問題」がらみで中国共産党政府がぐちゃぐちゃ言ってくるでしょうが、日本国民にとっての「正しい歴史認識」(!)に基づいて「情報武装」しておきましょう。そのためには wiikipedia 情報などを読んでみることもいいかもしれません。そもそも日本が戦ったのは清国であって中国共産党ではない!

写真は、千葉県船橋市の船橋大神宮の境内にある「征清記念碑」(せいしん・きねんひ)左隣の「日露戦役記念碑」と対(つい)になってます。「征清」の「征」とは、「征服」の「征」ではなく、「出征」の「征」のことでしょう。清との戦争に出征した、ということです。


(左が日露戦役記念碑、右が征清記念碑。 船橋大神宮にて)

明治時代の「近代日本」においては、はじめての大規模動員となったのが日清戦争。近代国家の根幹をなす徴兵制度のもと、日本全国津々浦々の若い男子が出征していったのです。

インターネットはおろかテレビもラジオもなく、新聞とクチコミ情報しかなかった時代、国民皆兵の意味を肌身を通じて実感した、それはインパクトの大きな事件であったのです。だからこそ、そのインパクトを記憶として共有するために石碑が建立されたわけです。

日本全国どの神社にもこの石碑があるはずです。みなさんも、お近くの神社で、散歩がてらこの石碑をあらためて眺めてみるとよいでしょう。

歴史的事件を地域コミュニティの共有記憶するために石碑が建立されたこと、そしてその記憶を保存するために、護国神社に限らず、全国津々浦々の神社が石碑を撤去しないでそのまま残していること。この意味も深く考えておくべきでありましょう。

それぞれ異なる方言とバックグラウンドをもった兵士たちが全国から動員され、大日本帝国の旗の下に戦った日清戦争。ここにはじめてナショナリズムが成立したのです。「国民」意識が生まれたのです。

まずは、ファクト(事実)ベースで、日清戦争とはなんであったのか知ることが第一歩なのです。






PS 日清戦争については外交責任者として講和条約まで関与した紀州藩出身の外交官・陸奥宗光(みつ・むねみつ)の『蹇蹇録(けんけんろく)-日清戦争外交秘録-』が、外交のリアリズムに徹した名著として有名である。あくまでも事実に立脚したリアリズムが、21世紀のいまも求められることは言うまでもない。




<関連サイト>

中国で沸騰、「なぜ日清戦争に負けたのか?」 120年前を起点に語られる民族復興のストーリー(東洋経済オンライン、2014年7月25日)
・・「中国において共産党の正統性を強調するためには、甲午戦争(=日清戦争)から始まる日本との戦いというストーリーが欠かせないのだ。・・(中略)・・日本の敗戦から70年めとなる来年夏に向け、中国は「歴史問題」を繰り返し提起してくるだろう。その根っこに日清戦争があることを日本人はもっと認識しておく必要がある」。


<ブログ内関連記事>

「石光真清の手記 四部作」 こそ日本人が読むべき必読書だ-「坂の上の雲」についての所感 (4)
・・石光真清は日清戦争の際は台湾に出征した

書評 『ナショナリズム-名著でたどる日本思想入門-』(浅羽通明、ちくま文庫、2013 新書版初版 2004)-バランスのとれた「日本ナショナリズム」入門
・・日本ナショナリズムの成立は日清戦争から

ルカ・パチョーリ、ゲーテ、与謝野鉄幹に共通するものとは?-共通するコンセプトを「見えざるつながり」として抽出する
・・鉄幹の「人を恋ふる歌」は李朝朝鮮王朝の首都京城(ソウル)の日本人学校教師として滞在していた与謝野鉄幹が、明治30年かの地にて詠んだ歌。日清戦争から3年後の朝鮮

書評 『忘却に抵抗するドイツ-歴史教育から「記憶の文化」へ-』(岡 裕人、大月書店、2012)-在独22年の日本人歴史教師によるドイツ現代社会論 ・・ユダヤ人虐殺の記憶の忘却に抵抗するため「記憶装置としての石碑」を首都ベルリンにど真ん中に建築したドイツ

ジャッキ-・チェン製作・監督の映画 『1911』 を見てきた-中国近現代史における 「辛亥革命」 のもつ意味を考えてみよう

宮崎滔天の 『支那革命軍談』 (1912年刊)に描かれた孫文と黄興の出会い-映画 『1911』 をさらに面白く見るために

特別展「孫文と日本の友人たち-革命を支援した梅屋庄吉たち-」にいってきた-日活の創業者の一人でもあった実業家・梅屋庄吉の「陰徳」を知るべし




(2012年7月3日発売の拙著です)










Clip to Evernote 


ケン・マネジメントのウェブサイトは
http://kensatoken.com です。

ご意見・ご感想・ご質問は  ken@kensatoken.com   にどうぞ。
お手数ですが、クリック&ペーストでお願いします。

禁無断転載!



end