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2014年1月26日日曜日

『足尾から来た女』(2014年1月)のようなドラマは、今後も NHK で製作可能なのだろうか?


NHKのドラマ『足尾から来た女』が面白かった。2014年1月18日と25日と2回にわたって放送された土曜ドラマである。

足尾とは足尾銅山の足尾。栃木県の足尾である。「足尾鉱毒購事件」という「富国強兵時代」の近代日本が経験した初の「公害事件」である。

戦後の「高度成長時代」の日本はイタイイタイ病や水俣病を経験することになる。そしてまた「3-11」で福島第一原発の事故で放射能漏れを経験することになった。この国は何も変わっていないのではないか?


「足尾鉱毒事件」と谷中村出身者が主人公

鉱毒によって環境汚染された足尾の谷中村から「土地強制収用」によって立ち退きを余儀なくされ、生まれ故郷を喪失することになった農民たち。

その農民の娘の一人が主人公の新田サチであった。直訴状で有名な田中正造の推薦で、東京の福田英子宅の住み込み女中となった。これは史実にもとづいた実話のようだ。

福田英子(ふくだ・ひでこ)は旧姓は景山、自由民権運動の闘士から社会主義者になった女性運動家である。当時は老いた母親と年下の社会主義者・石川三四郎と暮らしていた。明治時代前半の「自由民権運動」時代には「大津事件」に連座、爆発物所持を理由に逮捕され投獄されている。直情径行で、「明治の爆弾娘」ともいうべき人であった。

農民として生まれ、字を読めず、ある意味では無知でもあったサチは、警察から福田英子宅で見聞きした話は細大漏らさず報告するように求められる。つまり密偵の役割を負わされたわけだ。

そのサチが福田英子の交友関係を中心としたネットワークーのなかに巻き込まれ、大逆事件で死刑となった幸徳秋水や堺利彦、石川三四郎といった社会主義者、社会主義に限りなく共感を寄せる文学者の石川啄木、そして与謝野晶子といった人々とのかかわりのなかで成長してくストーリー。

特定の主義ではなく、生まれ故郷を追われたことに対する怒り。これは人間にとって、より根源的なものだ。

たとえ時代はいまから100年以上前のものだとしても、扱われているテーマはきわめてアクチュアルなものである。「激動の明治時代」と銘打たれているが、生きるのが厳しい時代であるのはいつの時代でも変わらない。

主人公を演じた尾野真千子、田中正造を演じた柄本明、福田英子を演じた鈴木保奈美のいずれも好演であった。明治末の時代をよく表現できていたと思う。


日本の「時代閉塞状況」はさらに強まりつつあるのか?

足尾鉱山、谷中村、田中正造、福田英子、幸徳秋水、石川三四郎・・・。こうならべると「反権力」のかたまりのような面々ではないか。とくに大逆事件で死刑になった幸徳秋水の汚名はいまだに払拭(ふっしょく)されたとは言い難い。

NHKは昨日(2014年1月25日)からあたらしい会長のもとで新体制になった。「不偏不党」の公共放送としての理念を堅持すると言っていた。

だが、時の権力に立てついた人々を描いた『足尾から来た女』のようなドラマが、はたして企画じたい今後は通るのだろうか? 

先ごろ NHK に送り込まれた安部首相のお友達の面々が、いかにも毛嫌いしそうなテーマでないか!? 抒情的な作品で有名な歌人・石川啄木は、「われは知る、テロリストのかなしき心を・・・」(「ココアのひと匙」1915年)、なんてテーマを歌った詩人でもある。

異議申し立てのできない、異論や反論の許されない社会は、それこそ石川啄木ではないが「時代閉塞」(1910年)そのものである。わたしは社会主義や社会主義政党には共感は感じたことはないが、社会正義の追求は、よって立つ主義のいかんにかかわらず追求すべきものであると考える。健全な批判精神こそ、自分のアタマで考え、自分で行動するためにもっとも重要なマインドセットである。

自由民権運動の火が燃え上がったのは、「一、広く会議を興し、万機公論に決すべし」で始まる「五箇条の御誓文」の精神が、政府によってないがしろにされてきたことに対する怒りが原点にあるのだ。

自由民権運動の闘士であった福田英子も、その家の住み込み女中となった谷中村出身のサチも、アタマでっかちの議論ではなく、ハラの底からの怒りを感じた女性たちであった。

近代日本の出発点にあたって高らかにうたい上げられた「五箇条の御誓文」の精神に、いまいちど立ち返るべきではないか? 「五箇条の御誓文」の精神こそ、グローバル社会のなかでナショナルな存在として生きていくための指針となるものだからだ。





PS さっそくNHK新会長が「不偏不党ではない」ことが露呈

総合商社出身だが国際感覚を著しく欠いた新会長。

いきなり従軍慰安婦や強制連行などにかんして「持論」を開陳「公共放送」を預かる「公人」とは思えない発言内容に、仕事はできても「教養」と「品性」の欠如した典型的な「日本人ビジネスマン」を感じるのは、わたしだけではあるまい。

この発言が「不偏不党ではない」と主張して弁護する政治家たちがいるが、「左翼」に反対する見解ならすべてが許されると思うのは甘い。いや傲慢ですらある。国民を愚弄するにもほどがある。

「公人」の立場ではなく「私人」の立場での発言だなどという「妄言」が許されるとしたら、なんでもありではないか。まことにもってお粗末な国の粗末な「公人」たちである。

(2014年1月29日 記す)


(参考) 「籾井新会長の登場により露呈したNHKというシステムの矛盾」(現代ビジネス 2014年1月29日)
「いっそ受信料を廃止してしまい、税金で運営する国営放送になってしまったほうが形としては分かりやすい」、という記事の筆者の発言には大いに賛成。

受信料支払者に発言権がないのはおかしいのではないか!? 相互会社形態をとる保険会社でも、保険金の支払者である保険加入者には経営に対する発言権があるではないか!


かける前にかかるのが「圧力」だ (小田嶋 隆、日経ビジネスオンライン、2014年1月31日)
・・NHK会長の発言について。「現場」の反応はまさに小田嶋氏が推測するとおりだろう



<関連サイト>

NHKのドラマ『足尾から来た女』 (公式サイト)

石川啄木 「呼子と口笛」(青空文庫)
・・このなかに「われは知る、テロリストの かなしき心を--」ではじまる「ココアのひと匙」や「飛行機」といった名編がある


<ブログ内関連記事>

「主権在民」!-日本国憲法発布から64年目にあたる本日(2011年5月3日)に思うこと
・・民権>国権か、民権<国権か、この議論は明治時代に近代化が始まって以来の争点である

「五箇条の御誓文」(明治元年)がエンカレッジする「自由な議論」(オープン・ディスカッション)
・・この「国是」を出発点として「自由民権」運動がわきあがった

福澤諭吉の『学問のすゝめ』は、いまから140年前に出版された「自己啓発書」の大ベストセラーだ!
・・「かりそめにも政府に対して不平を抱くことあらば、これを包みかくして暗に上を怨むことなく、その路を求めその筋に由り、静かにこれを訴えて遠慮なく議論すべし。天理人情に叶うことならば、一命をも抛(なげう)ちて争うべきなり。これすなわち一国人民たる者の分限と申すものなり」(初編)

『大アジア燃ゆるまなざし 頭山満と玄洋社』 (読売新聞西部本社編、海鳥社、2001) で、オルタナティブな日本近現代史を知るべし!
・・国権主義者と目される頭山満であるが、もともとは民権思想家の中江兆民とは親友であり、頭山満の思想とは民権は国権が主導してこそ実現するという趣旨すべしというもので、民権派との違いはバランスの力点の置き方の違いであったことに注意したい

書評 『ナショナリズム-名著でたどる日本思想入門-』(浅羽通明、ちくま文庫、2013 新書版初版 2004)-バランスのとれた「日本ナショナリズム」入門

『王道楽土の戦争』(吉田司、NHKブックス、2005)二部作で、「戦前・戦中」と「戦後」を連続したものと捉える
・・「富国強兵」と「高度成長」の共通性はポジティブな側面とネガティブな側面に共通! 「1954年生まれの安倍晋三、1957年生まれの石破茂という「ポスト団塊世代」の政治家二人。奇しくも復活した第二次安倍内閣で総理大臣と自民党幹事長という要職についている二人である。安倍晋三は満洲国で統制経済を主導した「革新官僚」岸信介の孫である。石破茂は大陸や半島に海を挟んで最前線のある島根出身の政治家である。著者は、団塊世代と団塊ジュニアにはさまれた「ポスト団塊世代」に、「戦前・戦中」と「戦後」をつなぐものがあるとみているのだろうか?「戦前・戦中」と「戦後」はいっけん断絶したようにみえて、じつは根底のところでつながっているのである」

書評 『苦海浄土-わが水俣病-』(石牟礼道子、講談社文庫(改稿版)、1972、初版単行本 1968)

書評 『複合汚染』(有吉佐和子、新潮文庫、1979、初版1975年)

書評 『原発と権力-戦後から辿る支配者の系譜-』(山岡淳一郎、ちくま新書、2011)-「敗戦国日本」の政治経済史が手に取るように見えてくる

石川啄木 『時代閉塞の現状』(1910)から100年たったいま、再び「閉塞状況」に陥ったままの日本に生きることとは・・・ 

冬の日の氷雨のなか、東京のど真ん中を走る馬車を見た
・・田中正造の直訴状(1901年)

NHKの連続テレビ小説 『カーネーション』が面白い-商売のなんたるかを終えてくれる番組だ
・・尾野真千子主演

書評 『チェンジメーカー-社会起業家が世の中を変える-』(渡邊奈々、日本経済新聞社、2005)





(2012年7月3日発売の拙著です)





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