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2010年8月11日水曜日

本日よりイスラーム世界ではラマダーン(断食月)入り


                                         
 本日からイスラーム世界、および世界中のムスリムにとってのラマダーン(Ramadan)が始まる。
 イスラーム暦で9番目の月ラマダーンは「断食月」である。


ヒジュラ暦(=イスラーム暦)は太陰暦

 今年(2010年)は、西暦だと 8月11日から 9月9日まで続く。西暦2010年8月11日は「ヒジュラ歴」(イスラーム暦)1431年9月1日に該当する。宗教指導者によって新月を確認し発表する。

 イスラーム世界では太陰暦を使用する。華人も太陰暦を使って年中行事の日取りを決めている。こう考えると、明治維新後の日本人がいかに革命的な変化を受け入れたかが理解できるはずだ。この件については、皇紀2670年の「紀元節」に、暦(カレンダー)について考えてみる を参照されたい。自分が書いた文章であるが、該当箇所を引用しておこう。

イスラーム圏では、太陰暦であるイスラーム暦、正確にいうと「ヒジュラ暦」が使用されており、第2代正統カリフのウマル・イブン・ハッターブが、預言者ムハンマド(モハメット)がメッカからメディナ聖遷した年を、「ヒジュラ暦」元年とした。西暦でいうと622年のことである。したがって今年2010年は、ヒジュラ暦1431年となる。

 しかしよりによって、なんでこんな真夏の暑い時期に断食か、と思うのは私だけではないだろう。気温が非常に高く日照時間も長い、一年でも特に過酷な時期である。

 Wikipediaで断食月のカレンダーをみていると、太陰暦でも夏に集中していることがわかる。だいたい西暦6月から10月のあいだに収まっているようだ。イスラーム暦は完全な太陰暦で、閏月(うるうづき)の補正をまったく行わないためだ。


ラマダーン月の「義務の断食」(サウム)の内容


 ラマダーンはイスラーム暦で9月の意味である。ラマダーン月の断食はムスリムにとっては「義務の断食」で、アラビア語ではサウム(sawm)という。

 私が使っている「イスラーム辞典」には、岩波書店のもの(初版 2002年発行)と平凡社のもの(初版 1982年)があるが、最新の岩波版では「断食」と「サウム」は別項目としてたて詳細に説明しているので、参考のために要約して引用しておこう。

断食(sawm; siyam : 英語 fasting)

 信仰行為の1つで、暁から日没まで飲・食・性(食欲と性欲)を断つこと。飲食だけではないため、斎戒との邦訳もある。法学では、義務の断食、推奨の断食、任意の断食に分けられる。
 義務の断食はラマダーン月の断食で、成年男女で健康な者は全員が1ヶ月間の断食を行わなければならない。
 推奨の断食には、ムハッラム月9・10日の断食、毎月3日間の断食などがある。
 任意の断食は自由であるが、最多は、通年で一日おきに行うダーウード(=ダビデ)の断食とされる。
 断食が禁じられているのは、二大祭の祝日である断食明けの祭と犠牲祭。
 断食は、暁の礼拝が始まる前(通例は半時間程度前)から日没まで行われ、その間は飲食(喫煙を含む)や性行為(性交、自慰など)を断たなくてはならない。日没後は速やかに断食を終わらせるのがスンナ(=慣行、慣習)で、いたづらに長引かせることは忌避される。(小杉泰)

サウム(sawm)

 断食または斎戒の意味。ラマダーン月の断食はムスリムに課された五行の4番目の義務行為である。
 ムハンマドはヒジュラ(注:聖遷)後、ユダヤ教徒の慣習であったアーシュラー(注:ヨム・キップール)の断食をムスリムに課した。しかし、バドルの戦いの勝利後に、ヒジュラ暦のラマダーン月一ヶ月の断食が義務として課されることによって(Q2:183)・・(以下省略)・・
 ラマダーン月は新月の確認によって始まり、翌月シャウワール月の新月の確認によって終わり、29日間もしくは30日間である。一日の断食は日の出の約1時間半前から日没までである。日の出前の食事をサフールといい、日没後の食事をイフタールという。
 断食中は飲食、喫煙、性交が禁じられ、言動も慎まなければならない。
 断食の対象者は、信徒の成年男女で心身ともに健康な者である。高齢者、身体虚弱者、病人、旅人、妊婦、授乳中の婦人、月経や産後の出血のある者などは断食を免除される。最初の二者は断食できなかった日数分と同じ人数の貧信徒に一食を与え、他の者たちは後日に埋め合わせをしなければならない。・・(以下省略)・・(森 伸生)

サフール(safur 英語 daybreak meal)

 断食を行う際に夜明け前にとる食事。サフールにはアッラーの祝福があるとされ、なるべくサフールをとることが勧められている。サフールをとる時間は真夜中から暁(夜が白む頃)までである。サフールはできるだけ遅くとることが勧められている。・・(中略)・・サフールを終えた時点で断食を行う意思表示をする。・・(以下略)・・(森 伸生)

イフタール(iftar 英語 breaking the fast)

 断食明けの食事。断食者は日没確認後にイフタールをとる。一般にはマグリブ礼拝のアザーンを聞いてイフタールを始める。イフタールは早めにとることが勧められている。・・(中略)・・イフタールではナツメヤシの実または水をとるのがスンナ(=慣行、慣習)である。その後にマグリブ礼拝をする。礼拝の後にゆっくり食事をする。(森 伸生)


 つまるところ、ラマダーン月の義務の断食は、1ヶ月間にわたって続くのであるが、日没から日の出までの間に何回かにわけて一日分の食事をとるわけだ。ただし日照時間が長い時期に実施されることが多く、また日照時間が長い極地に近い地域では、かなりたいへんな行(ぎょう)である。
 日照時間のあいだは水も一滴も飲めないのはかなりつらい。厳格な信者はツバも飲み込まないというが、世世界中のムスリムが実行しているわけであり、ムsリムのあいだに形成される連帯感の強さは比較のしようがないだろう。食べ物に対するありがたみも感じられるはずである。

 また、高齢者や身体虚弱者などの適用除外があり、十分に配慮されている。ただし、旅行中の適用除外はかなり幅広に解釈されているようで、この期間に出張を入れたり、顧客訪問のために移動中ということにして食事をとるビジネスマンもいるようだ。
 断食逃れのために海外に滞在する金持ちもいるようだが、ムスリムではない私からみてもいかがなものかとは思う。


ラマダーンの「義務の断食」の根拠は、クルアーン(コーラン)
 
 ラマダーンの「義務の断食」の根拠は、クルアーン(コーラン)にある。

 日本ムスリム協会発行の『日亜対訳・注解 聖クルアーン(第6刷)』から該当箇所を引用しておこう。引用は「伊斯蘭文化のホームページ」の「聖クルアーン」 から行った。
 ここでは、「サウム」の訳語として「断食」ではなく、「斎戒」を使用している。

183.信仰する者よ、あなたがた以前の者に定められたようにあなたがたに斎戒が定められた。恐らくあなたがたは主を畏れるであろう。

184.(斎戒は)定められた日数である。だがあなたがたのうち病人、または旅路にある者は、後の日に(同じ)日数を(斎戒)すればよい。それに耐え難い者の償いは、貧者への給養である。すすんで善い行いをすることは、自分のために最もよい。もしあなたがたがよく(その精神を)会得したならば、斎戒は更にあなたがたのために良いであろう。

185.ラマダーンの月こそは、人類の導きとして、また導きと(正邪の)識別の明証としてクルアーンが下された月である。それであなたがたの中、この月(家に)いる者は、この月中、斎戒しなければならない。病気にかかっている者、または旅路にある者は、後の日に、同じ日数を(斎戒する)。アッラーはあなたがたに易きを求め、困難を求めない。これはあなたがたが定められた期間を全うして、導きに対し、アッラーを讃えるためで、恐らくあなたがたは感謝するであろう。

187.あなたがたは斎戒の夜、妻と交わることを許される。かの女らはあなたがたの衣であり、あなたがたはまたかの女らの衣である。アッラーはあなたがたが自ら欺いているのを知っておられ、不憫におもわれ、あなたがたを許された。だからかの女らと交わり、アッラーがあなたがたのため、定められたところに従え。また白糸と黒糸の見分けられる黎明になるまで食べて飲め。その後は日暮れまで斎戒を全うしなさい。マスジドに御籠りしている間、かの女らに交わってはならない。これはアッラーの(定められた)掟だから、それに近付いてはならない。このようにアッラーは、人びとに印を説き明かされる。恐らくかれらは主を畏れるであろう。



 個人的には、世界的なイスラーム哲学研究者であった井筒俊彦博士の名訳で紹介したいところだが、井筒博士はムスリムではなかったようなので、ムスリム公認の日本語訳を紹介しておいた。
 なお上記の該当箇所は、『コーラン 上(改版)』(井筒俊彦訳、岩波文庫、1964)でいえば、「2. 牝牛(メディナ 啓示)」のカイロ版 183~185節になる(P.44~46)。

 ちなみに英語では、流麗な名訳で知られる、インド生まれの Abudullah Yusuf Ali(1872-1953) の The Meaning of THE HOLY QUR'AN という、英語=アラビア語対照版である。

 ただし、クルアーン(コーラン)はムスリムにとっての聖典であり、最後の預言者ムハンマドがアッラーから預ったコトバをそのまま忠実に伝え記したたものということになっているなので、アラビア語原典以外は認められていない。日本語訳も含めて翻訳はあくまでも意味を記したものにすぎないと見なされれる。
 ここはキリスト教とも、仏教とも大きく異なる点だ。


さらにハディースもラマダーンの「義務の断食」の根拠となる

 「ハディース」とは、預言者ムハンマドの言行録である。
 聖典「クルアーン」には、ムハンマドが預かったアッラーのコトバ以外はいっさい含まれていないということになっているので、聖典を補完する意味で「ハディース」という形で、ムハンマドのコトバを、伝承者が記録されることとなった。
 ハディースとは、原義は「話」、「語り」、「コトバ」という意味である。

 こんな機会でもないと、ムスリムではない私は『ハディース』に目を通すこともないので、「断食の書」だけでも読んでみた。正直いってムスリムや研究者以外は読んでもさほど面白い内容ではない。


 テキストは、『ハディース Ⅱ-イスラーム伝承集成-』(牧野信也訳、中公文庫、2001)「断食の書」(P.234~270)。
 ブハーリーのハディースの翻訳である。『ハディースⅥ』には、人名索引と事項索引が完備しているので非常に利便性がよい。きちんと学問的に正確な翻訳が日本語で入手できるのは実に幸いなことだ。レファレンスとして、『コーラン 全三冊』(井筒俊彦訳、岩波文庫、1964)とともに備えておくべき本である。

 参考のために、「ハディース」の項目一をすべて一覧しておこう。
 
「ハディース」の項目一覧

啓示が神の使徒に下されたことの次第
信仰の書
知識の書
浄めの書
洗滌の書
月経の書
砂による浄めの書
礼拝の書
礼拝の時刻
アザーン
金曜日の書
危急の際の礼拝
二大祭の書
奇数回のラクア
雨乞いの祈り
日蝕
コーラン朗誦中の跪拝
礼拝の短縮
夜の礼拝
メッカとメディナのモスクにおける礼拝の功徳
礼拝中してもよい行為
礼拝の際の不注意
(以上は、中公文庫版のⅠに所収)

葬礼の書
喜捨の書
巡礼の書
小巡礼
妨げられた巡礼
狩などを行ったことの償い
メディナの真価
断食の書
ラマダーン月の夜の礼拝
カドルの夜の功徳
勤行
売買の書
貸与
買い戻し
賃金
負債の委任
保証
委任
種蒔とその契約
水の契約
借金、返済、差しとめ、破産
言い争い
無くしたもの
悪業と強奪
共有
担保
奴隷の解放
解放の契約
贈与とその功徳
ウムラーとルクバー
(以上は、中公文庫版のⅡに所収)

証言
調停
契約の条件
遺言の書
聖戦
五分の一の規定
人頭税
創造の始め
預言者達
傑出した者達
預言者の教友達の美点
(以上は、中公文庫版のⅢに所収)

援助者たちの功績
遠征
コーラン解釈の書
慈悲深く慈愛あまねき神の御名において コーランの功徳

(以上は、中公文庫版のⅣに所収)

婚姻の書
離縁の書
養育の書
食物
アキーカ
屠られた動物と獲物
犠牲
飲みもの
病人
治療
衣服
正しい身の処し方
他人の家に入る許しを求めること
祈りの書
人生における恵み
(以上は、中公文庫版のⅤに所収)

予め定められること
誓約
償い
遺産の割当て分
刑罰
血の代償
背信者と反抗者に悔い改めを求めること、および彼らと戦うこと
強制
策略
夢の解釈
誘惑
権威
望み
慈悲深く慈愛あまねき神の御名において 唯一人の提供する情報
慈悲深く慈愛あまねき神の御名において 神の書および預言者の慣行を拠り所とすること
神の唯一性
(以上は、中公文庫版のⅥに所収)


 どうだろうか、宗教上の倫理規定だけでなく、商取引も含めた民法と刑法のほぼすべての領域にわたって、ことこまかな規定が行われていることがわかるだろう。
 翻訳者の牧野信也氏は、「コーランとハディースの関係は、あくまでもコーランを中心にして、それをハディースが司法から囲む二つの同心円というふうに現すことができる」(Ⅵ巻の解説)と述べている。

 「クルアーン」と「ハディース」を中核にすえて、さらに法解釈を加えたものが、イスラーム法学の基礎となるわけである。
 律法宗教の特性とは、このようなものなのだ。この点は、同じく律法宗教であるユダヤ教と共通している。キリスト教は、この律法宗教としての特性を否定したところにあるのが、キリスト教は一神教とはいえ、イスラームともユダヤ教とも大きく異なるのである。

 とはいえ、イスラームにおいては、さまざまな例外規定が存在することや、解釈の濃淡に差があることは、「義務の断食」にからめて見てきたとおりである。
 こうした各種の規定も、いったん受け入れてしまえば、生きるのがきわめてラクになるのではないか。あまり悩まなくてもよくなるから。

 イスラームはアタマで考えるほど、ギチギチしたものではなさそうだ。


日本人にとってイスラームは無縁な存在ではない

 中近東にかかわりがなくても、少なくとも東南アジアにかかわる人は、インドネシアやマレーシアに限らず、タイでもベトナムでもムスリム人口がいるので、無視できない要素である。

 東南アジアのホテルに宿泊した際には、机の引き出しをあけてみるとよい。シンガポールのホテルでも、コーランとともに、メッカの方向(キブラ)を示したコンパスが書かれているはずである。これをキブラ・コンパスという。

 ムスリムにかんしては、もちろん中国もはずせない。回族とよばれる存在だ。

 イスラーム金融が日本の金融業や企業の視野にも入ってきた現在、クルアーンもハディースも無視できないものとなってきている。

 生活関連の要素から入っていけば、理解しやすいので、とくに今回取り上げたラマダーン(断食)やハラールフードなどの話題から、イスラームに親しんでもらいたいものだ。

 今回はその観点から、断食と断食の祭の食事に重点をおいて書いてみた次第。






<参考ウェブサイト>

イスラムのホームページ 

伊斯蘭文化のホームページ


<ブログ内参考記事>

皇紀2670年の「紀元節」に、暦(カレンダー)について考えてみる
・・イスラーム暦を含めた太陰暦、それぞれの元年についての考察

「マレーシア・ハラール・マーケット投資セミナー」(JETRO主催、農水省後援)に参加
・・シャリーア(イスラーム法)コンプライアントな食品がハラール・フード

タイのあれこれ (18) バンコクのムスリム
・・「仏教国」という、ステレオタイプの固定観念からはみえてこないタイ

書評 『緑の資本論』(中沢新一、ちくま学芸文庫、2009)
・・イスラームの経済思想について、ユダヤ教、キリスト教と比較して考察

成田山新勝寺「断食参籠(さんろう)修行」(三泊四日)体験記 (総目次)
・・仏教の断食についての体験記   





(2012年7月3日発売の拙著です)








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