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2017年8月10日木曜日

「現代史」を軽視してきた「歴史教育」のツケをどう克服するか?-歴史教育の現場で「逆回し」の実践を!

(NHKのニュースサイトより)


昨日(2017年8月9日)のことだが、NHKの夜7時のニュースで、かなり衝撃的な内容の調査結果が放送されていた。

「終戦の日14%が「知らない 18歳と19歳世論調査(NHK)」である。「選挙権年齢」が昨年(2016年)に、20歳から引き下げられて18歳になったのを踏まえて世論調査を行ったのだという。

結果をかいつまんで要約すると、調査に回答した18歳と19歳のうち、「終戦の日」がいつかを知っていたのは14%としかいないという衝撃的に低い数字が出たのである。

だが、記事をよく読むと、広島と長崎に原爆が投下されたことを知っていたのは99%であることも書かれている。この点にも注意を払う必要がある。

「東京大空襲」(3月10日)やその他各都市における「空襲」について質問されたのかどうかはわからないが、なぜ「終戦の日」が「14%」と低いのに、「原爆の日」が「99%」が高いのか、その違いについて、もっと探求する必要がありそうだ。

メディアにおける露出度の量的な違いも背景にあると考えるべきだろう。

以下、記事内容そのものではなく、記事に触発されて考えたことを記しておきたい。


教育現場で「現代史」の授業がおろそかにされてきたツケが顕在化

「「終戦の日」がいつかを知っていたのは14%」という調査結果が示しているのは、教育現場で「現代史」の授業がおろそかにされてきたツケが顕在化しているといえる。

「歴史教育」の授業では、古代から始まって現代に至るという「歴史の流れ」を重視しているが、たいていは「現代」に入る前に終わってしまう。これでは、現代史にかんする基本的知識が身につくはずがないし、関心もわかないのも当然だろう。

「地理教育」の授業では、自分が住んでいる市区町村、都道府県、それから世界地理へと、視野の拡大を促す仕組みになっている。つまり、身近で興味のあるもの、身の回りのものから始まって、自分がいったことのない地域を知るという仕組みである。

歴史教育も、地理教育の仕組みを応用すべきであろう。身近で興味のあるもの、身の回りのものから始めるのだ。小学校でやってきた方法を、高校でも繰り返すのだ。

 「現在」からさかのぼれば、たとえ若者であっても「自分史」と重なるし、親や祖父母など大人の体験談ともクロスすることになる。そうなれば、「現代史」から始まって「歴史」全般に興味を抱くことになるはずだ。つまり視野の拡大を過去に向かって行うのだ。


「現在」を起点に「未来」へ、「過去」に向かう

そもそも、人間というものは近い過去であっても忘却しやすい。思い出せないということが多々あるものだ。未来も同様にわからない。つまり、確実にわかるのは「現在」だけなのである。

だからこそ、「現在」を起点に、「過去」をさかのぼっていくという方法で歴史を考えるべきなのではないだろうか。誰でも「現在」を起点に「未来」を考えているのに、「過去」に対してそれを行わないのは不思議なことだ。向かう方向が違うだけで、やっていることは同じなのに。

『新・学問のすすめ 人と人間の学びかた』(阿部謹也・日高敏隆、青土社、2014年) という本の「第3章 「学び」 の原点はどこにあるのか」には、以下のような対話がある。西欧中世史が専門の歴史学者・阿部謹也は、動物行動学が専門の生物学者・日高敏隆との対話録だ。(*アンダーラインは引用者=さとう による)

阿部 教科書というのはパターンが決まっていて、歴史でいえば古代から始まっているん ですよ。ぼくは、現代からさかのぼっていくような、そういう歴史を書くべきだといっ ているのですが。
日高  「いま現在、こうである」ということから始まって、なんでそうなっているのかと いうふうにしていけば、みんな興味をもちますよ。

拙著 『ビジネスパーソンのための近現代史の読み方』(ディスカヴァー・トゥエンティワン、2017)は、そのサジェスチョンを踏まえて「近現代史」を記述した試みだ。それを比喩的に「逆回し」と表現してみた。

基本的に「世界史」なので、「日本史」に特化した内容ではないが、当然のことながら「日本の終戦=敗戦」についても触れている。

同じような試みを、歴史教育の現場でも「実践」していただきたいと思う。そうすれば、みな興味を持つことだろう。

「現在」から「未来」に向かう、「現在」から「過去」に向かう方向性。それが、人間にとっては自然な知性の働きであり、認識のあり方なのだから。






<ブログ内関連記事>

「逆回し」とは?--『ビジネスパーソンのための近現代史の読み方』は常識とは「真逆」の方法で製作された歴史書であり、ビジネス書である

書評 『新・学問のすすめ-人と人間の学びかた-』(阿部謹也・日高敏隆、青土社、2014)-自分自身の問題関心から出発した「学び」は「文理融合」になる

書評 『人間にとって科学とはなにか』(湯川秀樹・梅棹忠夫、中公クラシック、2012 初版 1967)-「問い」そのものに意味がある骨太の科学論
・・科学的認識の方向性は、現在を起点にして、過去と未来の二つの方向に展開されうることが、同書で指摘されていることを紹介した(・・下図を参照)。

(人間の認識は「現在」を起点に「未来」と「過去」に向かう)


「理科のリテラシー」はサバイバルツール-まずは高校の「地学」からはじめよう!
・・まずは足元の大地の構造から始めて、地球全体、そして宇宙に視野を広げていく

『愛と暴力の戦後とその後』 (赤坂真理、講談社現代新書、2014)を読んで、歴史の「断絶」と「連続」について考えてみる
・・「戦後」とは何か?「戦中」と「戦前」を否定し隠蔽した「戦後」とは何か?考えるためのキッカケとなる本

(2017年8月12日 情報追加)




(2017年5月18日発売の新著です)


(2012年7月3日発売の拙著です)







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