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2016年4月29日金曜日

「イフ」を語れる歴史家はホンモノだ!-歴史家・大石慎三郎氏による江戸時代の「改革」ものを読む


「歴史にイフはない」というよく知られたフレーズがある。だが、このフレーズにこだわって禁欲的になりすぎるのは、あまり生産的ではないと思う。

たしかに、時間の流れというものは、未来からやってきた時間が現在を通過したその瞬間に過去になっていくので不可逆であるのだが、「もしかしたらありえたかもしれない可能性」について考えることはきわめて意味のあることではないだろうか。

なぜなら、歴史というものには必然性はないし、あたかもブラウン運動のように、個々の事象が玉突き現象のような形でランダムウォークする複雑な動きの軌跡と捉えるべきだと考えているからだ。それは複雑系でいう「カオス」であり、確率論が支配する世界だといってもいい。

マイブームというわけでもないが、ここのところ江戸時代関連のものばかり読んでいる。そのなかでも、日本経済史の大石慎三郎氏の著作はきわめつけに面白い。

『徳川吉宗と江戸の改革』(大石慎三郎、講談社学術文庫、1995)『田沼意次の時代』(大石慎三郎、岩波現代文庫、2001)『将軍と側用人の政治 新書・江戸時代①』(大石慎三郎、講談社現代新書、1995)と続けて読んでみたが、それぞれ重複しているものも多いとはいえ、ひじょうに新鮮な印象を受けている。

とくに興味深いのは田沼意次(たぬま・おきつぐ 1719~1788)の取り上げ方。賄賂政治家としていまだに糾弾されつづけている田沼意次だが、経済関連の官僚政治家としての構想力の大きさと実行力には目を見張るばかりだ。

田沼意次が実行した政策は、間接税としての流通税の導入、国内通貨統一(・・江戸時代は金銀複本位制だった)、北方開拓とロシア貿易、印旛沼干拓などあるが、スケールの大きさと先見性にはあらためて驚かされる。しかしながら、失脚によって政策の多くが中途で挫折したのはきわめて残念なことだ。通貨統一は明治4年(1872年)の「円」の誕生によってようやく完結、印旛沼干拓工事はなんと「戦後」の昭和21年(1946年)まで再開されなかったのだ。

田沼意次にまつわる悪評は、ほぼすべてが「抵抗勢力」をバックにつけて登場した松平定信によりるものだと考えられている。まことにもって「男の嫉妬」は恐ろしい限りだが、田沼意次が失脚することなく政策が完全に実行されていれば、一世紀以上早く「近代化」していた可能性があるという大石氏の見解にはうなづかされるのである。近代化が全面的な西欧化ではなかった可能性もあったかもしれない

「もし田沼意次が失脚していなければ・・・」について考えることはじつに面白い。そのようなことを書いている大石氏のことをさして、「イフを語れる歴史家はホンモノだ」と、わたしがいうのはそういうことだ。

歴史というものが直線的に進むものではなく、行きつ戻りつしながらジグザグに進んでいくものだ。これを十分に理解していれば、今後の日本についても過度の悲観論や楽観論をもつことが無意味なことも理解されることだろう。

わかっているつもりでいながら、じつは多くの人にとってよくわかってないのが江戸時代。もちろん、わたしも例外ではないが、だからこそ江戸時代について知ること、考えることは面白い。









著者プロフィール

大石慎三郎(おおいし・しんざぶろう)
1923年~2004。日本の歴史学者。専門は近世日本史。東京大学文学部国史学科卒業。学習院大学名誉教授。徳川林政史研究所長、愛媛県歴史文化博物館館長を歴任。近世農村史の研究から歴史研究に入り、その後、享保の改革を生涯の研究テーマとした。また、江戸時代が舞台となったNHK大河ドラマの時代考証を数多く担当した。著書多数。(wikipediaの記述に加筆)



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What if ~ ? から始まる論理的思考の「型」を身につけ、そして自分なりの「型」をつくること-『慧眼-問題を解決する思考-』(大前研一、ビジネスブレークスルー出版、2010)」

If Your Cat Could Talk 「あなたのネコがしゃべれたら・・・

国立歴史民俗博物館は常設展示が面白い!-城下町佐倉を歩き回る ①

書評 『龍馬史』(磯田道史、文春文庫、2013 単行本初版 2010)-この本は文句なしに面白い!

書評 『歴史人口学で見た日本』(速水融、文春新書、2001)-「徹底的に一般庶民の観察に基礎をおいたボトムアップの歴史学」の醍醐味を語る一冊

世界史は常識だ!-『世界史 上下』(マクニール、中公文庫、2008)が 40万部突破したという快挙に思うこと

書評 『歴史入門』 (フェルナン・ブローデル、金塚貞文訳、中公文庫、2009)-「知の巨人」ブローデルが示した世界の読み方
・・「市場経済」と「資本主義」はイコールではない。封建社会がゆっくりと崩壊して資本主義社会が出現した点において、西欧社会と共通しているのは日本だけである、とブローデルは指摘している。江戸時代は、時代とともに市場経済が社会の隅々にまで浸透し、個人のチカラが増大した時代であった。




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2016年4月23日土曜日

ドイツの「ビール純粋令」(1516年4月23日発布)から本日で500年

(ハノーファーメッセ内のレーヴェンブロイ・ハウスというビアホール)

本日(2016年4月23日)は、ドイツの「ビール純粋令」が施行されてから500年です。

 「ビール純粋令」(Reinheitsgebot)とは、wikipediaの記述。によれば以下のようなものです。

1516年4月23日にバイエルン公ヴィルヘルム4世が制定した法。「ビールは、麦芽・ホップ・水・酵母のみを原料とする」という内容の一文で知られる。現在でも有効な食品に関連する法律としては世界最古とされている。

さすがビールの本場の南ドイツはバイエルンならではですね。バイエルン州の州都はミュンヘン。ミュンヘンといえば、世界的に有名なビールの祭典「オクトーバーフェスト」(Oktoberfest)の開催地でもあります。

「ビールは、麦芽・ホップ・水・酵母のみを原料とする」という文言ですが、「酵母」という文言が加えられたのは19世紀になってから。フランスの細菌学者パストゥールが発見してから「酵母」が加えられたことが、『もっと知りたい!ドイツビールの愉しみ』(相原恭子、岩波アクティブ新書、2002)で指摘されています。ともあれ、ビールの製法は基本的に500年前に確立していたといってよいでしょう。

さらに、wikipedia からの引用を続けると以下のような一文があります。

1871年にプロイセン王ヴィルヘルム1世がドイツ皇帝に就きドイツ帝国に統一した際に、バイエルンは統一の前提条件として、ドイツ全土へのビール純粋令の適用を求めた。これには他の地方の醸造業者が強く反発したものの、1906年にはドイツ全土でビール純粋令が適用された。ピルスナータイプのビールの流行と相まって、スパイス等を使用したビールの殆どが、ドイツから姿を消すことになった。

ドイツのビール文化における南ドイツのバイエルンの存在の大きさが理解できますね。上掲の写真は、ドイツ南部のバイエルン州を代表する銘柄レーヴェンブロイ・ハウス。ハノーファーメッセの会場にて撮影したものです。

ところが、じっさいには、中世ドイツのビール醸造の中心は北部や中部地域であり、とくに北部の港湾都市ハンブルクではビールが最大の輸出品であったのです。南部のバイエルンがビールの中心地となっていたのは、「ビール純粋令」の影響がきわめて大きかったのです。

ドイツ統一(1872年)は、明治維新(1868年)とほぼ同時期の出来事ですが、統一ドイツがドイツ帝国となった際も、バイエルン王国は第一次世界大戦でドイツが敗北し、ドイツ帝国が崩壊するまでつづいています。

また、ドイツビールがピルスナー(Pilsner)タイプが中心となったことは、現在のベルギービールとの違いを考えるうでも興味深いことです。

ビールが日本でも飲まれるようになったのは、明治時代以降ですが、基本的にドイツビールの影響下にあることはいうまでもありません。

いまでは日本のビールは独自な存在となっていますが、起源をさかのぼれば、ドイツビールをドイツビールたらしめている「ビール純粋令」とはおおいに関係があることを想起するべきでしょう。

日本にビアホール文化が存在するのは、日本のビール文化がドイツ流だからです。ビアホール(Bierhalle)やビアガーデン(Biergarten)はドイツ語です。現在ではタイ王国でもドイツ風ビアガーデンが定着しつつあります。

現在では、ドイツ国内で流通するビールにのみ「ビール純粋令」は適用されているようです。「ビール純粋令」が非関税障壁になっているという批判がEUからでたためだとか。

伝統を保持するための戦いは、いずこにおいてもなかなか大変なものがありますね。







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ビール関連

タイのあれこれ(5)-ドイツ風ビアガーデン

「タイガー・ビア」で乾杯!!

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『ベルギービール大全』(三輪一記 / 石黒謙吾、アートン、2006) を眺めて知る、ベルギービールの多様で豊穣な世界

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バイエルン関連

バイエルン国王ルードヴィヒ2世がもっとも好んだオペラ 『ローエングリン』(バイエルン国立歌劇場日本公演)にいってきた-だが、現代風の演出は・・・


「500年単位の歴史」

「500年単位」で歴史を考える-『クアトロ・ラガッツィ』(若桑みどり)を読む

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(2016年5月23日 情報追加)



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2016年4月12日火曜日

「地球は青かった」(ガガーリン)-いまから55年前の本日、世界初の有人宇宙飛行に成功(2016年4月12日)


1961年4月12日、ソ連の宇宙船ボストーク1号に乗ったユーリー・ガガーリンは、前人未到の有人宇宙飛行に挑むため、宇宙へと一人飛び立った。・・・」(2013年製作のロシア映画『ガガーリン 世界を変えた108分』より)

いまから55年前、世界初の有人宇宙飛行に成功したガガーリン少佐。その日の一日前だが、この場で祝おうではありませんか!!



この写真は、ガガーリンの銅像とわたくし(=さとう)のツーショット。場所は、ロシア極東のアムール川沿いの都市コムソモリスク・ナ・アムーレ。ときはソ連崩壊(1991年)から約7年後の1998年。出張で訪れた際のものです。

コムソモリスク市の「ガガーリン公園」は市民の憩いの場所ですが、「ガガーリン公園」はロシア各地にあります。ロシアに残るソ連時代の遺産のひとつといえるでしょう。なんせ米国を出し抜いて世界一を実現した「英雄」の一人でしたからね。

少年時代にガガーリン少佐の名言「地球は青かった」に感動したわたしにとっては、たいへんうれしいことでありました。(・・「地球は青かった」とは本当は言っていないという説もあり)。

「西側」の人間にありがちですが、銅像のうえに座って写真撮影しようとしたら、案内していただいたロシア人にたしなめられことも記憶に残っています。旧ソ連が濃厚に残る地域は、ある意味ではむかしの日本のようであるといえるかもしれません。

いまや日本人宇宙飛行士なんて当たり前(・・でもないか?)な時代には想像もつかないかもしれませんが、軍事目的が動機ではありましたが米ソの宇宙開発競争の時代、あの頃ソユーズを飛ばしていたソ連は輝いていたのでありました。





<関連サイト>

Наталья Штурм  Комсомольск на Амуре(YouTube)
・・ロシアの女性歌手ナターリヤ・シュトルムが歌う「コムソモリスク・ナ・アムーレ」のなかでガガーリン公園も歌いこまれている。映像にも登場

(2016年5月29日 項目新設)




<ブログ内関連記事>

日本人が旧ソ連の宇宙飛行船「ソユーズ」で宇宙ステーションに行く時代

飛んでウラジオストク!-成田とウラジオストクの直行便が2014年7月31日に開設

書評 『ソ連史』(松戸清裕、ちくま新書、2011)-ソ連崩壊から20年! なぜ実験国家ソ連は失敗したのか?

『ソビエト帝国の崩壊』の登場から30年、1991年のソ連崩壊から20年目の本日、この場を借りて今年逝去された小室直樹氏の死をあらためて悼む

書評 『「科学技術大国」中国の真実』(伊佐進一、講談社現代新書、2010)-中国の科学技術を国家レベルと企業レベルで概観する好レポート
・・宇宙開発の世界では中国の伸張がいちじるしい



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『マンガ 重版出来』がドラマ化(2016年4月12日)-マンガが原作のテレビドラマはいまや主流だ


マンガ『重版出来』(松田奈緒子、小学館)がTVドラマ化。TBS系列で今夜22時より毎週火曜日放送。楽しみです。

出版社のマンガ編集部を舞台にした「仕事マンガ」です。このマンガは面白い! すでに最新刊は「7巻」。ストーリーの面白さだけでなく、綿密な取材(・・取材先は出版元の小学館ですね)にもとづいたディテールが読ませます。


ちなみに『重版出来』と書いて「じゅうはん・しゅったい」と読みます。「じゅうはん・でき」ではないので、くれぐれも注意!(・・というわたしも「でき」だと思ってました。日本語はむずかしい)

セリフ以外のすべてを画像で表現するマンガはディテールまで書き込まなければリアル感が出ないので、執筆にあたっては小説作品以上に徹底した取材が求められることが当たり前。

このマンガは、マンガ出版という特殊(?)な世界が舞台ですが、幅広く出版業界の中身を知るにはかっこうの仕事マンガといえるでしょう。





PS それにしても主人公・黒沢心を演じている黒木華と、編集者・五百旗部を演じているオダギリジョーはそっくりだ。(ドラマをみてからの感想)


<関連サイト>

火曜ドラマ『重版出来』 公式サイト

「私が売らなくてごめんなさい」から始まった『重版出来!』 (編集長・高橋由里が会いたかったこの4人 Vol.3 松田奈緒子)(東洋経済オンライン、2016年7月)

(2016年7月16日 情報追加)


<ブログ内関連記事>

『重版出来!①②③④⑤~』(松田奈緒子、小学館、2013~)は、面白くて読めば元気になるマンガだ!

2015年の年末に「異種ジャンル」のマンガをまとめ読み

マンガ 『プロデューサーになりたい』(磯山晶、講談社、1995)-人気TVドラマを生み出してきた現役プロデューサーがみずから描いた仕事マンガ
・・テレビドラマ制作の世界を現役のプロデューサー自身が描いたマンガ

働くということは人生にとってどういう意味を もつのか?-『働きマン』 ①~④(安野モヨコ、講談社、2004~2007)
・・雑誌編集の世界を描いたマンガ




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2016年4月9日土曜日

書評 『銃・病原菌・鉄-1万3000年にわたる人類史の謎-(上・下)』(ジャレド・ダイアモンド、倉骨彰訳、草思社、2000)-タイトルのうまさに思わず脱帽するロングセラーの文明論


『銃・病原菌・鉄』(ジャレド・ダイアモンド、倉骨彰訳、草思社、2000)は、横断的な領域で活躍する理系の研究者による総合的な歴史「科学」の試みであり、謎解きの書である。人文社会系の歴史書にはない、動植物の生態も含めた「環境」という切り口からの人類史が、日本でも出版以来賞賛されてきたことは周知のとおり。

すでに2000年に日本語訳が出版されてから16年。原著が1997年に出版されてから約20年。わたし自身いつ購入したのか記憶がないが、2000年出版の単行本をずっと積ん読のままにしていたのだった。やっと今回、はじめて通読してみた次第だ。

日本語訳の単行本の上下で600ページを超えるこの本は、最初から最後まで「謎解き」に費やされる。その謎とは具体的な歴史的事実に出現したものだ。ユーラシア大陸の西欧文明と、アメリカ大陸のインカ文明との具体的な接触にまつわる謎である。

1492年にコロンブスが「新大陸」を「発見」してから始まった西欧の爆発的な拡大期、1532年にスペインの征服者ピサロが、インカ帝国の皇帝アタワルパをいとも簡単に捕虜にしてしまった。インカ帝国皇帝は4万人に守られていたのにもかかわらず、ピサロの軍勢はわずか168人(!)だったのだ。その理由は、ピサロがもちこんだ「銃と軍馬」のおかげであった。この事実じたいは比較的よく知られていることだろう。

だが、なぜいとも簡単にインカ帝国は滅亡するに至ったのか? なぜヨーロッパとインカ帝国の立場は逆にならなかったのか?

スペイン人が持ち込んだのは、じつは「銃と軍馬」だけではないインカ帝国を滅亡させたのは「病原菌」であった。ヨーロッパ人が「新大陸」に持ち込んだ天然痘など感染症は、「新大陸」の住民にはまったく免疫がなかったのだ。だから、きわめて短期間のうちに人口の大半が死滅してしまったのである。戦闘における死者よりも、感染症による死亡のほうがはるかに多かったのだ。

だから『銃・病原菌・鉄』というタイトルなのである。「銃・病原菌・鉄」の3つが、ヨーロッパ人が他民族と接触したときに「武器」になったのだ。

タイトルのうまさにはうならされる。タイトルのうまさで売ってきた草思社だが、このタイトルは原著の Guns, Germs, and Steel の直訳である。あまりにもうますぎるタイトルなので、そのまま日本語訳でも活かすことにしたのだろう。翻訳書のタイトルは原著とは似ても似つかないものが多いのにもかかわらず。

(上下のカバーをあわせると一幅の絵画になる)

だがむしろ、副題の「1万3000年にわたる人類史の謎」(原著では The Fate of Human Societies :「人類の諸社会の運命」)のほうが本書の「究極の問い」にかかわるものである。16世紀のピサロ以前の1万3千年を考慮に入れなくてはならないのだ。

「銃・病原菌・鉄」が「直接の要因」であるとしても、その背後にある「究極の要因」を見極めない限り、それを一般化して人類史の謎を解明したことにはならないからだ。特殊事例の説明は可能であっても、それがそのまま一般解にはならない。

「銃と鉄」をさらにパラフレーズすると以下のようになる。銃器や金属加工技術農耕による栽培植物の収穫家畜の飼育、とくに外洋船という海上の運搬・移動手段、そして情報を伝達し保持するためのツールである文字など。「狩猟採集文明」との違いである。

農耕による栽培植物の収穫は「定住」を促し、余剰収穫物が人口拡大を可能とし、生産には直接従事しない権力者と政治機構、さらにはパワーを行使する軍人や、精神活動を規定しお墨付きを与える宗教者など、さまざまな派生分野の活動の経済的基礎となった。これはいわゆる「定住革命」と呼ばれているものの発展形態だ。

「病原菌」は、家畜の飼育という動物と人間との接触と共存から生まれたものだ。ヒトの感染症の大半は家畜由来
のものである。家畜化する動物の種類にめぐまれたユーラシア大陸で感染症の多くが生まれ、その地にする人々に免疫がついていたのはそのためだ。

これらの多岐にわたる要素のいずれにかんしても、ユーラシア大陸の西欧文明は有していたが、アメリカ大陸のインカ文明もアステカ文明も高度文明であったにもかかわらず、有していなかったのだ。


「直接の要因」と「究極の要因」の因果連鎖

以上は、「直接の要因」である。だが、「究極の要因」を押さえておかなければ「謎」が解明したとはえいえない。「なぜユーラシア大陸に発生した文明に優位性が生じたのか?」という究極の問いにかんするものである。


(『銃・病原菌・鉄』単行本上巻のP.125のフローチャート)

ユーラシア大陸がその他の大陸と違うのは、ユーラシア大陸は「東西に拡がった大陸」であるということだ。アフリカ大陸やアメリカ大陸のように、「南北に拡がった大陸」は異なる緯度にまたがっているのだが、「東西に拡がった大陸」は同緯度の地帯が長く続くということを意味している。

緯度のもつ生態系的意味に注目すれば、「肥沃な三日月地帯」という中近東の特定の場所から始まった栽培植物の農耕と家畜飼育が、西はヨーロッパ、東はアジアへと東西方向に伝播したことの意味と、なぜそれが可能だったかが理解できる。「肥沃な三日月地帯」と呼ばれた地帯は、現在の砂漠化した姿とは違って、かつては文字通り緑あふれる肥沃な地帯だった。

栽培できる植物が存在したから、家畜化できる動物が存在したから、そして農耕や家畜にかかわる技術が同緯度の地帯で東西間で伝播が可能だったからこそ、ユーラシア大陸に優位性が生まれたのである。

結論は要約してしまえば、このようにきわめて簡潔なものとなる。

だが、本書は謎解きに重点が置かれた本だ。だから、正直言って冗長な印象をもたざるをえない。同じ話が何度も何度も繰り返されるためだ。一般的に英語のノンフィクションは長いものが多いが、結論を説明するための叙述であれば、半分のページ数で足りることだろう。

個人的な感想を記せば、単行本の上巻の内容はひじょうに刺激的で面白いのだが、下巻の内容はイマイチなのだ。分量的な観点から第3部の途中で上下に分割されているのだが、どうしても下巻の内容には見劣りがある。

下巻でも、ニューギニアでの豊富なフィールドワーク経験をもとにした、太平洋の海域島嶼文明を大きくクローズアップした内容は興味深い。だが、文字や技術、政治機構などにかんする説明はあまり面白くない。この分野にかんするものなら、ほかにも面白い本はいくらでもある。

中国について1章が割かれているが、正直いってあまり面白くないだけでなく、誤った記述も散見される。北方で生まれた同じ文字、すなわち漢字を共有していたが、同じコトバをしゃべっていたわけではないという事実を著者は理解していないようだ。中国大陸の周辺にあって、中国文明との接触の深い日本人からみれば、イマイチわかってないな、と。

これは著者自身の問題設定ではないのだが、「なぜ西欧とはじめて接したインカ帝国はあっという間に滅びたのに、西欧とはじめて接したその他の文明は滅亡しなかったのか?」という問いには必ずしも答えきっているとはいえない。日本人読者の立場からいえば、「なぜ日本はインカ帝国のように滅亡しなかっただけでなく、生き延びることができたのか?」という問いである。

おそらくその理由は、日本の地政学上のポジションがユーラシア大陸の周辺部にあるということに求められるだろうが、それだけでは説明しきれないものがある。著者の議論も含めて、さらに多面的に考察する必要があろう。日本人の研究者による日本語での研究蓄積は、ダイアモンド氏の目には触れていないのだろうが。

本書は著者自身が意図しているように、西欧中心主義からの脱却を目指した内容なのだが、世の中の現実は、西欧文明の影響は依然として圧倒的な存在感をもっていることは否定しようがない。西欧じたいは衰退過程にあるとはいえ、西欧文明の影響を受けた文明が支配的になっているのである。それは日本文明だけでない。現代のイスラーム文明もまた西欧文明の成果を大いに享受している。

ともあれ、この本は冗長な側面もあるが、きわめて面白い内容であることには間違いない。あとは読者が自分なりの問題関心にしたがってどう活用するかにかかっているといえよう。





目 次

日本語版への序文-東アジア・太平洋域から見た人類史

プロローグ ニューギニア人ヤリの問いかけるもの
  ヤリの素朴な疑問
  現代世界の不均衡を生み出したもの
  この考察への反対意見
  人種による優劣という幻想
  人類史研究における重大な欠落
  さまざまな学問成果を援用する
  本書の概略について

第1部 勝者と敗者をめぐる謎
 第1章 1万3000年前のスタートライン
 第2章 平和の民と戦う民との分かれ道
 第3章 スペイン人とインカ帝国の激突

第2部 食料生産にまつわる謎
 第4章 食料生産と征服戦争
  食料生産と植民
  馬の家畜化と征服戦争
  病原菌と征服戦争
 第5章 持てるものと持たざるものの歴史  食料生産の地域差
  食料生産の年代を推定する
  野生種と飼育栽培種
  一歩の差が大きな差へ
 第6章 農耕を始めた人と始めなかった人  農耕民の登場
  食料生産の発祥
  時間と労力の配分
  農耕を始めた人と始めなかった人
  食料生産への移行をうながしたもの
 第7章 毒のないアーモンドのつくり方  なぜ「栽培」を思いついたか
  排泄場は栽培実験場
  毒のあるアーモンドの栽培化
  突然変異種の選択
  栽培化された植物とされなかった植物
  食料生産システム
  オークが栽培化されなかった理由
  自然淘汰と人為的な淘汰
 第8章 リンゴのせいか、インディアンのせいか
  人間の問題なのか、植物の問題なのか
  栽培化の地域差
  肥沃三日月地帯での食料生産
  8種の「起源作物」
  動植物にかんする知識
  ニューギニアの食料生産
  アメリカ東部の食料生産
  食料生産の開始を遅らせたもの
 第9章 なぜシマウマは家畜にならなかったのか
  アンナ・カレーニナの原則
  大型哺乳類と小型哺乳類
  「由緒ある家畜」
  家畜化可能な哺乳類の地域差
  他の地域からの家畜の受け入れ
  家畜の初期段階としてのペット
  すみやかな家畜化
  繰り返し家畜化された動物
  家畜化にしっぱいした動物
  家畜化されなかった6つの理由
  地理的分布、進化、生態系
 第10章 大地の広がる方向と住民の運命
  各大陸の地理的な広がり
  食料生産の伝播の速度
  西南アジアからの食料生産の広がり
  東西方向の伝播はなぜ速かったか
  南北方向の伝播はなぜ遅かったか
  技術・発明の伝播

第3部 銃・病原菌・鉄の謎
 第11章 家畜がくれた死の贈り物  動物由来の感染症
  進化の産物としての病原菌
  症状は病原菌の策略
  流行病とその周期
  集団病と人口密度
  農業・都市の勃興と集団病
  家畜と人間の共通感染症
  病原菌の巧みな適応
  旧大陸からやってきた病原菌
  新大陸特有の集団感染症がなかった理由
  ヨーロッパ人のとんでもない贈り物
    (以上、上巻)
    (以下、下巻)
 第12章 文字をつくった人と借りた人
 第13章 発明は必要の母である
 第14章 平等な社会から集権的な社会へ

第4部 世界に横たわる謎 第15章 オーストラリアとニューギニアのミステリー
 第16章 中国はいかにして中国になったのか
 第17章 太平洋に広がっていった人びと
 第18章 旧世界と新世界の遭遇
  アメリカ先住民はなぜ旧世界を征服できなかったのか
  アメリカ先住民の食料生産
  免疫・技術のちがい
  政治機構のちがい
  主要な発明・技術の登場
  地理的分断の影響
  旧世界と新世界の遭遇
  アメリカ大陸への入植の結末
 第19章 アフリカはいかにして黒人の世界になったのか
エピローグ 科学としての人類史
  環境上の4つの要因
  考察すべき今後の課題
  なぜ中国ではなくヨーロッパだったのか
  文化の特異性が果たす役割
  歴史に影響を与える「個人」とは
  科学としての人類史
訳者あとがき
索引
(*なお、文庫版には「参考文献」がついているとのこと)


著者プロフィール

ジャレド・ダイアモンド(Jared Diamond)
1937年ボストン生まれ。生理学者、進化生物学者、生物地理学者。ハーバード大学で生物学、ケンブリッジ大学で生理学を修めるが、やがてその研究領域は進化生物学、生物地理学、鳥類学、人類生態学へと発展していく。『銃・病原菌・鉄(上)(下)』(倉骨彰訳、小社刊)はそれらの広範な知見を統合し、文明がなぜ多様かつ不均衡な発展を遂げたのかを解明して世界的なベストセラーとなった。カリフォルニア大学ロサンゼルス校医学部生理学教授を経て、現在は同校地理学教授。アメリカ科学アカデミー、アメリカ芸術科学アカデミー、アメリカ哲学協会の会員にも選ばれている。アメリカ国家科学賞、タイラー賞、コスモス国際賞など受賞は多く、『銃・病原菌・鉄』ではピュリッツァ-賞を受賞している。邦訳書は上記のほかに『セックスはなぜ楽しいか』(長谷川寿一訳、小社刊)『人間はどこまでチンパンジーか?』(長谷川真理子・長谷川寿一訳、新曜社刊)がある。長年にわたってニューギニアでフィールドワークを続けている。(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものを再編集したもの)

訳者プロフィール
倉骨彰(くらほね・あきら)
数理言語学博士。専門は自動翻訳システムのR&D。テキサス大学オースチン校大学院言語学研究科博士課程修了。同校で数学的手法による自然言語の統語論と意味論を研究。(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)






<関連サイト>

ダイアモンド『銃、病原菌、鉄』2005年版追加章について銃、病原菌、鉄 (山形浩生)

Jared Diamond "Guns, Germs and Steel" Further Readings
・・単行本初版(2000年)に収録されなかった「参考文献」の山形裕生チーム訳、文庫版(2012年?)には参考文献は収録されているとのこと

ダイアモンド『銃、病原菌、鉄』2005年版追加章 (山形浩生訳)
 日本人とは何者だろう?
 2003年版エピローグ
 訳者コメント


<ブログ内関連記事>

「世界の英知」をまとめ読み-米国を中心とした世界の英知を 『知の逆転』『知の英断』『知の最先端』『変革の知』に収録されたインタビューで読む
・・「『知の逆転』(吉成真由美=インタビュー・編、NHK出版新書、2012) の「第一章 文明の崩壊―ジャレド・ダイアモンド」


太平洋の島々

書評 『私は魔境に生きた-終戦も知らずニューギニアの山奥で原始生活十年-』(島田覚夫、光人社NF文庫、2007 単行本初版 1986)-日本人のサバイバル本能が発揮された記録

書評 『南の島の日本人-もうひとつの戦後史-』(小林泉、産経新聞社、2010)-ミクロネシアにおける知られざる日本民族史の一コマ

映画 『コン・ティキ』(2012年 ノルウェー他)をみてきた-ヴァイキングの末裔たちの海洋学術探検から得ることのできる教訓はじつに多い

水木しげるの「戦記物マンガ」を読む(2010年8月15日)
・・ニューギニア・ラバウル線線で視線をさまよった経験をもつマンガ家の水木しげる。爆撃で左腕を失った水木氏は、原住民と深いレベルでの交流をもった人でもある

書評 『学問の春-<知と遊び>の10講義-』(山口昌男、平凡社新書、2009)-最後の著作は若い学生たちに直接語りかけた名講義
・・文化人類学者の山口昌男は、アフリカのつぎにインドネシアの島々で本格的なフィールドワークを行っている


家畜と栽培植物

書評 『馬の世界史』(本村凌二、中公文庫、2013、講談社現代新書 2001)-ユーラシア大陸を馬で東西に駆け巡る壮大な人類史

『新版 河童駒引考-比較民族学的研究-』(石田英一郎、岩波文庫、1994)は、日本人がユーラシア視点でものを見るための視野を提供してくれる本

「近代化=西欧化」であった日本と日本人にとって、ヒツジのイメージはキリスト教からギリシア・ローマ神話にまでさかのぼって知る必要がある

書評 『思想としての動物と植物』(山下正男、八坂書房、1994 原著 1974・1976)-具体的な動植物イメージに即して「西欧文明」と「西欧文化」の違いに注目する「教養」読み物

書評 『あなたのTシャツはどこから来たのか?-誰も書かなかったグローバリゼーションの真実-』(ピエトラ・リボリ、雨宮 寛/今井章子訳、東洋経済新報社、2007)-「市場と政治の確執」のグローバル経済をストーリーで描く
・・商品作物としての綿花(コットン)

「世界のヒョウタン展-人類の原器-」(国立科学博物館)にいってきた(2015年12月2日)-アフリカが起源のヒョウタンは人類の移動とともに世界に拡がった

秋が深まり「どんぐり」の季節に
・・人間にとっての有用植物でありながら栽培植物化されrていないオーク(樫)


■病原菌と感染症

映画 『レイルウェイ 運命の旅路』(オ-ストラリア・英国、2013)をみてきた-「泰緬鉄道」をめぐる元捕虜の英国将校と日本人通訳との「和解」を描いたヒューマンドラマは日本人必見!
・・捕虜の多くは熱帯特有の病原菌のため倒れていった

スワイン・フルー-パンデミック、すなわち感染症の爆発的拡大における「コトバ狩り」について


ユーラシア大陸の特性

梅棹忠夫の『文明の生態史観』は日本人必読の現代の古典である!
・・ユーラシア大陸は東西軸で見る

書評 『「東洋的専制主義」論の今日性-還ってきたウィットフォーゲル-』(湯浅赳男、新評論、2007)-奇しくも同じ1957年に梅棹忠夫とほぼ同じ結論に達したウィットフォーゲルの理論が重要だ

はじけるザクロ-イラン原産のザクロは東に西に
・・栽培植物のザクロはユーラシア大陸の東西軸で伝播


■西欧文明とアメリカ大陸

レヴィ=ストロースの 『悲しき熱帯』(川田順造訳、中央公論社、1977)-原著が書かれてから60年、購入してから30年以上の時を経てはじめて読んでみた

書評 『現代世界と人類学-第三のユマニスムを求めて-』(レヴィ=ストロース、川田順造・渡辺公三訳、サイマル出版会、1986)-人類学的思考に現代がかかえる問題を解決するヒントを探る
・・「文化相対主義」をもたらした人類学的認識が、西洋文明至上主義の終焉に果たした役割は大きい。」

書評 『1492 西欧文明の世界支配 』(ジャック・アタリ、斎藤広信訳、ちくま学芸文庫、2009 原著1991)-「西欧主導のグローバリゼーション」の「最初の500年」を振り返り、未来を考察するために
・・ヨーロッパによる中南米の征服に重点を置いた

(2016年5月3日 情報追加)



(2012年7月3日発売の拙著です)









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2016年4月6日水曜日

マンガ 『桜の森の満開の下』(近藤ようこ、小学館、2009)-坂口安吾の原作をマンガ化したこの作品にからめて桜についてつれづれに



いま関東では満開の桜も、明日(2016年4月7日)の風雨でおおかた散ってしまうだろうという予想がされておりますが、そんなときに想起すべきなのは、このフレーズ。

 「花に嵐のたとえもあるさ さよならだけが人生だ」(井伏鱒二)

もともとは漢詩の一節とのこと。それにしても、見事な日本語訳でありますね。

さて、「桜の森の満開の下」というフレーズは、これもおなじく作家の坂口安吾の短編小説のタイトル。それをマンガ化したのが近藤ようこの『桜の森の満開の下』

戦後の無頼派の作家の一人であった坂口安吾の短編小説『桜の森の満開の下』は、以下の文章で始まります。

桜の花が咲くと人々は酒をぶらさげたり団子をたべて花の下を歩いて絶景だの春ランマンだのと浮かれて陽気になりますが、これは嘘です。なぜ嘘かと申しますと、桜の花の下へ人がより集って酔っ払ってゲロを吐いて喧嘩けんかして、これは江戸時代からの話で、大昔は桜の花の下は怖しいと思っても、絶景だなどとは誰も思いませんでした。近頃は桜の花の下といえば人間がより集って酒をのんで喧嘩していますから陽気でにぎやかだと思いこんでいますが・・(つづく)

この短編小説が発表されたのは、まさに敗戦後の昭和22年(1947年)でありますが、平成28年(2016年)の現在においても、それほど変わっていないようでありますね。変化したのは花見の時期に来日する外国人観光客が増えたということくらいでしょうか。

この文章は以下のようにつづきます。

桜の花の下から人間を取り去ると怖ろしい景色になりますので、能にも、さる母親が愛児を人さらいにさらわれて子供を探して発狂して桜の花の満開の林の下へ来かかり見渡す花びらの陰に子供の幻を描いて狂い死して花びらに埋まってしまう(このところ小生の蛇足)という話もあり、桜の林の花の下に人の姿がなければ怖しいばかりです。

坂口安吾の『桜の森の満開の下』の物語の舞台は鈴鹿峠、山賊がいたころですから平安時代から室町時代のあいだでしょうか、時代背景は漠然としてわかりません。

昔、鈴鹿峠にも旅人が桜の森の花の下を通らなければならないような道になっていました。花の咲かない頃はよろしいのですが、花の季節になると、旅人はみんな森の花の下で気が変になりました。できるだけ早く花の下から逃げようと思って、青い木や枯れ木のある方へ一目散に走りだしたものです。・・(後略)・・

これ以降はネタバレとなってしまいますので、省略いたします。近藤ようこ氏のマンガ版のカバー装画からご想像いただきたく。


とはいえ、満開の桜がなぜ狂気を誘う存在であるのか、そんなことを散る前の桜に想いをはせながら考えてみるのもよろしいのではないでしょうか。

これまた日本の作家の梶井基次郎(かじい・もとじろう)の短編「桜の樹の下には」の冒頭の文章を想起してみるべきでしょう。これは1927年の作品です。

桜の樹の下には屍体(したい)が埋まっている!
これは信じていいことなんだよ。 何故 ( なぜ ) って、桜の花があんなにも見事に咲くなんて信じられないことじゃないか。俺はあの美しさが信じられないので、この二三日不安だった。しかしいま、やっとわかるときが来た。桜の樹の下には屍体が埋まっている。・・(後略)・・

現在の日本の桜の主流は、花が先に満開になるソメイヨシノですが、漢字で書けば染井吉野。花の名所の吉野を再現したというストーリーをもつソメイヨシノは、東京は巣鴨近くの染井から生まれた新品種。染井といえば染井墓地。染井墓地の桜は美しい。 その理由は・・・!?

とりたてて文学趣味をもちあわせないわたくしでありますが、桜についてつれづれと思うところがあり(・・そりゃあ、日本人ですからね!)、書き付けてみた次第。
  
もちろん、近藤ようこ氏のマンガ世界が好きだから『桜の花の満開の下』を取り上げました。






<関連サイト>

坂口安吾 桜の森の満開の下(青空文庫)
・・著作権切れのため無料で読める
「桜の花の下から人間を取り去ると怖ろしい景色になりますので、能にも、さる母親が愛児を人さらいにさらわれて子供を探して発狂して桜の花の満開の林の下へ来かかり見渡す花びらの陰に子供の幻を描いて狂い死して花びらに埋まってしまう(このところ小生の蛇足だそく)という話もあり、桜の林の花の下に人の姿がなければ怖しいばかりです。」(坂口安吾)

梶井基次郎 桜の樹の下には(青空文庫)
・・著作権切れのため無料で読める
桜の樹の下には屍体したいが埋まっている! これは信じていいことなんだよ。何故なぜって、桜の花があんなにも見事に咲くなんて信じられないことじゃないか。俺はあの美しさが信じられないので、この二三日不安だった。しかしいま、やっとわかるときが来た。桜の樹の下には屍体が埋まっている。これは信じていいことだ。



<ブログ内関連記事>

グルマン(食いしん坊)で、「料理する男」であった折口信夫
・・餓鬼阿弥とのからみで小栗判官に触れ、近藤ようこ氏の『説経 小栗判官』について取り上げている


桜関連





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2016年4月3日日曜日

「神武天皇二千六百式年祭」に思う(2016年4月3日)

(月岡芳年「大日本名将鑑」より「神武天皇」 wikipediaより)

テレビのニュースでやっていたのではじめて知ったのだが、本日(2016年4月3日)、「神武天皇二千六百式年祭」のために天皇皇后両陛下がご出席されたのだという。

「皇紀二千六百年」というのは知っていても、「神武天皇二千六百式年祭」というのは知らなかった。初代天皇の神武天皇が崩御されてから2600年(!)なのだという。しかも「式年祭」は、大正5年(1916年)以来100年ぶりなのだそうだ。ということは、次回は2116年(!)ということになる。

 「皇紀二千六百年」は昭和15年、すなわち1940年だから、ことし2016年は「皇紀2676年」ということになる。初代の神武天皇は76年間も在位したことになる。ずいぶん長い在位機関でありますねえ。

まあ、あくまでも神話時代の話なので、歴史的な事実ではありませんが・・・。

(八咫烏(やたのからす)に導かれる神武天皇 安達吟光画 wikipediaより)

とはいっても、天皇家にとってはきわめて重要な宮中祭祀なのである。この点が重要だ。天孫降臨で天上世界の高天原(たかまがはら)から地上に降り立った神の子孫が天皇家。その天皇家の祭祀のひとつであり、天皇とはその本質におおいて祭司なのである。

天皇ご自身はもちろん現人神(あらひとがみ)ではないが、神の子孫であることまで否定しているわけではない。これは昭和天皇が敗戦後に「人間宣言」を出された際のお考えであるようだし、今上天皇にかんしても、ご同様のお考えをお持ちであるのだろう。一般人であっても祖先神である氏神を祀るではないか。そう考えれば不思議でもなんでもない。天皇は日本全体の祭司でもある。

と、こんなことを書いてきたが、こういったことを自由に発言できるということはすばらしい世の中ではありませんか! 「皇国史観」が大手を振っていた時代には考えられないことですからねえ。もっとも、この程度の話では「不敬罪」に問われることはなかったようです。タイ王国では現在でも「不敬罪」が存在します。

「戦後」になって日本は悪くなったと声高に主張する人が少なからずおりますが、皇室にかんしても自由な発言ができるようになったことも含め、わたしは「戦後」はけっして悪い時代ではなかったと思います。もちろん、「戦前」がすべて悪かったなど考えもしません

「良いものは良い、悪いものは悪い」、という是々非々の態度で何事にも臨みたいものです。右と左にかんしても同様でしょう。ある特定の思想信条にこりかたまっていては、自由な思考はできません。神話は神話、歴史は歴史、です。

「中庸の徳」というものが大事ですね。






<関連サイト>

神武天皇二千六百年大祭|橿原神宮
・・「記紀において初代天皇とされている神武天皇を祀るため、神武天皇の宮(畝傍橿原宮)があったとされるこの地に、橿原神宮創建の民間有志の請願に感銘を受けた明治天皇により、1890年(明治23年)4月2日に官幣大社として創建された。」(wikipediaの記述より)

<ブログ内関連記事>

皇紀2670年の「紀元節」に、暦(カレンダー)について考えてみる

「是々非々」(ぜぜひひ)という態度は是(ぜ)か非(ひ)か?-「それとこれとは別問題だ」という冷静な態度をもつ「勇気」が必要だ

書評 『「昭和天皇実録」の謎を解く』(半藤一利・保阪正康・御厨貴・磯田道史、文春新書、2015)-「正史」として歴史的に確定した「知られざる昭和天皇像」
・・「みずからを現人神(あらひとがみ)とは考えてはいなかったが、神の末裔としての意識は強く持っていたこと」 これは重要!

書評 『近代日本の右翼思想』(片山杜秀、講談社選書メチエ、2007)-「変革思想」としての「右翼思想」の変容とその終焉のストーリー

「ユートピア」は挫折する運命にある-「未来」に魅力なく、「過去」も美化できない時代を生きるということ

書評 『現代世界と人類学-第三のユマニスムを求めて-』(レヴィ=ストロース、川田順造・渡辺公三訳、サイマル出版会、1986)-人類学的思考に現代がかかえる問題を解決するヒントを探る
・・「神話的思考」と「歴史的思考」についての思索も




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2016年4月2日土曜日

書評 『明治のサーカス芸人はなぜロシアに消えたのか』(大島幹雄、新潮文庫、2015)-幕末の「開国」後、いち早く海外に飛び出したのは軽業師たちだった


『明治のサーカス芸人はなぜロシアに消えたのか』(大島幹雄、新潮文庫、2015)という本を一気読みした。じつに面白い本だ。

幕末に「開国」した日本だが、開国後いちはやく日本を飛び出して海外に出て行ったのは軽業師(かるわざし)たちだったのだ。いとも簡単に海を越えていったのは軽業師たちならではというべきか。

西洋のサーカスにはない日本の曲芸に目をつけた外国人プロモーターたちが、その国の外交官に働きかけ、日本政府に旅券を発行させ渡航させたのである。

この本に登場するのはロシアに渡った軽業師たち。サーカス王国のロシアにとってさえ、江戸時代に大流行していた日本の軽業や曲芸は驚異的だったのだ。海を渡った軽業師たちは、ウラジオストクからロシアに入国し、広大なロシア国内をサーカス団として巡業していたのである。

そんな彼らも日露戦争やロシア革命といった歴史の激動に巻き込まれている。日露戦争では多くの軽業師たちは帰国を余儀なくされたが、なかにはロシアに残った者もあり、ソ連になってからも生き抜いた人たちもいたらしい。なんとスターリンによる粛清の犠牲者もいたのだ。

ロシアを中心とした海外からサーカスを呼び寄せるプロモーター会社に勤務する著者による、執念の探索から生まれたノンフィクションである。

 コトバなどできなくても、身に着けた芸さえあれば渡世できるということでありますね。知られざる日本人たちの軌跡はじつに興味深い。




目 次
プロローグ  
第1章 日露戦争前のロシアに渡ったサーカス芸人
 1. なぜ彼らは海を渡ったのか
 2. ロシアで好評を博した日本人たち
第2章 追跡、謎のヤマダサーカス
 1. 戦慄のハラキリショー
 2. 山根ハルコのロシア放浪記
 3. 極東サーカス-サーカスがつないだ日本とロシア
 4. 帰ってきたイシヤマ
 5. ジャグラー、タカシマ伝説
 6. 戦争とサーカス
第3章 サーカスと革命
 1. 山根ハルコの悲劇
 2. アヴァンギャルドとタカシマ
 3. イルクーツクのドクター・シマダ
第4章 粛清されたサーカス芸人
 1. ヤマサキ・キヨシの運命
 2. ナロフォミンスクからの手紙
 3. パントシ・シマダの秘密
 4. 究極のバランス芸
エピローグ
あとがき

著者プロフィール

大島幹雄(おおしま・みきお)
1953(昭和28)年宮城県生れ。早稲田大学第一文学部露文科卒。サーカス・プロモーター。アフタークラウディカンパニー(ACC)勤務。海外からサーカスや道化師を招聘し、日本全国での興行をプロデュースするほか、石巻若宮丸漂流民の会事務局長、早稲田大学非常勤講師も務める。(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)





<関連サイト>

『明治のサーカス芸人は なぜロシアに消えたのか』 シマダ・グループによる「究極のバランス」
・・著者が入手した貴重な映像! 『明治のサーカス芸人は なぜロシアに消えたのか』(祥伝社、2013)のカバーに登場するのがシマダ・グループによる「究極のバランス」。




<ブログ内関連記事>

書評 『この国を出よ』(大前研一/柳井 正、小学館、2010)-「やる気のある若者たち」への応援歌!


ロシアとシベリア

『ピコラエヴィッチ紙幣-日本人が発行したルーブル札の謎-』(熊谷敬太郎、ダイヤモンド社、2009)-ロシア革命後の「シベリア出兵」において発生した「尼港事件」に題材をとった経済小説

「石光真清の手記 四部作」 こそ日本人が読むべき必読書だ-「坂の上の雲」についての所感 (4)
・・日露戦争前夜からロシアと満洲で情報活動を行った日本人の手記

書評 『女三人のシベリア鉄道』(森まゆみ、集英社文庫 、2012、単行本初版 2009)-シベリア鉄道を女流文学者たちによる文学紀行で実体験する
・・大正時代を中心としたシベリア鉄道で欧州に旅した女性作家たち

映画 「百合子、ダスヴィダーニヤ」(ユーロスペース)をみてきた-ロシア文学者・湯浅芳子という生き方

飛んでウラジオストク!-成田とウラジオストクの直行便が2014年7月31日に開設

書評 『「シベリアに独立を!」-諸民族の祖国(パトリ)をとりもどす-』(田中克彦、岩波現代全書、2013)-ナショナリズムとパトリオティズムの違いに敏感になることが重要だ

書評 『ソ連史』(松戸清裕、ちくま新書、2011)-ソ連崩壊から20年! なぜ実験国家ソ連は失敗したのか?

『ソビエト帝国の崩壊』の登場から30年、1991年のソ連崩壊から20年目の本日、この場を借りて今年逝去された小室直樹氏の死をあらためて悼む

書評 『ロシア革命で活躍したユダヤ人たち-帝政転覆の主役を演じた背景を探る-』(中澤孝之、角川学芸出版、2011)-ユダヤ人と社会変革は古くて新しいテーマである

書評 『プーチンと柔道の心』(V・プーチン/ V・シェスタコフ/A・レヴィツキー、山下泰裕/小林和男=編、朝日新聞出版、2009)

書評 『ろくでなしのロシア-プーチンとロシア正教-』(中村逸郎、講談社、2013)-「聖なるロシア」と「ろくでなしのロシア」は表裏一体の存在である


軽業師の「芸」はあくまでもプロの技

学校教育で強制されるタワーやピラミッドなどの「組み体操」は、ただちに全面禁止にすべきだ!-大阪市教育委員会の英断を絶賛したい(2016年2月12日

(2016年4月5日 情報追加)




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