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2015年11月30日月曜日

水木しげる先生がついに「あちら側」の世界へ行ってしまった(2015年11月30日)

(2010年に角川文庫から出版された自伝マンガ)

マンガ界の巨星・水木しげる先生がついに逝ってしまった。享年93歳。2015年11月30日のことだ。
   
小学生の頃、白黒の実写版テレビドラマ『悪魔くん』や『河童の三平』、白黒アニメの『ゲゲゲの鬼太郎』を見て育った世代としては、まことにもって残念としかいいようがない。

なんどもテレビアニメとしてシリーズ化された妖怪ものの『ゲゲゲの鬼太郎』がもっとも有名で、このほか「戦記もの」も有名だ。このテーマについては、水木しげるの「戦記物マンガ」を読む(2010年8月15日)と題したブログ記事ですでに書いている。戦争体験抜きに「水木ワールド」を語ることはできないのだ。

一般的には「妖怪もの」で有名だが、「神秘もの」というジャンルも多数ある。『水木しげるの古代出雲(怪BOOKS)』(水木しげる、角川書店、2012)は、待ちに待っていたマンガだ! に書いたが、出雲のある島根県の近くに生まれたため、「あっち側」の世界への感受性がとりわけ強い。

「妖怪もの」「戦記もの」「神秘もの」が「水木ワールド」の主要部分を形づくっているが、「自伝もの」もまた多い。

マンガ 『ビビビの貧乏時代-いつもお腹をすかせてた!』(水木しげる、ホーム社漫画文庫、2010)-働けど働けど・・・に収録されたマンガは、マンガ家としての貧乏時代を描いた作品集だが、「昭和もの」といっていいかもしれない。マンガに描かれた世界は時代の証言でもある。

「東京オリンピック」(2020年)が、56年前の「東京オリンピック」(1964年)と根本的に異なることには、『墓場の鬼多郎』(1964年)からのシーンを引用してある。高度成長時代の貴重な証言と読むこともできるだろう。

重要なジャンルである「神秘もの」については、いまだブログ記事を書いていないので、これはかならず書いておきたいと思う。


水木先生は、「あっち側」の世界と「こっち側」の世界をいったりきたりしているような人だったのに、ついに行ったきりになってしまったなあ、と。それが訃報を知ったときの感想だ。
  
「こちら側」の世界(=現世)においては水木先生の新作が読めなくなるのは残念であるが、残された膨大な作品は「日本人全体の財産」として、いや「世界遺産」として、長く後世に伝えてゆきたいものだ。
   
ご冥福を祈ります。合掌。


と書いたものの、どうも「幽冥境を異にする」という気がしないのだなあ、不思議なことなのだが。水木先生が描いてきた世界と同様に・・・。

「死んだ人は長く会っていないだけ」という感覚を、昔からもっているわたしが変わっているのかな、という気がしなくもないのだが、一般的にいっても、写真から映像へと進化し、さらにネットの浸透で生前の映像が繰り返し再生される現在、生と死の境目が不明瞭になってきているのではないか、という気がする。

これもまた「近代」が終わったことを如実に意味しているのではないかしらん。水木しげる先生は、「近代」に生きていながら、「前近代」への回路をつけてくださった方なのである。それは「超近代」への回路でもあったのだ。

これがまあ、結論めいたものとなるのだろうか。





<関連サイト>

水木しげるさん死去(朝日新聞)
・・関連新聞記事リンク集

ゲゲゲの鬼太郎(オープニング主題歌 (YouTube)
・・なんといっても1968年のファーストシリーズが最高! 水木しげる先生の訃報を伝えるテレビ番組では、1985年バージョンのカラー版の『ゲゲゲの鬼太郎』を流しているが、ファーストシリーズをリアルタイムで見ていた世代にとっては、「あれじゃないんだよ!」といいたくなる。 なんといっても1968年の白黒版のほうがいい。猫娘というキャラクターが登場する前のバージョンだ。おどろおどろしさとコミカルさがあいまって、いい味出しているのだ。作曲者のいずみたく先生がみずからハーモニカでこの曲を吹いてみせてくれたことは、わたしの少年時代のよい思い出のひとつ


悪魔くん(オープニング主題歌 (YouTube)


PS 「水木しげる サン お別れの会」

<日時>平成28年1月31日(日曜)14時より18時まで
<場所>東京都青山葬儀所



詳細は、ウェブサイトを参照

(2016年1月10日 記す)


<ブログ内関連記事>

合気道・道歌-『合気神髄』より抜粋
・・神秘体験の豊富な合気道開祖の植芝盛平のことは水木しげる先生は取り上げていないが、出口王仁三郎のもとで霊的な修行をした弟子であった

『鉄人を創る肥田式強健術 (ムー・スーパー・ミステリー・ブックス)』(高木一行、学研、1986)-カラダを鍛えればココロもアタマも強くなる!
・・肥田春充(ひだ・はるみち)という超人のことは、水木しげる先生は取り上げていない

マイク・タイソンが語る「離脱体験」-最強で最凶の元ヘビー級世界チャンピオンは「地頭」のいい男である!
・・・・この人物のことは、水木しげるは取り上げていない

『奇跡を起こす 見えないものを見る力』(木村秋則、扶桑社SPA!文庫、2013)から見えてくる、「見えないもの」を重視することの重要性

書評 『オーラの素顔 美輪明宏のいきかた』(豊田正義、講談社、2008)-「芸能界」と「霊能界」、そして法華経
・・スピリチュアル世界を代表する人物の一人が美輪明宏

書評 『テレビ霊能者を斬る-メディアとスピリチュアルの蜜月-』(小池 靖、 ソフトバンク新書、2007)-宗教社会学者が分析した「テレビ霊能者」現象

「魂」について考えることが必要なのではないか?-「同級生殺害事件」に思うこと ・・目に見えない世界を軽視してはいけない



(2012年7月3日発売の拙著です)








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2015年11月29日日曜日

書評 『ネットと愛国』(安田浩一、講談社+α文庫、2015、単行本初版 2012)-取材者と取材対象の対話的インタラクションが、時代の「空気」を見事に描き出す


 『ネットと愛国』(安田浩一、講談社+α新書、2015)という本が面白い。読みでのある内容の濃いルポルタージュである。 「行動する保守」を自称する「在特会」と、その背後にある現在の日本のある種の「空気」を明らかにしようとしたものだ。

民族差別的な内容の、暴力的で聞くに耐えない「ヘイトスピーチ」を撒き散らす在特会である。はっきりいって「排外主義」で「偏狭なナショナリズム」の担い手である彼らの存在は、当然のことながら好ましいものではない。

だが、著者はアタマから一方的なレッテル張りをすることはなく、じっくりと取材対象者の話を聴くというスタンスを貫いている。取材者である著者と取材対象とのあいだのインタラクションは、たんなる取材を超えた「対話」の性格をもっているといえるかもしれない。

文庫版で500ページ近くあるが、最後まで興味深く読むことができるのは、取材対象者たちのナマの声が、取材者としての著者との対話で引き出されているからだ。取材対象者たちの本音を聞きだしながら、すこしづつ自分自身の認識を深めていこうとする姿勢。読者もまたそのプロセスのなかにいるのである。だから、読み進むにつれて多面的な理解が可能となっていく。

初版は2012年なので、扱われている状況は2011年現在のものが中心になっている。在特会はすでに最盛時の勢いを失っており(・・これは喜ばしいことだ)、その後の推移は長い「文庫版あとがき」に記されている。

現在では「ヘイトスピーチ」というコトバが市民権を得ているが、本書の初版当時はそうではなかったのだ。コトバが与えられれば、人はその事象を認識できるようになる。事象との距離を正確に把握し、その事象への対処も可能となる。

本書を通読しての、わたしなりの理解は、帰属すべきコミュニティを地域社会にも勤務先にも見出すことのできない、ネット世界に浮遊するデラシネ(=根こぎされた)の人々の、さまざまな特権をもつエリート層へのルサンチマン(=憎悪)を吸収することに成功したのが「在特会」に代表される団体なのだろう、と。リベラルな思想の持ち主は、概して官僚やマスコミなど高学歴者に多いのは事実だ。

デラシネとルサンチマン、ともにフランス語だが、この2つの単語ほど、かれらの深層意識でうごめく不安感を表現しているとはいえないだろうか? 未来を奪われた者たちは、攻撃対象つまり敵の存在を発見したとき、はじめて否定的な形であるがアイデンティティを取り戻し、かれらをつなぎとめる観念的な攻撃対象への憎悪心が求心力となって集団を形成するのだ。

暴力的で差別的言動。排外主義という偏狭なナショナリズム。在特会は、本来の意味における保守ではなく、従来型の右派でもない。あくまでもハンドルネームによる参加に示されているように、ネット世界のリアル世界への展開であって、リアル世界に根をもつものではない。だから暴力的な言動が可能なのだ。なにかに憑依されたかのように、無意識のうちに暴力的な別人格を演じているのだろう。

「在特会」そのものは2015年現在ではすでに勢いを失ったが、その背後にある「いやな空気」の存在に目を向けなくてはならない。「在特会」的なものの土壌を形成しているネトウヨ、さらにはリアル社会にも広範に存在する不安をもつ一般人がつくりだす空気。本書は、特別な団体に属する特殊な人たちのことを扱ったように見えながら、現在の日本社会そのものを扱った内容の本なのだ。
  
閉塞感が解消したとはいえず、不安感がさらに増しつつある現在の日本社会。冷静に現状を見つめるためにも、ぜひ読むことをすすめたい良質なルポルタージュである。




目 次

プロローグ
1 在特会の誕生-過激な "市民団体" 率いる謎のリーダー・桜井誠の半生
2 会員の素顔と本音-ごくごく普通の若者たちは、なぜレイシストに豹変するのか
3 犯罪というパフォーマンス-ついに逮捕者を出した「京都朝鮮学校妨害」「徳島県教組乱入」事件の真相
4 「反在日」組織のルーツ-「行動する保守」「新興ネット右翼」勢力の面々
5 「在日特権」の正体-「在日コリアン=特権階級」は本当か?
6 離反する大人たち-暴走を続ける在特会に、かつての理解者や民族派を失望し、そして去っていく
7 リーダーの豹変と虚実-身内を取材したことで激怒した桜井は私に牙を向け始めた…
8 広がる標的-反原発、パチンコ、フジテレビ…気に入らなければすべて「反日勢力」
9 在特会に加わる理由-疑似家族、承認欲求、人と人同士のつながり…みんな "何か" を求めている
エピローグ
文庫版 あとがき
解説 それでも希望はある(鴻上尚史)


著者プロフィール

安田浩一(やすだ・こういち)
1964年静岡県生まれ。「週刊宝石」「サンデー毎日」記者を経て2001年よりフリーに。事件、労働問題などを中心に取材・執筆活動を続ける。2012年『ネットと愛国 在特会の「闇」を追いかけて』(講談社)で第34回講談社ノンフィクション賞受賞。2015年には「ルポ 外国人『隷属』労働者」(「G2][講談社]掲載)で第46回大宅壮一ノンフィクション賞(雑誌部門)を受賞した。著書に『ルポ 差別と貧困の外国人労働者』(光文社)、『ヘイトスピーチ 「愛国者」たちの憎悪と暴力』(文藝春秋)、『ネット私刑』(扶桑社)ほか。(出版社サイトより)


<ブログ内関連記事>

ナショナリズム-その二面性

書評 『ナショナリズム-名著でたどる日本思想入門-』(浅羽通明、ちくま文庫、2013 新書版初版 2004)-バランスのとれた「日本ナショナリズム」入門

『単一民族神話の起源-「日本人」の自画像の系譜-』(小熊英二、新曜社、1995)は、「偏狭なナショナリズム」が勢いを増しつつあるこんな時代だからこそ読むべき本だ
・・戦前の「革新」は右翼、戦後は「左翼」。そしていまは右翼か??

『日本会議の研究』(菅野完、扶桑社新書、2016)は、「いまこの国でひそかに進行していること」を「見える化」した必読の労作だ!


街頭というリアル世界に飛び出したネトウヨ

「日本のいちばん長い日」(1945年8月15日)に思ったこと(2009年8月15日)
・・この日、九段下の交差点で遭遇したデモは「在特会」のものだったのだろうか? いまから6年前の2009年に書いたわたしの文章をここに再録しておこう。

「近隣諸国による、近年激しい応酬がなされてきた靖国神社問題にかんする感情的反発が核となった、いわゆる「ネット右翼」のオフ会のような雰囲気であるが、本人たちはかなり真剣に取り組んでいるようだ。参加しているのは大半が若者である。
 排外主義を主張する内容は、あまりにも偏狭すぎてまったく賛同できないが、日本国内でこれほどエキサイトしているデモ集会の現場にでくわしたのは久々である。野次馬として至近距離で見ていたが、警察とはある意味なれ合いの関係にある街宣車型の旧来型右翼とはまったく異なる印象を受ける。
 秋葉原の歩行者天国での無差別殺人事件もそうだったが、とくに若者のあいだで、なにかものすごく閉塞感が強く、抑圧され鬱屈した「空気」が、見えない深層で淀んでいるように感じられるのが、現在の日本の状況である。
 今月末に総選挙が実施されるが、選挙演説なんか聞くよりも、こういった少数派ではあるが、極端な思想の持ち主の示威行動の現場を観察する方が、深層で進行している本当の変化について考えるためのいい機会になると考えてよいのではないか。
 彼らの言動はひとことでいってしまえば、きわめて「内向きなナショナリズム」の発現である。海外生活において日本人のアイデンティティを自覚するタイプの「健全な外向型のナショナリズム」ではない、「不健全な、病的な、内向型のナショナリズム」だ。(2009年8月15日の感想)


■ユートピアと革命幻想の終焉

「東京オリンピック」(2020年)が、56年前の「東京オリンピック」(1964年)と根本的に異なること
・・貧困に起因するルサンチマンが描かれたマンガだが、そこにあるのは単なる憎悪ではなく、ある種のユートピア的世直し願望がある。革命幻想の一種であろうか?

「ユートピア」は挫折する運命にある-「未来」に魅力なく、「過去」も美化できない時代を生きるということ
・・「1970年から数年のうちに、近代の「理想主義」は死んだのである。理想主義者にとってのユートピアは死んだのである。」

書評 『革新幻想の戦後史』(竹内洋、中央公論新社、2011)-教育社会学者が「自分史」として語る「革新幻想」時代の「戦後日本」論
・・右派がつねに攻撃する左派リベラルだが、じつはとうの昔に死んでいるのである


■「求心力」となる敵対心と憎しみ

自分のアタマで考え抜いて、自分のコトバで語るということ-『エリック・ホッファー自伝-構想された真実-』(中本義彦訳、作品社、2002)
・・「魅力や引力といったポジティブなものだけでなく、怒りや憎しみといったネガティブなファクターが人々の気持ちを一つに結び合わせる求心力となりうることに思いが及んだ。Love & Hate という表現があるように、愛憎はオモテとウラの関係にある」

ロストジェネレーション

書評 『失われた場を探して-ロストジェネレーションの社会学-』(メアリー・ブリントン、池村千秋訳、NTT出版、2008)-ロスジェネ世代が置かれた状況を社会学的に分析
・・「サービス経済化によって、中下位レベルの普通科高校卒の男子は、特定のスキルをもたないのでアルバイトなど非正規社員しか道がなく、「ワーキングプア」になる可能性が高い。女子と違って男子は、まだこういう状況を生き抜く術を身につけていない」

書評 『現代日本の転機-「自由」と「安定」のジレンマ-』(高原基彰、NHKブックス、2009)-冷静に現実をみつめるために必要な、社会学者が整理したこの30数年間の日本現代史


ネットと「世間」

書評 『「空気」と「世間」』(鴻上尚史、講談社現代新書、2009)-日本人を無意識のうちに支配する「見えざる2つのチカラ」。日本人は 「空気」 と 「世間」 にどう対応して生きるべきか?

ネット空間における世論形成と「世間」について少し考えてみた

書評 『私とは何か-「個人」から「分人」へ-』(平野啓一郎、講談社現代新書、2012)-「全人格」ではなく「分割可能な人格」(=分人)で考えればラクになる
・・無意識のうちに別人格を演じているのが人間という存在だ

(2016年6月29日 情報追加)



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2015年11月28日土曜日

書評 『白い航跡』(吉村昭、講談社文庫)-脚気撲滅に情熱をかけた知られざる海軍軍医・高木兼寛の生涯を描いた伝記小説


偉大な功績をあげた割には一般的に知られていない、明治時代の日本人を主人公にした伝記小説である。

この歴史小説の主人公の名は高木兼寛(たかき・かねひろ)。おそらく彼が創設者であった慈恵医大関係者などの例外を除けば、一般にはなじみがないものだろう。

かつては日本人を大いに苦しめてきた脚気(かっけ)という病気をめぐり、その撲滅を使命として予防法の究明と確立に情熱を燃やした人だ。脚気患者の撲滅によって、日清・日露の両戦争においては海軍の勝利に裏方として多大な貢献をなした軍医であった。慈恵医大や看護学校の創設、生命保険会社創設への参加など、日本近代化に多大な貢献をなしている。

「皇国の興廃この一線にあり」で有名な日本海海戦も、海軍将兵の脚気対策が大幅に進んでいたからこそ勝利が可能になったのだ。脚気患者が大量に発生していたのでは、とても戦える状況ではない。将兵の健康は戦争を勝利に導くためのソフトウェアであったのだ。戦争はハードウェアだけで戦われるわけではない。

まさに一国の運命を決定する戦いの背後には、高木兼寛という熱い思いと不屈の信念に支えられた軍医がいたのである。

高木兼寛(1849~1920)は、幕末に薩摩藩の郷士(ごうし)として生まれた人。父親は大工で生計を立てていた手わざの人でもあった。向学心が高く、医学を学ぶことのできた彼は、戊辰戦争では薩摩藩軍医として会津まで転戦し、負傷した将兵の治療にあたる。

戦場では敵味方をこえた悲惨な状況に心を痛めるとともに、目の前で苦しむ負傷者に適切な治療を行うことのできない悔しさをいやというほど味わうことになる。これが医者としての高木兼寛の原点となる。

「薩摩の海軍」というフレーズがあるが、薩摩出身の高木兼寛もまた、草創期の日本海軍に軍医としてかかわることになる。この事実がきわめて重要だ。薩英戦争で互角に戦いながら英国の実力を心底から悟った薩摩藩は、英国との関係を密接にもつようになりった。だからこそ海軍なのであり、それが英国流の実践性を重んじた医学へとつながり、英国への留学でさまざまな医療実践の実態を知ることになったのであった。

よく知られているとおり、かつて日本の医学は圧倒的にドイツ医学の影響下にあった。医学の頂点に立っていた東京帝国大学、ドイツ陸軍の圧倒的影響のもとにあった陸軍がドイツ医学を採用したのに対し、高木兼寛もその一人であった海軍のイギリス医学は、日本ではマイノリティの立場にあったのである。

(海軍時代の高木兼寛 wikipediaより)

そんな海軍軍医の高木兼寛の人生のハイライトは、なんといっても脚気の撲滅と予防医学の実践にあった。

統計によるデータ分析をベースにした方法から見出した白米摂取と脚気との関係。メカニズム究明にまではいたらなかったものの、あきらかに脚気発病と相関関係にある白米摂取を減少させたことで海軍の脚気患者は激減したのであった。この間の高木兼寛の情熱的な奔走振りには大いに感銘するものがある。

だが、海軍軍医の高木兼寛の「食物原因説」の前に大きく立ちはだかったのが、帝国大学医学部と陸軍軍医部の中心にいた森林太郎の「細菌原因説」であった。森林太郎とは、文学者の森鴎外のことである。森鴎外は本書の主人公ではないが、そのプライドの高いエリート官僚ぶりには辟易するものを感じる読者も少なくないだろう。

脚気患者を大幅に減少させたという実績を出し、日本国民からも評価されていたにもかかわらず、学理的にあらずという理由で拒否し続けた日本の医学界。しかし同時代の英米の医学会では高木兼寛の業績を独創的であるとして高く評価していたという内外の認識ギャップの存在。読んでいてやりきれない思いをするのはわたしだけではないだろう。

森鴎外にくらべて知名度がはるかに劣る高木兼寛だが、こと医学の発展と独創的発想という点においては、はるかに勝る存在であったことをアタマのなかにいれておきたいものである。高木兼寛の業績は、その後のビタミンの発見につながるのである。このような人物をもったことは日本にとってはきわめて大きなことであった。

地味なテーマで淡々とした記述であるのにかかわらず、読み進むにつれて高木兼寛の情熱に共感、共鳴していくことを覚えることだろう。

「目の前にいる患者を救いたい」、という医療の原点。そのために「医学を本格的に学びたい」という強烈な思い、そして医療をつうじて社会に広く貢献したいという思い。これらの「医の原点」を高木兼寛という激動の時代に生きた一人の人物に見出すからなのだ。

作家・吉村昭氏の精力的な発掘のおかげで、高木兼寛という知られざる人物とその業績について知ることができるのである。すでに故人となった吉村氏にもおおいに感謝しなくてはならない。






<関連サイト>

高木兼寛関連 - 東京慈恵会医科大学
・・慈恵医大では高木兼寛は「学祖」とされている

高木 兼寛(ビタミンの父)|宮崎県郷土先覚者

板倉聖宣『模倣の時代』仮説社、1988年 (科学史入門講座)
・・脚気論争を扱った科学史の大著の「目次」と内容紹介




<ブログ内関連記事>

書評 『三陸海岸大津波』 (吉村 昭、文春文庫、2004、 単行本初版 1970年)-「3-11」の大地震にともなう大津波の映像をみた現在、記述内容のリアルさに驚く


戊辰戦争における薩摩と会津

NHK大河ドラマ 『八重の桜』がいよいよ前半のクライマックスに!-日本人の近現代史にかんする認識が改められることを期待したい

「敗者」としての会津と日本-『流星雨』(津村節子、文春文庫、1993)を読んで会津の歴史を追体験する


佐倉順天堂は幕末から明治時代初期にかけての西洋医学の人材を輩出

幕末の佐倉藩は「西の長崎、東の佐倉」といわれた蘭学の中心地であった-城下町佐倉を歩き回る ③
・・オランダ医学を佐倉順天堂で学んだ医師たちが、幕末から明治時代にかけての日本近代医学の基礎をつくった。ドイツ医学への流れを決定的にしたのは、佐倉順天堂の関係者である

書評 『オランダ風説書-「鎖国」日本に語られた「世界」-』(松方冬子、中公新書、2010)-本書の隠れたテーマは17世紀から19世紀までの「東南アジア」
・・・なぜ17世紀オランダが世界経済の一つの中心地であったのか、その理由の一つが日本との貿易を独占していたことは日本人の常識とならねばならない


英国と薩摩の海軍

海軍と肉じゃがの深い関係-海軍と料理にかんする「海軍グルメ本」を3冊紹介


明治天皇と昭憲皇太后

「エンプレス・ショーケン・ファンド」(Empress Shoken Fund)を知ってますか?-国際社会における日本、その象徴である皇室の役割について知ることが重要だ
・・慈恵医大の「慈恵」は昭憲皇太后から賜ったもの

「聖徳記念絵画館」(東京・神宮外苑)にはじめていってみた(2013年9月12日)
・・乃木大将と同様、高木兼寛もまた、明治天皇によって心を支えられた人であった


「脚気と兵食問題」の論争相手であった森林太郎

語源を活用してボキャブラリーを増やせ!-『ヰタ・セクスアリス』 (Vita Sexualis)に学ぶ医学博士・森林太郎の外国語学習法
・・文理融合の・・・ともいうべき森鴎外であったが、なぜ脚気論争では細菌説に固執し、結果として大量の脚気死亡者を陸軍で発生させるにいたったのか? 組織人としての森林太郎の限界

書評 『正座と日本人』(丁 宗鐵、講談社、2009)-「正座」もまた日本近代の「創られた伝統」である!
・・明治時代になってから普及した「正座」。明治時代になってコメを食えるようになってから増大した「脚気」。この意味をよく考える必要がある

(2016年3月18日 情報追加)




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2015年11月25日水曜日

「戦後70年」とは三島由紀夫が1970年に45歳で自決してから45年目にあたる年だ(2015年11月25日)

(三島由紀夫は自衛隊市ヶ谷駐屯地で自決した)

45年前のきょう(1970年11月25日)、三島由紀夫が自決した。45歳であった。

ことし2015年は「戦後70年」である。つまり、「戦後70年」とは「三島由紀夫が1970年に45歳で自決してから45年目にあたる年」ということにもなる。

老醜をさらすことを極度に嫌っていた三島由紀夫のことだから、「生きていれば・・・」という発言はナンセンスというべきだろう。享年の45歳の姿で永遠に記憶されることとなったからである。

三島由紀夫が自決した1970年(昭和45年)は、日本が敗戦してから25年の年であった。すでに25年たっていたというべきか、あるいはまだ25年しかたっていなかったというべきか。

大阪万博が開催された1970年は「高度成長」の絶頂期であったが、わずかその3年後の1973年に発生した石油ショックで「高度成長」が終焉するとは、三島由紀夫も予想できなかったのかもしれない。

1970年はまた新左翼主導の学生運動の絶頂期であったが そのわずか2年後の1972年におきた浅間山荘事件で学生運動が一気に収束するとは、三島由紀夫も予想できなかったのかもしれない。

1970年はいまだベトナム戦争がエスカレートしていた最中であったが、その3年後の1973年にはニクソン大統領が戦争終結を宣言し、米軍はベトナムから撤退することになる。

そう、1970年11月25日は、まさに激動の時代の最中だったのである。熱い時代だったのである。

 いわゆる「三島事件」があったとき、わたしはまだ小学校低学年であったので、当然のことながらその本質はわからなかった。大人たちが騒いでいたことは覚えている。 スキャンダラスな事件として、ワイドショー的なネタとして。

三島由紀夫の自決から45年もたっているが、はたして「精神の空洞化」は解消したといえるのだろうか?45年たったいまも、三島由紀夫が日本人に突きつけた問いの意味は失われていないのではないだろうか。

三島由紀夫が、自らの死をもって日本人に対して突きつけた問いは、日本人が存在しつづける限り、半永久的につき刺さったトゲとして消えることはないのではないか?

三島由紀夫が突きつけた問いに対して、ストレートに応えることのできない自分に「もどかしさ」を感じている。「もどかしさ」としか表現のしようがないのだ。









<ブログ内関連記事>

「憂国忌」にはじめて参加してみた(2010年11月25日)
・・三島由紀夫の命日が「憂国忌」である

「行動とは忍耐である」(三島由紀夫)・・・社会人3年目に響いたコトバ

「精神の空洞化」をすでに予言していた三島由紀夫について、つれづれなる私の個人的な感想


「憂国」と二二六事件関連

二・二六事件から79年(2015年2月26日)-「格差問題」の観点から「いま」こそ振り返るべき青年将校たちの熱い思い

書評 『近代日本の右翼思想』(片山杜秀、講談社選書メチエ、2007)-「変革思想」としての「右翼思想」の変容とその終焉のストーリー
・・ユートピア論の観点からみると、日本ではすでに1936年には「右翼」は終焉し、「左翼」もまた1991年には完全に消滅した


■1970年前後という時代

沢木耕太郎の傑作ノンフィクション 『テロルの決算』 と 『危機の宰相』 で「1960年」という転換点を読む
・・遅れてきた右翼少年によるテロをともなった「政治の季節」は1960年に終わり、以後の日本は「高度成長」路線を突っ走る。「世界の静かな中心」というフレーズは、 『危機の宰相』で沢木耕太郎が引用している三島由紀夫のコトバである。

映画 『バーダー・マインホフ-理想の果てに-』(ドイツ、2008年)を見て考えたこと
・・三島由紀夫と同時代の1960年代は、日本でもドイツでもイタリアでも「極左テロの季節」であった

書評 『高度成長-日本を変えた6000日-』(吉川洋、中公文庫、2012 初版単行本 1997)-1960年代の「高度成長」を境に日本は根底から変化した
・・「日本はなくなって、その代はりに、無機的な、からっぽな、ニュートラルな、中間色の、富裕な、抜け目のない、或る経済大国が極東の一角に残るのであらう。それでもいいと思ってゐる人たちと、私は口をきく氣にもなれなくなってゐるのである。」(三島由紀夫)


ユートピアと革命幻想の終焉

「ユートピア」は挫折する運命にある-「未来」に魅力なく、「過去」も美化できない時代を生きるということ
・・「三島由紀夫が「盾の会」の制服を、辻井喬(=堤清二)の西武百貨店に依頼してつくってもらったことが『ユートピアの消滅』に回想されているが、この二人は主義思想の違いを超えて親しかったというだけでなく、同質の人間として、同じような志向を逆向きのベクトルとして共有していたというわけなのだ。つまり二人とも絵に描いたような「近代人」、しかも「近代知識人」であったということだ。」

(2015年11月30日 情報追加)




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2015年11月24日火曜日

フランス国歌 「ラ・マルセイエーズ」の歌詞は、きわめて好戦的な内容だ

(フランス革命を描いたドラクロワの『民衆を導く自由の女神』)

知っている人にとっては「常識」だろうが、フランス国歌「ラ・マルセイエーズ」の歌詞は意外なことにきわめて好戦的な内容なのだ。

「ラ・マルセイエーズ」(La Marseillaise)は、1789年から本格化した「フランス革命」のなかで誕生した歌である。フランス南部のマルセイユからやってきた義勇兵たちが歌って広めたので、そういう名前がついたとされている。

革命を推進する側のものだから、好戦的な内容であるのは当然といえば当然かもしれない。守る側より攻める側、デイフェンスよりもオフェンスのほうが勢いがあるのはスポーツでも同様だ。敵を作り出すことによって、内部の求心力を凝縮させパワー全開とするのである。

では、どれほど好戦的な内容なのか、リズムはさておき歌詞を具体的にみておこう。全部で7番まであって長いので、ここでは1番だけ紹介しておくが、日本語訳の歌詞を読めば、正直いって驚く人もいるのではないかな? 引用は、wikipedia日本語版の当該項目から行ったが、わたしの判断で日本語訳の一部に手を加えてある。


 「ラ・マルセイエーズ」 1番

(フランス語原文)

Allons enfants de la Patrie,
Le jour de gloire est arrivé !
Contre nous de la tyrannie,
L'étendard sanglant est levé,
L'étendard sanglant est levé,
Entendez-vous dans les campagnes
Mugir ces féroces soldats ?
Ils viennent jusque dans nos bras
Égorger nos fils, nos compagnes !

(日本語訳)

行こう 祖国(パトリ)の子どもたちよ
栄光の日が来た!
我らに向かって 暴君の
血まみれの旗が掲げられた
血まみれの旗が掲げられた
聞こえるか 戦場に
残忍な敵兵たちの咆哮を?
奴らは我らの元に来て
我らの息子たちと妻たちの
喉を掻き切るのだ!

ルフラン (=リフレーン):繰り返し

(フランス語原文)

Aux armes, citoyens,
Formez vos bataillons,
Marchons, marchons !
Qu'un sang impur
Abreuve nos sillons !

(日本語訳)

武器をとれ 市民(シトワイアン)たちよ
隊列を組め
進もう 進もう!
汚(けが)れた血が
我らの畑の畝を満たすまで!

かの名作映画 『カサブランカ』(1942年)では、ナチスによる占領に抗して歌われるのが「ラ・マルセイエーズ」だが、そのような感動的なシチュエーションにおいては、この歌詞であってもけっして違和感はない。「自由は死もて守るべし!」というメッセージが濃厚だからだ。

だが、そのような「有事」ではなく「平時」においては、あまりにも好戦的というか残忍というか、血なまぐさいまでの内容に違和感を感じるのは、けっして日本人だけではないようだ。ただ単に勇ましい曲という印象とは異なるからだ。

わたしが歌詞の意味を知ったのは大学時代のことだ。フランス語を第二外国語として選択していたから知ったのだが、ひじょうに強い違和感を感じたことを覚えている。「君が代」の世界とはあまりにも違う。

「自由・平等・友愛」というフランス共和国の価値観は死んでも守るという決意。それを感じさせるものが、「ラ・マルセイエーズ」という国歌の曲と歌詞にはある。彼らがいう「普遍的な価値観」は、敵を意識した強烈なナショナリズムに支えられているのだ。

「13日の金曜日の虐殺事件」(2015年11月13日)という、パリで起きた自称「イスラーム国」による同時多発テロ事件以後、非常事態宣言が発令された「有事」のフランスで、「ラ・マルセイエーズ」を歌うフランス人たちの胸のうちに浮かぶものはなんであるのだろうか、それを考える材料になるかもしれない。

もちろん個人主義の国フランスのことだから、胸のうちにあるものは一人ひとりで異なるであろう。「ラ・マルセイエーズ」の歌詞をめぐっては、フランス国内でも賛否両論があるようだ。






<関連サイト>

La Marseillaise -National Anthem of France-(YouTube)

Casablanca La Marseillaise (YouTube)
・・ドイツ将校団が軍歌で怪気炎をあげるなか、「ラ・マルセーエーズ」で対抗する感動的シーン。舞台設定はモロッコのカサブランカ


<ブログ内関連記事>


血塗られたフランス史

映画 『王妃マルゴ』(フランス・イタリア・ドイツ、1994)-「サン・バルテルミの虐殺」(1572年)前後の「宗教戦争」時代のフランスを描いた歴史ドラマ
・・フランス最大の大虐殺事件。16世紀の「宗教戦争」における新旧キリスト教の激突

「マリーアントワネットと東洋の貴婦人-キリスト教文化をつうじた東西の出会い-」(東洋文庫ミュージアム)にいってきた-カトリック殉教劇における細川ガラシャ ・・フランス革命で処刑された王妃

フランスの童謡 「雨が降ってるよ、羊飼いさん!」(Il pleut, Il pleut, bergère)を知ってますか?
・・雨は「フランス革命」のメタファーという説もある

「13日の金曜日」にパリで発生した大虐殺(2015年11月13日)-「テロとの戦い」に重点を置いたフランス共和国の基本を知る
・・自称「イスラーム国」のテロリストたちによる凄惨なテロ事件


フランス的価値観とライフスタイル

書評 『憲法改正のオモテとウラ』(舛添要一、講談社現代新書、2014)-「立憲主義」の立場から復古主義者たちによる「第二次自民党憲法案」を斬る
・・「政教分離」原則の徹底は、フランス革命から始まった

月刊誌「クーリエ・ジャポン COURRiER Japon」 (講談社)2011年1月号 特集 「低成長でも「これほど豊か」-フランス人はなぜ幸せなのか」を読む
・・フランス人の価値観にある joie de vivre(生きるよろこび)

『恋する理由-私が好きなパリジェンヌの生き方-』(滝川クリステル、講談社、2011)で読むフランス型ライフスタイル


■フランス革命から始まったナショナリズム

書評 『近代の呪い』(渡辺京二、平凡社新書、2013)-「近代」をそれがもたらしたコスト(代償)とベネフィット(便益)の両面から考える
・・「フランス革命をきっかけに近代(・・正確にいえば後期近代)がはじまるのだが、フランス革命自体はけっして近代そのものではなく、ロベスピエールに代表される「理性信仰」ともいうべき宗教であったこと、近代にとってはるかに大きな意味をもつのは国民軍の創設とナポレオン戦争のインパクトである。」

書評 『ナショナリズム-名著でたどる日本思想入門-』(浅羽通明、ちくま文庫、2013 新書版初版 2004)-バランスのとれた「日本ナショナリズム」入門





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2015年11月23日月曜日

本日(11月23日)は「感謝祭」-「戦前・戦中」は新嘗祭(にいなめさい)、「戦後」は勤労感謝の日

(ノーマン・ロックウェルの「感謝祭」)

本日(11月23日)は日本の国民の休日です。「勤労感謝の日」となっております。

もともとは稲の収穫を祝う宮中の行事が休日となった「新嘗祭」(にいなめさい)でした。敗戦の結果、GHQの占領政策によって「新嘗祭」が廃止され、「勤労感謝の日」と衣替えされたわけです。
 
いわゆる Occupied Japan(占領下日本)状態の 1948年(昭和23年)のことです。 「勤労感謝の日」は、アメリカの国民の休日である「感謝祭」とほぼ同じ時期になります。感謝祭は、英語で Thanksgiving Day といいます。「収穫祭」の意味でもありますね。11月の第4木曜日がその日にあたります。

冒頭に掲載した画像は、かの有名なノーマン・ロックウェル(Norman Rockwell 1894~1978)の「感謝祭」。いかにもアメリカ的なアメリカを描いた画家でですね。「古きよき時代のアメリカ」を描いてますが、これは「欠乏からの自由」(Freedom from Want)と題された1943年の作品。ローズヴェルト大統領の「4つの自由」の一つを描いたもの。

(Freedom from Want, 1943   wikipedia より)

ちなみに「4つの自由」とは、「言論の自由」、「信教の自由」、「欠乏からの自由」、「恐怖からの自由」であり、このいずれも「戦中」の日本には欠けていたものであります。その意味では、「4つの自由」への戦いとは、大日本帝国や第三帝国(=ナチスドイツ)との戦いを意味していたと考えてもよいかもしれません。

Thanksgiving Day (感謝祭)といえば、わたしにとっては「災難の日」(Calamity Day)と記憶されております。いまを去ること20数年前のアメリカ留学中、まさにこの日でありましたが、住んでいた寮の隣の部屋から火事がでたために、部屋を追い出されるはめに・・・。延焼は免れましたが自分の部屋への立ち入りが禁止されてしまいました。
   
アメリカ東海岸のニューヨーク州の11月23日といえば寒い冬の一日。ニューヨーク・シティ在住の友人宅を転々として数日過ごしましたが、わたしにとっては、とんだ Thanksgiving Day (感謝祭の)プレゼントとなったわけであります。まさに No Thanks ! でありましたが。
  
そんな個人的な記憶はさておき、せっかくの「国民の休日」ですからね。何に対する感謝か、誰に対する感謝かは別にして、「感謝の日」としたいものです。




<ブログ内関連記事>

書評 『ワシントン・ハイツ-GHQが東京に刻んだ戦後-』(秋尾沙戸子、新潮文庫、2011 単行本初版 2009)-「占領下日本」(=オキュパイド・ジャパン)の東京に「戦後日本」の原点をさぐる

書評 『黒船の世紀 上下-あの頃、アメリカは仮想敵国だった-』 (猪瀬直樹、中公文庫、2011 単行本初版 1993)-日露戦争を制した日本を待っていたのはバラ色の未来ではなかった・・・

早いもので米国留学に出発してから20年!-それは、アメリカ独立記念日(7月4日)の少し前のことだった(2010年7月4日)

皇紀2670年の「紀元節」に、暦(カレンダー)について考えてみる

「パンプキン詐欺」にご用心!-平成のいまハロウィーンは完全に日本に定着した(2015年10月31日)
・・ハロウィーンは、もともとはヨーロッパの先住民ケルトの「収穫祭」




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2015年11月22日日曜日

ひさびさにカラスウリを見つけた-晩秋になるとオレンジ色に熟したカラスウリが目に入る

(見事なまでにオレンジ色に熟したカラスウリ  筆者撮影)

カラスウリをひさびさに発見した。

この時期になると、熟して真っ赤に(・・正確にいうとオレンジ色に)染まるので、いやでも(?)目に入ってくる。ホオズキのようなオレンジ色というか、ハロウィーンのパンプキンのような見事なオレンジ色である。

といいたいところだが、なぜか近年は見たという記憶がない。

子ども時代は、都会に住んでいながらも、よく目にしたものだが、大人になってからはそんな機会が減ったためか、それとも都市部では見なくなったからなのか。カラスウリを目にしたことはほとんどなかった。

カラスウリを見たのは廃屋の前である。最近は都市部の市街地でも住人がいなくなって放置されたままの空家が少なくない。そんな廃屋の壁に蔓をはわせていたのがカラスウリであった(・・下の写真)。

(11月には珍しく、右下にはまだ熟していない実も  筆者撮影)

カラスウリは、熟してオレンジ色になる前は、ラグビーボール型のスイカのような形態である。スイカをミニチュア化したような感じだ。

西洋野菜のズッキーニが、きゅうりのような形をしているものの、ウリ科カボチャ属に分類されるカボチャの仲間だということを考えると、熟すと見事なオレンジ色になるカラスウリもカボチャの仲間思うかもしれないないが、カラスウリはカボチャ属ではない。

しかもカラスウリは、日本に自生する植物だ。

(熟す前のカラスウリはラグビーボール型スイカ  筆者撮影)

なぜカラスウリというのかは知らないが、おそらくヘビイチゴと同じたぐいの命名法によるものだろう。ヘビイチゴは野いちごの一種だが、べつにヘビが食べるというわけではない。カラスウリもカラスが食べているのは見たことがない。

カラスウリはいったいどんな味がするのだろうか、そんな疑問をじっさいに試してみた人がいるようだ。「カラスウリの実は食べられるのか」という質問が国会図書館の「レファレンス協同データベース」に登録されている。

解答は、「カラスウリは、実や葉、根を食すことができる。」、というもの。データベース記載の文章によれば、以下のような記述が、『有用草木博物事典』に掲載されているのだそうだ。

●飢饉の際にはカラスウリの塊根からでんぷんを取り、餅にしていた
●塊根から取れたでんぷんを、粥に混ぜていた
●キカラスウリは甘くそのまま食用となる
●青く若い果実は塩漬けや粕漬けにする

この時期にオレンジ色した果実といえば柿の実があるが、タテに細長い形だと渋柿ということになる。渋柿は皮をむいて干せば干し柿になるが、さてカラスウリはどうなのかな?

「プディングの味は食べてみなければわからない」(The proof of the pudding is in the eating.)というコトワザが英語にはあるが、さすがにカラスウリの粕漬けを食べたいとは思わないなあ・・・。





<ブログ内関連記事>

ヘクソカズラ(=屁糞葛)というスゴイ名前の植物は、日本中いたるところに生えている ・・ヘクソカズラは秋にヤマイモのような実/をつける

ウィステリアとは日本の藤(ふじ)のこと-アメリカでは繁殖力の強い「外来種」として警戒されているとは・・・

すでに5月にアジサイの花-梅雨の時期も近い

葛の花 踏みしだかれて 色あたらし。 この山道をゆきし人あり (釋迢空)

「よもぎ」は雑草か?-価値観が反映するものの見方について

セイタカアワダチソウは秋の花-かつて気管支喘息や花粉症の元凶だとされていたが・・・
・・これは外来種

世の中には「雑学」なんて存在しない!-「雑学」の重要性について逆説的に考えてみる
・・「自然界には雑草なんて存在しない、人間が勝手に分類しているだけだ」。かつて昭和天皇がこのような趣旨のことをクチにされていた、という」




(2012年7月3日発売の拙著です)










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2015年11月17日火曜日

書評 『ドイツリスク-「夢見る政治」が引き起こす混乱-』(三好範英、光文社新書、2015)-ドイツの国民性であるロマン派的傾向がもたらす問題を日本人の視点で深堀りする


経済力を背景に政治面でも強大化しつつあるドイツ。このドイツについて、最初にまとまった形で警鐘を鳴らした日本語による出版物は、2015年に出版されたフランスの人口学者エマニュエル・トッド氏によるものであった。

だが、ほぼ同時期に出版された本書は、トッド氏のインタビュー集よりもはるかに面白く有益である

著者は大手新聞社の編集委員。ベルリン特派員としての経歴は、1997~2001年、2006~2008年、2009~2013年の3度にわたる。ドイツ通として、「再統一」後の現代ドイツ社会ををつぶさに見てきた人である。

同じ著者による 2004年に出版された 『戦後の「タブー」を清算するドイツ』(亜紀書房)は興味深い内容であったが、その11年後に出版された本書は、すでにドイツが過去を清算して「普通の国」となっただけでなく、強大化するドイツが世界の政治経済にとっての「リスク要因」であることを、著者に知見を踏まえて突っ込んだ検討を行っている。

欧州で一人勝ちするドイツは、すでに欧州の範囲を超えてユーラシア世界全体に影響を与える存在となりつつある。ドイツ世界に隣接する東方世界のロシア、さらには東端の中国まで含めたユーラシア全体である。島国の日本からみれば、対岸の大陸中国の背後に、ドイツの影がひたひたと迫っているというべきかもしれない。

「リスク要因」となりつつドイツを、著者は「ドリーマー」というキーワードを使用して解明を試みているドリーマーとは、夢見る人のこと。夢想家と言い換えてもいいだろう。著者による定義を引用しておこう。

「夢見る人」を定義するならば、現実を醒めた謙虚な目で見ようとするよりも、自分の抱いている先入観や尺度を対象に読み込み、目的や夢を先行させ、さらには自然や非合理的なものに過度な憧憬(しょうけい)を抱くドイツ的思惟の一つのあり方、である。本書はこの「夢見る人」の概念をてがかりに、ドイツの「危うさ」を解き明かす試みである。(P.11)

「ドリーマー」という表現は、著者によるインタビュー取材の際に、北欧フィンランドの地方政治家が発したものだという。フィンランドはおなじくアジア系のハンガリーとともに、二度の世界大戦でドイツと組んで参戦したが、二回とも手痛い失敗をなめている。ドイツのロマン主義的姿勢に乗る選択にはこりごりしているのだろう。

「夢見る人」的傾向のあるドイツ的思惟とは、別の表現をつかえば、18世紀以降の音楽や文学における「ドイツロマン派」であり、哲学用語をつかえばザイン(Sein)よりもゾレン(Sollen)を重視する立場といってもいいだろう。いずれも目の前にある現実よりも、あるべき姿や理想、そして夢を追い求める傾向のことある。ある種の観念論でもある。

個人的な趣味嗜好の分野であれば、「ドイツロマン派」には問題はない。わたし自身も、ドイツロマン派の音楽や文学は大好きだ。だが、それが個人レベルを超えて、政治の世界でロマン派的傾向が現れると、危険なものとなりかねない。いわゆる「政治的ロマン主義」(カール・シュミット)である。

「夢見る人」ドイツの「危うさ」は、本書のタイトルを使用すれば、「偏向したフクシマ原発事故報道」、「隘路に陥ったエネルギー転換」、「ユーロがパンドラの箱をあけた」、「「プーチン理解者」の登場」、「中国に共鳴するドイツの歴史観」となる。日本人から見たドイツへの違和感が見事に表現されたタイトルであり、内容はいずれも読み応えのあるものだ。

『ドイツロマン派とナチズム』(ヘルムート・プレスナー、松本道介訳、講談社学術文庫、1995)という本がある。近代化したドイツからなぜナチズムが生まれ、しかもドイツ人が熱狂的に支持したのかを解明した名著である。ドイツ語の原題は「遅れてきた国民」(Die verspätete Nation)というものだが、『ドイツロマン派とナチズム』という日本語版のタイトルは、内容を的確に表現したものといえる。

21世紀になっても、依然として「夢見る人」というロマン派的な思考回路をもつドイツ人が、またなにか大きな問題を引き起こして道を誤るではないかと懸念する声があるのも、当然のことかもしれない。歴史はそのままでは繰り返さないが、ある種の共通するパタンが繰り返し出現することがある。

英語人がネガティブに捉える思考パタンに、希望的観測(wishful thinking)というものがある。現実を直視しない思考傾向のことであり、英米のビジネス界では戒めのコトバとしてとくに強調されるものである。「夢見る人」の思考パタンそのものといえよう。

もちろんドイツでも、結果が数字で明確になるビジネス界は現実主義に立脚しているが、「夢見る人」の最たるものであるエコロジー政党の「緑の党」の関係者にに支配されたマスコミとの乖離がきわめて大きいことが本書でも指摘されている。この件については、日本でも似たような傾向があるかもしれない。

「ドイツ的 vs アングロサクソン的」という二項対立で物事を把握することは、やや単純化の傾向がなきにしもあらずだが、著者が具体的に記事内容を比較対象している、ドイツの大手メディアと英米メディアの報道姿勢の違いには目を見張るものがある。とくに福島第一原発報道についての具体的に比較した本書の記述を読めば、ドイツの大手マスコミ報道の偏向ぶりには驚きを禁じえないはずだ。

ドイツと同様、第二次世界大戦において取り返しのつかない大きな失敗を引き起こした日本と日本人は、ドイツを「他山の石」として捉えるべきなのである。本書は、日本では依然として根強い「ドイツ見習え論」に警鐘を鳴らした内容の本である。

見習うべきは見習い、反面教師とすべきものはそう受け取るべきである是々非々の態度である。人の振り見てわが振り直せ、である。とかく情緒的になりがちな日本人は、大いに心すべきことである。

日本人の認識変容に寄与することが大きい本書を、ぜひ読むことを薦めたい。





目 次  

はじめに 危うい大国ドイツ-夢見る政治が引き起こす混乱
第1章 偏向したフクシマ原発事故報道
 1 グロテスクだったドイツメディア
 2 高まる日本社会への批判
 3 原発を倫理問題として扱うドイツ
第2章 隘路に陥ったエネルギー転換
 1 原発推進を掲げる政治勢力は存在しない
 2 急速な自然エネルギーの普及
 3 不安定化する電力需給システム
 4 ドイツ人ならやり遂げる、という幻想
第3章 ユーロがパンドラの箱をあけた
 1 それはギリシャから始まった
 2 「戦後ドイツ」へのルサンチマン
 3 夢を諦めない人々
 4 綱渡りを強いられるメルケル
 5 「夢見るドイツ」がユーロを生み出した
第4章 「プーチン理解者」の登場
 1 緊密化する対ロシア関係
 2 「東への夢」の対象としてのロシア、中国
第5章 中国に共鳴するドイツの歴史観
 1 歴史問題での攻勢
 2 歴史認識がなぜ中国に傾くのか
おわりに ロマン主義思想の投げかける長い影


著者プロフィール  
三好範英(みよしのりひで)
1959年東京都生まれ。東京大学教養学部相関社会科学分科卒。1982年、読売新聞入社。1990~1993、バンコク、プノンペン特派員。1997~2001年、2006~2008年、2009~2013年、ベルリン特派員。現在、編集委員。著書に『特派員報告カンボジアPKO 地域紛争解決と国連』『戦後の「タブー」を清算するドイツ』(以上、亜紀書房)、『蘇る「国家」と「歴史」 ポスト冷戦20年の欧州』(芙蓉書房出版)。(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)。







<関連サイト>

How Berlin’s Futuristic Airport Became a $6 Billion Embarrassment : Inside Germany’s profligate (Greek-like !) fiasco called Berlin Brandenburg (Bloomberg BusinessWeek, July 23, 2015 by Joshua Hammer)
・・なぜか日本のマスコミではほとんど取り上げられていないベルリンの3つの空港の統合プロジェクト。本書でもドイツの大失敗事例として言及されているが、ドイツが規律正しいという評判に疑問を抱かせるのに十分な事例である
“The number of defects that they’ve found has grown to 150,000” これもまた現代ドイツの現実だ。

(Bloomberg BusinessWeek の特集より)


ドイツの「夢見る体質」が抱える3つのリスク 欧州の優等生はなぜ混乱しているのか (幻冬舎plus、東洋経済オンライン、 2015年11月26日)
・・『ドイツリスク-「夢見る政治」が引き起こす混乱-』著者の三好範英氏が執筆

【日本人へ】 なぜ、ドイツ人は嫌われるのか(塩野七生、「文藝春秋」2015年9月号 巻頭エッセイ)
・・イタリア人詐欺団による『300ユーロ紙幣事件』でだまされたドイツ人の話

ケルン暴力事件で露わになった「文明の衝突」 欧州難民危機と対テロ戦争の袋小路(中) (熊谷 徹、日経ビジネスオンライン、2016年1月19日)
・・ロマン主義的政治姿勢が招いた結果がこれか?

ドイツも中国に見切り…不要論まで飛び出す強烈な手のひら返し (MAG2ニュース 国際、2016年1月27日)
・・「無料メルマガ『ロシア政治経済ジャーナル』の著者、北野幸伯氏が中国経済の状況に不安を感じたドイツが中国を見放し始めていることを指摘

ドイツ人教授が、E・トッドらのドイツ脅威論に反論する (フランク・レーヴェカンプ、幻冬舎plus、2016年4月9日)

メルケル首相も王毅外相も見落としている-日本とドイツでは戦後状況が異なる (遠藤誉、2015年3月10日)
・・「ドイツのヨーロッパ近隣諸国における戦後処理と、日本の戦後処理は全く異なり、日本には選択の余地はなかった。アメリカの言う通りに動き、アメリカのご機嫌をうかがいながら、その意向に沿って動く以外になかったのだ。メルケル首相も王毅外相も、その事実を直視していない」 つまり中国とドイツは、事実から目を背けほっかむりしているということだ。

(2015年11月28日、2016年1月2日、19日、27日、5月21日、7月27日 情報追加)






<ブログ内関連記事>

書評 『驕れる白人と闘うための日本近代史』(松原久子、田中敏訳、文春文庫、2008 単行本初版 2005)-ドイツ人読者にむけて書かれた日本近代史は日本人にとっても有益な内容
・・「優雅さを湛えつつ、ぴしりと叩きつける。微笑みつつ、ぐさりと切り付ける。その防御と攻撃の武器」(・・第16章で使用されている著者の表現)を駆使する国際派日本女性の手になる必読書

書評 『ブーメラン-欧州から恐慌が返ってくる-』(マイケル・ルイス、東江一紀訳、文藝春秋社、2012)-欧州「メルトダウン・ツアー」で知る「欧州比較国民性論」とその教訓
・・「秩序と規律をこよなく愛すドイツ人は、ギリシアとはまさに正反対にあるこことは言うまでもない。だが、そのドイツにも落とし穴があったことを指摘するルイスはじつに鋭い。「リーマンショック」の際、ドイツの金融機関が無傷であったわけではないのだ。「ルールを偏愛するがゆえの脇の甘さ」という指摘はじつに示唆に富む。米国の金融機関が、まさかルールにはずれたことをしているとは想定もしなかかったという脇の甘さを指摘している


「勝ち組」ドイツについての考察-はたしてドイツはヨーロッパか?

書評 『「ドイツ帝国」が世界を破滅させる-日本人への警告-』(エマニュエル・トッド、堀茂樹訳、文春新書、2015)-歴史人口学者が大胆な表現と切り口で欧州情勢を斬る 
・・「気がついたら出現していた「ドイツ帝国」。はたしてドイツ人に帝国をマネジメントしていく覚悟と能力があるのか? 「ドイツ帝国」がふたたび世界の混乱要因となるのではないかという著者の懸念と憂慮は、大いに傾聴に値する」

書評 『アラブ革命はなぜ起きたか-デモグラフィーとデモクラシー-』(エマニュエル・トッド、石崎晴己訳、藤原書店、2011)-宗教でも文化でもなく「デモグラフィー(人口動態)で考えよ!
 ・・「西洋民主主義とは、その最も狭い意味において、その出発点において、その創設的中核というものは、フランス、イングランド、アメリカ合衆国だからです。つまりはトックヴィルの世界なのです。今日、歴史的な西洋というのが、当初から政治面でドイツを含んでいたなどという考えは、妄想というべきなのです」(トッド)


ドイツ現代史

書評 『なぜメルケルは「転向」したのか-ドイツ原子力40年戦争の真実-』(熊谷 徹、日経BP社、2012)-なぜドイツは「挙国一致」で「脱原発」になだれ込んだのか?
・・「本書を読むと、先進工業国という共通性をもちながら、およそドイツ人と日本人は似て非なる民族であることが手に取るようにわかる。ユーラシア大陸の東端にある島国と、大陸の「中欧」国家であるドイツとは地政学的条件もまったく異なるのである。陸続きで何度も国土を蹂躙された経験をもつドイツ人の不安心理は長い歴史経験からくるものであろう。(・・中略・・) もちろん日本人の「根拠なき楽観」は大きな問題だが、といって一概にドイツを礼賛する気にはなれない。なんだかナチスドイツに一斉になびいた戦前のドイツを想起してしまうからだ。」 怒濤のように「反原発」になだれ込んだドイツ。なにか危ういものを感じるのはわたしだけだろうか?

ベルリンの壁崩壊から20年-ドイツにとってこの20年は何であったのか?

映画 『バーダー・マインホフ-理想の果てに-』(ドイツ、2008年)を見て考えたこと ・・1968世代のなかから生まれた極左テロ組織の末路


近代の病としてのロマン主義

書評 『オウム真理教の精神史-ロマン主義・全体主義・原理主義-』(大田俊寛、春秋社、2011)-「近代の闇」は20世紀末の日本でオウム真理教というカルト集団に流れ込んだ

「ユートピア」は挫折する運命にある-「未来」に魅力なく、「過去」も美化できない時代を生きるということ


現実主義の思考方法

「ログブック」をつける-「事実」と「感想」を区分する努力が日本人には必要だ
・・「戦前・戦中」と「戦後」を区分して考えたいのは人の性(さが)。だが、事実と解釈は区分して考えないと道を誤る

「是々非々」(ぜぜひひ)という態度は是(ぜ)か非(ひ)か?-「それとこれとは別問題だ」という冷静な態度をもつ「勇気」が必要だ

書評 『国際メディア情報戦』(高木 徹、講談社現代新書、2014)-「現代の総力戦」は「情報発信力」で自らの倫理的優位性を世界に納得させることにある
・・世界を支配するのは英語による英米メディアである


日本もまた過去に大きな問題を引き起こした

『王道楽土の戦争』(吉田司、NHKブックス、2005)二部作で、「戦前・戦中」と「戦後」を連続したものと捉える
・・ドイツや日本などの「敗戦国」は、過去を全否定するという「断絶史観」への誘惑が強く存在するが、それは正しいものの見方ではない

『愛と暴力の戦後とその後』 (赤坂真理、講談社現代新書、2014)を読んで、歴史の「断絶」と「連続」について考えてみる

(2016年1月23日 情報追加)



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2015年11月15日日曜日

書評 『ナチスの財宝』(篠田航一、講談社現代新書、2015)-トレジャーハンターからみた戦後ドイツ裏面史


つい先頃(2015年11月6日)、日本で公開されたハリウッド映画の『ミケランジェロ・プロジェクト』(2014年)の原作本ではないが、同じテーマをより広い観点から取り上げた現代史関連の読み物である。

ドイツを中心とした欧州各地における豊富な現地取材と文献調査をベースに、読ませる文章でまとめあげたこのルポはじつに面白い。

トレジャー・ハンターたちの情熱をかきたててきたのは、ヒトラーが構想(妄想?)していた美術館建設のために収集された絵画や彫刻だけではない。帝政時代のロシアにプロイセン王国が寄贈した「琥珀の間」もまたそうだ。さらにその対象は、敗戦前にナチスが隠した金や宝石なども含まれる。

ナチスが「戦利品」として略奪したが、いまだにその行方がわからない数々の財宝。美術品だけでも、略奪された60万点のうち、いまだに10万点が行方不明のままというのだから、ナチスがやった犯罪行為の巨大さとともに、失われた財産の大きさにため息をつかざるを得ない。

この本が面白いのは、ナチスの財宝をめぐるトレジャー・ハンティングが、民間の個人レベルの探索だけではなかったことを明らかにしている点だ。分断国家であった時代の西ドイツはもとより、とくにソ連の息のかかった東ドイツは秘密警察シュタージが総力をあげて取り組んでいたという事実。そして南米も含め欧州外でも徹底的なナチス残党狩りを行っていたユダヤ人団体もまた。

ナチスの略奪品を追うトレジャー・ハンティングをつうじて見えてくるのは、敗戦国ドイツの知られざる裏面史であり、ドイツ語圏を中心とした戦後史でもある。公式には、ナチスドイツ時代を全面的に払拭したはずの西ドイツだが、情報機関や一般人のレベルではかなずしもそうではなかったことが手に取るようにわかる。

そしてまた、ドイツが戦時中に占領した北アフリカにおける略奪行為についての記述は興味深い。ナチスとは一線を画していたドイツ国防軍のロンメル将軍であったが、北アフリカ占領地で親衛隊(SS)が行ったと考えられる略奪行為については、今後さらなる調査研究が研究者やジャーナリストによって行われることを望みたい。欧州地域以外については、まだまだわからないことが多いのだ。

最終章では、ヒトラーの生まれ故郷に近いオーストリアのリンツにおける美術館建設構想が取り上げられている。美術と美術品に対するヒトラーの思いや屈折したウィーンでの青春時代を振り返ることで、ヒトラーが命じ、ナチスが実行した美術品略奪がいかなる動機にもとづいて行われたのか知ることができるだろう。

とにかく面白い読み物である。新聞社のベルリン特派員による、自分自身の好奇心から開始した現地取材から生み出された好著である。著者の好奇心が個人レベルの好奇心を超えている点に、読者は満足を感じるのだろう。

トレジャー・ハンティングほどではないとはいえ、現地取材にはカネと時間がかかるものだ。それを考えれば、新書本一冊の価格などたかが知れている。十二分にお釣りがくる内容だといえよう。

知的エンターテインメントとして楽しみたい一冊である。





目 次

プロローグ
 「この絵は本物です」
 ナチスの略奪美術品
 ドイツ戦後史の舞台裏
第一章 「琥珀の間」を追え
第二章 消えた「コッホ・コレクション」
第三章 ナチス残党と「闇の組織」
第四章 ロンメル将軍の秘宝
第五章 ヒトラー、美術館建設の野望
エピローグ
参考文献



著者プロフィール

篠田航一(しのだ・こういち)
1973年、東京都生まれ。早稲田大学政治経済学部卒。1997年、毎日新聞社入社。甲府支局、武蔵野支局を経て、東京本社社会部で東京地検特捜部などを担当。ドイツ留学後、2011年から4年間、ベルリン特派員として主にドイツの政治・社会情勢のほか、ウクライナ紛争などを現場取材。2015年5月より青森支局次長。 (本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)。



<ブログ内関連記事>

映画 『ミケランジェロ・プロジェクト』(米国、2014年)をみてきた(2015年11月8日)-ナチスの破壊から美術品を救出した特殊部隊「モニュメンツ・メン」の知られざる偉業

「ルーヴル美術館展 日常を描く-風俗画にみるヨーロッパ絵画の真髄-」(国立新美術館)に行ってきた(2015年5月6日)-展示の目玉はフェルメールの「天文学者」
・・とりわけヒトラーが好んでいたというのがフェルメールの「天文学者」だという

書評 『紳士の国のインテリジェンス』(川成洋、集英社新書、2007)-英国の情報機関の創設から戦後までを人物中心に描いた好読み物
・・007シリーズの『ゴールドフィンガー』はナチス財宝もテーマのひとつ。原作者のイアン・フレミングは海軍情報部将校としてナチス財宝の件も知っていた

書評 『ヒトラーのウィーン』(中島義道、新潮社、2012)-独裁者ヒトラーにとっての「ウィーン愛憎」
・・美術を愛するヒトラーは美大の受験に二度も失敗。そのひとらーにとってのウィーンは屈折した青春の舞台であった





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「13日の金曜日」にパリで発生した大虐殺(2015年11月13日)-「テロとの戦い」に重点を置いたフランス共和国の基本を知る


2015年11月13日(金)は、いわゆる「13日の金曜日」であった。

そうはいいながらも、たぶん何もないだろうとタカをくくっていたのだが、同時多発の無差別殺人という大規模テロがフランスのパリで発生したのを知ったのは翌日の11月14日。129人が死亡、重傷者を多数に上るという惨劇が発生したのは現地時間の11月13日の夜であった、という。まさに「13日の金曜日」である。

犯行グループが、「13日の金曜日」と知っていて実行計画を練っていたことは間違いない。 「テロ」(terror)というものは文字通り「恐怖」を意味するコトバであり、テロの規模が大きければ大きいほどメディアの取り上げは大きくなるからだ。「13日の金曜日」はキリスト教徒にとって不吉な意味をもつことは言うまでもない。

ことし1月初めににパリで起きた「シャルル・エブド事件」が記憶から消えかけていた頃に、これをはるかに上回る大規模な同時多発テロが起こるとは想像もしなかった。パリからは遠く離れた日本だけでなく、程度の違いはあれ、パリでも似たような状況だったのではないか?

「シャルル・エブド事件」から3ヵ月後に日本で出版された『フランス流テロとの戦い方』(山口昌子、ワニブックスPLUS新書、2015)の末尾には、「フランスが目下、恐れているのはシリアに出発していった1400人(2015年2月現在)の若者たちの一部の帰国だ。 ・・(中略)・・ シリア帰りの「テロ予備軍のグループ化」の可能性も指摘されており・・」とある。

まさに危惧されているとおりになってしまったわけだ。しかもシリア難民のなかに紛れ込んで潜入したテロリストがいたことも明らかになっている。

事件の真相は現時点では完全にはわからないが、自称「イスラーム国」(ISIS)が犯行声明を出しており、フランス政府も認めている。第二次世界大戦後の「平時」では最大規模の惨劇となったこの事件に対し、/フランス大統領は、「これは戦争行為だ」("C'est un acte de guerre") と言明した。フランスは非常事態宣言を発令し国境を封鎖、三日間の喪に服している。

自称「イスラーム国」(ISIS)によるテロは、いったいどこまで拡大するのか? 日本にとっても対岸の火事とは言えまい。日本国内にいると、ついつい健忘症になってしまいがちだが、目を覚まされた思いを持つにいたった人も少なくないのではないか?

(フランスへの「連帯」を「三色旗」で!)

『フランス流テロとの戦い方』は、2人の警察官を含む12人が犠牲となった。「シャルル・エブド事件」を中心に、フランス共和国の「国のかたち」について論じたうえで、フランス政府によるテロとの戦いが記述されている。

フランスにおけるテロ対策について記述されているのは、以下の項目である。ここでは「目次」から関連項目だけを抽出しておこう。

第2章 フランスの「国のかたち」
 4. テロの歴史と反テロ法
  ナポレオンもテロの標的に
  秘密軍事組織(OAS)の戦後最大のテロ
  人質事件と身代金
  フランスの反テロ法とは
第3章 テロとの戦い
 1. 「私はシャルリではない」
  「僕はシャルリではない」と答えた8歳の少年へが「テロ称賛罪」
  逮捕者が増加する「テロ称賛罪」の厳罰化
 3. 硬軟両用の戦い
  対「イスラム国」軍事作戦を強化
  イスラム教徒過激化防止のための法整備
  貧しい移民の少女だった国民教育相が取り組む施策  
  市民全員でテロに向かうための「包括的市民サービス」


「13日の金曜日」に起きた今回の惨劇を踏まえて、あらたな章が書かれるべきだが、限界が露呈していることは否定できないとはいえ、「フランスはいかなるテロ対策をとっているのか?」という問いに対する現時点の回答を得るには読む意味はあるだろう。

もちろん、「戦前・戦中」の国家神道の猛威による壊滅的破壊をを体験した結果、フランス革命に端を発する「政教分離」(=政治と宗教の分離)原則を継承している日本国憲法下における「戦後日本」であるが、フランスのように原理主義的といえるまで徹底できているわけではない。日本人の目には、フランスはやりすぎではないか?と映るのは否定できないところだ。テロ対策と人権侵害の境界線には微妙なものがある。

したがって、フランス流のテロ対策がそのまま日本で受け入れられるわけではない。しかも、中央集権の警察国家フランスですら、度重なるテロを防げていないという現実を直視しなければなるまい。対テロ警戒レベルが上がっている状態であったにもかかわらず・・・・。

はたして日本は大丈夫なのだろうか? 「2020年東京オリンピック」という世界的なビッグ・イベントは、もうすぐそこまで迫っている。

今回の大規模テロの死者に哀悼の意を示すとともに、このわたくしもフランスへの「連帯」(solidarité)を表明したい。






目 次

はじめに
第1章 フランスの「九月十一日」
 1. 二つのテロ事件が同時発生
 2. 三人のテロリスト
 3. 「シャルリ・エブド」はなぜ、狙われたのか
第2章 フランスの「国のかたち」
 1. 「私はシャルリ」
 2. テロの予兆
 3. 移民大国フランス
 4. テロの歴史と反テロ法
第3章 テロとの戦い
 1. 「私はシャルリではない」
 2. 出発するテロリスト志願者
 3. 硬軟両用の戦い
エピローグ
おわりに


著者プロフィール

山口昌子(やまぐち・まさこ)
ジャーナリスト。1969年から1970年、フランス政府給費留学生としてパリ国立ジャーナリスト養成所(CFJ)で学ぶ。産経新聞入社後は教養部、夕刊フジ、外信部次長、特集部編集委員を経て、1990年から2011年まで21年間にわたってパリ支局長を務める。1994年、ボーン・上田記念国際記者賞を受賞。2013年にはレジョン・ドヌール勲章シュヴァリエを受賞した(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)。

<関連サイト>

フランスは原発テロの悪夢にうなされている 自爆覚悟のテロは、防ぐのが難しい (清谷信一 :軍事ジャーナリスト、東洋経済オンライン、2015年11月18日)



<ブログ内関連記事>

映画 『王妃マルゴ』(フランス・イタリア・ドイツ、1994)-「サン・バルテルミの虐殺」(1572年)前後の「宗教戦争」時代のフランスを描いた歴史ドラマ
・・フランス最大の大虐殺事件。16世紀の「宗教戦争」における新旧キリスト教の激突

映画 『神々と男たち』(フランス、2010年)をDVDでみた-修道士たちの生き方に特定の宗教の枠を越えて人間としての生き方に打たれる
・・テロへの対し方は、けっして一様ではない


グローバル・テロリズム

「イスラーム国」登場の意味について考えるために-2015年1月に出版された日本人の池内恵氏とイタリア人のナポリオーニ氏の著作を読む

書評 『イスラム国-テロリストが国家をつくる時-』(ロレッタ・ナポリオーニ、村井章子訳、文藝春秋、2015)-キーワードは「近代国家」志向と組織の「近代性」にある

書評 『グローバル・ジハード』(松本光弘、講談社、2008)-対テロリズム実務参考書であり、「ネットワーク組織論」としても読み応えあり

書評 『自爆する若者たち-人口学が警告する驚愕の未来-』(グナル・ハインゾーン、猪俣和夫訳、新潮選書、2008)-25歳以下の過剰な男子が生み出す「ユース・バルジ」問題で世界を読み解く
・・自爆テロリストは、宗教には関係なく発生する


■世界の大虐殺事件

映画 『アクト・オブ・キリング』(デンマーク・ノルウェー・英国、2012)をみてきた(2014年4月)-インドネシア現代史の暗部「9・30事件」を「加害者」の側から描くという方法論がもたらした成果に注目!
・・東南アジアの戦後史における大虐殺はカンボジアだけではない

ブランデーで有名なアルメニアはコーカサスのキリスト教国-「2014年ソチ冬季オリンピック」を機会に知っておこう!

書評 『巨象インドの憂鬱-赤の回廊と宗教テロル-』(武藤友治、出帆新社、2010)-複雑きわまりないインドを、インドが抱える内政・外交上の諸問題から考察

自動小銃AK47の発明者カラシニコフ死す-「ソ連史」そのもののような開発者の人生と「製品」、そしてその「拡散」がもたらした負の側面


フランス的価値観とライフスタイル

書評 『憲法改正のオモテとウラ』(舛添要一、講談社現代新書、2014)-「立憲主義」の立場から復古主義者たちによる「第二次自民党憲法案」を斬る
・・「政教分離」原則の徹底は、フランス革命から始まった

月刊誌「クーリエ・ジャポン COURRiER Japon」 (講談社)2011年1月号 特集 「低成長でも「これほど豊か」-フランス人はなぜ幸せなのか」を読む
・・フランス人の価値観にある joie de vivre(生きるよろこび)

『恋する理由-私が好きなパリジェンヌの生き方-』(滝川クリステル、講談社、2011)で読むフランス型ライフスタイル

(2015年11月20日、12月5日 情報追加)




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2015年11月12日木曜日

書評 『アルゼンチンのユダヤ人-食から見た暮らしと文化-(ブックレット《アジアを学ぼう》別巻⑨)』(宇田川彩、風響社、2015)-食文化の人類学という視点からユダヤ人について考える


フィールドワークをもとにした文化人類学的ユダヤ研究の成果である。それも食文化をつうじてのアプローチというのが新鮮だ。彼らが日常的に食べてきたもの、儀礼で食べるものをつうじて、ユダヤ人の特質に迫っている。

対象となっているのはアルゼンチン、しかも首都ブエノスアイレスに集中して居住するユダヤ系市民である。意外と知られていないが、アルゼンチンのユダヤ系人口は20万人で南米一、しかも世界的にみれば第8位になる。スペイン語を第一言語としている民族集団だ。

だが、ユダヤ人といっても出自はさまざまだ。もともとスペインの植民地だったこともあって古くは16世紀にまでさかのぼるが、大半は19世紀以降の移民である。ロシアや中東欧を中心としたアシュケナジームが中心となり、20世紀に入ってからはポーランドから、さらにホロコーストを逃れてドイツ・東欧・イタリアからも入ってきている。その他、さまざまな地域から移民してきており、出自からみれば雑多な集団である。ユダヤ民族という共通性はもちながらも、言語も文化・習慣も異なっていた

一言でいってしまえば、移民社会アルゼンチンにおける多様なバックグラウンドをもった民族集団ということになる。週一回の安息日や年中行事としての過ぎ越しの祭りなどにおける宗教儀礼をどこまで遵守しているかは、正統派や改革派などの宗派によって異なるし、個人レベルでも異なるのは日本人と同様である。

そんなブエノスアイレスのユダヤ人であるが、本書で取り上げられているのが日常食としてのゲフィルテイッシュ、安息日のハラー、そしてユダヤ人の味覚の中心にある苦味と甘みについてである。もちろんアルゼンチンであるから、ユダヤ人であっても牛肉は日常的に食べられている。

宗教と食事が密接な関係にあるのが安息日のハラーである。小麦粉からつくったパンであるが、興味深いのは安息日向けの特別なレシピによるものではない、ということだ。同じ事物でありながら特定の「時間」には聖別されるのがユダヤ的な思考法特定の「場所」を聖別する日本の神道とは異なる。

年中行事的な儀礼には、苦味のある食べ物をつうじて苦難の歴史を追体験し、ユダや暦の新年にはリンゴとハチミツという甘みを味わう。苦味と甘みはセットになっている。

日本語でも苦い経験や甘い記憶といった表現があるが、ユダヤ人は味覚をつうじた家庭内の個人的な身体経験を、民族全体の記憶として共有する仕組みをつくりあげているのである。これはある種の「食育」といってもいいのかもしれない。

何を食べるかにとって人間は変わってくる。それはただ単に生理学的な意味だけでなく、その食に込められた意味、食にまつわる記憶をつうじてである。だからこそ食文化なのであり、ある意味では文化そのものを超えた意味合いをもつ。

ユダヤ人の食文化という特殊なテーマではあるが、日本人みずからの食文化について振り返るヒントになるかもしれない。





目 次

はじめに
ユダヤ人とは誰か
一 アルゼンチンのユダヤ人
 1 アルゼンチンという国
 2 アルゼンチンのユダヤ人の来歴
 3 言語・教育
 小括
二 安息日のハラー
 1 安息日の食事
 2 ロミナ家の安息日の晩餐
 3 食餌規定と聖なるもの
 小括
三 苦菜と蜂蜜
 1 苦いものと甘いもの
 2 ジュディス家の過ぎ越しの祭
 3 言葉と食べ物
 小括
四 牛肉とアサード
 1 牛肉とアルゼンチン人
 2 お母さんの料理とユダヤ料理
 小括
五 食べ物がもたらすつながり
 1 「ホーム」と食べ物
 2 食べ物を分かち合うこと
 おわりに
注・参考文献
あとがき


著者プロフィール 

宇田川 彩(うだがわ・あや)
1984年、横浜市生まれ。東京大学総合文化研究科博士課程在籍。主要業績に、「似たものとしてのブエノスアイレスのユダヤ人─《私》から考えるユダヤ人アイデンティティ」『ユダヤ・イスラエル研究』2011年、第24号、"Spiritual Searchers without Belonging: through the case study of Buenos Aires Jews"『文化人類学研究』2014年、第14巻など。 (本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)。






<ブログ内関連記事>

書評 『精神分析の都-ブエノス・アイレス幻視-(新訂増補)』(大嶋仁、作品社、1996)-南米アルゼンチンの首都ブエノスアイレスは、北米のニューヨークとならんで「精神分析の都」である
・・移民社会ブエノスアイレスについての考察

ユダヤ教の「コーシャー」について-イスラームの「ハラール」最大の問題はアルコールが禁止であることだ
・・何を食べてはいけないか、何を食べたらいいかは宗教によって規定されている

『イスラエルのハイテクベンチャーから学ぶ会』」に参加-まずはビジネスと食事から関心をもつのがイスラエルを知る近道であろう

「生命と食」という切り口から、ルドルフ・シュタイナーについて考えてみる

書評 『食べてはいけない!(地球のカタチ)』(森枝卓士、白水社、2007)-「食文化」の観点からみた「食べてはいけない!」




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