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2015年8月29日土曜日

映画 『八月の鯨』(米国、1987)は、高齢化が進む現在の日本でこそ見るべき映画


映画 『八月の鯨』(The Whales of August)が米国で公開されたのは1987年、いまから28年前のことである。

翌年の1988年に岩波ホールで公開された当時、印象的なタイトルとともに話題になっていた記憶がある。だが結局、見に行かないまま上映は終わってしまった。もし見に行っていたとしても、当時まだ20歳代前半だった自分には、この映画の味わいは理解できなかっただろう。

もちちん、50歳代に入った2010年代後半のいまだからといって、理解できるという自信はない。だが、なんとなくわかりつつあるというべきかもしれない。これが今回はじめてDVDで視聴してみての感想だ。

それぞれ配偶者をなくしてから共同生活をしてきた老姉妹の、けんかしながらも助け合いながら生きていく日々を描いた作品である。彼女たちを取り巻く人間関係とのからみで映画は進行するが、とくに劇的な盛り上がりがあるわけではない。登場人物はいずれもシニア世代の人たちである。

老姉妹を演じるのは、それぞれ90歳と79歳のハリウッドを代表する名女優。目が不自由で、頑固で気難しい90歳の姉はリリアン・ギッシュ、そんな姉を献身的に支えてきた妹の79歳はベティ・デイビスが演じている。リリアン・ギッシュはトーキー時代から映画に出演していた。映画史とともに生きてきたような人だ。

人間とかく年をとると頑固になりがちだが、演技なのだが演技と感じさせない自然体の演技と役者魂にはまったく脱帽する。リリアン・ギッシュの姉ぶり、ベティ・デイビスの妹ぶり、じつの姉妹のような気がしてくるのだ。

アメリカ東海岸はメイン州の島が舞台。そこに建てられてから半世紀以上の木造家屋がいい味を出している。

そこで毎年8月に見てきたのが沿岸にまでやってくる鯨。二つの世界大戦時には目撃されたのは鯨ではなく敵国の潜水艦であったが、少女時代のホエール・ウォッチングが姉妹の共通の思い出の象徴なのである。回想のすべてはそれから連想される。

老齢となった彼女たちに、8月の鯨は見えたのだろうか? 主人公たちの身になって、老人の心理を追体験することは、いまだ老人にはなっていない世代にとっての、よきシミュレーションとなるかもしれない。

静かな感動。あたたかい雰囲気に満ちた映画である。






<ブログ内関連記事>

韓国映画 『八月のクリスマス』(1998年)公開から15年
・・8月がタイトルに入った映画といえばこれ

ハンガリー映画 『人生に乾杯!』(2007年)-年金問題は社会問題ではあるが、個人個人の人生にとっての大問題
・・年金生活者の老夫婦が主人公の映画。この映画のテーマも現在の日本には縁が深い




(2012年7月3日発売の拙著です)










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2015年8月28日金曜日

書評 『私は魔境に生きた-終戦も知らずニューギニアの山奥で原始生活十年-』(島田覚夫、光人社NF文庫、2007 単行本初版 1986)-日本人のサバイバル本能が発揮された記録


かの有名な『ロビンソン・クルーソー』を筆頭とする漂流ものなど、サバイバルものに読ませる力があるのは、他者の体験を追体験してみたいという欲求が読者にあるからかもしれない。

日本人によるサバイバルものにも数々の名作があるが、『私は魔境に生きた』(島田覚夫、光人社NF文庫、2007 単行本初版 1986)という本もまた、読ませるものがある。文庫本で560ページをこす大著で、最初のうちはそうでもないが、サバイバル生活を開始してからの記述はじつに面白い

副題の「終戦も知らず東ニューギニアの山奥で原始生活十年」というのが刺さるのである。日本が敗戦したことも知らずに10年間、太平洋戦争で激戦地となった、当時はオランダ領であったニューギニア東部の山中で10年間のサバイバルした元日本兵たちがいたのである。そんな存在は、小野田さんや横井さんだけではなかったのだ。

「魔境」とはニューギニアの山奥のことである。本文を読むとわかるが、現地住民すら、そこに足を踏み入れるのを躊躇するという「魔境」だからこそ、10年もサバイバル生活を送ることができたのである。しかも、熱帯雨林という環境のなかでである。

しかしそれにしても10年というのは気が遠くなるような長さだ。日本がすでに敗戦していることも知らず、山中で自給自足の生活を送りながら友軍が迎えに来るのをひたすら待つという人生。当事者である彼らも、まさか10年も「原始生活」を送ることになるとは想像だにしなかったようだ。

サバイバルは、肉体の問題ではあるが、精神の問題でもあるのだ。耐える、ということだ。単身ではなく、最終的には4人のチームだったからこそ、最後まで生き抜くことができたのであろう。小野田さんのような、陸軍中野学校で特殊な教育を受けた強靭な精神の持ち主ではない、ごくふつうの日本人兵士たちにとっては。

そしてまた知恵の問題でもある。知識も知恵なくしては生かし切れない。そもそも知識そのものも、自分たちにとって既知のものが中心となる。

なければないで済ますという態度。ないものは、あるものを使って加工する創意工夫。まったくの原始人ではなく文明人であったからこそ、文明世界ですでに体験していた文明の利器を、ありあわせの道具と材料で再現しようと試みた。これもまた、サバイバルの重要な要件であった。

サバイバル生活では狩猟と農耕が行われる。缶詰類が尽きたあとは、狩猟で動物性たんぱく質を摂取し、農耕で主食を確保することになる。自給自足生活である。サバイバル生活の終盤近くで原住民との接触が始まってからは、物々交換という交易活動も始まる。経済の原初形態である。

いわば「サバイバル型エコライフ(?)」とでもいっていいような生活を10年送ったわけだが、読んでいて思ったのは、はたして現在の日本人に可能だろうか、ということである。原始生活を送ったのは70年前の日本人である。

知識はすでに脳内にあるもの、つまり「アタマの引き出し」を中心に、サバイバル生活で試行錯誤して身に着けた知識と体験しか頼るものはないのだ。ちょっとネット検索して、なんて安直なことは期待できないのである。本すらない環境なのだ。そんな個人の集まりの集団生活では、個人の知恵と知識を持ち寄ったリアルな集合知が生きてくる。

著者は「あとがき」のなかで、「原文に忠実なまま」で出版を希望したと記しているが、あまりにも文章がなめらかで読みやすいので、じっさいには編集の手が入っているのではないかと思う。シークエンシャルに配列しなおすには、なかなか大変だったのではないかと思われる。 

とはいえ、内容そのものを創作するのは困難だろう。描写があまりにも具体的だからだ。おそらく手記として執筆した原稿に編集が行われているのであろう。内容にかんしては、だれかニューギニアに詳しい人類学者などが、検証をしてくれるといいいのだが・・・。

サバイバルものが好きな人は、読んでみる価値は間違いなくある。大東亜戦争の戦記ものが中心の光人社NF文庫からの出版だが、戦記にかんする記述は全体の1割以下。その他の文庫からでていてもおかしくない内容だ。

関心のある人は、読んでみるといいだろう。





目 次  

はじめに
流転(昭和17年12月~19年6月)
籠城(昭和19年6月~20年8月)
原始生活(昭和20年8月~23年1月)
石器時代(昭和23年2月~24年10月)
鉄器時代(昭和25年1月~26年12月)
隠棲発覚(昭和27年1月~28年2月)
原住民の風習・知恵(昭和28年2月~28年12月)
現地官憲に漏れて(昭和29年1月~29年9月)
生きて祖国へ(昭和29年9月~30年3月)
あとがき



著者プロフィール

島田覚夫(しまだ・かくお)
大正10年(1921年)5月、岡山県に生まれる。昭和10年(1925年)、尋常高等小学校卒業、所沢陸軍飛行学校に入校。昭和30年(1955年)3月、復員。郷里で桐箱製造会社に勤務、平成6年(1994年)工場長で退職。平成7年(1995年)1月歿 (本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)


<ブログ内関連記事>

Where there's a Will, there's a Way. 意思あるところ道あり


日本人のサバイバルもの

書評 『江戸時代のロビンソン-七つの漂流譚-』(岩尾龍太郎、新潮文庫、2009)-日本人がほんらいもっていた、驚くべきサバイバル能力に大興奮!!
・・「無人島・鳥島(とりしま)に漂着して20年間生き抜いた男たち・・(中略)・・鳥島はかつてアホウドリの宝庫であった。漂流民たちはアホウドリを捕獲して、食いつないで生き抜いたのだ。渡り鳥アホウドリの肉は干し肉にして保存し、雨水で渇きを癒し、アホウドリの羽衣を身にまとって・・・」


電気に頼らない文明

電気をつかわないシンプルな機械(マシン)は美しい-手動式ポンプをひさびさに発見して思うこと

「アタマの引き出しは生きるチカラ」だ!-多事多難な2011年を振り返り「引き出し」の意味について考える
・・「アタマの引き出し」がすぐにつかえる状況にあれば、電気をつかう情報機器がなくてもサバイバル可能!

動物は野生に近ければ近いほど本来は臆病である。「細心かつ大胆」であることが生き残るためのカギだ


ニューギニア戦線

水木しげるの「戦記物マンガ」を読む(2010年8月15日)
・・ニューギニア・ラバウル線線で視線をさまよった経験をもつマンガ家の水木しげる。爆撃で左腕を失った水木氏は、原住民と深いレベルでの交流をもった人でもある


オランダと東インド植民地

書評 『西欧の植民地喪失と日本-オランダ領東インドの消滅と日本軍抑留所-』(ルディ・カウスブルック、近藤紀子訳、草思社、1998)-オランダ人にとって東インド(=インドネシア)喪失とは何であったのか

書評 『五十年ぶりの日本軍抑留所-バンドンへの旅-』(F・スプリンガー、近藤紀子訳、草思社、2000 原著出版 1993)-現代オランダ人にとってのインドネシア、そして植民地時代のオランダ領東インド

『戦場のメリークリスマス』(1983年)の原作は 『影の獄にて』(ローレンス・ヴァン・デル・ポスト)という小説-追悼 大島渚監督 
・・日本占領時代のジャワ島の捕虜収容所が舞台

書評 『学問の春-<知と遊び>の10講義-』(山口昌男、平凡社新書、2009)-最後の著作は若い学生たちに直接語りかけた名講義
・・文化人類学者の山口昌男は、アフリカのつぎにインドネシアの島々で本格的なフィールドワークを行っている

(2015年9月3日、6日 情報追加)





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2015年8月26日水曜日

『アベラールとエロイーズ 愛の往復書簡』(沓掛良彦・横山安由美訳、岩波文庫、2009)-岩波文庫らしからぬタイトルで新訳された西欧中世の古典を読む


アベラールとエロイーズというのは、男女の名前の組み合わせのことだ。カップルであったが、ある事件のために引裂かれたカップルである。そしてその後、両者のあいだにかわされた往復書簡によって永遠に記憶されることとなった。

『アベラールとエロイーズ 愛の往復書簡』(岩波文庫、2009)は、かつて 『アベラールとエロイーズ-愛と修道の手紙-』(畠中尚志訳、岩波文庫、1939)として訳出されていた11通の往復書簡のうち、「愛の手紙」5通を取り出して新訳されたものである。70年ぶりの新訳だけに日本語の訳文も新鮮で読みやすい

アベラールは高名な神学者で哲学者。知性と美貌を兼ね備えたエロイーズはその弟子で愛人、男子を出産し、のちには妻になった女性。ともに 11世紀フランスの実在の人物である。

『愛の往復書簡』なんていうと、なんだか小説家・渡辺淳一の作品のタイトルのようだ(笑)。とくに第一書簡「厄災の記-アベラールから友人への慰めの手紙」の内容は、設定を現代に変えて、キリスト教神学と哲学の話題を抜いてしまえば、そのまま通用してもおかしくないだろう。

『失楽園』だって不倫小説のタイトルになってしまうぐらいだからね。原作の『失楽園』はミルトン作の17世紀英文学の古典。アダムとイブが主人公の、楽園喪失をテーマにしたキリスト教文学なのだが・・。

(『薔薇物語』の手書き本に描かれたアベラールとエロイーズ wiikipediaより)

『アベラールとエロイーズ 愛の往復書簡』の第一書簡「厄災の記」は、端的にいえば、出世街道の真っ只中にあった男、すなわちアベラールが、相手の女性(=エロイーズ)の父親の指示によって寝込みを襲撃され、男性機能を停止させられた事件のことである。一言でいってしまえば、法に頼らずに私的制裁として相手男性の「去勢」が実行された事件ということだ。

だが、これでは現代日本でもつい先日発生したばかりの事件に酷似している、というだけに終わってしまうかもしれない。さすがに岩波文庫から出版されている「古典」であるから、「岩波文庫解説」から内容紹介を引用しておこう。

世にも名高い恋の顛末──アベラールの自伝「厄災の記」が語る神学者の栄光と蹉跌,運命の出会いと去勢事件,修道士への転身と教会の迫害.神に身を献げた男に,出産と秘密結婚をへて今や「神なき修道女」となったエロイーズがなおも綴る想いとは? 中世古典の白眉から名高い手紙を新訳.男の最期を伝える資料を付す.

不幸で不名誉な事件が起こったのは、アベラールが38歳頃の壮年で、まさに男として油が乗ってきた頃である。エロイーズとの年齢差は22歳。家庭教師先で先生と生徒の関係であったのだが・・・。

中世のキリスト教神学者は結婚を許されないので、結婚を秘密にし露見しないようにしたのだが、男のずるさを感じないわけではない。だが、じっさいはその逆で、エロイーズのほうが結婚を望まなかったようだ。これは本文を読むとわかる。

「事件のてんまつ」については、アベラール自身に語ってもらうのがいいだろう。第一書簡「厄災の記-アベラールから友人への慰めの手紙」から該当箇所を引用してみよう。


エロイーズの親族と彼らに近しい人々は、私が彼らをまんまと欺いて、厄介払いをしようとして彼女を修道女にしたものと思ったのでした。そこで彼らは怒り狂って、私に対する復讐を企てました。ある晩のこと、私が自宅の奥まった部屋で静かに眠っておりましたときに、カネを握らせて私の召使の一人を買収し、残酷きわまりない、この上なく恥ずべき復讐を私に加えて、世人を驚愕させたのです。つまりは彼らは、彼らの不満を買った行為を私がなした、私の体の一部を切断したのでした。犯人はただちに逃走しましたが、そのうちの二人は捕らえられて、眼をくりぬかれ、性器を切り取られました。二人のうちの一人は、今申しました召使で、私の身辺に使えていた男ですが、カネに目がくらんで、私を裏切ったのです。(P.39)

キリスト教哲学者の中で最も偉大であったかのオリゲネスも、女性たちにも宗教教育をほどこそうとするにあたって、こういう疑惑を身辺から一掃するために、自分の体に手を下したと、『教会史』第6巻に出ています。
この点に関しましては、神の御慈悲はオリゲネスの場合よりも、私により穏やかなところをお見せになったと思っておりました。オリゲネスのしたことは思慮を欠く行為だと思われていますし、それによって小さからぬ罪を犯したものとされます。私の場合は、それを行った他人が罪をかぶっているのであって、私を同じ罪から解放するためになされたことは、ごく短い時間にとっさになされたので、苦痛も少なかったのです。犯人たちが私に手を下したとき、私は熟睡していましたので、ほとんど苦痛を感じませんでした。・・後略・・ (*太字ゴチックは引用者=さとう (P.81~82)


本文には具体的な描写はないが、訳者注には、「睾丸が切り取られたのである」、とある。ブタの去勢を業とする者たちが雇われたそうだ。肉をやわらかくするための去勢は、牧畜文明圏では普通に行われている。「去勢」は西欧中世でも当然のことながら行われていたわけだ。

引用文には、「熟睡中だったので、ほとんど痛みは感じなかった」とあるが、それ以上の具体的な記述はない。もしそうだとすれば、そうとうに深い完全熟睡状態だったということになるが・・・。

わたしはこの新訳を読むまで、アベラールは局部全体を含めた「完全去勢」されたと思い込んでいたが、そうではなかったようだ。初期近代の美声を誇った歌手のカストラートたちと同じである。アベラールは、自分の強い意思でみずから去勢した神学者オリゲネスについて言及しているが、オリゲネスの場合も同様なのだろう。ちなみに『教会史』とは、かの有名なエウセビオスによるものだ。

アベラールについてのエピソードは、中央公論社版『世界の歴史』の別巻の「小辞典」を、たまたま中学生の頃に読んだときに知ったものだ。その猟奇的な事件は、それ以来アタマにこびりついたことはいうまでもない。そもそもエロイーズという女性名に感じるものがあるだけでなく(・・エロイーズのつづりは Heroise でありエロとはまったく関係ない。念のため)、男には去勢恐怖というものがあるからだろう。フロイトだっただろうか? 

そんなこともあって、岩波文庫旧版の『アベラールとエロイーズ-愛と修道の手紙-』を、中世史への関心とからめて、30年以上前の大学2年の頃に読んだのだが、正直いって「愛の手紙」はさておき、「修道の手紙」はまったくもってつまらなかった。書簡の内容が、神学論のウェイトが高まるにつれて、面白みがなくなるのは仕方がない。その意味では、「愛の手紙」だけを訳出した今回の新訳は正解である。

なんせ、アベラール(1079~1142)は哲学史においては唯名論(=ノミナリズム)の創始者である。「オッカムのかみそり」で有名なフランシスコ会士のウィリアム・オッカムはその流れのなかにあり、英米派の哲学は唯名論の傾向が強いことを考えれば、アベラールについて知っておくことに損はない。唯名論の対概念は実在論である。

猟奇的な事件への関心が動機であっても、まったくかまわない。ぜひ 『アベラールとエロイーズ 愛の往復書簡』を読んでみることを薦めたい。

エピソードを中心に、人物について知ってから、その学説について知るというのは、けっして遠回りではない。




*アベラールの学説については、『普遍論争-近代の源流としての-』(山内志朗、平凡社ライブッラリー、2008)を参照。中世哲学についての入門書として有用。





<ブログ内関連記事>

書評 『大学とは何か』(吉見俊哉、岩波新書、2011)-特権的地位を失い「二度目の死」を迎えた「知の媒介者としての大学」は「再生」可能か?
・・中世に誕生し、特権的地位をおっていた大学という制度。パリ大学は神学の分野ではぬきんでた存在であった

エラスムスの『痴愚神礼讃』のラテン語原典訳が新訳として中公文庫から出版-エープリルフールといえば道化(フール)③
・・沓掛良彦氏によるラテン語からの新訳

「雛罌粟(コクリコ)の花の咲く季節」に世を去った渡辺淳一氏のご冥福を祈ります(2014年5月)

書評 『正統と異端-ヨーロッパ精神の底流-』(堀米庸三、中公文庫、2013 初版 1964)-西洋中世史に関心がない人もぜひ読むことをすすめたい現代の古典





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2015年8月22日土曜日

『愛と暴力の戦後とその後』 (赤坂真理、講談社現代新書、2014)を読んで、歴史の「断絶」と「連続」について考えてみる


2014年5月に出版された『愛と暴力の戦後とその後』は、わたしがジュンク堂の店頭で手に取った2015年4月の時点で、2015年2月の第8刷となっていた。話題のベストセラーになっているようだ。

読むことにしたのは、ベストセラーであることも理由の一つである。この人の評論はすでに『モテたい理由』(講談社現代新書、2007)を読んでいて面白いと思っていたのだが、あえてまた読むまでもあるまい、と

ベストセラーになってから読むというのはけっして悪いことではない。むしろ、なぜベストセラーになっているのか自分で検証してみるつもりで読むと、「いま」という時代の日本人が漠然と感じていることをつかむキッカケともなるからだ。

読んでみての感想は、著者による自問自答を重ねた内容に、「戦後日本」とはいったい何だったのか考えてみるヒントがある、ということだ。おそらく多くの人が同様の感想をもつことだろう。

著者は「まえがき」をこう書いている。短いので全文を引用しておこう。
     
「これは、研究者ではない一人のごく普通の日本人が、自国の近現代史を知ろうともがいた一つの記録である。
それがあまりにわからなかったし、教えられもしなかったから。
私は歴史に詳しいわけではない。けれど、知る過程で、習ったなけなしの前提さえも、危うく思える体験をたくさんした。
そのときは、習ったことより原典を信じることにした。
少なからぬ「原典」が、英語だったりした。
これは、一つの問いの書である。
問い自体、新しく立てなければいけないのではと、思った一人の普通の日本人の、その過程の記録である。


1964年生まれの著者の世代と「戦後」認識

著者は1964年生まれ、わたしとは2歳違いである。ほぼ同世代といっていいだろう。

著者は、個人的な体験をもとに「1980年の断絶」について書いているが、その年に16歳の著者は1年間アメリカに高校留学していたのだという。日本の高校に不適応だったからだ。アメリカ留学にも挫折して日本に帰国してから、大きな違和感を抱いたのである、と。

世界的にみれば「1979年」こそ「断絶の年」だ。英国でサッチャー政権誕生、イランでイスラーム革命が勃発、そして年末のソ連によるアフガン侵攻など激動の年であった。日本にかんしていえば、『ジャパン・アズ・ナンバーワン』というほめ殺し本の日本語訳が出版されたのが1979年だ。その翌年の1980年に「断絶」が顕在化し始めたといえるかもしれない。著者の直感はじつに鋭い。

1980年は松田聖子がデビューした年であった。「革命」と評価を下す同世代人がいる一方、著者にとっては、あまり意味のない出来事だったのかもしれない。だが、日本にとっても、1980年が断絶の年となったことは確かだろう。

1964年前後生まれの著者の立ち位置は、「戦前」につながる「戦後」の痕跡をところどころに感じることができながら、学校教育やマスコミをつうじて、「戦前」と「戦中」が全面否定されていくなかで育った世代だと要約できるかもしれない。

1962年生まれのわたし個人について言えば、小学生の頃には地上波では再放送がなかった幻の名作アニメ『アニメンタリー決断』をリアルタイムでテレビで見て学校で話題にしていた世代であり、「戦前」や「戦中」を遠い存在と感じていたわけではない。

だが、その後、学校教育やマスコミをつうじて、だんだんと戦争そのものがタブー視されていったような記憶がある。追い討ちをかけたのは、政治問題と化した靖国問題ではなかろうか。バブル期のなか、英霊なんてことを口にすることすらはばかれる時代となってしまったのだ。わたし自身、いまから7年前の2009年8月15日まで靖国神社を参拝することは心理的抵抗があってできなかったのだ。呪縛されていたのである。

だからこそ、「戦後とその後」を生きてきた日本人が自明と思っていることが、じつは見ないように避けてきた結果に過ぎないことは、著者に指摘されてあらためて、うなづくのである。

以下、本書に関連するトピックについて、個人的な感想をつづってみたいと思う。





「愛と暴力」の「敗戦と占領」

『愛と暴力の戦後とその後』というタイトルは、なかなか意味深だ。

2015年は「戦後70年」とされ、日本国内では大きな話題になっているが、じっさいのところ、「戦後」とよばれる時代区分が、2011年3月11日に東日本大震災と原発事故によって終わっているという認識はすでに広く共有されているのではなかろうか。わたし自身についていえば、正直いって、あまり「戦後70年」という感慨は湧いてこない

なぜ「戦後とその後」に生きている日本人は、それ以前の「歴史」から切り離されているように感じるのか? これは本書で提起されている問いを貫いているものだ。

精神的空洞、存在の底が抜けているという感覚、宙ぶらりんの空中浮遊感。なにかが隠されているのではないか? 自分を守るために、臭いものに蓋をして見て見ぬふりをしてきたのではないか? 

「臭いものに蓋」という表現は適切ではないかもしれないが、個人的に大きなトラウマを抱えた人は、それを誰にも語らずに抱え込んでしまうというケースは、日本の戦争体験者だけでなく、ホロコーーストの体験者にも見られることだ。そんなことはクチにするのはおろか、考えたくもない、と。

おそらく最初は見て見ぬふりをしてきたのだろう。だが、こういう自覚をもっている段階はまだいい。それはその個人、その世代が抱えている個人的、世代的トラウマであるからだ。これは個別に解消するしかない。

だが、敗戦経験をもった世代の次の世代の人間にとっては、「最初から隠されていたもの」となってしまっていることになる。存在そのものを知らないということになってしまう。そこに問題がある。



合理的機制と精神的解離

精神的に抑圧しずぎると、かえってはけ口をもとめた感情が爆発するということは、だれもが経験していることだろう。

アメリカ占領軍による「日本改造」から「愛と暴力の戦後」が始まった結果、日本人は「戦中」と一緒に「戦前」も否定し去ってしまったことが、「歴史」からの切り離され感を生み出してきたことは間違いない。

たしかにアメリカ占領軍は、「戦中」の日本を「戦前」の産物として、すべてを否定した。だが、アメリカ占領軍の占領政策が成功したのは、日本人の多くが「敗北を抱きしめた(ジョン・ダウワー)からだ。占領軍を進駐軍と言い換え(・・侵略を進出と言い換える心理的メカニズムを想起する)、日本人の多くがアメリカの占領政策を支えたことはまぎれもない事実である。

見ないふりをしてきたツケがまわってきている。そのツケは精神的空洞をもたらしているし、いわゆるネトウヨに代表されるように、「いままで騙されてきた感」という過剰なエネルギーの逆噴射もある。見ないふりをしてきたが、もはや決壊も近いのなのかもしれない。

いわば歴史を無視してきいたことのツケ、歴史の復讐であり、歴史の逆襲といえるかもしれない

たとえば、わたしも含めて戦後生まれの日本人が教育されてきたことの一つに、日本に民主主義はなかった、戦争に負けたことによってアメリカ占領軍から与えられたのだという言説がある。これはじつは正しくない。明治時代の自由民権運動を意図的に無視した言説だ。占領政策をスムーズに進めるためのインテリジェンス作戦であったと考えるべきだろう。ある種の洗脳工作である。

アメリカ占領軍による検閲に基づいた情報操作については、すでに多くの指摘や研究が蓄積されている。そしてその流れに乗っかったのが、左派知識人たちによる「戦前」否定の論調である。圧倒的多数の日本人が受け入れたのは、敗戦を終戦として「抱きしめた」からである。上からの一方的な受け身ではなかった。

最初は主体的な選択の結果であったのだが、その経緯は忘却され、「受け入れた歴史」をそのまま無意識レベルにまで浸透させ内面化させてしまったのである。その意味では、戦時中と同様に、「戦後」もまた、意識的な選択によって「集団催眠状態」にあったというべきかもしれない。

「隠れた神は恐ろしい」という表現もある。だがそれは「隠されてきた」わけではない。見ようと思えば見ることはできるし、知ろうと思えば知ることはできる。すでに多くの論者が、アメリカ占領軍が日本と日本人に何をしてきたのかを解明している。

だが、知ろうという気持ちを起こさなければ、最初からなかったことにされてしまっているもの。あえてそこに目を向けさせないように、巧妙に違う方向を見るように仕向けられてきたこと。そのことにまったく気がつかないできたということ。じつに恐ろしいことではないか!

考えてみれば、著者が指摘するまで、憲法の「憲」が、憲兵の「憲」であることなど考えたこともない。多くの人もまた虚を突かれたのではないか? 

正直なところ、わたしももまた憲法に該当する英語が、constitute(=構成する)という動詞の名詞形である Constitution という以外は考えていなかった。日本語に食い込んで抜けない漢字の呪縛については、あらためて考える必要があることを痛感する。

言語明瞭意味不明なのは米語由来のカタカナ語だけではなく、戦中の八紘一宇(はっこういちう)などの漢字語もまた同様である。



歴史の「断絶」と、それにもかかわらず存在する「連続性」

日本の旧植民地や被占領地の人たちが親日的な発言をしたり、感謝を表現することがある。日本のおかげで独立できたのだとか、植民地時代をなつかしむ発言、とか。

そういう話をきくと、なんだか面映ゆい思いをしたり、申し訳ない気持ちになったり、あるいはなぜ感謝されるのか肌感覚でピンとこないということもあろう。

かれらが評価しているのが、日本人自身が否定的に捉えている「戦中」であり「戦前」であるからだ。だから、評価されてもいまひとつピンとこない、あるいはなぜ評価されるのかわからないという気持ちになる。「戦中」や「戦前」は、「戦後」からみて否定されるべき時代ではなかったのか、と。

「戦後」と「その後」を生きてきた日本人にとって、「戦中」と「戦後」とが「断絶」しているのに対し、旧植民地の人たちのなかでは「連続」しているのである。もちろんノスタルジーということもあって、過去が美化される傾向があるのかもしれない。だが、かれらの発言によって、かれらのなかで生きている日本人観と、じっさいに生きている生身の日本人の意識とのあいだにギャップが存在することを知ることができる。

歴史の断絶と連続性回復というテーマで想起するのは、ドイツ再統一によって消滅した国家である東ドイツ(=ドイツ民主共和国)のことである。ドイツもまた「戦後70年」であるが、この事実に目をつぶるべきではない。

敗戦後の冷戦構造のなか東西分割されたドイツだが、東ドイツはソ連、西ドイツはアメリカとイデオロギーをまったく異にする支配者のもとで異なる国づくりを行い、その結果、ドイツ戦後史にかんしては異なる歴史をつくりあげることになった。

西ドイツは、併合した側なので歴史に断絶はない。だが、併合された側の東ドイツは、東西再統一がなされて以後の歴史とそれ以前の歴史とに大きな断絶が生まれている。それが、旧東ドイツ国民のあいだで鬱屈した不満を産み出していることが、これまで指摘されてきた。

いまにいたるまで旧東ドイツ出身者が感じている精神的な違和感は、みずからの「歴史」が否定されたこと、つまりアイデンティティを否定されたことにほかならない。経済的な格差だけが原因ではないのだ。「再統一」から25年以上たっても、断絶した歴史を連続したものに切り替える心理的作業は完成していないのである。

現実問題としては、「戦前」を否定したのが西ドイツであり、「戦前」がそのまま温存されたのが東ドイツというねじれ構造がある。西ドイツの戦後史は、ある意味では日本の戦後史と似ている。もちろん、安直な比較は無意味である。

「断絶」後の歴史を、どう「断絶」前の歴史と「つなぐ」か、これはドイツなど敗戦国共通の課題だが、ある意味では日本人が抱えている問題と共通するものがあるように思われる。

日本人は「戦後とその後」の現代ドイツ史で、思考実験してみることも必要かもしれない。もちろん、安直な比較論は有害であるが。



断絶した「戦後とその後」と「戦中・戦前」を「つなぐ」ために

正常化 ノーマリゼーションのプロセスがいま進行中であると、わたしは考えている。それはけっして右傾化でもなんでもない。「進歩派」であったはずの左派が頑迷な「保守派」となる。

日本の場合、「戦前・戦中」と「戦後」を連続性を担保してきたのは、端的にいって天皇制である。

もちろん、近代天皇制は明治国家にようる「作られた伝統」であり、それ以前の前近代の天皇制(・・この表現じたいは昭和以前には存在しなかった)とは、制度としては「断絶」がある。だが、天皇家の血筋によって「連続」が保たれてきたのである。

明治時代以降、近代化を推進するなかで、国民教化の観点から、西欧社会におけるキリスト教にかわる精神的権威として天皇の神格化が行われたのだが、これはあくまでも世俗の政治権力が設計して構築した「近代の産物」であり、当然のことながら「創られた伝統」である。

「神格化された天皇」像は、大東亜戦争の敗北によって完全に潰えるに至る。「神話」は否定されたが、同時に「歴史=物語」も一緒に捨て去られてしまった。その後の、日本人の精神的空洞はこれに起因すると主張する論者は少なくはない。三島由紀夫や小室直樹の問題提起もまた、現在では忘れ去られているのかもしれない。

敗戦によって「神話」は否定されたが、「高度成長」という大きな「物語」が作り出された。「企業戦士」という表現は、ある種の代償行為のような響きをもつ。だが、「高度成長」の達成後は、日本人が共有するあらたな「物語」が生まれることなく、日本も日本人も迷走を続けている。

思うに、日本と日本人が「敗戦」による「終戦」という断絶を体験しながらも生き延びてこれたのは、昭和天皇という、戦前と戦後を貫く存在が、生身の肉体を備えた一人の人間によって「断絶」をつなぎとめてきたからだ。これは著者も指摘するとおりだ。

個人的には、昭和63年(1988年)に昭和天皇が崩御したとき(・・その時点ではまだ「昭和天皇」という諡号(おくりな)は決まっていなかった)、これでなにかがすべて終わったという思いに囚われた。ほんとうは、この時点ですでに「戦前・戦中」と「戦後」を連続体とした昭和時代の終わりとともに、「戦後」は終わっていたのかもしれない。

昭和天皇の長男である今上天皇陛下の最大の貢献は、つねに戦没者の慰霊をつうじて「戦中」を喚起させていただいていることだろう。「戦中」と「戦前」そして「戦後とその後」の「連続」を身を以て体現しておられるのである。

度重なる迫害を乗り越え、離散のなかでも生き延びてきたユダヤ民族にとっては、律法と教典が民族性を担保するよりどころとして機能してきた。日本民族にとってそれに該当するのは、「万世一系」の天皇という存在ではないか、と。



以上、『愛と暴力の戦後とその後』 を読んで感じたことを、個人的な感想として書き連ねてみたが、当然のことながら、読者によって感じることはさまざまだろう。

『愛と暴力の戦後とその後』 という本は答えを導き出した本ではない。一人の日本人が、一人ひとりの日本人に向けて問いを提示した本である。

読者自身が考えるためのキッカケの本として、再読、三読してみる意味のある本であるといえよう。それほど、大きな問いなのである。答えがでることのない・・・。
  




目 次

プロローグ 二つの川
第1章 母と沈黙と私
第2章 日本語は誰のものか
第3章 消えた空き地とガキ大将
第4章 安保闘争とは何だったのか
第5章 1980年の断絶
第6章 オウムはなぜ語りにくいか
第7章 この国を覆う閉塞感の正体
第8章 憲法を考える補助線
終 章 誰が犠牲になったのか
エピローグ まったく新しい物語のために

著者プロフィール 

赤坂真理(あかさか・まり)
1964年、東京生まれ。慶應義塾大学法学部卒。作家。1990年に別件で行ったバイト面接で、なぜかアート誌の編集長を任され、つとめた。編集長として働いているとき自分にも原稿を発注しようと思い立ち、小説を書いて、95年に「起爆者」でデビュー。著書に『ヴァイブレータ』(講談社文庫)、『ヴォイセズ/ヴァニーユ/太陽の涙』『ミューズ/コーリング』(ともに河出文庫)、『モテたい理由』(講談社現代新書)など。2012年に刊行した『東京プリズン』(河出書房新社)で毎日出版文化賞・司馬遼太郎賞・紫式部文学賞を受賞。神話、秘教的世界、音楽、そして日々を味わうことを、愛している。(カバー袖より)



PS 『東京プリズン』という小説作品について
  
このブログ記事をかいてから、著者の小説作品である『東京プリズン』(河出文庫、2014 単行本諸般 2012)を読んだ。『愛と暴力の戦後とその後』 とあわせて読むと、より著者の表現したかったことが理解できるのではないか、と思う。

この長編小説は私小説ではないが、著者自身の体験をもとにした小説は、日本と日本人にとっての「戦後」を、より広くかつ深い次元で考えることができるのではないかともう。とくに16歳の著者が体験したアメリカという異世界についての描写は、じつによく言語表現されていると感じた。

1980年という舞台設定は、1980年代後半のバブル期に激化した「日米経済戦争」以前であり、しかも崩御によって昭和天皇という諡号(おくりな)が命名される以前の時代である。「日米戦争」と「東京裁判」、そして天皇の責任問題などについて考えるには、タイミングとしても悪くない。

ネイティブアメリカン(先住民)、日本人、ベトナム人… 共通するのは、戦争において殺戮された人たちであるということだ。殺されたのは軍人だけではない。空爆や原爆投下で多数の一般市民が殺されたのである。

「東京裁判」を高校の授業の一環としてディベート形式で行うという設定から、いかなる議論が飛び出してくるのか?

『愛と暴力の戦後とその後』は、小説という形式では書かなかったエッセイといえるかもしれない。

(2015年8月23日 記す)



<関連サイト>

下記サイトで 『愛と暴力の戦後とその後』の第1章が読める

日本にとってアメリカとは何か-戦後日本が抱えた無意識の屈折-【特別公開】赤坂真理『愛と暴力の戦後とその後』1 (現代ビジネス、2015年8月13日)

なぜ原爆投下による民間人大虐殺は罪に問われないのか?-日本人に埋め込まれた「2つの思考停止」-【特別公開】赤坂真理『愛と暴力の戦後とその後』2  (現代ビジネス、2015年8月14日)

なぜ日本人は昭和天皇を裁けなかったのか-【特別公開】 赤坂真理『愛と暴力の戦後とその後』3 (現代ビジネス、2015年8月15日)



<ブログ内関連記事>

「戦前・戦中」と「戦後」を連続性のものとして捉える

『王道楽土の戦争』(吉田司、NHKブックス、2005)二部作で、「戦前・戦中」と「戦後」を連続したものと捉える
・・この本に収録された安倍晋三と石破茂という、1950年代中期生まれの「ポスト団塊世代」の二人の自民党政治家・・(中略)・・ 「1954年生まれの安倍晋三、1957年生まれの石破茂という「ポスト団塊世代」の政治家二人。奇しくも復活した第二次安倍内閣で総理大臣と自民党幹事長(2014年当時)という要職についている二人である。安倍晋三は満洲国で統制経済を主導した「革新官僚」岸信介の孫である。石破茂は大陸や半島に海を挟んで最前線のある島根出身の政治家である。著者は、団塊世代と団塊ジュニアにはさまれた「ポスト団塊世代」に、「戦前・戦中」と「戦後」をつなぐものがあるとみているのだろうか?「戦前・戦中」と「戦後」はいっけん断絶したようにみえて、じつは根底のところでつながっているのである」

書評 『マンガ 最終戦争論-石原莞爾と宮沢賢治-』 (江川達也、PHPコミックス、2012)-元数学教師のマンガ家が描く二人の日蓮主義者の東北人を主人公にした日本近代史

書評 『戦争・天皇・国家-近代化150年を問い直す-』(猪瀬直樹・田原総一郎、角川新書、2015)-「日米関係150年」の歴史で考えなければ日本という国を理解することはできない

「神やぶれたまふ」-日米戦争の本質は「宗教戦争」でもあったとする敗戦後の折口信夫の深い反省を考えてみる

書評 『「昭和天皇実録」の謎を解く』(半藤一利・保阪正康・御厨貴・磯田道史、文春新書、2015)-「正史」として歴史的に確定した「知られざる昭和天皇像」
・・福澤諭吉の有名なフレーズ「一身にして二生を経る」をまさに体験された昭和天皇

書評 『沖縄戦いまだ終わらず』(佐野眞一、集英社文庫、2015)-「沖縄戦終結」から70年。だが、沖縄にとって「戦後70年」といえるのか?


日米戦争と、敗戦による「国家改造」後の日本

「神やぶれたまふ」-日米戦争の本質は「宗教戦争」でもあったとする敗戦後の折口信夫の深い反省を考えてみる
・・アメリカは「十字軍」、日本は「聖戦」という表現をつかっていた日米戦争

『日本がアメリカを赦す日』(岸田秀、文春文庫、2004)-「原爆についての謝罪」があれば、お互いに誤解に充ち満ちたねじれた日米関係のとげの多くは解消するか?

書評 『東條英機 処刑の日-アメリカが天皇明仁に刻んだ「死の暗号」-』(猪瀬直樹、文春文庫、2011 単行本初版 2009)

書評 『ワシントン・ハイツ-GHQが東京に刻んだ戦後-』(秋尾沙戸子、新潮文庫、2011 単行本初版 2009)-「占領下日本」(=オキュパイド・ジャパン)の東京に「戦後日本」の原点をさぐる

書評 『原発と権力-戦後から辿る支配者の系譜-』(山岡淳一郎、ちくま新書、2011)-「敗戦国日本」の政治経済史が手に取るように見えてくる
・・米国支配下の日本という枠組みで理解できるのが原子力政策だ

日米関係がいまでは考えられないほど熱い愛憎関係にあった頃・・・(続編)-『マンガ 日本経済入門』の英語版 JAPAN INC.が米国でも出版されていた

書評 『国際メディア情報戦』(高木 徹、講談社現代新書、2014)-「現代の総力戦」は「情報発信力」で自らの倫理的優位性を世界に納得させることにある
・・国際世論を作り出すのは米英系のメディアであることを肝に銘ずるべし。それが現実だ


日本国憲法

書評 『憲法改正のオモテとウラ』(舛添要一、講談社現代新書、2014)-「立憲主義」の立場から復古主義者たちによる「第二次自民党憲法案」を斬る

書評 『自民党憲法改正草案にダメ出し食らわす!』(小林節+伊藤真、合同出版、2013)-「主権在民」という理念を無視した自民党憲法草案に断固NOを!


旧植民地の人たちにとっての日本

映画 『KANO 1931海の向こうの甲子園』(台湾、2014年)を見てきた-台湾人による台湾人のためのスポ根もの青春映画は日本人も感動させる
・・いくら「戦後」の日本人が否定しようが、「戦前」の日本人が残した遺産は否定し切れまい。そして「戦前」の日本が台湾人のアイデンティを形成していることを、日本人は直視しなければならない


1960年代生まれの「二人のマリ」

書評 『国境のない生き方-私をつくった本と旅-』(ヤマザキマリ、小学館新書、2015)-「よく本を読み、よく旅をすること」で「知識」は「教養」となる
・・マンガ家のヤマザキマリ氏は1967年生まれ、小説家の赤坂真理氏は1964年生まれ。この二人の「マリ」は、わたしより若干若い人たちだが、共通する経験と時代感覚をもちながらも、日本の現実への「違和感」の質的な違いが感じられて面白い。ヤマザキマリ氏は14歳で、赤坂真理氏は16歳で、それそれイタリアとアメリカに出国した経験をもっていて、その経験のもつ意味を言語化しようとした内容である点が、とりわけ興味深い。

(2015年8月23日、2016年8月23日 情報追加)




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2015年8月15日土曜日

書評 『戦争・天皇・国家-近代化150年を問い直す-』(猪瀬直樹・田原総一郎、角川新書、2015)-「日米関係150年」の歴史で考えなければ日本という国を理解することはできない


「戦後70年」がことし2015年の日本では大きなテーマとなっている。戦後70年目の節目にあたって、安部首相が2015年8月14日に首相談話を発表するという表明をしてから、国民をあげての関心事となっているといっても過言ではない。

だが、「戦後70年」では、本当のことがわからない。黒船来航から150年のスパンで考えなくては日本という国の本質は見えてこない、という問題意識を提示し続けてきたのがジャーナリストの猪瀬直樹氏である。

『ミカドの肖像』など1980年代のバブル時代に大きな話題となった天皇論や、このブログでも取り上げて書評を執筆した、日米関係三部作ともいえる『昭和16年夏の敗戦』(1983年) 『黒船の世紀 上下』 (1993年) 『東條英機 処刑の日-アメリカが天皇明仁に刻んだ「死の暗号」-』(2009年) などのノンフィクション作品をつうじて、「戦争・天皇・国家」というテーマをつうじて日本という国の解明に取り組んできた人だ。

東京都知事としては失敗したが、現実問題に鋭く斬り込むジャーナリストとしては、まだまだ活躍してほしい。そういう思いを持っている人も少なくないと思う。

そんな猪瀬氏の最新刊が、一回り上の先輩ジャーナリスト田原総一郎氏との共著 『戦争・天皇・国家-近代化150年を問い直す-』(猪瀬直樹・田原総一郎、角川新書、2015) である。じつは猪瀬氏と田原氏は長年の友人関係だが、共著は初めてなのだという。

本書は、猪瀬氏が得意な黒船来航以降の日米関係史という「通時的」な日本理解と、田原氏が生身で切り込んできた戦後史の時事問題という「共時的」な日本理解を、切り結んで交錯させてみることから生まれる面白さを味わうことができる。

現在を理解するためには「戦後70年」だけでなく、日米戦争に至る「戦前」の70年をみなくてはならないのである。日米戦争とその壊滅的敗戦は、日本近代化150年の折り返し点にあたる。

「戦後70年」においては、近隣諸国である東アジアの中国と韓国との対応が焦点になっているが、じつは真の問題はアメリカとの関係なのである。アメリカとの抜き差しならない関係は、大東亜戦争の敗戦による占領期間中に実行された「日本改造」から始まったのではなく、黒船来航の恐怖から始まったことは、肝に銘じておく必要がある。

日米関係は、その原点から非対称的な関係にあるのだ。圧倒的な国力の差である。それはハードパワーだけでなくソフトパワーも含めた総力としての差である。1980年代後半には経済面でその差は縮まったかに見えたが、バブル崩壊以後は逆に差は開く一方だ。

アメリカのパワーは今後も依然として巨大なのか、それとも衰退しつつあるのか? この国には両極端の議論が存在するが、いずれも現実そのものを見つめた結果というよりは、論者の願望が強く反映されたものに過ぎないような気もしないわけではない。アメリカという存在を虚心坦懐に見ることは、局外中立的な立場にはない日本人にはむずかしい。日米関係が抜き差しならない関係とはそういう意味だ。

本書を読んでいて、あらためて強く思うのは、日本という国家は、敗戦という手痛い失敗経験をしているのにもかかわらず、依然として誰に最終責任があるのか不明(!)だということだ。2020年東京オリンピックの競技場問題にもそれは端的に現れている。
  
同じような失敗が何度も何度も繰り返される国この宿痾(しゅくあ)ともいうべき病的事実を再確認することは、日本国民としてはまことにもって残念なことではあるが、だからといって目をそらすこともできない。猪瀬氏や田原氏のようなジャーナリストがこの国には必要なのはそのためだ。日本人の国民性には、健忘症という悪癖があることは否定しようがないからだ。

事実を徹底的に調べ、熟知したうえで現実的に行動する。そういうマインドセットが、共著者である二人のジャーナリストに共通する点である。ジャーナリストではない読者も、このマインドセットで現実問題に取り組みたいものではないだろうか?

反米でも親米でもなく、自虐でも自分褒めでもなく、さらには主義主張の是非とは関係なく、「近代化150年」というスパンでものを考えることが、日本について考えるための大前提である。まずは、読みやすい本書から始めてみるのがよいだろう。

個性の強い二人のジャーナリストの共著だが、食わず嫌いはやめたほうがいいのではないだろうか。





目 次

まえがき(田原総一郎)
序章 「戦後レジーム」ではなく「黒船レジーム」で考えよ(猪瀬直樹)
  黒船の恐怖が大日本帝国を生んだ
  肥大化する「黒船レジーム」の問題点
  日本はなぜ負ける戦争をしたのか
  「ディズニーランド」国家の終焉
  国難にどう立ち向かうか
第1章 近代国家「日本」の誕生
第2章 意思統合不能が戦争を起こした
第3章 戦後日本はこうして形づくられた
第4章 「ディズニーランド」化した日本
第5章 黒船の呪縛を乗り越える
終章 アメリカにできない交渉で力を発揮せよ(田原総一郎)
あとがき(猪瀬直樹)


著者プロフィール

猪瀬直樹(いのせ・なおき)
1946年長野県生まれ。87年『ミカドの肖像』で第18回大宅壮一ノンフィクション賞。2002年6月末、小泉純一郎首相より道路公団民営化委員に任命される。東京大学客員教授、東京工業大学特任教授などを歴任。2007年6月、東京都副知事に任命される。2012年に東京都知事に就任、2013年12月、辞任。主著に、『ペルソナ 三島由紀夫伝』『ピカレスク 太宰治伝』『道路の権力』『道路の決着』(文春文庫)、『昭和16年夏の敗戦』『天皇の影法師』(中公文庫)、『猪瀬直樹著作集 日本の近代』(全12巻、小学館)がある。

田原総一朗(たはら・そういちろう)
ジャーナスリト。1934年滋賀県生まれ。60年早稲田大学文学部卒業。同年岩波映画製作所入社。64年東京12チャンネル(現テレビ東京)に開局とともに入社。77年フリーに。テレビ朝日系「朝まで生テレビ!」「サンデープロジェクト」でテレビジャーナリズムの新しい地平を拓く。80歳を超えた今でも政治・経済・メディア・IT等、時代の最先端の問題をとらえ、活字と放送の両メディアにわたり精力的な評論活動を続けている。近著に『日本人と天皇 - 昭和天皇までの二千年を追う』(中央公論新社)。(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)




<ブログ内関連記事>

「是々非々」(ぜぜひひ)という態度は是(ぜ)か非(ひ)か?-「それとこれとは別問題だ」という冷静な態度をもつ「勇気」が必要だ


■「日本近代化150年」を連続した歴史として読む

書評 『日本近代史の総括-日本人とユダヤ人、民族の地政学と精神分析-』(湯浅赳男、新評論、2000)-日本と日本人は近代世界をどう生きてきたか、生きていくべきか?

書評 『マンガ 最終戦争論-石原莞爾と宮沢賢治-』 (江川達也、PHPコミックス、2012)-元数学教師のマンガ家が描く二人の日蓮主義者の東北人を主人公にした日本近代史
・・「黒船こそ原因をつくった」(?)とアメリカ占領軍に言い放った敗戦後の石原莞爾

『王道楽土の戦争』(吉田司、NHKブックス、2005)二部作で、「戦前・戦中」と「戦後」を連続したものと捉える

書評 『近代の呪い』(渡辺京二、平凡社新書、2013)-「近代」をそれがもたらしたコスト(代償)とベネフィット(便益)の両面から考える

日本が「近代化」に邁進した明治時代初期、アメリカで教育を受けた元祖「帰国子女」たちが日本帰国後に体験した苦悩と苦闘-津田梅子と大山捨松について

書評 『持たざる国への道-あの戦争と大日本帝国の破綻-』(松元 崇、中公文庫、2013)-誤算による日米開戦と国家破綻、そして明治維新以来の近代日本の連続性について「財政史」の観点から考察した好著
・・陸軍軍人の経済オンチが招いた大東亜戦争の破局


■猪瀬直樹の「日米関係三部作」

書評 『黒船の世紀 上下-あの頃、アメリカは仮想敵国だった-』 (猪瀬直樹、中公文庫、2011 単行本初版 1993)-日露戦争を制した日本を待っていたのはバラ色の未来ではなかった・・・

書評 『昭和16年夏の敗戦』(猪瀬直樹、中公文庫、2010、単行本初版 1983)-いまから70年前の1941年8月16日、日本はすでに敗れていた!

書評 『東條英機 処刑の日-アメリカが天皇明仁に刻んだ「死の暗号」-』(猪瀬直樹、文春文庫、2011 単行本初版 2009)


中国にとっては1840年のアヘン戦争からの180年

ジャッキ-・チェン製作・監督の映画 『1911』 を見てきた-中国近現代史における 「辛亥革命」 のもつ意味を考えてみよう
・・「1911年の「辛亥革命」の意味は、1840年の「アヘン戦争」から、1949年の中国共産党による中華人民共和国成立という「中国革命」の歴史の流れをある程度まで知っていないと理解しにくい」


日本の現状に批判的な世界のジャーナリズム 

「国境なき記者団」による「報道の自由度2015」にみる日本の自由度の低さに思うこと-いやな「空気」が充満する状況は数値として現れる

書評 『国際メディア情報戦』(高木 徹、講談社現代新書、2014)-「現代の総力戦」は「情報発信力」で自らの倫理的優位性を世界に納得させることにある




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2015年8月14日金曜日

仕事で人間の尊厳を取り戻すライフストーリーを描いた "How Starbucks Saved My Life" という「スタバ本」は、「働く意味」について考えさせてくれる


How Starbucks Saved My Life (=スターバックスはいかに私の人生を救ったか)という本が面白いので一気に読んでしまった。
   
アメリカでベストセラーになっているというので取り寄せて読み始めたのが2009年、途中まで読んでそのままになっていたものだ。すでに6年もたっているので、あらためて最初のページから読み始めたのだが、これがじつに読ませる内容なのだ。
   
著者の Michael Gates Gill (マイケル・ゲイツ・ギル)という人は、世界的な広告会社でエグゼクティブだったが、財務重視の英国企業に買収されたため、未成年の子供も含めて家族を抱えて50歳台前半でリストラされてしまった人。家柄も学歴も申し分ないという、古きよき時代のエリートビジネスマンであった人だ。

リストラ後、一人でコンサルタントをやっていたが、約10年後の64歳になって二進(にっち)も三進(さっち)もいかなくなる。そして、偶然のことからスターバックスの店舗で働くことになる。64歳の元エリートの白人男性チャンスをくれたのは、自分より36歳も年下の28歳の黒人女性であった。

現場の仕事をつうじて自分の人生を取り戻していくという内容の実話をベースにしたパーソナル・ライフストーリー。

構成が巧みで文章もうまいので、あたかも物語を読むかのように、ついつい引き込まれて最後まで読んでしまったという次第。いわゆる「スタバ本」であるが、下手な宣伝よりも、はるかにスターバックスの広報になっているのではないかな。

テーマは、仕事をつうじて人間の尊厳を取り戻すこと。ある意味では成長物語だが、青少年のものではなく、挫折からの復活をなしとげたシニア世代の成長物語だ。人間はいつでも、いつまでも仕事をつうじて成長できる(!)ということを身をもって示しているわけだ。

人間は自分語りのストーリーをもたなくては生きていけないとはよくいわれることだが、とくに失敗からの人間性回復において、ストーリーのもつ力は自己治癒力そのものだといってよいのだろう。

全体の5分の4くらい読んでから調べてみたら、すでに5年前の2010年に日本語訳が出版されていたことを知った『ラテに感謝! How Starbucks Saved My Life-転落エリートの私を救った世界最高の仕事』(マイケル・ゲイツ・ギル、ダイヤモンド社、2010)。うかつなことに(?)、またく知らなかった。
  
日本語訳の出来については知りませんが、もしまだ読んでなかったら、読んでみたらいいと思いますよ。あるいは英語版で。

「人生において仕事することの意味」を考えるヒントになるかもしれませんね。




目 次 (日本語版)   

1 ラテを飲む側からだす側になるまで
2 知らなかった現実がいっぱい
3 たった一言で人生が変わった
4 カウンターに立つ準備はOK?
5 いい笑顔を見せよう、ここはブロードウェイだ
6 百万ドルのパンチ
7 勝者と敗者の分かれ目
8 クビになるかもしれない
9 バーの仕事に挑戦しよう
10  人生を変えてくれた店との別れ




<ブログ内関連記事>

「自分の庭を耕やせ」と 18世紀フランスの啓蒙思想家ヴォルテールは言った-『カンディード』 を読む
・・「理屈をこねずに働こう」と、マルチンが言った。「人生を耐えられるものにする手立ては、これしかありません」など、働くことの意味についての名言のかずかず

コンラッド『闇の奥』(Heart of Darkness)より、「仕事」について
・・・そして「地獄の黙示録」、旧「ベルギー領コンゴ」(ザイール) ・・「ただ僕にはね、仕事のなかにあるもの--つまり、自分というものを発見するチャンスだな、それが好きなんだよ」(『闇の奥』の主人公のセリフ)




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2015年8月12日水曜日

映画 『ルンタ』(日本、2015)を見てきた(2015年8月7日)-チベットで増え続ける「焼身」という抗議行動が真に意味するものとは

(上部はルンタ、下部は「焼身」者たちの写真に祈る若い僧侶)

映画 『ルンタ』(日本、2015)を東京・青山のイメージフォーラムで見てきた。チベットで増え続けている「焼身」という抗議行動についてのドキュメンタリー映画だ。この映画が製作された時点で、すでに焼身したチベット人は127人(!)となっているのだという。

チベット民族の迫害については、欧米社会を中心に、日本でもある程度まで知られている。だが、情報は断片的にしか入ってこないので、なかなか全体像がつかめないのが現状だ。この111分のドキュメンタリー映画は、「焼身」という抗議行動そのものに深く迫っている

登場するのは、「ダライラマの建築家」と呼ばれる日本人建築家・中原一博氏。チベットの状況についてブログで発信し続けている人である。インドのダラムサラにあるチベット亡命政府関連の建築物の設計を担っている人だ。ダラムサラ在住でチベット語に堪能な中原氏が、「焼身」について語り、そして中国国内のチベット人在住地域の「焼身」現場を歩き、考える。

チベット人にとって、切って切れないチベット語とチベット仏教の関係民族を民族たらしめているものが、まずなによりも母語であること、そしてチベット語によって伝えられてきたチベット仏教の伝統を、世代をつうじて保持していくことの重要性については、少数民族として迫害されているわけではない日本人にはなかなか想像つかないかもしれない。

チベット民族から母語を奪い、仏教によって培われた民族の独自性を奪う、中国共産党による「エスニック・クレンジング」(=民族浄化)への抗議が、自己犠牲による「焼身」という形で行われているのだ。だが、なぜ「焼身」という形で抗議行動が行われるのか? 誰もが疑問に思うはずだ。

それはチベット人が仏教の教えを深いレベルで実践しているからなのだ。自らの身体を燃やしてしまうという「焼身」。これは単なる抗議行動というよりも、もっと深い意味がある。自らの肉体に火をつけて、自らを灯明(とうみょう)として世の中を照らすという行動なのだ。

人を傷つけることなく、自らを犠牲にすることによって覚醒を促す行動。これはチベット人だけに見られる行動ではないが、127人もの「焼身」者は尋常ではない。しかも報道されているような僧侶だけでなく、一般人もすくなくないのであり、男女を問わず若い世代が多いのだという事実に衝撃を受けるのは、わたしだけではあるまい。

中原氏は、「焼身」者のパーソナルヒストリーにも迫っている。このことによって、等身大のチベット人の若者たちの苦悩と決断を、映画を見ている者にも伝わってくる。

タイトルになっている「ルンタ」とは、チベット語で「風の馬」という意味だ。カラフルな布に印刷された「風の馬」の絵柄と経文は、チベット人の願いを乗せて強い風にはためいている。チベット人居住地域ではよく目にする光景だ。

これ以上の「焼身」者が増えることなく、一日も早くチベット民族の苦難が終る日を願う。その願いをルンタに乗せて、日本人だけでなく、世界中の人にぜひ見てほしいとつよく思う。




PS この映画にも登場する建築家・中原一博氏がブログで発信してきた内容が『チベットの焼身抗議 (太陽を取り戻すために)』として 2015年10月に出版された。(2015年12月11日 記す)





<関連サイト>

映画 『ルンタ』(公式サイト)

チベットNOW@ルンタ ダラムサラ通信 by中原一博







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書評 『目覚めよ仏教!-ダライ・ラマとの対話-』 (上田紀行、NHKブックス、2007. 文庫版 2010)

書評 『こころを学ぶ-ダライ・ラマ法王 仏教者と科学者の対話-』(ダライ・ラマ法王他、講談社、2013)-日本の科学者たちとの対話で学ぶ仏教と科学

書評 『世界を動かす聖者たち-グローバル時代のカリスマ-』(井田克征、平凡社新書、2014)-現代インドを中心とする南アジアの「聖者」たちに「宗教復興」の具体的な姿を読み取る
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チベット・スピリチュアル・フェスティバル 2009
・・ 「チベット密教僧による「チャム」牛と鹿の舞」と題して、YouTube にビデオ映像をアップしてある。ご覧あれ http://www.youtube.com/watch?v=jGr4KCv7sAA




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2015年8月11日火曜日

映画 『ラブ&マーシー 終らないメロディー』(アメリカ、2015)を見てきた(2015年8月7日)-ビーチボーイズのブライアン・ウィルソンの人生を描いたヒューマンドラマ


映画 『ラブ&マーシー 終らないメロディー』(アメリカ、2015)を角川シネマ有楽町で見てきた(2015年8月7日)。ビーチボーイズを代表するブライアン・ウィルソンを描いたヒューマンドラマである。

アメリカといえばカリフォルニア、ウェストコースト(=西海岸)のカリフォルニアといえばビーチボーイズ。これがわたしのなかの固定観念である。1980年代前半に大学時代を過ごしたわたしにとって、ビーチボーイズは同時代というよりも先行世代のものなのだが、海とビーチが大好きな親友の影響で聴くようになったのだ。

その結果、ビーチボーイズによってアメリカ=カリフォルニアという固定観念が出来上がってしまったようだ。じっさいにアメリカにはじめて足を踏み入れたのは大学を卒業してから5年後の1990年のことだったが、サンフランシスコ周辺のバークレーで過ごした約2ヶ月のあいだ、カルチャーショックを感じたことは一度もなかった。

厳密にいえばビーチボーイズは南カリフォルニアではあるが、北も南もカリフォルニアという共通性は多い。それが証拠に(?)、アメリカ東海岸に移ってからは、カルチャーショックの連続であった。


そんなわたしにとって、ビーチボーイズをテーマにした映画なら見に行かないわけがない。

だが、ビーチボーイズのサウンドあふれるこの映画は、ブライアン・ウィルソンというミュージシャンの苦闘を描いたものだった。ひさしくビーチボーイズを聴いていなかったわたしは、ブライアンがこんな人生を歩んでいたとは、まったく知らなかったのだ。

天才ミュージシャンといわれたいたブライアン。ビーチボーイズ・サウンズの商業音楽としての成功と、ブライアンのアーチストとしての本能がぶつかることになたのは、ある意味では当然といえば当然だったのか。メンバーとのあつれき、あまりにも厳格な旧世代の父親との衝突。これらのコンフリクトから逃れるために手を出した LSD の中毒となり、その影響は曲作りにまで及んだだけでなく、最終的に人格も家庭生活も崩壊させてしまう。背景には、カリフォルニアの1960年代から70年代にかけてのドラッグカルチャーがある。

精神疾患となって久しい中年男ののブライアンは、最終的に一人の女性の存在によって救われ、人生を取り戻すのだが、その精神疾患からの脱出プロセスがこの映画のメインテーマである。

ブライアン役は、二人一役で演じられる。ビーチボーイズ絶頂期の若き日のブライアンと精神疾患状態の中年男のブライアン。光と影のコントラストのはっきりした存在が、振り返りと現在進行形の映像としてくり返しくり返し交互に登場する。容貌も大きく異なる二人の個性的な俳優によって演じられるのだが、不思議に違和感がない。

「ラブ&マーシー」は、オリジナルの英語タイトルでも同じく Love & Mercy である。日本語でいえば「愛と慈悲」となる。日本語にしてしまうと仏教みたいな響きがあるが、べつに仏教であろうがキリスト教であろうが、あるいは宗教とはいっさい関係ない次元でも、「愛と慈悲」は人生においてきわめて大切なものだ。

精神疾患で薬漬けにされたブライアンに対する女性の感情は、Love(=愛)なのか、それとも Mercy(=慈悲)なのか? それともその両方か? ラブとマーシーの違いとはいったい何か?

ビーチボーイズにはとくに関心がなくても、この「ラブ&マーシー」というタイトルが意味しているものを考えながら、この一人の天才ミュージシャンを主人公にしたヒューマンドラマを見ることに意義があるのではないのだろうか。

ヒューマンドラマとしてすばらしい作品である。







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