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2015年4月28日火曜日

書評 『オタ中国人の憂鬱-怒れる中国人を脱力させる日本の萌え力-』(百元籠羊、武田ランダムハウスジャパン、2011)-中学から大学まで北京で生活した日本人が語る中国のオタク事情


中国にも日本の動漫、つまり動画(=アニメ)や漫画(=マンガ)をこよなく愛するオタクたちがいる。このことはすでに『中国動漫新人類 (NB online books) 』(遠藤 誉、日経BP社、2008)の元になったネット連載記事で全面的に紹介されているので、日本でも知っている人は少なくないと思う。

つい最近出版された 『なぜ中国人は日本のトイレの虜になるのか-「ニッポン大好き」の秘密を解く-』(中島恵、中公新書ラクレ、2015)でも、著者自身は詳しくないと断りつつ、日本アニメ好きの中国のオタクたちの生態について一章を割いて紹介されていた。

アマゾンから機械的に「レコメンド」されたのが、『オタ中国人の憂鬱-怒れる中国人を脱力させる日本の萌え力-』(百元籠羊、武田ランダムハウスジャパン、2011)である。すでに4年前の出版だが、いままでまったく知らなかった。さっそくマーケットプレイスで購入。

読み出したら、これがまったく面白い。中国のオタクたちが掲示板に投稿した内容を日本語で紹介しているのだが、中国のオタクたちのリアルな肉声とホンネが聞こえてくる。これは貴重なドキュメントでもある。

著者は、「1980年東京生まれの日本人。中学から大学まで北京で生活。中国人の対日感情がどんどん悪化していくなか、予想もしなかった「日本のオタク文化が好き」な中国人達と遭遇して救われた過去を持つ」というプロフィールの人だ。

同時代の中国人オタクたちを、その渦中にあって当事者として「参与観察」してきた人だけに、臨場感が違う。

こういうものは、当事者でしか書けない内容だ。中国のテレビで日本のアニメが放送されていた時代から、インターネットで日本アニメをまとめて視聴する時代への移行期、そしてネットでリアルタイムで日本のアニメを視聴する現在までを体験しており、具体的な作品に即して体験談を織り交ぜながらつづっている。

取り上げられているのは、「ガンダム」、「新世紀エヴァンゲリオン」、「涼宮ハルヒの憂鬱」、「ときめきメモリアル」(これはゲーム)、「北斗の拳」、「聖闘士星矢」、「スラムダンク」、「ウルトラマン」などなど。

これらの作品が中国で受容されていったプロセスが具体的に詳しく書かれているので興味深い。そこから見えてくるのは、中国人の関心と感性の、日本人との共通性と相違点である。

なといっても面白いのは、なんでも「萌え化」してしまう日本人に中国人オタクが脱力しているという話だろう。

たしかに日本では自衛隊や警察にまでキャラ化や萌え化が浸透しているのは、「おいおい、こんなのありか?」と、わたしですら最初はとまどいを感じたものだ。「かわいい」大好きの日本社会で親しみを感じてもらって、かつリクルート活動を効果的にすすめるためには、もはや必要不可欠なのだろう。

かつて日本人も、米軍兵士が戦闘機などに貼りまくっていたピンナップガールのポスターに、「こんな国と戦争して負けたのか・・」と敗戦後に脱力感を抱いたようだが、現代中国人も日本に似たような感想を抱いているのは、社会の成熟度の違いで説明できるかもしれない。

(オタ中国人へ侵攻開始: 日本鬼子&小日本 帯ウラより)

その日本のオタクたちが、尖閣問題で噴出した「反日」に対抗して打ち出してきたのが、「日本鬼子」(ひのもと・おにこ)と小日本(こひのもと)という萌えキャラ

中国人が日本人に対して使用する最大の侮蔑表現である「日本鬼子」(リーベングイズ)、「小日本」(シャオリーベン)を日本語で読み替えて萌えキャラ化してしまったのだ。

わたしもこの事情はネットで見ていたが、そもそもこれらの侮蔑表現が日本人にはピンとこないだけでなく、まったく意に介さないことを中国人に知らしめてしまったことに、ニヤリと感じたものだ。

それ以来、「日本鬼子」や「小日本」をネット検索しても、つぎからつぎへとキャラ化されたイラストが登場する状態で、もはや「日本鬼子」(リーベングイズ)、「小日本」(シャオリーベン)にはまったく攻撃力がなくなってしまっている(笑)のは、日本人からすればたいへん喜ばしい。

日本人本来の諧謔精神というか、しゃれのめす精神を感じて痛快である。「近代」という時代が終わって、日本人本来の精神が復活しているわけだ。これも社会の成熟度の表れとみたい。

アニメ好きではない人にとっても、本書で取り上げられている『三国志』関連の日中の嗜好の違いには注目しておくべきだろう。まだまだ儒教的倫理観の強い中国では、悪人は未来永劫にいたるまで悪人であり、日本人の嗜好とは異なるのである。

日本のアニメが世界中で人気になっているが、中国もまたけっして例外ではない。とはいえ、表現の自由が確保された先進国のヨーロッパ人の受け取り方と、なにかと制約の多い表現の自由のない中国人では、見方に違いがあるようにも思われる。

「日本アニメ受容にみる国際比較」なんてテーマは、誰かやってみたら面白いのではないかと思うなのだが、誰かやらないかな? 読んでいてそんな感想も持ったのであった。





目 次

はじめに 「オタク」が日本を救う!?
オタ中国人的「名作」
 オタ中国人も驚愕するリアルサイズの 「ガンダム」
 カットや修正、それでも見たい 「新世紀エヴァンゲリオン」
 最後の最後までオタ中国人をドキドキさせた 「コードギアス 反逆のルルーシュ」
 大好きだけど、振り回されるのもキツイ 「涼宮ハルヒの憂鬱」
 最新情報を求めてデマや誤報も発生した 「けいおん!」
 ファンの活動で盛り上がった 「ヘタリア」
オタ中国人的「古典作品」
 ケンシロウは健次郎 「北斗の拳」
 オタ中国人の道派ここからはじまった「聖闘士星矢」
 オタ中国人市場最大のブームだった「スラムダンク」
 日本の学校生活のお約束を中国の若者に刻み込んだ 「ときめきメモリアル」
 首相に「ウルトラマンよりも国産アニメを見よう」と名指しされる「ウルトラマン」
オタ中国人的「初めて見た」作品

コラム オタ中国人増殖の背景
 親の目を逃れて楽しむオタク文化
 「学生の恋愛は悪」-中国の一般常識
 日本語学習を頑張るオタ中国人的動機
 
オタ中国人的海賊版
オタ中国人が直面する「日本と中国の違い」
オタ中国人が困惑する「オタク文化」

おわりに 「日本鬼子」オタ中国人へ侵攻開始


著者プロフィール

百元籠羊(ひゃくげん・かごひつじ)
1980年東京生まれの日本人。中学から大学まで北京で生活。中国人の対日感情がどんどん悪化していくなか、予想もしなかった「日本のオタク文化が好き」な中国人達と遭遇して救われた過去を持つ。現在、中国における日本のオタク文化の影響やオタク的な交流についての情報を発信するブログを運営中。 


<関連サイト>

「日中文化交流」と書いてオタ活動と読む (著者のブログ)
・・「記憶が薄れる前に書いておこうと、北京において行った「文化交流」という名のオタク活動やその方面のネタを適当に綴っております」


<ブログ内関連記事>

書評 『中国動漫新人類-日本のアニメと漫画が中国を動かす-』(遠藤 誉、日経BP社、2008)-中国に関する固定観念を一変させる可能性のある本 ・・「反日」は「反日」、日本のマンガとアニメは別格。それが中国のリアル

書評 『なぜ中国人は日本のトイレの虜になるのか-「ニッポン大好き」の秘密を解く-』(中島恵、中公新書ラクレ、2015)-中国人の消費行動をつうじて、日本人と中国人の相互理解の道をさぐる

書評 『拝金社会主義中国』(遠藤 誉、ちくま新書、2010)-ひたすらゼニに向かって驀進する欲望全開時代の中国人

書評 『蟻族-高学歴ワーキングプアたちの群れ-』(廉 思=編、関根 謙=監訳、 勉誠出版、2010)-「大卒低所得群居集団」たちの「下から目線」による中国現代社会論 
・・この「80后」と「90后」がその中心である

『何かのために-sengoku38 の告白-』(一色正春、朝日新聞出版、2011) を読む-「尖閣事件」を風化させないために!

書評 『尖閣を獲りに来る中国海軍の実力-自衛隊はいかに立ち向かうか-』(川村純彦 小学館101新書、2012)-軍事戦略の観点から尖閣問題を考える

『新世紀 エヴァンゲリオン Neon Genesis Evangelion』 を14年目にして、はじめて26話すべて通しで視聴した

『前田建設ファンタジー営業部』(前田建設工業株式会社、幻冬舎、2004)で、ゼネコンの知られざる仕事内容を知る
・・アニメに登場する構築物を、オトナが大まじめにじっさいに設計して積算してみたというもの。アニメの歴史の長い日本ならではだ




(2012年7月3日発売の拙著です)











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2015年4月26日日曜日

書評 『騒乱、混乱、波乱! ありえない中国』(小林史憲、集英社新書、2014)-映像と音声が命のテレビ局の記者によるスリリングな取材記録


海洋国家で島国に生まれ育った日本人が、大陸国家の中国とそこで生まれ育った中国人を理解するのはきわめて難しい。感覚がまったく異なるからだ。

かつてよく使われたフレーズに、日中は「同文同種」で「一衣帯水」の関係にあるなどの美辞麗句がある。だが、いまやそんなレトリックをそのまま信じるほどおひとよしの日本人は少ないだろう。とはいいながら、「似て非なる」程度の認識以上には進めないのは、ある意味では仕方がないことかもしれない。

そんなことをあらためて感じさせてくれるのが、『騒乱、混乱、波乱! ありえない中国』(小林史憲、集英社新書、2014)という本である。2008年から2013年まで北京特派員をつとめ、中国全土を取材で回ったというテレビ東京の記者によるルポルタージュだ。

テレビ局の記者は、新聞記者や雑誌記者とは異なり、映像として記録しなければ番組に使用されないという大きな制約条件がある。だからこそ、当局による拘束の危険を冒してでも、現場に出向き映像を記録するのである。この本は、そんな取材にまつわる舞台裏まで活字で記したものだ。

帯には、「拘束21回!」と大きく書かれている。これだけでもインパクトが大きい。この記者は21回も拘束されながら身の安全は大丈夫だったのだろうか、と心配になる。なぜなら、日本ではニュースにはなっていないが、中国で逮捕され、投獄されたままのビジネスマンが少なくないことは、現地ではよく聞く話だからだ。

「21回拘束」の実際については、直接本文を読んで確かめていただきたいが、「拘束」と「逮捕」は異なるのである。「身の安全を確保する」という口実のもとに、外国人記者を取材現場から引き離すのが本書でいう「拘束」である。公安や武装警察による外国人記者の「拘束」は、撮影済みの画像や映像の消去を求められることもあるが、調書をとって終わりというケースも少なくないようだ。ある意味では典型的なお役所仕事でもあるのだろう。

対外的なイメージ悪化を恐れる中国は、2008年の北京オリンピック以降、外国メディアによる取材は原則的に認めている。だがホンネとしては、微妙な国内問題については記事にされることをいやがる。だから、「拘束」という形で外国人記者に警告のメッセージを送るわけだ。

本書で取り上げられている中国の国内問題は、中国西部の少数民族ウイグル族の弾圧にはじまり、四川大地震の被害者たちの封じられた声中国初の民主選挙を実行したウカン村の勝利と共産党の延命を助けることになった意図せざる結果反汚職取り締まりで重慶の人びとの支持を獲得した薄煕来、そして一人っ子政策が残した負の遺産

いずれも、日本では断片的な報道はされているが、なかなか踏み込んだ報道が少ないの諸問題である。

これらの中国の国内問題について、当事者のナマの映像と音声として記録するために、記者は中国人の助手やカメラマンをともなって現地に飛ぶ。事実は現場にいって、自分の足で歩き、自分の目と耳で確かめるしかないからだ。だが、それは中国のような一党独裁の国家では簡単なことではない。

「拘束」する側も、「拘束」される側も、ある種のゲームのプレイヤーであるような印象さえ受ける。外国メディアと公安や武装警察とのいたちごっこの連続である。

相手の手の内を知り尽くした報道記者が、そんなゲームを演じながら、そのもてるワザを最大限に駆使して実行してきた取材である。テレビ番組として編集されるまえの舞台裏が本書にたっぷりと語られている。

それにしても、中国という大陸国家を理解するのは、島国の住人である日本人には難しい。断片的なピースを寄せ集めても、けっして全体像が見えてくるわけではない。逆にマクロの情報をだけを見てもミクロな細部は見えてこない。だが、そんな「事実」の断片を集めるしか中国と中国人を知る方法はほかにない。

本書のような、「親中」でも「反中」でもない、「事実」を伝えることを使命とする報道記者によるルポルタージュを読む意味はそこにある。もちろん記者の主観が入っているが、現地におもむき現場で困難な取材を行って記録された「事実」の重みは違う。

中国に関心がなくても、テレビの報道記者によるスリリングな取材記録とテレビの報道番組の舞台裏として読んでも十二分に面白い内容の本だ。中国に関心があれば、なおさら面白く読めるはずである。






目 次

第1章 ウイグル騒乱
第2章 西部大開発
第3章 四川大地震、その後
第4章 ゴーストタウン
第5章 ウカン村の闘い
第6章 泮河東村の挫折
第7章 薄煕来の重慶
第8章 重慶動乱
第9章 一人っ子政策の限界


著者プロフィール

小林史憲(こばやし・ふみのり)
1972年生まれ。テレビ東京『ガイアの夜明け』プロデューサー。1998年立教大学法学部卒業後、テレビ東京入社。2008年から2013年まで北京支局特派員。『ワールドビジネスサテライト』などの特集を担当する。これまで中国すべての省・自治区・直轄市・特別行政区を訪れ、取材を敢行している(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)。



<ブログ内関連記事>

書評 『中国台頭の終焉』(津上俊哉、日経プレミアムシリーズ、2013)-中国における企業経営のリアリティを熟知しているエコノミストによるきわめてまっとうな論
・・中国経済がかかえる問題を、短期・中期・長期で整理し、課題解決の可能性とその困難さについて書かれたもの

書評 『チャイナ・ジャッジ-毛沢東になれなかった男-』(遠藤 誉、朝日新聞出版社、2012)-集団指導体制の中国共産党指導部の判断基準は何であるか?
・・中国共産党指導部入りを狙った薄煕来が重慶で行ったこととは

書評 『拝金社会主義中国』(遠藤 誉、ちくま新書、2010)-ひたすらゼニに向かって驀進する欲望全開時代の中国人

書評 『蟻族-高学歴ワーキングプアたちの群れ-』(廉 思=編、関根 謙=監訳、 勉誠出版、2010)-「大卒低所得群居集団」たちの「下から目線」による中国現代社会論 
・・この「80后」と「90后」がその中心である




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2015年4月22日水曜日

書評 『なぜ中国人は日本のトイレの虜になるのか-「ニッポン大好き」の秘密を解く-』(中島恵、中公新書ラクレ、2015)-中国人の消費行動をつうじて、日本人と中国人の相互理解の道をさぐる


中国人の「爆買い」が話題になっている。とくに旧正月にあたる春節の時期がすごい。つい数年前に「反日」デモがあったことなどウソのような勢いだ。

ビジネスマンのわたしとしては、日本で湯水のようにカネを使ってくれるのはありがたいことだと考えている。「国内外需」なんていう表現も生まれているが、円安もその理由の一つだろう。なにはともあれ、日本の景気回復に大いに貢献していることは間違いない。ただし、水源などの土地の買い占めはいただけないが。

だが、中国人観光客の日本での「爆買い」の背景にある理由まで知れば、いろいろ見えてくるものがあることに気づく。

その意味で、『なぜ中国人は日本のトイレの虜になるのか-「ニッポン大好き」の秘密を解く-』(中島恵、中公新書ラクレ、2015)という本がじつに面白い。中国をテーマに取材するフリージャーナリストが、これまでオンラインメディアなど、さまざまな媒体に発表してきた記事を再編集して一冊にしたものだ。
  
タイトルにあるように、「なぜ中国人は日本のトイレの虜になるのか?」という問いがまず導入としておかれている。
     
ここでいう「日本のトイレ」とは、温水自動洗浄機能付きトイレ、つまりウォシュレットのことだ。1980年代はじめに日本で「おしりだって洗って欲しい」というコピーのCMで発売されたことが記憶にあるが、「中国人だっておしりを洗ってほしい」ということなわけだ。そりゃあ、日本人だろうがなかろうが、気持ちいいからね(笑) 

中国のトイレ事情は、1980年代前半の日本の比ではない。だから、中国人は、おカネさえあれば、日本に来てまでウォシュレットを買いたがるわけだ。
   
「●●が欲しい」のは、「●●がない」からだ。人は自分がもってないものにあこがれる。自分がもっていないものを欲しくなる。「なぜ中国人は日本の●●の虜になるのか?」という問いは、さまざまなものにもあてはまる。日本のアニメはいうまでもなく、日本ではダイソーなど「100円均一ショップ」で売っているような日用品にもあてはまるのだ。日本では当たり前のような製品が中国にはないからだ。
   
「メイド・イン・チャイナ」でも日本で売っている商品は安心して買える、「メイド・イン・ジャパン」でも中国で販売されている商品は買いたくないというのが中国人のホンネというのが面白い。それほど中国人は、中国の商売人にかんして疑心暗鬼だということなのだろう。ちなみに、「100円均一ショップ」で販売されている製品の大半は「メイド・イン・チャイナ」である。

このように、中国人が中国で生きていくということは、日本人が日本で生きていくことよりはるかに大変なことだ。GDPでは日本を抜いて世界第2位になった中国だが、一人当たりGDPでは日本にはるかに及ばない。数字以外の実質面でも、日本では当たり前の生活が中国では実現が難しい。日本人はそのことに気がついていない。
    
この本を読めば、日本人がいかにフツーの中国人を知らないかがわかる。日本人=日本政府でないのと同様、中国人=中国政府ではない。こういう当たり前のことを認識しておくことは、ビジネスに限らず相互理解にとって大事なことだ。中国人のおかれた状況を考えてみること、これもまた「複眼的思考」である。
    
この本は、日本人向けに書かれたものだが、けっして「日本ほめ」の内容ではない。ほめられてうれしいのは人間の自然な感情だが、「自分ほめ」は自信過剰や夜郎自大につながる危険がある。

日本人は自虐から尊大への振幅のブレが大きいので、自信を喪失しやすく、また自信過剰になりやすい点を認識しておくべきだろう。日本人はバランス感覚を発揮して、等身大の自分像をもつべきだという著者の主張には大いに賛同。

中国人の消費行動をつうじて、日本人と中国人の相互理解の道をさぐる内容の本。面白い読み物なので、お奨めしますよ。





目 次

プロローグ 日本のお土産、たくさん買ってきて!
第1章 日本は「暮らしGDP」世界一の大国
第2章 行列のできる中国パスポートの超不便
第3章 「一期一会」は通用しない中国人のコネ的日常
第4章 来世は日本人に生まれ変わりたい
第5章 「すきやばし次郎」は心の師匠
第6章 中国人の子育ては「孫のためなら海も越える」
第7章 病院の診察室のドアは、なぜか開けっぱなし
あとがき


著者プロフィール

中島恵(なかじま・けい)
1967年、山梨県生まれ。北京大学、香港中文大学に留学。新聞記者を経て、96年よりフリージャーナリスト。中国・香港・台湾・韓国など、主に東アジアのビジネス事情・社会事情等を新聞・雑誌、インターネット上に執筆。市井に暮らす中国人の生活に密着したていねいな取材には定評がある。(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)。


<関連サイト>

ジャーナリスト中島恵の公式ホームページ

「爆買い」に透けて見える中国人の悩み:ジャーナリストの中島恵氏に聞く (NNA ASIA 中国、2015年4月30日)

なぜ中国人は日本で「便座」を爆買いするのか 来日して買っていく商品第3位!(中島恵、東洋経済オンライン、2015年4月22日)
・・この記事によれば、日本の量販店で中国人に売れているのはパナソニック製であってTOTOではない。パナソニック製は中国向けに開発した商品である

日本人より優雅?定年後中国人の「懐事情」爆買いする中国人はいかにして生まれたか (中島恵、東洋経済オンライン、2015年5月3日)
・・「都市部の“中間層以上、富裕層未満”の人々の実態」について

メディアが煽る「日本礼賛」ムードを中国人はどう見ているのか?(中島恵、ダイヤモンドオンライン、2015年6月4日)

日本人も銀聯カードを持つ日がやってくる? 中国銀聯幹部に「爆買い」について聞いた (武田安恵、日経ビジネスオンライン、2015年6月5日)
・・中国で普及して日本でも加盟店が増加中の「銀聯」のデビットカードの存在が、中国人の爆買いを助けている


「日本われぼめ症候群」の深層  デービッド・アトキンソン(小西美術工藝社社長) ×石倉洋子【特別対談7】 (ダイヤモンド・ハーバード・ビジネス・レビュー、2015年06月25日)

(2015年6月7日、7月21日 情報追加)



PS 著者のブログに「書評」のことが取り上げられています

著者の中島恵さんがご自身のブログに、この「書評」のことを取り上げてくださっています。的外れな書評ではなかったことにほっとしているとともに、著者との交流がこういう形で実現するのも、書評家冥利に尽きるというべきですね。 (2015年4月26日 記す)


PS2 おしりを水で洗う文化は中国文明ではなくインド文明

「書評記事」には書かなかったが、中国は紙でおしりを拭く文化であり、水でおしりを洗浄する文化ではない。おしりを水で洗うのはインド文明圏のインドや東南アジアである。タイでは、西洋式トイレの場合、ジェット噴射式の蛇口つきホースがトイレには備え付けられているのが標準。バンコク郊外ではいまだにバケツに水が汲んであって、自分の左手でおしりを洗うのが当たり前である。 (2015年4月26日 記す)





<ブログ内関連記事>

書評 『中国動漫新人類-日本のアニメと漫画が中国を動かす-』(遠藤 誉、日経BP社、2008)-中国に関する固定観念を一変させる可能性のある本 ・・「反日」は「反日」、日本のマンガとアニメは別格。それが中国のリアル

書評 『拝金社会主義中国』(遠藤 誉、ちくま新書、2010)-ひたすらゼニに向かって驀進する欲望全開時代の中国人

書評 『蟻族-高学歴ワーキングプアたちの群れ-』(廉 思=編、関根 謙=監訳、 勉誠出版、2010)-「大卒低所得群居集団」たちの「下から目線」による中国現代社会論 
・・この「80后」と「90后」がその中心である

書評 『中国台頭の終焉』(津上俊哉、日経プレミアムシリーズ、2013)-中国における企業経営のリアリティを熟知しているエコノミストによるきわめてまっとうな論

書評 『奪われる日本の森-外資が水資源を狙っている-』(平野秀樹/安田喜憲、新潮文庫、2012 単行本初版 2010)-目を醒ませ日本人!

書評 『知的複眼思考法-誰でも持っている創造力のスイッチ-』(苅谷剛彦、講談社+α文庫、2002 単行本初版 1996)-「複眼的思考法」は現代人にとっての知恵である!





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2015年4月20日月曜日

書評 『安倍官邸の正体』(田崎史郎、講談社現代新書、2014)-安倍政権における政策の意思決定がいかなる仕組みとプレイヤーによってなされているのか?


安倍晋三氏が2012年12月の解散総選挙で勝利し、「奇跡の復活」を遂げてから、すでに2年以上がたつ。52歳という若さで総理大臣に就任したのが2006年。だが、その翌年には体調不良により突如退陣。「戦後生まれ初の首相」として、期待の大きさに反比例しての激しい失望が長くつきまとっていた。

「復活」後の安倍首相は、まさに手痛い失敗から学んだ人であることを、みずからの行動でもって証明していると言えるだろう。政策の是非を脇におけば、失意と不遇のなかでの臥薪嘗胆(がしんしょうたん)ぶりには、おおいに学ぶべきものがあるのではないだろうか。

昨年(2014年)12月の解散総選挙によって第三次安倍政権が発足したが、安倍政権は最長で2018年9月までつづくことになる。そうであればなおさら、安倍政権における政策の意思決定がいかなる仕組みとプレイヤーによってなされているか知っておいたほうがいい。

そう思って本書を読むことにした。

著者の田崎史郎氏は、テレビの情報番組にもよく出演する政治記者。35年以上の政治記者生活のなかで、田中角栄元首相以来、数多くの政治家たちを密着取材してきた人だけに、現在進行中の政局だけでなく、日本の「戦後史」のなかでの安倍政権について考察もできる人である。

田中元首相の時代に比べ、政治家が小粒になったといわれる。私はそうは思わない。安倍首相、菅義偉官房長官、石破茂地方創生担当相らは私にとって、熱を感じる政治家だ。(「おわりに」より)

そして、なによりも「国家権力の構造」の解明に力を注いできたと語る。
  
あえて書いておきたい。総選挙は国民の声を聞く機会であると同時に、国家権力をめぐる戦いである、と。(P.13)

本書の内容は、安倍内閣官邸における政策意志決定の仕組みとプレイヤーについて解明したものだ。ここに「国家権力」がある。安倍政権について賛成するにせよ批判するにせよ、まずは事実関係を正確に把握することが重要だという姿勢には大いに同感する。

著者は、「安倍は「愛国的現実主義者」である、と見ている。本書を読めば、著者のこの見方に納得する。わたし自身は、安倍政権の政策については是々非々(ぜぜひひ)で臨むべきだと考えている。憲法改正や安全保障政策には賛成でも、安倍政権の経済政策(・・いわゆるアベノミクス)についてはかならずしも賛成ではない人物と政策は分けて考えるべきだ。わたしも同じく「現実主義者」だからだ。

現時点でもっとも知りたいのは、ことし2015年1月の「自称イスラーム国」に日本人が人質になって惨殺されたテロ事件における安倍官邸内部の情勢判断と対応にかんする事項であるが、本書は2014年12月の出版であり、残念ながらそれまではカバーしていない。政治情勢は時々刻々と変化する。

だが、本書に記述された「安倍官邸における意志決定プロセス」を知れば、どのような仕組みとプレイヤーの関与で意志決定が行われたかは想像がつく。つまり、本書出版以後の政治情勢は、読者にとって応用問題を解くようなものである。

ことしは「戦後70年」。今後も政治課題が山積みであるが、安倍政権がどのように現実主義の立場から取り組んでいくのか、それこそ是々非々で判断するためにも、本書は読んでおくべき本だといえるだろう。





目 次

序 章 「政局を読む力」を養うために
  衆院解散の内幕
 参考にしたのは「死んだふり解散」
 総選挙の本質とは
 財務省の凄まじい「ご説明」攻勢
 公明党の都合
第1章 安倍官邸の「構造」と「正体」
 1. 最高意思決定機関としての「正副官房長官会議」
 2. 一次政権の蹉跌から編み出した「官僚支配の手法」
 3. 問題閣僚への処遇の変化と読売・産経重視の姿勢
第2章 一次政権とは何が「違う」のか
 1. ゴルフの回数が「激増」した理由
 2. ひた隠しにしていた「再登板への渇望」
 3. 「美しい国」路線を引っ込めた背景
 4. 安倍はなぜ靖国参拝を強行したのか
第3章 安倍官邸の実力と問われる真価
 1. 安倍を支える政権の参謀・菅義偉(すが・よしひで)
 2. 実現させた政策とその舞台裏
 3. 今後の不安要素と「ポスト安倍」
おわりに
引用・参考文献/第一次安倍政権発足後のおもな政界の動き

著者プロフィール

田崎史郎(たざき・しろう)
1950年、福井県坂井郡三国町(現坂井市三国町)生まれ。中央大学法学部法律学科卒業。1973年4月、時事通信社入社。経済部、浦和支局を経て79年から政治部。1982年4月から自民党田中派を担当。政治取材は35年に及び、現在も自民党はじめ民主党、公明党、維新の党、みんなの党などを幅広く取材。同社編集局次長、解説委員長などを経て現在、解説委員。著書に『経世会 死闘の七十日』(講談社、ペンネーム大家清二)があり、同書は『竹下派 死闘の七十日』と改題、加筆の上、文春文庫から実名で出版。ほかに『梶山静六 死に顔に笑みをたたえて』(講談社)、『政治家失格 なぜ日本の政治はダメなのか』(文春新書)。民放の報道・情報番組に多数出演(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)。


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書評 『政治家やめます。-ある国会議員の十年間-』(小林照幸、角川文庫、2010)-向いてないのに跡を継いだ「二世議員」と激動の1990年代の日本政治

Παθηματα, Μαθηματα (パテマータ・マテマータ)-人は手痛い失敗経験をつうじて初めて学ぶ
・・痛みをつうじて人は目覚める。その学びをどこまで生かし切れるかは本人次第

「是々非々」(ぜぜひひ)という態度は是(ぜ)か非(ひ)か?-「それとこれとは別問題だ」という冷静な態度をもつ「勇気」が必要だ
・・政策とそれを推進する議員を一体化しないこと!

書評 『田中角栄 封じられた資源戦略-石油、ウラン、そしてアメリカとの闘い-』(山岡淳一郎、草思社、2009)-「エネルギー自主独立路線」を貫こうとして敗れた田中角栄の闘い

書評 『原発と権力-戦後から辿る支配者の系譜-』(山岡淳一郎、ちくま新書、2011)-「敗戦国日本」の政治経済史が手に取るように見えてくる

民主党による政権交代からちょうど二年-三人目の首相となった第95代内閣総理大臣の野田佳彦氏は千葉県立船橋高等学校の出身である

「2012年総選挙」結果について-この3年間はいったい何であったのか? 「一票の格差」の大きな「千葉4区」で考える

書評 『官報複合体-権力と一体化する新聞の大罪-』(牧野 洋、講談社、2012)-「官報複合体」とは読んで字の如く「官報」そのものだ!

官房長官は実質的に政権「ナンバー2」-政治と企業経営の共通点について考えてみる
・・「共通目標がしっかりとしていれば「ナンバー1」と「ナンバー2」の関係は盤石のものがありますが、しかしそうはいっても生身の人間どうし、しかも政治の世界は一寸先が闇というむき出しの権力の場でもあります」

(2015年7月26日 情報追加)





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2015年4月19日日曜日

書評  『「昭和天皇実録」の謎を解く』(半藤一利・保阪正康・御厨貴・磯田道史、文春新書、2015)-「正史」として歴史的に確定した「知られざる昭和天皇像」


昭和天皇が崩御された昭和63年(1988年)から約四半世紀。宮内庁において編纂作業がつづいていた『昭和天皇実録』が完成し、天皇皇后両陛下に奉呈されたのは昨年(2014年)8月のことである。

『「昭和天皇実録」の謎を解く』(半藤一利・保阪正康・御厨貴・磯田道史、文春新書、2015)は、この膨大な『昭和天皇実録』のエッセンスをトピック的に抽出し、このテーマの識者が座談会形式でコメントをつけたものである。

ことし3月から、東京書籍から「公刊本」全19巻の市販が開始されたが、部分的に参照することはあったとしても、『昭和天皇実録』がを通読することはまずないだろうと思うので、この分野に精通した人たちの読みを信頼してお任せすることにすることにした。わたしごときが読んでも、発見できないことが多々あろうから。

昭和天皇のご生涯は、近代天皇制のもとにおいて確立した「一世一元」の制にもとづいて、大東亜戦争の敗戦と無条件降伏をはさんだ昭和史そのものであることはいうまでもないが、ご幼少のみぎりから即位されるまでの昭和前史もまた顧みられることになる。

大日本帝国憲法下においての「国家元首で大元帥、かつ現人神(あらひとがみ)」としての存在から、敗戦後の日本国憲法下での「象徴」へと大きく変化した天皇のステイタス。福澤諭吉の有名なフレーズ「一身にして二生を経る」をまさに体験されたわけであった。

取り上げられたテーマは多岐にわたるが、わたしがとくに興味深く感じたのは以下のようなものである。  

●「治安維持法」には懸念を抱いておられたこと
●大元帥としての存在と立憲君主としての存在の二重性とねじれを陸海軍に利用されてしまったこと
●第一次大戦で戦場となった欧州の悲惨な状況を直接目撃した経験をもっていた数少ない日本人であること
●臣下から上奏される情報を信用しておらず、第二次世界大戦時の最新情報は米国の短波放送から得ていたこと
●みずからを現人神(あらひとがみ)とは考えてはいなかったが、神の末裔としての意識は強く持っていたこと

昭和天皇については、近代天皇制の歴史において明治天皇とならんで「大帝」と呼ぶべき存在のお方であり、これまでにも膨大な量の歴史書や研究書が書かれてきた。だが、研究者でも、それらすべてに目を通すことは不可能だろう。ましてや一般読者であればなおさらである。

その意味でも、このような形でのダイジェスト版の出版はありがたい。ぜひ一読することをお奨めしたい。






目 次

はじめに (半藤一利)
第1章 初めて明かされる幼年期の素顔(明治34年~大正元年)
第2章 青年期の栄光と挫折(大正10年~昭和16年)
第3章 昭和天皇の三つの「顔」(昭和6年~昭和11年)
第4章 世界からの孤立を止められたか(昭和12年~昭和16年)
第5章 開戦へと至る心理(昭和16年)
第6章 天皇の終戦工作(昭和17年~昭和20年)
第7章 八月十五日を境にして(昭和20年~昭和22年)
第8章 "記憶の王" として(昭和22年~昭和63年)
おわりに (保阪正康)






<関連サイト>



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書評 『昭和天皇のゴルフ-昭和史を解く意外な鍵-』(田代靖尚、主婦の友社、2012)-「戦前」の昭和史と日本ゴルフ史との交錯点を昭和天皇に見る

「日本のいちばん長い日」(1945年8月15日)に思ったこと

書評 『占領史追跡-ニューズウィーク東京支局長パケナム記者の諜報日記-』 (青木冨貴子、新潮文庫、2013 単行本初版 2011)-「占領下日本」で昭和天皇とワシントンの秘密交渉の結節点にいた日本通の英国人の数奇な人生と「影のシナリオ」

書評 『ワシントン・ハイツ-GHQが東京に刻んだ戦後-』(秋尾沙戸子、新潮文庫、2011 単行本初版 2009)-「占領下日本」(=オキュパイド・ジャパン)の東京に「戦後日本」の原点をさぐる





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2015年4月18日土曜日

「鈴木未知子リサイタル2015@船橋きららホール~未知なる道の途中で~」(2015年4月19日)で、中東世界の楽器カーヌーンとアフリカ起源のマリンバを聴く



本日(2015年4月18日)は、船橋生まれの音楽家・鈴木美知子さんのリサイタルに行ってきました。

鈴木未知子リサイタル2015@船橋きららホール~未知なる道の途中で~。リサイタル会場は、もちろん地元船橋で。船橋市民文化創造館きららホールにて。
  
「コンサートがお客様を楽しませるものだとすれば、リサイタルは音楽家が表現したいものを表現するものだ」というのが恩師のコトバのそうですが、今回のリサイタルのプログラムは、第1部がアラブの撥弦楽器カーヌーン、第2部がマリンバの演奏。わたしだけでなく、ほとんどの人が聴いたことのない曲のようでした。

プログラムの詳細は以下のとおりです。

第1部 「中東の香り」
1. Refik Talat Alpman / Mafur saz semaisi (トルコの古典曲)
2.  Traditional / Hicaz Mandra  (トルコの古典曲)
3.  Maya Youssef / Syrian Dreams (シリアの現代曲)
4.  Mohamed abdel wahhab / Enta omri (エジプトの歌曲)

 休憩
 プレ演奏 R. pawassar / Sculpture in wood

第2部 「マリンバで奏でる日本の詩」
5. 山澤洋之/彩~SAIから
 第1楽章 夜桜
 第2楽章 紫陽花
 第3楽章 楓
6. 日本古謡/さくらさくら(カーヌーン演奏) 
7. 鈴木美知子/「F」より 1. The dawn colors
8. 安倍圭子/わらべうたリクレクションズ 
 
アンコール: カヴァレリア・ルスティカーナより間奏曲(イタリアオペラの名曲) 他

出演: 鈴木未知子(マリンバ・カーヌーン) ,千田岩城(マリンバ) 山澤 洋之(打楽器) 壷井 彰久(ヴァイオリン) 山宮 英仁(レク) ほか

カーヌーン奏者は日本にはほとんどいないそうで、鈴木美知子さんは、先駆者として「未知なる道」を開拓している音楽家といっていいのでしょう。カーヌーンのLIVE演奏を聴くのは今回が初めての経験です。音量が小さいので座席数100席くらいの小ホールがよいとのこと。

『第三の男』で有名なアルプス地方のツィターとカーヌーンは似ていますが、撥弦楽器という点においては日本のお琴にも似ています。

鈴木美知子さんが使用しているのは、エジプト製のカーヌーン。このカーヌーンで演奏された曲は、トルコ、シリア、エジプトのもの。日本のように流行り廃れが激しく、音楽シーンがめまぐるしく変わるのではなく、千年前の曲も現代曲も同時に演奏され続けているとのことです。
  
トルコの曲にはハンガリーの旋律を感じたのは、ともに中央アジアにルーツをもつ民族のDNAが反映しているのでしょうか。トルコ音楽は、中央アジアと中東のハイブリッドという印象です。エジプトの曲は、日本の演歌を想起させるものがあったのは不思議な感覚でした。

(トルコの79弦カーヌーン wikipediaより)

リサイタルでの説明はありませんでしたが、カーヌーンについてちょっと調べてみると面白いことがわかります。

カーヌーンはギリシア語のカノンに由来するとのこと。カノン(canon)とは、もともとは棒のことで、転じて基準や規範を意味するようになったとのこと。法学用語としては「教会法」(Canon Law)のことを意味しています。イスラーム法学においては、神の法である「シャリーア」(sharia)に対して、「カーヌーン」(qanun)は世俗法を意味しています。

もちろん楽器としてのカーヌーンは音楽用語であるので、カノンもまた輪唱もそのひとつであるポリフォニーのことを意味しているでしょう。70もの弦をもつカーヌーンは調律に時間がかるようですが、倍音を多用するカーヌーンの音色を聴いていると、なぜか西欧の中世音楽の響きを想起するものがあったのは不思議ではないのかもしれません。

楽器のカーヌーンの語源がギリシア語のカノンであることは、古代ギリシア世界の遺産が、イスラーム世界に継承されていったことの一つの事例といってもいいでしょう。

マリンバは比較的日本でも知られている存在ですが、そもそもマリンバはアフリカ起源の木琴が中南米を経て北米へで普及し、そして日本に入ってきた楽器です。マリンバもカーヌーンも、ヨーロッパ経由ではないところが興味深い。
 
日本の音楽教育は、明治時代にはじまった「西欧近代化」の先兵的役割を果たしたこともあり、西洋音楽を基本としています。このため、どうしても西欧近代の価値観が刷り込まれやすい分野であるといえます。

鈴木美知子さんも、音楽大学でクラシックを中心とする日本の正統な音楽教育を受けてきた人ですが、問題意識のきわめて強い人で、西欧的価値観の相対化に音楽で取り組んでいるわけです。演奏家としての民族音楽への取り組みは、現代日本では大いに意味のあることといえるでしょう。

鈴木美知子さんの、今後のさらなる活躍を期待し応援しています。





演奏者プロフィール

鈴木美知子(すずき・みちこ)
千葉県船橋市出身。洗足学園高等学校音楽科及び同音楽大学打楽器コース卒業。 国立音楽大学大学院修士課程修了。 大学在学中、前田音楽記念奨学金を授与。洗足学園音楽大学特別選抜演奏者に認定され、特別選抜者ジョイントリサイタルに出演。特別選抜ブラスのメンバーに選出され、レコーディングなどに参加。 第15回日本クラシック音楽コンクール全国大会、大学の部入選。第12回JIRA音楽コンクール本選第2位(1位無し)第25回打楽器新人演奏会出演。 これまで様々なマリンバセミナーにおいて、世界的に活躍するマリンビストの指導を積極的に受ける。 また、クラシック以外のジャンルでも活動し、特に日本で数少ないアラブの琴、カヌーン奏者としてジプシー&オリエンタル音楽アンサンブル「アラディーン」に参加し、打楽器にとらわれず様々な分野で活動している。 これまでに、打楽器、マリンバを岡田知之、石井喜久子、植松透、神谷百子、白石元一郎、竹島悟史、福田隆、藤井むつ子の各氏にダラブッカ、アラブ音楽全般を松尾賢氏に師事。 現在、フリーの音楽家として意欲的に活動をするほかチケット制音楽教室Gratia Music School、芽ばえ音楽教室各マリンバ講師。その他吹奏楽指導やピアノ指導も行っている(ブログ情報に補足)


<関連サイト>

music*life (鈴木美知子公式ブログ)

彩龍の川まつり 鈴木未知子カーヌーン地下神殿コンサート (YouTube)

タクシーム アラブの良心 カーヌーン演奏と歌 ヤスミン植月千春 (YouTube)

Qanun (instrument) wikipedia






<ブログ内関連記事>

書評 『失われた歴史-イスラームの科学・思想・芸術が近代文明をつくった-』(マイケル・ハミルトン・モーガン、北沢方邦訳、平凡社、2010)-「文明の衝突」論とは一線を画す一般読者向けの歴史物語
・・イスラーム文明なくして西欧文明の発展なし。科学も哲学も、その他の諸学問もみな、古代ギリシア文明の遺産はイスラーム世界に継承され、その後イスラーム世界から西欧に導入されたのである

書評 『井筒俊彦-叡知の哲学-』(若松英輔、慶應義塾大学出版会、2011)-魂の哲学者・井筒俊彦の全体像に迫るはじめての本格的評伝
・・世界的なイスラーム哲学研究の権威であった井筒俊彦氏には、『神秘哲学』という古代ギリシア哲学の神秘主義的側面を全面的に取り上げた名著がある

「ロマフェスタ 5ヵ国ジプシーフェスティバルコンサート(京葉銀行ホール)に行ってきた(2015年3月11日)-インド北西部ラージャスターン地方から陸路で欧州へ

書評 『エジプト革命-軍とムスリム同胞団、そして若者たち-』(鈴木恵美、中公新書、2013)-「革命」から3年、その意味を内在的に理解するために

讃美歌から生まれた日本の唱歌-日本の近代化は西洋音楽導入によって不可逆な流れとして達成された
・・ほとんど「洗脳」とまでいっても過言ではない。西洋音楽によって改造された日本人の脳

「築地本願寺 パイプオルガン ランチタイムコンサート」にはじめていってみた(2014年12月19日)-インド風の寺院の、日本風の本堂のなかで、西洋風のパイプオルガンの演奏を聴くという摩訶不思議な体験
・・日本で仏教すら近代化にあたって「西欧近代化」の価値観と音楽の影響を受けている




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2015年4月15日水曜日

書評 『国境のない生き方-私をつくった本と旅-』(ヤマザキマリ、小学館新書、2015)-「よく本を読み、よく旅をすること」で「知識」は「教養」となる


ヤマザキマリ氏はマンガ家。古代ローマの浴場設計の専門家がお風呂文化の現代日本にタイムスリップするというSF的設定の『テルマエ・ロマエ』で一気にブレイクした。

映画化もされたこの作品がこれがキッカケになって、ヤマザキマリ氏が劇的な人生を送ってきた、かなり「変わった人」であることがだんだんとわかってきた。ここでいう「変わった人」というのは、わたし流の最高のほめコトバである。

『国境のない生き方-私をつくった本と旅-』(ヤマザキマリ、小学館新書、2015)は、人生の折々に読んできた本と、ボーダーレスな移動をつうじて形成された人生についてみずからを語ったものだ。

自分語りによる「自分史」でもある。「メイキング・オブ・ヤマザキマリ」である。本と旅が血肉をつくりあげる。

ヤマザキマリ氏は1967年生まれ、わたしより5歳若いが、共通する経験と時代感覚をもちながらも、日本の現実への「違和感」の質的な違いが感じられて面白い。

というのも、ヤマザキマリ氏はなんと14歳でヨーロッパを一ヶ月間を一人旅し、その旅で知り合った老人がキッカケとなって美術を学ぶために17歳でイタリアのフィレンツェに留学。アーチスト志望の学生にはお決まりの、どん底のビンボー生活を異国で体験している人だからだ。日本の同時代人とは、かなり異質の体験である。

平凡な人生とはほど遠い経験のなかで出会った数々の本、そして地球サイズでの移動のなかで出会った人びと。みずからの経験のもつ意味を言語化しようとした内容であり、それを可能としたのは読書経験だけでなく、濃密な人間関係のなかでの激しい議論をつうじて磨かれたアウトプット能力であることが、この本を読んでいるとよくわかる。

軽いタッチでつづられているので読み飛ばしてしまうかもしれないが、わたしはこの本のメッセージの一つに、「知識」と「教養」の違いというテーマがあるように思う。

「教養」というと、人の知らないことを知っているとか、古今東西の古典の名文句など、「高級」(?)なイメージをもっている人も少なくないだろうが、人生のもっともつらい時期に自分を支えてくれた本やコトバなど、自分の血肉となったものこそ、ほんとうに自分の身についた「教養」といえるのである。

たんなる「知識」ならインターネット上に無限に増殖しつづけているが、それは「教養」ではない。自分の血肉となっていてこそ、「教養」といえるのである。

拙著『人生を変えるアタマの引き出しの増やし方』には、「いい男になるための条件」としての「本を読み旅をすること」について書いておいたが、ヤマザキマリ氏の人生そのものが生きた事例とでもいった内容だ。

ヤマザキマリ氏の「男っぷり」には脱帽だが、その吹っ切れ方は、男というよりも、やっぱり女だなあと思う。人生最悪のときの出産と、この子だけは絶対に守らなければという思いが吹っ切らせた覚悟の強さ。そこらへんは、男にはない、女の強さというべきだろう。

この本はぜひ拙著『人生を変えるアタマの引き出しの増やし方』の「副読本」に指定したい内容だ。もしこちらが先に出版されていたら、この本から引用したくなっていたと思う。

男女を問わず、とくに若い人には推薦してあげてほしい本だ。





目 次

はじめに
第1章 野性の子
第2章 ヴィオラ奏者の娘
第3章 欧州ひとり旅
第4章 留学
第5章 出会い
第6章 SF愛
第7章 出産
第8章 帰国後
第9章 シリアにて
第10章 1960年代
第11章 つながり
第12章 現住所・地球


著者プロフィール

ヤマザキマリ
1967年、東京都生まれ、北海道育ち。84年にイタリアに渡り、フィレンツェの美術学校で油絵と美術史などを学ぶ。97年、漫画家としてデビュー。その後、イタリア人の比較文学研究者との結婚を機に、シリア、ポルトガル、アメリカで暮らし、現在はイタリアに在住。2010年、古代ローマが舞台の漫画『テルマエ・ロマエ』(エンターブレイン)で手塚治虫文化賞短編賞を受賞(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)。



<ブログ内関連記事>

書評 『想いの軌跡 1975-2012』(塩野七生、新潮社、2012)-塩野七生ファンなら必読の単行本未収録エッセイ集
・・イタリアで生きてきた日本女性は多いが、塩野七生氏はその先駆け的存在

「ボッティチェリとルネサンス-フィレンツェの富と美-」(Bunkamura ザ・ミュージアム)に行ってきた(2015年4月2日)-テーマ性のある企画展で「経済と文化」について考える
・・イタリア・ルネサンスの中心地フィレンツェ

書評 『裁判官と歴史家』(カルロ・ギンズブルク、上村忠男・堤康徳訳、ちくま学芸文庫、2012)-初期近代の「異端審問」の元史料を読み込んできた歴史家よる比較論
・・1960年代のイタリアに吹き荒れた新左翼によるテロの時代

世の中には「雑学」なんて存在しない!-「雑学」の重要性について逆説的に考えてみる

I am part of all that I have met (Lord Tennyson) と 「われ以外みな師なり」(吉川英治)
・・人生にムダなことなど一つもない!

『愛と暴力の戦後とその後』 (赤坂真理、講談社現代新書、2014)を読んで、歴史の「断絶」と「連続」について考えてみる
・・マンガ家のヤマザキマリ氏は1967年生まれ、小説家の赤坂真理氏は1964年生まれ。この二人の「マリ」は、わたしより若干若い人たちだが、共通する経験と時代感覚をもちながらも、日本の現実への「違和感」の質的な違いが感じられて面白い。ヤマザキマリ氏は14歳で、赤坂真理氏は16歳で、それそれイタリアとアメリカに出国した経験をもっていて、その経験のもつ意味を言語化しようとした内容である点が、とりわけ興味深い。

(2015年8月22日 情報追加)




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2015年4月14日火曜日

「没後50年 谷崎潤一郎展-絢爛たる物語世界-」(神奈川近代文学館)に行ってきた(2015年4月12日)-谷崎ファンなら絶対にいくべき企画展


「没後50年 谷崎潤一郎展-絢爛たる物語世界-」(神奈川近代文学館)に行ってきた。4月に入ってから雨の日が多いが、ひさびさに好天にめぐまれた日曜日は港町横浜の散歩日和であった。ミュージアムめぐりの一環として、はじめて神奈川近代文学館を訪問。

谷崎潤一郎は、1886年(明治19年)に日本橋蛎殻町に生まれ、1965年(昭和40年)に79歳で世を去った文豪。ことし2015年が没後50年であり、来年2016年は生誕130年となる。その没後50年を記念しての本格的な企画展である。


じつはわたしは谷崎文学ファン
    
小説をほとんんど読まない現在のわたしだが、谷崎潤一郎の文学作品は高校時代から大学時代にかけてかなり読んだ。「耽美派」は、わたしの好みなのである。森鷗外、永井荷風、佐藤春夫、谷崎潤一郎といった系列である。
    
『陰影礼賛』『春琴抄』『痴人の愛』そして『細雪(ささめゆき)』など。読み始めたキッカケは文学史に残る文豪というだったということだろうが、読み始めると谷崎世界にはすっかり魅了されてしまった。日本の古典文学、ことに王朝文学好きなことが影響しているのかもしれない。

わたしが高校生だったのは、いまから30年以上前だから、谷崎没後はまだ20年もたっていなかったことになる。高校三年生になると古文では『源氏物語』が満を持して(?)登場するが、クラスのなかには谷崎潤一郎による源氏物語の現代語訳、いわゆる「谷崎源氏」を使っている子もいた。作家による源氏物語の現代語訳はあまたあれど、いまなお古典的な存在が「谷崎源氏」である。

高校三年で使用した英作文の教科書に、『細雪』の神戸大洪水のシーンが使用されていた記憶がある。三省堂の『クラウン・イングリッシュ』である。谷崎の流麗な日本語の文章を英文に直すのである。考えてみれば、ずいぶん高度な内容である。

そんなこともあって、大学に入学してから中公文庫からでたばかりの一冊本の『細雪』を通読した。さすが、『源氏物語』の現代語訳を行った谷崎潤一郎ならではのものであった。

谷崎の日本語はワンセンテンスが長いが論理的である。小説によってさまざまに使い分けていた文体にも注目したい。物語世界を醸し出すチカラは、想像力と構想力、そして文章力にある。

谷崎文学は、また文学と美術のコラボレーションでもある。

『鍵』や『瘋癲老人日記』など晩年の作品では板画家の棟方志功若き日の作品『人魚・魔術師』の装画を担当した水島爾保布(みずしま・におう)。後者は、オスカー・ワイルドの戯曲『サロメ』の装画を担当したオーブリー・ビアズリーに比せられている。このほか、新聞連載中の谷崎作品に挿画を描いたのは、そうそうたる画家たちである。中公文庫や岩波文庫からは、挿絵入りで文庫化されている。

この企画展でも、そういった谷崎潤一郎の多面的な姿が紹介されている。


■「没後50年 谷崎潤一郎展-絢爛たる物語世界-」
    
今回の企画展は、予想していたよりもはるかにすばらしい内容であった。編集委員の千葉俊二氏は谷崎研究の第一人者である。

すばらしい構成と展示品の数々の企画展であった。構成は以下のとおりである。文豪の生涯を幼少期からたどることで見えてくるものがある。

序章 幼少時代
第1章 物語の迷宮(ラビリンス)
第2章 <永遠女性>の幻影
終章 老いの夢

娘あてに書かれた新発見の書簡は情愛細やかなもので、テレビニュースでも紹介されていた。谷崎潤一郎のつくりあげた「虚像」と「実像」のギャップを知ることができる。文学上の想像力と実生活との関係は、かならずしもイコールではない。

文学作品はそれそのものを味わえばいいのであって、作者がどんな人生を送ったどんな人であったかは関係ないという立場もあるが、わたしはかならずしもそうは思わない。舞台裏を知りたいという欲求は、文学作品に限らずファンにはつきものだ。

『図録』も購入したが、これで1,000円なら安い。中央公論社像業130年記念出版として、『決定版 谷崎潤一郎全集 全26巻』が刊行されるということも会場で知った。

さすがに全集まで読み込むつもりはないものの、いままで読んでいない作品もまだまだたくさんあるので、文庫本を中心に谷崎文学は機会をつくって読んでいきたいと思っている。
  
そんな気にさせられた企画展であった。2015年5月24日まで開催されている。 







PS 大佛次郎(おさらぎ・じろう)記念館

すぐ近くにある大佛次郎記念館にも立ち寄ってみたが、これは予期せぬ掘り出し物だった。大衆文学で映画の原作でもある『鞍馬天狗』のファンというわけではないし、それほど読んでいるわけではないのだが、フランス畑でネコ好きであった多作家の書斎を再現した記念館は一見の価値はある。「港の見える丘公園」の散策の途中に立ち寄りたい。


<関連サイト>

特別展  没後50年 谷崎潤一郎展-絢爛たる物語世界-(神奈川近代文学館) (公式サイト)

谷崎潤一郎メモリアルイヤー|特設ページ|中央公論新社



<ブログ内関連記事>

詩人・佐藤春夫が、おなじく詩人・永井荷風を描いた評伝 『小説 永井荷風伝』(佐藤春夫、岩波文庫、2009 初版 1960)を読む
・・谷崎潤一郎から妻を「譲り受けた」佐藤春夫

市川文学散歩 ①-葛飾八幡宮と千本いちょう、そして晩年の永井荷風
・・戦争末期に空襲で焼け出され、谷崎潤一郎宅にも疎開した永井荷風

語源を活用してボキャブラリーを増やせ!-『ヰタ・セクスアリス』 (Vita Sexualis)に学ぶ医学博士・森林太郎の外国語学習法

「旧江戸川乱歩邸」にいってみた(2013年6月12日)-「幻影城」という名の「土蔵=書庫」という小宇宙
・・谷崎潤一郎の「探偵小説」を激賞して刺激を受けた江戸川乱歩

空蝉(うつせみ)とはセミの抜け殻のこと-『源氏物語』の「空蝉」をめぐってつれづれに
・・谷崎潤一郎による『現代語訳 源氏物語』は現在でも読まれているロングセラー

「ザ・ビューティフル 英国の唯美主義1860~1900」(三菱一号館美術館)に行ってきた(2014年4月15日)-まさに内容と器が合致した希有な美術展
・・谷崎潤一郎の『人魚の嘆き・魔術師』の装画を担当した水島爾保布は、オスカー・ワイルドの戯曲『サロメ』の装画を担当したオーブリー・ビアズリーに比せられている




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2015年4月13日月曜日

「企画展 ガールズ ビー アンビシャス!-横浜山手のミッション・スクール-」(横浜開港資料館)に行ってきた(2015年4月12日)-女子ミッションスクールは横浜から始まった


「企画展 ガールズ ビー アンビシャス!-横浜山手のミッション・スクール-」(横浜開港資料館)に行ってきた。好天にめぐまれた港町は散歩日和、ミュージアムめぐりの皮切りは、東急みなとみらい線の日本大通りで下車してすぐの横浜開港資料館から始めた。
  
横浜市の山手地区が、女子ミッションスクールの誕生の地となったことは、ある意味では当然といえば当然といっていいかもしれない。

幕末の1859年に「日米和親条約」によって開港された横浜の外国人居留区に集まってきたのは貿易商人たちだけでなく、キリスト教の宣教師や修道女もまた引き寄せられてきた。明治時代初期は、世界的にキリスト教伝道ブームでもあったからだ。

とくにアメリカからは男性の宣教師だけでなく、いわゆる「婦人宣教師」たちが多数来日している。彼女たちは、当時の日本では手薄であった女子教育の充実に取り組むことから、キリスト教の布教の着手したのであった。

日本の女子教育におけるミッションスクールの意義は、強調してもしすぎることはない。明治政府は女子教育にはチカラを入れてなかったため、キリスト教ミッションが果たした役割はきわめて大きかったのである。ミッションスクールの隆盛が、のちに明治政府に危機感をもたせ、女子教育の充実に着手させることになる。
    
今回の企画展で紹介されているのは、フェリス女学院(創立1870年)、横浜共立学園(創立1871年)、横浜英和学院(創立1880年)など5校。いずれも明治初年の創立である。
  
こじんまりとした展示会場だが、創立間もない頃の学校や授業の様子が、当時の写真や教科書の実物、そして制服などをつうじて感じ取れる展示内容で、なかなか内容充実したものであった。
   
横浜開港資料館に行ったのははじめてだが、「常設展示」もなかなか見所が多かった。

ペリー提督率いる米国艦隊が日本を「開国」させた舞台の一つが横浜であり、第二次グローバリゼーションの最先端となった横浜について、同時代の世界情勢のなかで捉えることのできる展示である。

企画展は4月19日までだが、常設展示も興味深いので、ぜひ足を伸ばしてみるといいだろう。ミュージアムショップで販売されている絵はがきや過去の展示会の図録もまた魅力的である。






<関連サイト>

横浜開港資料館 公式サイト

女子教育が遅れた日本で、「名門女子校」が生まれた理由-名門校はいかにして名門校になったのか【4】 (教育ジャーナリスト おおた としまさ、BLOGOS、2015年4月19日)

(2015年4月20日 情報追加)






<ブログ内関連記事>

ミッションスクール関連

書評 『ミッション・スクール-あこがれの園-』(佐藤八寿子、中公新書、2006)-キリスト教的なるものに憧れる日本人の心性とミッションスクールのイメージ

書評 『「結婚式教会」の誕生』(五十嵐太郎、春秋社、2007)-日本的宗教観念と商業主義が生み出した建築物に映し出された戦後大衆社会のファンタジー 
・・キリスト教的なるものという西洋への憧れは依然として日本女性のなかにポジティブなイメージとして健在

書評 『西洋が見えてきた頃(亀井俊介の仕事 3)』(亀井俊介、南雲堂、1988)-幕末の「西洋との出会い」をアメリカからはじめた日本


日本における女子教育の先覚者たち

日本が「近代化」に邁進した明治時代初期、アメリカで教育を受けた元祖「帰国子女」たちが日本帰国後に体験した苦悩と苦闘-津田梅子と大山捨松について
・・津田梅子は、津田英学塾(・・現在の津田塾大学)の創立者となる

映画 『終戦のエンペラー』(2012年、アメリカ)をみてきた-日米合作ではないアメリカの「オリエンタリズム映画」であるのがじつに残念
・・原作の『陛下をお救いなさいまし』。恵泉女学園創設者の河井道(かわい・みち)という女性と、マッカーサーの副官フェラーズ准将』とするべき内容で、知られざる歴史を描いた正統派のノンフィクション作品

書評 『新渡戸稲造ものがたり-真の国際人 江戸、明治、大正、昭和をかけぬける-(ジュニア・ノンフィクション)』(柴崎由紀、銀の鈴社、2013)-人のため世の中のために尽くした生涯
・・「新渡戸稲造は日本の女子教育に多大な貢献を行った人としても記憶されるべきだろう。自分自身もそのメンバーであったクエーカー(=フレンド派)が日本につくった普連土学園、津田梅子の女子英学塾(・・のちの津田塾大学)、東京女子大学、そして先に名前を出したが弟子の河井道(かわい・みち)が創立した恵泉女学園などなど。いずれもキリスト教精神にもとづき「人格」を重視した教育を根幹に据えたものである」




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2015年4月10日金曜日

「振り込め詐欺」はなぜなくならないのか?-ルポライター鈴木大介氏の『老人喰い』(ちくま新書、2015)と『奪取-「振り込め詐欺」10年史-』(宝島SUGOI文庫、2015)


『老人喰い』というすさまじいタイトルの本を読んだ。副題は「高齢者を狙う詐欺の正体」。著者は鈴木大介氏。2015年2月の新刊新書。
  
「「犯罪する側の論理」「犯罪現場の貧困問題」をテーマに、裏社会・触法少年少女たちの生きる現場を中心とした取材活動を続けるルポライター」(カバー裏の著者プロフィール)である。
    
なんで「振り込め詐欺」なんかに騙されるのだ、バカじゃないの? といつも思っていたのだが、なるほど、これでは「振り込め詐欺」がなくなることはないな、と読みながら納得。詐欺を実行する側のほうが、騙される側よりも、はるかに高度化しているからだ。これでは勝てるわけがない。
   
ほとんど「ビジネス」化し、「仕事」と化している振り込め詐欺の実態。ほとんど合資会社といっていいような「資本と経営の分離」の徹底した組織づくり、振り込め詐欺のプレイヤーたちのモチベーションを引き出す研修などには、ほんと驚かされる。
    
そのあと同じ著者による『奪取-「振り込め詐欺」10年史-』(宝島SUGOI文庫、2015)を読んだ。2013年に出版された単行本の文庫化のようだ。「振り込め詐欺元年」の2003年からの10年間における推移を密着取材に基づいて、読みやすくストーリー化したものだ。この本を読むと、振り込め詐欺の、背景も含めた全体像が見えてくる。

猛烈にモチベーションの高い振り込め詐欺のプレイヤーの若者たちと、「出し子」や「受け子」と呼ばれるいとも簡単に切り捨てられる末端、そして絶対に逮捕されない出資者たち。 これらが組織的に完全に「分断」されているために、いくら「出し子」や「受け子」が逮捕されても、組織の摘発にはつながらない。
   
あまりにもうまく構築され高度化をつづけてきた振り込め詐欺の「ビジネスモデル」(?)の実態を知ると、なんとも言えない気になってしまう。
    
改めて思う。詐欺組織の隆盛の背後にあるのは、日本の格差社会、高齢者に偏重する資産、末端にまで行き及ばぬ経済回復や、伸び悩む雇用、そして軽視される社会的弱者や子どもたちへの福祉だ。(「文庫版あとがき」 より)

根底にあるのは、現在の若年層の、老人世代とのいちじるしい経済的格差世代間格差が経済格差となっている現状。もちろんこれだけが原因ではないが、振り込め詐欺という社会的問題の背景にあるものを見つめる必要はある。
 
たとえ高齢者ではなくても、他人事と考えない方がよさそうだ。とくに『老人喰い』は、騙されたと思って買って読むことをつよく薦めたい。詐欺の被害金額に比べたら、書籍代など、たかがしれているから。 




『老人喰い』

目 次

第1章 老人を喰らうのは誰か-高齢者詐欺の恐ろしい手口
第2章 なぜ老人喰いは減らないか-(株)詐欺本舗の正体
第3章 いかに老人喰いは育てられるか-プレイヤーができるまで
第4章 老人喰いとはどのような人物か-4人の実例からみた実像
第5章 老人喰いを生んだのは誰か-日本社会の闇のゆくえ
あとがき




『奪取-「振り込め詐欺」10年史-』 

目 次

序章 オレオレ詐欺の萌芽
第1章 若年化する詐欺現場
第2章 天職・振り込め詐欺プレイヤー
第3章 番頭格から見た景色
第4章 下克上
第5章 詐欺組織の生存競争
第6章 詐欺マネーの行方
あとがき
文庫のためのあとがき
統計 特殊詐欺の被害総額・認知件数の推移
解説 鈴木智彦(ルポライター)


著者プロフィール

鈴木大介(すずき・だいすけ)
1973年千葉県生まれ。「犯罪する側の論理」「犯罪現場の貧困問題」をテーマに、裏社会・触法少年少女らの生きる現場を中心とした取材活動を続けるルポライター。著書に『家のない少女たち』『援デリの少女たち』『振り込め犯罪結社』(いずれも宝島社)、『家のない少年たち』(太田出版)、『最貧困女子』(幻冬舎新書)など。現在、「週刊モーニング」(講談社)で連載中の『ギャングース』(原案『家のない少年たち』)でストーリー共同制作を担当。



<関連サイト>

『最貧困女子』著者による迫真のルポ 『老人喰い-高齢者を狙う狙う詐欺の正体-』(出版元の筑摩書房のウェブサイト)


<ブログ内関連記事>

ヤミ金融

マンガ 『闇金 ウシジマくん ① 』(真鍋昌平、小学館、2004)-圧倒的な迫力。リアリティあるストーリーに迫力のある絵柄。読み出したら、眠気が一気に覚める

韓国映画 『嘆きのピエタ』(キムギドク監督、2012)を見てきた-「第69回ベネチア国際映画祭」で最高賞の金獅子賞を受賞した衝撃的な映画
・・主人公はヤミ金融の末端にいる取り立て人。これもまたリアリティある迫力にみちた作品


■詐欺-語りは騙り

泣く子も黙る IRS より督促状!? ・・ネット詐欺

有名人の「なりすまし」からの友達リクエストに要注意!-ビジネス用途のリンクトイン(LinkedIn)でも「419詐欺」が横行

「セルフブランディング」と「セルフプロデュース」、そして「ストーリー」で「かたる」ということ-「偽ベートーベン詐欺事件」に思う


「史上空前規模の論文捏造事件」(2002年)に科学社会の構造的問題をさぐった 『論文捏造』(村松 秀、中公新書ラクレ、2006)は、「STAP細胞事件」(2014年)について考える手助けになる


秩序崩壊時代に多発する詐欺

書評 『ならず者の経済学-世界を大恐慌にひきずり込んだのは誰か-』(ロレッタ・ナポレオーニ、田村源二訳、徳間書房、2008)-冷戦構造崩壊後のグローバリゼーションがもたらした「ならず者経済」は、「移行期」という「大転換期」特有の現象である
・・地球全体という、より広いパースペクティブで捉えるために。「ならず者経済」は、冷戦崩壊後の秩序崩壊時代の世界的現象。けっして日本だけの現象ではない


世代間格差と経済的格差

書評 『ゼロから学ぶ経済政策-日本を幸福にする経済政策のつくり方-』(飯田泰之、角川ONEテーマ21、2010)-「成長」「安定」「再分配」-「3つの政策」でわかりやすくまとめた経済政策入門書




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2015年4月8日水曜日

書評 『南の島の日本人-もうひとつの戦後史-』(小林泉、産経新聞社、2010)-ミクロネシアにおける知られざる日本民族史の一コマ


いまから100年前の1914年、第一次世界大戦に参戦した日本が「敵国ドイツ」から奪いとったのは中国の青島(チンタオ)だけではない。南太平洋の島々であるミクロネシアもまたそうであった。
  
第一次大戦後にできた国際連盟(League of Nations)において、日本「委任統治領」となって30年間統治した土地。第二次世界大戦の激戦地となり、日本が敗北するした結果、アメリカの信託統治領となって日本人は退去させられた。
      
その後、アメリカから独立したなかにはパラオ共和国もある。人口の5分の1近くが、なんらかの形で日本人の血を引いているとのこと。初代大統領が日系人のトシオ・ナカムラ氏であった。また、大酋長になったススム・アイザワ氏もいる。

本日(4月8日)から一泊二日で、天皇皇后両陛下が「太平洋戦争」の激戦地となったペリリュー島などパラオを公式訪問されるのは、たいへんよろこばしいことであります。
         
5年前に買って積ん読状態のままだった『南の島の日本人-もうひとつの戦後史-』(小林泉、産経新聞社、2010)という本をこの機会に通読してみた。本書は、先に名前を出した大酋長になったススム・アイザワ氏と初代大統領になったトシオ・ナカムラ氏という、おなじトラック島生まれで子ども時代からの友人であった「ススムとトシオの物語」とでもいうべき内容である。

天皇皇后両陛下のパラオご訪問にかんして、テレビではご訪問理由として「先の大戦の慰霊」のことばかりが強調されている。慰霊という祈りはきわめて重要なことだ、天皇陛下の南の島々への思いは、もっと深いものがあるような記述に出会った。
  
皇太子時代、東宮御所を訪れたミクロネシアのポナペから交流事業で招かれた小中学生との会話で、こんなことを述べられているようだ。
   
「小学校の教科書には『トラック島便り』というのがあって、それを読んだ私はいつか南の島に行ってみたいと思うようになっておりました。そんな子供の頃を思い出して、皆さんにお会いするのがとても楽しみでした」(P.107)

1979年のご発言である。天皇陛下は、そんな「戦中派世代」なのだ。2004年のご訪問予定が流れてから10年後のパラオ訪問の実現。天皇陛下にとっては、まことにもって感無量のことでありましょう。
   
日本の旧植民地としての台湾と朝鮮半島、移民先としての満洲や北米と南米ばかりが話題になるが、南洋諸島にもまた多くの日本人が入植した土地だったことをぜひアタマのなかに入れておきたいものである。日本人と日系人をあわせて「日本民族」となるのだ。

しかも、パラオを代表とするミクロネシアの島々が、じつは「親日国」であるという事実もまた。





目 次

第1章 ススムとトシヲの物語
第2章 日本人たちのミクロネシア
 (1) 南洋に渡った先覚者たち
 (2) 敗戦で日本人が日系人に
 (3) ミクロネシアの日系人
エピローグ
ススム&トシヲの歩み年表
主な参考文献・資料


著者プロフィール

小林泉(こばやし・いずみ)
1948年東京生まれ。大阪学院大学教授、太平洋諸島研究所理事、農業経済学博士。『太平洋島嶼諸国論』(大平正芳賞)、『アメリカ極秘文書と信託統治の終焉』(大平正芳賞)、『中国と台湾の激突-太平洋をめぐる国際関係-』、『オセアニアを知る事典』ほかの著書がある(本書記載のデータによる)。



<ブログ内関連記事>

「JICA横浜 海外移住資料館」は、いまだ書かれざる「日本民族史」の一端を知るために絶対に行くべきミュージアムだ!
・・日本に住んでいて日本語を話す日本人だけが日本民族ではない!!

『単一民族神話の起源-「日本人」の自画像の系譜-』(小熊英二、新曜社、1995)は、「偏狭なナショナリズム」が勢いを増しつつあるこんな時代だからこそ読むべき本だ
・・「帝国」であった時代の「戦前」の保守派のほうが「開かれた精神」をもっていた

書評 『民俗学・台湾・国際連盟-柳田國男と新渡戸稲造-』(佐谷眞木人、講談社選書メチエ、2015)-「民俗学」誕生の背景にあった柳田國男における新渡戸稲造の思想への共鳴と継承、そして発展的解消
・・「官僚を辞めて朝日新聞社に入社していた柳田國男は、国際連盟の「委任統治委員」の日本側委員として抜擢されジュネーヴに赴任する」 また柳田國男の実弟の松岡静男は元海軍大佐で、退役後に南洋問題の専門家となった

「夢の島」にはじめて上陸(2014年11月15日)-東京都江東区の「夢の島」に日本戦後史の縮図をみる
・・マーシャル群島で米国の水爆実験の死の灰を浴びて被爆した第五福竜丸が展示されている

『近代の超克ー世紀末日本の「明日」を問う-』(矢野暢、光文社カッパサイエンス、1994)を読み直す-出版から20年後のいま、日本人は「近代」と「近代化」の意味をどこまで理解しているといえるのだろうか?
・・矢野暢氏の『南進の系譜』は、日本人の南方進出にかんする古典的名著

書評 『帰還せず-残留日本兵 60年目の証言-』(青沼陽一郎、新潮文庫、2009)-日本に「帰還しなかった」元日本兵たちの人生の軌跡を丹念にインタビューした、きわめて良質なノンフィクション
・・ビルマ(=ミャンマー)とタイ、インドネシア、そしてベトナムから帰還しなかった元日本兵たちの人生

『移住・移民の世界地図』(ラッセル・キング、竹沢尚一郎・稲葉奈々子・高畑幸共訳、丸善出版,2011)で、グローバルな「人口移動」を空間的に把握する

書評 『西欧の植民地喪失と日本-オランダ領東インドの消滅と日本軍抑留所-』(ルディ・カウスブルック、近藤紀子訳、草思社、1998)-オランダ人にとって東インド(=インドネシア)喪失とは何であったのか
・・ドイツとは異なり、オランダにとって東南アジア植民地はきわめて大きなものであった

『ストロベリー・ロード 上下』(石川 好、早川書店、1988)を初めて読んでみた ・・伊豆大島からカリフォルニアに移民した著者の若き日を描いた作品

(2015年5月23日 情報追加)



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2015年4月6日月曜日

戦艦大和が「沖縄特攻作戦」に出撃してから70年(2015年4月6日)-桜の季節に散っていった戦艦大和への鎮魂



70年前のきょう、すなわち1945年(昭和20年)4月6日、戦艦大和が「沖縄特攻作戦」に出撃した。そしてその翌日の4月7日、戦艦大和は撃沈され海の藻屑と消えた。

つい先日、戦艦武蔵が沈没したフィリピン沖の海底で「発見」されたというニュースが話題となった。戦艦武蔵は戦艦大和の姉妹艦である。武蔵発見のプロジェクトはアメリカ人資産家によるものであった。

戦艦大和はすでに、いまから30年前の1985年7月31日に「発見」されている。水深350メートルの海底に沈む戦艦大和が確認されたのである。それは海に散った英霊たちの鎮魂を目的としたものであった。

(『戦艦大和発見』口絵カラー写真より This is YAMATO !)

「戦艦大和発見」プロジェクトの中心に行ったのは、かつて角川グループの総帥であった角川春樹氏とその姉の辺見じゅん氏であった。プロジェクトは事務局長を引き受けた角川春樹氏によって「海の墓標委員会」と命名され、英国から空輸された潜水艇を使用して、戦艦大和が沈没した海域の調査を行った。

そして、1985年7月31日に「発見」されたのである。いまからすでに30年前のことになる。

その経緯を中心にまとめられたのが『戦艦大和発見』(辺見じゅん・原勝洋編、ハルキ文庫、2004)である。角川春樹事務所の製作による映画『男たちの大和』の封切りにあわせて、2004年に文庫化されている。

世界最大の戦艦である戦艦大和。建造当時からすでに大艦巨砲主義は終わっていると批判されていたのであり、それ以後、大和クラスの巨大戦艦が建造されることはない、だから、戦艦大和は永遠に世界最大の戦艦でありつづけているし、今後もありつづけるであろう。

戦艦大和は、日本人の誇りであり、日本人の魂そのものである。戦艦大和が日本人の記憶から消えることはないだろう。映画『男たちの大和』やアニメ『宇宙戦艦やマト』はいうまでもなく、これまで何度も蘇ってきたし、今後も何度も甦ることだろう。戦艦大和は日本人のアイデンティティでありシンボルである。

だからこそ、戦艦大和がもうひとつの日本人のシンボルである桜の花が満開になる4月6日に特攻作戦に出発し、その翌日に沖縄に到達することなく散っていったことを記憶のなかにとどめておきたいのである。

本居宣長の歌にあるように、「敷島の 大和心を 人問はば 朝日に匂ふ 山櫻花」にも反映されているように、「大和」と「桜花」は結びつきは強いのである

『戦艦大和発見』の「This is YAMATO!」を執筆した辺見じゅん氏は、こんなエピソードを紹介している(P. 35)。

「大和」の3,333名の乗組員が、沖縄特攻を徳山沖で告げられたとき、瀬戸内海の島々には七分咲きの桜が咲いていた。そして、翌4月8日、わずかに生き残ったもの立ちが、九州の佐世保港に帰還したときは、満開の桜に変わっていた。
「桜が・・・・桜なんかが咲いてやがる」
突然、兵士の一人が気がふれたように、救助された駆逐艦の甲板をころげまわったという。 

このエピソードには「花狂い」という表現を想起する。桜と死者、桜と狂気は、なぜか日本的文脈のなかで結びつきやすい。ちなみに現在の日本で主流となったソメイヨシノが「発見」されたのは、東京・巣鴨の染井墓地である。

特攻作戦もまた、なぜか桜の季節と重なっている。「散る桜 残る桜も 散る桜」(良寛)。桜は咲くだけではない。散るのもまた桜である。

戦艦大和が撃沈した4月7日には鈴木貫太郎内閣が成立し、昭和天皇の意を受けて「終戦」に向けての隠密行動が進められていくことになる。これは、はたして偶然といっていいのだろうか・・・。






PS 「戦艦大和ミュージアム」

広島県呉市の「戦艦大和ミュージアム」(呉市海事歴史科学館)には、実物の1/10スケールの戦艦大和の模型がある。写真を紹介しておこう。日本人なら一度は訪れたいミュージアムである。


(戦艦大和 10分の1スケール模型 筆者撮影)







<ブログ内関連記事>

鎮魂!戦艦大和- 65年前のきょう4月7日。前野孝則の 『戦艦大和の遺産』 と 『戦艦大和誕生』 を読む

書評 『沖縄戦いまだ終わらず』(佐野眞一、集英社文庫、2015)-「沖縄戦終結」から70年。だが、沖縄にとって「戦後70年」といえるのか?

書評 『極限の特攻機 桜花』(内藤初穂、中公文庫、1999)-人間爆弾の開発にかかわった海軍技術者たちと搭乗者たち、そして送り出した人たち

「特攻」について書いているうちに、話はフランスの otaku へと流れゆく・・・

「散る桜 残る桜も 散る桜」 (良寛)

マンガ 『沈黙の艦隊』(かわぐちかいじ、講談社漫画文庫、1998) 全16巻 を一気読み
・・「日本初の原子力潜水艦「シーバット」の艦長に任命された海上自衛隊一の切れ者・海江田四郎が、試験航海中に反乱逃亡して、独立国「やまと」を宣言、その後の約2ヶ月間の軌跡が文庫本16巻にわたって語られる」

(2015年8月2日 情報追加)




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2015年4月5日日曜日

書評 『極限の特攻機 桜花』(内藤初穂、中公文庫、1999)-人間爆弾の開発にかかわった海軍技術者たちと散っていった搭乗者たち、そして送り出した人たち


ことしもまた日本全国は桜の季節である。現在の日本で主流となっているソメイヨシノの花は、あっという間に満開になり、そしてその瞬間から散ってゆく。「散る桜 残る桜も 散る桜」という良寛の辞世の句を想起する人も少なくないだろう。

特攻作戦に出撃する者、そしてそれを見送る者。ともに、「散る桜 残る桜も 散る桜」の感懐を抱いて死んでいった。死ぬ順番に違いがあるだけで、死ぬことには違いはない。これが大東亜戦争の末期の日本であった。軍人だけでなく、非戦闘員である多くの国民も無差別殺戮の犠牲となった。

特攻作戦、なんという非人間的な作戦であったことか! 太平洋の島々では、日本陸軍がつぎつぎと「玉砕」していったが、「特攻」は「玉砕」とは性格が異なる。あくまでも「死中に活」を見いだそうとした悲壮な突撃であった。玉砕はあくまでも結果である。奇跡的に生き残って捕虜となった将兵もいる。

特攻作戦は、死ぬことを覚悟した作戦であっても、死の意味が違う。そのことを気づかせてくれたのが、本書 『極限の特攻機 桜花』(内藤初穂、中公文庫、1999)だ。決死と必死の違いである。

決死と必死。よく似たコトバだが意味合いは大いに異なる。決死は覚悟しても、その本人は生き残る可能性はゼロではない。可能であれば敵を倒して自分も生き残るという気持ちがある。

「必死」とは必ず死ぬという意味だ。死ぬ以外の可能性はゼロなのである。「必死になる」という表現はあくまでも比喩的なものである。特攻作戦においては、「必死」は文字通りの意味しかもっていなかった。必ず死ぬ、という意味において。

「桜花」(おうか)とは、大日本帝国海軍が開発し、戦争末期にじっさいに使用されたロケット推進式小型高速機による人間爆弾のことである。操縦士が操縦して突っ込む戦闘機による特攻とは異なり、自走式ではない「桜花」は、母機から切り離されたらひたすら落下していくしかない。母機から切り離されたら生還の可能性はゼロなのである。これが「必死」ということの意味なのだ。

人間爆弾のアイデアが生まれたのは、ロケットの誘導技術が1944年当時の日本では未完成であったためであったことが、『極限の特攻機 桜花』を読むとわかる。無線や熱線での誘導は実験室では成功していても、実用化はまだまだだったのだ。だから、爆弾に人間が搭乗して誘導するというアイデアが生まれたのである。

このアイデアが海軍内部で提案されたとき、技術将校たちは最初は大いに拒否反応を示したという。それは当然といえば当然だ。本文から会話部分だけ抜き出してみよう。会話内容は事実に基づいたものを構成したと著者は書いている。

「それで誘導装置は?」
「人間が乗ります」
「なんだって?」
・・(中略)・・
「なにが一発必中だ。そんなものが造れるか。冗談じゃない」
「このままでは、日本はじり貧です。今や航空機の主導権は敵ににぎられ、まともな戦法では、敵機動部隊の侵攻を抑えきれません。この体当たり機で敵空母を粉砕して、戦局を挽回するのです。どうか力を貸してください」

誘導に無線が使用できないのであれば人力に頼る。ある意味では合理的な発想である。だが、それは人の道をはずれたものだ。まさに外道(げどう)としかいいようがない。

(母機から切り離された人間爆弾「桜花」 wikipediaより)

だが、悲しいかな、一度はじまった戦争は自動機械のように自ら止めることがでず、「持たざる国」日本にとっては、たとえ外道の作戦であれ局面打開しかないという発想に軍指導部が陥っていたのであった。有利な条件で停戦に持ち込むという考えに、最後の最期まで囚われていたのである。

海軍技術将校たちは、技術者ではあっても軍に所属している以上、上からの命令を拒否することはできない。設計者やエンジニアたちは、猛スピードで設計し、試作機を完成し、テスト飛行もそこそこに突貫作業で量産化に入ってゆく。秘密兵器である以上、生産を民間にゆだねるのは限界があった。

「桜花」の搭乗員も最初は「志願制」であった。自発的な意志を利用したわけだが、その後は「志願」ではなくなってゆく。「桜花」がじっさいに使用されるにあたっては、送り出される側の「桜花」の搭乗員だけでなく、送り出す側にも心理的な葛藤がついてまわった。覚悟を決めても作戦が実施されないと搭乗員の気持ちは弛緩する。自分は特攻せずに送り出す側には、後ろめたい気持ちがぬぐいきれない。そもそも「決死」ではなく、「必死」の命令を下すことは人の道に反しているのである。

本書の著者は元海軍技術将校。「桜花」の開発に携わったわけではないが、海軍という組織と、海軍における技術開発については肌感覚でわかっている人である。しかも、『星の王子さま』の翻訳で名高いフランス文学者・内藤濯(ないとう・あろう)のご子息だけあって、全編が読ませる文章である。

特攻というと、最近は若い人たちのあいだでも鹿児島南端の知覧(ちらん)の特攻祈念会館までいってくる人が増えているのは、たいへんすばらしい。展示品の特攻隊員たちの遺書や遺品をみて涙が流れるのを止めることができなかったという素直な感想を聞くのも、日本人としてはうれしい。

だが、特攻作戦には知覧基地から自走式で飛び立っていった戦闘機によるものだけでなく、鹿屋(かのや)基地から出発した「桜花」(おうか)のような、母機に連結された人間爆弾として使用された、非人間性の極限としかいいようのない特攻もあったことを忘れるべきではない。

自走式ではないがゆえに敵国の米軍からは BAKA(バカ)と呼ばれ、日本人の記憶から消えがちな人間爆弾「桜花」。かつての日本と日本人が、道を外してしまったという大きな反省とともに、「桜花」とともに散っていった死者の尊厳さにも思いを馳せなければならないのである。

著者は、文庫版の「あとがき」の文章を以下のように始めている。

特攻そのものについては、救いがたい愚挙だった、と、私は思う。かかる愚挙を組織的な作戦とした用兵首脳や、それに用いる専用兵器を開発した軍事技術者、永久に呪詛されても致しかたない、と、私は思う。しかし、特攻にすすんで身を託した死者たちは、本質的に違う次元にいる。

同感である。特攻作戦を立案し推進した者たちと、特攻作戦で死んでいった搭乗者たちは異なる次元の存在だ。前者に批判は絶対に必要だが、後者には崇高の念さえ感じるのである。

特攻の死者たちの存在なくして、いまの日本も日本人もない。尊い死者たちの冥福を祈る。








目 次


第1章 試作番号MXY7
第2章 神雷(じんらい)誕生
第3章 この槍、使い難し
第4章 非理法権天
第5章 沖縄決戦
第6章 死なばや死なん
第7章 本土決戦
第8章 とよはたぐもに いりひさし
あとがき
解説 (ジョン・ブリーン ロンドン大学助教授)


著者プロフィール

内藤初穂(ないとう・はつほ)
1921年(大正10年)東京生まれ。1942年、東京帝国大学工学部船舶工学科卒、海軍技術科士官として海軍航空技術廠科学部勤務。敗戦時、海軍技術大尉。戦後、岩波書店編集部、PR会社自営を経て、1975年より著述業。2005年、「優れたノンフィクション作品を通じ、海や船についての歴史的史実を一般国民に知らしめた功績」により第9回海洋文学大賞特別賞を受賞。また、2006年には、父・内藤濯の生涯を描いた『星の王子の影とかたちと』により、第14回日本エッセイスト・クラブ賞を受賞(本データは2008年に出版された著書に掲載されていたもの)。


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(2012年7月3日発売の拙著です)










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