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2015年1月31日土曜日

書評  『ならず者の経済学-世界を大恐慌にひきずり込んだのは誰か-』(ロレッタ・ナポレオーニ、田村源二訳、徳間書房、2008)-冷戦構造崩壊後のグローバリゼーションがもたらした「ならず者経済」は、「移行期」という「大転換期」特有の現象である


いま、まさにこの時点(2015年1月31日)で世界で大きな問題となっている「イスラーム国」。2014年に「カリフ制のもとの国家」を宣言したこのテロリスト組織は、日本人人質を殺害したことで、もはや日本と日本人にとって無縁の存在ではなくなった。

このテーマにテロリストの資金調達の観点から分析を行った『イスラム国-テロリストが国家をつくる時-』(ロレッタ・ナポリオーニ、文藝春秋、2015)を読んだらあまりにも面白かったので、この著者の本でほかにも日本語に翻訳されたものはないかと思って探してみた。その結果でてきたのが『ならず者の経済学-世界を大恐慌にひきずり込んだのは誰か-』(ロレッタ・ナポレオーニ、田村源二訳、徳間書房、2008)であった。

ところが、本書はアマゾンで検索したがすんなり出てこなかった。『イスラム国』では著者名がナポ「リ」オーニとなっているのに、『ならず者の経済学』では著者名がナポ「レ」オーニとなっているためだ。どうもこのナポ「リ」オーニとナポ「レ」オーニのあいあだでは「あいまい検索」設定がなされていないようである。

 『ならず者の経済学』の原題は Loretta Napoleoni, Rogue economics : capitalism's new reality, A Seven Stories Press, 2008(=『ならず者経済学-資本主義の新たな現実-』)である。15カ国語に翻訳された世界的ベストセラーとなったというのも大いにうなづける。「品切れ」になっていたので、アマゾンから古本で取り寄せてさっそく読んでみたが、これがめっぽう面白い! 2008年の出版だが、読み出したら最後まで読んでしまう。そして、現在につづく冷戦後の世界の「現実」を知ることになる。

「ならず者経済」(Rogue Economics)とは、1990年代にブッシュ(父)政権がいいだした「ならず者国家」(Rogue Nations)を踏まえた表現だろう。当時は北朝鮮、イラク、イラン、アフガニスタンおよびリビアが「ならずもの国家」と名指しして非難されていた。

本書に描かれた「現実」は、2008年に出版された後に発生したリーマンショックで変化するかに見えたが、「市場経済」の暴走は依然として猛威を振るっている。このうねりのなかで既存の「国民国家」の存在は、さらに弱体化しつつあるのが現状だ。

これは左派リベラルが楽天的に語っていた 「グローバル市民社会」論や 「地域統合による平和と繁栄」論のような「すばらしい世界」とはほど遠い。テロリストを含めた「ならず者」が跋扈(ばっこ)する「おぞましい世界」である。

(英語には loan shark という表現がある)

冷戦後のグローバリゼーションが「ならず者経済」を生み出した

1991年にソ連が崩壊し、東西冷戦構造が終焉を迎えたとき、世界中が陶酔感に浸ったのであった。いまから四半世紀前のことである。これで核戦争の危険も消え、これからは「平和の配当」を享受できるのだ、と。

ところが、冷戦構造の終焉と同時に再び始まったグローバリゼーションの波のなか、「パンドラの箱」が開けられてしまったのである。いままで抑えつけられていた邪悪の勢力が解き放たれたのである。そして「ならず者経済」が生み出されたのであった。

幻想(イリュージョン)によってかきたてられる消費。密輸品、海賊版や偽造品が氾濫。国境を越えた実質的な人身売買と奴隷労働が横行。インターネットでは闇経済がはびこっている状態。「ならず者」たちは思うままに暴利をむさぼり、貧富の格差は縮まるどころか拡大するばかりだ。旧ソ連地域であった中東欧は、市場経済への移行をつうじて「ならず者」たちによる収奪の対象となったのである。中近東もアフリカも液状化が進み、混乱が収束する気配もない。

グローバリゼーションにっよって「国民国家」の市場統制力が弱体化した結果、国家間をいとも簡単にくぐりぬける「ならず者」たちを監視し、処罰することが容易でなくなっている。

パンドラの箱をあけてしまった以上、もう後戻りはできない。行き着くところまで行くしかないのだ。だが、いつの日か終わりは見えてくるだろう。といっても、数十年は収束はしないだろう。なぜなら、いま進行している事態は、「移行期」という「500年に一度の大転換期」だからだ。


「近代」終焉後の「大転換期」という「移行期」の現象

著者は大転換機の期間を明示していないが、わたしはこの事象もまた「500年単位」の歴史の終焉と新たな時代への「移行期」の現象だと捉えている。1492年に始まり1991年に終わった西欧主導の「近代」もまた、その初期においては「中世」の崩壊にともなう大混乱が一世紀近くにわたってつづいたからである。

古代世界の崩壊、中世の崩壊と近代の開始、冷戦構造の崩壊などが歴史上の「大転換期」であるが、とくに近代の開始と冷戦構造の崩壊の際には、既存の秩序の崩壊とグローバリゼーションが同時進行していることに注目しておきたい。

「近代」初期においても、あらたな経済主体として主導権を握ったのはプロテスタント諸国となった英国が中心となった「海賊」であった。これは政治学者カール・シュミットが『海と陸と』で活写しているとおりである。21世紀の「ならず者」であるもまた、かつての「海賊」たちと同様の役割を果たすのであろうか?

「4章 中国はカオスを食べて繁栄する」で著者は、西欧の「モデリング思考」と東洋の「カオス思考」を対比させて、グローバリゼーションのなかでなぜ中国が主要プレイヤーとして台頭したかを解き明かしており興味深い議論を展開している。中国を高く評価しすぎているような気がしなくもないが、基本的にファイナンスを専門としてきた著者には、西洋的なリニア思考がベースにありながらも、カオスへのアプローチとしての確率論的思考も身についているということだろう。

また、「9-11」後の米国ブッシュ政権の「愛国者法」によるテロ対策が、「ならず者経済」をEUのユーロ圏に移転させたことが著者によって解明されている。たしかに、海外送金にかんしてマネーロンダリング(=資金洗浄)がらみで米国から厳しい規制がかかっていたことは、わたし自身が実務をつうじて体験しているので実感として理解できる。

このマネーロンダリングによって、「ならず者」たちが主導権を握る「闇経済」が地上に浮上しつつある。まずは暴利によって獲得した資金のロンダリング、そしてつぎには「いい人」イメージのロンダリングが行われる。ネットも含めたウラ世界の闇経済がオモテに出始めているのである。オモテとウラが融合していきつつあるなかで、やがて「ならず者」たちが新しい時代の中心となるのであろうか?

経済力をバックにした勢力は「部族」として存在感を示すようになっている。「部族」というと、マーケッターのセス・ゴーディンが「トライブ」(tribe)という概念を打ち出していることを想起するが、彼はインターネットによってマスマーケティングに終止符が打たれた結果、再浮上してきたものだとしている。集団単位としての「部族」が単位となるのは、「大転換期」の現象なのだろう。

液状化する国際状況のあいまをかいくぐって浮上してきたのが、2014年に「カリフ制のもとでの国家」を宣言した「イスラーム国」であるが、このような文脈のなかに出現してきた現象だといっていいだろう。「イスラーム国」については、 『イスラム国-テロリストが国家をつくる時-』で著者が指摘しているとおりである。
 
そしてまた、なぜ過去のものだと思い込んでいた「ナショナリズム」や「極右政党」が、いまかえって猛威を振るい始めているのか?それは、市場経済をスムーズに制御するための国家と制度的枠組みが機能不全に陥っているためだ。そして、その背景には、人々の不安や恐れの感情が存在する。

だが、経済ナショナリズムで一国をの「国民経済」にかかわる国民を保護することができたとしても、はたして暴走する「市場経済」そのものを制御することは可能なのだろうか?


暴走する「市場経済」は制御可能か?

著者は最終章の「12章 "ならず者経済" に対抗するイスラム金融」で、暴走する「市場経済」は制御するための一つの手段としての「イスラーム金融」について言及している。さすが国際経済につうじたファイナンスの専門家だけあって、この点への注目はかなり早い段階でなされているというべきだろう。

1997年のIMFショックでなぜマレーシアがIMF管理下入りを回避できたのかについては日本でも賛否両論をまじえて議論が行われてきたが、この時点でマレーシアは米英中心のIMF体制ではなく、イスラームのネットワークを活用した経済支援体制を構築することに成功したのであった。この点にかんする記述は著者ならではのものだろう。

たしかにマレーシアが中心になって推進しているイスラーム金融の成長はいちじるしい。不道徳な企業や案件への投資は禁止し、イスラーム法(=シャリーア)・コンプライアンスを満たしているもののみに投資するのである。ちなみに利子をともなう貸し付けではなく、投資信託という形をとるのがイスラーム金融の一形態である。

2050年には世界人口の1/4がムスリム(=イスラーム教徒)になると推定されていることを考慮に入れれば、イスラーム金融が暴走する市場経済の制御装置として働く可能性は少なくないといえるだろう。

西欧自体を「相対化」する視点を備えた著者ならではの重要な指摘だといていいだろう。だがじっさいにそうなるかどうか判断するのは、まだ時期尚早かもしれない。イスラームについてはさておき、とくに中国については過大評価な気がしないではない。「没落する西欧」からする、ある種の「裏返しの理想化」でないとも言い切れない。

いずれにせよ、「移行期」という「大転換期」にともなう市場経済の暴走は、まだまだ数十年は続くと覚悟しておいたほうがいいのだと、あらためて思うのである。





目 次

はじめに●史上最大の転換期に暴れる邪悪な経済力
 すべての小品はダークな部分を持つ
 暴利をむさぼる経済勢力
1章 イスラエル人が女を買えばアラブが儲かる
 経済の暴走はいつ始まったか
 セックス奴隷として世界に売られるスラブ系女性
 経済危機で大儲け
 ナターシャを抱くイスラエル人
 敵とベッドインする
 庶民の目をくらます幻想
 美人jコンテスト優勝者と兌換ルーブル
 国有財産を略奪したロシアの新興財閥(オリガルヒ)
 移動盗賊 vs 定住盗賊
 政治のくびきから逃れた経済
2章 超借金でアメリカは破産する
3章 アスリートたちはなぜ用心棒になったのか?
4章 中国はカオスを食べて繁栄する 
 危機こそ風に乗るチャンス
 たくましい中国的水平思考
 過去をつくり変える
 暴力の政治
 新皇帝は赤い服を着ている
 鄧小平が敷いたカネ持ちへの道
 働くことで悪夢を忘れる
 歴史より領土の大きさが大事
 中国とマフィアの共通点
5章 偽造品と中国の熱い関係 
 中国は偽物だらけ
 ヨーロッパの搾取工場で働く中国人不法移民
 アフリカを荒らすバイオパイレーツ
 規制緩和で空の安全が低下した
6章 あなたの結婚指輪は血で汚れていないか?
7章 ダークな欲望を操るネット起業家
8章 漁業海賊は日本へホンマグロを運ぶ
9章 なぜ政治家は大衆を怯えさせるのか? 
 セレブを政治に引き込む
 アフリカを貧しくさせるだけの経済援助
 カネではなく善政を
 でっちあげられた "テロの恐怖"
 飛行機はそれほど危険なのか?
 「怯えよ、怯えまくれ」
10章 市場国家は神話を好む 
 アメリカ共和党は聖書を利用
 ベルルスコーニのサッカー政治
 チャベスのラップ政治
11章 ギャング団はグローバル化に抵抗する
12章 "ならず者経済" に対抗するイスラム金融 
 イスラム金融は投資ファンドを避ける
 アラブを富ませたオイルショック
 市場の魔法
 IMFと決別したマレーシア
 発展するシャリア経済
 黄金のカリフ国
 大恐慌から国家部族制へ
 国家が退廃するとき
 経済的部族制の未来
おわりに●欧米の脱落と、中国・イスラム諸国のパワー
訳者あとがき●覚悟せよ!この不況は50年つづく


著者プロフィール
ロレッタ・ナポレオーニ(Loretta Napoleoni)
ローマ生まれ。アメリカのジョンズ・ホプキンス大学ポール・H・ニッツェ口頭国際問題研究大学院、およびロンドン・スクール・オブ・エコノミクスに学ぶ。エコノミストとしてヨーロッパおよびアメリカの銀行・金融機関・国際機関に勤務。また商品市場コンサルタントとして中東諸国をたびたび訪れ、金融機関のトップや政治指導者と会う。テロ資金の専門家であり、現在も数カ国の政府にテロ対策について助言している。マドリード・クラブのテロ資金対策班の長として、世界中から国家元首を集め、テロ組織網の資金調達を阻止する新戦略をつくりあげた。ロンドンとあめりか・モンタナ州に住む(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)。


<関連サイト>

Loretta Napoleoni (wikipedia英語版)

Loretta Napoleoni: The intricate economics of terrorism TEDGlobal 2009 · 15:44 · Filmed Jul 2009
・・TEDトーク 日本語字幕あり

Rogue Economics Interview 1 (YouTube 音声:英語 字幕なし)

Rogue Interview 2 - The Internet, a Mixed Blessing?  (YouTube 音声:英語 字幕なし)

Rogue Interview 3 - Islamic Finance: A Counter Balance (YouTube 音声:英語 字幕なし)



<ブログ内関連記事>

書評 『イスラム国-テロリストが国家をつくる時-』(ロレッタ・ナポリオーニ、村井章子訳、文藝春秋、2015)-キーワードは「近代国家」志向と組織の「近代性」にある
・・「イスラーム国」もまた「ならず者」の一つである


「500年単位の歴史」でみた「移行期」という「大転換期」

書評 『終わりなき危機-君はグローバリゼーションの真実を見たか-』(水野和夫、日本経済新聞出版社、2011)-西欧主導の近代資本主義500年の歴史は終わり、「長い21世紀」を生き抜かねばならない

書評 『21世紀の歴史-未来の人類から見た世界-』(ジャック・アタリ、林昌宏訳、作品社、2008)-12世紀からはじまった資本主義の歴史は終わるのか? 歴史を踏まえ未来から洞察する


冷戦構造崩壊後のグローバリゼーションとその結果

書評 『新・国富論-グローバル経済の教科書-』(浜 矩子、文春新書、2012)-「第二次グローバリゼーション時代」の論客アダム・スミスで「第三次グローバル時代」の経済を解読

書評 『ブーメラン-欧州から恐慌が返ってくる-』(マイケル・ルイス、東江一紀訳、文藝春秋社、2012)-欧州「メルトダウン・ツアー」で知る「欧州比較国民性論」とその教訓


「ならず者」たちによる「闇経済」

書評 『バチカン株式会社-金融市場を動かす神の汚れた手-』(ジャンルイージ・ヌッツィ、竹下・ルッジェリ アンナ監訳、花本知子/鈴木真由美訳、柏書房、2010)
・・バチカンはイタリア経済の闇と密接にかかわる

書評 『ろくでなしのロシア-プーチンとロシア正教-』(中村逸郎、講談社、2013)-「聖なるロシア」と「ろくでなしのロシア」は表裏一体の存在である
・・ソ連崩壊後のロシアの現状と行く末

マンガ 『闇金 ウシジマくん ① 』(真鍋昌平、小学館、2004)-圧倒的な迫力。リアリティあるストーリーに迫力のある絵柄。読み出したら、眠気が一気に覚める
・・日本もまた「ならず者経済」が横行する状態


■「暴走する市場経済」において「国家」は防波堤たりうるか?

書評 『国力とは何か-経済ナショナリズムの理論と政策-』(中野剛史、講談社現代新書、2011)-理路整然と「経済ナショナリズム」と「国家資本主義」の違いを説いた経済思想書

書評 『自由市場の終焉-国家資本主義とどう闘うか-』(イアン・ブレマー、有賀裕子訳、日本経済新聞出版社、2011)-権威主義政治体制維持のため市場を利用する国家資本主義の実態
・・「国家資本主義」は「自由主義経済」の対極に位置する存在


イスラーム金融は「ならず者経済」のアンチテーゼとして、「ポスト資本主義」の主流となりうるか?

書評 『マレーシア新時代-高所得国入り-(第2版)』(三木敏夫、創成社新書、2013)-「進む社会経済のイスラーム化」は必読
・・1998年のIMFショックを回避したマレーシアとイスラーム化については、国際金融にも精通したナポレオーニ氏の解説を補って読むといいだろう

書評 『緑の資本論』(中沢新一、ちくま学芸文庫、2009)-イスラーム経済思想の宗教的バックグラウンドに見いだした『緑の資本論』
・・イスラームの経済倫理について。「資本の自己増殖」を未然に防ぐ装置として、辣腕の商人であった預言者ムハンマド自身によってイスラームにビルトインされた「利子禁止思想」、この経済思想的な意味を考えることは「イスラーム金融」とは何かを考える上で必要であり、イスラームにとって経済とは何か、商行為とは何かを根本的に考える上で大いに参考になる」

『論語と算盤』(渋沢栄一、角川ソフィア文庫、2008 初版単行本 1916)は、タイトルに引きずられずに虚心坦懐に読んでみよう!
・・ナポレオーニ氏は知らないようだが、「ならず者経済」の対極の立場に立つのが、日本資本主義の父・渋沢栄一である。だが、「義利一致」論は21世紀に主流となり得るか?




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end

2015年1月28日水曜日

書評 『イスラム国-テロリストが国家をつくる時-』(ロレッタ・ナポリオーニ、村井章子訳、文藝春秋、2015)-キーワードは「近代国家」志向と組織の「近代性」にある


「国民国家」が融解し液状化つつある冷戦後、すなわち「近代」終焉後の世界のなか、「国家」としての自立を志向する「イスラーム国」の本質とはなにかについて多面的に考察した本である。

すでにこのブログでも、「イスラーム国」登場の意味について考えるために-2015年1月に出版された日本人の池内恵氏とイタリア人のナポリオーニ氏の著作を読む と題した記事で取り上げているのだが、ナポレオーニ氏の手になる本書は、よりわたしの問題関心に近いので、さらにくわしく取り上げてみたいと考えた次第だ。

その問題関心とは、中東の情勢のみならず、500年にわたってつづいてきた西欧中心の「近代」という時代が終わり、つぎの時代にむけての「大転換期」をどう見るかということと、このような時代環境のなかで、あらたに「国家」建設を目指すということが何を意味し、今後の国際情勢にどういう影響を与えていくのかという問題関心である。イスラーム過激派の思想そのものへの関心よりも、こちらのほうがわたしにとっては大きい。

日本語版のタイトルは、『イスラム国家-テロリストが国家をつくる時-』となっているが、原題は The Islamist Phoenix - The Islamic State and the Redrawing of the Middle East, Seven Stories Press, 2014 である。直訳すれば、『イスラーム主義の不死鳥-イスラーム国と中東地図の描き直し-』となるが、日本語版のタイトルのほうが、むしろ内容を要約しているといってよいかもしれない。

いずれにせよ、2014年に「イスラーム国」がみずからを「カリフ制のもとにおける国家」と宣言し、そう自称している理由をきちんと捉えなくては、事の本質を見誤るということだ。英語圏の政策担当者やメディアが ISIS や ISIL といった略語を使用して、けっして Islamic State(=イスラーム国)とよぶことを避けているのは、デファクトに存在しながらも「国家」とは見なさないという姿勢であり、著者の姿勢はそれとは一線を画している。

その点、日本のマスコミは「イスラム国」という固有名詞を使用している点においては、英米圏のメディアよりもマシであるといえるかもしれない。ISIS(アイシス)や ISIL(アイシル) といった英語の略語は、聴き取りにくいし発音もしにくいという事情もあるのだろう。

1955年生まれの著者は、もともとフェミニストであったが、英米で教育をうけたファイナンスの専門家で、テロリストの資金調達の解明から踏み込んだテロ問題の政策アドバイザーでもあるローマ生まれのイタリア人という立ち位置。イタリアはかつて1960年代の終わりから1980年代にかけて「赤い旅団」による極左テロの嵐が吹き荒れた国である。

じつは、幼なじみが「赤い旅団」のテロリストであったことがのちにわかり、その本人からのリクエストで拘置所で面会を繰り返すようになって気づいたことが、著者が資金調達の観点からテロリズムを研究するキッカケになったのだという。これは著者自身が TED Talk で英語で語っているのだが、テロリストとの会話内容が国際金融関係者との会話内容と酷似していることに気がついたのだという。資金調達という観点からみると、「テロ活動はビジネス」である、と。



「イスラーム国」は「規律」と「純化」を徹底する本質的に「近代的」な存在

本書によれば、イスラーム国が経済的に自立できたのは、中東のイラク情勢とシリア情勢の激動といった背景があるだけでなく、冷戦後の「多極化」という状況も大いに預かっているという。シリアとイラクという「国民国家」崩壊で生じた、ホッブス的な無政府状態ともいうべき政治的真空状態を巧みに利用したのである。

冷戦時代は米ソの「代理戦争」だったものが、冷戦後に進展したグローバリゼーションという多極化時代においては敵と味方が不明瞭な複雑な状況となり、結果として「イスラーム国」は援助をつまみ食いし、さらに原油密輸や身代金ビジネスなどで自前の資金調達を行いながら、特定のスポンサーをもたずに経済的独立を勝ち得たのである、と。

「イスラーム国」以前にも「国家」樹立を目指したテロ組織は、アラファト率いるPLO(=パレスチナ解放機構)があったが、支援国からの豊富な援助で腐敗が蔓延しているのが実態だという。それに対して、「イスラーム国」は腐敗防止のため兵士は薄給で(・・これはメディア報道とは異なる)、しかも戦闘員には厳しい「規律」を重視しているという。

さらには、サラフィー主義による原点回帰という「純化」や「浄化」を志向する組織であることを視野に入れれば、いわゆる清濁併せのむ「帝国」ではなく、民族と宗教によって「純化」した「近代国家」を志向していることが見てとれる。大英帝国の「負の遺産」である、宗派と民族の寄せ集めである「人工国家イラク」と対比せざるをえない。

最新のインターネットテクノロジーやメディア戦略を実行するという「合理性」だけではなく、組織自体が本質的に「近代的」なのである。「非合理的」に見える理想を「合理的」な手段でもって実現しようとしているのである。「純化」や「規律」といえば、まさに「近代」そのものではないか! 

現象としては、領土を確保し領域を拡大するという戦国時代の「国盗り物語」(・・司馬遼太郎の小説のタイトル)的な印象を受けるのだが、「西洋列強」がフレームワークをつくった第一次世界大戦後の、オスマン・トルコ帝国崩壊にともなう中東における国際秩序を打破するというかれらの主張が、経済的にも思想的にも裏付けのある行動であることに注目しなくてはならないのだ。

アメリカという「遠い敵」にテロ攻撃を行い、しかも構成員が外人集団であったビン・ラディンのアルカーイダとは違い、「イスラーム国」は、イラクとシリアという地域から生まれ、地域の問題に敏感なのである、という。反対派を追放したり抹殺するが、それなりに「善政」を敷いて支配下のスンニー派の人々の支持を得ているといわれる。

さらに、イラクのフセイン政権での治安担当者たちが大量に合流しているらしい。外国人をリクルートすることばかりに焦点があたっているが、外人比率は小さい。「イスラーム国」は外人部隊ではないのである。

領土占領によって民族国家を建設するという志向性は、まさに著者が指摘するようにイスラエル建国を想起させるものがある。イスラエルの場合は、遠い過去を現代に再現するという点において、「カリフ制再興」という目標を掲げてそれを実現しようとした点に共通性が見られるのである。おそらく、著者はムスリムでもユダヤ教徒でもないようなので、このような大胆な発言を可能としているのだろう。「イスラーム国」自身も、イスラエルをとくに敵対視していないようだ。敵はシーア派である。

さらにイスラエル建国だけでなく、遠い過去である紀元前の「ローマ建国」にまで言及しているのは、著者がローマ生まれのイタリア人ならではである。被征服者となったサヴィニー族の女性たちにかんする指摘が興味深い。「イスラーム国」による住民支配を理解するカギの一つにもなる。

さきに「戦国時代」のようだと書いたが、著者は日本については言及はしていないものの、日本人としては、「近代化」の開始となった1868年の明治維新には「復古革命」という異なる側面もあり、その思想的背景には、外国人排除をスローガンとした「攘夷」という、「神の国」化による「浄化」という要素が濃厚に存在したことも想起しておいたほうがよいのではないだろうか。「聖戦」という表現も大東亜戦争において使用されたという過去を想起する必要がある。

「イスラーム国」を支える思想的背景のサラフィー主義は、もともとは「近代化=西欧化」を肯定的に捉えたアラブ世界近代化の思想だが、西欧による植民地化によって変貌した。この事実は、「近代国家」樹立を志向する「イスラーム国」について考えるうえで興味深い。

(著者によるテロリストの資金調達ネットワーク分析書 未邦訳)


「イスラーム国」は既存の「国際秩序」における承認を求めていない

米英を中心とする「有志連合」が「イスラーム国」に対して空爆を繰り返しており、それなりに「成果」がでていると米国政府は発表している。

その真偽については判断しかねるが、かつて「大本営発表」という悪しき過去をもつ日本人としては、どうも納得しがたいものを感じることも否定できない。オバマ大統領は、「イスラーム国」の壊滅を目ざしていると公言しているのだが、そう簡単なミッションではないだろう。モグラ叩きに終わってしまう可能性もある。

もし仮に「壊滅」できないのなら、「抱き込む」しかないのかもしれない。つまり既存の国際秩序のなかに取り込んで穏健化を図るということだ。中国共産党を既存の IMF体制に組み込むのと似たロジックである。だが、「イスラーム国家」が将来的に国際的に承認される日が来る可能性があるのかどうか、現時点ではまったく不透明だ。「イスラーム国」自身、日本人人質を殺害するなど、残忍なテロ行為をやめようとする気配もない。

「イスラーム国」は、一方的に「カリフ制度のもとの国家」を宣言したが、「革命政権」ではないので、国際的な承認を求めているわけではない。これがじつにいやっかいな点である。

「王道楽土」を目指してあたらに建国された「満洲国」ですら、結果として英米の支持は獲得できなかったものの、最終的には日本とバチカンを含めた23ヶ国から国際的な承認を得ることに成功していることと比べてみたらいい。満洲国が置かれていた当時の中国情勢は「軍閥」が割拠していた時代であり、現在の中東地域に似ている。

国際的な「国家承認」について考えるには、「イスラーム国」が主張する「カリフ制」と統合シンボルである「カリフ」について、もっと知る必要がある。だが、日本国もその重要な構成国である、近代西欧がつくった既存の国際秩序とは異なる原理にもとづくものであり、「常識」の理解を超えるものがある。「常識」になれきったアタマには、体感的に理解するのは、なかなかむずかしい。

本書が時事的なテーマをあつかいながらも厚みのある内容となっているのは、著者には専門としてのファイナンスだけでなく、西欧の哲学や思想のバックグラウンドが「教養」として身についているからである。さらにいえば、西欧自身をも「相対化」できる視点の持ち主だからでもある。

ヨーロッパの知識階層出身者ならではの、読みでのある本となっているのはそのためだ。じつに面白い本である。日本人読者は、自分なりの読みを行って補足すべきであろう。






目 次

この集団の名称について
用語集
はじめに 中東の地図を塗り替える (Introduction:  Redrawing of the Middle East)
 タリバンやアルカイダとは違う
 世界の多極化を熟知しその感激をつく
 多くのスンニ派の人々にとっては頼もしい政治運動と映っている
 彼らは道路を補修し、食糧配給所をつくり、電力を供給した
 他のテロ組織から学ぶ
 彼らが犯罪者でなくなる時
序章 「決算報告書」を持つテロ組織 (The New Breed of terrorism?: テロリズムの新種?) 
 「決算報告書」を持つテロ組織
 冷戦下のテロ組織と何が違うか?
第1章 誰が「イスラム国」を始めたのか?? (From al Zarqawi to al Baghdadi: ザルカウィからバグダーディへ) 
 テロリストは国家をつくれるか?
 アル・ザルカウィの伝説
 バグダディの登場
 バグダッド・ベルト
 写真を残さない男
 アルカイダとの路線対立
第2章 中東バトルロワイヤル (Reheasals for the Caliphate: カリフ制のリハーサル) 
 パレスチナ解放戦線という先行例
 一夜にして敵味方が逆転する今日の代理戦争
 代理戦争の政治的矛盾をつく
 人質を転売する市場
 テロをビジネス化し経済的自立を果たす
 シリアにおける最初の偽装国家の建設
 制圧地域内では予防接種も行われるようになる
第3章 イスラエル建国と何が違うのか? (The Paradox of the New Rome: 「新ローマ」のパラドックス)
 ユダヤ人がイスラエルを建国したように
 イスラエル建国とイラン建国
 戦士たちを制服地域の女性と結婚させる
 「イスラム国」が国際社会で認知される日は来るか?
第4章 スーパーテロリストの捏造 (The Islamist Phoenix: イスラーム主義者の不死鳥) 
 「ニューヨークでまた会おう」
 スーパーテロリストの捏造
 予言は公言することで実現する
 欧米は重大な動きを見落としていた
 カリフ制国家の訴求力
 あえて近代的な運営をする
第5章 建国というジハー ド(The Modern Jihad: 「近代」のジハード) 
 欧米の民主主義的価値観を越えるもの
 大ジハードと小ジハード
 「建国」という新しい概念をジハードに与えた
 「アルカイダは一つの組織にすぎないが、われわれは国家だ」
第6章 もともとは近代化をめざす思想だった (Radical Salafism: 過激なサラフィー主義) 
 サラフィー主義は、もともとはアラブの近代化をめざす理想だった
 植民地化によって過激な反欧米思想に変質
第7章 モンゴルに侵略された歴史を利用する (The New Mongols: 新モンゴル) 
 なぜ虐殺をするのか
 タクフィール、背教者宣言
 13世紀のモンゴル人によるイラク侵攻
 欧米は敵を誤っていた
 本質は宗教戦争ではなく、現実的な政治戦争
第8章 国家たらんとする意志 (Contemporary Pre-Modern Wars: 現代の「前近代的」戦争) 
 崩壊過程の国民国家の血を吸って
 なぜシリアとイラクなのか
 第三次世界大戦の性格
 「イスラム国」の戦いと他の武装集団の戦いは違う
 近代国家の再定義
終章 「アラブの春」の失敗と「イスラム国」の成功 (Epilogue: The Arab Spring and The Islamic State) 
 欧米の軍事介入の行方
 第三の道はあるか
謝辞
ソースノート


著者プロフィール
ロレッタ・ナポリオーニ(Loretta Napoleoni)
1955年ローマ生まれ。アメリカのジョンズ・ホプキンス大学で国際関係と経済学の修士号、ロンドン・スクール・オブ・エコノミクスで哲学修士号を取得。ハンガリー国営銀行に就職、通貨フォリントの兌換通貨化を達成、そのスキームは、後にルーブルの兌換通貨化にも使われる。北欧諸国政府の対テロリズムのコンサルタントを務め、各国の元首脳が理事をつとめる民主主義のための国際組織「Club de Madrid」の対テロファイナンス会議の議長も務める。邦訳書に『ならず者の経済学』(徳間書房、2008)と『マオノミクス-なぜ中国経済が自由主義を凌駕できるのか-』(原書房、2012)がある。(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものに補足)。

翻訳者プロフィール
村井章子(むらい・あきこ)
翻訳家。主な訳書にアダム・スミス『道徳感情論』(共訳)、フリードマン『資本主義と自由』、ガルブレイス『大暴落1929』(以上、日経BPクラシックス)、ラインハート&ロゴフ『国家は破綻する』、エセル『怒れ! 憤れ! 』、『コンテナ物語』(以上、日経BP),カーネマン『ファスト&スロー』(早川書房)、『リーン・イン』(日本経済新聞出版社)ほか。



PS 「イスラーム国」(or 「イスラム国」)という呼称について

NHKは2015年2月13日から「イスラム国」の呼称を変更することを発表した。

過激派組織ISについて

2月13日NHKは過激派組織について、これまで組織が名乗っている「イスラミックステート」を日本語に訳して「イスラム国」とお伝えしてきましたが、この組織が国家であると受け止められないようにするとともに、イスラム教についての誤解が生まれないように13日夜から原則として「過激派組織IS=イスラミックステート」とお伝えすることにしました。(*ふとjゴチックは引用者=さとう)

 「過激派組織IS=イスラミックステート」というのはえらく長い。わたしは「自称イスラム国」でいいのではないかと思うのだが・・・ (2015年2月14日 記す)



<関連サイト>

Loretta Napoleoni (wikipedia英語版)

ロレッタ・ナポレオニ: 入り組んだテロの経済 (TEDトーク、2009年7月 日本語字幕)
・・「ロレッタ・ナポレオニは、テロリズムへの生涯の関心を呼び起こすきっかけとなった、イタリアの秘密主義で知られるテロ組織「赤い旅団」と話すという絶好のチャンスを詳述します。 彼女はテロ組織の入り組んだ経済学を調査し、その舞台裏で起こったマネーロンダリングと米国愛国者法の驚くべき関係を明らかにします」(TEDより)

Loretta Napoleoni: The Islamist Phoenix (動画 音声:英語 The Agenda with Steve Paikin, 2014年12月12日)

Loretta Napoleoni explains Islamic State's blueprint for economic success (動画 音声:英語 2014年10月3日 Australian Broadcasting Corporation 放送)

Terror Inc.: Tracing the Dollars Behind the Terror Network (動画 音声:英語 2008年? オレゴン大学における講演)


イスラム国現象が巻き起こす“負の連鎖”の仕組み-シリアの混乱が世界に広がる可能性 (菅原 出、日経ビジネスオンライン、2015年1月6日)

イスラム国 恐怖政治の実態-中東研究センターの保坂修司氏に聞く-(時事ドットコム、2014年)

イスラム国ではなく「ダーイシュ」、 弱点を突いて解体せよ 元バアス党員と元イラク軍人たちが夢想した世界とは (松本 太、JBPress、2015年2月6日)
・・サラフィー・ジハード主義者と元バアス党員や元イラク軍人という二項対立を抱える「イスラーム国」

イスラム国の「真の狙い」など存在しない 錯綜した人質事件の情報(前篇)(黒井文太郎、JBPress、2015年2月3日)
・・「今回の人質事件は、これまでイスラム国が何度も繰り返してきた「外国人誘拐ビジネス」の延長にすぎない・・(中略)・・たとえ敵国でも、解放するか殺害するかは、完全に身代金支払いの有無による」

イスラム国は日本を特に重視しているわけではない 錯綜した人質事件の情報(中篇)(黒井文太郎、JBPress、2015年2月10日)

コラム:イスラム国が人質焼殺映像で得たもの (Peter Van Buren、ロイター、2015年2月12日)
・・「イスラム国は日本人の人質2人とヨルダン軍パイロットを殺害し、メッセージをインターネット上で拡散し、それによる戦略的利益を得た。・・(中略)・・イスラム国はこれが「主義の戦い」であることを理解している。主義や思想は爆撃でダメージを受けることがないことも分かっている。そのような戦いでは、本質的に勝ち負けは存在しない。ただ壮大な戦いに苦しむだけだ。・・(中略)・・そもそもイスラム国への対応は依然として米国の手に委ねられているが、米国は自身の中東でのプレゼンスがまさに戦いの悪化を招いていることを理解しているようには見えない。」

地上軍をISIL掃討に投入せざるを得ない アメリカの“経済的”事情 カネをドブに捨ててきた有志連合軍のISIL空爆 (北村 淳、JBPress、2015年2月19日)
・・中途半端な陸上部隊派遣では「勝利」はおぼつかない

IS人質殺害事件:日本国内評論を総括する 日本は間違いなく標的の1つ 一神教の研究(その9)(宮家邦彦、JBPress、2015年3月3日)

世界は今こそ西欧的発想からの脱却が必要だ 英米メディアが注目するインド人随筆家パンカジ・ミシュラ氏に聞く(石黒千賀子、日経ビジネスオンライン、2015年3月20日)
・・「ミシュラ: それを如実に物語っているのが今の中東情勢ではないでしょうか。今の中東は、まさに欧州帝国主義の産物です。その産物が今、崩壊しつつあるということです。 ご存じのように、1916年に英仏露の3カ国がトルコ帝国領の分割を定めたサイクス-ピコ協定を結び、これら中東の地は欧州帝国主義か独裁者によってしか統治できないようにしてしまいました。この時点で、中東の枠組みはいずれかの段階で崩壊を迎えることは必然でした。・・(中略)・・ 欧州は過去にもこうした既存の秩序がすべて崩壊し、様々な狂信的な発想が台頭してくるという事態を何度もくぐり抜けてきた経験があります。30年戦争や宗教改革などはその一例です。長きにわたり、社会を結び付けていたものがばらばらになっていき、凄まじい暴力が発生し、崩れながら何十年もの混沌の時代に突入していく。これと似たことが今、中東で起きている。 帝国主義以降、西欧が築いてきた古い国民国家という政治的枠組みそのものが限界を迎えているということです」

「イスラーム国」の拡散が止まらない理由 (日本エネルギー経済研究所 中東研究センター主任研究員 吉岡明子、日経BizGate、2015年5月25日)

コラム:「イスラム国」との戦争はどう終わるのか (ロイター、2015年6月23日)
・・「つまり、イスラム国との戦争がどう終わるかという質問は、実際のところ、戦争後のイラクとシリアがどんな姿になるのかという問いを意味する。・・(中略)・・ 非国家組織と国家の間には、非常に大きな差がある。国家は国際的財政援助を求めたり、武器を購入したり、他国政府からの諜報支援を期待することもできる。イスラム国は武装組織としては資金力があるかもしれないが、すでに限界を感じているはずだ。」

アングル:空爆で収入減、イスラム国が次に狙う為替操作益 (ロイター、2016年2月24日)
・・ 「イラク北部モスルを支配する過激派組織「イスラム国」戦闘員は、金融拠点に有志連合の爆撃機から攻撃を受けるなか、住民から金を搾り取るため米ドルとイラク・ディナールの為替レートを操作している。」

バグダディはどちらが捕らえる? IS追い詰めた米露特殊部隊 パルミラ奪回の裏でも暗躍 (ウェッジ、2016年4月4日)
・・いよいよ本丸が落ちるか?

欧米にテロリストが大量帰還へ、IS壊滅後の恐るべき現実 (佐々木伸、ウェッジ、2016年8月1日)
・・「米連邦捜査局(FBI)のコミー長官によって発せられた。長官によると、米主導の有志国連合は最終的にISを壊滅することになるが、IS戦闘員のすべてを殺害、もしくは捕虜にすることはできず、多数がシリアから逃亡し、欧州に、そして米国にも舞戻って来る可能性が高い。 その結果、欧米でのテロの発生はISの壊滅の前と比べて減るどころか、増加するという最悪の状況になりかねない、という。シリアやイラクでのISの壊滅が欧米の治安の安定をもたらすことにはならないということだ。 」

各地で敗退、見え始めた終焉、追い詰められたIS、テロ激化か(佐々木伸、ウェッジ、 2016年8月15日)
・・「拠のシリアでは、トルコとの戦略的な交通の要衝、北部のマンジュビが陥落、第2の拠点化を狙った北アフリカ・リビアのシルトも制圧された。アフガニスタンでもIS指導者が米空爆で死亡した。追い詰められたISが欧州やアジアでテロを激化させる恐れが再び強まってきた。」

イラク、モスル奪回作戦を開始、ISは全員自爆覚悟(佐々木伸、ウェッジ、 2016年10月17日)
・・「オバマ大統領は少なくともイラクだけはIS撃退の道筋を付けて新大統領に引き継ぎたいと考えており、自分の残り少ない任期中にモスルを取り戻したいという思惑があるのは事実だろう。 だが「イラクで学んだことは物事が思った通りにはいかないということだ」(元米当局者)。奪回作戦がイラク軍にとっても修羅場になる危険性は大きく、オバマ大統領の思惑通りに進むかは予断を許さない。」


ISの拠点陥落すれど、新たに生まれる“新首都”(佐々木伸、ウェッジ、2017年6月29日)
・・「過激派組織「イスラム国」(IS)のイラクの拠点、モスルの奪還が目前に迫ってきた。しかしモスルがイラク軍に制圧されても問題は解決したわけではない。急がれるのはモスルの治安の回復と破壊された市の再建だが、宗派対立や利権争いが待ち構えており、戦後処理を誤れば、ISの復活という悪夢が現実になりかねない。」 7月11日時点でモスルハほぼ制圧され、つぎはシリア国内のラッカが焦点になる。されど・・・

「イスラーム国」とは何だったのか? 消滅まで囁かれるその現状(髙岡豊・中東調査会上席研究員、ダイヤモンドオンライン、2017年8月18日)

(2015年2月11日・13日・21日、3月6日・20日、6月6日、6月24日、2016年2月24日、4月4日、8月3日・15日、10月19日、2017年7月11日、8月18日 情報追加)


<ブログ内関連記事>

書評 『ならず者の経済学-世界を大恐慌にひきずり込んだのは誰か-』(ロレッタ・ナポレオーニ、田村源二訳、徳間書房、2008)-冷戦構造崩壊後のグローバリゼーションがもたらした「ならず者経済」は、「移行期」という「大転換期」特有の現象である
・・ナポリオーニ氏の世界的ベストセラーは、すでに2008年にナポ「レ」オーニ名義で日本で翻訳出版されている。「イスラム国」もまた「ならず者」の一つである


イスラーム文明の黄金時代

書評 『失われた歴史-イスラームの科学・思想・芸術が近代文明をつくった-』(マイケル・ハミルトン・モーガン、北沢方邦訳、平凡社、2010)-「文明の衝突」論とは一線を画す一般読者向けの歴史物語
・・十字軍が実行されたヨーロパ中世において、黄金時代のイスラーム文明と比較してヨーロッパは辺境の後進地帯に過ぎなかった


イラクとレバント(=東地中海)

書評 『イラク建国-「不可能な国家」の原点-』(阿部重夫、中公新書、2004)-「人工国家」イラクもまた大英帝国の「負の遺産」

書評 『新月の夜も十字架は輝く-中東のキリスト教徒-』(菅瀬晶子、NIHUプログラムイスラーム地域研究=監修、山川出版社、2010)

書評 『中東新秩序の形成-「アラブの春」を超えて-』(山内昌之、NHKブックス、2012)-チュニジアにはじまった「革命」の意味を中東世界のなかに位置づける

国際テロリズム

書評 『グローバル・ジハード』(松本光弘、講談社、2008)-対テロリズム実務参考書であり、「ネットワーク組織論」としても読み応えあり

映画 『ゼロ・ダーク・サーティ』をみてきた-アカデミー賞は残念ながら逃したが、実話に基づいたオリジナルなストーリーがすばらしい

映画 『神々と男たち』(フランス、2010年)をDVDでみた-修道士たちの生き方に特定の宗教の枠を越えて人間としての生き方に打たれる

書評 『巨象インドの憂鬱-赤の回廊と宗教テロル-』(武藤友治、出帆新社、2010)-複雑きわまりないインドを、インドが抱える内政・外交上の諸問題から考察

『エコ・テロリズム-過激化する環境運動とアメリカの内なるテロ-』(浜野喬士、洋泉社新書y、2009)を手がかりに「シー・シェパード」について考えてみる


極左テロ・極右テロ-日本・ドイツ・イタリア

マンガ 『レッド 1969~1972』(山本直樹、講談社、2007~2014年現在継続中)で読む、挫折期の「運動体組織」における「個と組織」のコンフリクト
・・追い詰められたテロリスト組織は、ついに「総括」の名のもとに内部抗争による虐殺に走っていく

映画 『バーダー・マインホフ-理想の果てに-』(ドイツ、2008年)を見て考えたこと
・・ドイツの極左テロを描いた映画。ドイツも、イタリアも、日本も、戦後の1960年代後半に「極左テロの嵐が吹き荒れた

書評 『裁判官と歴史家』(カルロ・ギンズブルク、上村忠男・堤康徳訳、ちくま学芸文庫、2012)-初期近代の「異端審問」の元史料を読み込んできた歴史家よる比較論
・・イタリア新左翼の活動家であった著者の友人がマコ込まれた裁判弁護のために書かれた本

マンガ 『テロルの系譜-日本暗殺史-』(かわぐち かいじ、青弓社、1992)-日本近現代史をテロルという一点に絞って描き切った1970年台前半の傑作劇画

沢木耕太郎の傑作ノンフィクション 『テロルの決算』 と 『危機の宰相』 で「1960年」という転換点を読む

「ユートピア」は挫折する運命にある-「未来」に魅力なく、「過去」も美化できない時代を生きるということ


■米英中心の国際メディアがもつ意味

書評 『国際メディア情報戦』(高木 徹、講談社現代新書、2014)-「現代の総力戦」は「情報発信力」で自らの倫理的優位性を世界に納得させることにある


16~17世紀のヨーロッパにおける宗教改革という「戦国時代」

「ジャック・カロ-リアリズムと奇想の劇場-」(国立西洋美術館)にいってきた(2014年4月15日)-銅版画の革新者で時代の記録者の作品で17世紀という激動の初期近代を読む

映画 『王妃マルゴ』(フランス・イタリア・ドイツ、1994)-「サン・バルテルミの虐殺」(1572年)前後の「宗教戦争」時代のフランスを描いた歴史ドラマ

書評 『武士とはなにか-中世の王権を読み解く-』(本郷和人、角川ソフィア文庫、2013)-日本史の枠を超えた知的刺激の一冊
・・「第一次グローバリゼーションのなか、日本に伝来したキリスト教にきわめて近似した一向宗は、限りなく「一神教」に近づいていたのである・・(中略)・・メッセージの明快さとアピール力において、一神教のほうが多神教よりもコミュニケーション密度とスピードが勝っているのは、当然といえば当然だ。信仰の対象を阿弥陀如来のみに一点集中させた一向宗が、容易に地域を越えて拡大したのはそのためだ」


「近代」の意味について日本近現代史に即して考える

『近代の超克ー世紀末日本の「明日」を問う-』(矢野暢、光文社カッパサイエンス、1994)を読み直す-出版から20年後のいま、日本人は「近代」と「近代化」の意味をどこまで理解しているといえるのだろうか?

『王道楽土の戦争』(吉田司、NHKブックス、2005)二部作で、「戦前・戦中」と「戦後」を連続したものと捉える
・・戦前の日本は「神国」のもと「聖戦」を戦った末に敗れ去ったのであったが、「近代国家」としての日本は「近代性」と「神話性」を両輪とする体制であった

「神やぶれたまふ」-日米戦争の本質は「宗教戦争」でもあったとする敗戦後の折口信夫の深い反省を考えてみる

(2015年2月8日、2015年2月11日 情報追加)




(2012年7月3日発売の拙著です)











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2015年1月26日月曜日

「害に対して害で応じるな」と、ムハンマドは言った-『40のハディース-アッラーの使徒ムハンマドの言行録』より


ここのところ「イスラーム国による日本人人質」関連ニュースでよく登場するのが、日本最大のモスクである東京・ジャーミイ。代々木上原(渋谷区)にあります。トルコ文化センターでもあります。
  
イスラームの信者ではない「一般見学者」にも開かれているモスクですが、以前見学したときにもらったのが、この『40のハディース-アッラーの使徒ムハンマドの言行録』(・・上掲写真)。

『ハディース』(Hadith)の説明は以下のとおりです。『40のハディース』に掲載されている説明です。

ハディースとは預言者ムハンマドの言行を記録したもの。それは聖クルアーンを解説、補完するもので、預言者ムハンマドの死後、クルアーンとは別に編纂された。この "40のハディース" はその中から抜粋したものである。

まず『クルアーン』とは、日本で『コーラン』といっているものの正式名称。アラビア語で書かれており、翻訳はあくまでもその一解釈という位置づけです。

とくに注意していただきたいのは、ムハンマドは「預言者」であって「予言者」ではないこと。日本語としてはまぎらわしいですが、意味がまったく異なります。「預言者」(prophet)の「預言」とは、「預金」の「預」と同様に「預かる」という意味「預言者」とは、神のコトバを預かった人のことです。神のコトバはアラビア語で預かったので、『クルアーン』(=コーラン)もアラビア語なのです。

イスラームでは、先行する一神教としてユダヤ教のモーセやキリスト教のイエスも「預言者」として位置づけていますが、ムハンマドを「最後の預言者」としているのです。

預言者ムハンマドのことばとして、こんな文言が書かれています。「40のハディース」のなかから、さらに3つを抜粋して紹介します。

「人々に慈悲をかけない者にはアッラーも慈悲をかけないであろう」
「善へと導き示す者は、善を行ったようなものである」
「害を与えることも、害に対して害で応じることも禁じられている」

さて、どうでしょう? アラビア語で唯一神を意味するアッラーを除けば、伝統的な日本の倫理道徳とさほど変わりはないのではないでしょうか。生活全般を律する宗教の倫理的側面が表現されているといっていいのでしょう。

それぞれ『ハディース』における出典は以下のとおりです。

「人々に慈悲をかけない者にはアッラーも慈悲をかけないであろう」は、「ムスリム、フェダール66:ティルミズ、ブッル16」、 「善へと導き示す者は、善を行ったようなものである」は、「ティリミズ、イリム14」、 「害を与えることも、害に対して害で応じることも禁じられている」は、「イビンマージュ、アフカーム:ムヴァッターアクディヤ31」。

イスラーム過激派の人たちは、これらの預言者ムハンマドのコトバを自覚していないのでしょうか? ムスリム(=イスラーム教徒)ではないわたしも、そんなことを考えてしまいます。

最後にもう一つムハンマドのコトバを引用して締めくくっておきましょう。

「豊かさとは富の多さではない。豊かさとは心の満足(知足)によるものである」(ブハーリ、リカータ15)






<関連サイト>

東京ジャーミイ・トルコ文化センター(公式サイト 日本語)


<ブログ内関連記事>

「ナマステ・インディア2010」(代々木公園)にいってきた & 東京ジャーミイ(="代々木上原のモスク")見学記

書評 『日本のムスリム社会』(桜井啓子、ちくま新書、2003)-共通のアイデンティティによって結ばれた「見えないネットワーク」に生きる人たち
・・日本におけるムスリムとモスクにかんするフィールドワーク

日本のスシは 「ハラール」 である!-増大するムスリム(=イスラーム教徒)人口を考慮にいれる時代が来ている

本日よりイスラーム世界ではラマダーン(断食月)入り
・・『ハディース』についても、ややくわしく解説しておいた

書評 『緑の資本論』(中沢新一、ちくま学芸文庫、2009)-イスラーム経済思想の宗教的バックグラウンドに見いだした『緑の資本論』
・・イスラームの経済倫理について。「資本の自己増殖」を未然に防ぐ装置として、辣腕の商人であった預言者ムハンマド自身によってイスラームにビルトインされた「利子禁止思想」、この経済思想的な意味を考えることは「イスラーム金融」とは何かを考える上で必要であり、イスラームにとって経済とは何か、商行為とは何かを根本的に考える上で大いに参考になる」

『論語と算盤』(渋沢栄一、角川ソフィア文庫、2008 初版単行本 1916)は、タイトルに引きずられずに虚心坦懐に読んでみよう!
・・渋沢栄一の「義利一致」論は、ある意味ではイスラームの教えに近いという側面をもっているのではないだろうか?





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2015年1月25日日曜日

「イスラーム国」登場の意味について考えるために-2015年1月に出版された日本人の池内恵氏とイタリア人のナポリオーニ氏の著作を読む



英語で ISIS や ISIL と省略形で表現される「イスラーム国」(The Islamic State)について、ようやく日本語で読める情報が増えてきたのは喜ばしい。

なぜなら、人質となった日本人が殺害されるという事態が発生した以上、イスラーム国の存在は、もはや日本と日本人には無縁だとは言い切れなくなったからだ。

これまでわたしは英語情報中心に見てきたが、英語情報には英米特有のバイアスがかかるので限界がある。このためできれば、アラビア語の情報を分析できる著者による日本語情報も見ておきたかった。わたしはアラビア語は読めないので、選択肢が限定される。
  
イスラーム国登場の意味と実態について知るには、『イスラム国-テロリストが国家をつくる時-』(ロレッタ・ナポリオーニ、文藝春秋、2015)と、出版されたばかりの『イスラーム国の衝撃』(池内恵、文春新書、2015)の2冊がもっとも適当だろう。関連本はできれば3冊以上、最低でも2冊以上の「束」で読むべきである。
  

まずは、後者の『イスラーム国の衝撃』から。アラビア語を駆使する気鋭のイスラーム研究者・池内氏の本は政治思想史と国際関係論から迫った良書。この本を読めば、イスラーム国登場の意味をザックリとつかむことができる。1973年生まれの著者は、20歳代のはじめに「オウム事件」(1995年)という無差別テロ事件を同時代人として知っている。
   
『イスラム国-テロリストが国家をつくる時-』は、英米で教育をうけたファイナンスの専門家でテロリストの資金調達の解明から踏み込んだテロ問題の政策アドバイザー1955年生まれの著者は、ローマ生まれのイタリア人という立ち位置。イタリアはかつて1960年代の終わりから1980年代にかけて「赤い旅団」による極左テロの嵐が吹き荒れた国である。


池内氏とナポリオーニ氏は、「テロリストによる国家建設」という同じテーマを分析していても、よって立つ専門分野が異なり、しかも世代が違うので、つづけて読むとイスラーム国についての理解が補完的な意味で深まることになる。

ともに英米圏の出身者ではないので、英語情報との距離の取り方に注目するべきだろう。なぜ英米が、ISIS や ISIL という呼称を使いたがるのか、両者ともに重要な示唆を与えてくれる。米国政府も英国政府も、ともに「イスラーム国」(Islamic State)を「国家」(state)としては認めたくないのである。あくまでもテロリスト「組織」とみなしたいのである。

池内氏は、イスラーム思想そのものに即しての記述である。とくにアラビア語圏における「終末論」についての考察は見逃せない。ナポリオーニ氏は、経済と財政という、世俗的な要素に即しての記述である。冷戦後のグローバリゼーションとの関係からの分析も見逃せない。

両者をあわせて読むと、「補完的」だというのはそういうことだ。ビジネパーソンとしては、より世俗的な分析に重点をおいたナポリオーニ氏のほうが面白いが、より根源的な理解に迫ろうとするなら池内氏のアプローチもきわめて重要だといえる。

いずれにせよ両者に共通しているのは、イスラーム国をたんなるテロリスト集団とみなしていては本質を見誤るという指摘である。イラクの北部地域と西部地域とシリアの一部で、すでに実質的に「領土」を支配下においているのであり、「国家」建設を目指しているという点に注目しなければならない。
   
両者ともに指摘しているが、仮に軍事力でイスラーム国を壊滅の追い込むことが可能だとしても、同じような志向をもったイスラーム過激派組織がつぎからつぎへと発生することが避けられないのだ。

すくなくとも一冊は読んでおきたい本として推奨しておきたい。




●『イスラーム国の衝撃』(池内恵、文春新書、2015)

目 次

1. イスラーム国の衝撃
2. イスラーム国の来歴
3. 蘇る「イラクのアル=カーイダ」
4. 「アラブの春」で開かれた戦線
5. イラクとシリアに現れた聖域
6. ジハード戦士の結集 傭兵ではなく義勇兵
 ジハード論の基礎概念
 ムハージルーンとアンサール-ジハードを構成する主体
 外国人戦闘員の実際の役割
 外国人戦闘員の割合
 外国人戦闘員の出身国
 欧米出身者が脚光を浴びる理由
 「帰還兵」への過剰な警戒は逆効果-自己成就的予言の危機
 日本人とイスラーム国
7. 思想とシンボル-メディア戦略 すでに定まった結論
 電脳空間のグローバル・ジハード
 オレンジ色の囚人服を着せて
 斬首映像の巧みな演出
 『ダービク』に色濃い終末論 90年代の終末論ブームを受け継ぐ 終末論の両義性 預言者のジハードに重ね合わせる
8. 中東秩序の行方 分水嶺としてのイスラーム国
 1919年 第一次世界大戦後の中東秩序の形成
 1952年 ナセルのクーデタと民族主義
 1979年 イラン革命とイスラーム主義
 1991年 湾岸戦争と米国覇権
 2001年 9・11事件と対テロ戦争
 イスラーム国は今後広がるか 
 遠隔地での呼応と国家分裂の連鎖
 米国派遣の希薄化
 地域大国の影響力
むすびに
文献リスト

著者プロフィール

池内恵(いけうち・さとし)
1973年東京生まれ。東京大学先端科学技術研究センター准教授(イスラム政治思想分野)。東京大学大学院総合文化研究科地域文化研究専攻博士課程単位取得退学。日本貿易振興会アジア経済研究所研究員、国際日本文化研究センター准教授を経て、2008年10月より現職。中東地域研究、イスラーム政治思想を専門とする。著書に『現代アラブの社会思想』(講談社現代新書、2002年、大佛次郎論壇賞)『書物の運命』(文藝春秋、2006年、毎日書評賞)『イスラーム世界の論じ方』(中央公論新社、2008年、サントリー学芸賞)など(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)。





●『イスラム国-テロリストが国家をつくる時-』(ロレッタ・ナポリオーニ、文藝春秋、2015)

目 次

この集団の名称について
用語集
はじめに 中東の地図を塗り替える(Introduction  Redrawing of the Middle East) 
 タリバンやアルカイダとは違う
 世界の多極化を熟知しその感激をつく
 多くのスンニ派の人々にとっては頼もしい政治運動と映っている
 彼らは道路を補修し、食糧配給所をつくり、電力を供給した
 他のテロ組織から学ぶ
 彼らが犯罪者でなくなる時
序章 「決算報告書」を持つテロ組織(The New Breed of terrorism?)
 「決算報告書」を持つテロ組織
 冷戦下のテロ組織と何が違うか?
第1章 誰が「イスラム国」を始めたのか??(From al Zarqawi to al Baghdadi) 
 テロリストは国家をつくれるか?
 アル・ザルカウィの伝説
 バグダディの登場
 バグダッド・ベルト
 写真を残さない男
 アルカイダとの路線対立
第2章 中東バトルロワイヤル(Reheasals for the Caliphate) 
 パレスチナ解放戦線という先行例
 一夜にして敵味方が逆転する今日の代理戦争
 代理戦争の政治的矛盾をつく
 人質を転売する市場
 テロをビジネス化し経済的自立を果たす
 シリアにおける最初の偽装国家の建設
 制圧地域内では予防接種も行われるようになる
第3章 イスラエル建国と何が違うのか? (The Paradox of the New Rome)   ユダヤ人がイスラエルを建国したように
 イスラエル建国とイラン建国
 戦士たちを制服地域の女性と結婚させる
 「イスラム国」が国際社会で認知される日は来るか?
第4章 スーパーテロリストの捏造(The Islamist Phoenix) 
 「ニューヨークでまた会おう」
 スーパーテロリストの捏造
 予言は公言することで実現する
 欧米は重大な動きを見落としていた
 カリフ制国家の訴求力
 あえて近代的な運営をする
第5章 建国というジハード(The Modern Jihad) 
 欧米の民主主義的価値観を越えるもの
 大ジハードと小ジハード
 「建国」という新しい概念をジハードに与えた
 「アルカイダは一つの組織にすぎないが、われわれは国家だ」
第6章 もともとは近代化をめざす思想だった(Radical Salafism) 
 サラフィー主義は、もともとはアラブの近代化をめざす理想だった
 植民地化によって過激な反欧米思想に変質
第7章 モンゴルに侵略された歴史を利用する(The New Mongols) 
 なぜ虐殺をするのか
 タクフィール、背教者宣言
 13世紀のモンゴル人によるイラク侵攻
 欧米は敵を誤っていた
 本質は宗教戦争ではなく、現実的な政治戦争
第8章 国家たらんとする意志(Contemporary Pre-Modern Wars) 
 崩壊過程の国民国家の血を吸って
 なぜシリアとイラクなのか
 第三次世界大戦の性格
 「イスラム国」の戦いと他の武装集団の戦いは違う
 近代国家の再定義
終章 「アラブの春」の失敗と「イスラム国」の成功(Epilogue The Arab Spring and The Islamic State) 
 欧米の軍事介入の行方
 第三の道はあるか
謝辞
ソースノート

著者プロフィール
ロレッタ・ナポリオーニ(Loretta Napoleoni)
1955年ローマ生まれ。アメリカのジョンズ・ホプキンス大学で国際関係と経済学の修士号、ロンドン・スクール・オブ・エコノミクスで哲学修士号を取得。ハンガリー国営銀行に就職、通貨フォリントの兌換通貨化を達成、そのスキームは、後にルーブルの兌換通貨化にも使われる。北欧諸国政府の対テロリズムのコンサルタントを務め、各国の元首脳が理事をつとめる民主主義のための国際組織「Club de Madrid」の対テロファイナンス会議の議長も務める。邦訳書に『ならず者の経済学』(徳間書房、2008)。(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものに補足)。



PS 『イスラム国-テロリストが国家をつくる時-』(ロレッタ・ナポリオーニ、文藝春秋、2015)については、このブログでよりくわしく取り上げているので、関心のある方は、そちらもご参照いただきたい。(2015年1月30日 記す)。





PS 「イスラーム国」(or 「イスラム国」)という呼称について

NHKは2015年2月13日から「イスラム国」の呼称を変更することを発表した。

過激派組織ISについて

2月13日NHKは過激派組織について、これまで組織が名乗っている「イスラミックステート」を日本語に訳して「イスラム国」とお伝えしてきましたが、この組織が国家であると受け止められないようにするとともに、イスラム教についての誤解が生まれないように13日夜から原則として「過激派組織IS=イスラミックステート」とお伝えすることにしました。(*ふとjゴチックは引用者=さとう)

 「過激派組織IS=イスラミックステート」というのはえらく長い。わたしは「自称イスラム国」でいいのではないかと思うのだが・・・ (2015年2月14日 記す)




<関連サイト>

イスラム国現象が巻き起こす“負の連鎖”の仕組み-シリアの混乱が世界に広がる可能性 (菅原 出、日経ビジネスオンライン、2015年1月6日)

イスラム国 恐怖政治の実態-中東研究センターの保坂修司氏に聞く-(時事ドットコム、2014年)

思い立ったら新書−−–−1月20日に『イスラーム国の衝撃』が文藝春秋から刊行されます

中東・イスラーム学の風姿花伝
・・「池内恵(いけうち さとし 東京大学准教授)が、中東情勢とイスラーム教やその思想について、日々少しずつ解説します。有用な情報源や、助けになる解説を見つけたらリンクを張って案内したり、これまでに書いてきた論文や著書の「さわり」の部分なども紹介したりしていきます」

『イスラーム国の衝撃』プレヴュー(1)目次と第1章(池内恵、BLOGOS、2015年1月4日)

「イスラーム国」による日本人人質殺害予告について:メディアの皆様へ (池内恵、フォーサイト、2015年1月21日)
・・関連情報のリンク先あり


イスラム国現象が巻き起こす“負の連鎖”の仕組み-シリアの混乱が世界に広がる可能性 (菅原 出、日経ビジネスオンライン、2015年1月6日)

イスラム国 恐怖政治の実態-中東研究センターの保坂修司氏に聞く-(時事ドットコム、2014年)

イスラム国ではなく「ダーイシュ」、 弱点を突いて解体せよ 元バアス党員と元イラク軍人たちが夢想した世界とは (松本 太、JBPress、2015年2月6日)
・・サラフィー・ジハード主義者と元バアス党員や元イラク軍人という二項対立を抱える「イスラーム国」

イスラム国の「真の狙い」など存在しない 錯綜した人質事件の情報(前篇)(黒井文太郎、JBPress、2015年2月3日)

イスラム国は日本を特に重視しているわけではない 錯綜した人質事件の情報(中篇)(黒井文太郎、JBPress、2015年2月10日)

コラム:イスラム国が人質焼殺映像で得たもの (Peter Van Buren、ロイター、2015年2月12日)
・・「イスラム国は日本人の人質2人とヨルダン軍パイロットを殺害し、メッセージをインターネット上で拡散し、それによる戦略的利益を得た。・・(中略)・・イスラム国はこれが「主義の戦い」であることを理解している。主義や思想は爆撃でダメージを受けることがないことも分かっている。そのような戦いでは、本質的に勝ち負けは存在しない。ただ壮大な戦いに苦しむだけだ。・・(中略)・・そもそもイスラム国への対応は依然として米国の手に委ねられているが、米国は自身の中東でのプレゼンスがまさに戦いの悪化を招いていることを理解しているようには見えない。」

IS人質殺害事件:日本国内評論を総括する 日本は間違いなく標的の1つ 一神教の研究(その9)(宮家邦彦、JBPress、2015年3月3日)

コラム:「イスラム国」との戦争はどう終わるのか (ロイター、2015年6月23日)
・・「つまり、イスラム国との戦争がどう終わるかという質問は、実際のところ、戦争後のイラクとシリアがどんな姿になるのかという問いを意味する。・・(中略)・・ 非国家組織と国家の間には、非常に大きな差がある。国家は国際的財政援助を求めたり、武器を購入したり、他国政府からの諜報支援を期待することもできる。イスラム国は武装組織としては資金力があるかもしれないが、すでに限界を感じているはずだ。」


(2015年2月11日、13日、3月6日、6月23日 情報追加)


<ブログ内関連記事>

書評 『イスラム国-テロリストが国家をつくる時-』(ロレッタ・ナポリオーニ、村井章子訳、文藝春秋、2015)-キーワードは「近代国家」志向と組織の「近代性」にある


■国際テロリズム

書評 『グローバル・ジハード』(松本光弘、講談社、2008)-対テロリズム実務参考書であり、「ネットワーク組織論」としても読み応えあり

映画 『ゼロ・ダーク・サーティ』をみてきた-アカデミー賞は残念ながら逃したが、実話に基づいたオリジナルなストーリーがすばらしい


中近東と東地中海(レバント)

書評 『イラク建国-「不可能な国家」の原点-』(阿部重夫、中公新書、2004)-「人工国家」イラクもまた大英帝国の「負の遺産」
・・第一次世界大戦終了後のオスマン・トルコ帝国崩壊にともない、サイクス=ピコ秘密協定で、イラク側は英国の権益とされた

書評 『新月の夜も十字架は輝く-中東のキリスト教徒-』(菅瀬晶子、NIHUプログラムイスラーム地域研究=監修、山川出版社、2010)

書評 『中東新秩序の形成-「アラブの春」を超えて-』(山内昌之、NHKブックス、2012)-チュニジアにはじまった「革命」の意味を中東世界のなかに位置づける

『イスラエル』(臼杵 陽、岩波新書、2009)を中心に、現代イスラエルを解読するための三部作を紹介


「アラブの春」とその終焉

書評 『エジプト革命-軍とムスリム同胞団、そして若者たち-』(鈴木恵美、中公新書、2013)-「革命」から3年、その意味を内在的に理解するために ・・エジプトもまた大英帝国の植民地であった


■米英中心の国際メディアがもつ意味

書評 『国際メディア情報戦』(高木 徹、講談社現代新書、2014)-「現代の総力戦」は「情報発信力」で自らの倫理的優位性を世界に納得させることにある


■終末論

「宗教と経済の関係」についての入門書でもある 『金融恐慌とユダヤ・キリスト教』(島田裕巳、文春新書、2009) を読む
・・イスラーム研究の若き俊秀・池内 恵の処女作『現代アラブの社会思想-終末論とイスラーム主義-』(池内 恵、講談社現代新書、2002)について触れてある

書評 『オウム真理教の精神史-ロマン主義・全体主義・原理主義-』(大田俊寛、春秋社、2011)-「近代の闇」は20世紀末の日本でオウム真理教というカルト集団に流れ込んだ


極左テロ・極右テロ-日本・ドイツ・イタリア

マンガ 『レッド 1969~1972』(山本直樹、講談社、2007~2014年現在継続中)で読む、挫折期の「運動体組織」における「個と組織」のコンフリクト

映画 『バーダー・マインホフ-理想の果てに-』(ドイツ、2008年)を見て考えたこと
・・ドイツの極左テロを描いた映画。ドイツも、イタリアも、日本も、戦後の1960年代後半に「極左テロの嵐が吹き荒れた

書評 『裁判官と歴史家』(カルロ・ギンズブルク、上村忠男・堤康徳訳、ちくま学芸文庫、2012)-初期近代の「異端審問」の元史料を読み込んできた歴史家よる比較論
・・イタリア新左翼の活動家であった著者の友人がマコ込まれた裁判弁護のために書かれた本

マンガ 『テロルの系譜-日本暗殺史-』(かわぐち かいじ、青弓社、1992)-日本近現代史をテロルという一点に絞って描き切った1970年台前半の傑作劇画

「ユートピア」は挫折する運命にある-「未来」に魅力なく、「過去」も美化できない時代を生きるということ

(2015年1月30日 情報追加)




(2012年7月3日発売の拙著です)











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2015年1月24日土曜日

「ホイッスラー展」(横浜美術館)に行ってきた(2015年1月24日)-フランス人でもなく英国人でもないアメリカ人ホイッスラーの「唯美主義」と「ジャポニスム」

(ポスターより「白のシンフォニー No.3)

「ホイッスラー展」(横浜美術館)に行ってきた。日本では27年ぶり、世界でも20年ぶりとなる大回顧展とのことだ。横浜美術館の開館25周年記念とのことである。すでに京都での開催を終えて、横浜で2015年3月1日まで開催中である。

ホイスッラーといえば、ジャポニスムの画家といイメージがある。はじめてホイスッラーの絵を画集で見たのはずいぶん昔のことだが、金髪娘が着物を着てポーズしているという、いわゆるエキゾチックなものであった。だから、ホイッスラーのジャポニズムを確認したいというのが、わたしが見に行った最大の目的であった。

その意味では、「参考」としてに同時に展示されている浮世絵の数々との比較がじつに興味深く感じられた。陶磁器や扇子など日本趣味あふれる小道具を絵画のなかに配置しただけでなく、浮世絵のテーマや構図といったエッセンスを抽出し、みずからの画業に独自に応用していたことが確認できるからだ。参考として出品された浮世絵のすべてが大英博物館をはじめとするなど英国所蔵品である。

日本趣味や浮世絵からの影響というと、モネなどのフランス印象派やゴッホなどがすぐに想起されるが、アングロサクソン圏の画家であったホイスッラーもまたその一人なのであった。 

(ホイッスラーの「自画像」 1972年)

ジェイムズ・マクニール・ホイッスラー(James Abbott McNeill Whistler, 1834~1903)は、19世紀後半にロンドンとパリで活躍したアメリカ人の画家、版画家である。主にロンドンに拠点にして英仏海峡を往復していたわけである。

したがって、パリでフランス印象派の画家たちと同世代で交流もあったが、ロンドンを拠点にしていたこともあり、ラファエル前派の画家たちとも交流があった。二股というわけでもないが、フランス印象派的なアプローチだけでなく、英国の「唯美主義」(=芸術のための芸術 art for art's sake)の影響もおおいに受けていたということになる。

日本趣味というと、フランス語の「ジャポニスム」(japonisme)としてフランス印象派ばかりが語られるが、大英帝国もまた英語の「ジャパニズム」(Japanism)として日本趣味を全面的に受容したのである。

そこからホイッスラーの独自世界が生まれてくるという見方をしてもいいのではないかと思って見ても、的外れではなさそうだ。フランス人ではなく英国人でもない、アメリカ人という立ち位置。いわゆる「三点測量」の可能な立ち位置である。より大きいな影響は、同じ英語圏である英国のほうがつよいものがあったであろう。

(「白のシンフォニー No.2」 wikipediaより)

今回は20年ぶりの回顧展ということだが、「白のシンフォニー No.2:小さなホワイト・ガール」(1864年)や「ノクターン:青と金色-オールド・バターシー・ブリッジ」(1872~1875)や自画像作品を除くと、大半は版画や素描などの小品が出展品の大半を占める。

明るく華やかにみえながらも憂いを帯びた「白のシンフォニー No.2:小さなホワイト・ガール」は、モデルが団扇(うちわ)をもってので、ジャポニスムの影響はすぐにそれとわかる。

幻想的な「ノクターン:青と金色-オールド・バターシー・ブリッジ」は、その約30年ほど前に制作されている浮世絵の歌川広重の作品の影響が濃厚に反映している。構図を応用しているのだがさらにデフォルメしており、ホイッスラーの独自の絵画世界となっているといっていいだろう。

(「ノクターン:青と金色-オールド・バターシー・ブリッジ」 wikipediaより)

シンフォニーやノクターンといった音楽用語を絵画作品のタイトルに使用していることにも注目したいところだ。ホイッスラーはこう書いている。

音楽は音の詩であるように、絵画は視覚の詩である。そして、主題は音や色彩のハーモニーとは何のかかわりもないのである

主題性や物語性の否定。音楽を音楽そのものとして、絵画を絵画そのものとして、いっさい余計なものを排すべきだという「唯美主義者」として姿勢。この姿勢にもとづいた創作がホイッスラーの絵画作品の世界である。

その意味では、「ジャポニスムの画家」などという余計なレッテル張りは排して、ホイッスラーの作品を虚心坦懐に味わってみる機会としてみたらいいのではないかと思う。フランス印象派でもラファエル前派でもなく、ホイッスラーという独自な存在であるのだから。

(横浜美術館前にて)


<後記>  美術マグネットの販売がないのが残念

ただ、一点残念だったのは、絵画作品のマグネットが販売されていなかったことだ。「ひげのマグネット」のみである。美術マグネット収集家にとっては大いに不満が残った。











<ブログ内関連記事>

「ザ・ビューティフル 英国の唯美主義1860~1900」(三菱一号館美術館)に行ってきた(2014年4月15日)-まさに内容と器が合致した希有な美術展
・・英国の「唯美主義」の美術展。「ラファエル前派」にはホイッスラーも大いに影響を受けた

「特別展 ボストン美術館 日本美術の至宝」(東京国立博物館 平成館)にいってきた
・・ホイッスラーはアメリカ生まれのアメリカ人だが、ボストンとはあまり関係はない

「生誕130年 橋口五葉展」(千葉市美術館) にいってきた(2011年7月)
・・「ホイッスラー展」には参考として橋口五葉の作品が一点出品されている

書評 『大英帝国という経験 (興亡の世界史 ⑯)』(井野瀬久美惠、講談社、2007)-知的刺激に満ちた、読ませる「大英帝国史」である


「三点測量」という視点

書評 『座右の日本』(プラープダー・ユン、吉岡憲彦訳、タイフーン・ブックス・ジャパン、2008)-タイ人がみた日本、さらに米国という比較軸が加わった三点測量的な視点の面白さ

書評 『「悲しき熱帯」の記憶-レヴィ-ストロースから50年-』(川田順造、中公文庫、2010 単行本初版 1996)-『悲しき熱帯』の日本語訳者によるブラジルを多角的、重層的に見つめる人類学的視点




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2015年1月22日木曜日

作家・陳舜臣はペルシアの詩人オマル・ハイヤームの『ルバイヤート』の翻訳者でもあった-追悼 陳舜臣さん

(左は小川亮作訳、右は陳舜臣訳)

作家の陳舜臣さんが亡くなったというニュースを聞いた。2015年1月21日のことらしい。享年90歳。天寿を全うしたといってよいだろう。

国際都市・神戸に生まれ育った台湾人二世。中国関連を中心とした歴史小説作家というイメージのつよい陳舜臣さんだが、11世紀ペルシアの詩人オマル・ハイヤームの『ルバイヤート』の翻訳を出版していることはあまり知られていないかもしれない。

『ルバイヤート』の翻訳が出版されたのは2004年、この翻訳は「青春の思い出として封じ込めていたもの」だったが、80歳を過ぎてから最終的にリクエストに応じて、若き日に書いた原稿が出版されることになったということだ。

司馬遼太郎が大阪外語大学の蒙古語科出身で、モンゴルへの熱い想いを語っていることは比較的よく知られているだろうが、陳舜臣さんもまた大阪外語大学のインド語科の出身で、司馬遼太郎の一年先輩であった。わたしがこのことを知ったのは、『ルバイヤート』の翻訳を入手して以降のことである。

なぜインド語科なのにペルシア語なのか? それは、かつてインドの公用語がペルシア語だったからだ。英国によって植民地化される以前のインドの歴史を知ればわかることだ。

インドを代表する観光スポットのタージマハールは、ムガール帝国の皇帝が建造させたものであるが、ムガール朝は西方からインドを征服したイスラーム王朝であった。ペルシア語はこの地域での共通言語であったのだ。この事実は高校世界史の教科書に書いてありながら、日本人の常識となっているとは言い難い。

陳舜臣さんの人生そのものが感じられる文章が、『ルバイヤート』の「序文」として記されている。一部を引用してみよう。

ルバイヤートは私の青春とともにあった。昭和17年、大阪外語インド語の二年生からペルシャ語の講義があり、太平洋戦争はすでにはじまっていて、外国から教材を購入することはできなくなっていた。すべてガリ版刷りであり、それも教師とわれわれ学生でなければ文字が読めないので、文字通り手づくりのテキストであった。
・・(中略)・・
戦時中の仕事なので、とくに忘れられない。死生観について、日常のことなので、いつも考えていた。同級生たちは大部分がすでに戦地へ行っていた。そのような状況のなかで私はルバイヤートを、辞書を片手に、それこそ精読していたのである。
そのころ私は、もし幸いにして命があれば、将来このような仕事を、ずっとつづけようと思っていた。・・(後略)・・

もともと学者志望であったという陳舜臣氏。神戸で生まれ育ったが台湾出身の陳舜臣氏は、日本の敗戦後に日本国籍を失い、国立大学での教員キャリアの道は断念したのだという。インド語やペルシア語の講義は国立大学でしか開講されていなかったからだ。

その後の変転する人生のなかでも、つねに『ルバイヤート』を意識の片隅にあったという。心の支えとなっていたのだろう。なんと80歳を過ぎて(!)、ようやく出版の踏ん切りがついたとのこと。それは2003年のことであった。

(『ルバイヤート』(陳舜臣、集英社、2004) マイコレクションより)


ペルシア語原典訳『ルバイヤート』

日本でもっとも普及しているのは、1949年(昭和24年)に岩波文庫に集録された小川亮作氏の口語訳だろう。

ペルシア語の原典からの初の日本語訳であるが、岩波文庫版の「まえがき」によれば、作家の佐藤春夫のすすめで口語訳にしたのだという。「今日どんな教育のないイラン人にきかせても容易に理解されるような、現代口語とほとんど文脈の異ならない平易なもの」だから、だそうだ。これは大正解であったといえよう。

それに比べると、陳舜臣さんの訳はちょっと古めかしいかもしれない。文学的香気のつよい日本語で、小川訳が出る以前の文語体の訳の系列に連なるものといえようか。もとよりペルシア語を読めないわたしに訳詩について論じる資格はないが、日本語の訳詩だけを見る限りそう思うのである。

その昔、岩波文庫の末尾に記されていた読書案内に「人生」と題したテーマて、オマル・ハイヤームの『ルイバイヤート』とプーシキンの『オネーギン』などが紹介されていた。文学趣味をあまり「持たないわたしだが、この二作品はわたしの好みとなって今日に至っている。

『ルバイヤート』は、わたしは高校時代に岩波文庫の訳で読みふけっていたが(・・本格的に酒を飲むようになる以前のことだ)、ペシミステックでメランコリックで刹那的な無常観をもつ内容は、なぜか日本人的メンタリティにも訴えるものがある。短歌の分かち書きのような短い四行詩であることもその理由の一つだろう。

岩波文庫版は、以下の8つの項目で分類されている。現代イランの詩人ヘダーヤトが編集したテキストによるものだという。

1 解き得ぬ謎
2 生きのなやみ
3 太初(はじめ)のさだめ
4 万物流転
5 無常の車
6 ままよ、どうあろうと
7 むなしさよ
8 一瞬(ひととき)をいかせ

陳舜臣さんが使用したテキストはよくわからないが、日本初のペルシア語原典訳である小川亮作氏の訳でも、2009年に出版された最新の岡田恵美子氏の訳でも使用されているヘダーヤト版ではないようで、集録されている詩はかなり異なるものがある。項目による分類もされていない。

このようにかなり独自の存在の『ルバイヤート』であるが、作家・陳舜臣の原点がペルシア語と『ルバイヤート』にあったことを知ると、陳舜臣文学の理解も深まるというべきであろう。中国はその西端においてイスラーム世界との接点をもっているのである。


不寛容な空気の漂う時代であるが、日本文明と中国文明の架け橋としての陳舜臣さんの存在に大きな意味があったことにあらためて思いを致している。

 ご冥福をお祈りいたします。合掌。






<関連サイト>

ルバイヤート RUBA'IYAT オマル・ハイヤーム 'Umar Khaiyam 小川亮作訳(青空文庫)
・・著作権切れにより全文がネットで公開。長文で詳細な「解説」はアップされてないので、岩波文庫で読む意必要がある

オマル・ハイヤームと訳者 小川亮作
・・「ルバイヤート」という商品名のワインをつくる丸藤ワイナリーの公式サイト。この記事によれば、ペルシア語からの初の原典訳を成し遂げた小川亮作(1910~1951)は、外交官としてペルシア(=イラン)とアフガニスタンで外交官を経験している人であった。残念ながらこの記事には、知られざる初期ロシア文学者グリボイェードフの『知恵の悲しみ』の訳者であることには触れられていない。グリボイェードフもまた小川亮作と同様に外交官として生きた人。ペルシアで殺害されている。


<ブログ内関連記事>

イランとペルシア文明

書評 『失われた歴史-イスラームの科学・思想・芸術が近代文明をつくった-』(マイケル・ハミルトン・モーガン、北沢方邦訳、平凡社、2010)-「文明の衝突」論とは一線を画す一般読者向けの歴史物語
・・『ルバイヤート』の詩人として知られるオマル・ハイヤームの、数学者・天文学者としての卓越した業績について本書で知ることができる

銀杏と書いて「イチョウ」と読むか、「ギンナン」と読むか-強烈な匂いで知る日本の秋の風物詩
・・ゲーテもまたハイヤームと同様に科学者にして詩人であっただけでなく、エキゾチックなテイストの『西東詩集』なるペルシア詩の翻案本を出版している。ただし、オマル・ハイヤームについては知らなかったらしい

イラン系日本人ダルビッシュがベースボールをつうじてアメリカとイランの関係改善に一役買う可能性がある

映画 『ペルシャ猫を誰も知らない』(イラン、2009)をみてきた

はじけるザクロ-イラン原産のザクロは東に西に


インド世界と中近東

梅棹忠夫の『文明の生態史観』は日本人必読の現代の古典である!
・・「インドは、梅棹忠夫が『文明の生態史観』で指摘したように、そこは西洋でも東洋でもない「中洋」としかいいようのない世界なのだ。日本や中国、韓国をふくんだ東アジア世界とはまったく異質の世界である。「インド世界」はむしろその西側に位置する、いわゆる中近東に近い」

「ナマステ・インディア2010」(代々木公園)にいってきた & 東京ジャーミイ(="代々木上原のモスク")見学記
・・「インドの総人口の1割以上がムスリムである。 パキスタンとバングラデシュ(・・かつては東パキスタン)が分類した際に、ムスリムは大多数が移住したが、いまでもインド国内にはムスリムはキリスト教徒や、仏教徒よりも多く居住しているのである」


台湾関連

邱永漢のグルメ本は戦後日本の古典である-追悼・邱永漢

特別展「孫文と日本の友人たち-革命を支援した梅屋庄吉たち-」にいってきた-日活の創業者の一人でもあった実業家・梅屋庄吉の「陰徳」を知るべし
・・東京・白金台の台北駐日経済文化代表処公邸「芸文サロン」で開催された特別展

拙著の台湾版が台湾のアートギャラリーで紹介されました!





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2015年1月21日水曜日

ここにも伊東忠太設計のインド風建築物がある-25年ぶりに中山法華経寺を参詣(2015年1月20日)

(中山法華経寺にある聖教殿 筆者撮影)

伊東忠太設計のインド風建造物が中山法華経寺にもある。「聖教殿」(しょうきょうでん)という名の建築物だ。

中山法華経寺は、千葉県市川市の中山にある日蓮宗の寺院。創建は鎌倉時代にもさかのぼることのできる由緒ある寺院である。日蓮を迫害から保護した領主が建立した寺で、その関係から時の鎌倉幕府に来るべき蒙古襲来をし警告した『立正安国論』(りっしょうあんこくろん)など、日蓮遺文(・・日蓮の直筆原稿も多くこの寺に保存されているらしい。

その貴重な直筆原稿を収めた「正教殿」(しょうきょうでん)が、伊東忠太設計の建築物である。平成11年(1999年)に設置された説明書きによれば、「盗難、火災、虫害、湿気の害等を長きに亘って受けないよう、近代科学教えるところを取り入れた保存方法を講じて」いるのだという。

「聖教殿」は、1931年(昭和6年)の建設である。伊東忠太(1867~1954)は当時、東京帝国大学工学部教授で建築家でもあった。代表作は、築地本願寺東京商科大学(・・現在の一橋大学)の兼松講堂などである。

築地本願寺は、その名のとおり浄土真宗のお寺だが、インド風の外観をもつ石造の建築物である。いわゆるお寺という感じのない、エキゾチックな建築物だ。西域探検を主導した大谷光瑞が施主であったためでもある。

(聖教殿を守る二匹の西域ライオン)

ストゥーパの形をした中山法華経寺の「正教殿」もまたインド風の建築物である。伊東忠太というとインド風という連想があるが、おそらく発注者の側もそれを期待していたのだろう。そもそも日蓮宗が奉じる法華経は大乗仏教のなかではもっともインドとの関連が深い。インドで布教している日本山妙法寺も日蓮宗の系統である。その意味では、しかるべき場所に、しかるべき建築物があるというべきか。

今週のことだが市川市中山に用事があったので、ついでに中山法華経寺に参詣した。じつに25年ぶりである。留学で渡米する前の1990年に、身近にある日本的なるものをいろいろ見ておこうと思って初参詣して以来である。

その初参詣の際に境内をくまなく歩き回り、そこではじめて「正教殿」と遭遇したのであった。説明書きで伊東忠太の設計ということを知って、記憶に刻み込まれたのである。一橋大学出身のわたしにとって、兼松講堂の設計者・伊東忠太の名前は親しみを感じていたからだ。

だが25年ぶりに再訪してみて、意外と大きな建築物だったのだなと、少し驚いた。

(正教殿を飾る動物たち-左にゾウ、右にヒツジ)

25年ぶりにあらためてじっくり見てわかったのは、外観がインド風であるだけでなく、さまざまな動物が配置されていることだ。

狛犬ならぬライオン(=阿吽の二頭の獅子)が守護しているだけでなく、さまざまな動物が装飾として配置されている。狛犬は中近東のライオン(=獅子)が変容したものであり、ビルマ式仏教寺院では二頭のライオンが配置されている。

内部には入れないので正面からしか見ることができないが、右側面にはゾウとヒツジが配置されていることがわかる。仏教にも縁の深いゾウもさることながら、ヒツジがあるのは面白い。建築史の研究のためにユーラシア大陸を踏破した伊東忠太ならではの発想か? ことし2015年がヒツジ年なのでわたしの目についたのかもしれない。

ちなみに、法隆寺の円柱と古代ギリシアの神殿の石柱の類似性をはじめて指摘したのは伊東忠太であった。


中山法華経寺は「世界三大荒行」の一つの修行道場

今回の訪問は寒中の1月半ば。正教殿のとなりの荒行堂から大音声の読経の声と、バシャっと水をかぶる音が聞こえてくる。「世界三大荒行」の一つとされる「寒百日大荒行」が、いまままさに進行中なのだ。

11月1日から2月10日まで100日間にわたって行われるこの荒行は、中山法華経寺がその根本修行道場となっている。全国から日蓮宗の僧侶がこの荒行に参加するために集まってきている。

日蓮宗の僧侶は、「法華経の行者」ともいわれるように、信者である一般民衆の期待に応えるべく、祈祷師あるいは霊能者としての役割も期待されている。100日に及ぶ荒行(あらぎょう)は、修行者たちを極限状態に追い込んで、祈祷師としての能力を高めることも目的の一つとしているのだ。

法華経に登場する「鬼子母神」(きしもじん)の信仰は、日蓮宗のなかにビルトインされた民間信仰であるが、これは仏教というよりも限りなくシャマニズム的である。そしてなによりも、南無妙法蓮華経というお題目がマントラ(呪文)そのものなのである。

このほか境内には大黒天を祭ったお堂や宇賀神(うがじん)を祭ったお堂もある。庶民信仰そのものの神仏習合的な要素を現在まで遺しているといえよう。



(中山法華経寺の参道は門前町の風情)

中山法華経寺は、「正中山本妙法華経寺」(しょうちゅうざん・ほんみょう・ほけきょうじ)として『江戸名所図絵』にも登場している。

船橋街道の左側にあり。(この地を中山村といふ。)日蓮大士最初転法輪の道場にして、一本寺なり。開山は日常上人、中興は日祐尊師たり。(『鎌倉大草紙』に云ふ、・・(後略)・・)(出典:『江戸名所図絵 六』(角川文庫、1968))

『江戸名所図絵』は、江戸時代末期のトラベルガイドともいうべき本で、江戸だけでなく市川から船橋あたりまでカバーしている。この本に取り上げられているということは、庶民にとってはそれなりの観光スポットであったことも意味しているのであろう。とくに鬼子母神信仰は、江戸では入谷や雑司ヶ谷が有名だが、中山法華経寺もそれなりに有名だったようだ。

(JR下総中山駅からつづく参道を京成中山駅を経て正門へ)

中山法華経寺の周辺には寺院が集中している寺町になっている(上図)。JR下総中山駅からつづく参道は京成中山駅を経て正門へ至っている。クルマも通行する石畳の参道は門前町としての風情もある。

建築好きであるなら、伊東忠太設計のインド風建造物である「聖教殿」を見るためだけのために中山法華経寺に足を運んでみる意味はある。「聖教殿」境内の奥まった位置にあって訪れる人も少ないが、そこまで足を伸ばす価値はある。








<ブログ内関連記事>

「築地本願寺 パイプオルガン ランチタイムコンサート」にはじめていってみた(2014年12月19日)-インド風の寺院の、日本風の本堂のなかで、西洋風のパイプオルガンの演奏を聴くという摩訶不思議な体験
・・築地本願寺もまた伊東忠太の設計によるインド風建築物

書評 『オーラの素顔 美輪明宏のいきかた』(豊田正義、講談社、2008)-「芸能界」と「霊能界」、そして法華経

書評 『マンガ 最終戦争論-石原莞爾と宮沢賢治-』 (江川達也、PHPコミックス、2012)-元数学教師のマンガ家が描く二人の日蓮主義者の東北人を主人公にした日本近代史

庄内平野と出羽三山への旅 (2) 酒田と鶴岡という二つの地方都市の個性
・・日蓮主義者であった軍人思想家・石原完爾の墓所を吹浦(ふくら)に訪ねる

「雨ニモ負ケズ、風ニモ負ケズ」 と 「And the skies are not cloudy all day」 ・・日蓮主義者であった宮沢賢治

「如水会講演会 元一橋大学学長 「上原専禄先生の死生観」(若松英輔氏)」を聴いてきた(2013年7月11日)
・・石原完爾や宮沢賢治と同様に、歴史学者の上原専禄もまた戦前から戦後にかけて、在家の日蓮主義団体の国柱会会員であった

「航空科学博物館」(成田空港)にいってきた(2013年12月)-三里塚という名の土地に刻まれた歴史を知る
・・成田空港反対闘争の中心地・三里塚には日本山妙法寺のインド風の成田平和佛舎利塔がある

はじけるザクロ-イラン原産のザクロは東に西に
・・ザクロは西では制母子像に、東では鬼子母神として展開

市川文学散歩 ②-真間手児奈(ままのてこな)ゆかりのを歩く
・・文化都市・市川には万葉集の時代にまでさかのぼることのできる文化財が多い

(2017年7月31日 情報追加)



(2012年7月3日発売の拙著です)













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2015年1月19日月曜日

書評 『中国外交の大失敗-来るべき「第二ラウンド」に日本は備えよ-』(中西輝政、PHP新書、2015)-日本が東アジア世界で生き残るためには嫌中でも媚中でもない冷徹なリアリズムが必要だ


昨年(2014年)11月にようやく実現した日中首脳会談。GDPレベルでは世界の2位と3位である近隣の経済大国どうしの中国と日本。あたらしいリーダーが選出されてから首脳会談がこれまで一度も実現していなかった「異常事態」であったので、まずは一件落着である。

あたかも熟柿が落ちるのを待っていたかのような日本側の粘り腰の勝利である。ここまでは、ニュース報道を聞いただけでも理解はできたことだ。

それにしても奇異に感じられたのは、安倍首相と握手はしているが仏頂面の習近平の画像であろう。習近平の「仏頂面」はいったいっどう「読む」べきなのか、しばらく日本でも話題となってさまざまなコメントが識者から提出されていたが、本書の著者・中西輝政氏は、「あの瞬間、全世界は日本の勝ちを悟った」と断言している。「日中首脳会談で中国外交は敗北した」のである、と。

APEC首脳会議のホスト国である中国。その首脳である習近平主席のメンツがかかったこの会議で、日本はいっさいの妥協なしに首脳会議実現という勝利を収めたのである。これが本書のタイトルであり、「第4章 そして日中首脳会談で中国は敗北した」にその詳細が記されている。

だが、このタイムリーに出版された『中国外交の大失敗』は、日本の外向的勝利は第一ラウンドに過ぎないという警告も同時に行っている。むしろ副題の「来るべき「第二ラウンド」に日本は備えよ」のほうが日本の読者に向けての重要なメッセージであることに気がつかねばならない。

「勝って兜の緒を締めよ」というフレーズが日本語にはある。もちろんわたしも含めて、とかく日本人というものは、勝ってほっとすると、その状態を当たり前のものとみなしてしまいがちだ。安心が慢心になってしまうのである。慢心は、つぎのラウンドでの大敗を招くことは言うまでもない。しかも、外交というものは、スポーツと違って最終ラウンドはないのである。

著者は、習近平という政治指導者を「太った小泉純一郎」だと形容している。その心は「変人」ということだが、まさに言い得て妙だろう。歴代の指導者とはかなり特異なパーソナリティーの持ち主なのである。

だが、重要なことは、すでに建国から70年を経過した中国は成熟段階に達しており、習近平のあとにつづく指導者も、毛澤東以来の「中国の夢」(チャイナ?ドリーム)の実現を追求するのだ、という著者の指摘である。問題は、特異なパーソナリティの持ち主の習近平だけではない。中国共産党そのものにあるのだ。

近代以降の中国にとっての重要な課題は日本対策であることは言うまでもない。「第7章 「対日工作」の歴史が教える次の主戦場」に書かれているが、戦前から現在にいたるまで、中国は日本に対して「対日工作」をおこなってきた。「対日工作」はスパイ小説の話ではない。「いま、ここで」進行中の工作であり、誰もが無意識のうちに協力者となっている可能性もあるのだ。

ビジネスパーソンにとって耳が痛いのは、「経済界に圧力をかければ日本は簡単に動かせる」という中国側の認識であろう。経済界の意向を無視しては、日本では政治は動かせないことを中国は熟知しているのだ。

インテリジェンスの分野においては、中国は米英アングロサクソンをも上回るというのが著者の見立てだが、対日工作にかんしても、じつに徹底的に日本人を研究したうえに構築された戦略に基づいているのである。

中国文明とは異なる日本が、東アジア世界のなかで生き残るには、日米同盟を堅持すべしというのが著者の立場だが、これはイデオロギーによるものというよりもリアリズムに基づく認識というべきだろう。わたしも基本的に賛成だ。

ただし、その同盟国アメリカに対してすらシビアなまなざしで見つめるべきであると注意喚起する姿勢にこそ中西氏の真骨頂があるというべきだろう。とかく日本人は、米国か中国かという二者択一の単線的な思考になりがちだが、インテリジェンスの立場にはそれはない。つねに日本の国益が第一に来るのである。

「冷戦後、日本人の判断を誤らせたアメリカ発の世界像」として、著者は以下の4つをあげている。

① 「歴史の終わり」論 
② 「文明の衝突」論 
③ 「グローバル市民社会」論 
④ 「地域統合による平和と繁栄」論

提唱された当時はおおいに話題を集めた「世界像」だが、いずれもその後の四半世紀の「現実」を前にして敗退している。冷戦後のアメリカの世論誘導が裏目にでたことを十分に認識しなくてはならないのだ。

「日本人自身が判断を誤らせた日本発の世界像」にも切り込んでいる。「東アジア共同体」構想、「国連中心主義外交」の幻想、愚行であった「常任理事会入り運動」。このような迷妄からは、いまや完全に脱却しなければならない。

「日出づる処の皇子、書を日没する処の天子に致す」という国書を随の陽帝にあてて送った聖徳太子の外交こそ、21世紀のわれわれも模範とすべきだという著者の主張にも賛成だ。国家と国家の「対等」の関係こそ、外交の基軸に置くべしという基本姿勢である。そこには嫌中(けんちゅう)も媚中(びちゅう)も生じる余地はない。外交は好き嫌いを前提にしてはならないのだ。リアリズムに徹しなくてはならないのである。

著者の立ち位置は英国流の「保守」(=コンサバティブ)であり、日本語の「保守」とはニュアンスが異なる。むしろユートピアな理想を追わないリアリズムの立場というべきだろう。それは過度な悲観主義にもとづく「自虐」姿勢でも、自信過剰が招きがちな「夜郎自大」でもない

「九条改正を含めた憲法改正が日中に真の安定をもたらす」という著者の主張に違和感を感じる人もいるだろうが、必要なのは「日中友好」という美名ではなく、実利を前提にしリアリズムに立脚した「共存共栄」の道である。

すでに「第二ラウンド」は始まっているのである。外交に終わりはない。






目 次

はじめに
第1章 相克の始まりはレーダー照射事件
第2章 尖閣問題「棚上げ論」という愚昧
第3章 超大国が立てつづけに味わった挫折
第4章 そして日中首脳会談で中国は敗北した
 あの瞬間、全世界は日本の勝ちを悟った
 驚嘆の年を禁じ得なかった事前合意文書
 不発に終わった中国のネガティブキャンペーン
 対日問題の利用で生き残りを図った習政権
 第二ラウンドでは「対日工作」が活発化する
 日中外交のあるべき姿を聖徳太子に学べ
第5章 中国共産党は経済危機に耐えられるか
第6章 中韓の「反日戦線」に惑わされるな
第7章 「対日工作」の歴史が教える次の主戦場
 「日中国交正常化」という屈辱的な言葉遣い
 「日本の属国化=日本革命」を狙った毛沢東
 続々と設立された「日中友好」の受け皿組織
 対日「友好工作」をつとめた超一流の工作員たち
 「60年安保闘争」を誘発した北京の戦略とは
 「経済界に圧力をかければ日本は簡単に動かせる」
 戦後日本外交の媚中ぶりが極まった瞬間
 そして中国は「友好」路線を捨て去った
第8章 憲法改正が日中に真の安定をもたらす
 冷戦後、日本人の判断を誤らせた4つの世界像
  ①「歴史の終わり」論
  ②「文明の衝突」論
  ③「グローバル市民社会」論
  ④「地域統合による平和と繁栄」論
 日本外交を傷つけた「東アジア共同体」構想
 「国連中心主義外交」の幻想から目覚めよ
 日米安保を無効化する中国の "必殺兵器"
 恥ずべき愚行だった「常任理事会入り運動」
 九条改正にはもはや一国の猶予もならない
おわりに



著者プロフィール

中西輝政(なかにし・てるまさ)
1947年大阪府生まれ。京都大学法学部卒業。ケンブリッジ大学大学院修了。京都大学助手、三重大学助教授、スタンフォード大学客員研究員、静岡県立大学教授を経て、京都大学大学院教授。2012年に退官し、京都大学名誉教授。専門は国際政治学、国際関係史、文明史。1997年『大英帝国衰亡史』(PHP研究所)で毎日出版文化賞、山本七平賞を受賞。2002年正論大賞受賞(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)。



<関連サイト>

「対中国外交-来るべき「第2ラウンド」に備えよ」(中西輝政(京都大学名誉教授)、PHP Biz Online 衆知 2015年1月5日)

日中首脳会談(外務省、平成26年11月10日)

戦後70年の今年、中国が仕掛けてくる“罠” (北野幸伯・国際関係アナリスト、2015年2月4日)

(2015年3月6日 情報追加)


<ブログ内関連記事>

書評 『大英帝国衰亡史』(中西輝政、PHP文庫、2004 初版単行本 1997)-「下り坂の衰退過程」にある日本をどうマネジメントしていくか「考えるヒント」を与えてくれる本


現代中国

書評 『中国台頭の終焉』(津上俊哉、日経プレミアムシリーズ、2013)-中国における企業経営のリアリティを熟知しているエコノミストによるきわめてまっとうな論 ・・中西輝政氏もこの本を詳しく取り上げている

書評 『語られざる中国の結末』(宮家邦彦、PHP新書、2013)-実務家出身の論客が考え抜いた悲観論でも希望的観測でもない複眼的な「ものの見方」

書評 『中国は東アジアをどう変えるか-21世紀の新地域システム-』 (白石 隆 / ハウ・カロライン、中公新書、2012)-「アングロ・チャイニーズ」がスタンダードとなりつつあるという認識に注目!

書評 『習近平-共産中国最弱の帝王-』(矢板明夫、文藝春秋社、2012)-「共産中国最弱の帝王」とは何を意味しているのか?


日本文明は中国文明とは異なる文明世界

梅棹忠夫の『文明の生態史観』は日本人必読の現代の古典である!
・・日本文明が中国文明ともインド文明とも違う独自の存在であること

書評 『「東洋的専制主義」論の今日性-還ってきたウィットフォーゲル-』(湯浅赳男、新評論、2007)-奇しくも同じ1957年に梅棹忠夫とほぼ同じ結論に達したウィットフォーゲルの理論が重要だ

書評 『日本文明圏の覚醒』(古田博司、筑摩書房、2010)-「日本文明」は「中華文明」とは根本的に異なる文明である

聖徳太子の「十七条憲法」-憲法記念日に日本最古の憲法についてふれてみよう!


ユートピア幻想の戦後史
  
書評 『革新幻想の戦後史』(竹内洋、中央公論新社、2011)-教育社会学者が「自分史」として語る「革新幻想」時代の「戦後日本」論

「ユートピア」は挫折する運命にある-「未来」に魅力なく、「過去」も美化できない時代を生きるということ
・・「戦前」の右翼、「戦後」の左翼は、ともにユートピア思想の系譜につらなるものである





(2012年7月3日発売の拙著です)












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