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2014年7月3日木曜日

書評 『現代世界と人類学-第三のユマニスムを求めて-』(レヴィ=ストロース、川田順造・渡辺公三訳、サイマル出版会、1986)-人類学的思考に現代がかかえる問題を解決するヒントを探る


『現代世界と人類学-第三のユマニスムを求めて-』(レヴィ=ストロース、川田順造・渡辺公三訳、サイマル出版会、1986)は、フランスを代表する人類学者で、かつ西欧を代表する知性であったクロード・レヴィ=ストロース(1908~2009)が、1986年に日本で行った三回連続の講演会の記録を質疑応答とともに活字化したものだ。

現在では『レヴィ=ストロース講義-現代世界と人類学-』とタイトルを変更して2005年に平凡社ライブラリーから再刊されている。同時通訳の老舗サイマルインターナショナルの出版部門であったサイマル出版会は、解散していまは存在しない。

この本を1986年の単行本初版で購入したのは、講演録のフランス語原文もついているからであった。当時はまだ大学を卒業してからさほど日もたっておらず、せっかく身につけた(?)フランス語能力を落としたくなかったこともある。しかも、レヴィ=ストロースも難解な論文ではなく、ですます調の講演スタイルで読めるので一石二鳥だと。

フランス語のタイトルは、L'anthropologie face aux problèms du monde moderne (現代世界の諸問題に直面する人類学)である。1986年に石坂レクチャーとして行われたものだ。1981年に行われた日本を代表する哲学者・井筒俊彦のレクチャーは『イスラーム文化』として岩波書店から出版されている。


人類学が現代が抱えている問題に貢献できることとは?

講演が行われた1986年からすでに28年(!)もたっているのだが、講演の基本姿勢はもとより、講演で取り上げられたテーマは、いまなおアクチュアルなものがある。とくに人工授精問題は、2014年のいま日本ではホットイシューの一つである。

人工授精問題は、生殖技術の発展によって「生物学的な親」と「社会的な親」をめぐって発生している問題で、法的、心理的、道義的な側面がかかわっている。

レヴィ=ストロースは講演のなかで、人類社会においては「親族関係」がもっとも基本単位であることを確認したのち、生物学的親と社会的親との関係が違和感なく共存しているアフリカ諸部族の事例を引いている。

DNA検査が安価で簡単にできるようになった現在、昨年あたりから芸能人をはじめとして、日本でもさまざまな問題を生み出しているが、この議論に人類学者が貢献しているとは寡聞にして聞かない。

アフリカの事例もそうだが、こうした問題を考えるあたって重要なことは、「モデルではなく事例(!)」という考えだ。 

質疑応答のなかで、ピカソの発言として引用したこのフレーズこそ重要なものはない。これはピカソがアフリカ美術を賞賛した際の発言らしいが、2014年現在の日本人にとってもきわめて示唆に富むものだ。

特定の国で行われている先進的な取り組みを「モデル」とするのではなく、さまざまな問題を解決するためのヒントになる「事例」として参照する。参考となる事例は未開文化に求めることも可能であり、そこにこそ人類学者の貢献できる余地があるというわけだ。

現代日本の人類学者には、自分の専門分野に閉じこもるだけでなく、その専門分野によって大いに現実問題の解決に示唆を与えるという形で社会貢献していただきたいものである。

(フランス語原文と対照させながら読むもよし)


「第三のユマニスム」-「文化相対主義」と西欧の終焉

単行本初版の副題には「第三のユマニスムを求めて」とある。人類学こそ、それに該当するといういのがレヴィ=ストロースの基本姿勢である。

ユマニスムとはフランス語で人文主義の意味。英語でヒューマニズムというと人間中心主義の意味が強いが、ここでは『エセー』で有名な16世紀のモンテーニュを想起すべきだろう。

16世紀のルネサンスと大航海時代(=第一次グローバリゼーション時代)のいわゆる「ユマニスム」、19世紀の第二次グローバリゼーション時代における西欧文明=植民地主義における「ブルジョワ・ユマニスム」、そして20世紀以降の「第三のユマニスム」

「第三のユマニスム」においては人類学がその担い手となるというのがレヴィ=ストロースの主張である。そして、彼自身もそのなかの一人である西欧文明も相対化される。「文化相対主義」をもたらした人類学的認識が、西洋文明至上主義の終焉に果たした役割は大きい。

いわゆる「文化相対主義」によって、みずからが依って立つ文明も相対化すること。これが、第三でかつ最後のグローバリゼーション時代には求められるのである。これは明治維新以来、西欧文明をみずからの血肉としてきた日本人にとっても1970年代以降は同様の状況にある。いわゆるスタンスをとって遠くから見るという視点である。この点についてはレヴィ=ストロースは世阿弥の「離見の見」(りけんのけん)を引いて日本人聴衆に説明している(・・これについては後述する)。

ただ、1986年時点においてすでに、西欧文明が弱体化しつつある状況を憂いているようにも聞こえなくもないレヴィ=ストロースの口調だが、2014年現在ではそれがさらに進行しているというべきだろうか。西欧文明は吸収されつくされて、もはや「常識」と化しているから不可視の状態になっていることもある。とくにフランスの凋落ぶりはいちじるしい。すでに欧州内でも周辺化しつつある。

日本人としては、人間中心主義という意味もあわせもつ「ユマニスム」の限界そのもにまでは踏み込んでいないという印象も受けるのだが、それはある意味では西欧知識人の限界であったのかもしれない。

現在では英語圏を中心にアニマル・ライツ(=動物の権利)という概念が浸透しているが、いわゆるヒューマニズム(=人間中心主義)といかなる関係になるのか、レヴィストロースには聞いてみたい気持ちもする。




「神話的思考」と「歴史的思考」

南米と北米の先住民の神話の分析をつうじて「神話的思考」を明らかにしたことは、レヴィストロースによる大きな業績である。これは「第2講演」の主要テーマの一つである。

神話とは「感覚世界からとりだされたイメージ」であり、哲学的思考や科学的思考が「概念の連鎖によって論理を進める」のと対照的である。

無文字社会にとっての神話の意味は以下のようなものである。(*以下、引用文の太字ゴチックは引用者=さとう)によるもの)。

私たちをとりまく世界の秩序と、私たちが生まれた社会の構造を解き明かし、その存在理由を示すことであり、世界全体あるいは個々の社会が、始原の時に創りだされた姿のまま存続してゆくであろうという、心を安らかにする確信を与えることでした。

じつはこの神話的思考は無文字社会に限ったものではない。先進国でも現在の世界の成り立ちが「始原の時」について繰り返し言及し、繰り返し想起することによって確認されるのである。

フランス人は、現在のフランス社会の状況を大革命を出発点として解き明かします。今日の状態を是とするか非とするかによって、大革命の解釈は異なったものとなり、将来の展望も異なってきます。言い換えれば、近い過去あるいは遠い過去について私たちが作りあげるイメージは、神話の性質にきわめて近いものなのです。・・(中略)・・日本の歴史についての私のわずかな知識から言うと、明治維新の前夜、江戸幕府を支持した人びとと王政復古を唱道した人びとについても、同じことが言えるのではないかと思うのです。

フランス革命が近代ナショナリズムの起源であり、フランスのみならずドイツでも、現代につながる近代主義の原点であると欧州では認識されている。日本についての言及もまたその通りだというべきだろう。大河ドラマや歴史小説で繰り返し言及されるのが幕末ものである。

社会秩序と世界観に根拠を与え、物事をかつてのありかたによって説明し、物事の現状を過去の状況によって正当化し、そこから将来を考える、という無文字社会で神話が果たしている役割はそのまま、私たちの文明の歴史に課しているものです。

無文字社会における神話的思考は、現代人にとっての歴史的思考も規定していることがわかる。共時的な思考を行う人類学が、通時的な思考を行う歴史学の意味と限界を示したといえようか。少なくとも年表的な時系列が歴史ではないということを示しているといえる。

「歴史」は、現在が過去の再生産であり、未来が現在の持続であることを期待させるのではなく、現在が過去と異なるように、未来も現在とは異なると言うことを期待させるためのものなのです。・・(中略)・・現代文明において用いられる「歴史」が、客観的真理よりはむしろ予断と希望の表明であること・・(中略)・・ここでも人類学は、私たちに批判精神を教えてくれるのです

そして科学の発達が人間の認識に大きな変化を与えつつあることを次のように語っている。


科学が進歩すると同時に、時空間のスケールの拡大によって、対象となる現象は人間の知的能力を超え、それを思考によって統御することはますます困難になってゆく・・(中略)・・宇宙の歴史は私たち死すべき人間にとって、ある種の大いなる神話の相貌を帯びてきます。なぜならそれは特異な出来事であり、一度限りの、繰り返しのきかないものとして、その現実性を検証することのけっしてできないものだからです。

科学的思考と神話的思考は長く別個のものと考えられてきたが、一つのものに収斂していく可能性もあるということだ。

それは同時に、因果律的な決定論ではなく、偶然という要素を重視した確率論的な世界観への変化としてもあらわれている。

すでに「人種決定論」が誤謬(ごびゅう)であることは常識であるが(・・一般認識としてはかならずしもそういえないかもしれないが)、レヴィ=ストロースが言及しているように、「文化が遺伝を決定する」という要素のほうが大きいと考えるべきだろう。

文化を環境と考えれば納得のいく話である。個体レベルの遺伝子やゲノムだけではなく、集団全体を遺伝子プールと捉えれば、文化の違いが環境として働くことは説明可能だ。


西欧と日本
 
フランス知識人にとくに強い傾向だと思うが、レヴィ=ストロースもまた日本の独自性を称揚している。子どもの頃からの浮世絵ファンで、日本美術のみならず日本について深い知識を有していたことは、一般に経営学者として知られている社会生態学のドラッカーとも共通している。

西欧文明を全面的に受け入れながらも、その後の期間で咀嚼してみずからの固有性をけっして失わない姿勢が日本にあるという指摘には、レヴィ=ストロースの日本認識がきわめて正確であることがわかる。

こういう認識をもつのは、レヴィ=ストロース自身は西欧文明のなかで知的形成した人でありながら、名前からもわかるようにユダヤ系であることも少なからず影響しているのではないかと思う。祖父がユダヤ教の宗教指導者ラビであったがことが、知的自伝でもある『悲しき熱帯』で言及されているが、ユダヤ民族もまた西欧文明との出会いでその影響をどっぷりと受けながらも、独自性を失わない民族である。

あまりそのことを強調すると「人種決定論」に聞こえかねないが、文化を環境として考えればけっしておかしな話ではない。

本居宣長による「国学」にも言及がある。「国学」が「他者」を前提とした自己認識の探求であり、16世紀以降の西欧世界におけるに「他者」の発見と自己相対化が対称的な関係にあるという指摘に深いものを感じる。

本居宣長が主張したの「やまとごころ」は、「からごころ」という概念を設定することによって、はじめて特徴を明らかにすることができたものである。「文化相対主義」までは行ってないが、人類学的思考にも共通する認識がある。

とくに印象深いのは、なんといっても世阿弥の「離見の見」(りけんのけん)をヒントに自著のタイトルを決めたというエピソードである。『離れて見る』(Le Regard  éloigné)である。日本語訳は『はるかな視線』となっているようだが。

演じる人が観客を見ながら自分を見るという「「離見の見」は、遠近法による異境化作用(デペイズマン)でもあり、異文化を観察する人類学者が自己をみつめる認識そのものである。

それぞれの講演ごとに行われた質疑応答も、質問者が人文社会科学のそれぞれの専門分野を代表するような日本の知性であるだけに2014年時点で読んでいても面白い。「近代化=西欧化」されながらも日本人の独自性を失っていない現代の日本人のスタンスがクリアに浮かび上がっているからだ。

人類学的思考のエッセンスを知ることのできる、読みやすいが含蓄の深い講演である。





目 次 (単行本初版)

待ちに待った講演 (前田陽一)
第1講 西洋文明至上主義の終焉-人類学の役割
 人類の歴史と人類学
 人類学とは何か
 客観性と全体性を求めて
 第三の人文主義・人類学
 人類学者は何をなしうるか
 人類学の未来-質問に答えて
第2講 現代の三つの問題-性・開発・神話的思考
 共通言語としての親族関係
 未開社会の "人工受精"
  "低開発" とは何か
 超自然をもつ社会
 神話の意味するもの
 未開社会と現代文明の接点-質問に答えて
第3講 文化の多様性の認識へ-日本から学ぶもの
 人種決定論の誤謬
 文化が遺伝を決定する
 累積的社会・停滞的社会
 文化相対主義と人類学
 日本文化の位置-質問に答えて
レヴィ=ストロース博士の人と学門(川田順造)
《石坂講演シリーズについて》

フランス語原文 目次
L'anthropologie face aux problèms du monde moderne
1 La fin de la suprématie culturelle de l'Occident.
2  Trois grandes problème contemporains: la sexualité, le dévelopment économique et la pansée mythique.
3  Reconnaisance de la diversité culuturelle: ce que nous apprend la civilasation japonaise.





著者プロフィール

クロード・レヴィ=ストロース(Claude Lévi-Strauss)
1908年~2009年。ベルギーのブリュッセル生まれ。フランスの文化人類学者。パリ大学法学部卒業後、リセ(高等中学校)教員を経てブラジル、アメリカで民族学を研究、1949年帰国し、パリの人類博物館、高等研究院、コレージュ・ド・フランスなどで教育と研究に従事。社会人類学研究所を創設。画期的労作『親族の基本構造』などで文化の厳密な構造分析方法たる構造主義の旗手となる(別の書籍から転記)。 

訳者プロフィール

川田順造(かわだ・じゅんぞう)
1934年(昭和9年)東京生まれ。東京大学教養学部教養学科(文化人類学分科卒)、同大学大学院社会学研究科博士課程修了。パリ第5大学民族学博士。東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所教授を経て、現在広島市立大学国際学部教授。著書に『無文字社会の歴史』『口頭伝承論』『声』『ブラジルの記憶』他がある。

渡辺公三(わたなべ・こうぞう)
1949年東京都生まれ。文化人類学者。東京大学教養学部フランス科卒業、同大学院社会学研究科博士課程修了。国立音楽大学助教授を経て、立命館大学教授。著書に『レヴィ=ストロース-構造-(現代思想の冒険者たち)』他がある。




なお、レヴィ=ストロースの業績については、英国の人類学の重鎮エドマンド・リーチの『レヴィ=ストロース』がひじょうにわかりやすく説明している。日本語訳はみていないからわからないが、もともと大学生向けに書かれた英語版はじつに読みやすい。






<ブログ内関連記事>




ユマニスム(=ヒューマニズム)

・・不寛容の時代に寛容を説いた16世紀の思想家エラスムスは人文主義(ユマニスム)を代表する知性

書評『1492 西欧文明の世界支配 』(ジャック・アタリ、斎藤広信訳、ちくま学芸文庫、2009 原著1991)
・・とくに南米とアフリカへの進出が西欧世界にあらたな認識をもたらした

「500年単位」で歴史を考える-『クアトロ・ラガッツィ』(若桑みどり)を読む
・・1543年鉄砲伝来、1549年キリスト教伝来。ともにその役割を担ったのは「大航海時代」のポルトガル人であった

「自分の庭を耕やせ」と 18世紀フランスの啓蒙思想家ヴォルテールは言った-『カンディード』 を読む
・・ルソーと並ぶ18世紀のフランス啓蒙思想家ヴォルテール

・・「西欧ヒューマニズムの限界」を体験から指摘した日本人歴史家・会田雄次の専門はイタリア・ルネサンス史

・・「生者」しか考慮に入れないヒューマニズムの限界を指摘した晩年の上原専禄


人類学的認識と歴史学的思考

梅棹忠夫の『文明の生態史観』は日本人必読の現代の古典である!
・・梅棹忠夫が提唱した「中洋」という概念をレヴィ=ストロースは使用していないが、『悲しき熱帯』の末尾の章を読むと近い認識をもっていたことがわかる

いまこそ読まれるべき 『「敗者」の精神史』(山口昌男、岩波書店、1995)-文化人類学者・山口昌男氏の死を悼む
・・山口昌男が目指した「歴史人類学」

書評 『向う岸からの世界史-一つの四八年革命史論-』(良知力、ちくま学芸文庫、1993 単行本初版 1978)-「社会史」研究における記念碑的名著 ・・訳者の人類学者・川田順造氏は、思想史家の良知力氏、歴史学者の阿部謹也氏と二宮宏之氏と『社会史研究』を立ち上げた同志であった

・・「離見の見」(りけんのけん)について精神医学の観点からくわしく説明されている。人類学的認識との共通点


人種決定論の問題点


・・ブラジルサッカーの強さもまた「人種」ではなく「文化」である






(2012年7月3日発売の拙著です)







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