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2014年2月26日水曜日

78年前の本日、東京は雪だった。そしてその雪はよごれていた-「二・二六事件」から78年(2014年2月26日)


1936年2月26日、いまから78年前に起きたのが「二・二六事件」。昭和11年に発生した陸軍のクーデター事件のことです。

78年もたつと、当事者はもちろん関係者で現存している人もほとんど亡くなり、話題になることも亡くなっていく。しかし、話題になることが少なくなればなるほど、かえって反比例的に時代は近づいてゆくのではないか? そんな「逆説」を感じるのはわたしだけでしょうか。

「二・二六事件」関連の本は、これまでかなりの数を読んできましたが、そのなかでもピカイチなのは、昭和史を主テーマにしているノンフィクション作家・澤地久枝氏によるこの2冊。

『妻たちの二・二六事件-遺されたものの三十五年-』(中公文庫、1975 単行本初版 1971)
『雪はよごれていた-昭和史の謎 二・二六事件最後の秘録-』(日本放送出版協会、1988)


先週、先々週と、東京都心部もふくめて関東地方は記録的な大雪となって大きな混乱となりましたが、78年前の本日も東京は雪でした。そしてその雪はよごれていたのでした。「雪はよごれていた」とは・・・。

ずいぶん昔の本で、わたし自身も読んだのはすでに四半世紀前(!)ですが、それでもつよく印象に残っています。



『妻たちの二・二六事件』は、クーデターの中心になった青年将校たちを、未亡人たちから聞き取りをつうじて描いたもの。青年将校たちは自決した者以外は特設軍法会議で即席裁判の上、すべて銃殺刑されているため「未亡人」となったわけです。

基本的に軍事テクノロジーを扱うエンジニアであるのが軍人というものの本質ですが、ゲーテを読み文学を論じる青年将校たちが描かれており、かれらがいずれも「教養主義」の申し子であったことがわかります。

文学を愛するエンジニア。これだけみれば「文理融合」という美しい響きを感じるかもしれませんが、ここに欠けているのは社会科学の素養。これは「二・二六事件」の7年後に学徒出陣で動員された商大生の手記と比較すれば明らかなことだと思います。クーデター後の国家運営の見取り図が視野に入っていなかった青年将校たちの欠点が何であったかがわかると思います。

『雪はよごれていた』は、「NHK特集 消された真実-陸軍軍法会議秘録-」で放送された内容の活字化。特設軍法会議の首席裁判官が残した膨大な資料をもとに構成された番組では、当時の憲兵隊がクーデター計画をキャッチし電話を盗聴していたこと、そして盗聴内容が録音されレコードとして残されていたことが発見されたことが明らかにされ、北一輝の肉声を聞いたこともつよく印象に残っています。残念ながらこの本は現在は入手不能。

『妻たちの二・二六事件』は現在でも入手可能のロングセラーなので、まだ読んだことがない人はぜひ読んでほしいと思います。

先にも書きましたが、「二・二六事件」が話題になることが少なくなればなるほど、反比例して時代が近づいてゆくのではないか? 事件の当事者で現存している人がほとんどいなくなっただけでなく、朝のテレビニュースで取り上げられることもまったくなくなり、「事件」のリアリティがますます薄まっている感がなきしにもあらずですが・・・。

そんな気がしてならないのは、いまの日本は日に日に「閉塞感」が強まっているからです。しかも、いまだに東北復興も実現していない状況。たった3年前の「3-11」ですらこんな状況・・・。

「愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ」というのは「史上最強のナンバー2」であったドイツ帝国の宰相ビスマルクの名言ですが、「事件」がすでに「記憶」から消え、「歴史」の彼方に去ってしまったときが、ほんとうはいちばん怖い。

「歴史は繰り返す」と俗にいいますが、まったく同じことが繰り返されることはありません。さすがにクーデターがふたたび起こるとは考えにくい。

とはいえ、「閉塞感」が強まっていくとき、日本人がいかなる行動をとるのかについてのケーススタディになるのが「二・二六事件」ではないでしょうか。

わたしは、「二・二六事件」は、けっして過ぎ去った過去の話だとは考えておりません。「二・二六事件」は、一度でも「組織人」を経験したことがある人なら、感覚的に理解できるはずの「事件」だと思います。

そうでなくても「忘却」したいと思うのが人間というもの。繰り返し繰り返し語ることによってしか、「記憶」を風化させないことが大事だと思うのですが・・・







<関連サイト>

「NHK特集 消された真実-陸軍軍法会議秘録-」 (NHKアーカイブス 1988年放送)


「青年日本の歌 昭和維新の歌」(YouTube)
・・映画『226』(1989年の日本映画)のシーンを使用

映画 『226』 予告篇 (YouTube)




映画「動乱」特報・劇場予告 (YouTube)
・・映画 『動乱』(1980年の日本映画)






<ブログ内関連記事>

二・二六事件から 75年 (2011年2月26日)

4年に一度の「オリンピック・イヤー」に雪が降る-76年前のこの日クーデターは鎮圧された(2012年2月29日)

「精神の空洞化」をすでに予言していた三島由紀夫について、つれづれなる私の個人的な感想

「憂国忌」にはじめて参加してみた(2010年11月25日)

「かくすれば かくなるものと知りながら やむにやまれぬ 大和魂」(吉田松陰)・・個人の心情に基づく個人の行動。公僕は組織を巻き込んではならない

石川啄木 『時代閉塞の現状』(1910)から100年たったいま、再び「閉塞状況」に陥ったままの日本に生きることとは・・・ 

「われわれは社会科学の学徒です」-『きけわだつみのこえ 第二集』に収録された商大生の手紙から

書評 『昭和16年夏の敗戦』(猪瀬直樹、中公文庫、2010、単行本初版 1983)-いまから70年前の1941年8月16日、日本はすでに敗れていた!
・・陸軍首脳部は当然のことながら日米の国力の差は数字で把握していた

書評 『忘却に抵抗するドイツ-歴史教育から「記憶の文化」へ-』(岡 裕人、大月書店、2012)-在独22年の日本人歴史教師によるドイツ現代社会論




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2014年2月23日日曜日

「ホリスティック」に考える-「医学」のアナロジーで「全体」を観る視点を身につける


先日のことだが、「漢方」関係の方とお話しする機会があり、「断食」の話で盛り上がったのだが、ふと思い出して20年ぶりに『ホリスティック医学入門-全体的に医学を観る新しい視座- (ビオタ叢書 1) 』(日本ホリスティック医学協会編、柏樹社、1989)という本を引っ張り出してきて、パラパラと読んでみた。

副題に 「全体的に医学を観る新しい視座」とある。なんで医学関係でも医療関係者でもないのにこんな本を読んだのかというと、企業組織は人体のアナロジーで考えると理解しやすいと思っていたから。カネは会社にとって血液(のようなもの)だとかよく言われているが、そのためには「全体」で考えることが重要なのだ。

「全体は部分の集合ではない!」

いまではそうめずらしくもないが、20年前はまだまだ西洋的思考にもとづく「要素還元主義」が当たり前だった。いまでも「全体最適」というコトバは定着したものの、依然として「部分最適」なソリューションが行われていることが多い。

おそらく「診断」そのものに問題があるのだろう。数値だけみてもその関連がわからなければ意味はない。全体をみるといっても、そう簡単にできるものでもない。だが、たんなる「診断技術」の問題でもない「診断」における「視点」の問題である。

表紙には、「なぜ、いま、ホリスティック医学なのか」として、つぎのような文言がならんでいる。

現代医学・東洋医学・心身医学・自然療法など、現行医学の長所と短所を見極め、包括的に統合する全体的な新しい医学-ホリスティック医学の流れや思想から、世界のホリスティック医学事情までを初めて紹介する画期的入門書!

つまり現代医学とオルタナティブ・メディスン(=代替医療)を融合させようという視点だ。それが「ホリスティック」、すなわち「全体」を観る視点である。

表紙のウラには、「ホリステック医学の概念」が5項目でまとめられている。

1. ホリスティック(全的)な健康観に立脚する
2. 自然治癒力を癒しの原点におく
3. 患者がみずから癒し、治療者は援助する
4. さまざまな治療法を総合的に組み合わせる
5. 病への気づきから自己実現

「ホリスティック」の語源とそこからの派生語についても書かれている。

holistic(ホリスティック)という言葉は、ギリシア語の holos(全体)を語源としている。そこから派生した言葉に whole, heal, holy, health・・・などがあり、健康-health-という言葉自体がもともと「全体」に根差している。


もともと大学時代に合気道の修行に専念していたこともあり、この分野には多大な関心があった。

「全体は部分の集合ではない!」 

このコトバの重要性はなんど繰り返しても繰り返し過ぎることはない。「専門」としての「部分」はもちろん大事だが、「全体」として「統合」する視点や教養がないとけない。これができるのは、残念ながら組織においてはトップに限られるそれ以外のメンバーは「俯瞰して視る」という視点を意識的にもたねばならないのだ。

さらにいえば、「部分」そのものが「全体」であるというホロンという考えも視野に入れておきたいところだ。この考えはジャーナリストで思想家のアーサー・ケストラーによるものだが、やや哲学的に過ぎるかもしれない。「ホロン」(holon)とは、全体を意味するホロス(holos) と存在を意味するオン(on)というギリシア語の合成語だ。

1980年代後半には「ホロニック・マネジメント」という形で、「個」と「組織」の難問を解決する思考方法として脚光を浴びたが、その後はあまり耳にすることもなくなって久しい。考え方そのものは興味深いが、実践レベルでの実行が困難なためだろう。

「医学」そのものは専門に勉強しなくても、「医学」のアナロジーでものを見て考えることは、ビジネス関係者にとってもきわめて重要だ。もちろん、ビジネス関係者以外にとってもきわめて重要だ。

あらためてそう思ったので、あえて「ホリスティック」という考えを紹介した次第である。







<ブログ内関連記事>

"Whole Earth Catalog" -「テクノロジーとリベラルアーツの交差点」を体現していたジョブズとの親和性

『形を読む-生物の形態をめぐって-』(養老孟司、培風館、1986)は、「見える形」から「見えないもの」をあぶり出す解剖学者・養老孟司の思想の原点 ・・ケストナーのホロンは階層構造であることが指摘だれている

医療ドラマ 『チーム・バチスタ 3-アリアドネの糸-』 のテーマは Ai (=画像診断による死因究明)。「医学情報」の意味について異分野の人間が学んだこと
・・病理診断について

書評 『面接法』(熊倉伸宏、新興医学出版社、2002)-臨床精神医学関係者以外も読んで得るものがきわめて大きい "思想のある実用書"
・・全体性を重視した面談法

「半日断食」のすすめ-一年つづけたら健康診断結果がパーフェクトになった! ・・西式、甲田式という日本発の減量法を実践

成田山新勝寺「断食参籠(さんろう)修行」(三泊四日)体験記 (総目次)

書評 『千日回峰行<増補新装>』(光永覚道、春秋社、2004)
・・最初の700日目とその後の300日目にはさまれた、生まれ変わりのための激しくも厳しい 9日間の断食・断水・不眠・不臥の苦行についても語られる

『鉄人を創る肥田式強健術 (ムー・スーパー・ミステリー・ブックス)』(高木一行、学研、1986)-カラダを鍛えればココロもアタマも強くなる!
・・著者の高木一行氏は1カ月間の断食を実行している(・・これは真似しないよう!)

書評 『治癒神イエスの誕生』(山形孝夫、ちくま学芸文庫、2010 単行本初版 1981)-イエスとその教団の活動は精神疾患の「病気直し」集団のマーケティング活動

ヘルメスの杖にからまる二匹の蛇-知恵の象徴としての蛇は西洋世界に生き続けている
アナクレピオス

書評 『こころを学ぶ-ダライ・ラマ法王 仏教者と科学者の対話-』(ダライ・ラマ法王他、講談社、2013)-日本の科学者たちとの対話で学ぶ仏教と科学

シリコンバレーだけが創造性のゆりかごではない!-月刊誌 「クーリエ・ジャポン COURRiER Japon」 (講談社)2012年1月号の創刊6周年記念特集 「未来はMITで創られる」 が面白い
・・Stuart Brand の Whole Eaarth Catalog

「上から目線」が必要なときもある-リーダーや戦略家は全体を見わたすバーズアイという視点が必要だ!

書評 『経営の教科書-社長が押さえておくべき30の基礎科目-』(新 将命、ダイヤモンド社、2009)-経営者が書いた「経営の教科書」
・・経営者は「全体」を見る視点が不可欠

(2015年7月21日 情報追加)




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2014年2月22日土曜日

フイギュアスケート、バレエ、そして合気道-「軸」を中心した回転運動と呼吸法に着目し、日本人の身体という「制約」を逆手に取る


2014年ソチ冬季オリンピック開催(2014年2月1日~23日)と重なってしまったため、すでに記憶から消えてしまっているかもしれませんが、ローザンヌ国際バレエコンクール最終選考で日本人が一位と二位を独占したというニュースが話題となったことを思い起こしてほしいと思います。

ローザンヌで優勝した17歳の男子高校生の二山治雄さんは、オリンピックの男子フィギュアスケートで金メダルを獲得した19歳の羽生結弦選手と重なり合わせてみてもいいかもしれません。

フィギュアスケートが氷上のバレエといわれることも多いことから、それはけっして突飛な連想でもないでしょう。この二人の男子は年齢が近いだけでなく、意外なことに、いずれもそれほど長身ではありません。

よく伸びた手足に小顔なので長身に見えますが、羽生結弦選手は身長171cm、二山治雄さんは公表数字はありませんが、「世界に挑む 若き日本人ダンサーたち~第42回ローザンヌ国際バレエコンクール~」(NHK 2014年2月16日放送)というテレビ番組でバレエ関係者がしていたコメントでは、170cm前半とありました。西洋人にくらべると体格面で劣っているのは否定できませんね。

ローザンヌのバレエ・コンクールにかんして、面白いコメントが目にとまったので紹介しておきたいと思います。新聞社のサーバーから記事が削除される可能性もありますので、全文を引用しておきましょう。

【ローザンヌバレエ席巻】体形と意欲、日本人向き こつこつと技術習得  (MSN産経ニュース、2014年2月2日)

ローザンヌ国際バレエコンクールは、2年前の2012年にも当時17歳の菅井円加(すがい・まどか)さんが優勝するなど日本人バレエダンサーの躍進が目立つ。
背景には、跳躍など一つ一つの技を高いレベルでこなす技術力が指摘されている。 舞踊評論家の佐々木涼子さん(69)は「基本からしっかりと積み上げた技術力が極めて高い水準に達している」と分析。「一般的にバレエは優美なイメージが強いが、実は技術の優劣がはっきりと出る踊り。こつこつと技を磨く日本人の性格に向いている」と話す。 40年以上バレエ指導に携わる法村(ほうむら)友井バレエ団(大阪)の法村牧緒団長(68)は、「日本人は欧米人に比べて小柄で手足も短い分、重心をコントロールしやすく、難しい技を身につけやすい」とし、日本人の体形が、技術向上に一役買っていると指摘する。
日本人ダンサーは練習意欲も際立っているといい、法村さんは「国内でもコンクールが盛んで、勝つために技を磨く意識が非常に高い」。二山治雄さんが日本人男性として1989年の熊川哲也さんと並び優勝を果たしたことで、「男性のバレエも勢いが増していくと思う」と期待を込めた。(* 太字ゴチックは引用者=さとう)

「日本人は欧米人に比べて小柄で手足も短い分、重心をコントロールしやすく、難しい技を身につけやすい」、という指摘が興味深いですね。

とくに「重心をコントロールしやすく」という指摘は、基本的に日本の武道と同じです。


「軸を中心にした回転運動」

個人的な話になりますが、いまから20年以上前、アメリカの大学院に留学中にボランティアでアメリカ人大学生たちに合気道(Aikido)を指導していたことがあります。

その経験をつうじてわかったのは、白人も黒人も一般的に下半身の股下が長く、重心をコントロールしにくいということ。

重心(center of gravity)は、武道では「臍下丹田」といってへそ下三寸にあるとされていますが、脚が短いほうが重心が低くなるのでコントロールしやすいことは否定できません。これは大相撲の外人力士、とくに欧州出身の力士を観察していれば理解できることだと思います。すり足で動く相撲では、重心が高いと安定感を欠くのです。

フィギュアスケート、バレエ、そしてと合気道をはじめとする日本武道。西洋のパフォーミングアートであるバレエ、東洋の武道。華やかな前者と地味な後者。いっけんまったくかけ離れていますが、身体運動でかつ回転運動を基盤に置いているという点にかんしては共通性があります。

そもそもスポーツはすべて軸を中心とした回転運動が基本にありますが、フィギュアスケートやバレエ、そして武道ほど、実際に自分がやっていないとしても、目に見える形で現れますので、観察して実感することができるといってよいでしょう。

バレエとの対比においては、東洋の伝統舞踊にも言及しておく必要があります。

カンボジア王国のシハモニ国王は、シハヌーク前国王から皇太子に指名されるまで、フランスのパリで20年以上にわたってバレエ教師の職についていたことは東南アジア通なら常識でしょう。カンボジアに帰国後には、クメール舞踊協会の代表をつとめていました。クメールとはカンボジアのことです。

カンボジアがフランスの植民地であったこと、シハモニ国王の母親がフランス系カンボジア人であることは多少は関係があるかもしれません。シハモニ王子が、なぜバレエの道に進んだのか詳しいことは知りませんが、当時は社会主義圏にあったチェコのプラハでバレエを学んだようです。

優美なクメール舞踊はインド舞踊やタイダンスと同様、じっさいにやってみればわかると思いますが、手の返しがひじょうにむずかしい。伝統舞踊は子どものときに必修として教育されているようですが、そうでなければ大人になってからは習得は困難でしょう。

タイの国技ムエタイは白兵戦で戦うために開発された武術ですが、ムエタイの試合前には優美な舞踊が披露されます。蹴りを中心にしたムエタイは、バレエなみのカラダの柔軟性が基本にあります。

むかし、合気道の師匠である有川定輝先生からお聞きしたことですが、日本の武道の源流はインドにあるのだ、と。インドから中国を経由して日本に入ってきた点は、武道は仏教と共通しています。


バレエと合気道

話を日本の武道に戻しましょう。武道のなかでバレエともっとも近いという印象をもつのが合気道でですね。


バレエと合気道の関係については、バレエの世界から合気道の世界を経て、独自の「呼吸法」を開発して普及につとめている西野皓三氏の存在を想起すべきでしょう。そして西野氏の弟子でバレエ時代からずっと従ってきた弟子の由美かおるの存在も(写真上下)。


合気道だけではありません。柔道も、空手もみな軸を中心にした回転運動が根底にあります。柔道の投げ技、空手の回し蹴りを想起してみればいいでしょう。ともに軸足を支点にした回転運動です。

合気道開祖の植芝盛平翁のもとには、日本舞踊関係者などが多く入門して、その秘訣を学ぼうとしていたそうです。合気道も日本舞踊もすり足を基本にしています。すくなくともこの事実から、武道と舞踊の密接な関係については理解できると思います。

武道というコトバができる以前は「武芸」といわれていたことも、本質において「芸」としての共通性があることが示唆されています。能や歌舞伎などと同じく、「芸」としての共通性ですね。

合気道においては、「呼吸法」がきわめて重要な意味をもちます。さきに武道と仏教はインドから発して中国経由で日本に伝来した点に共通性があると言いましたが、「呼吸法」にかんしても、ヨーガの呼吸法が禅仏教をつうじて中国から日本に伝わったことの意味も大きいものがあります。禅の呼吸法は、言霊(ことだま)学をつうじて合気道に多大な影響を与えている、古神道(こしんとう)の呼吸法にも影響を与えているのでしょう。

わたし自身はバレエをやった経験はないので、バレエの観点からの話はできませんが、バレエと合気道の関係について、西野皓三氏と由美かおる氏の対話を手掛かりに考えてみたいと思います。


西野皓三氏と由美かおるの対話から

『西野式呼吸法 バイオスパーク』(由美かおる、講談社、1985)という本があります。由美かおるが、その師である西野皓三氏の「西野式呼吸法」を解説した内容の本です。

いまから30年近く前に出版された本で、すでに絶版で入手できませんが、たまたま蔵書整理していた際に「再発見」しました。パラパラとめくって読んでいたら、ひじょうに興味深いことが書いてあることに気がつきました。

第3章「西野式呼吸法はこうして生まれた」は、由美かおるがその師匠である西野皓三に話をうかがうという形で、「西野式呼吸法」誕生に至る経緯が西野皓三氏のライフヒストリーに沿って説明されています。

人体の構造について熟知している医学生だった西野氏が、バレエから初めて合気道を経て、中国拳法を習得し、独自の「呼吸法」に到達した経路が、下図においてよく表現されています。この3つに共通するものが「呼吸法」なのです。

(西野式呼吸法は西野皓三氏のライフヒストリーそのもの P.46より)


西野氏はわたしも教えを受けた合気会で師範もされていたこともあり、壮年時代の西野氏が合気会で段位をとっていた由美かおるの受けをとる演武は、ずいぶん昔のことですが武道館で見たことがあります。

西野皓三と由美かおるの対話から重要な点をいくつか抜書きしておきたいと思います。太字ゴチックの個所は、いずれも引用者(=さとう)によるものです。

由美 先生は日本人だから、当然のこととして、西欧のバレエから日本の舞や武道に戻ってきたわけですね。
西野 戻ってきたというよりは、広がってきたという感じだろう。バレエの動きが内から外へぐんぐん広がっていくのとは対照的に、日本の動きは内に秘められた微妙さが重要になるのだが、武道に、そうした日本の動きのもつ原点がいくつも含まれている。・・(中略)・・ そんなわけで、日本の動きをぼくは合気道で学ぼうと思った。合気道を始めてよかったと思う。

その後、西野氏は中国拳法も習得しています。

西野 合気道で、日本古来の武術の技の粋と心を学び、争わざる心を培われ、そして、中国拳法では澤井(健一)先生によって、中国古来の内攻の力(体の奥底から出る力)を使った武術の強さを教えられた。太極拳の高弟たちの強さは群を抜いている。

体の柔らかさと呼吸の関係についてはこう述べています。

西野 双葉山も柔らかくて、美しい力士だった。柔らかいということは当然呼吸と深い関係がある。それに美しいということ、これは何をやるにも大事なことで、特に体を使う表現で美しくないものはまずダメだ。

「ねじる」ということに論が及ぶ。ここから先が本題です。バレエ、合気道、中国拳法の比較論が展開されています。長くなりますが、じっくり読んでいただきたいと思います。かならず「発見」があるはずです。

由美 そういえば、バレエのねじりはすごいですね。
西野 バレエは、空間を制覇した芸術だといわれている。近代バレエが本格的に完成したのはアン・ドールという決定的なねじりができ上がってからだ。アン・ドールは両足を180度開くポジションのことだが、これが完成するまでに200年かかっている。
由美 そんなにかかっているんですか。バレエのねじりには他に、アン・ド・ダンというのもありますね。

(西洋のバレエと日本の武道の中間に中国武術がある P.60より))

西野 アン・ドールが外側(遠心的)に開くのに対して、内側(求心的)にねじることがアン・ド・ダンだ。この二通りのねじり方は太極拳でも合気道でも、一応完成された動きには必ずある。使い方や動きの意味はそれぞれ違うが、体を外側、内側にねじるといった動きの根本は同じだ。・・(中略)・・ 合気道では外にねじる動きは転換(てんかん)で代表され、内にねじる動きは入身(いりみ)に代表されるといっていいだろう。
由美 私も何となく、太極拳と合気道の流れるような動きが似ていると思っていました。
西野 ただ、同じねじりといっても、それぞれに特徴がある。バレエは背筋をスッと伸ばし、腕や脚を大きく開いて外に外に広がる遠心的なもので、日本の舞いや武道の動きは、肘や膝を内へ内へと向ける求心的なものだと思う。もちろん、バレエにも求心的な動きがあり、日本の舞いや武道にも遠心的に動くものがあるが、根本的には西欧は外、日本は内という感じだ。そして、中国拳法(太極拳や形意拳など)の動きは、ちょうどその中間のような気がする。
由美 地理的にも真ん中にありますものね。

(バレエと中国武術の近似性 P.62より)


洋の東西によって身体運動の基本的方向性が異なるものの、基本は共通していることが確認されたと思います。

バレエと合気道の中間に中国拳法(=中国武術)を置いてみると、共通性がくっきりと浮かび上がってきますね。上に掲載した図を、じっくりと眺めてみるといいでしょう。

わたしが大学時代に合気道を教わった有川定輝先生は、中国武術は日本武道よりもはるかにカラダの柔軟性が要求されると語っていました。インド武術は中国武術よりもさらに柔軟性が要求されるのだ、と。インドを中心においてみえると、身体運動の観点からみれば、バレエと中国武術が対応しているといえるかもしれません。

このように考えてくると、いっけん関係ないと見えるバレエと合気道の関係も見えてくるでしょう。まずは基本的な「型」(パターン、ポジション)の習得からはじまり応用に進むという共通性をもちながらも、相違点は主たる運動の方向性と柔軟性の度合いにあることがわかりますね。


日本人の身体という「制約」を逆手に取る

日本人のフィギュアスケーターも、バレエだけでなく合気道にも目を向けてみたらいいのではないでしょうか。日本人のバレエダンサーも、合気道などに目を向けるべきではないでしょうか。

野球の世界では、王貞治氏や広岡達朗氏が合気道の修業をつうじて「野球道」を探求していたことは知られています。桑田真澄氏も、古武術の甲野善紀氏の教えをフォーム改造に応用しています。アメリカのベースボールが、日本の野球として定着するプロセスにおいて、このような取り組みがあったことを想起することも必要でしょう。

メジャーリーグで現役をつづけているイチローもまた、低い重心の中心軸をつくるため、相撲の四股(しこ)のようなスタイルで下半身を強化しいます。テレビでヤンキーズの試合を見るときにはぜひ注目してほしいと思います。

日本人は、日本人の身体という「制約」から完全に脱することが不可能である以上、むしろそれを逆手に取って日本人であることを徹底的に深掘りしてみることが大事ではないでしょうか。徹底的にフィギュアスケートやバレエのテクニックを身に付けたうえで、さらに日本伝来の身体運動に目を向けてみる。壁にぶちあたったときには、かならず試みてほしいのがこういった取り組みです。

日本人がスポーツという西洋文明の粋のなかで活動するためには、意識して取り組むべき課題ではないでしょうか。教育学者の斎藤孝氏は、「腰・ハラ文化の再生」が必要だと、『身体感覚を取り戻す-腰・ハラ文化の再生-』(NHKブックス、2000)において主張されています(*注)。耳を傾けるべき主張だと思います。

もちろん、これはスポーツに限らず、現代文明を生きる日本人すべてにとっての課題であるというべきでしょう。「足元を掘れ、そこに泉あり」、というではありませんか! 自らのうちなる日本を意識することがあたらしい時代を開くカギなのです。






(*注) 本文の最後で触れた 『身体感覚を取り戻す-腰・ハラ文化の再生-』(NHKブックス、2000) については、いまから13年前の2001年に ネット書店の bk1(・・現在は honto)にわたしが書評を書いていますので、ここに再録しておきます。

 この本は、斎藤孝氏が脚光を浴びるキッカケになった本で、原点とでもいうべき内容の濃い一冊といってよいでしょう。


本書はまさに警世の書である!「失われた10年」よりもっと深刻な事態が進行しているのだ (投稿者:サトケン)
 
日本人が椅子の生活を始めてから、たかだか30年しかたっていない。それまでずっと続いていた、畳に座り、胡座(あぐら)をかき、正座する生活においては、腰・ハラは自然と鍛えられていた。「失われた10年」というフレーズがあるが、それよりもっと深刻な事態が進行しているのだ。高度成長によって日本人の生活が激変したことと、従来からあった身体感覚の喪失はパラレルに観察される現象だ。

本書はまさに警世の書である。日本の腰・ハラの身体文化の衰退とともに、「練る」「磨く・研く」「締める」「絞る」「背負う」といった日本語の基本動詞が失われつつあることに、著者は大きな注意を喚起している。日本人の精神性を規定してきたこれらのコトバが失われることは、日本人のアイデンティティが崩壊することを意味してもいる。現在の日本人は国際的に自己を確立しなければならないというのに、日本人としての軸を欠いたまま漂っていくのみでは、国際社会で尊敬されるハズがないのも当然だ。

欧州を旅行してとにかく目立つのが日本人の姿勢の悪さである。欧米人は老人と子ども以外、男も女も関係なくみなピシっと背中を伸ばして歩いている。これは彼らが日本国内で歩いているときも同じである。一度かれらの歩く姿をじっくりと観察していただきたい。日本人の姿勢の悪さは、精神のたるみに対応しているといわざるをえない。生活が洋風化したから姿勢が悪くなったのではないのだ。昔の日本人の姿勢がよかったことは、本書に収められた幕末や明治初期の写真からもうかがわれる。

ぜひ本書を読んで問題の深刻さに気づき、自らの姿勢を(もちろん物理的に!)正すことから、まず意識改革の第一歩を踏み出して欲しい。著者は1960年生まれの教育学者で、本書は年寄りの繰言ではない。            (投稿: 2001年3月28日)


 


<関連サイト>

西野式呼吸法 (公式サイト)

バレエダンサーとしての西野皓三(27歳)
・・写真でみる若き日の西野皓三氏



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「ブレない軸」 (きょうのコトバ)

「軸」がしっかりしていないと「ゆがみ」が生じる-Tarzan No.587 「特集 軸を整えて、ゆがみを正す」(2011年9月8日号)

『鉄人を創る肥田式強健術 (ムー・スーパー・ミステリー・ブックス)』(高木一行、学研、1986)-カラダを鍛えればココロもアタマも強くなる!
・・「中心軸」の重要性を語って止まなかった肥田春充(ひだ・はるみち)

合気道・道歌-『合気神髄』より抜粋

カラダで覚えるということ-「型」の習得は創造プロセスの第一フェーズである

書評 『正座と日本人』(丁 宗鐵、講談社、2009)-「正座」もまた日本近代の「創られた伝統」である!
・・「正座」はやらないほうがいい

書評 『日本力』(松岡正剛、エバレット・ブラウン、PARCO出版、2010)-自らの内なる「複数形の日本」(JAPANs)を知ること

バレエ関係の文庫本を3冊紹介-『バレエ漬け』、『ユカリューシャ』、『闘うバレエ』

コトダマ(きょうのコトバ)-言霊には良い面もあれば悪い面もある
・・山岸涼子のバレエマンガ『言霊』を取り上げている

【セミナー告知】 「異分野のプロフェッショナルから引き出す「気づき」と「学び」 第1回-プロのバレエダンサーから学ぶもの-」(2012年11月29日開催)

【セミナー終了報告】 「異分野のプロフェッショナルから引き出す「気づき」と「学び」 第1回-プロのバレエダンサーから学ぶもの-」(2012年11月29日開催)

書評 『人種とスポーツ-黒人は本当に「速く」「強い」のか-』(川島浩平、中公新書、2012)-近代スポーツが誕生以来たどってきた歴史的・文化的なコンテクストを知ることの重要性





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2014年2月21日金曜日

ブランデーで有名なアルメニアはコーカサスのキリスト教国-「2014年ソチ冬季オリンピック」を機会に知っておこう!

(マイコレクションよりアルメニア・ブランデー)

ロシア史上初の冬季オリンピックが、2014年2月7日から23日まで、黒海東岸のリゾート地ソチで開催されています。

日本選手の活躍も目覚ましく、海外で開催された冬季オリンピックでは最多の8つのメダルを獲得しています(2月21日現在)。

メダルがもっとも期待されていた選手が残念ながら涙をのんだのも、またオリンピックという特別の存在でありますが、そのなかの一人がフィギュアスケートの浅田真央選手。

フリーの演技では自己ベストを出したものの、前日のショートでのミス連続がたたって最終的に6位と、入賞はしたものの残念ながらメダルは逃しました。

その浅田選手が個人戦前の調整のため、アルメニアに移動して合宿しているというニュースが報道されていました。2月10日から15日までアルメニアの首都エレエヴァンのスケートリンクで調整していたようです。

テレビの報道では、ただアルメニアとしか言ってないので、もしかするとソチと同様にロシア国内と思って聞き流していた人が少なくないかもしれません。


アルメニアはカフカース(=コーカサス)の内陸国

たしかにソ連時代にはアルメニアはソ連邦を構成する共和国の一つとしてソ連内にありました。

ソ連崩壊後はアルメニア共和国として独立し、れっきとした主権国家として、ロシア共和国とはまったく別の国として存在しています。

首都モスクワからソチにいくよりも、ソチからアルメニアの首都エレヴァンにいくほうがはるかに近いのですよ! 日本スケート連盟が、アルメニアに合宿所を確保したのはさすがというべきですね。

ここに Google Map からアルメニアが中央にくるように地図を切り取ってみましたのでご覧ください。アルメニアの地政学が手に取るようにわかるでしょう。


(地図の左上にソチ 隣国のグルジア以外はみなイスラーム国)


この地図をみると、アルメニアが「文明の十字路」と呼ばれるカフカースの、そのまさに中心にあることがわかります。

この地図にはアルメニアと北で接しているグルジアだけでなく、冬季オリンピックの開催地ロシア共和国のソチ(地図の左上)とイランの首都テヘラン(地図の右下)、イラクの首都バグダッド(地図の中央下)がすっぽり収まってしまいまいます。

この一帯はカフカースと呼ばれている山岳地帯です。一般には英語風にコーカサスと呼ばれています。この山岳地帯はロシアにとっては南端にあたり、東端の極東シベリアとならんでロシアにとっての辺境地帯です。

アルメニアの真北にグルジアをはさんでウラジカフカスという地名がロシアにありますが、これはウラジ・カフカース、すなわちカフカースを制服せよ、という意味。東端のウラジオストクがウラジ・ヴォストーク、すなわちヴォストーク(=東方)を征服せよという意味であるように、対(つい)をないているわけです。


アルメニアといえばブランデー

旧ソ連では、赤ワインといえばグルジア、白ワインといえばモルドヴァ、ブランデーといえばアルメニアと相場が決まっていました。いずれも辺境の小国です。

ロシアといえばウォッカですが、ロシア料理にこれといった独自性がなく、民族料理の寄せ集めであることと似ています。チョウザメの卵のキャビアはカスピ海、羊の串焼きのシャシリクはトルコ、餃子のペリメニはシベリアからきています。よくいえばロシアは多民族国家である、ということになります。

ロシアではブランデーといわずにコニャックといっています。アルメニアブランデーの銘柄はアララット(意味は後述)。


(外箱の下部にロシア語で「エレヴァン・コニャック工場」と書いてある)

ほんとうは、コニャックはフランスのコニャック地方のものしか名称としては認められていないのですが、ロシア語では普通名詞になってしまっているので黙認されているのでしょうか。

アルメニア・ブランデーは、英国の首相チャーチルが「気に行ったので一生分買い込みたい」といったいうことで有名になりました。芳醇でまろやかな味わいは、ブランデーに蒸留する前の葡萄酒(ワイン)のレベルの高さが背景にあるのでしょう。

隣国のグルジアは「ワイン発祥の地」といわれています。ワインはこの地から黒海をつうじてギリシアに伝わっていったのであって、その逆ではありません。また、長寿の国としても有名で、ヨーグルトが長寿食として有名になったのも、ブルガリアもさることながらグルジアの存在が大きいのです。

アルメニアは、旧約聖書に登場するノアの箱舟が到着したアララット山を民族のシンボルとしています。ブランデーの銘柄名として先にも出てきたアララットですね。ただし現在はトルコ領内に
あります。

隣国のグルジアもまたキリスト教国です。グルジアもアルメニアも、きわめて古い時代のキリスト教。グルジアは正教会、アルメニアはアルメニア正教会。アルメニア正教会はエルサレムにも教会をもっています。この二カ国は、イスラームの大海に浮かぶキリスト教の小島のような存在であるわけです。

アルメニアといえば、ソ連時代に製作されたアーティスティックな映画『ざくろの色』で有名なアルメニア出身の映画監督セルゲイ・パラジャーノフについて触れないわけにはいかないでしょう。

また、間もなく発生から100年を迎えるトルコによるアルメニア人ジェノサイド(1915年)についても触れないわけにはいかないのですが、それについてまた別の機会にしたいと思います。

とりあえずは、アルメニアという国がカフカース(=コーカサス)に存在するgということだけでも、アタマのなかに入れておきたいものですね。そしてアルメニア・ブランデーも!

浅田真央選手も、日本へのお土産にアルメニア・ブランデー買って帰るのかな?

アルメニアとグルジアに行くというのは、わたしにとってはいまだ実現していない夢いつの日かかならず実現したいと思いつづけています。思えばかなう、かな!?






<参考書>

アルメニア関係でこれまでわたしが読んできたものに限る。かなり以前から関心があって読んできたのだが、いまだ訪問が実現していないのが残念。

『アルメニア(文庫クセジュ)』(ジャン=ピエール・アレム、藤野幸雄訳、白水社、1986)
『悲劇のアルメニア』(藤野幸雄、新潮選書、1991)
『アルメニア史-人類の再生と滅亡の地-』(佐藤信夫、泰流社、1986)
『アルメニアを知るための65章(エリア・スタディーズ)』(中島偉晴、メラニア・バグダサリヤン編著、明石書店、2009)








<ブログ内関連記事>

アルメニア民族関連

映画 『消えた声が、その名を呼ぶ』(2014年、独仏伊露・カナダ・ポーランド・トルコ)をみてきた(2015年12月27日)-トルコ人監督が100年前のアルメニア人虐殺をテーマに描いたこの映画は、形を変えていまなお発生し続ける悲劇へと目を向けさせる
・・世界中に離散したアルメニア民族の運命

書評 『新月の夜も十字架は輝く-中東のキリスト教徒-』(菅瀬晶子、NIHUプログラムイスラーム地域研究=監修、山川出版社、2010)
・・中東においては、イスラームよりも、おなじ一神教のキリスト教のほうが歴史がはるかに長い!

書評 『ろくでなしのロシア-プーチンとロシア正教-』(中村逸郎、講談社、2013)-「聖なるロシア」と「ろくでなしのロシア」は表裏一体の存在である
・・「ムスリム人口がマジョリティとなり、スラブ系がマイノリティとなったとき、ロシア正教もまたマイノリティの宗教となるのである。イスラームの大海に浮かぶ小島のような存在になるのかもしれない。スラブ人にとってはかなり暗い(?)未来図ではあるが、想定外とは言い切れないものがある」  周囲をイスラーム諸国に囲まれたアルメニアはすでにキリスト教の孤島のような存在である。2050年には世界人口の1/4がムスリムになると予測されているが、あらかじめイメジネーションを駆使して想定内にしておくことが必要。アルメニアの存在は、そのいい事例となるかもしれない?

書評 『インド人大富豪 19の教え』(山椒堂出版、2009)
・・「その次は、『アルメニア人大富豪20の教え』かい? しかしまあこのタイトルじゃ売れそうもないな。アルメニア人商人がユダヤ商人顔負けにしたたかだ、という事実はふつうの日本人は知らないだろうしね」  架空のビジネス書の書評(笑) アルメニア商人はユダヤ商人よりもしたたかというのが世界の常識

はじけるザクロ-イラン原産のザクロは東に西に
・・ザクロは、アルメニアにもまたがあるザクロス山脈から!?


料理と酒

in vino veritas (酒に真理あり)-酒にまつわるブログ記事 <総集編>

ユダヤ教の「コーシャー」について-イスラームの「ハラール」最大の問題はアルコールが禁止であることだ

幻の芋焼酎・青酎(あおちゅう)を飲んで青ヶ島の苦難の歴史に思いをはせ、福島の苦難について考える

『ベルギービール大全』(三輪一記 / 石黒謙吾、アートン、2006) を眺めて知る、ベルギービールの多様で豊穣な世界

映画 『大統領の料理人』(フランス、2012)をみてきた-ミッテラン大統領のプライベート・シェフになったのは女性料理人

西川恵の「饗宴外交」三部作を読む-国際政治と飲食の密接な関係。「ワインと料理で世界はまわる」!

タイのあれこれ (13) タイのワイン

「泥酔文化圏」日本!-ルイス・フロイスの『ヨーロッパ文化と日本文化』で知る、昔から変わらぬ日本人

『izakaya: The Japanese Pub Cookbook』(=『英文版 居酒屋料理帖』)は、英語で見て・読んで・楽しむ「居酒屋写真集」+「居酒屋レシピ集」

味噌を肴に酒を飲む

(2014年9月1日、11月3日、2016年5月7日 情報追加)





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2014年2月16日日曜日

フィギュアスケートの羽生選手を金メダルに導いた映画 『ロミオとジュリエット』(1968年版) のテーマ曲



現在ロシアのソチで開催2014年冬季オリンピックで、19歳の羽生結弦(はにゅう・ゆづる)選手が男子フィギュアスケートで日本初の金メダル! すばらしいですね!

19歳の若さで「心技体」が三位一体となった演技。じつにすばらしい。カタカナでいえばメンタル、スキル、そしてフィジカル。

解説者のコメントによれば今季の羽生選手は体力増強につとめたということすが、技術力はあるし、演技力もある。しかも脳科学の知見をもとにしたメンタルのコントロールも自覚しているところが知的な印象を受ける好青年。

ショートではパーフェクト以上の100点越えがすごかったのはもちろん、フリーでは前半の失敗にもめげずにセルフコントロールして後半で大技を決めたことが・・・になったようです。


(羽生結弦選手 wikipediaより)

わたし的には、さらに選曲もベストだったと思いますよ。

フリーで使用した曲は映画 『ロミオとジュリエット』の主題曲。それも、オリビア・ハッセー主演の1968年版です。甘い調べですが、なにか悲劇的な予感も感じさせる曲です。

若い人ならディカプリオ主演の現代版ともいうべき1996年リメイク版(・・といっても『ロミオとジュリエット』は何度も映画化されてますが)を思い浮かべることでしょうが、あえて1968年版のテーマ曲を選曲したというのがすばらしいと思うのです。

もちろんチームとしての選択でしょうが、本人も了解してのことですから、そこに羽生選手のすぐれた感性を感じます。


1968年版の『ロミオとジュリエット』はフランコ・ゼフィレッリ監督の作品

1968年版の『ロミオとジュリエット』監督はイタリアのオペラ演出家フランコ・ゼフィレッリ。主演のロミオとジュリエットは、それぞれ16歳と15歳の無名の新人を起用しています。

(1968年版 ゼフィレッリ監督の『ロミオとジュリエット』)

ジュリエットを演じた15歳のオリビア・ハッセーがじつにういういしいですが、その後はあまりパッとしなかったのが残念ですね。歌手の布施明と結婚していたことくらいしか思い出しませんが・・・。

フランコ・ゼフィレッリといえば、アッシジのフランチェスコの前半生を描いた青春映画の名作 『ブラザーサン・シスタームーン』(1972年)。『ロミオとジュリエット』(1968年)もそうですが、中世イタリアを舞台にしたゼフィレッリの映画作品はじつにすばらしい! 時代の空気というものを感じさせるものがあります。しかも商業的成功を視野に入れてセリフが英語(!)ということもまた。

冒頭に掲載したのは、マイコレクションから映画 『ロミオとジュリエット』サントラ盤のシングルレコード。すでにレコードプレイヤーをもってないので再生できないのが残念ですが・・。 YouTube で Romeo and Juliet (What Is A Youth)を聴いてみましょう。

挿入曲として使用されているテーマ曲は、映画音楽の巨匠ニーノ・ロータの作曲、歌詞はシェイクスピアの原文にはないので、あらたに書きおろされたのでしょう。

What is a youth ?
Impetuous fire.
What is a maid ?
Ice and desire.
The world wags on.
A rose will bloom
It then will fade
So does a youth.
So do-o-o-oes the fairest maid.
Comes a time when one sweet smile
Has its season for a while...Then love's in love with me.
Some they think only to marry, Others will tease and tarry,
Mine is the very best parry. Cupid he rules us all.
Caper the cape, but sing me the song,
Death will come soon to hush us along.
Sweeter than honey and bitter as gall.
Love is a task and it never will pall.
Sweeter than honey...and bitter as gall
Cupid he rules us all
(出所: WHAT IS A YOUTH LYRICS

シェイクスピア作品は演劇でも映画でも原文そのままをセリフとして使用

シェイクスピア作品は、演劇はもちろん映画でも、英語を現代風に書きなおしたりいっさいせず、原文そのままのセリフをしゃべることになっています。シェイクスピアは、英語にとって聖書とならんで源泉となる存在なのです。

日本人にはなかなかでは聞くだけだけでは難しいかもしれませんね。日本の歌舞伎や能狂言もセリフを現代風に直さないのと同じです。

ウェブ上にある The Complete Works of William Shakespeare から Romeo and Juliet の Act 1, Scene 5: A hall in Capulet's house.(第一幕第5場 キャピュレット家のホールにて)のシーンから原文を見ておきましょう。挿入曲の What is youth ? につづくロミオとジュリエットのやりとりです。

日本語訳はつけませんので、お好きな文庫本で「第一幕第5場」をご確認ください。といっても、『ロミオとジュリエット』にかんしてはあまりいい翻訳がないので、書店の店頭で各種の文庫本を比較検討し、自分の好みの翻訳を選ぶことをお薦めします。

ROMEO
[To JULIET] If I profane with my unworthiest hand
This holy shrine, the gentle fine is this:
My lips, two blushing pilgrims, ready stand
To smooth that rough touch with a tender kiss.
JULIET
Good pilgrim, you do wrong your hand too much,
Which mannerly devotion shows in this;
For saints have hands that pilgrims' hands do touch,
And palm to palm is holy palmers' kiss.
ROMEO
Have not saints lips, and holy palmers too ?
JULIET
Ay, pilgrim, lips that they must use in prayer.
ROMEO
O, then, dear saint, let lips do what hands do;
They pray, grant thou, lest faith turn to despair.
JULIET
Saints do not move, though grant for prayers' sake.
ROMEO
Then move not, while my prayer's effect I take.
Thus from my lips, by yours, my sin is purged.
JULIET
Then have my lips the sin that they have took.
ROMEO
Sin from thy lips ?  O trespass sweetly urged !
Give me my sin again.
JULIET
You kiss by the book.
Nurse
Madam, your mother craves a word with you.
ROMEO
What is her mother ?
Nurse
Marry, bachelor,
Her mother is the lady of the house,
And a good lady, and a wise and virtuous
I nursed her daughter, that you talk'd withal;
I tell you, he that can lay hold of her
Shall have the chinks.
ROMEO
Is she a Capulet ?
O dear account! my life is my foe's debt.
BENVOLIO
Away, begone; the sport is at the best.
ROMEO
Ay, so I fear; the more is my unrest.
CAPULET
Nay, gentlemen, prepare not to be gone;
We have a trifling foolish banquet towards.
Is it e'en so? why, then, I thank you all
I thank you, honest gentlemen; good night.
More torches here! Come on then, let's to bed.
Ah, sirrah, by my fay, it waxes late:
I'll to my rest.

Exeunt all but JULIET and Nurse

どうでしたか?

おそらく面倒くさいので英文を最初から最後まで目を通した人はあまりいないと思いますが、部分部分で単語を拾って理解することはできるでしょうし、ウェブ辞書で意味も確かめることもできるので、まったく取り付く島がないということはないと思います。

これを耳で聴いただけですぐに意味がわかるのは、なかなか大変なことでしょう。

とはいえ、「英会話にシェイクスピアは不要」などと、間違ってもバカなセリフをクチにはしたくないものですね。それとわからなくても、日常会話レベルでも聖書やシェイクスピアからきた表現がみられるのが英語という言語です。

そのためには、丸暗記してしまうのも一つの方法です。舞台俳優も映画俳優もセリフは丸暗記するのですよ! 丸暗記してしまえば、耳で聞いても単語を拾えるし、フレーズ単位で把握できるようになるはずです。

1968年版の映画『ロミオとジュリエット』の甘い調べに乗りながら、英語の勉強をしてみるのもいいかもしれません。









<関連サイト>

Romeo and Juliet 1968 Trailer Franco Zeffirelli (Dailymotion)


<ブログ内関連記事>

アッシジのフランチェスコ (1) フランコ・ゼッフィレッリによる
・・『ブラザーサン・シスタームーン』(1972年)

オペラ 『椿姫』(英国ロイヤルオペラ日本公演)にいく・・・本日はまれにみる「椿事」が発生!
・・ゼフィレッリのオペラ映画『トラヴィアータ』もすばらしい

All's Well That Ends Well. 「終わりよければすべてよし」 (シェイクスピア)-「シンドラーのリスト」 と 「浜岡原発運転停止」

『本の神話学』 と 『歴史・祝祭・神話』が岩波現代文庫から復刊!-「人類学的思考」の実践のために
・・シェイクスピア喜劇の祝祭性について取り上げていたのが山口昌男であった

書評 『ことばを鍛えるイギリスの学校-国語教育で何ができるか-』(山本麻子、岩波書店、2003)-アウトプット重視の英国の教育観とは?
・・「第五章 小さいうちからどんどん読ませる -1. シェイクスピアから実務文まで」

『戦場のメリークリスマス』(1983年)の原作は 『影の獄にて』(ローレンス・ヴァン・デル・ポスト)という小説-追悼 大島渚監督
・・南アフリカ出身の英文学を読む

スティーブ・ジョブズの「読書リスト」-ジョブズの「引き出し」の中身をのぞいてみよう!
・・「サイエンスの外の世界-プラトン、シェイクスピアも読んだ。『リア王』、『モビー・ディック(白鯨)』、それにディラン・トーマスの詩が好きだ」(ジョブズ)

エープリル・フール(四月馬鹿)-フールとは道化のこと
・・シェイクスピアの芝居にでてくる道化(フール)は、いわゆる宮廷道化(コート・ジェスター)のこと。ジョーカーともいう





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2014年2月15日土曜日

『本の神話学』 と 『歴史・祝祭・神話』が岩波現代文庫から復刊!-「人類学的思考」の実践のために


『本の神話学』 と 『歴史・祝祭・神話』が岩波現代文庫から復刊された! これはじつにうれしいことだ。

『本の神話学』は、大学時代のわたしにとって豊穣な知の世界への扉を開いてくれた最強の読書ガイドであった。『歴史・祝祭・神話』を読んで、ロシア革命のトロツキーと南北朝時代日本のバサラを知り知的に興奮した。「歴史人類学」という方向性に目覚めたのもこの本の影響だ。

もともと1970年代後半(!)に中公文庫として文庫化されたこの2冊は、山口昌男の著作としてはいちはやく文庫化されただけでなく、文庫として入手できるものは長いあいだこの2冊しかなかった。当時の大学生でも買うことができたこの2冊の文庫本を熱中して読んだの大学2年の頃。『本の神話学』は、なんと3冊も(!)買ったくらいだ(笑)。

ともに「中央公論」に掲載された雑誌論文を単行本化したものである。『歴史・祝祭・神話』のほうがテーマ性が明確だが、『本の神話学』は繰り返し何度読んでもそのたびに知的に興奮させられる内容であった。いまパラパラと読み返してみてもそれはつよく感じる。

『本の神話学』における山口昌男はきわめて挑発的だ。日本の知的風土に風穴をあけるというよりも、ほとんど暴力的にひっかきまわすという姿勢は、若い世代からすればきわめて魅力的に映ったものであったのだ。あの頃からは少しはマシになったと思うのだがどうだろうか。

購入して手元に置いていたのがこの2冊の文庫本『知の遠近法』(岩波書店)。これもまた「中央公論」に連載されていたものだが、単行本は岩波書店から出版されたために、なかなか文庫化されなかった(・・現在は岩波現代文庫に収録)。

山口昌男の著作や論文は大学図書館でむさぼるように読みつくした。バブル期に入る前の「ニューアカ」ブームの頃、浅田彰や中沢新一といった「ニューアカ世代」の師匠の世代の山口昌男を出発点にさまざまな分野に手を出すことになった。だから、現在のわたしをつくった基礎のひとつに山口昌男の著作群があるといえる。


山口昌男の師匠にあたる世代の林達夫もまた中公文庫から何冊もでていたが、そんなこともあって、平凡社から出版されていた『林達夫著作集全6巻』を購入したのもその影響である。当時、平凡社は倒産して再建中だったが、大学生協で「がんばれ平凡社フェア」なるものが企画されていて、2割引きで購入したのであった。

久野収が聞き役となった林達夫の『思想のドラマトゥルギー』(平凡社選書、1974 現在は平凡社ライブラリー)を熟読していたのもその頃のことだ。なるほど、わたしの「教養」のベースがどこにあるかが回想すると明らかになってくる。


『本の神話学』は山口昌男によるチャレンジングな「書評」である

こんなことを書きだすと、話がどんどんそれていってしまう恐れがあるので、まずは『本の神話学』の「目次」を紹介しておこう。

『本の神話学』 目次

二十世紀後半の知的起源
  思想史としての学問史
  ピーター・ゲイの『ワイマール文化』
  精神史の中のワールブルク文庫 
ユダヤ人の知的熱情
  ユダヤ人の知的環境
  構造とかたち
  知の存在形式としての亡命
  受難と知的熱情
モーツァルトと「第三世界」 
  モーツァルトの世紀
  二十世紀オペラのアルケオロジー
  音楽的思考
  現象学的モーツァルトと「第三世界」
 「社会科学」としての芸能
  政治とその分身
  政治の論理と芸能の論理
   シェイクスピア劇における芸能の論理
 見世物小屋としての世界
もう一つのルネサンス
  蒐集家の使命  (⇒ エドゥアルト・フックス『風俗の歴史』  世界の本とルネサンス
  ルネサンスと本の世界
  カバラの伝統-ゲーテ、フロイト、ボルヘス
  知の越境者
補遺 物語作者たち

いずれも圧倒的に膨大な量の読書を背景に、これでもかこれでもかと投げつけてくるような、ある意味では暴力的なまでの姿勢が若き日のわたしを大いに魅了した。

あとから読むと部分部分では間違った記述も散見されるのだが、勢いで押し切る、猛烈にしゃべりまくるという感じである。それがまた魅力であるといえよう。いわば「知の暴走族」とでもいう存在だったというべきか。

『本の神話』からいくつか引用しておきたいと思う。

まずは、「二十世紀後半の知的起源」から。すでに時代は21世紀も10年代だが、いまという時代ももまた20世紀後半の延長線上にあることを考えれば、けっして古くなったとはいえまい。

まさにその最良の部分においてワイマール文化は研究所と私塾の文化であったといっても過言ではないように思われる。

E・H・ゴンブリッチは「私は "ワールブルク" 文化学文庫として創立された研究所の所長をしております。この文庫の創立者のアビ・ワールブルクはカール・ランプレヒトの弟子でありました。御存知のように、ランプレヒトは文化心理学の代表選手で、政治史だけにしか関心を示さない諸々の専門的歴史学者と、生涯を通じて絶え間なく闘い抜いた人であります。ワールブルクもランプレヒトも、ヤーコプ・ブルクハルトの巨像を恭敬の眼差しで仰ぎ見ておりました」とワールブルクについて語る。

引用からさらに引用することを孫引きというが、わたしの本意はそこにはない。「引用」という方法論もまた、きわめて重要なものであることを示したかったからである。引用をして「知的系譜」を語らせるという手法であり、どの個所を印象するかに引用する側の個性と力量が見えてしまうからだ。

この引用を行ったのは、ランプレヒトの名前がでてくるからでもある。一橋大学の「歴史学」の知的系譜の原点には、東京商科大学時代の大正時代、「一橋ルネサンス」と呼ばれた時期に、カール・ランプレヒトの愛弟子で10年にわたって助手もつとめた三浦新七という歴史学者で銀行頭取がいるからだ。

ブルクハルト → ランプレヒト → 三浦新七 → 上原専禄 → 阿部謹也 という一橋歴史学における「知的系譜」があるのだが、文化史家ランプレヒトの影響力がこの系譜以外にも、きわめて多岐にわたってじつに大きいことを再確認したいがためでもある。古典文献学者として出発したニーチェを発掘した、『イタリア・ルネサンスの精神』の著者ブルクハルトに比べると一般にはあまり知られることのないランプレヒトだが、もっと光があたるべきだと考えている。

(マイ蔵書から)

「ユダヤ人の知的熱情」からもいくつか引用しておきたいと思う。山口昌男がなぜこのテーマで語るのか、日本の知的風土へのアンチテーゼでもあるユダヤ的知性に憧れにもにた理想形を見ているからだろうか。もちろん、これもまたわたし自身の問題関心からの引用である。

蓄財へのエネルギーが知的エネルギーに転化するという、ユダヤ人においてみられ、われわれのまわりにあまり見当たらない学問環境

「かれらはすべてユダヤ人社会の境界を乗り越えていった。かれらはすべてユダヤ人社会が狭量で、古くさく、圧制的なものを宿していると感じた。・・(中略)・・ かれらはそれぞれの国で、その周辺や片隅に空間を求めてそこに生活していた。みな社会の中にあると同時に、よそ者であった。みんな社会に属していながらその社会にはうけいれられていない。かれらに・・・・・・広い新しい地平にその精神を飛躍せしめ、またはるかの未来にまで考えをすすめることを可能ならしめたのはまさにこの点であった」(ドイッチャー、前掲書、36頁、傍点山口)
この一節だけでも十分後世に残りうるエッセイ集『非ユダヤ的ユダヤ人』の中で、ドイッチャーはまさにユダヤ人の「非ユダヤ化」の中において成立した普遍的知性を、その本源的<状況>において言い当てている。

後者は、社会主義者で評伝作家でもあったアイザック・ドイッチャーの『非ユダヤ的ユダヤ人』(岩波新書、1970)の一節からの引用の引用である。『トロツキー』や『スターリン』といった大著は日本語にも翻訳されているドイッチャーのこの本もぜひ読んでほしいもの。「非ユダヤ的ユダヤ人」(Non-Jewish Jew)というドイッチャーのコンセプトは、「非日本的日本人」へのヨコ展開も考えてみたいものだ。

百貨店のシステムがユダヤ人の商行為において発生しているという事実は、無選択な西欧文化の導入に「近代化」の努力を積み重ねてきたお人よしの西欧近代の私生児である日本人にはあまり知られていないようである。

「無選択な西欧文化の導入に「近代化」の努力を積み重ねてきたお人よしの西欧近代の私生児である日本人」! おお、なんという的確な表現であることか! わかりにくい悪文ではあるが。 

ただし、この次につづく文章に「マーカス=スペンサー」という個人商店j起源の話がでて、個人商店の本質についての説明がなされているが、間違いが多々ある。マーカス&スペンサーはユダヤ系商人の創業で現在はエジプト人実業家が所有している。強引な論理展開や事実誤認の多い山口昌男の欠点が露呈しているといえる。

ユダヤ人が対象に対して心理的感情移入を停止して、対象をサインに転化し、サインを、それを構成する要素間の関係において一元的に捉える思惟に長じているという点と微妙に対応していて興味深いではないか。こういういい方をすると、神秘化をはかる立言としてついていけないと人はいうかもしれないが、事物との馴れ合いからおのれを剥離する構造論的分析の論理学と、同じくウィーンのユダヤ人の財産家の出で、自分が継承した遺産のすべてをリルケに渡してしまったルートヴィヒ・ヴィトゲンシュタインの、言語との馴れ合いから自らを剥離することに対する熱情・・(以下略)・・

経済史家ヴェルナー・ゾンバルトの『ユダヤ人と資本主義』からの引用で、百貨店の質屋起源説を紹介した文章の引用を受けたものだが、留保つきながらこの点には同意する。

わたし的にはゾンバルトもさることながら、経済学者アルフレッド・マーシャルの貨幣とユダヤ人の関係にかんする考察をもってきたほうが、抽象思考に富み、普遍志向のつよいユダヤ的思考をあぶりだしやすいと思うのだが。というのも、わたしの卒論は『中世フランスにおけるユダヤ人の経済生活』というものだから、この分野は徹底的に研究している。


『歴史・祝祭・神話』はそれ自体が一つの世界を形成

『歴史・祝祭・神話』 は、「第1部 鎮魂と犠牲」と「第2部 革命のアルケオロジー」の2本の論文で構成された、それ自体が一つの世界を形成しているので、断片的な紹介をしても意味はないだろう。

文化人類学者という肩書の山口昌男であるが、政治人類学、象徴人類学、歴史人類学の領域に足を踏み込んだ論考であるといってよい。



「目次」を紹介しておこう。


『歴史・祝祭・神話』 目次

第1部 鎮魂と犠牲
 ガルシア・ロルカにおける死と鎮魂
 祝祭的世界-ジル・ド・レの武勲詩
 日本的バロックの原像-佐々木道誉と織田信長
 犠牲の論理-ヒトラー、ユダヤ人
第2部 革命のアルケオロジー
 「ハタモノ」選び
 空位期における知性の運命
 スターリンの病理的宇宙
 トロツキーの記号学
 神話的始原児トロツキー
 メイエルホリド殺し

ヒトラーやスターリン、トロツキーについては説明は不要だろうが、それ以外のあまり知られていない人物については簡単にわたし流のコメントを加えておこう。

ガルシア・ロルカは、カタロニアの詩人で劇作家。カナダ出身のユダヤ系詩人でシンガーソングライターのレナード・コーエンもロルカをテーマにした曲をつくっている。

ジル・ド・レ元帥は、フランス救国の少女ジャンヌ・ダルクの同時代でともに戦った武人だが、少年へ虐待と虐殺に性的興奮を感じるという猟奇的な人物。そのために告発され ジャンヌ・ダルクと同じく火刑台に送られることになる。いかにも澁澤龍彦好みの人物でもある。

佐々木道誉は、南北朝時代のバサラ大名。バサラ(婆娑羅)とは派手好みで傍若無人な振る舞いをあらわした表現で下剋上を体現した精神。まさに日本的バロックというのがふさわしい。戦国時代が終わり、バサラ精神はカブキ精神に引き継がれる。

アルケオロジーは一般には「考古学」という日本語で表現されるが、アルケーというギリシア語には「はじまり」「原初」といった意味があるので、神話的「始原」児トロツキーという捉え方が面白い。

(「神話的始原児トロツキー」に掲載されている画像のカラー原版 wikipediaより)

「ハタモノ」は日本語の「磔者」(はたもの)のこと。犠牲となって磔(はりつけ)になった者のことである。日本民俗学においては、菅原道真や佐倉惣五郎などの御霊信仰(ごりょうしんこう)を想起したい。

メイエルホリドは革命期ロシアからソビエト時代にかけての演出家。スターリンの粛清によって世を去った。

目次にはでてこないものも含め、祝祭、演劇、バロック、バサラ、犠牲(ヴィクティム)、宇宙、記号論といった山口昌男特有の用語が散りばめられた『歴史・祝祭・神話』は、政治人類学や象徴人類学、そして歴史人類学への道を切り開くものでもある。

そもそも社会主義者でもなく、社会主義にも社会主義政党にも共感を抱いたことのないわたしがトロツキーに多大な興味をもち、メキシコはコヨアカンのトロツキー旧宅と墓を詣で、トロツキーの著書 『ロシア革命史』 や 『裏切られた革命』、そして『自伝』にいたるまで読んだのは、山口昌男の『歴史・祝祭・神話』に出発点がある。

なぜか「勝ち組」よりも「負け組」のほうに関心があるのは、子ども時代の頃からだが、山口昌男の晩年の代表作が 『「敗者」の精神史』(山口昌男、岩波書店、1995)であることを考えると、山口昌男に共感する素地といったものが、自分のなかに最初から存在していたのではないかとも思うのである。

人生は勝ち負けで決まるものではない。「敗者」や「負け組」のなかにこそ、豊かな知と精神の世界があることに気がつくためにも、山口昌男の仕事はぜひ若い人にも読んでほしいと思うのである。









<ブログ内関連記事>

山口昌男関連

山口昌男の『道化の民俗学』を読み返す-エープリルフールといえば道化(フール)②

いまこそ読まれるべき 『「敗者」の精神史』(山口昌男、岩波書店、1995)-文化人類学者・山口昌男氏の死を悼む

書評 『学問の春-<知と遊び>の10講義-』(山口昌男、平凡社新書、2009)-最後の著作は若い学生たちに直接語りかけた名講義

ヘルメスの杖にからまる二匹の蛇-知恵の象徴としての蛇は西洋世界に生き続けている
・・ヘルメス(=マーキュリー)は山口昌男のトリックスター論の典型

「セルフブランディング」と「セルフプロデュース」、そして「ストーリー」で「かたる」ということ-「にせベートーベン事件」に思う
・・博覧強記の作家・種村季弘(たねむら・すえひろ)氏の『ぺてん師列伝-あるいは制服の研究-』と『山師カリオストロの大冒険』を紹介してある

書評 『河合隼雄-心理療法家の誕生-』(大塚信一、トランスビュー、2009)-メイキング・オブ・河合隼雄、そして新しい時代の「岩波文化人」たち・・・
・・文化人類学者の山口昌男、哲学者の中村雄二郎、心理療法家の河合隼雄が、新しい時代の「岩波文化人」を形成した知の変革者三人

『ちょっと本気な 千夜千冊 虎の巻-読書術免許皆伝-』(松岡正剛、求龍堂、2007)で読む、本を読むことの意味と方法
・・山口昌男の『本の神話学』で試みた方法とくらべてみる


ユダヤ的知性とワールブルク文庫

『ユダヤ教の本質』(レオ・ベック、南満州鉄道株式会社調査部特別調査班、大連、1943)-25年前に卒論を書いた際に発見した本から・・・

書評 『緑の資本論』(中沢新一、ちくま学芸文庫、2009)-イスラーム経済思想の宗教的バックグラウンドに見いだした『緑の資本論』

『蛇儀礼』 (アビ・ヴァールブルク、三島憲一訳、岩波文庫、2008)-北米大陸の原住民が伝える蛇儀礼に歴史の古層をさぐるヒントをつかむ
・・アビ・ワールブルクと「ワールブルク文庫」、ウォーバーグ財閥


メキシコとトロツキー

「メキシコ20世紀絵画展」(世田谷美術館)にいってみた (2009年8月)
・・メキシコにおけるトロツキーとフリーダ・カーロ。山口昌男の『歴史・祝祭・神話』については、すでにこのブログ記事でトロツキーがらみで触れてある

書評 『ロシア革命で活躍したユダヤ人たち-帝政転覆の主役を演じた背景を探る-』(中澤孝之、角川学芸出版、2011)-ユダヤ人と社会変革は古くて新しいテーマである
・・トロツキーはウクライナの富農の家に生まれた人で本名はレフ・ブロンシュテイン

「プリンシプルは何と訳してよいか知らない。原則とでもいうのか」-白洲次郎の「プリンシプル」について
・・「ケンブリッジ大学で西洋中世史を専攻し、のちに実業界で活躍することになりながら、トロツキイも熟読していた男である」 意外と知られていない白洲次郎の素顔


文化史家ランプレヒトの「知的系譜」

書評 『ヨーロッパとは何か』(増田四郎、岩波新書、1967)-日本人にとって「ヨーロッパとは何か」を根本的に探求した古典的名著
・・付録の「実学としての歴史学」で上原専禄についても触れている。上原専禄の師匠であった歴史家で銀行頭取でもあった三浦新七はドイツ留学時代にランプレヒトの助手をつとめていた。その三浦新七がウィーンでドープシュに師事するよう命じたという。

書評 『「東洋的専制主義」論の今日性-還ってきたウィットフォーゲル-』(湯浅赳男、新評論、2007)-奇しくも同じ1957年に梅棹忠夫とほぼ同じ結論に達したウィットフォーゲルの理論が重要だ
・・ウィットフォーゲルはランプレヒトの晩年にライプツィヒ大学で講義を受講している









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2014年2月14日金曜日

書評 『新・学問のすすめ-人と人間の学びかた-』(阿部謹也・日高敏隆、青土社、2014)-自分自身の問題関心から出発した「学び」は「文理融合」になる


まったくの新刊ではなく復刊です。いまから10年前に、『「まなびや」の行方(MOKU選書)』(阿部謹也・日高敏隆、黙出版、2004)として出版された旧版の改題・新装版

小出版社からの出版ゆえ、残念ながらあまり知られることのなかった良書が、こういう形で再刊されることはまことにもって喜ばしいことです。文庫化でもよかったのですが、青土社のようなメジャーな出版社からソフトカバーの単行本もまたよし、といったところでしょう。

阿部謹也(1935~2006)は、西洋中世史を専門とした歴史家。『ハーメルンの笛吹き男』などヨーロッパの民衆史を中心とした知られざる世界を日本語で語ってくれた人。後年は日本人を支配する見えない存在の「世間」について積極的に発言をつづけていました。

日高敏隆(1930~2009)は、動物行動学を専門とした生物学者。身近な生き物の世界を魅力たっぷりに語ってくれた人。残念ながらお二人とも鬼籍に入られてひさしい。

ともに専門家向けの狭い世界ではなく、一般社会にむけて平易なコトバで研究成果を語るという姿勢を共有していた人たちでありました。

この対談は、ともに学長という激務についていたことで直接知り合い、実現したものです。歴史家と生物学者という異分野の専門家が「対談」という形で共著をつくった背景は、日高氏からのラブコールであったことが「まえがき」に書かれています。


ここまで阿部謹也と敬称抜きで書いてきましたが、自分の大学学部時代の恩師なのでさすがに抵抗があります。以下、阿部謹也先生と書かせていただきたいと思います。

日高敏隆氏は、阿部謹也先生を「送る会」で弔辞を読まれた一人です。日高氏を見たのはその時だけでしたが、なんだかすごく憔悴しておられるような印象を受けました。その後数年を経てお亡くなりになりました。

ご関心のある方は、『阿部謹也 最初の授業・最後の授業 附・追悼の記録』(阿部謹也追悼集刊行の会、日本ネディタースクール出版部、2008)に収録されているのでご覧になるといいでしょう。弔辞そのものではありませんが、「「学問」とは何かを教わる」と題した日高氏の文章(日本経済新聞 2006年9月13日)が転載されています。

さて、『新・学問のすすめ』そのものについて見ておきましょう。面白い箇所はいくつもありますが、そのなかからいくつか抜き書きしておこうと思います。

阿部 いま、中国国内のカトリック教会とローマのカトリック総本山の間で、その叙任権闘争が起こりかけているんで、ぼくは興味深く眺めているんですけどね。叙任権闘争が中国で起こるかもしれない。つまり、中国政府は「大司教・司教の任命権は我にあり」と主張して、勝手に任命してしまったというわけです。ローマすなわちヴァチカン教皇庁はものすごく怒っている。これは、1200年頃にヨーロッパで起こったことと同じなんです。(第1章より)

名著 『自分のなかに歴史を読む』の読者ならご存知だと思いますが、さすが中学時代の一時期を修道院で過ごし、のちに中世史家になった人ならではの着眼点です。叙任権闘争とは、いわゆる「カノッサの屈辱」のことですね。中世史という学問がアクチュアルな問題を見る視点を提供してくれるという好例でしょう。

本には直接言及されていないのでついでに書いておきますが、中国におけるチベット仏教も同様の状況にあるといっていいでしょう。チベット仏教においては精神的指導者のダライラマは活仏とされ、その死後の後継者は輪廻転生によって生まれ変わったとされる子どもが選ばれるのですが、ダライラマにつぐナンバー2のポジションにある活仏のパンチェンラマの後継者については、中国共産党はホンモノを拉致して軟禁状態におき、ニセモノを擁立しているのです。任命権をチベット人から奪っているのです。

つぎの引用は、いわゆる「世間論」にかんするものです。

阿部 自己というものをあまり自覚しないような層は、そんなに苦しまなかったのではないかと思いますよ。内面がはっきりと自覚されるようになったときに、初めて自分というものが出てくるので、そうでないときは集団に埋没しているのですね。日本人は全体的にそうではないかと思います。いまでも集団の一員としての意識が強い。ただ、明治から百年以上たちましたから、エゴはもうできている・・・・(第3章)

「世間」というコトバが古臭いとしてあまりつかわれなくなったので、「空気」ばかりが話題になる現代日本ですが、「世間論」で提起された問題が消え去ったとはわたしは思いません。「隠れた神」は怖ろしいというフレーズがありますが、コトバじたいが語られなくなったことによって、そうでなくても見えない存在の「世間」はさらに日本人を縛り続けているのではないか、と思いますがいかがでしょうか。

最後に、「学び」について重要な指摘を紹介しておきます。

阿部 確かに、大学入試にも問題がありますが、ただ、教科書については、少なくとも一般書として売れるようなものでなければ、本当はいけないと思いますね。つまり、教科書というのはパターンが決まっていて、歴史でいえば古代から始まっているんですよ。ぼくは、現代からさかのぼっていくような、そういう歴史を書くべきだといっているのですが。
日高 「いま現在、こうである」ということから始まって、なんでそうなっているのかというふうにしていけば、みんな興味をもちますよ。(第3章)

「いま、ここ」にあるものに対する関心から出発するのは、『自分のなかに歴史を読む』という名著を中学生にもわかるように書いた阿部謹也という歴史家と、生物学者ユクスキュルの議論を援用しながら身近な「動物の文化」を語りつづけた日高敏隆という生物学者に共通するスタンスといっていいでしょう。英語だと Here Now と発想の順番は逆になりますが、「いま、ここ」と同じ発想です。哲学的にいえば時間論と空間論になります。

拙著 『自分を変えるアタマの引き出しの増やし方』第1章は「引き出し」の増やし方1-「「好奇心」を最優先し「五感」をつかって「体験」する」、第2章は「「引き出し」の増やし方2-徹底的に「観察」する」というタイトルにしましたが、基本的に阿部先生と日高氏の方法論がベースにあるのです。日高氏の方法論について書かなかったのは、拙著の読者対象を若手ビジネスパーソンとしたためです。

『新・学問のすすめ』という「対談」は、もっぱら年長の日高氏が阿部先生に教えを請うという印象を受けますが、生物の世界に独自の「文化」や「歴史」を読み取ろうとしていた生物学者としての日高氏の知的好奇心のなせるわざだと受け取るべきでしょう。「文理融合」の一つの理想形がここにあります。

「学び」は、学校での勉強に限定されるものではありません。子どものように「なぜ?なぜ?」といった素朴な疑問を出発点にして、掘り下げていくものなのです。自分自身の問題関心を出発点にすべきものなのです。

深く掘ると同時に、幅も広げていく。これこそがほんとうの「教養」というべきものでしょう。自分自身の生き方と関係ない「知識」は、たんなる「知識」に過ぎません。

自分自身の問題関心から出発した「学び」こそ大事なのです。「自分とはなにか」を考えることからすべては始まるのです。





目 次

まえがき 日高敏隆

第1章 「まなびや」の在るべき姿を求めて
  教会の「藁敷き」が教室だった
 自然科学は「森の開墾」から始まった
 教会の補強機関から「国家エリート養成機関」へ
 「趣味の学問」から脱して「国民を意識した学問」へ
 学問が「政治のしもべ」のままでいいのか
 大学の余剰を「生涯教育」に開放せよ
 「科学的根拠」という誤解
 『万葉集』と天体物理学の融合
 「わかる」こととは「自分が変わる」ことである
 評価する立場で変わる「客観性」の無意味さ
 日本には「集団の中にいる個人」しかない
 「民主主義とはなにか」を議論しない風土
 「地域が必要とする大学」でなければ存続できない
 学問の根本は「人間の研究」にある
 「学生の将来」を教師が共に考えるゼミ

第2章 「自分とはなにか」から始まる学問-歴史学(阿部謹也)
 修道院で芽生えた「ヨーロッパへの憧れ」
 「自分」を知ることは「全世界史」を知ること
 教科書をおもしろくする工夫
 「建て前」に終始してきた日本社会
 日本的「世間」の中の「個人」
 自分にとっての本当の「幸せ」とはなにか

第3章 「学び」の原点はどこにあるのか
 ウグイスは「カー」と鳴けるか
 学習が子どもの発想を阻害している!?
 「自分の目で見る」ことの難しさ
 遺伝子では人間はわからない
 「死後」の話は現世の問題のあらわれ
 「齟齬は消滅するだけ」の考えは個人の確立が前提
 日本で「個」が確立するということ
 「もって生まれた個性」という嘘
 「母親のエゴ」に振り回される子ども
 教科書はおもしろくできるのか

第4章 「数式にならない」からおもしろい-生物学(日高敏隆)
 「学問」は役に立つか?
 「生物」と「無生物」の違い
  「カラスはなぜ攻撃したのか」
 数式にならない学問こそ大切
 遺伝子たちのプログラムを信用せよ
 今後の学問はどこへ向かうのか

あとがき 阿部謹也
新版解説: 亀山郁夫 (東京外国語大学学長)

著者プロフィール 

阿部謹也(あべ・きんや)
1935~2006。専攻はドイツ中世史。1958年一橋大学経済学部卒業後、同大学院社会学研究科博士課程修了。小樽商科大学教授、東京経済大学教授を経て一橋大学教授。1992年からは一橋大学学長を務める。1999年より共立女子大学学長。社会史研究の泰斗として知られる。「世間」をキーワードに独自の日本人論を展開(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)。

日高敏隆(ひだか・としたか)
1930~2009。専攻は動物行動学。1952年東京大学理学部卒業後、東京農工大農学部教授、京都大学理学部教授を経て、滋賀県立大学初代学長、総合地球環境学研究所初代所長などを歴任。ティンバーゲン、ローレンツ、ドーキンスらの日本への紹介者としても知られている(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)。




PS 『阿部謹也 最初の授業・最後の授業 附・追悼の記録』(阿部謹也追悼集刊行の会、日本ネディタースクール出版部、2008)
・・わたしのゼミ同期である阪西紀子・一橋大学教授による「弔辞」には1983年~1984年当時のゼミナールの様子が書かれているので、ご関心のある人はご参照いただきたい。





<ブログ内関連記事>

「自分のなかに歴史を読む」(阿部謹也)-「自分発見」のために「自分史」に取り組む意味とは
・・わたしがもっとも推奨したい一冊

クレド(Credo)とは
・・後半の「クレド(credo)とは-その原義をさかのぼる」で、『世間を読み、人を読む-私の読書術-』(阿部謹也、日経ビジネス人文庫、2001)から長い引用を行って「信徒信経」としてのクレドについてくわしく解説した

猛暑の夏の自然観察 (3) 身近な生物を観察する動物行動学-ユクスキュルの「環世界」(Umwelt)
・・日高敏隆氏の「動物行動学」について触れている。『生物からみた世界』(ユクスキュル/クリサート、日高敏隆/羽田節子、岩波文庫、2005)は、日高氏のものやコンラート・ローレンツの著作とともに、ぜひ読んでほしい名著

猛暑の夏の自然観察 (2) ノラネコの生態 (2010年8月の記録)
・・「身近な生物」から観察を始める

アリの巣をみる-自然観察がすべての出発点!

Study nature, not books ! (ルイ・アガシー) 

書評 『梅棹忠夫-未知への限りない情熱-』(藍野裕之、山と渓谷社、2011) -登山と探検という軸で描ききった「知の巨人」梅棹忠夫の評伝
・・自然観察から始まるフィールドワーク

書評 『正統と異端-ヨーロッパ精神の底流-』(堀米庸三、中公文庫、2013 初版 1964)-西洋中世史に関心がない人もぜひ読むことをすすめたい現代の古典
・・「叙任権闘争」について。いわゆる「カノッサの屈辱」である

書評 『サウンド・コントロール-「声」の支配を断ち切って-』(伊東乾、角川学芸出版、2011)-幅広く深い教養とフィールドワークによる「声によるマインドコントロール」をめぐる思考
・・物理学と音楽、そして人文的教養という「文理融合」

月刊誌 「クーリエ・ジャポン COURRiER Japon」 (講談社)2013年11月号の 「特集 そして、「理系」が世界を支配する。」は必読!-数学を中心とした「文理融合」の時代なのだ

語源を活用してボキャブラリーを増やせ!-『ヰタ・セクスアリス』 (Vita Sexualis)に学ぶ医学博士・森林太郎の外国語学習法
・・医学と文学という「文理融合」

福澤諭吉の『学問のすゝめ』は、いまから140年前に出版された「自己啓発書」の大ベストセラーだ!

(2014年3月25日 情報追加)





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2014年2月11日火曜日

書評 『エジプト革命-軍とムスリム同胞団、そして若者たち-』(鈴木恵美、中公新書、2013)-「革命」から3年、その意味を内在的に理解するために


「エジプト革命」とは、2011年1月25日に始まり、18日後の2月11日に大統領職の「世襲」をはかったムバーラク政権の崩壊で終わった「民主化革命」のことである。1952年の無血クーデターによる王政廃止と区別するために「1月25日革命」と呼ばれる。

隣国のチュニジアで始まった「ジャスミン革命」は、エジプトを経てアラブ圏全体に拡大していくなかで "Arab Spring" と呼ばれるようになった。日本ではこの英語を直訳して「アラブの春」といわれたが、3年たったいま、さすがにその表現をつかう者はいなくなったようだ。

それは、個別の国ごとにその推移を詳細に見なければ、「革命」の本質となぜそれが当初期待されたような形で成就しなかったのかが理解できないからだ。エジプトとチュニジアはもとより、リビアとシリアではまたまったく異なる推移をたどったことは、報道をつうじて見てきたとおりだ。それぞれ歴史も異なれば、社会構造も異なるのである。

本書は、2011年の「1月25日エジプト革命」とその後の2年半の推移を、「軍とムスリム同胞団、そして若者たち」のあいだでの「権力闘争」と捉えて読み説いたものである。「エジプト革命」は、民衆革命という本質とクーデターという二重の性格をもつものである。

国民国家エジプト社会に深く根差した国軍、今回の「革命」の引き金を引き一気に表舞台に浮上したが、その後阻害されていく若者たち、そして漁夫の利を得て革命を乗っ取ろうとした「ムスリム同胞団」を中心とした「宗教勢力」。それぞれの政治的アクターが死守しようとしたこと、実現しようとしたことが何かぞれぞれのボタンの掛け違いが、いかに「革命」後の「迷走」を生んだかが手に取るように理解できる。

じつに面白い本だ。「エジプト革命」の推移を詳細に時系列で追っていくことによって、「革命」のなかに織り込まれたエジプト現代史も、「革命」を生みだしたエジプト社会も理解できる仕組みになっている。しかも、エジプト社会を内在的に理解しようとした著者の姿勢が、本書の記述を厚みのあるものにしている。

チュニジアで始まり、フェイスブックなどのSNSをつうじて都市中間層の若者たちに「伝染」したという外発的な経緯もありながら、「革命」そのものが独立後のエジプト社会に根差した内発的なものであったことがよくわかる。それほど社会の各層において、経済的にも政治的にも不満が高まっていたということであり、街頭デモを行って異議申し立てを行うという「伝統」が、大英帝国による植民地支配に苦しんだ誇り高きエジプト人にあるということを意味している。

「エジプト革命」のキーワードは「自由と公正」だと著者は指摘している。フランス革命が「自由と平等」を標榜したのに対し、「自由」は共通していても「公正」の実現を主軸に置いているのはムスリムが人口の9割を占めるエジプト社会らしい。政党自由化によってムスリム同胞団が名乗ったのが「自由公正党」というのは、そういった文脈でとらえることが必要だ。

そして、エジプトを考えるうえでなによりも重要なのは国軍の存在だ。この点が強調されている点が本書の重要なポイントであろう。

国家の一体性を守護する存在としてのエジプト国軍は、徴兵制や経済活動をつうじて国民のあいだに深く根ざしていながら、いかなる政治勢力からも独立した存在であり、しかも軍人には投票権がない(!)という事実を本書で知ることができる。歴代の大統領が国軍出身者であっても、国軍じたいは独裁者の私兵であったことがないという事実は、その他の発展途上国と比較するとエジプトの際立った特徴であることがわかる。

国軍に寄せる国民の信頼が高いことを、著者は「伝統化しつつある、軍部への「委託」」と表現している。若者たちが中心になって行った反ムルシー大統領デモの後押しを受け、二度目の「実質的なクーデター」で国軍が中心の座に戻った。これにより、迷走をつづけていたエジプト社会が結果としてようやく安定軌道に戻ることになる。選挙によって政権第一党となったとはいえ、ムスリム同胞団の動きに不安と反発を感じる国民が多かったのだ。

「エジプト革命」で浮上したのが「2つのナショナリズム」というのも興味深い。「エジプト・ナショナリズム」と「アラブ・ナショナリズム」の2つである。前者においては国民国家としての一体意識、後者においてはアラブの盟主としてのエジプトという意識である。これらがともに健全なナショナリズムである限り、エジプトの将来に期待がもてると考えてよいのではないだろうか。

ムスリムが総人口の9割を占めるエジプトであっても、ムスリム同胞団がその中心であるイスラーム主義という「超国家」的な理念よりも、国民の多くが「国家」としての政治経済安定を重視していることがわかるからだ。日本を含めた西側メディアの偏向には注意しなくてはならない。

「エジプト型民主主義」とは何かという問いが著者によってなされている。「民意」をどうくみ取るかという本質的な問いである。選挙における投票によって決定するという多数決原理を中核においた西欧モデルの「民主主義」では一律に論じることのできない発展途上国。「民主主義」をめぐるエジプトの状況は、似たような状況にあるタイ情勢を考えるうえでも示唆的である。

ただし、総人口に若年人口が占める割合が高いエジプトは、すでに少子高齢化にあるアジアの大半とは異なることは念頭に置いておく必要はある。革命の昂揚感を味わった若者が今後どういう動きをするか考慮に入れて置かばならない。

このほか本書には、訴訟社会エジプトにおける司法のプレゼンス、ムスリム同胞団よりも厳格なサラフィー主義者の存在、エジプト社会ではマイノリティのコプト派キリスト教徒、経済面だけではなく識字率においても存在する都市と農村の格差など、エジプト社会を理解するためのテーマが散りばめられており、多面的な現代エジプトの諸相を全体的に理解することを可能にしている。

「エジプト革命」の具体的な記述ををつうじて「民主主義」とはなにか、「民意」とはなにか、そして民意をくみ上げる方法論について考えてみることは、「民主主義」が揺らいでいる日本の国民にとっても大いに意味あることだろう。





目 次

はじめに-歴史的画期となった二年半
第1章 革命のうねり
 Ⅰ 政権崩壊までの18日間
 Ⅱ 革命の二つの顔
第2章 将校たちの共和国
 Ⅰ エジプトの真の支配者
 Ⅱ 軍事共和国の成立
 Ⅲ サダトによる脱ナセル化政策
 Ⅳ 体制転換を試みたムバーラク
 Ⅴ ムバーラクから離れた軍最高評議会
第3章 自由の謳歌
 Ⅰ 取り戻した大国としての自信
 Ⅱ 筋書きのない民主化プロセス
第4章 ポスト・ムバーラク体制の土台作り
 Ⅰ 新体制への地ならし
 Ⅱ 新たな政治アクター
第5章 未来を模索する青年勢力
 Ⅰ 熱情のままに
 Ⅱ 譲歩した軍部
 Ⅲ 難航した政党結成
 Ⅳ 街頭の政治へ
 Ⅴ 青年運動の液状化
第6章 軍とムスリム同胞団
 Ⅰ 政治の表舞台へ
 Ⅱ 直接対決
第7章 ムスリム同胞団の夢と現実
 Ⅰ 権力掌握の試み
 Ⅱ ムルシー政権の始動
 Ⅲ 二極化する社会
第8章 民主化の挫折
 Ⅰ 第二革命か、それともクーデターか
 Ⅱ 血に染まった広場
 Ⅲ エジプト型民主主義とは 
おわりに
年表
参考文献


著者プロフィール

鈴木恵美(すずき・えみ)
1971年、静岡県生まれ。1996年東京外国語大学アラビア語学科卒業。2003年東京大学大学院総合文化研究科博士課程修了。博士(学術)。日本学術振興会特別研究員、中東調査会研究員、早稲田大学イスラーム地域研究機構主任研究員などを経て、現在、中東調査会客員研究員(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)。





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「2-11」関連-「アラブの春」とアラブ世界激動

本日(2011年2月11日)は「イラン・イスラム革命」(1979年)から32年。そしてまた中東・北アフリカでは再び大激動が始まった

エジプトの「民主化革命」(2011年2月11日)

書評 『中東新秩序の形成-「アラブの春」を超えて-』(山内昌之、NHKブックス、2012)-チュニジアにはじまった「革命」の意味を中東世界のなかに位置づける

書評 『アラブ諸国の情報統制-インターネット・コントロールの政治学-』(山本達也、慶應義塾大学出版会、2008)-インターネットの「情報統制」のメカニズムからみた中東アラブ諸国の政治学
・・チュニジアもエジプトも「情報統制国家」である

『動員の革命』(津田大介)と 『中東民衆の真実』(田原 牧)で、SNS とリアル世界の「つながり」を考える

「アラブの春」を引き起こした「ソーシャル・ネットワーク革命」の原型はルターによる「宗教改革」であった!?

書評 『イラク建国-「不可能な国家」の原点-』(阿部重夫、中公新書、2004)-「人工国家」イラクもまた大英帝国の「負の遺産」

書評 『新月の夜も十字架は輝く-中東のキリスト教徒-』(菅瀬晶子、NIHUプログラムイスラーム地域研究=監修、山川出版社、2010)
・・イスラーム勃興前から存在するアラブ人キリスト教徒について知る

「宗教と経済の関係」についての入門書でもある 『金融恐慌とユダヤ・キリスト教』(島田裕巳、文春新書、2009) を読む
・・『現代アラブの社会思想-終末論とイスラーム主義-』(池内 恵、講談社現代新書、2002)を取り上げている。アラブ語世界の出版大国エジプトで流通する「終末論的反ユダヤ主義文書」の多さ


中東における「若年人口過剰問題」

書評 『中東激変-石油とマネーが創る新世界地図-』(脇 祐三、日本経済新聞出版社、2008)
・・過剰人口、とくに若年層の失業問題をかかえる現在の中近東諸国は、大英帝国とおなじ問題をかかえているのだが、はたして解決策は・・・?

書評 『自爆する若者たち-人口学が警告する驚愕の未来-』(グナル・ハインゾーン、猪俣和夫訳、新潮選書、2008)-25歳以下の過剰な男子が生み出す「ユース・バルジ」問題で世界を読み解く
・・「しかるべきポジションをゲットできず居場所がない野心的な若者たち。過剰にあふれかえる彼らこそ、暴力やテロを生み出し、社会問題の根源となっている。・・(中略)・・イデオロギーや主義も、しょせん跡付けの理由に過ぎない」


近代とナショナリズム

書評 『ナショナリズム-名著でたどる日本思想入門-』(浅羽通明、ちくま文庫、2013 新書版初版 2004)-バランスのとれた「日本ナショナリズム」入門

書評 『国力とは何か-経済ナショナリズムの理論と政策-』(中野剛史、講談社現代新書、2011)-理路整然と「経済ナショナリズム」と「国家資本主義」の違いを説いた経済思想書

書評 『近代の呪い』(渡辺京二、平凡社新書、2013)-「近代」をそれがもたらしたコスト(代償)とベネフィット(便益)の両面から考える
・・フランス革命の意味。近代とナショナリズム

書評 『向う岸からの世界史-一つの四八年革命史論-』(良知力、ちくま学芸文庫、1993 単行本初版 1978)-「社会史」研究における記念碑的名著 ・・フランスに始まり、大陸欧州のドイツ語圏で吹き荒れた「1848年革命」。失敗に終わった民衆革命の本資から考えるべきものとは

(2014年6月10日、2016年7月21日 情報追加)





(2012年7月3日発売の拙著です)





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