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2013年8月29日木曜日

キング牧師の "I have a dream"(わたしには夢がある)から50年-ビジョンをコトバで語るということ

(wikipedia より。"I have a dream"演説をするキング牧師)

本日(2013年8月28日)は、黒人解放運動のリーダーであったキング牧師の名言 "I have a dream" (わたしには夢がある)から50年となる記念すべき日です。

1963年8月28日、キング牧師(=マーティン・ルーサー・キング・ジュニア: 1929~1968)は、「ワシントン大行進」において演説を行います。その後半で、"I have a dream" (わたしには夢がある)というフレーズがなんども繰り返されるのです。

人種差別のない世界を夢見て表現した名文句としてよく知られています。わたしはすでに生まれていましたが、もちろん幼児でしたので残念ながら当時の記憶はありません。

同時代のアメリカ大統領ジョン・F・ケネディの就任演説もまた名言をのこしています。Ask not what your country do for you, ask what you can do for your country. (国があなたにしれくれることではなく、自分が国のために何ができるか尋ねてほしい)。これは1961年のものです。

ケネディーもまたアメリカでは歴史上初のカトリックの大統領です。しかもアイルランド系です。WASP(=ホワイト・アングロサクソン・プロテスタント)といわれる支配階層以外の出身者なのです。歴史的な一歩前進であったわけですね。

理想肌のリーダーが多数存在した時代は、また現実の過酷さがきわめて厳しい時代でもありました。現代もまた現実の過酷さが日に日に増していますが、はたして理想肌のリーダーはどれだけいるのでしょうか?

理想肌で改革派の人たちはかつてリベラルといわれてましたが、現在ではネガティブなイメージがついてしまっているのは残念なことです。リベラルとはもともと「自由主義」を意味するコトバなのですが・・・


キング牧師の名言の効果

理想をビジョンとして視覚的に把握し、それをコトバにして自分の声で相手の聴覚に訴える

聴衆はそのコトバでビジョンを視覚的にイメージし動かされる。人を動かすコトバはまた人から人へとリレーされながらおおきく拡がっていく

とくにキング牧師の名言はそのメカニズムをおおいに発揮しているといってよいでしょう。


(wikipedia より。「ワシントン大行進」におけるキング牧師)

"I have a dream"と言い、その夢の中身を述べ、またさらに"I Have a Dream"と繰り返して夢の中身をさらに具体的に述べなんどもなんども同じフレーズを繰り返して、聴衆の耳に訴え、記憶に残るようにしむけるレトリックですね。


「兄弟」という水平意識が理想形態

20歳代の終わりにアメリカに留学していたときのことですが、キャンパスではしばしば黒人から声をかけられたものです。わたしもまたアメリカにおいては黄色人種のアジア人であったからでしょう。

黒人学生たちからの呼びかけは "Hi Bro !" というフレーズ。ブロー(bro)とはブラザー(brother)の略ですので、「よお、兄弟!」とでもなるのでしょう。親しみを込めた呼びかけですね。

兄弟や姉妹という水平的な関係、これは人間関係としてはもっとも心地よい距離感のある関係でしょう。上下関係ではない、"All men are created equal"(すべて人間は平等につくられた)という理念を反映したものです。

カトリック教会が、修道士をブラザー(兄弟)、修道女をシスター(姉妹)と呼んできたのはそういう関係を示しているわけです。絶対者である神のもとでは、人はみな平等であるのだと。実際がどうであるかはさておいて。

米国ではどこの大学にもフラタニティー(fraternity・・女子はソロリティ sorority)という親睦組織がありますが、は中世ヨーロッパのフラテルニタス(=兄弟団)に由来するものです。ΦΒΚ(ファイ・ベータ・カッパ)など、ギリシア語の大文字3語で表記されていますが、秘密結社の名残でしょう。

フランス革命の理念である「自由・平等・博愛」の『博愛」は「友愛」ともいいますが、フランス語でフラテルニテ(fraternite)といいます。ラテン語のフラテルニタスからきたものです。

はたして現在のアメリカでは黒人も白人もみな「兄弟」となれたのでしょうか? 

MBAの人事管理の授業でアファマティブ・アクションについてディベートをすることになり、黒人学生と組むことになりました。アファマティブ・アクションとは、少数派が不利を是正するために行われる措置のことです。

アファマティブ・アクションは差別是正のためには必要悪だがまだ不可欠な存在だというのがわれわれの立場でした。1990年頃の状況です。

2013年のいま、キング牧師の「夢」はすべて実現したのでしょうか?


非暴力といえば・・・

そういえば、これもまたアメリカ留学中のことですが、サンフランシスコでアメリカ人と会話しているときに話題が非暴力(Non-violence)に及んだことがあります。リベラルな風土のサンフランシスコならではということもあったことでしょう。

「非暴力といえばマハトマ・ガンディーだ」とわたしが言うと、そのアメリカ人は「いやまず思い浮かべるのはマーティン・ルーサー・キングだ」と返してきました。日本人とアメリカ人の歴史感覚の違いかもしれません。

キング牧師とはそういう存在としてもアメリカ人の記憶に焼き付いているのです。

2013年のいま、キング牧師の「夢」はすべて実現したのでしょうか?


(wikipedia よりキング牧師)



"I Have a Dream" キング牧師演説から50年、オバマ大統領も式典に (2013年8月29日)

Greeks Celebrate Brother and Sisterhood
Greeks という総称でフラタニティ(fraternity)とソロリティ(sorority)について。わが母校の RPI のホームカミングデーのサイトに一覧紹介がある。ここでいう Greeks にはギリシア人という意味はない。




・・上掲の『感動する英語』(近江誠、文藝春秋、2003)にキング牧師の演説などの英文対訳と解説がある



<ブログ内関連記事>

JFK暗殺の日(1963年11月22日)から50年後に思う

岡倉天心の世界的影響力-人を動かすコトバのチカラについて-

書評 『マザー・テレサCEO-驚くべきリーダーシップの原則-』(ルーマ・ボース & ルー・ファウスト、近藤邦雄訳、集英社、2012)-ミッション・ビジョン・バリューが重要だ!

映画 『インビクタス / 負けざる者たち』(米国、2009)は、真のリーダーシップとは何かを教えてくれる味わい深い人間ドラマだ

書評 『言葉でたたかう技術-日本的美質と雄弁力-』(加藤恭子、文藝春秋社、2010)-自らの豊富な滞米体験をもとに説くアリストテレス流「雄弁術」のすすめ

書評 『小泉進次郎の話す力』(佐藤綾子、幻冬舎、2010)-トップに立つ人、人前でしゃべる必要のある人は必読。聞く人をその気にさせる技術とは?

書評 『超・格差社会アメリカの真実』(小林由美、文春文庫、2009)-アメリカの本質を知りたいという人には、私はこの一冊をイチオシとして推薦したい

「アラブの春」を引き起こした「ソーシャル・ネットワーク革命」の原型はルターによる「宗教改革」であった!?

『動員の革命』(津田大介)と 『中東民衆の真実』(田原 牧)で、SNS とリアル世界の「つながり」を考える




(2012年7月3日発売の拙著です)





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2013年8月25日日曜日

韓国映画 『八月のクリスマス』(1998年)公開から15年


韓国映画 『八月のクリスマス』(1998年)公開から15年たった。早いものだ。

韓国で公開されたのは1998年1月24日のようだが、いまのこの時期にもっともふさわしい映画といえるかもしれない。

韓国のとある架空の小さな地方都市が舞台。写真館を営む青年が主人公。たまたま出会った駐車違反取締員(・・こういう職業が韓国にはあるのか)の女性との出会い、そして静かではかないノスタルジックな非恋物語

物語は暑い8月に始まり、秋を経て、冬に終わる。主人公の青年は不治の病に冒されていたのだ。どんな病なのか具体的にはまったくわからないのだが・・・ 不治の病ものが韓国映画や韓国ドラマには多すぎて、いまでは新鮮味はまったくなくなってしまっているが。

韓国映画にもこんな日本映画のような 静謐(せいひつ)な世界を描いた映画が作製され、しかもヒットしたということに驚きを感じた人は少なくなかったのではないか。

1997年のIMFショックは、タイから始まってインドネシアを経て、最後に韓国を直撃したのだが、ナショナリズムに支えられた経済高度成長という「近代」が突然に挫折した状況のなか、ポストモダンでノスタルジックなこの映画がヒットした理由はそこにあったのかもしれない。

ホ・ジノ監督の初監督作品で、第二作の『春の日は過ぎゆく』(2002年)もまたすばらしい作品であった。この映画は東京国際映画祭で特別上映されたときに見たが、『八月のクリスマス』に勝るとも劣らない作品である。

その後の映画はわたしは見ていないのでなんとも論評のしようはない。たしかヨンさまことペ・ヨンジュン主演の映画も作製されたと思う。

『八月のクリスマス』がすばらしいのは、なんといっても主人公を演じたハン・ソッキュ(韓石圭)という男優である。

高倉健を敬愛してやまないという1964年生まれのハン・ソッキュは、日本でも朝鮮半島問題をテーマにした『シュリ』(1999年)というエンターテインメント大作で知られることになった本格演技派の俳優である。シリアスな役からコミカルな役まで演じることのできるハン・ソッキュはほんとうにすばらしい。

わたしはDVDでハン・ソッキュ主演映画のほとんどは見たが、最近はこれといったヒット作にもめぐまれず、日本で公開される作品もないのが残念でしかたない。

ハン・ソッキュのなにがいいかといって、その声がじつにすばらしいのだ。ほれぼれとするような声は、低く落ち着いていて甘くてセクシーでもある。日本でいえばトヨエツこと豊川悦司が匹敵するのではないか。声がいい俳優、とくに男優は耳に記憶として残りやすい。

『八月のクリスマス』ではなんとエンディングのテーマソングもハン・ソッキュ本人が歌っている。いちど聴いてみてほしい。



主人公の恋人(未満?)役を演じたシム・ウナ(沈銀河)はこれぞ東洋美人といってよい女優であった。1974年生まれの彼女はいくつかの映画に出演したあと引退してしまったのが残念だ。

『八月のクリスマス』は、日本で 『8月のクリスマス』として2005年にリメイクされたが、『八月のクリスマス』が大好きなわたしはこのリメイク版は見ていない。

概してリメイク版にインパクトがないのは、オリジナルのイメージがあまりにもつよいからだ。








<関連サイト>

『八月のクリスマス』(Christmas in August) 主題歌

『八月のクロスマス』 ラストシーンと主題歌

『八月のクリスマス』全編 (8分割。合計97分 音声は韓国語、ただし字幕なし)


<ブログ内関連記事>

映画 『八月の鯨』(米国、1987)は、高齢化が進む現在の日本でこそ見るべき映画 ・・趣味嗜好は違うが「八月映画」として

■韓国映画

韓国映画 『嘆きのピエタ』(キムギドク監督、2012)を見てきた-「第69回ベネチア国際映画祭」で最高賞の金獅子賞を受賞した衝撃的な映画

韓国現代史の転換点になった「光州事件」から33年-韓国映画 『光州 5・18』(2007年)を DVD でみて考えたこと(2013年5月18日)

「ムクゲの花が咲きました」-原爆記念日に思うこと(2012年8月6日)

(2015年9月21日 情報追加)




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2013年8月22日木曜日

拙著 『人生を変えるアタマの引き出しの増やし方』(こう書房、2012) が、2013年8月に台湾で翻訳出版されました!


昨年(2012年)7月に出版した拙著 『人生を変えるアタマの引き出しの増やし方』(佐藤けんいち、こう書房、2013)ですが、このたび台湾で翻訳出版されました。

台湾版のタイトルは、『一個人的策展年代-串聯社群,你需要雜學資料庫-』(佐藤賢一、陳文涵=訳、世茂出版社)です。2013年8月の出版です。平装で 208頁、モノクロ印刷。ジャンルは「職場経営」。

表紙カバー(上掲の写真)では 『一個人の策展年代』 と、「的」 ではなく 「の」 がつかわれています。中文世界ではキリンの「午後の紅茶」が人気ですが、「の」というひらがなに反応する人が多いようです。「の」が入っていると売れるという判断かもしれません。

さて、「アタマの引き出し」はどう訳すのかな~と楽しみにしてましたが、副題にあるように「資料庫」となってます。あるいは「雑学資料庫」。ナルホド!

(台湾版の表紙ウラ)

本文は中文繁体字(=正字体)ですので、台湾以外では香港でも販売されています。日本側の出版社をつうじて実物をいただきましたので、わたしもざっと中身を見てみましたが、簡体字になれない人には繁体字のほうが読みやすいかもしれません。なお、簡単字版では一般的なヨコ組みではなく、日本語の書籍と同様にタテ組みになっています。

なお、台湾版では佐藤けんいちではなく、本名を使用しました。佐藤賢一となっております。著者プロフィールを参考のために掲載しておきましょう。

作者簡介

佐藤賢一 (Kenichi Sato)
KEN Management Ltd.的代表。顧問業經營者,專業領域為組織改革及人材能力加強。1962年生於日本京都,1985年畢業自一橋大學(主修歷史學),1992年於美國壬色列理工學院 (Rensselaer Polytechnic Institute, RPI) 取得企業管理碩士學位(MBA)。曾任職於銀行及廣告代理商的顧問公司,以及中小企業「Number 2」監督經營企劃室長。在泰國曼谷成立當地法人,並擔任獨立代表。在學校法人玉川學園擔任教育研究活動政務會議委員,任務為「促進個人思考,個人行動,在地球任何角落都能成功的『個體』日本人」。興趣是成為「資料庫豐富的人」受人讚賞。本書《一個人的策展年代-串聯社群,你需要雜學資料庫》為他的首本著作。
  官網:kensatoken.com/
  信箱:ken@kensatoken.com

機会があれば台湾や香港のリアル書店で、その機会がなければ台湾や香港のネット書店でご確認いただければさいわいです。




<関連サイト>

台湾出版社サイト(世茂)における書籍紹介
http://www.coolbooks.com.tw/books_product.asp?bookNo=00916573


博客来書籍館(台湾ネット書店)
http://www.books.com.tw/exep/prod/booksfile.php?item=0010594170

樂天書城網路書店(台湾ネット書店)
http://books.shop.rakuten.tw/0010594170/

香港二楼書店
http://2-floor.dyndns.org/item_detail.php?pro_id=676192

その他多数


PS 亚马逊中国(Amazon China)でも『一個人的策展年代-串聯社群,你需要雜學資料庫-』は入手可能です! 繁体字であっても中文である以上、海峡は越えて大陸でも流通していくということですね。ご関心のある方は上記リンクからどうぞ。(2013年11月20日 記す)


PS2 Kinokuniya(紀伊国屋書店)の海外店舗ネットワークを通じて台湾以外でもシンガポールやマレーシア、タイなどでも購入できますよ。下記にリンクしてあります。ジュンク堂の台湾でも購入できます。さすが華人圏の拡がりは大きいですね。日本語版の『アタマの引き出し』も入手可能です。(2013年11月21日 記す)

 紀伊国屋台湾 ⇒ kinokuniya Taiwan
 紀伊国屋シンガポール ⇒ Kinokuniya Singapore
 紀伊国屋マレーシア ⇒ Kinokuniya Malaysia
 紀伊国屋タイ ⇒ Kinokuniya Thailand  

 台湾淳久堂股份有限公司  


PS2 「策展」というコトバは中日辞典にはでてこないが、どうやらITの世界でいう「キュレーター」や「キュレーション」を意味するようだ。『一個人的策展年代』とは「一人でキュレーター時代」という意味だろう。日本語版のエッセンスをうまく要約したタイトルになっているかもしれない。ブログ記事の キュレーション (きょうのコトバ) を参照。




<参考>

『一個人的策展年代-串聯社群,你需要雜學資料庫-』(佐藤賢一、陳文涵=訳、世茂出版社、2013) 目録

序章 「資料庫」為何越多越好●
  ●「專業笨蛋」不通用的時代
  ●「資料庫」對於客服業變得重要
  ●正是「雜學」才重要
  ●創新源自「發現」與「資料庫」

第1章 「資料庫」的增加方法①-以「好奇心」為最優先,運用「五感」的「體驗」
 1. 以自己的好奇心為最優先
  ●「愛好是拿手之母!」
  ●「讀萬卷書,行萬里路」
  ●「五感」全開「體驗」
 2. 尋找自己的雜學題目
  ●明確地留意感興趣的題目
  ●題目有兩個以上也沒關係
  ●透過履歷表=自己史尋找題目
  ●以實際體驗設定題目
  ●題目設定短・中・長期
 3. 專業知識為雜學的相乘作用
  ●確立「工作」的專業領域
  ●正面積極地利用置身環境
  ●工作與生活的真正關係
 第1章 小結

第2章 「資料庫」的增加方法②-徹底地「觀察」
 1. 養成觀察的生活習慣
  ●透過「觀察」將體驗轉換為知識
  ●創新來自「觀察」
  ●由週遭開始「觀察」
  ●徹底實行「三現主義」並重視第一手資訊
 2. 觀察時需留意的事
  ●在意的事立刻紀錄
  ●在意的事立即詢問、搜尋
 3. 觀察的方法
  ●萬事起於自然觀察
  ●「假說與驗證」――經常思考「為什麼?」
  ●以自己的題目為「標籤」進行「觀察」
  ●觀察時刻意比較
  ●著重共通點及關聯性
 4. 觀察時的觀點
  ●觀察時的「觀點」
  ●以360度的俯瞰方式觀察
  ●抱持異己的觀點
  ●嘗試三角測量法(triangulation)
 5. 五感體驗
  ●「觀察」並不限於眼睛
  ●以寬闊的平常心訓練觀察
 第2章 小結

第3章 「資料庫」的增加方法③-養成「閱讀」的生活習慣
 1. 培養閱讀的嗜好
  ●首要體驗、次要閱讀!透過書籍的第二手資訊補齊知識
  ●養成閱讀的生活習慣
  ●總之增加數量
 2. 先了解書本結構
  ●了解文章結構
  ●不全部讀完也可以
  ●將書本依自己需求客製化後使用
  ●「商業書籍」為補給品
 3. 併用多讀及熟讀
  ●多讀的基礎在於熟讀
  ●同時並行閱讀多本書
  ●相關書籍至少閱讀三本
  ●閱讀不同類別的書籍
  ●雜誌整本讀完
 4. 如何選書
  ●遠看書架上的書背
  ●如何選書?
 5. 閱讀聲音及影像
  ●使用雙耳「閱讀」
  ●以雙耳「閱讀」英文有聲書
  ●將影像作品轉換為「資料庫」
  ●偶爾也要「資訊絕食」!
 第3章 小結

第4章 「資料庫」的增加方法④-透過「輸出」整理並穩固「資料庫」
 1. 由記憶的機制思考
  ●輸入及輸出的往返動作很重要
  ●大腦與電腦的「資料庫」差異
  ●「資料庫」製作的I╱O平衡
 2. 由大腦輸出(Output)看看
  ●實際的輸出手法
  ●說出口看看
  ●活用推特及臉書等社交網站
 3. 提升輸出力的秘訣
  ●活用聯想
  ●以類推法換句話說
 第4章 小結

第5章 「資料庫」的增加方法 應用篇-以「做菜」為例,試著增加「資料庫」
  ●做菜增加雜學的「資料庫」
  ●正因料理依靠做菜的人,雜學才無限增加
  ●不僅增加雜學,也學到管理的基礎
  ●以做菜為起點,增加雜學的資料庫
  ●養成生活習慣至少需時三個月
後記



PS 中文繁体字版は、アマゾン・チャイナ(amazon.cn)でも購入可能です。

『一個人的策展年代-串聯社群,你需要雜學資料庫-』(佐藤賢一、陳文涵=訳、世茂出版社)で検索すればでてきます。(クリック!)
Kinokuniya(紀伊國屋書店)の東南アジアの各店舗でも購入可能です(シンガポール、マレーシア他)。中文圏の広さを感じますね (中文繁体字版出版からつおうど一年後の 2014年8月1日記す)



<ブログ内関連記事>

『人生を変えるアタマの引き出しの増やし方』の出版前の2012年4月に受けたインタビューを再録します

『人生を変えるアタマの引き出しの増やし方』、いよいよ来週の7月3日以降、書店に配本予定です!

『人生を変えるアタマの引き出しの増やし方』(佐藤けんいち、こう書房、2012)を求めて-東京都内のリアル書店をフィールドワークする

新刊 『人生を変えるアタマの引き出しの増やし方』(佐藤けんいち、こう書房、2012)が、「新刊.jp」で紹介されました!

日刊工業新聞(2012年11月22日付け)で『人生を変えるアタマの引き出しの増やし方』(佐藤けんいち、こう書房、2012)が紹介されました!

「サンケイビジネスアイ」(SankeiBiz)に『人生を変えるアタマの引き出しの増やし方』(佐藤けんいち、こう書房、2012)の紹介が掲載されました。

【セミナーのご案内】 「ビジネスパーソンのための『人生を変えるアタマの引き出しの増やし方』

書評 『キュレーションの時代-「つながり」の情報革命が始まる-』(佐々木俊尚、ちくま新書、2011)
・・「策展」というコトバは中日辞典にはでてこないが、どうやらITの世界でいう「キュレーター」や「キュレーション」を意味するようだ。『一個人的策展年代』とは「一人でキュレーター時代」という意味だろう。日本語版のエッセンスをうまく要約したタイトルになっているかもしれない。
組織人事管理の分野でも「キュレーション」は注目されている。

キュレーション (きょうのコトバ)



台湾関連

邱永漢のグルメ本は戦後日本の古典である-追悼・邱永漢

映画 『海角七号-君想う、国境の南』(台湾 2008年)をみてきた

川江美奈子 letters (CD)
・・台湾出身の一青窈(ひとと・よう)に「つないで手」を提供したシンガーソングライターの川江美奈子

特別展「孫文と日本の友人たち-革命を支援した梅屋庄吉たち-」にいってきた-日活の創業者の一人でもあった実業家・梅屋庄吉の「陰徳」を知るべし
・・東京・白金台の台北駐日経済文化代表処公邸「芸文サロン」で開催された特別展

タイのあれこれ (15) タイのお茶と中国国民党の残党
・・台湾に移動後の中国国民党




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2013年8月19日月曜日

書評 『ワシントン・ハイツ-GHQが東京に刻んだ戦後-』(秋尾沙戸子、新潮文庫、2011 単行本初版 2009)-「占領下日本」(=オキュパイド・ジャパン)の東京に「戦後日本」の原点をさぐる


東京都心部の西側、山手線の外に代々木公園とオリンピック競技場、NHKホールが存在する広大な土地がある。かつてここは、アメリカ占領軍将校とその扶養家族ための住宅地域(Dependents Housing Area)が存在した。それが本書のタイトルである「ワシントンハイツ」(Washington Heights)である。

最終的に撤去されたのは1963年(昭和38年)、日本の主権が回復した1951年から12年もたってからであった。つまり18年間のあいだ敗戦後の日本に存在していたことになる。 1964年(昭和39年)には、敗戦からの復興と国威発揚をかけた「東京オリムピック」会場がその跡地に建設された

撤去された頃にはすでに生まれていたわたしも、いまだ幼児として関西にいたこともあり、ワシントンハイツの存在は知る由もなかった。子どもの頃に親の転勤で東京に移ってきながらも、この本が文庫化され入手した2011年まで、誰一人からもワシントンハイツについて聞いたことはなかった。名古屋生まれの著者もその点は似たようなものかもしれない。

本書は、ワシントンハイツが建設された前史からその渦中、そしてその後にまで至る、東京都心部の西側を軸に、現代日本の出発点となった「占領下日本」(=オキュパイド・ジャパン Occupied Japan)を全体的に描いた大作である。この時代のことを知らなければ現代日本について論じることはできないという問題意識から生まれた労作だ。

ワシントンハイツは、ある意味では「租界」であり、日本人立ち入り禁止の地域であった。

(文庫版に収録されたワシントンハイツの航空写真)

現在でも米軍基地が存在する地域には日本人オフリミッツの米軍住宅という「租界」が存在するが、日米の経済格差がほとんどなくなった現在ではうらやんだり憧れる対象ではもはやない。しかし、空襲で破壊され食料にもこと欠いていた敗戦後の日本人にとっては輝くような存在であったことは容易に想像できる。まさに「豊かなアメリカ」そのものというべき小世界であったことは、文庫版のカバー写真からも知ることができる。

原宿、表参道、青山、赤坂、六本木。これらの地名から連想されるのはファッションブランドに代表される欧米的なイメージだろう。そうなった理由の一端が代々木に建設された巨大なワシントンハイツにあったのだ。

あらためて思うのは、それぞれの個々の地域には詳しくても、自分がこのエリア全体を「面」として捉えていなかったことである。もし読者が東京のこの地域全体に精通していないのであれば、まずは目次のつぎに見開きで収録されている地図をじっくりと眺めてアタマのなかにいれていただきたい。このエリアにアメリカが見え隠れしているのである。

(地図の左にワシントンハイツがある)


著者も書いているように、アメリカの視点は空から地面を見下ろす「上から目線」である。空からのパノラマ、鳥瞰図。まさに鳥の目であるバーズアイ。20世紀後半の鳥は、空襲を実行するために人間が操縦する爆撃機であった。

アメリカは日本の戦意をくじくため、民間人(=シビリアン)に対する違法な爆撃作戦を遂行したが、原爆と同様に徹底的に研究したうえで実行に移している。効果的かつ効率的(effective and efficient)な成果をあげるために採用したのが焼夷弾であった。日本家屋の特性を踏まえたものであった。

焼夷弾攻撃の実験は、アリゾナ州の砂漠のなかで行われた。木造で燃えやすい日本家屋の実物大の模型を作製し、焼夷弾実験を繰り返して詳細なデータを収集し解析を行っていたという。その成果を踏まえて実行されたのがB29による東京空襲作戦なのである。

そしてその日本家屋の模型建設にかかわっていたのが、戦前と戦後の日本で洋風建築普及に大きな貢献をしたアントニン・レーモンドというチェコ出身でアメリカに帰化した建築家であった。帝国ホテル設計者フランク・ロイド・ライトの弟子として初来日したレーモンドは、アメリカの軍籍をもつインテリジェンス・エージェントでもあったのだ。いわゆる諜報活動に従事していたのである。

このエピソードは第2章で取り上げられているが、ワシントンハイツという「建築物」を描いた本書の隠れたテーマを示唆するものできわめて重要なものだ。

そのテーマとは、建設と破壊、そして再建である。ハードな建築物だけではなく、ハードとソフトを合わせた日本そのものの「再建」とそのプロセスである。

敗戦後の日本の再建は誰が設計したのか、施主は誰か、いかなる形で行われたのか、日米双方の多くの知られざる関係者たちが意識的かつ無意識的に関与していたことが、さまざまな側面からのアプローチで具体的なディテールを描き出すことで全体像を浮かび上がらせるげることに成功している。


ジャズをはじめとするエンターテインメントで庶民レベルからの「下からの親米姿勢」をつくりだし、反共政策のなか旧帝国軍人たちが再雇用され、占領終了後の日本の骨格が親米保守という「上からの親米姿勢」として完成される。

ニューディラーたちが主導する新憲法起草に女性の権利が盛り込まれ、食料援助をつうじた日本のキリスト教化計画が実行され(・・これは成功しなかった)、米軍将校の配偶者である有閑婦人に日本グッズや生け花が普及していく。

日米双方にかかわらざるを得なかった「日系二世」兵士たちのなかには、日本における諜報活動にかかわりワシントンハイツに住んだものもいたことが明かされる。また、ロサンゼルスのリトルトーキョーで仏教布教に従事した真言宗僧侶の二世として誕生したジャニー喜多川とワシントンハイツの関係は興味深いエピソードだ。ジャニーズもまたワシントンハイツから生まれたのである!

じっさいにワシントンハイツに出入りしていた日系二世の作家・片岡義男による「解説」もありがたい。片岡義男は、1970年代から80年代に『ポパイ』などの媒体でアメリカ的なるものをテーマに描いていた作家だが、本文のよい手引きとなっている。

ワシントンハイツが撤去されてすでに50年、しかし東京中心にはハーディバラックスという米軍のヘリコプターポートが存在している! 場所は都立青山公園そば。ヘリ墜落の危険のある点は沖縄と同じなのである。

本書では言及されていないが、東京上空の一部はいまだに米軍が管理空域として握っており、日本の民間航空の飛行に大いに障害になっていることは東京都知事時代の石原慎太郎が指摘していたとおりである。この意味をよく考えてほしいと思う。

本書は500ページを越える大作で読みとおすのに時間がかかるが、なんといっても徹底的な取材と資料探索によって裏付けた具体的なディテールがバツグンに面白い。事実のもつ圧倒的なチカラというべきであろう。

敗戦後日本の原点を確認するため、ぜひ読むことを薦めたいと思う。




目 次

序章 帝国アメリカの残像
第1章 青山表参道の地獄絵図
第2章 ある建築家の功罪と苦悩
第3章 「ミズーリ」の屈辱
第4章 乗っ取られた代々木原宿
第5章 オキュパイド・ジャパン
第6章 かくて女性たちの視線を
第7章 GHQデザインブランチ
第8章 まずは娯楽ありき
第9章 有閑マダムの退屈な日々
第10章 尋問か協力か
第11章 GHQのクリスマス
第12章 立ち上がる住民たち
第13章 諜報部員「ニセイ・リンギスト」
第14章 アイドルの誕生
第15章 瓦解したアメリカ帝国
第16章 そして軍用ヘリは舞い降りる
終章 視界から消えた「占領」
あとがき
文庫版あとがき
主要参考文献
解説 片岡義雄

著者略歴

秋尾沙戸子(あきお・さとこ)
1957年、名古屋市生れ。東京女子大学文理学部英米文学科卒業。上智大学大学院博士後期課程満期退学。テレビキャスターを務めるかたわら、民主化をテーマに旧東欧・ソ連やアジア諸国を取材。ジョージタウン大学大学院外交研究フェローとしてワシントンDCに滞在したのを機に占領研究を始める。著書に『運命の長女:スカルノの娘メガワティの半生』(アジア・太平洋賞特別賞)。『ワシントンハイツ:GHQが東京に刻んだ戦後』で日本エッセイスト・クラブ賞受賞(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものに情報を付加)。


<関連サイト>

秋尾沙戸子のペリオディスタ通信 (公式サイト)

総理、日系アメリカ人に会いに行ってください 河野太郎・衆院議員に聞く(前編) 
日系人強制収容所を知らない日本人河野太郎・衆院議員に聞く(後編)
(日経ビジネスオンライン 2013年11月27日・29日)


<ブログ内関連記事>

書評 『占領史追跡-ニューズウィーク東京支局長パケナム記者の諜報日記-』 (青木冨貴子、新潮文庫、2013 単行本初版 2011)-「占領下日本」で昭和天皇とワシントンの秘密交渉の結節点にいた日本通の英国人の数奇な人生と「影のシナリオ」

映画 『終戦のエンペラー』(2012年、アメリカ)をみてきた-日米合作ではないアメリカの「オリエンタリズム映画」であるのがじつに残念

書評 『731-石井四郎と細菌戦部隊の闇を暴く-』(青木冨貴子、新潮文庫、2008 単行本初版 2005)-米ソ両大国も絡まった "知られざる激しい情報戦" を解読するノンフィクション

「YOKOSUKA軍港めぐり」クルーズに参加(2013年7月18日)-軍港クルーズと徒歩でアメリカを感じる横須賀をプチ旅行

「日米親善ベース歴史ツアー」に参加して米海軍横須賀基地内を見学してきた(2014年6月21日)-旧帝国海軍の「近代化遺産」と「日本におけるアメリカ」をさぐる

日米関係がいまでは考えられないほど熱い愛憎関係にあった頃・・・(続編)-『マンガ 日本経済入門』の英語版 JAPAN INC.が米国でも出版されていた

「沖縄復帰」から40年-『沖縄 だれにも書かれたくなかった戦後史』(佐野眞一、集英社、2008)を読むべし!

書評 『黒船の世紀 上下-あの頃、アメリカは仮想敵国だった-』 (猪瀬直樹、中公文庫、2011 単行本初版 1993)-日露戦争を制した日本を待っていたのはバラ色の未来ではなかった・・・

書評 『アメリカに問う大東亜戦争の責任』(長谷川 煕、朝日新書、2007)-「勝者」すら「歴史の裁き」から逃れることはできない

早いもので米国留学に出発してから20年!-それは、アメリカ独立記念日(7月4日)の少し前のことだった

「人生に成功したければ、言葉を勉強したまえ」 (片岡義男)

(2014年7月23日、8月31日 情報追加)




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2013年8月18日日曜日

書評 『占領史追跡-ニューズウィーク東京支局長パケナム記者の諜報日記-』 (青木冨貴子、新潮文庫、2013 単行本初版 2011)-「占領下日本」で昭和天皇とワシントンの秘密交渉の結節点にいた日本通の英国人の数奇な人生と「影のシナリオ」



本書は、2009年に出版された 『昭和天皇とワシントンを結んだ男-「パケナム日記」が語る日本占領―』 を改題して文庫化されたものである。

わたしは、オリジナルタイトルのほうがよかったのではないかと思う。それはパケナムという男が、「昭和天皇とワシントンを結んだ男」であるということが本書で明らかにされたことだからだ。文庫版における改題は、解説を執筆している元インテリジェンス・オフィサーの佐藤優を意識したためだろうか。

「パケナムという男」は、敗戦後の日本でニューズウィーク東京支局長として縦横に動き回った男である。その上司であったハリー・カーンをつうじてつながっていたアメリカ政府上層部、そして昭和天皇の信頼のあつい侍従の松平康昌とのつながり。「昭和天皇とワシントンを結ぶ」非公式ルートの結節点にいたのが「パケナムという男」であった。

しかも、パケナムは日本生まれで日本語に堪能な日本通の英国人、松平康昌とは同年生まれの「明治人」であったという共通点もあった。そしてこの二人の交友と腹蔵ない情報交換から生まれた水面下の「影のシナリオ」。本書の最大の読みどころがその「影のシナリオ」にある。そして本書によってはじめて明らかになったパケナムという「影の男」の数奇な人生も興味をそそる。


(単行本カバー: 左がパケナム、右がハリー・カーン)

それにしても、じつに手間のかかった労作である。

著者がアメリカ在住である点はもちろん有利に働いているが、日本はもちろん、英国やアイルランドまで足を延ばして調査を行っている。たまたま遭遇することになった「パケナム日記」から始まったジャーナリストの追求がこうして一冊の本として読めるようになったわけだ。

アメリカを中心とした連合軍による日本占領が長引いていくにつれ日本人の不満が高まりつつあった。着任時65歳だったマッカサーも5年後の1950年には70歳の老人になっており、昭和天皇は44歳から49歳という壮年期にあった。これらは重要な事実である。占領開始時1945年のツーショットで占領後期を考えてはいけないのである!

そして現在の日本では称賛されることの多い吉田茂と白洲次郎のコンビに対する異なる見解も本書で読むことができる。白洲次郎の英語力は問題はなかったろうが、吉田茂の英語力にかんする否定的な見解(!)はひじょうに面白く感じられた。インテリジェンス・レポートならではといえる。

サンフランシスコ講和条約(1951年)の署名が吉田茂の引退への花道となったわけだが、アメリカ上層部と昭和天皇は、占領終了後の日本にかんする共通する問題意識をもっていたことが、岸信介擁立という「影のシナリオ」にうかがい知ることができるのである。

1950年当時は、共産主義への恐怖とその対策が至上命題となっていたことを想起すれば、その意味は容易に想像できることだろう。マッカーシーの「赤狩り」の嵐がアメリカで吹き荒れていたのは1948年から1950年代前半のことであった。

まだまだ知られざる事実の多い「占領期日本」。ぜひ読むことをすすめたい一冊である。






目 次

第1章 鳩山邸を訪ねる英国人記者
第2章 マッカーサーに嫌われた男
第3章 占領された日本への再入国
第4章 「昭和天皇の側近」松平康昌
第5章 フリーメーソンへの誘い
第6章 天皇の伝言とパケナム邸の夕食会
第7章 鳩山一郎とダレスの秘密会談
第8章 マッカーサー解任と日本の独立
第9章 岸政権誕生のシナリオ
第10章 パケナム追跡
終章 多磨霊園に眠る
あとがき
文庫版のためのあとがき
主要参考文献
解説 佐藤優


著者プロフィール  

青木冨貴子(あおき・ふきこ)
1948(昭和23)年東京生れ。作家・ジャーナリスト。1984年渡米し、「ニューズウィーク日本版」ニューヨーク支局長を3年間務める。1987年作家のピート・ハミル氏と結婚。ニューヨーク在住(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)。

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書評 『731-石井四郎と細菌戦部隊の闇を暴く-』(青木冨貴子、新潮文庫、2008 単行本初版 2005)-米ソ両大国も絡まった "知られざる激しい情報戦" を解読するノンフィクション

映画 『終戦のエンペラー』(2012年、アメリカ)をみてきた-日米合作ではないアメリカの「オリエンタリズム映画」であるのがじつに残念

書評 『東條英機 処刑の日-アメリカが天皇明仁に刻んだ「死の暗号」-』(猪瀬直樹、文春文庫、2011 単行本初版 2009)

書評 『ワシントン・ハイツ-GHQが東京に刻んだ戦後-』(秋尾沙戸子、新潮文庫、2011 単行本初版 2009)-「占領下日本」(=オキュパイド・ジャパン)の東京に「戦後日本」の原点をさぐる

「プリンシプルは何と訳してよいか知らない。原則とでもいうのか」-白洲次郎の「プリンシプル」について

書評 『歴史に消えた参謀-吉田茂の軍事顧問 辰巳栄一-』(湯浅 博、産経新聞出版、2011)-吉田茂にとってロンドン人脈の一人であった「影の参謀」=辰巳栄一陸軍中将の生涯

(2015年2月9日 情報追加)




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2013年8月16日金曜日

書評 『ナショナリズム-名著でたどる日本思想入門-』(浅羽通明、ちくま文庫、2013 新書版初版 2004)-バランスのとれた「日本ナショナリズム」入門


バランスのとれた「日本ナショナリズム」入門である。「入門書」として最初から最後まで通読すれば、著者の「思想」がまたきわめて健全であることを納得するであろう。

賛同するにせよ反対するにせよ、「ナショナリズム」に無縁で生きることのできる人間など、「近代」を通過した日本人にはまったく存在しない。これが著者の立場である。

ネトウヨ(=ネット右翼)やヘイト・スピーチという「偏狭なナショナリズム」には嫌悪感や難色を示す人も、「健全なナショナリズム」に忌避感を示す人は少ないだろう。たとえ「ナショナリズム」というコトバも、その意味することを詳しく知らない一般大衆でも、ナショナリズムを実践しているのである。

著者の浅羽通明氏は1959年生まれ。「見えない大学本舗」の主催者で、大学知識人ではない在野の思想家。思想家というよりも英語の thinker といったほうが実態に近いだろう。自分で考えて、自分で行動できる人である。そういう人が、自分でものを考えたい人に向けて書いた本だ。

著者の「教養論」もまた大学知識人による浮世離れしたものではなく、あくまでも生きるためには食っていかねばならない一般国民と同じ立ち位置にある。ただし、ネットには背を向けているので、21世紀型一般人とは言い難いのだが・・・。

この「ナショナリズム入門」は、著者が選定した日本ナショナリズム関連書10冊の解説と関連書の読書案内をつうじて、ナショナリズムという「近代思想」が日本に定着していくプロセスをたどったものである。

「近代」、「伝統」、「郷土」、「国土」、「文化」、「革命」、「男気」といった概念が検討される。本書で紹介されているナショナリズム関連書の大半は、わたしはすでに目をとおしているが、じつによくできた読書リストであると思う。

黒船による「開国」によって目覚めたナショナリズム前夜から、徴兵制によって故郷(くに)から国家(くに)への意識転換がすすみ、日清戦争と日露戦争という自存自衛の戦いを遂行するなかで防衛型ナショナリズムが定着し「日本国民」が成立する。その後の領土拡張過程のなかで異民族を抱え込んだだめに逆に希薄化したナショナリズムが、敗戦後は左翼による民族独立という反米ナショナリズムを経て、高度成長のなかで経済ナショナリズムとして定着。冷戦終了後のアイデンティティ模索状況をへて現在は「収斂型ナショナリズム」として成熟し、定着していった。本書でこの推移を追体験することになる。

左右両方への目配りもよく行き届いたナショナリズム論は、まさに入門書としてふさわしい。しかも、著者の態度はきわめてバランスのとれたもので、特定の政治的主張の護教論ではない。

読者は最初のページから最後のページまで通読することによって、ナショナリズムという日本国民にひろく浸透している「思想」が、けっして否定すべきものでも過度に礼讃すべきものでもないことを知ることになることだろう。

とくに戦後の高度成長時代にマジョリティとなったビジネスマン(・・ここではあえてビジネス「マン」としておく)の「経済ナショナリズム」を支えた司馬遼太郎「史観」の限界について書いているのは、ビジネスパーソンにとっては興味深い。『坂の上の雲』(1968~1972)に代表される司馬史観は、わたしなりに表現すれば、後発国がキャッチアップのために選択した西欧近代モデルのナショナリズムである、と。

また、『文明としてのイエ社会』(村上泰亮・公文俊平・佐藤誠三郎、中央公論社、1980)も日本的経営の説明として一世を風靡した作品であり、本書で本格的に取り上げて解説していることはビジネスパーソンの立場からみてたいへん喜ばしい。

ナショナリズムというテーマで「日本近代」を考えるためには、まずは本書の内容を理解することで必要にして十分であろう。索引も完備していることもありがたい。

すでに先進国としてのポジションを確立し、「近代」というキャッチアップの時代が終わった日本においては、かつてのような対外拡張的なナショナリズムはあり得ないだろう。だが、近隣諸国に近代化過程の国々がある以上、防衛型のナショナリズムが消えることはあるまい。

ナショナリズムについて考えることは、この国の将来について考えるうえで、きわめて重要な思考の「道具」(ツール)となる。この文庫版は初版出版から9年後の改訂版だが、5年に1回程度は「最新改訂版」を出せるよう、出版社には大いに期待したい。




目 次

序章 近代と伝統-日本ナショナリズムとは何か
第1章 この人を見よ!-ナショナリストの肖像 石光真清『城下の人』『曠野の花』『望郷の歌』『誰のために』
第2章 隠岐コミューンに始まる-郷土のナショナリズム 橋川文三『ナショナリズム』
第3章 ここはお国を何百里-友情のナショナリズム 金田一春彦ほか『日本の唱歌』
第4章 ああ、日本のどこかに-国土のナショナリズム 志賀重昂『日本風景論』
第5章 もののふとたおやめのあいだ-文化のナショナリズム 三宅雪嶺・芳賀矢一『日本人論』
第6章 民族独立行動隊、前へ!-革命のナショナリズム 小熊英二『<民主>と<愛国>』
第7章 少年よ、国家を抱け-男気のナショナリズム 本宮ひろ志『男一匹ガキ大将』
第8章 近代というプロジェクトX-歴史のナショナリズム 司馬遼太郎『坂の上の雲』
第9章 カイシャ・アズ・ナンバーワン-社会のナショナリズム 村上泰亮ほか『文明としてのイエ社会』
第10章 普通の国となるとき、それは今?-軍備のナショナリズム 小沢一郎 『日本改造計画』
終章 日本ナショナリズムの現在-『戦争論』(小林よしのり)以後
あとがき-駆使できる思想史の方へ
文庫版あとがき-戦死者のいる未来のために
解説-思想中二病には口当たりの甘い良薬を!(斎藤哲也)
ナショナリズム関連年表
索引

著者プロフィール

浅羽通明(あさば・みちあき)
1959年、神奈川県横須賀市生まれ。早稲田大学法学部卒業。みえない大学本舗主宰。早稲田大学・法政大学講師。著書に『試験のための政治学』(早稲田経営出版)、『ニセ学生マニュアル』三部作(徳間書店)、『大学で何を学ぶか』『思想家志願』『知のハルマゲドン』(小林よしのり氏との共著)『教養論ノート』(幻冬舎)、『澁澤龍彦の時代』(青弓社)、『野望としての教養』(時事通信社)、『天使の王国』『「携帯電話的人間」とは何か』(宝島社)ほか。


<関連サイト>

「浅羽通明スペシャルインタビュー ナショナリズムとアナ-キズム-その道具としての使用期限を考える (2004年)



<ブログ内関連記事>

「石光真清の手記 四部作」 こそ日本人が読むべき必読書だ-「坂の上の雲」についての所感 (4)

秋山好古と真之の秋山兄弟と広瀬武夫-「坂の上の雲」についての所感 (2)

書評 『秋より高き 晩年の秋山好古と周辺のひとびと』(片上雅仁、アトラス出版、2008)--「坂の上の雲」についての所感 (5)

『大アジア燃ゆるまなざし 頭山満と玄洋社』 (読売新聞西部本社編、海鳥社、2001) で、オルタナティブな日本近現代史を知るべし!

書評 『日本近代史の総括-日本人とユダヤ人、民族の地政学と精神分析-』(湯浅赳男、新評論、2000)-日本と日本人は近代世界をどう生きてきたか、生きていくべきか?

書評 『それでも、日本人は「戦争」を選んだ』(加藤陽子、朝日出版社、2009)-「対話型授業」を日本近現代史でやってのけた本書は、「ハーバード白熱授業」よりもはるかに面白い!

梅棹忠夫の『文明の生態史観』は日本人必読の現代の古典である!
・・戦後日本の「健全なナショナリズム」の名著

書評 『ヤシガラ椀の外へ』(ベネディクト・アンダーセン、加藤剛訳、NTT出版、2009)-日本限定の自叙伝で名著 『想像の共同体』が生まれた背景を知る
・・ナショナリズム論の名著といえば『想像の共同体』

書評 『「シベリアに独立を!」-諸民族の祖国(パトリ)をとりもどす-』(田中克彦、岩波現代全書、2013)-ナショナリズムとパトリオティズムの違いに敏感になることが重要だ

NHK大河ドラマ 『八重の桜』がいよいよ前半のクライマックスに!-日本人の近現代史にかんする認識が改められることを期待したい
・・ナショナリズム前夜におけるパトリオティズムとナショナリズムの違い

『はじめての宗教論 右巻・左巻』(佐藤優、NHK出版、2009・2011)を読む-「見えない世界」をキチンと認識することが絶対に必要
・・ナショナリズムを近代の病理と捉えるプロテスタント神学の見方は一般的ではあるまい

書評 『超マクロ展望-世界経済の真実』(水野和夫・萱野稔人、集英社新書、2010)-「近代資本主義」という既存の枠組みのなかで設計された金融経済政策はもはや思ったようには機能しない

書評 『国力とは何か-経済ナショナリズムの理論と政策-』(中野剛史、講談社現代新書、2011)-理路整然と「経済ナショナリズム」と「国家資本主義」の違いを説いた経済思想書
・・グローバル時代において政策単位となる国家と経済ナショナリズムの重要性について

(2014年7月24日 情報追加)




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2013年8月15日木曜日

「神やぶれたまふ」-日米戦争の本質は「宗教戦争」でもあったとする敗戦後の折口信夫の深い反省を考えてみる



日米戦争の本質は「宗教戦争」でもあった。このような見方をしている人もいるのである。

それは、国文学者で民俗学者でもあった折口信夫(1887~1953)である。敗戦後の昭和24年(1949年)6月に発表した「神道の新しい方向」の冒頭で以下のように語っている。

昭和二十年の夏のことでした。
まさか、終戦のみじめな事実が、日々刻々に近寄つてゐようとは考へもつきませんでした。その或日、ふつと或(ある)啓示が胸に浮かんで来るやうな気持ちがして、愕然と致しました。それはこんな話を聞いたのです。あめりかの青年達がひよつとすると、あのえるされむを回復する爲に出来るだけの努力を費やした、十字軍における彼らの祖先の情熱をもつて、この戦争に努力してゐるのではなからうか、と。もしさうだつたら、われわれは、この戦争に勝ち目があるだらうかといふ、静かな反省が起こつても来ました。・・(以下略)・・
(出典:「神道の新しい方向」1949年 『折口信夫全集第二十巻 神道宗教篇』 P.461 傍線はオリジナルでは右サイド。ただし漢字は新字体に直した。ゴチックは引用者=さとう)

ほぼ同じ内容の発言を敗戦からほぼ一年後の昭和21年(1946年)8月に神職の人たちを前に講演のかたちで行っている。翌年の昭和22年に「神道宗教化の意義」という論文にまとめられている。


私は終戦前に、牧師の団体に古典の話をしたことがあるが、その時に牧師達は、記紀に現れてゐる物語の或ものが、我々のきりすと教の旧約聖書の神話と、殆(ほとんど)同じだといふことを言いだした。それは、神道にも、きりすと教にも比較研究に値するものを、持つてゐるといふことになる。
其(その)人達のお話の中の、「或はあめりかの青年達は、我々と違つて、この戦争にえるされむを回復する爲に起こされた十字軍のやうな、非常な情熱を持ち初めてゐるかもしれない」という詞を聴いた時に、私は愕然とした。何故なら、日本人はその時、日本人が常に持つてゐる露悪主義が世間に露骨に出て、戦争に疲れきつてゐた時だつたからである。さうして日本人はその時、神様に対して、宗教的な情熱を持つていなかつた。我々にも十字軍を起こすやうな情熱はないのだ。・・(中略)・・戦争中の我々の信仰を省みると神々に対して悔いずには居られない。我々は様々祈願をしたけれど、我々の動機には利己的なことが多かつた。さうして神々の敗北といふことを考えなかつた。我々は神々が何故敗けなければならなかつたか、と言ふ理論を考えなければ、これからの日本国民生活はめちゃめちゃになる。・・(中略)・・それほど我々は奇蹟を信じてゐた。しかし、我々側には一つも現れず、向うばかりに現れた。それは、古代過去の信仰の形骸のみにたよつて、心の中に現に神を信じなかつたのだ。だから過去の信仰の形骸のみにたよつて、心の中に現実に神の信仰を持つてゐないのだから、敗けるのは信仰的に必然だと考へられた。・・(以下略)・・
(出典:「神道宗教化の意義」1947年 『折口信夫全集第二十巻 神道宗教篇』 P.445~446)

現役の米国大統領ジョージ・ブッシュ(ジュニア)から「十字軍」というコトバが不用意に(?)出てきたのは、2001年の「9-11」のテロ事件の追悼式においてであった。

報復としてのアフガニスタン紛争やイラク戦争などの軍事行動が「第十次十字軍」(The Tenth Crusade)と言われたのは、歴史的な意味での十字軍になぞらえた名称であるが、イスラーム側で激しい反発を招いたことを記憶している人も少なくないだろう。

アメリカ側の「十字軍(クルーセイド)」に対して、テロリスト側は「聖戦(ジハード)」と応酬、まさに政治学者のハンチントンの著書のタイトル「文明の衝突」ともなりかねない状況だったのだ。

そのとき思い出したのが先に引用した折口信夫の敗戦後の発言である。日米戦争の本質は「宗教戦争」でもあったという認識を示した発言である。しかも、宗教的情熱にあふれていたのはアメリカ側であり、必勝祈願という日本側の形骸化した国家神道は宗教的情熱をともなうものではなかったという痛切な反省である。日本政府は国家神道は宗教ではない、としていたのでああった。

この文章を知ったのはずいぶん前のことだ。折口は戦争末期にキリスト教関係の団体からよばれて「古事記」についての講義を行ったらしい。

その後、『神道学者折口信夫とキリスト教』(濱田辰雄、聖学院大学出版会、1995)という本で、キリスト教関係者とは沖縄出身の宗教研究者 比屋根安定(ひやごん・あんてい)であることを知った。

ネット上の 「世界宗教用語大事典」によれば、比屋根安定の経歴は以下のようになっている。

【比屋根安定】 宗教史学者・牧師。東京出身。青山学院神学部・東大宗教学科卒。青山学院・東京神学大・ルーテル神学大教授(1892~1970)。

比屋根安定はキリスト者であったが、民俗学にも目配りのきいた宗教学者であった。『諸宗教事典』(聖文舎、1963)にはその成果が十分に反映されている。「折口信夫」という項目もある。 

内弟子であった国文学者で歌人の岡野弘彦氏の回想によれば、比較宗教学の研究も行っていた折口は英文の宗教学関連専門雑誌も読んでいたという。キリスト教にある種のシンパシーを感じていたらしいことは、日本の神の本質が現象的には多神教的でありながら、限りなく一神教に近いという発言にも反映しているような気もする。

おそらくキリスト教への関心は、折口信夫が平田篤胤(ひらた・あつたね)の大きな影響を受けているからでもあろう。国学者の平田篤胤はじつに多芸多才な人でもあったが、ひそかに入手した漢籍でキリスト教を知り、その教えを換骨奪胎して自分の著作に活用しているくらいなのだ。

『折口信夫全集第二十巻 神道宗教篇』に収録されている「平田国学の伝統」という論文にもあるように、折口信夫もその師である柳田國男も、国学者の平田篤胤の大きな影響を受けている。民俗学を「新国学」と表現したのもそのためである。

折口信夫の同時代人で、思想家でもあった陸軍軍人・石原莞爾は、日蓮主義の法華経信仰に基づいて「世界最終戦争論」を主張していた。このこともあわせてみると、「宗教戦争」であった日米戦争の本質についても考えてみる必要はあると思うのである。

いまでもマスコミは「終戦記念日」という名称をつかいつづけているが、ほんとうは「敗戦記念日」というべきだ。たしかに一般国民の実感としては戦争が終わったというものだろうが、日本は原子爆弾という非人道的兵器によって完膚なきまでに叩きのめされ、そして敗れ去ったという事実を認めない限り、いつまでも自己欺瞞がつづくことになる。

「正常化」するためにも「敗戦」という事実を認識することが必要なのだ。「先の大戦」の敗因についてはさまざまな分析がなされつづけているが、精神面でも日本は負けていたという事実を認識することも重要なことである。

『折口信夫―-いきどほる心- (再発見 日本の哲学)』(木村純二、講談社、2008)によれば、 折口信夫は敗戦後、弟子の岡野弘彦氏に、憂い顔でこう洩らしていたという。「日本人が自分たちの負けた理由を、ただ物資の豊かさと、科学の進歩において劣っていたのだというだけで、もっと深い本質的な反省を持たないなら、五十年後の日本はきわめて危ない状態になってしまうよ」。 68年後のいま、この発言をアタマから否定できる人ははたしているだろうか?

日米戦争の本質は「宗教戦争」でもあったという発言は極端に響くかもしれないが、しかしながら本質を突いたものであることは否定できないのはそういう意味なのだ。







<ブログ内関連記事>

書評 『折口信夫―-いきどほる心- (再発見 日本の哲学)』(木村純二、講談社、2008)
・・「折口信夫は敗戦後、弟子の岡野弘彦に、憂い顔でこう洩らしていたという。「日本人が自分たちの負けた理由を、ただ物資の豊かさと、科学の進歩において劣っていたのだというだけで、もっと深い本質的な反省を持たないなら、五十年後の日本はきわめて危ない状態になってしまうよ」(P.263 注23)。 日本の神は敗れたもうた、という深い反省をともなう認識を抱いていた折口信夫の予言が、まさに的中していることは、あえていうまでもない」

書評 『折口信夫 独身漂流』(持田叙子、人文書院、1999)
・・「古代日本人が、海の彼方から漂う舟でやってきたという事実にまつわる集団記憶。著者の表現を借りれば、「波に揺られ、行方もさだまらない長い航海の旅の間に培われたであろう、日本人の不安のよるべない存在感覚」(P.212)。歴史以前の集団的無意識の領域にかつわるものであるといってよい。板戸一枚下は地獄、という存在不安」

書評 『折口信夫 霊性の思索者』(林浩平、平凡社新書、2009)
・・「私は大学時代から、中公文庫版で『折口信夫全集』を読み始めた。日本についてちっとも知らないのではないかという反省から、高校3年生の夏から読み始めた柳田國男とは肌合いのまったく異なる、この国学者はきわめて謎めいた、不思議な魅力に充ち満ちた存在であり続けてきた」

「役人の一人や二人は死ぬ覚悟があるのか・・!?」(折口信夫)


書評 『聖書の日本語-翻訳の歴史-』(鈴木範久、岩波書店、2006)

書評 『メイド・イン・ジャパンのキリスト教』(マーク・マリンズ、高崎恵訳、トランスビュー、2005)-日本への宣教(=キリスト教布教)を「異文化マーケティグ」を考えるヒントに

書評 『マンガ 最終戦争論-石原莞爾と宮沢賢治-』 (江川達也、PHPコミックス、2012)-元数学教師のマンガ家が描く二人の日蓮主義者の東北人を主人公にした日本近代史

「精神の空洞化」をすでに予言していた三島由紀夫について、つれづれなる私の個人的な感想

『王道楽土の戦争』(吉田司、NHKブックス、2005)二部作で、「戦前・戦中」と「戦後」を連続したものと捉える
・・連続はしているが敗戦によって「神がやぶれたもう」た戦後は・・・




(2012年7月3日発売の拙著です)





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2013年8月11日日曜日

書評 『マンガ 最終戦争論-石原莞爾と宮沢賢治-』 (江川達也、PHPコミックス、2012)-元数学教師のマンガ家が描く二人の日蓮主義者の東北人を主人公にした日本近代史


『マンガ 最終戦争論』 (江川達也、PHPコミックス、2012)は、中学校の元数学教師だったマンガ家が描く日本近代史であり、「賢治と莞爾」という、ともに在家の「日蓮主義者」だった二人の「東北人」を主人公に描いた人物マンダラである。

登場人物はあまりにも多くとても書き切れないが、1853年のペリー提督の来航から、1945年の日本の敗北までの米国との93年間を一貫した歴史観で描き切った「教育マンガ」でもある。学校は絶対に教えようとしないが、少なくとも一つの重要な歴史の見方ではある。

パックス・トクガワーナ(Pax Tokugawana)と表現されることもある江戸時代240年間の平和は、米国のペリー提督による恫喝によって破られることとなった。

以後、西洋が支配する弱肉強食のジャングルのような国際社会でサバイバルするため日本が選択した道はほんとうに正しかったのかどうか、このマンガを読みながら真剣に考えてみる必要があるだろう。

西洋文明と東洋文明。同じ文明といっても、王道を説く東洋文明と、覇道に突き進む西洋文明は、ほんらいまったくその性格を異にするものであった。

究極の二者選択に迫られた近代化前夜の日本は、結局は覇道の西洋文明と一体化することによってサバイバルする道を選択した。西洋人ではない模倣者は、しょせん二番煎じの「二流」に過ぎないという悲哀を、いやというほど味あわされながら・・・

とはいえ、石原莞爾がその思いを託した満洲国もまた「王道楽土」とは程遠い存在であった。現在の世界にはもはや王道を説く東洋道徳なるものはどこにも存在しない。悪しき覇道に染まり切った近代文明の申し子である点は、中国共産党も大韓民国も同じ穴のむじなである。

詩人で童話作家の宮沢賢治(1896~1933)と軍人で思想家の石原莞爾(1889~1949)という、ともにみずからの意思で在家の「日蓮主義者」田中智学の弟子として国柱会(こくちゅうかい)の会員となった二人の「東北人」は、近代日本を考えるうえでひじょうに面白い存在だ。賢治は岩手の花巻、莞爾は山形の庄内出身である。

『世界最終戦争論』(1940年)は石原莞爾の世界観と戦争思想のエッセンスである。核戦争という最終兵器による戦争によって戦争は終わり平和な世界が実現すると予言したものだが、"東洋文明の代表選手" として「最終勝利者」となるハズだった日本は、"西洋文明の代表選手" である米国によって完膚なきまでにたたきつぶされ、以後は骨抜きとなったまま現在に至る

石原莞爾は敗戦後の日本の使命を「王道」実現の担い手となるべしと定めたが、敗戦から4年後にはその後の日本を見ることなく病没する。国民作家として不動の地位を確立している宮沢賢治と違って、現在においても毀誉褒貶(きよほうへん)あいなかばするのが石原莞爾である。

太くて一貫した歴史観を縦軸に、詳細なディテールまで描きこんだこのマンガは日本人ならぜひ一読すべしと推薦したい。

もちろん、このマンガの主張する歴史観がすべてではない。だが、近代日本を理解するための糸口の一つはここにあるといってよい。近代日本における日蓮主義の評価はきわめてむずかしいものがあるとはいえ。




目 次

序章 世界最終戦論
第1章 ペルリ
第2章 泥棒大先生
第3章 東京裁判酒田法廷
第4章 遺言
第5章 八紘一宇
第6章 南洲翁
第7章 野蛮人
第8章 氷川清話
第9章 満洲事変
第10章 雨ニモ負ケズ風ニモ負ケズ
終章 王道


著者プロフィール  

江川 達也(えがわ たつや)
1961年、愛知県名古屋市千種区出身。日本の漫画家、テレビタレント。 愛知教育大学教育学部卒業。代表作に『まじかる☆タルるートくん』、『東京大学物語』など(wikipedia情報から編集)。










<関連サイト>

稀代の天才戦略家・石原莞爾(Unparalleled Strategist Kanji Ishiwara)の映像 
・・晩年の石原莞爾の庄内弁の肉声が聴ける貴重なフィルム。


<ブログ内関連記事>

書評 『日本近代史の総括-日本人とユダヤ人、民族の地政学と精神分析-』(湯浅赳男、新評論、2000)-日本と日本人は近代世界をどう生きてきたか、生きていくべきか?

書評 『黒船の世紀 上下-あの頃、アメリカは仮想敵国だった-』 (猪瀬直樹、中公文庫、2011 単行本初版 1993)-日露戦争を制した日本を待っていたのはバラ色の未来ではなかった・・・

書評 『新大東亜戦争肯定論』(富岡幸一郎、飛鳥新社、2006)-「太平洋戦争」ではない!「大東亜戦争」である! すべては、名を正すことから出発しなくてはならない

書評 『アメリカに問う大東亜戦争の責任』(長谷川 煕、朝日新書、2007)-「勝者」すら「歴史の裁き」から逃れることはできない

書評 『原爆を投下するまで日本を降伏させるな-トルーマンとバーンズの陰謀-』(鳥居民、草思社、2005 文庫版 2011)

書評 『ノモンハン戦争-モンゴルと満洲国-』(田中克彦、岩波新書、2009)-もうひとつの「ノモンハン」-ソ連崩壊後明らかになってきたモンゴル現代史の真相
・・『虹色のトロツキ-』というマンガもぜひ読むことを薦めたい

庄内平野と出羽三山への旅 (2) 酒田と鶴岡という二つの地方都市の個性
・・吹浦(ふくら)に石原莞爾の墓所をたずねた記録。庄内藩は西郷隆盛との関係がきわめて太い。そういった近代日本の側面にも触れておいた

書評 『オーラの素顔 美輪明宏のいきかた』(豊田正義、講談社、2008)-「芸能界」と「霊能界」、そして法華経
・・日本における熱烈な日蓮信者の系譜のなかの石原完爾

「雨ニモ負ケズ、風ニモ負ケズ」 と 「And the skies are not cloudy all day」

いまこそ読まれるべき 『「敗者」の精神史』(山口昌男、岩波書店、1995)-文化人類学者・山口昌男氏の死を悼む

「如水会講演会 元一橋大学学長 「上原専禄先生の死生観」(若松英輔氏)」を聴いてきた(2013年7月11日)
・・上原専禄もまた戦前から戦後にかけて、在家の日蓮主義団体の国柱会会員であった




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2013年8月9日金曜日

書評 『ナガサキ 消えたもう一つの「原爆ドーム」』(高瀬毅、文春文庫、2013 単行本初版 2009)-"最初の被爆地" 広島と "最後の被爆地" 長崎の背後にあった違いとは?


ヒロシマは全世界的に有名になっているのにかかわらず、ナガサキはかならずしもそうではない。その理由の一つに目で見てさまざまな思いを感じることのできる原爆遺跡が残っているかどうかがあるのかもしれない。

爆心地に近い浦上天主堂は、じつは13年間も廃墟のまま放置されていたらしい。そのまま保存していれば「世界遺産」となったことは間違いないが、結局は取り壊されてしまったのはなぜか? 

本書は、そんな疑問から、"最初の被爆地" 広島と、"最後の被爆地" 長崎の違いの背後にあったものについて考えていくノンフィクション作品だ。

個人的な話だが、大学時代に『人間を返せ』というドキュメンタリー映画をみていたものの、実際に被爆地を訪れたのは長崎のほうが先である。いまから28年前、うまれてはじめて長崎にいったとき原爆関連施設を見学したが、そのとき目にしたモノクロの写真パネルの数々に大きな衝撃を受けた。

原爆の炸裂で破壊されたカトリックの教会堂、首が吹きとんだ聖母子像。本書にも何枚か収録されているが、なぜキリスト教国のアメリカは、日本でもキリスト教にゆかりの深い長崎にあえて原爆を投下したのか? 28年前のそのとき、まったく理解できない思いをもった。

長崎は、「鎖国時代」の日本においてオランダにも中国にも開かれていた、坂の多い異国情緒豊かな港町である。一般にはこの「観光イメージ」が前面に打ち出されている。坂本龍馬やグラバー邸、長崎ちゃんぽんに眼鏡橋といったイメージである。

だが、一方ではキリシタンの故地でもあり、二十六聖人の殉教などさまざまな記憶が刻まれている土地でもある。長崎といっても土地によって刻まれてきた歴史は同じではない。これは外部の人間にはわからないことだ。広島とは違って原爆遺跡保存が市民全体の運動にならなかった理由がここらへんにありそうだ。

浦上天主堂の廃墟は原爆投下から13年後、教会堂の再建と引き換えに撤去されたのであるが、その背後には複雑な要因がからみあっていたことが解き明かされている。

米国は、独立回復後の日本における「反米運動」に手を焼いていただけでなく、原爆遺構が反核運動のシンボルとして使用され、共産諸国を利することを恐れていた。この点においては、米国政府とバチカンは「反共」という価値観と利害を共有していたことも指摘されている。

当初保存に積極的だった市長は、米国政府による招待旅行で米国各地を外遊後に考えをひるがえしている。そこでは「文化外交」(public diplomacy)という高度な情報戦が行われていたのである。

第二次大戦における爆撃によって廃墟となった教会堂を、廃墟をそのままを活かして再建されているベルリンの例もあることを考えれば、浦上天主堂の廃墟が保存されなかったのはまことにもって残念だ。

だが、そう一筋縄でいかないのが人間世界。それなりの事情があったのだと知ることはきわめて重要だろう。思わず熱中して読んでしまうすぐれたノンフィクションである。ぜひ一読を薦めたい。



目 次

追憶
第1章 昔、そこに天主堂の廃墟があった
第2章 弾圧を耐え抜いた浦上の丘
第3章 原爆投下-浦上への道
第4章 浦上の聖者と米国の影
第5章 仕組まれた提携
第6章 二十世紀の十字架
第7章 傷跡は消し去れ
第8章 アメリカ
第9章 USIA
第10章 天主堂廃墟を取り払いしものは
あとがき
関連年表
主な参考図書・資料
文春文庫のための追記
歴史の残り香(星野博美)

著者プロフィール  

高瀬毅(たかせ・つよし)
1955年長崎市生まれ。明治大学政治経済学部卒業後、ニッポン放送入社。記者、ディレクター。1982年ラジオドキュメンタリー『通り魔の恐怖』で日本民間放送連盟賞最優秀賞、放送文化基金賞奨励賞。1989年よりフリー。『ナガサキ 消えたもう一つの「原爆ドーム」』で2009年に平和・協同ジャーナリスト基金賞奨励賞を受賞(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)。


<ブログ内関連記事>

「原爆の日」-立場によって歴史観は異なって当然だ

書評 『原爆を投下するまで日本を降伏させるな-トルーマンとバーンズの陰謀-』(鳥居民、草思社、2005 文庫版 2011

書評 『原爆と検閲-アメリカ人記者たちが見た広島・長崎-』(繁沢敦子、中公新書、2010)

原爆記念日とローレンス・ヴァン・デル・ポストの『新月の夜』

『大本営参謀の情報戦記-情報なき国家の悲劇-』(堀 栄三、文藝春秋社、1989 文春文庫版 1996)で原爆投下「情報」について確認してみる

広島の原爆投下から66年-NHKスペシャル 「原爆投下 活かされなかった極秘情報」 をみて考える

書評 『バチカン近現代史-ローマ教皇たちの「近代」との格闘-』(松本佐保、中公新書、2013)-「近代」がすでに終わっている現在、あらためてバチカン生き残りの意味を考える
・・「米国にとっては正式な外交関係はなかったものの、実質的な「反共」のパートナーとしてのバチカンの存在は大きかったのだ。カトリック地帯であるポーランドをはじめ、カトリック国であるハンガリーやチェコが共産主義国家ソ連の影響下である共産圏に入ってからは、バチカンのもつネットワークが米国にとっては大きな意味をもったからだ」

(2014年8月8日 情報追加)




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2013年8月6日火曜日

「原爆の日」-立場によって歴史観は異なって当然だ


本日8月6日は68年目の「原爆の日」。

「世界で最初」に原爆を投下された広島、そしてその3日後に「世界最後」の被爆地(・・であってほしい)長崎の被害者のみなさまには心から哀悼の意を表し、すべての死者の鎮魂を祈ります。

ここに写真は、日米のいずれでもない旧ユーゴスラビアのスロヴェニア出身のバンド「ライバッハ」(Laibach)のミュージックビデオの冒頭の約1分をスキャンしたものです。

いわゆる当時の「第三世界」からみるとどう見えるかについて示したものです。このミュージックビデオは日本で製作されたのではないですが、なぜか日本語の字幕がついています。

以下、キャプションごとに画像をみておきましょう。


米国は広島と長崎に原爆を落とした


これは真珠湾攻撃に対する日本への最後の復讐でもあった


原爆は一瞬にして35万5千人の命を奪った


強者は弱者を踏みにじり新世界がはじまった



そういったアメリカ主導の「新世界」、すなわち冷戦構造のなかで、「第三世界」のリーダーの一人となったユーゴスラビアのチトー大統領がでてきたというのがミュージックビデオのストーリーですが、戦勝国のアメリカでも敗戦国の日本でもない第三者(=サード・パーティ)の視点というのは興味深いものがあります。

原爆は一瞬にして35万5千人の命を奪ったというのは、事実関係に誤りがあるのではないかと思いますが、立場によって歴史観をはじめとする視点は異なって当然、ということを示しているわけであります。

わたしは「反米」ではありませんが、米国政府から公式に「謝罪」が行われない限り、感情のわだかまりは今後も続くと考えております。この構図は戦勝国と敗戦国だけでなく、植民地と被植民地でも同じでしょう。

それほど歴史観のすり合わせは難しい冷戦構造崩壊後の日米関係もまたしかりということなのです。

ことしの原爆の日には、ベトナム戦争を描いた『プラトーン』(1987年)のオリバー・ストーン監督も初めて広島と長崎、沖縄を訪問するとのことですが、影響力のある人が一人でも多く現地を訪れ情報発信していただきたいと思います。

まずは事実関係を正確に把握すること。すべてはここから始まります。解釈の違いは、いかんともしがたい。



<関連サイト>

Laibach - The Videos (スロヴェニアのバンド)





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原爆記念日とローレンス・ヴァン・デル・ポストの『新月の夜』

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広島の原爆投下から66年-NHKスペシャル 「原爆投下 活かされなかった極秘情報」 をみて考える

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書評 『忘却に抵抗するドイツ-歴史教育から「記憶の文化」へ-』(岡 裕人、大月書店、2012)-在独22年の日本人歴史教師によるドイツ現代社会論

「ムクゲの花が咲きました」-原爆記念日に思うこと(2012年8月6日)

書評 『ナガサキ 消えたもう一つの「原爆ドーム」』(高瀬毅、文春文庫、2013 単行本初版 2009)-"最初の被爆地" 広島と "最後の被爆地" 長崎の背後にあった違いとは?

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2013年8月3日土曜日

書評 『ろくでなしのロシア-プーチンとロシア正教-』(中村逸郎、講談社、2013)-「聖なるロシア」と「ろくでなしのロシア」は表裏一体の存在である


かつてロシアはソ連とよばれていたが、そのロシアにおけるロシア正教の位置づけの重要性を的確に見抜いて指摘したのは小室直樹であった。ソ連崩壊を30年前に予測した名著『ソビエト帝国の崩壊』(1980年)において、ビザンツ帝国以来の「政教一致体制」こそロシアを特徴づけているのだ、と書いている。

本書によれば、ソ連崩壊からすでに20年以上たったいま、ロシアではプーチンのもとで急速に「ロシア正教の国教化」が進展しているという。マルクス主義に改宗したグルジア人神学生であった独裁者スターリンによって徹底的に弾圧されたロシア正教だが、現在ではロシア帝国時代以上の展開を示しているようだ。

ソ連崩壊後、とくに米国のプロテスタントの諸宗派や日本のオウム真理教もふくめた新宗教が大量に流れ込んできたロシアだが、この状態に危機感を感じたプーチンは国家統治の観点からロシア正教のテコ入れを開始した。

財政基盤の弱体化したロシア正教会に優遇措置を与えることによってビジネスに積極関与させ、すでに財閥の一角として成長したロシア正教会カトリック教会もまた、財政基盤確立のため同じ道を進んだ結果、金融スキャンダルまみれになっていることは周知のとおりだが、ロシア正教もまたそのワナから逃れることのできない状態に陥っているようだ。


西欧近代化 vs ロシア主義-「精神の近代化」が進まなかったロシア

プーチンが狙っているのは、宗教を政治に従属させることを意図した「政教一致国家体制」である。ある意味では、明治維新体制における国家神道の位置づけに近いものがあるかもしれない。

明治国家建設者の一人であった長州藩出身の元勲・山県有朋が、ロシア皇帝ニコライ2世の戴冠式に列席したとき、「これだ!」と内心うなったのがロシア正教の壮麗な儀式体系であったことはシンボリックな話である。

ビザンツ帝国とは東ローマ帝国のことだが、1492年にオスマントルコ帝国によって滅亡させられ、東方正教会(=正教)の中心はコンスタンティノープル(=イスタンブール)からモスクワに移動する。いわゆる「モノマフの冠」というやつだ。「第三帝国」というとナチスドイツの連想があるが、正教の文脈においてはロシアこそ「第三帝国」なのであった。

西欧世界とは異なり宗教改革を経験しなかったロシアでは、宗教組織と個人の内面の信仰との乖離が進展しないまま現在に至っている。

西欧ではプロテスタントによる「宗教改革」に呼応してイエズス会を中心とする「対抗宗教改革」が起こった。これにより西欧全体として「精神の近代化」が進展したのだが、ロシアではそういう動きは起こらなまま現在に至っているのである。

その端的な姿が、本書で指摘されているように、聖書を読まない聖書について語らないロシア正教の聖職者に対する信者の不満にあらわれている。天上の権威が同時に地上の権威でもあるのは、西欧においては11世紀のカノッサの屈辱以前の世界であったが、ロシアにおいては21世紀の現在まで変化がないといっていいのだろうか。

遅れて近代化のはじまったロシアにおいては、「近代化=西欧化」という図式において日本と共通するものがあった。現在にいたるまで「西欧近代主義」対「スラブ主義」という対立構造がつづいている。

ロシアよりさらに遅れて近代化のはじまった日本においても同様に、「西欧派=啓蒙主義者」と「国粋派」の対立としてつづいてきた。その意味においては、後進国としての日本との共通性と相違点も存在する。

プーチンによる「正教国教化」が完成し「政教一致国家体制」が完成したとしても、現在のロシア共和国は世襲制の帝政ではないこと、しかも後継者を明確にしえない体制である以上、プーチン以後は混沌状態に陥るのは避けられないといいうことは容易に予想されることだ。


(東京駒込のロシア正教教会の十字架 筆者撮影)



増大するムスリム人口-ロシア正教の将来は?

しかも、人口動態の観点から考えると、ロシア共和国においてはムスリム人口が増大する一方であるのに対し、スラブ系の人口は減少の一途をたどっている。出生率の違いが顕著に反映している。

このままでは21世紀の終わりまでにはスラブ系ロシア人は消滅する(?)とさえ言われており、人口問題にかんしてはロシアは日本よりはるかに困難な状況を迎えることが予想されている。

増大するムスリム人口は出稼ぎ労働者が極東ロシアにまで及んでいる。極東ロシアの人口問題は近隣諸国の中国や北朝鮮からの合法、非合法の人口流入問題だけではないのだ。

かつてロシアは長きにわたってモンゴル人の支配下に入るという「タタールのくびき」のもとにあったが、こんどはイスラーム国家のもとで「アッラーのくびき」(?)に置かれるになるのかもしれない。

じっさいロシア人はその他のスラブ系諸民族よりもはるかにアジア系との混血がすすでおり、かなりアジア的な風貌の人間も多い。

ムスリム人口がマジョリティとなり、スラブ系がマイノリティとなったとき、ロシア正教もまたマイノリティの宗教となるのである。イスラームの大海に浮かぶ小島のような存在になるのかもしれない。

スラブ人にとってはかなり暗い(?)未来図ではあるが、想定外とは言い切れないものがある。すでに約30年前に 『ソ連がイスラム化する日』(ヴァンサン・モンテイユ、森安達也訳、中公文庫、1986)という本が出版されていることも想起しておきたい。


ロシアをロシアたらしめているものを知る

本書を読むにはある程度までロシア史について知っていることが望ましい。

本書のタイトルは『ろくでなしのロシア』というかなり変わった印象を与えるものだが、「聖なるロシア」と「ろくでなしのロシア」がつねに表裏一体の存在であることをアタマに入れておく必要がある。このまったく相矛盾する自己認識が同時に両立しているのがロシア人のメンタリティーなのである。

本書にも引用されているが、19世紀ロシアの詩人チュチェフの有名なフレーズ「ロシアはアタマでは理解できない」(ウモーム・ラシーユ・ニェ・パニャーチ)そのものだ。この点については、井筒俊彦の『露西亜文学』(慶應義塾大学出版会、2011)をあわせて読むといいだろう。

「マドンナの理想を抱きながら、ソドムの深淵に惑溺する」という、ドストエフスキーの『カラマーゾフの兄弟』にでてくる有名なフレーズ。人間とは矛盾に満ちた存在だが、ロシア人はとくにその傾向がつよいのか。

ロシアという存在は、ある種の日本人に特有の単細胞な教条的思考や希望的観測をつねに裏切る存在である。

著者は「あとがき」で、くどくどとなんやら弁解めいた口上を述べているが、これは読者層と想定される人が、ロシアに関心のある読者か、ロシア好きに限定されがちな日本の状況を反映しているのかもしれない。

かくいうわたしも、かつては「ロシア好き」でロシア語まで勉強した人間だ。仕事でもかかわっていた一時期はそうとうつっこんで研究もしたが、いまではロシアへの愛は冷めてしまった。

だが、もしロシアについて関心があり、しかもロシアに対して距離をおいたスタンスをとれる人ならぜひ読むべきだと薦めたい。衰えつつあるとはいえ、現代世界においてロシアという存在そのものが無視できないことは言うまでもないからだ。

本書は、つかみどころのないロシアをなんとかつかみとろう試みてきたロシア研究者の奮闘の産物である。




目 次

序章 絶望のロシア社会
第1章 神権政治
第2章 “第三のローマ”復興のかげに
第3章 極東の愛国主義は高揚する
第4章 プーチンとは何者か
第5章 反プーチンの逆説
終章 正教国家ロシアのゆくえ

あとがき
参考文献

著者プロフィール

中村逸郎(なかむら・いつろう)
1956年、島根県生まれ。学習院大学法学部卒業。同大学大学院政治学研究科博士後期課程単位取得退学。政治学博士。島根県立大学助教授を経て、現在、筑波大学国際総合学類長・教授。専攻はロシア現代政治。著書に『東京発モスクワ秘密文書』(新潮社、のちに『ソ連の政治的多元化の過程』と改題して成蹊堂より刊行)、『ロシア市民―体制転換を生きる』(岩波新書)、『帝政民主主義国家ロシア―プーチンの時代』『虚栄の帝国ロシア―闇に消える「黒い」外国人たち』(ともに岩波書店)『ロシアはどこに行くのか-タンデム型デモクラシーの限界』(講談社現代新書)などがある。






<関連サイト>

第2次プーチン政権 課題は人口問題(NHKワールドWAVE特集まるごと 2012年5月8日)

ロシアの人口減少は日本より深刻 (門倉貴史 日経ビジネスオンライン 2006年6月26日)


<ブログ内関連記事>

ソ連とロシア

『ソビエト帝国の崩壊』の登場から30年、1991年のソ連崩壊から20年目の本日、この場を借りて今年逝去された小室直樹氏の死をあらためて悼む

書評 『ソ連史』(松戸清裕、ちくま新書、2011)-ソ連崩壊から20年! なぜ実験国家ソ連は失敗したのか?

書評 『プーチンと柔道の心』(V・プーチン/ V・シェスタコフ/A・レヴィツキー、山下泰裕/小林和男=編、朝日新聞出版、2009)

書評 『モンゴル帝国と長いその後(興亡の世界史09)』(杉山正明、講談社、2008)

書評 『「シベリアに独立を!」-諸民族の祖国(パトリ)をとりもどす-』(田中克彦、岩波現代全書、2013)


東方正教会とギリシア、そして反共姿勢のカトリック

本日12月6日は「聖ニコラウスの日」・・東方正教会とニコライ堂

書評 『物語 近現代ギリシャの歴史-独立戦争からユーロ危機まで-』(村田奈々子、中公新書、2012)-日本人による日本人のための近現代ギリシア史という「物語」=「歴史」

書評 『バチカン株式会社-金融市場を動かす神の汚れた手-』(ジャンルイージ・ヌッツィ、竹下・ルッジェリ アンナ監訳、花本知子/鈴木真由美訳、柏書房、2010)

書評 『バチカン近現代史-ローマ教皇たちの「近代」との格闘-』(松本佐保、中公新書、2013)-「近代」がすでに終わっている現在、あらためてバチカン生き残りの意味を考える


人口問題とムスリム人口増大

書評 『自爆する若者たち-人口学が警告する驚愕の未来-』(グナル・ハインゾーン、猪俣和夫訳、新潮選書、2008)-25歳以下の過剰な男子が生み出す「ユース・バルジ」問題で世界を読み解く

書評 『アラブ革命はなぜ起きたか-デモグラフィーとデモクラシー-』(エマニュエル・トッド、石崎晴己訳、藤原書店、2011)-宗教でも文化でもなく「デモグラフィー(人口動態)で考えよ!

書評 『中東激変-石油とマネーが創る新世界地図-』(脇 祐三、日本経済新聞出版社、2008) 
・・過剰人口、とくに若年層の失業問題をかかえる現在の中近東諸国、はたして解決策は・・・?

(2014年1月11日、6月13日 情報追加)




(2012年7月3日発売の拙著です)







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映画 『ノーコメント by ゲンスブール』(2011年、フランス)をみてきた-ゲンズブールの一生と全体像をみずからが語った記録映画


映画 『ノーコメント by ゲンスブール』(2011年、フランス)をみてきた。セルジュ・ゲンズブールが自らを語ったドキュメントフィルムを編集した記録映画である。

特別ロードショーとして上映していた bunkamura ル・シネマの映画内容紹介文を掲載しておこう。

GAINSBOURG BY GAINSBOURG: AN INTIMATE SELF-PORTRAIT
© Zeta Productions/ARTE France Cinéma/Ina/2011

"愛されたくないが愛されたい。そう、それが私なのだ。"
作詞作曲家/シンガー/画家/映画監督/小説家/カメラマン、と多彩な顔を持ち異彩を放った才人セルジュ・ゲンスブール(1928/4/2-1991/3/2)。没後20年を過ぎてもなお、多くの人々を魅了する。今作は、ゲンスブールがテレビやラジオなどで語った発言から未発表のコメントなど、20代から60代まで40年に及ぶ期間のゲンスブールが自身の内面を語った録音テープを元に構成された決定版ドキュメンタリーだ。ブリジット・バルドー、ジェーン・バーキンをはじめ、愛娘シャルロット、バンブー、アンナ・カリーナ、ジュリエット・グレコ、ヴァネッサ・パラディといった女性たちの映像も彩りを添えている。監督は、旧ソ連のトランペッター、エディ・ロズナーについてのドキュメンタリーでエミー賞を受賞したピエール=アンリ・サルファティ。

セルジュ・ゲーンズブールは永遠の不良中年いま風にいえば「ちょいワルおやじ」を絵に描いたような存在だ。亡くなってからすでに22年たつが、いま若い人のあいだで人気が高まってきているという。反体制的な言辞を吐いてきたが、フランスの音楽産業のインサイダーであり、数々のヒットを飛ばし、多くの女性歌手をプロデュースしてきた。

(「ゲンズブールと女たち」というCDのジャケット)


セルジュ・ゲンズブールといったら、なんといってもジェーン・バーキンの名前が想起される。ロシア系ユダヤ人のセルジュと英国人のジェーンのカップル。フランスでもパリならではの組み合わせだ。

ひっきりになしにタバコを吸うセルジュ・ゲンズブールだが、タバコには寛容なヨーロッパも現在では禁煙エリアが増大しておりゲンズブールのようなアーチスト系の人間には生きづらい世界となっている。その意味では1991年に亡くなったのは幸せなことかもしれない。


セルジュとはロシア語ならセルゲイのこと、ロシア系ユダヤ人である。父親はパリのダンスホールでピアノ弾いていた。母親はスラブ系。現在はウクライナ領の黒海沿岸の都市オデッサにルーツがあるようだ。おなじくユダヤ系のセルゲイ・エイゼンシュテイン監督による『船艦ポチョムキン』の舞台である。

本名はリュシアン・ギンズブルグ。スラブ系を強調するためにセルジュという芸名にしたらしい。ギンズブルグはフランス風にゲンズブールに変えた。

イタリアには女流作家のナタリア・ギンズブルクとその息子で歴史家のカルロ・ギンズブルク、アメリカにはビートニク詩人のアレン・ギンズバーグという有名人があいるがいずれもユダヤ系だ。

ギンズブルグ(Ginsburg)はロシア系ユダヤ人にはきわめて多い名字である。ペテルブルクの富裕な銀行家にあやかってその名字にしたユダヤ系の人が多いらしいと B.C.Kaganoff の A Dictionary of Jewish Names and Their History にはある。ドイツのバイエルン州の都市名からきているようだが、直接は関係ないようだ。

1928年フランスに生まれたユダヤ人の運命についてはあえて語るまでもないが、ドイツに占領されたフランスではユダヤ人に「黄色い星」を衣服に縫い付けることが強要されたことは、彼自身が子ども時代の回想のなかで語っているとおりだ。

絵に描いたような鉤鼻、ステレオタイプのユダヤ人像そのものである。中年になってからは味のある個性的な顔立ちになったが、若い頃は正直いって醜男であったことは否定できまい。


独自世界を形成していたエンジニアで作家のボリス・ヴィアンのシャンソンと出会って音楽の世界で生きていくことを決意する。ボリス・ヴィアンが死ぬ3カ月前のことであったが、その影響が大きなものであったことはボリス・ヴィアン好きにとってはうれしいことだ。ボリスもまたロシア風だが、これは父親がつけた名前らしい。

セルジュ・ギンズブールほどフランス的な人もいないだろう。徹底した個人主義者で反体制派、そしてインテリでサブカルチャー。ある種の日本人のイメージのなかにあるフランスを体現したオトコであった。

1968年の「5月革命」のさなかのパリで、極右の妨害にあってジャマイカのレゲエ歌手たちが出演を尻ごみしているなかでゲンズブールがフランス国歌「ラ・マルセイエーズ」をアカペラで歌いあげるシーンは必見だ。極右も黙らせてしまったというこのパフォーマンスは、じつに雄々しく、あまりにもカッコよすぎる。

セルジュ・ゲンズブールというと、みずから作詞作曲しジェーン・バーキンとデュエットした「ジュ・テーム・モワ・ノン・プリュ」("Je t'aime … moi non plus" 英語だと "I love you… me neither"という意味) が有名だが、そういったセクシーでワイセツすれすれのイメージだけで理解していてはじつにもったいない。

セルジュ・ゲンズブールというオトコの全体像を自らの語りで描いたこの伝記映画は、個人史でありフランス現代史そのものでもある。見る価値のある映画だ。





<関連サイト>

『ノーコメント by ゲンスブール』 公式サイト
8月3日からアップリンクにて上映

Jane Birkin et Serge Gainsbourg - Je T'aime,...Moi Non Plus(「ジュ・テーム・モワ・ノン・プリュ)

Serge Gainsbourg - La Javanaise Live au Zénith (1988) (この映画のなかでも何度も流れる「ラ・ジャヴァネーズ」)


<ブログ内関連記事>


・・ジェーン・バーキンが自ら作詞し歌う "Aung San Suu Kyi" は YouTube にて視聴できます。http://www.youtube.com/watch?v=xeP-PkEcf-g








(2012年7月3日発売の拙著です)





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