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2013年2月28日木曜日

エル・グレコ展(東京都美術館)にいってきた(2013年2月26日)-これほどの規模の回顧展は日本ではしばらく開催されることはないだろう



エル・グレコ展(東京都美術館)にいってきた。文字通り、国内最大の規模のエル・グレコ展である。今回は大阪についで東京で開催される。今回のエル・グレコ展は、没後400年を記念したものだ。

かつて、東京で開催されたエル・グレコ展に行ったが、それからどれくらいの時間がたっただろうか。正確な日付がわからないが、じつにひさびさである。この規模の回顧展は、今後も最低10年以上は日本で開催されることはないだろう。

わたしはカトリックでもキリスト教徒ではないのだが、なぜかエル・グレコは好きで、むかしからいろいろ見てきた。倉敷の大原美術館は3回、エル・グレコが「終の棲家」と決めたスペインのトレドには1991年に1回、マドリーのプラド美術館は1991年と1999年に2回訪れてエル・グレコ作品を堪能してきた。

うねるような大胆でダイナミックな構図、光と影の巧みな処理、宗教画でありばがら官能的でもあるマリア像・・・。カトリックやキリスト教徒ではなくても、圧倒的な迫力に魅せられるのは、宗教画の域を超えて美術作品として絶対的なものがあるからだろう。


日本人の大くがスペイン的だと思っている「光と影のコントラスト」もエル・グレコの特徴である。ベラスケス、ゴヤとつづいてゆくものだが、エルグレコはスペイン人として生まれたのではない。ギリシア人としてクレタ島に生まれた人である。

本名はドメニコス・テオトコプーロスという。いかにもギリシア人といった名前である。日本人にとってはじつに覚えにくい名前だ。わたしもすぐに忘れてしまう。

これはスペイン人も同じだったのだろう。エル・グレコはスペイン語で「ギリシア人」という意味だ。定冠詞の el をつけることによって「そのギリシア人」と特定の人を指す。英語でいえば The Greek である。『その男ゾルバ』(1964年)という映画があるが、英語のタイトルは Zorba the Greek である。当時のスペインでは、エル・グレコ(=ギリシア人)といえば、かの有名な画家のことを意味するほど有名だったということだろう。


エル・グレコの時代は地中海の覇者スペインの絶頂期であった

エル・グレコ(1541~1614)が活躍したのは1600年前後、大航海時代にあたる。第一次グローバリゼーションの字時代である。スペインはドンキホーテの作者セルバンテスの時代、英国のシャイクスピアの時代である。日本でいえば、まさに戦国時代末期、信長・秀吉・家康の時代である。

1492年に完結したレコンキスタによってイスラーム教徒、そしてユダヤ人が追放されて「純化」(・・現在風にいえばエスニック・クレンジングとなる)されてからのスペインは絶頂期を迎えることにあんる。

そして、16世紀初頭にドイツではじまった「宗教改革」に対抗するカトリック勢力の一大中心地として
「対抗宗教改革」(Counter-Reformation)を推進したのもまたスペインであった。1545年のトリエント公会議において、カトリックの伝統的な信心である贖宥、巡礼、聖人や聖遺物への崇敬、聖母マリアへの信心などが霊的に意味のあるものとして再び認めらたことが、エルグレコの宗教画の背景にあることをまずは押さえておきたい。美術史的にいえばバロック、そしてマニエリスムの時代である。

この時代はまた、スペインのハプスブルク家統治下の地域においては、厳しい異端審問が実行された時代でもある。フェリペ二世時代の統治下で絶頂期であったが、ユダヤ人追放による悪影響は知らず知らずのうちにスペインをむしばんでいた。絶頂期はまた衰退期のはじまりでもあるのだ。

20世紀最高の歴史家といわれるフェルナン・ブローデルの大著 『地中海』 の正式タイトルは 『フェリペ二世時代の地中海と地中海時代』 という。それはエル・グレコの時代でもある。

(16世紀半ばの地中海世界 右からクレタ島⇒ヴェネツィア⇒ローマ⇒スペイン)

さきにも書いたようにエル・グレコはギリシア人である。クレタ島はいまではギリシアであるが、当時はヴェネツィア共和国の統治下にあった。ヴェネツィアとトルコの中間地点にあるクレタ島は交通の要衝としてヴェネツィア共和国にとっては死活的な意味をもっていたのである。

わたしは1992年にクレタ島を訪れたことがあるが、北はギリシア、南はエジプトを結ぶ交通の要衝として古代から独特のポジションを占めていたことにも注目しておきたい。ギリシアといっても、北部の山岳地帯とは違う、地中海のなかに位置する多文化の交差点なのである。

そんなクレタ島に生まれ、ヴェネツィア、ローマを経てスペインに渡ったエル・グレコはまさに「地中海人」というべきだろう。20世紀でいえば、スペイン語の歌も歌うギリシアの歌姫ナナ・ムスクーリをわたしは想起する。

東方正教のクレタ島でイコン(聖画)職人としてキャリアを開始したエル・グレコだが、ギリシア語を母語としながらも、終の棲家となったスペインではスペイン語で読み書きしていたようだ。今回の展示資料に、書き込みされた蔵書の写真があったが、書き込みはスペイン語によってなされていた。

ギリシア人ならギリシア正教徒だろうが、なぜカトリック世界を描き続けたのかという疑問は前々から抱き続けてきたのだが、正教徒からカトリックに改宗したと考えるのが理にかなっている。これは、今回の美術展のカタログに収録されら論文を読むと納得がいく。

ヴェネツィア共和国領のクレタ島からヴェネツィアに向かうのは自然なことである。ヴェネツィアでのルネサンス絵画の修業後、ローマでも修行をしている。当時のローマは、1517年のローマ劫掠で破壊されたのちのローマである。エル・グレコはスペイン領となっていた南イタリアにはいかずに、そのままスペインに移動している。


■美術展について

エル・グレコの作品は、同時代の日本の仏教美術と同様、あくまでも信仰目的のために制作されたのであり、この当時のスペインの対抗宗教改革時代のカトリック近代化についての理解を抜きにして理解はむずかしい

その意味では、純粋に絵画を鑑賞するだけでなく、作品につけられたキャプションをよく読むといい。それが、「見えないもの」を描いて可視化したエル・グレコの世界を理解するための糸口の一つとなる。

逆にいえば、キリスト教、とくにカトリック世界の入門としてもおおいに役にたつ美術展といえるだろう。エル・グレコは聖書の物語世界を、いまそこにある人たちを描くような手法で可視化したのである。

もちろん、画科としての技量の高さと、クレタ時代、ヴェネツィア時代、ローマ時代、そしてトレド時代とその変遷についての展示は面白い。

また、同時代人のパトロンに支持された肖像画家としての人気の高さ、年譜によれば支払いをめぐっての依頼主との訴訟の多さ、内縁の妻(・・カトリックなのに?)がモデルともいわれる肖像画の存在など、エル・グレコの知られざる側面と、絵画の技量のずば抜けた高さを実感することもできる。

教会インテリアの装飾プランナーとしてのエル・グレコについても知ることができるのは、今回の美術展の啓蒙的な側面でもある。

マドリーのプラド美術館やトレドに存在する作品だけでなく、世界各地の美術館からあつめられた作品を堪能することができるが、今回のクライマックスは、エル・グレコ晩年の大作 「無原罪のお宿り」(1607~13年)である(・・上掲のポスターに採用されているもの)。

高さ3メートルを超えるこの祭壇画は本来は教会堂で拝むべきものだが、「美術品」として鑑賞することがいまは可能となった。ぜひ、さまざまな角度から「見上げて」いただきたい。

こんな大規模なエルグレコ展は、今後は日本ではなかなか開催されることもないと思われるので、カタログを購入しておくことを薦めたい。2,400円とやや高価ではあるが、目録としてだけでなく、収録された研究論文も読みごたえがある。

繰り返すが、これほどの規模の回顧展は、日本での次回の開催がいつになるかはわからない。ぜひ万難を排してでも見に行くことを薦める次第である。





<関連サイト>

エルグレコ展(没後400年)
-大阪展: 2012 年10月16日(火)~12月24日(月・休) 国立国際美術館
-東京展: 013年1月19日(土)~4月7日(日) 東京都美術館

大原美術館のエル・グレコ「受胎告知」の解説


<ブログ内関連記事>

ひさびさに倉敷の大原美術館でエル・グレコの「受胎告知」に対面(2012年10月31日)

聖なるイメージ-ルブリョフのイコン「三位一体」、チベットのブッダ布、ブレイクの版画
・・ルブリョフ(1360年頃~1430)は、エルグレコより1世紀前にモスクワで活躍したイコン画家。エル・グレコが若き日に製作に従事していたイコンはビザンツ風だろうが、イコン画家から出発した点は押さえておきたい


バロック美術

『カラヴァッジョ展』(国立西洋美術館)の初日にいってきた(2016年3月1日)-「これぞバロック!」という傑作の数々が東京・上野に集結!
・・・・同時代人だがカラヴァッジョ(1571~1610)より30歳年上のエル・グレコ(1541~1614)

「グエルチーノ展 よみがえるバロックの画家」(国立西洋美術館)に行ってきた(2015年3月4日)-忘れられていた17世紀イタリアのバロック画家がいまここ日本でよみがえる! 
・・同時代人だがカラヴァッジョ(1571~1610)より20歳若いグエルチーノ(1591~1666)


カトリック関連

「免罪符」は、ほんとうは「免罪符」じゃない!?
・・受胎告知は英語で Announcement であり、これは理解しやすいカトリック要語。ちなみに、森鴎外訳で有名なアンデルセンの『即興詩人』の主人公アヌンツィアータは受胎告知の意味。




スペイン関連



オペラ 『ドン・カルロ』(ミラノ・スカラ座日本公演)
・・舞台設定はフェリペ二世(・・オペラはイタリア語版なのでフィリッポ二世)統治下のスペイン王国

書評 『歴史入門』 (フェルナン・ブローデル、金塚貞文訳、中公文庫、2009)-「知の巨人」ブローデルが示した世界の読み方
・・大著『フェリペ二世時代の地中海』の著者フェルナン・ブローデル


ギリシア関連

書評 『物語 近現代ギリシャの歴史-独立戦争からユーロ危機まで-』(村田奈々子、中公新書、2012)-日本人による日本人のための近現代ギリシア史という「物語」=「歴史」
・・当時ヴェネツィア共和国領であったクレタ島生まれのエル・グレコ。クレタ島の歴史についても解説あり


■初期近代(アーリー・モダン)

世界史は常識だ!-『世界史 上下』(マクニール、中公文庫、2008)が 40万部突破したという快挙に思うこと

「500年単位」で歴史を考える-『クアトロ・ラガッツィ』(若桑みどり)を読む

書評 『1492 西欧文明の世界支配 』(ジャック・アタリ、斎藤広信訳、ちくま学芸文庫、2009 原著1991)-「西欧主導のグローバリゼーション」の「最初の500年」を振り返り、未来を考察するために

(2015年7月9日、2016年4月17日 情報追加)


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