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2012年2月29日水曜日

4年に一度の「オリンピック・イヤー」に雪が降る-76年前のこの日クーデターは鎮圧された(2012年2月29日)



2月29日。この日にブログを書くのは、4年に一度しかできない。
閏年である。オリンピックイヤーである。夏にはロンドンでオリンピックがある。

とくにテーマがあるわけではないのだが、こういう機会を利用しない手はあるまい。なんせ、次回この日に書けるのは4年後である。これから何歳まで生きるのか、またいつまでブログを書くのかわからないが、きょうこの日を逃したら、もうつぎは4年後になってしまう。

けさは未明から雪。関東南部も雪だ。東京だけでなく、千葉県北西部も昼まで降り続けるという。

今年の2012年2月26日は雪ではなかったが、きょうのこの日が雪。

と書いてみて、ふと思うことがあって、1936年(昭和11年)を調べてみたら、なんとその年も閏年だった

そうか、76年前の1936年2月26日、雪の降る東京で始まった二・二六事件は、4日目の2月29日に青年将校たちは自決するか投降してクーデターは鎮圧された。あまり考えてなかったが、二・二六事件は、2月26日に始まり、2月29日に終わったのだ。

そうか、あのときも閏年だったのだ。1936年は、ヒトラーのもとでベルリン・オリンピックが開催された年だったのだ。オリンピックイヤーだったのだ。

この日に雪が降らなければ、思い出して検索してみることもなかっただろう。76は4の倍数。すぐに連想しなかったのがうかつだったのか、それとも二・二六事件を忘れるな!という冥界からのメッセージか??

不思議なことだ。シンクロニシティだろうか。

「格差社会」がふたたび進展する現在の日本。

戦前はいまよりもっと荒々しい資本主義の時代だったから、現在よりも、はるかに貧富の差は大きかった。社会矛盾に怒りを覚え、解決を目指して立ち上がった青年将校たちの気持は忘れてはならない。

1936年もまた、東北の農村は疲弊しきっていたのだ。1929年の世界大恐慌の影響と大飢饉のため、東北では、娘が身売りされるなど悲惨な状況になっていたのだ。

士官学校をでて隊付き将校として着任した尉官たちが「現場」で実感したのは、兵士たちのふるさとである東北の農村の疲弊状況だったのだ。感受性豊かな20歳代前半の青年であれば、何も感じない、ものを考えないというはずがありえない。

基本的にエンジニアである陸軍軍人たちは社会科学の素養を欠いており、その情勢分析はかならずしもただしくなかったし、クーデターに訴えるというやり方も好ましいものではけっしてない。しかもクーデター後の見取り図もないままというきわめて稚拙なものであった。

だが、青年将校たちの熱い思いは忘れてはならないのだ。






<関連サイト>

「昭和維新の歌」(YouTube)・・映画『2・26』(1989年)の映像とともに


<ブログ内検索>

二・二六事件から 75年 (2011年2月26日)

「精神の空洞化」をすでに予言していた三島由紀夫について、つれづれなる私の個人的な感想





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2012年2月26日日曜日

Pen (ペン) 2012年 3/1号(阪急コミュニケーションズ)の「特集:エルサレム」は、日本人のための最新のイスラエル入門ガイドになっている



雑誌『Pen (ペン)』(阪急コミュニケーションズ)最新号の特集は、「ユダヤ・キリスト・イスラム 三宗教の聖地へ。エルサレム」である。 

雑誌の特集だが、内容豊富で一冊の単行本にも匹敵する内容になっている。内容は、ユダヤ教とは何か、ユダヤ人とは誰か?、それにイスラエル最新案内をつけ加えたものだ。

まずは目次を紹介しておこう。

目 次
       
【特集】ユダヤ・キリスト・イスラム 3宗教の聖地へ。エルサレム        

唯一絶対の神と結ばれた、聖地の変遷。
3つの宗教から見た、聖なるエルサレム
イエス生誕の地、ベツレヘムのミサに与る。
民族の誇りの象徴、壮大なマサダを望む。
重厚な歴史が凝縮する、巨大博物館へ。
ユダヤ教とは何か? ユダヤ人とは誰か?
神による啓示、聖典トーラーを学ぶ意味。
世紀の発見、最古の聖書を含む 死海文書。
ユダヤ教の視点で、聖書を読み解く。
シャガールが描いた、ユダヤのためのステンドグラス。
遡ること4000年、ユダヤの歴史を知る。
地域住民を牽引する、ラビの1日に密着。
シナゴーグとは、こんな役目を果たす場所です。
生涯を鮮やかに彩る、さまざまな祭りや儀式。
ユダヤ宗教学校では、何を学んでいるのか。
ユダヤ人が、エルサレムに住む意味とは?
超正統派の人々が暮らす、未知のエリアへ。
つながるために活動する、ふたつの組織。
各界で才能を発揮する、ユダヤ系著名人。

【とじ込み付録】イスラエル最新案内

この雑誌の特集については、イスラエル大使館文化部からの情報で知った。現地での取材を含めて全面的に協力しているようだ。ふつうは入れないような施設の内部も取材している。

エルサレムで現地取材した記事と、なによりも大判の雑誌であるだけに、収録された美しい写真の数々がすばらしい。保存版として一冊買っておく価値はある。

日本ではあまり知られていない、ユダヤ教の観点からのエルサレムとイスラエルの特集である。いわば、日本人の一般読者のためのビジュアル版のジュダイカ(=ユダヤ文化総覧)になっている。

聖書は大きくわけて、旧約聖書と新約聖書でなりたっているというのが教科書的な常識となっている日本人にとっては、ユダヤ教による聖書解釈など、日本人読者の多くにとっては新鮮に映るものであろう。

一般に「ユダヤ・キリスト教」という表現で語られるユダヤ教であるが、キリスト教発生以後に発展したユダヤ教が視野に入っていない、誤解を生みやすい表現であることは、あらためて強調しておきたい。その意味では、きわめて意欲的な特集であるといえる。

【とじ込み付録】イスラエル最新案内は、とくにアートやデザイン関係の最新情報がありがたい。

わたしは、イスラエルには1992年に戦争の合間をぬってはじめて訪れて以来、かれこれもう20年もご無沙汰している。ぜひ、そう遠くない将来に再訪したいものだ。

「男のためのハイクオリティ・マガジン」をコンセプトにしている『Pen (ペン)』であるが、イスラエル入門のガイドになっているこの特集は、男女の関係なく買う価値のあるものだと言っておこう。




この特集は2012年12月に阪急コミュニケーションズから再編集のうえ書籍化された。




<関連サイト>

特集「ユダヤ・キリスト・イスラム 三宗教の聖地へ。エルサレム」(Pen)

Ofra Haza - Yerushalaim Shel Zahav (「黄金のエルサレム」 YouTube)
・・いまは亡きイスラエルの歌姫オフラ・ハザの熱唱。オフラ・ハザはイエメン系ユダヤ人。1980年代後半に、東京で開催されたコンサートにいったことがなつかしい。


<ブログ内関連記事>

『イスラエル』(臼杵 陽、岩波新書、2009)を中心に、現代イスラエルを解読するための三部作を紹介

映画 『戦場でワルツを』(2008年、イスラエル)をみた

イスラエル産スウィーティーの季節

『ユダヤ教の本質』(レオ・ベック、南満州鉄道株式会社調査部特別調査班、大連、1943)-25年前に卒論を書いた際に発見した本から・・・

書評 『日本近代史の総括-日本人とユダヤ人、民族の地政学と精神分析-』(湯浅赳男、新評論、2000)-日本と日本人は近代世界をどう生きてきたか、生きていくべきか?

本の紹介 『ユダヤ感覚を盗め!-世界の中で、どう生き残るか-』(ハルペン・ジャック、徳間書店、1987)

「宗教と経済の関係」についての入門書でもある 『金融恐慌とユダヤ・キリスト教』(島田裕巳、文春新書、2009) を読む・・「ユダヤ・キリスト教」という一括した表現は誤解を生む元である。

書評 『緑の資本論』(中沢新一、ちくま学芸文庫、2009)
・・ユダヤ教、キリスト教、イスラームの3つの一神教を経済を軸に比較する





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2012年2月24日金曜日

語源を活用してボキャブラリーを増やせ!-『ヰタ・セクスアリス』 (Vita Sexualis)に学ぶ医学博士・森林太郎の外国語学習法



今年2012年は、鴎外・森林太郎(1862~1922年)の生誕150年にあたる年である。2月17日の生誕日はすでに過ぎたが、先日も鴎外ゆかりのベルリンで生誕150年を祝う会がもたれたとの報道があった。

昨年のことだが、『舞姫』の主人公の相手のドイツ女性の身元がほぼ判明したというニュースをみた。「舞姫」には「姫」という単語が入っているが、「歌姫」と同様、日本語の姫にはかならずしもプリンセスの意味はない。舞姫というのは女性ダンサーといった程度の意味だ。

このブログに「メメント・モリ」という文章を書いたことがある。ダジャレ的な連想ではあるが、森鴎外のことを思い出したので、たまには鴎外の話題を書いてみたいと思う。


語源を活用してボキャブラリーを増やせ!

「メメント・モリ」(Memento Mori)はラテン語で「死ぬという事を忘れるな」という意味である。こうしたラテン語の表現は、森鴎外の作品にはよく出てくる。たとえば nil admirali(無関心、無感動)などの表現。vita sexualis など、小説のタイトルそのものにも使用されている。

森鴎外=明治の文豪=ドイツと思い込んでいると盲点かもしれない。鴎外は文学者として名を残した人であったが、本職は陸軍軍医であり、医学博士でもあったことを忘れるべきではない。最近の表現をつかえば「文理融合」のモデルといってもいいだろう。しかも、陸軍軍医としてのキャリアをまっとうし、最終的には軍医としてトップまで上り詰めている。

鴎外が軍医になったのは、東京帝国大学医学部を二番で卒業したからである。首席ではなかったため帝大教授への道は断念し、陸軍軍医としてのキャリアを開始することになった。

近代日本では最新の科学知識はみな西洋から学んだが、医学については当時の最先端であったドイツから学んでいる。陸軍じたいはモデルを当初のフランスからドイツに転換しているが、医学にかんしては最初からドイツであった。

鴎外は、石見(いわみ)の国・津和野藩の藩医の家に生まれた長男であったから、当然のことながら医者を継ぐことが嘱望されていた。少年時代からドイツ語を学んでおり、しかも堪能であった。早熟な秀才というべきだろう。

医学においては現在もそうであるが、学名はすべてラテン語である。鴎外がラテン語も使っているのは、学名を覚える必要から学んだのであろう。当然、ドイツ留学中もドイツ語で講義を受けながら、学名はラテン語をつかっているはずだ。

明治42年に「昴」(すばる)に発表された半自伝的小説、『ヰタ・セクシュアリス』にはこんな一節がある。小説の主人公が15歳のときの回想となっている。当時だから数えで15歳だろう。知的にもずいぶん早熟な少年だったようだ。出典は、『ヰタ・セクスアリス』(森鴎外) 著作権の切れた文学作品をネットで公開している「青空文庫」。 http://www.aozora.gr.jp/cards/000129/files/695_22806.html

寄宿舎では、その日の講義のうちにあった術語だけを、希臘拉甸(ギリシャラテン)の語原を調べて、赤インキでペエジの縁(ふち)に注して置く。教場の外での為事(しごと)は殆(ほとん)どそれ切(きり)である。人が術語が覚えにくくて困るというと、僕は可笑(おか)しくてたまらない。何故(なぜ)語原を調べずに、器械的に覚えようとするのだと云いたくなる。

「何故(なぜ)語原を調べずに、器械的に覚えようとするのだと云いたくなる」・・これは鴎外が、現代風にいえば「語源で覚える単語」をすでに実践していたエピソードを自慢したものと受け取ってもいいだろう。わたしはこの一節を読んだとき、「まさにそのとおり!」と思ったものだ。

鴎外の「語源で覚える単語」(・・英単語以外でもいい)は、トロイの遺跡を発掘したシュリーマンの全文丸暗記外国語学習法とならんで、外国語習得のコツとして顧みるべきメソッドである。


「専門知識」(仕事)×「雑学」(遊び)=「引き出し」

『ヰタ・セクスアリス』という半自伝的小説は、「鴎外に学ぶ学習法」として読むといいとわたしは考えている。

この小説は、鴎外と思われる主人公の「学び=遊び」という姿勢が読み取れるのが興味深い。こういう知性のありかたは日本人ではあるが、ユダヤ的な印象も受ける。専門の勉強以外に、心の赴くままに、自分が好きなことをするという姿勢だ。

「専門知識」を得るための勉学のかたわら『貞丈雑記』などを読みあさっていた鴎外は、豊富な「雑学」をそのようにして身につけたようだ。鴎外の「引き出し」がきわめて大きかったのは、「専門知識」と「雑学」とのシナジーでもあるのだろう。先の引用のあとに、こんなやりとりがある。

古賀はにやりにやり笑って僕のする事を見ていたが、貞丈雑記を机の下に忍ばせるのを見て、こう云った。
「それは何の本だ」
「貞丈雑記だ」
「何が書いてある」
「この辺には装束の事が書いてある」
「そんな物を読んで何にする」
「何にもするのではない」
「それではつまらんじゃないか」
「そんなら、僕なんぞがこんな学校に這入って学問をするのもつまらんじゃないか。官員になる為めとか、教師になる為めとかいうわけでもあるまい」
「君は卒業しても、官員や教師にはならんのかい」
「そりゃあ、なるかも知れない。しかしそれになる為めに学問をするのではない」
「それでは物を知る為めに学問をする、つまり学問をする為めに学問をするというのだな」
「うむ。まあ、そうだ」
「ふむ。君は面白い小僧だ」

なにかのために「雑学」を増やしているのではない。好きだから好奇心のおもむくままに雑学が増えていくのはきわめてナチュラルな姿勢だ

おそらく、日本でのこうした経験が、ドイツ留学中の綿密な社会風俗観察の基礎となっていたのだろう。専門の医学でつちかわれた緻密な観察眼豊富な雑学に支えられた「引き出し」は、翻訳者にとっては絶対に不可欠である。

『ヰタ・セクシュアリス』の末尾はこうなっている。

さて読んでしまった処で、これが世間に出されようかと思った。それはむつかしい。人の皆行うことで人の皆言わないことがある。Prudery に支配せられている教育界に、自分も籍を置いているからは、それはむつかしい。そんなら何気なしに我子に読ませることが出来ようか。それは読ませて読ませられないこともあるまい。しかしこれを読んだ子の心に現われる効果は、予(あらかじ)め測り知ることが出来ない。若しこれを読んだ子が父のようになったら、どうであろう。それが幸か不幸か。それも分らない。Dehmel が詩の句に、「彼に服従するな、彼に服従するな」というのがある。我子にも読ませたくはない。
金井君は筆を取って、表紙に拉甸(ラテン)語で
VITA SEXUALIS
と大書した。そして文庫の中へばたりと投げ込んでしまった。

VITA SEXUALIS・・・このラテン語じたいがわからないと、読んでも正確に理解できないだろう。

『ヰタ・セクシュアリス』はラテン語の Vita Sexualis(ヴィータ・セクスアリス) をカタカナで日本語表記したものだ。このラテン語の意味は英語でいえば Sex Life となる。直訳すれば性的生活。現代的な語感なら、ずばりセックス・ライフといったところか。


外国文学紹介者としての鴎外

鴎外の業績はあまりにも膨大なので、研究者でもなければまず全集を全部読むなんてことはないだろう。岩波書店から刊行された『鴎外全集』はなんと全38巻、軍医という多忙な官僚生活を続けながら、よくもそれだけ書きに書いたものだ。しかも、日清戦争と日露戦争には軍医として出征もしている。

まさに近代日本の知的生産の先駆者である。

わたしは、高校在学中の1978年からはじまった、小説家でアンドレ・ジードの翻訳家でもあった石川淳が選んだ『鴎外選集』(岩波書店)の第一巻小説を廉価なので購入して読んでいた。石川淳の選択は、『即興詩人』以外の翻訳小説を中心においているのは、まさに炯眼というか、見識を感じさせる。

鴎外というと、アンデルセンの『即興詩人』の擬古文による雅俗体の名訳が有名だが、なぜ石川淳が『鴎外選集』からはずしたのかはわからない。あまりにも通俗的とみなしたのか。

世紀末ウィーンの文学者アルトゥーア・シュニッツラーの小説『みれん』の鴎外による翻訳はかつて角川文庫に入っていた。訳文は口語体で、現在でもそれほど違和感を感じずに読むことができる。ちなみにシュニッツラーもまた医者でかつ文学者であった点は鴎外と共通点がある。シュニッツラーはユダヤ系であった。

海外文学紹介者としての鴎外こそ、もっと知られるべきであろう。

その基礎は、漢文も含めたバツグンの語学力に支えられた「文理融合」の人であったことにある。世の中には漱石のファンは多いが、鴎外こそ見直すべきである。






・・森鴎外訳の『みれん』は世紀末ウィーンの作家シュニッツラーのもの。アンデルセンの『即興詩人』以外に鴎外は膨大な量の文学作品を翻訳して日本に紹介した



・・わたしが高校時代につかっていた本


『臓単-ギリシャ語・ラテン語 語源から覚える解剖学英単語集【内臓編】-』(原島広至、河合良訓=監修、エヌティーエス、2005)という本があることをはじめて知った。シリーズででている。



(2014年12月30日 情報追加)



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Two in One, Three in One ・・・ All in One ! -英語本は耳で聴くのが一石二鳥の勉強法

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「人間の本質は学びにある」-モンテッソーリ教育について考えてみる

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2012年2月22日水曜日

書評 『受験脳の作り方-脳科学で考える効率的学習法-』(池谷裕二、新潮文庫、2011)記憶のメカニズムを知れば社会人にも十分に応用可能だ!

記憶のメカニズムを知れば、大学受験だけでなく社会人にも十分に応用可能だ

脳科学に関心のある人は、その大半が記憶がその関心の中心になるのではないか?

どうしたら記憶力を増強することができるのか、どうしたら記憶力の減退を防ぐことができるのか、なにかいい方法はないのか、と。

本書は、もともとは10年前に高校生向けに書かれた『高校生の勉強法』に、加筆修正した文庫版である。

脳科学の専門用語は必要最低限に押さえ込んでおり、たいへんわかりやすい文章であるが、押さえるべきところはすべて押さえてあるので、繰り返し読めば得るものはきわめて大きい。

本書の著者の池谷裕二博士は、記憶のメカニズムにおいて、きわめて重要な役目を果たしている海馬(かいば)についての研究で薬学博士号を取得した最前線の研究者である。しかも、一般人向けに記憶のメカニズムについてじつにわかりやすく説明してくれるサイエンスライターとしての才能をもつ人でもある。名著『記憶力を強くする』(講談社ブルーバックス、2001)がデビュー作だが、最新の研究成果を一般社会に還元してくれる、じつにありがたい存在だ。

基本的に大学受験を控えた高校生向けの本なのだが、脳科学のメカニズムに基づいた原理は共通しているので、勉強法としては高校生以外の一般社会人が読んでも、面白くてためになる好著になっているといえよう。

社会人の読者は、いままでの自分の勉強法がどこが正しいのか、どこが間違っているのか検証する読み方もいいかもしれない。中高校生には、正しい勉強法として推薦してあげたほしいとも思う。

しかし、「学問に王道なし」というように、「勉強法にも王道なし」と言っておかねばならないだろう。本書で解説されているのは「効率」的な勉強法とはいえ、「効果」が出てくるには時間がかかるのだ。なぜそうなのかも、ちゃんと解説されている。

巻末には、使用されている専門用語がすべて1ページに集約された索引がついているのもありがたい。その数、たったの27語

一般読者は、このリストにある専門用語すら覚える必要はないと思うが、よく読んでなぜそうなのかという脳科学のメカニズムだけは理解しておきたいものだ。現代人の必読書といえよう。







<初出情報>


■bk1書評「記憶のメカニズムを知れば、大学受験だけでなく社会人にも十分に応用可能だ 」することが必要だと気づかせてくれる好著」投稿掲載(2012年1月31日)
■amazon書評「記憶のメカニズムを知れば、大学受験だけでなく社会人にも十分に応用可能だ 」することが必要だと気づかせてくれる好著」投稿掲載(2012年1月31日)


書誌情報

『最新脳科学が教える 高校生の勉強法(東進ブックス)』(池谷裕二、ナガセ、2002)の改題増補、一部改稿

目 次                                  

第1章 記憶の正体を見る
第2章 脳のうまいダマし方
第3章 海馬と LTP(長期増強)
第4章 睡眠の不思議
第5章 ファジーな脳
第6章 天才を作る記憶のしくみ

著者プロフィール                                                
池谷裕二(いけがや・ゆうじ)                                         
1970(昭和45)年、静岡県藤枝市生れ。19988(平成10)年、東京大学・大学院薬学系研究科で薬学博士号取得。2002年から約2年半のコロンビア大学・客員研究員を経て、東京大学・大学院薬学系研究科・准教授。東京大学・大学院総合文化研究科・連携准教授(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)







<ブログ内関連記事>

書評 『脳の可塑性と記憶』(塚原仲晃、岩波現代文庫、2010 単行本初版 1985)・・記憶研究を学問的水準を落とすことなく一般人向けに解説

脳科学を応用した健康維持法、とは

「知の風神・学の雷神 脳にいい人文学」(高山宏 『新人文感覚』全2巻完結記念トークイベント)に参加してきた

書評 『脳を知りたい!』(野村 進、講談社文庫、2010 単行本初版 2000)

書評 『脳と日本人』(茂木健一郎/ 松岡正剛、文春文庫、2010 単行本初版 2007)

書評 『ネット・バカ-インターネットがわたしたちの脳にしていること-』(ニコラス・カー、篠儀直子訳、青土社、2010)

本の紹介 『ユダヤ感覚を盗め!-世界の中で、どう生き残るか-』(ハルペン・ジャック、徳間書店、1987)

「三日・三月・三年」(みっか・みつき・さんねん)




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2012年2月19日日曜日

バンコクで創刊されたフリーマガジン「ArayZ」(アレイズ)の創刊第2号(2012年2月号)からわたしの連載が始まりました



今年2011年1月に、フリーマガジンの激戦区タイ王国の首都バンコクで、あらたなフリーマガジンが誕生しました。

その名は 「ArayZ」(アレイズ)コンセプトは「バンコクライフに光を照らすワンランク上のフリーマガジン」、アルファベットの A と Z にはさまれた ray は英語で光線を意味するコトバです。光あれ!、と。

「ArayZ」(アレイズ)の創刊二号(2012年2月号)から、わたしが書いた原稿が掲載されています。タイトルは「ArayZ ライブラリー 書をもって、世界へ出よう。」です。今月号は第一回の連載ですので、見開き2頁にわたって書評を二本掲載しています。

紹介した本は、『消費するアジア-新興国市場の可能性と不安-』(大泉啓一郎、中公新書、2011) と  『タイに渡った鑑識捜査官-妻がくれた第二の人生-』(戸島国雄、並木書房、2011)。前者は、経済学の視点でアジアを分析した本、後者はタイで第二の人生を燃焼させた日本の鑑識捜査官のメモワールです。

すでに、このブログで発表した書評を、タイで発行されるフリーマガジン向けに一部手を入れたものを掲載しています。「ArayZ ライブラリー 書をもって、世界へ出よう。」に掲載されたものよりもくわしい背景情報などを知りたい方は、リンク先を <ブログ内関連記事> に紹介しておきますのでご覧になってください。

バンコクに居住されている方はフジスーパーや紀伊國屋書店をはじめとして、いろんな場所で入手できますので、ぜひ一度お手にとっていただきたいと思います。たいへん美しい写真が満載の雑誌がなんとフリー(無料)でゲットできます。長く保存しておきたいような雑誌を目指しているとのことです。

バンコクに行かれる方は、ぜひ「ArayZ」をご覧になってみてください。この雑誌で紹介されているグルメ情報や旅の情報は、『地球の歩き方』やその他の日本国内で出版されているガイドブックには掲載されていない、知る人ぞ知る「ワンランク上のライフスタイル」ばかりです。

また来月号にも「書評」が掲載されますので、連載には乞うご期待!


<関連サイト>

 「ArayZ」の発行先であるグルタン(グルメ探検)のフェイスブックページ
http://www.facebook.com/GURUTAN


<ブログ内関連記事>

書評 『消費するアジア-新興国市場の可能性と不安-』(大泉啓一郎、中公新書、2011)-「新興国」を消費市場としてみる際には、国全体ではなく「メガ都市」と「メガリージョン」単位で見よ!

書評 『タイに渡った鑑識捜査官-妻がくれた第二の人生-』(戸島国雄、並木書房、2011)

「ビジネスマンが語るタイ王国のいま」というタイトルで「麹町ワールドスタジオ 原麻里子のグローバルビレッジ」で話をしました(2012年2月15日生放送) ・・この番組のなかで 「ArayZ」(アレイズ)について紹介しました







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2012年2月16日木曜日

第3回 【アタマの引き出し】のつくりかたワークショップを開催いたします (2012年3月8日)





【アタマの引き出し】のつくりかたワークショップを開催いたします。前回2011年12月8日に続いて第3回目の開催となります。

もともとは、「営業パーソン」のために開発した「研修メソッド」を、一般向けに公開するワークショップです。

対面コミュニケーションでモノを言うのが「アタマの引き出し」。仕事も人生も豊にするための「アタマの引き出し」を増やし方と活用の仕方をみなさんと一緒に考える機会にしたいと考えています。

内容は、ほぼ 8割がワークでレクチャーは2割のワークショップ形式ですので、眠ってしまう心配がないだけでなく、参加人数も20人と比較的少人数ですので、ワークショップをつうじて密接な交流も可能になります。

わたしがファシリテーターとして進行役をつとめます。


■日時: 2012年3月8日(木)
■場所: 「コンファレンス銀座」
 東京都中央区銀座 6-5-13 JDB銀座ビル5F コンファレンスC 
 地下鉄銀座駅から徒歩2分、JR有楽町駅徒歩5分
■募集人数: 20人




次に該当する方々にご参加いただけると幸いです。

「アタマの引き出し」の増やし方を身につけたい人
豊富な話題で営業に不可欠な 「人間力」 を高めたい人
部下の育成のお悩みの人
「会話力」を越えた「対話力」を身につけたい人
ファシリテーションの実際を体験したい人
ワークショップ最中の密接な交流が楽しみな人
-ワークショップ終了後の交流会が楽しみの人


ご興味のあるかたは、詳しくは facebookページのイベント紹介(☚ ここをクリック!)をご覧ください。

ご質問、お問い合わせ、申し込みは ken@kensatoken.com まで

今回は、前回より広めの会場を確保しましたので余裕があります。まだ席の余裕がありますので、ぜひご参加ご検討くださいますよう、よろしく申し上げます。

また、法人など組織向けにカスタムメイドの研修も実施しておりますので、詳しくは ケン・マネジメントのウェブサイト http://kensatoken.com をご覧ください。



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第2回 【アタマの引き出し】のつくりかたワークショップを開催いたします (2011年12月8日)

【アタマの引き出し】のつくりかたワークショップ (2011年7月5日 19時 東京八重洲) を開催しました

【アタマの引き出し】のつくりかたワークショップ を開催します (2011年7月5日 19時 東京八重洲)

ダイアローグ(=対話)を重視した「ソクラテス・メソッド」の本質は、一対一の対話経験を集団のなかで学びを共有するファシリテーションにある




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2012年2月14日火曜日

麹町ワールドスタジオ 「原麻里子のグローバルビレッジ」(Ustream 生放送) に出演します(2012年2月15日 21時から放送)





明日の夜、Ustream(ユーストリーム) の生番組に出演します。

2012年2月15日(水)、夜9時(=21時)から、麹町ワールドスタジオ 「原麻里子のグローバルビレッジ」に出演します。

テーマは、「ビジネスマンが語るタイ王国のいま」について、わたしが約20分間、話をします。

政治経済にかんするやや堅い話をのあとは、食事や観光地など気楽な話題となる予定です。

もう一人のゲストの方のテーマは、「プロが伝授する紅茶の世界」。わたしも自分のテーマについて話したあとも、番組終了まで同席しています。番組終了は、21時45分です。

番組の URL は http://www.ustream.tv/channel/kwstudio です。夜9時になったら、放送が開始されます。もちろん視聴は無料(フリー)です。

なお、録画は後日ネットにアップされる予定ですので、当日の生放送をご覧になれない方は、ぜひそちらで視聴していただけると幸いです。録画の情報については、わかり次第アップいたします。


<録画はこちらから>

当日の生放送は、http://www.ustream.tv/recorded/20460164 から録画を視聴できます。「ビジネスマンが語るタイ王国のいま」は約25分ほどの内容です。 (2012年2月16日)


<関連サイト>

番組のホスト役・原 麻里子さんは、テレビ朝日でアナウンサー経験をもつ社会人類学者で、出向によって勤務体験もある BBC(英国放送協会)を研究するかたわら、ユーストリームによるインターネット放送の実践も行っている英国通です。著書に、『公共放送 BBCの研究』(原 麻里子/柴山哲也、 ミネルヴァ書房、2011)があります。

原麻里子氏プロフィール(局アナnet会員プロフィール)
http://kyokuana.net/profile/1221875722.html









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2012年2月12日日曜日

「アラブの春」を引き起こした「ソーシャル・ネットワーク革命」の原型はルターによる「宗教改革」であった!?



2月11日は、日本にとっては「建国記念日」であり、イランでは「イラン・イスラム革命」が始まった日であり、昨年2011年はエジプトで「民主化革命」が始まった日でもある。いずれも起源となる記念日である。

地中海のチュニジアから始まった動きは、地域大国のエジプトにも波及し、のちに「アラブの春」と総称されるようになったが、そのキッカケはフェイスブック(facebook)やツイッター(twitter)などのSNS(=ソーシャル・ネットワーク・サービス)であったという説も根強い。

フェイスブック上の投稿が感想やコメントという書き込みを誘発し、さらにシェアという機能で容易に文字情報や画像情報、映像情報を共有することを可能とし、その結果、情報が急速に拡散していく。これをさしてバイラル(viral)と呼んでいるが、チュニジアやエジプトで起こったのは、まさにこのバイラルであったという解説である。バイラルとは日本語でいえばクチコミに近い。

昨年(2011年)12月のことだが、先日、ひじょうに面白い記事が The Economist に掲載されていたので紹介しておきたい。「Social media in the 16th Century - How Luther went viral  Five centuries before Facebook and the Arab spring, social media helped bring about the Reformation」(16世紀のソーシャルメディア。 ルターはいかにバイラル化したのか-フェイスブックとアラブの春の500年前にソーシャルメディアが「宗教改革」をもたらした)というタイトルの記事である。Dec 17th 2011 付けの記事である。リンク先は以下のとおりだ。 http://www.economist.com/node/21541719?fsrc=nlw%7Cnewe%7C12-26-2011%7Cnew_on_the_economist ビデオも掲載されているので、文字を読むのが面倒な人は音声(英語、字幕なし)を聞くのもいいだろう。

やや長い記事だが、趣旨を簡単に要約しておけば、「アラブの春」を引き起こしたソーシャル・ネットワークは、別にいまはじまったことではなくて、すでに500年前のルターの「宗教改革」の際にみられた現象と同じだ、というものである。

500年前の「宗教改革」は、ルターという一人のカトリック司祭が、教会内部から起こした改革運動であるが、もちろん一人の改革者がプロテスト(抵抗)の思想表明をしたからといって、運動が進展することはない。

ルターの思想は、通俗的な形で、パンフレットやビラという印刷物の文字情報、風刺画といった印刷媒体の画像情報、そして唄(バラッド)という五感をつうじて感じる娯楽といった、複数のメディアを融合した、文字通りのマルチメディアによって、急速に「拡散」したのであった。

基本的にこの認識は正しいといってよい。このビラのことをドイツ語で Flugblatt  というのだということは、大学学部時代にドイツ中世史の阿部謹也先生から聞いた記憶がある。

だが、この記事を読むに当たっては、21世紀と16世紀とでは根本的な違いがあることに留意しておきたいことがるので何点か書いておこう。


21世紀のSNSは「文字情報」を抜きに語れないが・・・

まずは、16世紀当時の識字率の低さである。マルチメディアが効果を発揮したのは、文字を読める人間が少なかったからなのだ。これは「反宗教改革」(カウンター・レフォーメーション)の旗手イエズス会が、イメージ(図像)をフルに活用して海外布教をおこなった戦略にも影響しているように、ヨーロッパ自体の識字率はまだかなり低かったのである。

初等教育が普及していなかった当時、文字が読めるのは知識人を中心とした一部に限定されていた。ルターはそもそもがカトリックの聖職者であったから、当然のことながらラテン語の読み書きができたのである。というよりも、カトリック教会では、第二次大戦後にバチカン第二公会議で決議されるまでラテン語が使用されていたのである。これは日本も例外ではなかったことを知っておく必要がある。

だが、ルターが先駆者としての役割を果たしたのは、教会内の典礼に使用されるラテン語ではなく、一般民衆がつかうドイツ語に聖書を翻訳したことだ。ルター訳聖書が近代ドイツ語の基礎となったというのはそのことを指している。ドイツ語の読み書きが定着していったのは、それ以降のことであることに留意しておいたい。

基本的に、活動家が居酒屋でビラを読み上げるのを、一般民衆が耳を傾けて聞くのである。居酒屋の演説というと、わかき日のヒトラーがミュンヘンのビアホールでぶった演説を思い出すが、一般民衆というものは文字よりも、耳から聞いた情報で扇動されやすいということは、洋の東西を問わず共通しているといっていいだろう。

ルターの宗教改革によってプロテスタント化したのは、じつは個人単位ではなく、領国単位であったことにも注意しておきたい。個人が自主的に選択した結果ではなく、領主がプロテスタントになったあとに、プロテスタンティズムは個人に内面化していったということだ。順番は逆ではない。

たとえばドイツ例にとった場合、南北で宗教地図が塗り分けられているのは、その結果なのである。ドイツ南部がカトリック地帯であるのに対し、ドイツ北部はプロテスタント地帯である。冷戦時代は東西でドイツは分割されていたが、宗教という観点にたつと南北差が大きいのである。

これは、日本でも戦国時代末期にキリシタンが九州各地に拡がったのと、ひじょうによく似た現象だ。キリシタン大名という表現があるとおり、改宗はまず領主単位で始まった。なぜなら、布教というものは、領主という地上の権力者の保護がなければ、既存の勢力とのコンフリクトの解消が有効に行われないからである。

だから、キリスト教という天上の権力と領主という地上の権力が合体することによるパワー増大がコントロール不能状態になることを、時の最高権力者であった秀吉や家康が懸念を抱いたのは不思議でもなんでもないのである。


「宗教改革」のその後と「アラブの春」にアナロジーは適用可能か?

話をルターの「宗教改革」に戻すが、カトリックとは違ってプロテスタンティズムにおいては、個人が神と一対一で対面することが要求される教義が個人に内面化されるようになってくると、さまざまなひずみももたらすようになってくる。果たして自分は救われるのかどうかという不安である。

この不安をしずめるために、ひたすら禁欲的に勤勉に職務に遂行する者が、世俗でも成功者への道を歩むことになる。これはとくにカルヴァン派について言及したマックス・ウェーバーの有名な『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』のテーマであるが、一方では不安に押しつぶされて精神を病む者もでてくる。後者が、この厳しい精神状況に堪えられず、逃避の方向を選択するに至ったのもけっして不思議ではない。

この点に考察を加えたのが、精神分析学者エーリヒ・フロムの名著『自由からの逃走』(Escape from Freedom)である。社会心理学の古典とされているこの本の話をすると、ナチスドイツに逃避した一般民衆の話を思い出す人が多いようだが、わたしはフロムによる「宗教改革」の事例の説明がつよく記憶に残っている。

「アラブの春」に「宗教改革」のはじまりを重ね合わせて考えてみるのは面白い。しかし、「宗教改革」のその後の進展を考えると、はたしてこのアナロジーがどこまで有効なのか、考えてみる必要はあるだろう。すくなくとも、「思想の拡散」というフェーズまではアナロジーが有効であるのは確かではあるが。






<ブログ内関連記事>

「宗教改革」の時代

本の紹介 『阿呆物語 上中下』(グリンメルスハウゼン、望月市恵訳、岩波文庫、1953)

本の紹介 『阿呆船』(ゼバスチャン・ブラント、尾崎盛景訳、現代思潮社、新装版 2002年 原版 1968)

「免罪符」は、ほんとうは「免罪符」じゃない!?

「500年単位」で歴史を考える-『クアトロ・ラガッツィ』(若桑みどり)を読む

イエズス会士ヴァリリャーノの布教戦略-異文化への「創造的適応」

「泥酔文化圏」日本!-ルイス・フロイスの『ヨーロッパ文化と日本文化』で知る、昔から変わらぬ日本人


「2-11」関連-「アラブの春」

本日(2011年2月11日)は「イラン・イスラム革命」(1979年)から32年。そしてまた中東・北アフリカでは再び大激動が始まった

エジプトの「民主化革命」(2011年2月11日)

書評 『中東激変-石油とマネーが創る新世界地図-』(脇 祐三、日本経済新聞出版社、2008)

書評 『アラブ諸国の情報統制-インターネット・コントロールの政治学-』(山本達也、慶應義塾大学出版会、2008)


アラビア語復興運動とキリスト教聖書のアラビア語訳

書評 『新月の夜も十字架は輝く-中東のキリスト教徒-』(菅瀬晶子、NIHUプログラムイスラーム地域研究=監修、山川出版社、2010)
・・アラブ・ナショナリズムにつながるアラビア語復興運動は、聖書をアラビア語に翻訳する事業に携わったアラブ人キリスト教徒が指導的役割を果たした事実は、ルターによる聖書のドイツ語訳とのアナロジーを思わせるものがある





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2012年2月9日木曜日

「東洋文庫ミュージアム」(東京・本駒込)にいってきた-本好きにはたまらない!



「東洋文庫ミュージアム」にはじめていってきた。2011年10月に開設されたばかりのあたらしいミュージアムである。しかも図書館のミュージアムというのもめずらしい。近くまでいく用事があったので立ち寄ってみた。

東京都文京区駒込に「東洋文庫」という図書館と研究施設がある。ここに所蔵された100万冊をこえる貴重な書籍の存在は世界中に知られており、東京大空襲を実行した米軍も、この施設は空爆目標から意図的にハズしたという話を聞いたことがある。実際には被災しなかったことから、あながち都市伝説でもないようだ。

それはなによりも、東洋文庫の起源に関連しているのだろう。東洋文庫の核(コア)になったのは「モリソン文庫」という、中国を中心としたアジア関連の2万4千冊に及ぶ蔵書である。1911年の辛亥革命当時、北京にあったモリソンの蔵書は、革命の混乱のなか安全な場所に運び出されて焼失を免れたという。

ジョージ・アーネスト・.モリソン(1862~1920)は、英国のタイムズ紙で健筆をふるっていたジャーナリストで、辛亥革命後には大総統に就任した袁世凱の政治顧問をつとめたオーストラリア人である。20年に及ぶ北京在住中に収集した蔵書は、当時から質量ともに一級で、世界的に有名であったという。リタイアしてオーストラリアに戻ることを決意し、蔵書を手放すことにした際は、世界中から取得したいという引き合いがあったらしい。

ただし、西洋語も漢籍も読みこなせる研究者がいるという条件で、1917年(大正6年)日本が買い取ることになったのが経緯だということだ。カネを出したのは三菱財閥の当主であった岩崎久彌である。現在価値で70億円を即金で出したという。財閥解体後の現在でも、三菱グループの社会貢献の一環と位置づけられているようだ。



東洋学(オリエンタル・スタディーズ)とは、中国から中近東まで広く東洋(オリエント)を対象とした、西洋で始まった総合的な学問のことである。日本語でオリエントというと、どうしても古代エジプトやバビロンを連想してしまうが、ここでいうオリエンタル・スタディーズの幅は広い。極東の日本までふくめたアジア全体が視野に入る。

東洋文庫が、あえてこの東洋学という名称と概念を維持しているのは、歴史研究を基礎に置いていることを意味しており、けっして時代遅れではない。歴史研究を欠いた地域研究に価値はない

じつは、東洋文庫がある本駒込の近くに住んでいたこともあり、名前はしっていたが一度も訪れたことがなかったのは、わたしが専門の東洋研究者ではないからだが、ときおり都営地下鉄千石駅にむけて外国人が歩いている姿は何度も見ていた。おそらく東洋文庫に通う研究者たちなのだろう、と。

今回はじめて訪れたのは、先月のことだが、昨年2011年の10月に東洋文庫にミュージアムができたことを知ったからだ。なんと図書館に併設された博物館である。ライブラリー・ミュージアム!

東洋文庫ミュージアムの説明を引用しておこう。

東洋文庫(東京・駒込)は、広く一般の方々に東洋学について興味を持ってもらうことを目的として、東洋文庫ミュージアムを開設しました。1924年に設立された東洋文庫は、東洋全域の歴史と文化に関する様々な文献資料の収集・研究を行ってきました。これまでは研究図書館としての特性上、東洋学の研究者が主な利用者でした。より多くの方々に東洋学の面白さを知っていただくために、従来公開していなかった貴重書などを今後積極的に東洋文庫ミュージアムで展示していきます。

「このライブラリー・ミュージアムはすごい!」 もうこの一語に尽きる。英語で言えば Wow !!! である。展示スペースは、一階と二階のツーフロアしかないのだが、この贅沢さはスペースの大きさだけではかれるものではないのだ! 「現物」としての本が醸し出す雰囲気はデジタル書籍とはまったく違うのだ。

ミュージアムの一階には、研究員が厳選した書籍の現物がガラスケースのなかに陳列されているのだが、アジア各地のものだけでなく、ダニエル・デフォーの『ロビンソン・クルーソー』や、アダム・スミスの「『国富論』(The Wealth of Nations: 諸国民の富などの現物は、社会科学を大学で勉強した人間にもウレシイものがある。



アダム・スミスの有名な「見えざる手」の原文が an invisible hand と単数であることも知ることができた。「神の見えざる手」ではまったくないし、複数形でもないし、右腕か左腕かもこの英語原文からはわからない。


目玉はなんといっても二階に展示されている「モリソン文庫」。この文庫は閉架式なので手にとって見ることはできないのだが、天井までズラリと本棚に陳列された本はまさに圧巻。思わず見上げて見とれてしまう。ほんと興奮する! 本好きなら絶対にいくべきだ。

しかも写真撮影はフラッシュをたかなければOKというのもウレシイではないか。思わず何枚もsつえいしてしまった。

また、キリシタン関係、アジア近代史関係の書籍もウレシイ。とくに王妃マリー・アントワネットが愛蔵していたという『イエズス会士中国書簡集』の現物。ヴォルテールをはじめ、18世紀のヨーロッパ人にとって理想の地であり、憧れの地であった中国から 布教のため滞在していたイエズス会士たちによる報告書は当時の知識人ったいには絶大な影響を与えていたのである。

また、日本で印刷出版されたキリシタン本の一冊である『ドチリーナ・キリシタン』の原本なども見ることができる。ローマ字表記された日本語で書かれた、初心者むけのカトリックの教義書である。



マルコポーロの『東方見聞録』のエディションを77種類(!)も所蔵しているというのもスゴイ。これまた現物が展示されている。



常設展示ではないが、いまの見物は辛亥革命100年ということもあって、その関連の一次資料である。なんといっても、若き日の毛澤東が宮崎滔天にあてた直筆の書簡をこの目でみたのは大きな収穫だった。ただし、これらの展示資料は借り物であるので写真撮影ができないのは残念だった。

東洋文庫は建て替えを機に、一般人に向けてのコミュニケーションの場としてミュージアム開設を決めたという。モリソン文庫購入を了解した岩崎久彌が愛した小岩井農場によるカフェが併設されている。今回は時間がないのでカフェでくつろぐことはしなかったが、外から見る限りなかなかステキなカフェである。

ミュージアムショップもなかなか趣味のいい品物やカタログなどが置いてある。『時空をこえる本の旅50選』(東洋文庫編、2010)というカタログを購入した。

本駒込には、アジア文化会館、東洋大学など、アジアを名前にもつ施設が集中している、落ち着いた高級住宅街でもある。ぜひこの東洋文庫ミュージアムを訪れるためだけでも東京に来る価値はあるといっておこう。


【所在地】〒113-0021 東京都文京区本駒込2-28-21
【アクセス】 JR・東京メトロ南北線「駒込駅」から徒歩8分、都営地下鉄三田線「千石駅」から徒歩7分、都営バス上58系統・茶51系統「上富士前」から徒歩1分
【休館日】 毎週火曜日(ただし、火曜日が祝日の場合は開館し、水曜日が休館)、年末年始、その他、臨時に開館・休館することがあります。
【URL】 www.toyo-bunko.or.jp/museum/【開館時間】 ミュージアム 10:00〜20:00(入館は19:30まで)
ショップ マルコ・ポーロ 10:00〜20:00
オリエント・カフェ 11:30〜21:30(ラストオーダーは20:30まで)







<関連サイト>

東洋文庫ミュージアム(公式サイト)

財団法人 東洋文庫(公式サイト)


<参考文献>

George Ernest Morrison (wikipedia 英語版)

『東京人 2011年12月号 特集:東洋文庫の世界』(都市出版、2011)



『アジア学の宝庫、東洋文庫-東洋学の史料と研究-』(東洋文庫編、勉誠出版、2015)が、東洋文庫90周年記念として、2015年5月に出版されている。(2015年7月5日 記す)





<ブログ内関連記事>

「東洋文庫」関連

「東インド会社とアジアの海賊」(東洋文庫ミュージアム)を見てきた-「東インド会社」と「海賊」は近代経済史のキーワードだ
・・英国とオランダの東インド会社

「マリーアントワネットと東洋の貴婦人-キリスト教文化をつうじた東西の出会い-」(東洋文庫ミュージアム)にいってきた-カトリック殉教劇における細川ガラシャ
・・マリー・アントワネットは『イエズス会士中国書簡集』を愛読していた熱心なカトリックであった


「本好き」のために

書籍管理の"3R"
・・本はすべてアタマのなかにいれてしまうというイスラーム学者の伝統

『随筆 本が崩れる』 の著者・草森紳一氏の蔵書のことなど
・・大学時代に、名誉教授の旧蔵書を買い上げた大学図書館に納入する作業をアルバイトでかかわった体験を書いておいた

書評 『沖縄本礼賛』(平山鉄太郎、ボーダーインク、2010)
・・一点集中型の蔵書コレクターの情熱。読むより集めるのがコレクター

World Book Night (ワールド・ブック・ナイト)という本が好きな人たちのためのイベントが今夜(2012年2月23日)英国で行われます

「移動図書館」-これもまたぜひ後世に遺したい戦後日本の「昭和遺産」だ!

『ちょっと本気な 千夜千冊 虎の巻-読書術免許皆伝-』(松岡正剛、求龍堂、2007)で読む、本を読むことの意味と方法
・・ 毎夜一冊について書くことを千夜つづけた当代一の本読みの読書術

書評 『松丸本舗主義-奇蹟の本屋、3年間の挑戦。』(松岡正剛、青幻舎、2012)-3年間の活動を終えた「松丸本舗」を振り返る

「知の風神・学の雷神 脳にいい人文学」(高山宏 『新人文感覚』全2巻完結記念トークイベント)に参加してきた・・知の怪人タカヤマ・ヒロシ 見えないものを「つなげる」ためのアルス・コンビナトリア(結合術)

「生誕100年 人間・岡本太郎 展・前期」(川崎市岡本太郎美術館) にいってきた
・・岡本太郎が手元においていた「フランス語の蔵書400冊」の一部の展示を見た

書評 『ヒトラーの秘密図書館』(ティモシー・ライバック、赤根洋子訳、文藝春秋、2010)
・・独学者ヒトラーの「多読術」。蔵書によって知るヒトラーの精神形成と蔵書の運命

書評 『そのとき、本が生まれた』(アレッサンドロ・マルツォ・マーニョ、清水由貴子訳、柏書房、2013)-出版ビジネスを軸にしたヴェネツィア共和国の歴史

書評 『もうすぐ絶滅するという紙の書物について』(ウンベルト・エーコ、ジャン=クロード・カリエール、工藤妙子訳、阪急コミュニケーションズ2010)-活版印刷発明以来、駄本は無数に出版されてきたのだ

書評 『「紙の本」はかく語りき』(古田博司、ちくま文庫、2013)-すでに「近代」が終わった時代に生きるわれわれは「近代」の遺産をどう活用するべきか

書評 『脳を創る読書-なぜ「紙の本」が人にとって必要なのか-』(酒井邦嘉、実業之日本社、2011)-「紙の本」と「電子書籍」については、うまい使い分けを考えたい

スティーブ・ジョブズの「読書リスト」-ジョブズの「引き出し」の中身をのぞいてみよう!・・「蔵書をみれば、持ち主のアタマの中身がわかる」

「ヴァチカン教皇庁図書館展Ⅱ-書物がひらくルネサンス-」(印刷博物館)に行ってきた(2015年7月1日)-15世紀に設立された世界最古の図書館の蔵書を実物展示

(2014年6月7日、2015年7月7日 情報追加)






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2012年2月7日火曜日

寒い冬を乗り切るにはマウンテン・ギア(登山用具)が有効だ



今年は例年になく寒い冬になっている。とくに日本海側の豪雪は常軌を逸しているようだ。

太平洋側の関東地方は雪こそほとんど降らないが、例年にまして寒い冬になっていることは否定できない。

今年(2012年)のはじめにタイに出張にいったが、冬の東南アジア出張は「行きはよいよい、帰りは寒い」で、帰国したあとに遭遇した寒波で、なんと今年2回目の風邪を引いてしまった。聞くとことによると、この寒波で全国的に風邪を引いた人が少なくなかったようなので、すこし安心したのだが・・。

寒い冬を乗り切るには、マウンテン・ギアが有効だ。マウンテン・ギアとは、山登り関連の装備や衣服のことである。登山用具である。

まずは、登山用のソックス。アタマをつかう活動には最適の「頭寒足暖」を実現できる。室内の気温が低くても、足許が暖かいとカラダ全体も暖かく感じるのは、半身浴の原理と同じである。暖房をいれなくても、アタマが冴えているので、知的活動にはもってこいだ。

ゴアテックスのパーカー。風を防ぐのはウィンドブレーカーだが、風を防ぐだけでなく、低温状態でも着ているとカラダを温めるのは、この新素材でつくられたアパレル。

そしてシュラフ。日本語でいえば寝袋であるが、むかしの寝袋とはだいぶ違う。

高校時代に使っていたシュラフはたたんでもかさばるだけでなく、防寒という点では夏山やバックパックの旅にしか使えないような代物だった。

現在、わたしがつかっているのは、羽毛入りのダウン。冬山で使用する、マイナス28℃まで(!)堪えられるスグレものである。このシュラフにくるまって寝ると、羽毛布団よりも軽く、しかも寝袋なので熱が逃げない。冬の寒い日でも寝るのが苦痛にならないのはありがたい。

今年は、白瀬中尉が北極探検を行ってから、2月28日でちょうど100年にあたるが、当時は現在のような防寒具もなく、日本もハイテクの国ではなかった。そんな装備で南極探検を実行したなんて、れはもう探検というよりも、暴挙とでもいうべきだろう。

ところで、先日ひさびさに東京の神田・神保町のICI石井スポーツ登山本店にいってきた。神保町は「本の街」としても有名だが、一方では大型スポーツショップの一大集積地帯でもある。高校時代、ワンゲルに入ったときからお世話になっている老舗の専門店である。

バブル期のスキー人気が下がって、現在はスノボー全盛時代だが、登山ブームのほうは中高年だけではなく、「山ガール」の出現によって、登山者が女性で、しかも若年層に拡がっているというのは、昔のことをよく知っている元「山ボーイ」からすると、なんだか不思議な感じもする。

石井スポーツでも、17時過ぎの店舗に一人で入っていくOLらしき姿を見た。若い女性が一人で登山専門店に! 時代は変わるものである。

マウンテン・ギアは、市場としては専門分化しており、市場規模も一般アパレルよりも小さいためであろう、基本的に比較的高価で、しかも値引きがほとんどない。それでも性能と効果はバツグンであり、高くでも購入して平地で使用する価値はある。

羽毛布団を買うくらいなら、寒冷地仕様のシュラフを買ったほうが使い出があるのではなかろうか。下記製品は定価4万8千円を、ディスカウントで2万6千円を払って購入したシュラフである。容量の大きなサイズなので、なかで寝返りを打つこともできる。

だまされたと思って、みなさんもシュラフで寝てみませんか?




<関連サイト>

ICI石井スポーツ登山本店


<ブログ内関連記事>

神田・神保町の古書店街もまた日本が世界に誇る「クラスター」(集積地帯)である!

シュラフで寝る

ノラネコも寒い日はお互い助け合い

「家の作りやうは、夏をむねとすべし」 (徒然草)-「脱・電気依存症文明のために顧みるべきこと

暑くて湿気の多い夏の日をエアコンなしで、しかも安く過ごす方法とは?-赤ちゃん用品に要注目!

(2014年8月25日 情報追加)




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2012年2月4日土曜日

「今和次郎 採集講義展」(パナソニック電工 汐留ミュージアム)にいってきた-「路上観察」の原型としての「考現学」誕生プロセスを知る



「今和次郎 採集講義展」にいってきた。青森県立美術館でも開催された巡回展が、東京のパナソニック汐留ミュ-ジアム(旧 松下電工ミュージアム)で行われていることを知り、仕事のあいまをぬって立ち寄ってみた。

今 和次郎(こん・わじろう: 1888~1973)は、青森県弘前市出身の画家、デザイナー、建築家で、長年にわたって早稲田大学の教授をつとめた人。家政学関連で精力的な執筆活動もおこなった学者であり、関東大震災後に 「考現学」を創始した人でもある。

「今和次郎 採集講義展」の主催者による概要は以下のとおり。「考現学」については、のちほど取り上げて解説したいと思う。

「3-11」の歴史が大転換したいま、関東大震災を自分のなかで受け止めてつよい問題意識をもった今和次郎について考えるいい機会になると思われる。

開催要項


開館期間: 2012年1月14日(土)~3月25日(日)
(※ 一部の作品について展示替え。前期展示は1月14日から2月26日、後期展示は2月28日~3月25日)
開館時間:  午前10時より午後6時まで(ご入館は午後5時半まで)
休館日::  月曜日
入館料: 一般:500円(65歳以上400円)、大学・高校生:300円、中・小学生:200円
主催: パナソニック 汐留ミュージアム、読売新聞社、美術館連絡協議会
特別協力: 工学院大学図書館
協賛: ライオン、清水建設、大日本印刷、損保ジャパン
後援: 社団法人日本建築学会、社団法人日本建築家協会、社団法人全日本建築士会、日本生活学会、港区教育委員会
協力: 青森県立美術館


●展覧会概要     

青森県弘前市に生まれた今和次郎(1888-1973)は、昭和初期の急速に大都市化していく東京の街の様子や人々の生活の変化を採集(観察し、記録する)・分析した「考現学」の創始者として知られています。また、民俗学者の柳田國男らがつくった民家研究の会「白茅会」の活動に参加したことをきっかけにはじめた民家研究の分野でも重要な足跡を残しました。

一方、関東大震災直後の街頭に出て、急ごしらえのバラック建築をペンキで装飾した「バラック装飾社」の活動や積雪地方の暮らしを快適にするための試験家屋の試み、村の共同作業場の設計などに携わった建築家・デザイナーでもありました。さらに戦後になると、日常生活を考察する「生活学」や「服装研究」といった新しい学問領域も開拓していきます。こうした幅広い領域にわたる活動の根底には、都市と地方を行き交いながらさまざまな暮らしの営みを"ひろい心でよくみる"ことをとおして、これからの暮らしのかたちを、今を生きる人々とともに創造しようと模索し続けた今和次郎の生き方がありました。

本展は工学院大学図書館の今和次郎コレクションに所蔵される膨大かつ多彩な資料の中から、スケッチ、写真、建築・デザイン図面等を展示する他、本展のために制作された模型や再現映像を通して今和次郎のユニークな活動を紹介する初の本格的な回顧展です。





かつて1980年代後半に、作家でイラストレーターの赤瀬川原平氏や建築史家の藤森照信氏などが中心になって、「路上観察学会」というグループが活躍していた頃、今和次郎がその先駆者として復活したのだが、わたしが今和次郎の名前を知ったのはその頃である。

その頃、再刊されたのが『考現学入門』(今和次郎、藤森照信=編、ちくま文庫、1987)である。その後、『日本の民家』(今和次郎、岩波文庫、1989)も再刊されたが、この両者とも、その当時に購入した文庫本を現在でももっている。

今回の展示会では、民俗学研究の一環として民家の調査からはじめた今和次郎が、その後、関東大震災後の東京の「現在」を「観察」することから、「考現学」という学問へと移行していったことがよくわかる内容になっていた。しかも、たんなる「観察」者ではなく、デザインの観点から、現状をただしく認識することから、生活改良へに建築家、デザイナーとして貢献するという姿勢。これは、民俗学者としては柳田国男や宮本常一にもつうじる「経世済民」姿勢が根底にあることを想起させる。

考「古」学に対して考「現」学考古学(archaeology)に対して考現学(modernology)、へえ、なかなか面白いなあ、と思った記憶がある。しかも、考現学というのは今和次郎による造語なのであり、それも大正時代後期の関東大震災後のことだ。きわめてクリエイティブな話ではないか。

1985年に大学を卒業して、よく考えたわけでもなく、偶然の結果から金融系コンサルティング会社にさまよいこんだわたしは、いちばん最初に指導してもらった上司から、いろんなことを学ばせてもらったが、そのなかの一つが「観察」の重要性であった。

もともと生物学志向で自然観察が大好きだったわたしにとって「観察」そのものはきわめて慣れしたんでいたものであったが、産業社会や消費社会の観察というのは、じつは腰を据えて本格的に行ったことは社会人になるまでなかった。人類学のフィールドワークには大学時代から関心はあったが、実地に行ったことはなかったので、会社生活を「参与観察法」で観察するいい機会となったわけだ。

工場視察の話は脇においておくが、流通業界からコンサルティング業界に転進してきたその上司からは、地方出張したらかならず百貨店を観察すべしというアドバイスをもらった。その際は、まず最上階までエレベーターで登ってから、エスカレーターをつかいながらワンフロアごと観察してまわる。どういう配置になっていて、どういうものが売れ筋になっているか、細かくかつ全体をつかむ観察法。そして、何よりも重要なのが、人の流れをみること。

こんな教えをうけていたので、以後、世界中どこにいっても、百貨店に限らず市場などを訪れ、モノ(=商品)と人の流れを「観察」するクセがついてしまったのだが、当時の上司からアドバイスをもらった1980年代後半に、ちょうど時を同じくして『路上観察学会』が大々的に活動していたというわけなのだ。

今和次郎が実行していたのは悉皆調査悉皆(しっかい)というのは、「残らず全部」という意味であり、「観察」対象を、細大漏らさず、コンテクスト(文脈)ごとすべて記録するという人類学の手法の応用である。どうでもいいようなディテールまで「観察」し、「記録」するという姿勢が、大上段ふりかぶってろんじる議論ではなく、具体的なモノをつうじて時代を語らせる技法として、わたしがうけた影響はきわめて大きい。

科学者の冷静な目をとおした「観察」、考現学者の冷静な目をとおした「観察」、両者には共通するものがあると感じる。写真ではなくスケッチを多用した点も、自然科学出身の梅棹忠夫とも共通するものがあるような気もする。梅棹忠夫は、写真よりもスケッチのほうが対象とをより正確に捉える点において優っていると語っているが、今和次郎の場合もおそらく同じような考えがあったのだろう。

しかも、今和次郎は、ただたんに目の前にある現象を見つめるだけではなく現象の背後にある歴史も見つめていたようだ。おそらくその点が、90年後の現在においても古さをまったく感じさせない点ではかなろうか。

とくに、今回この展示会をみてつよく印象を受けたのが、新婚家庭の室内を調査し記録である。調査対象者の協力を得て、新居のなかにあるものを、間取りから装飾品や持ち物まですべてを細大漏らさず記録した手書きのペーパーである。1980年代に大活躍していた、舞台演出家でグラフィックデザイナーの妹尾河童(せのお・かっぱ)氏の室内イラストレーションのような印象を受けるものでもある。

この調査手法は、家電メーカーなどが行っている調査手法の先駆的存在となっていることに気がつかされるのだ。TVの企画で「お宅にお邪魔します」というものが、かなり以前から定番となっているが、すでに成熟した先進国で、モノに対する欲望の減退している日本とは違って、新興国の中国やインドで行われている調査では大いに効果を発揮しているようだ。

これぞまさに考現学。現在そのものを「観察」し、「記録」することで、ディテールと同時に全体像もつかむ観察法なのだ。

そんな現代的でもある「考現学」という学問を立ち上げた今和次郎の回顧展である。企業ミュージアムの企画展であるが、企業色は全面に出ていないのが好感される。

今和次郎という名前を聞いたことがない人もぜひ、訪れてみてほしいと思う。会場のパナソニック汐留ミュージアムは、新橋駅からも近いので、仕事の移動中にちょっと立ち寄ってみるのもいいと思う。

なお、展覧会のカタログは会場外でも出版ルートに乗っているので、展覧会にいく時間のとれない人も、カタログは入手する価値があるといっておこう。







<ブログ内関連記事>

「信仰と商売の両立」の実践-”建築家” ヴォーリズ
・・松下電工ミュージアム(現在のパナソニック汐留ミュージアム)で開催された展覧会を機に書いた記事

「幕末の探検家 松浦武四郎と一畳敷 展」(INAXギャラリー)に立ち寄ってきた・・これまたインテリア関連の企業が運営するギャラリー

書評 『梅棹忠夫 語る』(小山修三 聞き手、日経プレミアシリーズ、2010)
・・「観察」とスケッチについて、今和次郎の考えと比較してみるのも面白い

書評 『ひらめきをのがさない! 梅棹忠夫、世界の歩き方』(小長谷有紀・佐藤吉文=編集、勉誠出版、2011)







(2012年7月3日発売の拙著です)









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2012年2月3日金曜日

「GRIPS・JBIC Joint Forum"After Fire and Flood: Thailand's Prospects"」と題したタイの政治経済にかんする公開セミナーに参加してきた(2012年2月2日)


昨日(2012年2月2日)、政策研究大学院大学(GRIPS)で開催された「GRIPS・JBIC Joint Forum"After Fire and Flood: Thailand's Prospects"」と題した公開セミナーに参加してきた。JBIC は日本の国際協力銀行のことである。

セミナーのタイトルは "After Fire and Flood" と、F ではじまる英単語で頭韻を踏んでいるが、それぞれ、2010年のバンコク市街戦と、2011年の大洪水のことを指している。テーマは、現在のタイの政治経済についてである。講演者は、英国人のクリス・ベーカー博士とタイ人のパースック博士。タイ研究の世界では知らない人のいない著名人である。

ふたりの共著『タイ国-近現代の経済と政治-』(北原淳/野崎明/日タイセミナー 訳、刀水書房、2006) という大著が日本語にも翻訳されているほか、英文で数多くの著書が出版されている。

また、パースック博士の著書のうち、『マッサージ・ガール-タイの経済開発と社会変化-』(パスク・ポンパイチット、田中紀子訳、同文舘出版、1990)『タイの経済発展とインフォーマル・セクター (ASEAN等現地研究シリーズ)』(パスク・ポンパイチット/糸賀滋=編集、アジア経済研究所、1997)が日本語訳されている。

一方、英国人のクリス・ベーカー氏は、タイで何か問題が起きる度にTVのコメンテーターとして意見を述べているので、英語で情報収集をしている関係者は、顔を見たことはあるはずだろう。パースック博士は今回はじめて見たが、優しい声できれいな英語をしゃべる方であった。

公開セミナーの概要についてはJBICの公式サイトに掲載されているので、そのまま引用させていただこう。


国際協力銀行(JBIC)は、国立大学法人政策研究大学院大学の協力を得て、2012年2月2日(木曜日)に、「GRIPS・JBIC Joint Forum"After Fire and Flood: Thailand's Prospects"」と題した公開セミナーを開催いたします。
 タイは、日本人にとって最も親しみのある国のひとつです。また、多くの日本企業にとって有望な進出先であり、自動車、電機・電子、精密機械、食品加工などの分野で長年にわたり直接投資が行われています。
 一方、2011年後半には、タイを襲った洪水が甚大な被害をもたらしました。このため、自然災害などに対して堅固な国土の整備・開発の重要性への認識が高まっており、とりわけ都市や広域のインフラ整備とそのためのファイナンスが新たな課題となっています。
 こうした経済面での新たな課題に加え、2011年8月のインラック政権発足後も、タイ国内ではタクシン派と反タクシン派との対立を背景とする政治問題が存在しています。
このような背景から、タイの政治と経済の将来展望を得る試みの一環として、当該分野の研究業績により国際的にも極めて高い評価を得ている研究者をお招きし、公開セミナーを開催致します。本セミナーに、是非とも多くの方々にご参加頂きたく、謹んでご案内申し上げます。


1.日時: 2012年2月2日(木曜日) 15時00分~17時00分
2.場所: 政策研究大学院大学 1階 想海樓ホール
3.主催: 株式会社日本政策金融公庫 国際協力銀行(JBIC)
4.協力: 国立大学法人政策研究大学院大学(GRIPS)
5.参加費: 無料
6.使用言語: 英語(英日同時通訳あり)
7.プログラム(予定) 15:00-15:10
ご挨拶  西沢利郎 JBIC 外国審査部長
歓迎の辞  原 洋之介 GRIPS 特別教授
15:10-15:50  共同講演
パースック・ポンパイチット(チュラーロンコン大学教授)
クリス・ベイカー(京都大学東南アジア研究所 外国人研究員)
15:50-16:20  パネルディスカッション
(モデレーター 原 特別教授)
16:20-16:55  質疑応答
16:55-17:00  総括

クリス・ベーカー博士からは政治面、パースック博士からは経済面にかんするプレゼンテーションが行われたが、ビジネスマンの立場からは当然のことながら後者の経済面の話に関心がある。

だが、現在のタイが「middle income gap」、いわゆる「中進国のワナ」にはまって、プラトー(停滞)状態にある以上、政治面でのブレークスルーがないと、経済発展にも支障が生じていることは言うまでもない。政治と経済の両面からポリティカル・エコノミーとして見なければならないのはそのためだ。

フォーラムの内容をすべて紹介することはしないが、わたしにとって印象的だったのは、タイは1997年のIMFショック以降、インフラ投資が十分に行われてこなかったため、2011年の大洪水が、ある意味では「目覚ましコール」になったというパースック博士の指摘である。

実際問題、財政面の限界があるので、どこまで洪水対策に予算が割けるのかわからないし、抜本的な対策を行うためには財政を強化しなくてはならない。そのためには増税も視野に入ってくる。

勅令によって現在7%に据え置かれているV.A.T.(=付加価値税)を、本来の10%に戻すことは、おそらく行われるだろう。現在のタイの首相は、タクシン元首相の妹であるインラックであるが、基本的には経済政策はタクシノミックス(=タクシン経済)を継承しており、経済的不均衡解消策の一環として最低賃金引き上げ策を昨年2011年に導入した。これは同時に、国内需要を拡大策にもなっているので、この状態なら付加価値税を引き上げることは可能だろう。

付加価値税以外、とくに富裕層をターゲットにした資産税やキャピタルゲイン課税を実施するのは、政治的にはきわめて困難であろう。そもそも、相続税も存在しないのがタイである。国会議員の多くが富裕層であることから、富裕層をターゲットにした課税強化はきわめて困難だと考えるのが自然である。

このようなことがわたしの関心であるが、会場から「Xデイ後のタイ」について質問があった。不敬罪(lese majeste)が存在するタイ国内ではタブーな質問であるが、日本国内でかつ学術目的のセミナーであるから、大きな問題はないと思われる。

クリス・ベーカー博士は、「安定要因としての国王の役割は過度に評価されすぎている」として、大きな混乱が起こることはないだろうという回答をされていた。わたしもこの見解には賛成である。おそらく今後は、日本の天皇のように儀礼的な存在となっていくだろうというのがベーカー博士の見解であった。

わたしは、かつてこの二人が共著として書いたタクシンにかんする研究書を通読して、大いに得るものがあった。「Thaksin(Second Edition), Silkworm Books, 2010」 という本で、タイの英文出版社から刊行されている。

わたしが読んだのは2004年の初版だが、この本は十分な発行部数が期待できないと思われるので、日本語訳されることは残念ながらなさそうだ。だが、タクシンの登場を境にタイの政治経済が劇的に変化したことを考えれば、タクシンについてはメディア報道以上の突っ込んだ分析を背景知識として知っておくことは必須である。機会があればこの本もぜひお読みいただきたいと思う。

政策研究大学院大学は今回はじめてなかにはいったが、このようなセミナーは、ぜひ積極的に開催してほしいものである。


(*両博士の発言内容は、英語での発言をわたしの解釈において記したものであり、文責はわたしにあります。同時通訳者がどう日本語訳したかは知りません)









<関連サイト>

GRIPS・JBIC Joint Forum"After Fire and Flood: Thailand's Prospects"(JBIC公式サイト 日本語)

GRIPS・JBIC Joint Forum"After Fire and Flood: Thailand's Prospects"(GRIPS公式サイト 英語)


<講演者プロフィール>

パースック・ポンパイチット (1946~) (Wikipedia 日本語版 略歴)
Chris Baker (writer) (1948~) (Wikipedia 英語版 略歴)


<ブログ内関連記事>

書評 『タイ-中進国の模索-』(末廣 昭、岩波新書、2009)
・・タクシン政権誕生以後の現在のタイをしるうえでの必読書

書評 『消費するアジア-新興国市場の可能性と不安-』(大泉啓一郎、中公新書、2011)-「新興国」を消費市場としてみる際には、国全体ではなく「メガ都市」と「メガリージョン」単位で見よ!
・・経済的不均衡の問題について考えるための好著

『Sufficiency Economy: A New Philosophy in the Global World』(足を知る経済)は資本主義のオルタナティブか?-資本主義のオルタナティブ (2)・・プミポン国王が説いておられる「足るを知る経済」哲学

書評 『国家債務危機-ソブリン・クライシスに、いかに対処すべきか?-』(ジャック・アタリ、林昌宏訳、作品社、2011)-公的債務問題による欧州金融危機は対岸の火事ではない!

「タイ・フェスティバル2010」 が開催された東京 と「封鎖エリア」で市街戦がつづく騒乱のバンコク(2010年5月27日)

「バンコク騒乱」について-アジアビジネスにおける「クライシス・マネジメント」(危機管理)の重要性

「バンコク騒乱」から1周年(2011年5月19日)-書評 『イサーン-目撃したバンコク解放区-』(三留理男、毎日新聞社、2010) 

来日中のタクシン元首相の講演会(2011年8月23日)に参加してきた

バンコクへの渡航は自粛を!-タイの大洪水と今後の製造業立地の方向性について(2011年10月26日)

「緊急企画 日タイ洪水復興セミナー」(JETRO主催 東京)が開催されます(2011年12月9日 入場無料)






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2012年2月1日水曜日

書評 『伝説の灘校教師が教える一生役立つ学ぶ力』(橋本 武、日本実業出版社、2012)-「すぐ役立つことは、すぐ役立たなくなる」!


「すぐ役立つことは、すぐ役立たなくなる」! だからこそ、「一生役立つ学ぶ力」を身につけよう!

小説『銀の匙(さじ)』を3年間かけて読みこむ「スロー・リーディング」という「奇跡の授業」を実践してきた伝説の灘校教師・橋本武の初の語り下ろし。

さすが100歳も生きてきた教師の言うことは、ひとつひとつが納得です。

「まなび」=「あそび」、まさにこれですね!「遊ぶように学ぶ」ことができれば、おのずから知識は血肉となる。疑問をもって自分で調べるクセがつけば、考えるチカラがつく

「スロー・リーディング」で有名になった「奇跡の授業」ですが、同時並行的に一ヶ月に一冊の課題図書があったことも明かされています。つまるところは「熟読×多読」なわけですね。

そして、書くというアウトプットによって身につくのが、「判断力」、「構成力」、「集中力」。そして重要なのは「横道にそれる」こと!

たんなる国語教育法のワクを超えて、生き方の本になっているといっていいでしょう。しかも教訓じみたところがまったくないのは驚きです。すんなりとアタマとココロに沁みてくる内容です。この本を読めば、ほんとうの「まなび」の意味がわかるでしょう。

ああ、こんな先生に教わってみたかった!


<初出情報>

■bk1書評「「すぐ役立つことは、すぐ役立たなくなる」! だからこそ、「一生役立つ学ぶ力」を身につけよう!」投稿掲載(2012年1月31日)
■amazon書評「 「すぐ役立つことは、すぐ役立たなくなる」! だからこそ、「一生役立つ学ぶ力」を身につけよう!」投稿掲載(2012年1月31日)



目 次

はじめに 人は何歳でも学び続けることができる
第1章 「学ぶ」ことは遊ぶこと、「遊ぶ」ことは学ぶこと-再び生徒と向き合って感じた学びの基本
第2章 生きる力、学ぶ楽しさのもととなる国語力-「読む」と「書く」のバランスが肝心
第3章 教えることで見える学びの本質-個性を引き出す子どもたちとのぶつかり合い
第4章 日常にあふれる「学び」「気づき」への横道-未来の大人たちに知っておいてほしいこと
第5章 つまり人生とは学びの連続-100年間積み重ねてきた生きる力の軌跡
特別付録 対談 遠藤周作×橋本武

著者プロフィール  
 
橋本武(はしもと・たけし)  

1912(明治45)年京都府生まれ。2012年に100歳を迎える。1934(昭和9)年に東京高等師範学校(後の筑波大学)を卒業、旧制灘中学校の国語教師となる。小説『銀の匙』を中学3年間かけて読み込むという前代未聞の授業を行い、公立校のすべり止めに過ぎなかった灘校を名門進学校に導く。1984年に退職。退職後は文筆活動を続けながら、いまも地元のカルチャーセンターなどで現役講師として活躍する(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの。



<書評への付記>

昨日(2012年1月31日)、この本を読んだことをフェイスブックに投稿したところ、ひじょうに多くの方々からコメントが寄せられた。

とくに子どもをもつ主婦の方々や教育にかかわっている方々が反応してくださった。なんといっても子ども教育問題ほど関心の高い分野はほかにはないだろう。

国語(=日本語)教育の教材としての『銀の匙』を選択したのは、本書によると、日本の敗戦によって教科書が黒く塗りつぶされて使い物にならなくなったので、いっそのことあたらしい教材をつかって実験してみようというのが動機だったらしい。いわゆる民主化教育とは関係ないようだ。

中高一貫で、いったん教科担任がきまると6年間ずっと変わらないという灘校の教育方針が、ある意味では英国のパブリックスクールのような教育を可能としたのであろう。その結果が、東大合格率ナンバーワンという実績を生み出したのであって、受験校だからというって詰込み教育をおこなっているわけではない。

むしろ、そもそもが潜在能力の高い生徒が入学してくるのだから、内発的動機に火をつけさえできれば、やれと命令しなくても自分たちが主体的に取り組むようになるわけだ。

そして、読んで書くという国語力(=日本語力)がつけば、数学でも理科でも問題を分析し、問題を解決するチカラは自ずからついてくる。英語力もまた同じだ。きわめてまっとうな論理である。

これが「一生役立つ学ぶチカラ」の基礎だというわけなのだ。これを身につけているからこそ、灘校出身者は東大などのトップ大学に進学するだけでなく、東大卒業後もそれぞれユニークな道を歩いて行くことになる。

まさに、「自分で考え、自分で行動し、世界中どこでも通用する人材」の基礎は、じっくりと精読する「スロー・リーディング」と多読とのかけ算にあることがわかる。

巻末に灘校出身の遠藤周作との1974年の対談が再録されているが、橋本先生の人柄がよく引き出された面白い読み物になっている。遠藤周作在学当時の灘校は、自由な校風は変わりないが、けっして進学校ではなかったことは、『落第坊主の履歴書』と題した日本経済新聞の名物連載「私の履歴書」にも書かれていた。

あたらしい取り組みが実を結ぶには、なにごとであれ軌道に乗るには時間がかかるということだ。「スロー・リーディング」の実践もまた、自由な校風であたらしい取り組みがゆるされる環境があってこそのものだったのである。

ちなみに『銀の匙』(中 勘助、岩波文庫、1999改版 単行本初版は岩波書店 1926)は、岩波文庫の緑帯のロングセラーである。「岩波文庫解説」から、簡にして要を得た紹介文を引用させていただこう。

なかなか開かなかった茶箪笥の抽匣(ひきだし)からみつけた銀の匙。伯母さんの無限の愛情に包まれて過ごした日々。少年時代の思い出を中勘助(1885~1965)が自伝風に綴ったこの作品には、子ども自身の感情世界が、子どもが感じ体験したままに素直に描き出されている。漱石が未曾有の秀作として絶賛した名作。改版。(解説=和辻哲郎)

みなさんもぜひ、『銀の匙』を味読していただきたいと思う。







<関連サイト>

・・紀伊国屋梅田本店(大阪)にて開催予定


<ブログ内関連記事>

・・ほんとうのエリート教育は詰め込みではない!









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