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2012年1月27日金曜日

書評 『あんぽん 孫正義伝』(佐野眞一、小学館、2012) -孫正義という「異能の経営者」がどういう環境から出てきたのかに迫る大河ドラマ

孫正義という「異能の経営者」がどういう環境から出てきたのかに迫る大河ドラマ

一気に読み終えた。

まさに佐野眞一にしか書き得ない、中身が熱くて厚い、渾身の一冊だ。

孫正義という日本を代表する「異能の経営者」が、いったいどういう環境から出てきたのか、どのようにして経営者としての突出した個性が形成されたのかに迫った内容だ。だから、ビジネス・ノンフィクションというよりも人物伝と言ったほうがいい。

佐野眞一の人物伝がみなそうであるように、その人物を描くにあたっては「その人物が絶対に見ることのできない背中や内臓から描く」(あとがき)しかないというのが著者の信念である。

孫正義の場合は、日本による植民地支配のなか、朝鮮半島から100年前に日本に来た一族の三世代を描くことによって、はじめて孫正義という存在の意味がわかってくることを、本書を通読することで、読者も腹から納得することになる。

それはまさに、同じく在日韓国人作家の梁石日(ヤン・ソギル)の『血と骨』の世界を思わせる、きわめて「業」(ごう)の深いファミリーの大河ドラマである。

そして、豚の糞尿と密造酒の臭いが充満するような、そこまですさまじいまでの環境からのし上がった人物だからこそ、はげしい事業欲だけでなく、人間の痛みにたいする強い感受性が、同じ孫正義という人物のなかに存在していることも十分に納得されるのである。

本書の雑誌連載中に「3-11」の大地震と大津波、そして原発事故が発生したことは、犠牲者や被災者にとってはたいへん不幸な出来事であったことは言うまでもないが、孫正義という「異能の経営者」がどういう人間なのか、満天下に明らかになったという点においてはまたとない機会となったといえよう。エスタブリッシュメント世界に属する経営者たちの浅ましいまでの言動とは、まさに正反対の姿を示したのが孫正義である。

著者は、昨年56歳で死去したスティーブ・ジョブズの伝記より本書のほうが面白いはずだと豪語しているが、それとは別次元の面白さという意味に限定するべきだろう。

わたしはむしろ、かつてノンフィクション作家・野村進の『コリアン世界の旅』を読み上げたときのカタルシスに近い感情を思い出した。これもまた同じく「在日」の世界を人物中心に描いたノンフィクション作品である。

本書は、ある在日ファミリーを中心に描いた、玄界灘を挟んで対岸にある朝鮮半島と北九州との関係から描いたこの100年間の「日韓近代史」といってもよい。

生き地獄のようなフィリピン戦線から生還し、戦後大衆消費社会を実現させた実業家・中内功、戦後日本社会の実験場となった満洲、そして戦後日本のつけが集約されてきた沖縄。これまで佐野眞一が描いてきた戦後日本を扱ったノンフィクションを列挙してみると、ついに朝鮮半島についても書くことになったのかという感慨も抱く。

孫正義本人は言うまでもなく、孫正義以上に個性的なその父親にも、親族にも、関係者にも、日本国内だけではなく韓国にまで赴いて、執拗に、かつ徹底的に迫ったインタビューと調査から生まれたのがこの一冊だ。だまされたと思って、ぜひ手にとってほしいと思う。読み出したらやめられなくなるはずだ。



<初出情報>

■bk1書評「孫正義という「異能の経営者」がどういう環境から出てきたのかに迫る大河ドラマ」投稿掲載(2012年1月25日)
■amazon書評 「孫正義という「異能の経営者」がどういう環境から出てきたのかに迫る大河ドラマ」 投稿掲載(2012年1月26日)



目 次

孫家の家系図・孫正義略年表
第1章 孫家三代海峡物語
第2章 久留米から米西海岸への「青春疾走」
第3章 在日アンダーグラウンド
第4章 ソフトバンクの書かれざる一章
第5章 「脱原発」のルーツを追って
第6章 地の底が育てた李家の「血と骨」
第7章 この男から目が離せない
あとがき
主要参考文献

著者プロフィール

佐野眞一(さの・しんいち)

1947年、東京生まれ。早稲田大学文学部を卒業後、出版社勤務を経てノンフィクション作家に。1997年『旅する巨人宮本常一と渋沢敬三』で第28回大宅壮一ノンフィクション賞を受賞。2009年『甘粕正彦 乱心の曠野』で第31回講談社ノンフィクション賞を受賞(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)。


PS 2014年9月に小学館文庫から文庫化

「文庫版では、本誌取材チームの一人であるノンフィクションライター・安田浩一氏の解説を収録。「取材舞台裏」と「佐野眞一論」が綴られる」、とのことだ。(2014年9月8日 記す)



<書評への付記>

孫正義が経営者としての能力だけで評価されないのは、日本社会におけるそのアイデンティティにある。そしてある種の日本人のパーセプションに起因するものである。

あえて日本国籍取得と同時に韓国人の姓である「孫」を名乗ることにしたという、過剰なまでの意思表示、強固なまでの意志のつよさが、ある種の日本人には挑発とうつり、冷静な評価を妨げている原因の一つともなっているのかもしれない。

そうでなくても、旺盛な事業欲とうらはらの綱渡り経営、ほら吹きすれすれの理想主義を説く「革命家」である。

1957年生まれで現在55歳の孫正義は、スティーブ・ジョブズ、ビル・ゲイツといったITで世界を変えてきた経営者たちと同世代である。

かつて「虚業家」とさえ批判されたことのある孫正義も、ライバルたちが次から次へと消えてゆくなか、ほとんど唯一といったカタチで生き残っている、その息の長さには驚くばかりである。

まだ老人ではないとはいえ、中国共産党の政治家・周恩来について言われた「不倒翁」というコトバを思い出す。まだまだ先頭をきって走り続けてもらいたいものだ。


マイノリティとして生きることの意味

在日韓国・朝鮮人として生きるということは、ある意味ではキリスト教世界に生きるユダヤ人にもつうじるものがある。共通するのは社会におけるマイノリティ(=少数民族)であるということだ。

わたしがまっさきに思い出すのは、ユダヤ思想家レオ・ベックのコトバだ。以前、『ユダヤ教の本質』(レオ・ベック、南満州鉄道株式会社調査部特別調査班、大連、1943)-25年前に卒論を書いた際に発見した本から・・・と題して書いたブログ記事に引用しているが、あえてここに再録しておこう。

踏みひしがれた人や喧嘩に負けた犬は、自然自らを頼りとするに至る。さもなくば滅亡あるのみであろう。しかし、彼が世界の真中に立っている限り、自分自身をのみ知り、かつ眺めるために、閉込められた自己自身の観念にのみ生きるは不可能である。これができるのは権威の嗣子(しし)にのみ許された特権である。
更にユダヤ人は常に少数者であった。少数者はとかく思索に耽りがちであるが、これが彼等の不運が与えた賜物(たまもの)である。彼等は闘争と思索とによってしばしば真理の認識を新にさせられた。


『ユダヤ教の本質』(レオ・ベック)の「第1章 ユダヤ教の性格 第1節・統一と発展」から抜き書きしたものだ。やや古めかしい日本語なのは、戦前に南満州鉄道株式会社、いわゆる満鉄から満洲の大連で出版されたものだからだ。

ケンカが強くなければ、アタマで勝負するしかない。孫正義は、後者の道を選んだのであり、その父親がまた息子の特性をよくつかみ、ある種の英才教育をほどこしたことが本書には詳述されている。

民族性に還元する議論はあまり意味はない。人間は置かれている環境と生存条件によって、人間は徹底的に鍛えられるということを示した一つの事例として、孫正義のケースも考えるべきだろう。


佐野眞一の「近代日本」関連著作

「生き地獄のようなフィリピンの戦地から生還し戦後大衆消費社会を実現させた実業家・中内功、戦後日本社会の実験場となった満洲、そして戦後日本のつけが集約されてきた沖縄」と書評に書いたが、「戦後日本」を描くには「戦前日本」を押さえた上でなければ意味はない。

その意味で、満洲について多数書いてきた佐野眞一がようやく朝鮮半島ものを書いたか、という感想をもつわけである。

『阿片王-満州の夜と霧-』 (佐野眞一、新潮社、2005 現在は、新潮文庫、2008)、『甘粕正彦-乱心の曠野-』(佐野眞一、新潮社、2008 現在は、新潮文庫、2010)といった作品がそれに該当する。

佐野眞一は、『あんぽん 孫正義伝』の取材で、30数年ぶりに韓国に渡航したと書いているが、満洲については深く突っ込んだ取材をしてきながら、朝鮮半島については書いてこなかったのはじつに不思議なことに思える。

佐野眞一には、今後さらに朝鮮半島について書いてほしいものである。そしてまだ台湾を主題にしたノンフィクションはないと思う。ぜひ、取り組んでいただきたいものと思う。


<関連サイト>

『血と骨』映画版トレーラー(YouTube) 2004年製作
・・原作:梁石日監督:崔洋一、出演:北野武、鈴木京香、新井浩文、田畑智子、オダギリジョー


『コリアン世界の旅』(野村進、講談社、1997 現在は、講談社文庫 2009)
・・在日コリアンの世界を人物を中心に描いた傑作ノンフィクションである



「自殺しようかと思うぐらい悩んだ。それぐらい差別というのはつらい」 孫正義インタビュー(3) (大西孝弘、日経ビジネスオンライン、2015年7月17日)
・・ビジネス書 『孫正義の焦燥』(日経BP社、2015)には集録されなかったインタビュー



(2015年7月17日 情報追加)


<ブログ内関連記事>

佐野眞一氏関連

書評 『私の体験的ノンフィクション術』(佐野眞一、集英社新書、2001)-著者自身による作品解説とノンフィクションのつくり方

「沖縄復帰」から40年-『沖縄 だれにも書かれたくなかった戦後史』(佐野眞一、集英社、2008)を読むべし!

書評 『津波と原発』(佐野眞一、講談社、2011)-「戦後」は完全に終わったのだ!
・・「3-11」で「戦後」は終わった。リセットされたのだと納得させられる本


孫正義氏とエスニック・マイノリティ関連

「自然エネルギー財団」設立に際して示した、ソフトバンク孫正義氏の 「使命」、「ビジョン」、「バリュー」・・・

「龍馬精神」(ロンマー・チンシャン)
・・孫正義といえば『竜馬がゆく』(司馬遼太郎)。日本人離れした坂本龍馬に惹かれる気持ちはよく理解できる

ひさびさに宋文洲さんの話をライブで聞いてきた!-中国人の「個人主義」について考えてみる
・・在日中国人の宋文洲もまた、実績を出した経営者。ユニークな言動には耳を傾けたい

世の中には「雑学」なんて存在しない!-「雑学」の重要性について逆説的に考えてみる
・・ビジネスノンフィクションではない『あんぽん 孫正義伝』では一度も登場しないが、孫正義が米国に留学する前に「コンピュータが有望だ」と示唆したのが「銀座のユダヤ人」という異名をもっていた日本マクドナルド社長・藤田田(ふじた・でん)。彼が強調してやまなかった「雑学」について書いてみた

書評 『フェイスブック 若き天才の野望-5億人をつなぐソーシャルネットワークはこう生まれた-』(デビッド・カークパトリック、滑川海彦 / 高橋信夫訳、日経BP社、2011)
・・フェイスブックで「世界を変える」ユダヤ系米国人のザッカーバーグもまた「革命家」の一人

書評 『グーグル秘録-完全なる破壊-』(ケン・オーレッタ、土方奈美訳、文藝春秋、2010)-単なる一企業の存在を超えて社会変革に向けて突き進むグーグルとはいったい何か?
・・スタンフォード大学の工学系大学院から生まれたグーグル
・・グーグルの二人の共同創業経営者のユダヤ系米国人たちもまた「革命家」

エスニシティからアメリカ社会を読み解く-フェイスブック創業者ザッカーバーグというユダヤ系米国人と中国系米国人のカップルが写った一枚の結婚写真から

(2014年2月14日、8月22日、12月27日 情報追加)



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