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2012年1月28日土曜日

玉川大学の 「植物工場研究施設」と「宇宙農場ラボ」を見学させていただいた-一般的な「植物工場」との違いは光源がLEDであること!



本日(2012年1月28日)、玉川大学の 「植物工場研究施設」と「宇宙農場ラボ」を見学させていただきました。教育諮問委員を拝命していることもあって、見学をお願いしていたところ、本日ようやくその願いが実現したというわけです。

玉川大学農学部で研究開発がすすんでいるのは、「LED(=発光ダイオード)を光源にした植物工場」。これは世界最先端の技術です。現在は、先端技術の化研究開発施設である Future Sci Tech Lab で研究開発中です。  

最近のニュースとしては、通常タイプの「植物工場」が「3-11」の被災地でも導入されています。津波による塩害や原発事故による放射能によって、農地が使用できなくなってしまっているためです。このケースでは従来型の太陽光を光源として利用するタイプです。

玉川大学の「植物工場」が、一般的な「植物工場」となにがどう違うかというと、光源にLEDを使用することによって、より計画的、安定的な「農業の工業化」を推進することができることにあります。

太陽光はコストゼロの無料のエネルギー源ですが、いかんせん気象条件や気象状況によって左右されがちという欠点があります。東北地方の太平洋側は、豪雪地帯の日本海側と比べると比較的、天気は安定していますが、それでも一年365日をとおして、一日24時間をとおして一定しているわけではありません(・・もちろん夜間は日は照りません)。

これを技術的に解決しようというのが、LEDを光源として利用する「植物工場」なわけです。

玉川大学のウェブサイトに解説があるので引用しておきましょう。


植物工場研究施設では、都心のビルでも地下室でも作物が栽培できる新しい農業技術の開発をめざし、無農薬で安全な作物生産の実証実験を行います。またそれを広く紹介するための情報発信施設の役割を担います。室内には多段式水耕栽培システムを設置し、植物栽培用に新しく開発したダイレクト水冷型ハイパワーLEDパネルを光源にして、レタス、サラダナ、イチゴ、トマトなどの栽培実験を行います。宇宙農場ラボでは、宇宙ステーションや惑星基地において作物を栽培できるシステム開発を行います。ここでは植物にとって擬似的な無重力状態を作り出す栽培装置や、減圧下での水耕栽培システムを設置し、仮想宇宙空間での作物栽培実験を行います。

"LED" で育てる新しい農業のかたち
 新しい農業の形として植物工場が注目されています。天候に左右されず、効率的かつ安全に作物を生産するこのシステムは、食料不足が予想される将来、世界的に必要不可欠な技術と考えられています。現在、蛍光灯や高圧ナトリウムランプを光源とした植物工場が提案されていますが、植物工場研究施設では、世界で初めてダイレクト水冷システムを導入したハイパワーLEDを主光源としたシステムを構築しました。これは波長制御がしやすいというLEDの特長を活かしながら、きわめて高い光出力とLEDチップの耐久性を両立させた技術であり、LEDの特長を植物工場にうまくフィットさせた実用的なシステムといえます。

 植物工場における要素技術は、宇宙空間での食料生産を可能とする宇宙農場を実用化する技術でもあります。「宇宙農場ラボ」と名付けた実験室では、宇宙ステーションや火星などの惑星基地での食料生産をめざし、LEDを光源とした擬似的な無重力条件での植物栽培実験や、大気圧の十分の一以下の低圧下で植物の生育を可能とする栽培システムの開発を行い、宇宙空間での作物栽培をめざした研究を推進します。


また、"LED" で育てる新しい農業のかたち(学術研究所生物機能開発研究センター 農学部生命化学科 渡邊博之教授)という記事もたいへん参考になります。

本日は、その渡辺教授にもお時間をいただいて、いろいろ質問させていただきました。

お話のなかで印象が強かったのが、LEDは家庭用の照明器具むけとしてはさておき、工業用として使うにはいろいろと問題があるようですね。LEDは発する熱を冷却するために、風冷方式や水冷方式を採用したとのことです。

LEDの技術的な問題が、ようやくクリアできてきたそうですが、最初に取り組み初めてから、ここまでくるのに20年近くもかかったとのこと。

ちなみにこのレタス、収穫されてから3日のものですが味はいいですよ。3週間は長持ちする(!)とのことです。クリーンルームでの水耕栽培ですから、害虫や病気の心配もないのが「植物工場」で収穫された野菜です。

豪雪のため日照時間の短い冬期の日本海側や、高緯度のため冬期の日照時間の短い英国や北欧などの地域(・・南半球も同様)では、新鮮な野菜を供給することができるシステムとして、LED利用の植物工場が有望ではないかと質問したところ、実際に日本でも東北地方のある県で取り組みが始まっているという答えをいただきました。

富士山噴火による噴煙が関東平野を覆う事態も「想定内」に入ってきています。日照時間が短くなる事態に備えて、LED型植物工場の普及は、いまや喫緊の課題ですね!

わたし自身は植物工場のビジネスに直接かかわっているわけではありませんが、もともと小学生の頃から野菜づくりをやっていたことや、大学での専攻は本来は生物学にするつもりだったので「植物工場」には多大な興味をもっています。

技術(テクノロジー)によって社会問題の解決を行うとともに、ビジネスとしても両立することになれば、「農業の工業化」は、たいへん頼もしい技術開発といえますね。

まだ、量産化の段階には入ってませんが、そのメドがついてきたということでたいへん楽しみな話です。今後も要注目の技術開発ですね。





PS 玉川大学のLED農園「サイテックファーム」が完成

2013年1月26日にLED農園「サイテックファーム」(Sci Tech Farm TN Produce)を見学してきた。いよいよ研究段階から量産段階に入ってきた。
2月1日から小田急沿線にあるスーパーマーケット小田急OXでレタスの販売開始であるという。乞うご期待。 (2013年1月27日 記す)

⇒ 東京都・玉川大学などがLEDの光で栽培した未来のレタスが発売開始 (マイナビ、2012年12月13日)



<関連サイト>

拝見、最新式「植物工場」-人工の光と水と土で安心な野菜づくり (PRESIDENT 2013年2月4日号)

スマートアグリ先進国 オランダ式「強い農業」を学べ(動画 ワールドビジネスサテライト 2013年7月18日放送)

安倍首相も驚いたオランダ植物工場-半世紀の貿易競争で磨いた強さの秘訣 (日経ビジネスオンライン、2014年5月12日)



<ブログ内関連記事>

書評 『植物工場ビジネス-低コスト型なら個人でもできる-』(池田英男、日本経済新聞出版社、2010)

三度目のミャンマー、三度目の正直 (3) インレー湖のトマトがうまい理由(わけ)・・屋外天然の水耕栽培なのだ!(インレー湖 ②)



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2012年1月27日金曜日

書評 『あんぽん 孫正義伝』(佐野眞一、小学館、2012) -孫正義という「異能の経営者」がどういう環境から出てきたのかに迫る大河ドラマ

孫正義という「異能の経営者」がどういう環境から出てきたのかに迫る大河ドラマ

一気に読み終えた。

まさに佐野眞一にしか書き得ない、中身が熱くて厚い、渾身の一冊だ。

孫正義という日本を代表する「異能の経営者」が、いったいどういう環境から出てきたのか、どのようにして経営者としての突出した個性が形成されたのかに迫った内容だ。だから、ビジネス・ノンフィクションというよりも人物伝と言ったほうがいい。

佐野眞一の人物伝がみなそうであるように、その人物を描くにあたっては「その人物が絶対に見ることのできない背中や内臓から描く」(あとがき)しかないというのが著者の信念である。

孫正義の場合は、日本による植民地支配のなか、朝鮮半島から100年前に日本に来た一族の三世代を描くことによって、はじめて孫正義という存在の意味がわかってくることを、本書を通読することで、読者も腹から納得することになる。

それはまさに、同じく在日韓国人作家の梁石日(ヤン・ソギル)の『血と骨』の世界を思わせる、きわめて「業」(ごう)の深いファミリーの大河ドラマである。

そして、豚の糞尿と密造酒の臭いが充満するような、そこまですさまじいまでの環境からのし上がった人物だからこそ、はげしい事業欲だけでなく、人間の痛みにたいする強い感受性が、同じ孫正義という人物のなかに存在していることも十分に納得されるのである。

本書の雑誌連載中に「3-11」の大地震と大津波、そして原発事故が発生したことは、犠牲者や被災者にとってはたいへん不幸な出来事であったことは言うまでもないが、孫正義という「異能の経営者」がどういう人間なのか、満天下に明らかになったという点においてはまたとない機会となったといえよう。エスタブリッシュメント世界に属する経営者たちの浅ましいまでの言動とは、まさに正反対の姿を示したのが孫正義である。

著者は、昨年56歳で死去したスティーブ・ジョブズの伝記より本書のほうが面白いはずだと豪語しているが、それとは別次元の面白さという意味に限定するべきだろう。

わたしはむしろ、かつてノンフィクション作家・野村進の『コリアン世界の旅』を読み上げたときのカタルシスに近い感情を思い出した。これもまた同じく「在日」の世界を人物中心に描いたノンフィクション作品である。

本書は、ある在日ファミリーを中心に描いた、玄界灘を挟んで対岸にある朝鮮半島と北九州との関係から描いたこの100年間の「日韓近代史」といってもよい。

生き地獄のようなフィリピン戦線から生還し、戦後大衆消費社会を実現させた実業家・中内功、戦後日本社会の実験場となった満洲、そして戦後日本のつけが集約されてきた沖縄。これまで佐野眞一が描いてきた戦後日本を扱ったノンフィクションを列挙してみると、ついに朝鮮半島についても書くことになったのかという感慨も抱く。

孫正義本人は言うまでもなく、孫正義以上に個性的なその父親にも、親族にも、関係者にも、日本国内だけではなく韓国にまで赴いて、執拗に、かつ徹底的に迫ったインタビューと調査から生まれたのがこの一冊だ。だまされたと思って、ぜひ手にとってほしいと思う。読み出したらやめられなくなるはずだ。



<初出情報>

■bk1書評「孫正義という「異能の経営者」がどういう環境から出てきたのかに迫る大河ドラマ」投稿掲載(2012年1月25日)
■amazon書評 「孫正義という「異能の経営者」がどういう環境から出てきたのかに迫る大河ドラマ」 投稿掲載(2012年1月26日)



目 次

孫家の家系図・孫正義略年表
第1章 孫家三代海峡物語
第2章 久留米から米西海岸への「青春疾走」
第3章 在日アンダーグラウンド
第4章 ソフトバンクの書かれざる一章
第5章 「脱原発」のルーツを追って
第6章 地の底が育てた李家の「血と骨」
第7章 この男から目が離せない
あとがき
主要参考文献

著者プロフィール

佐野眞一(さの・しんいち)

1947年、東京生まれ。早稲田大学文学部を卒業後、出版社勤務を経てノンフィクション作家に。1997年『旅する巨人宮本常一と渋沢敬三』で第28回大宅壮一ノンフィクション賞を受賞。2009年『甘粕正彦 乱心の曠野』で第31回講談社ノンフィクション賞を受賞(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)。


PS 2014年9月に小学館文庫から文庫化

「文庫版では、本誌取材チームの一人であるノンフィクションライター・安田浩一氏の解説を収録。「取材舞台裏」と「佐野眞一論」が綴られる」、とのことだ。(2014年9月8日 記す)



<書評への付記>

孫正義が経営者としての能力だけで評価されないのは、日本社会におけるそのアイデンティティにある。そしてある種の日本人のパーセプションに起因するものである。

あえて日本国籍取得と同時に韓国人の姓である「孫」を名乗ることにしたという、過剰なまでの意思表示、強固なまでの意志のつよさが、ある種の日本人には挑発とうつり、冷静な評価を妨げている原因の一つともなっているのかもしれない。

そうでなくても、旺盛な事業欲とうらはらの綱渡り経営、ほら吹きすれすれの理想主義を説く「革命家」である。

1957年生まれで現在55歳の孫正義は、スティーブ・ジョブズ、ビル・ゲイツといったITで世界を変えてきた経営者たちと同世代である。

かつて「虚業家」とさえ批判されたことのある孫正義も、ライバルたちが次から次へと消えてゆくなか、ほとんど唯一といったカタチで生き残っている、その息の長さには驚くばかりである。

まだ老人ではないとはいえ、中国共産党の政治家・周恩来について言われた「不倒翁」というコトバを思い出す。まだまだ先頭をきって走り続けてもらいたいものだ。


マイノリティとして生きることの意味

在日韓国・朝鮮人として生きるということは、ある意味ではキリスト教世界に生きるユダヤ人にもつうじるものがある。共通するのは社会におけるマイノリティ(=少数民族)であるということだ。

わたしがまっさきに思い出すのは、ユダヤ思想家レオ・ベックのコトバだ。以前、『ユダヤ教の本質』(レオ・ベック、南満州鉄道株式会社調査部特別調査班、大連、1943)-25年前に卒論を書いた際に発見した本から・・・と題して書いたブログ記事に引用しているが、あえてここに再録しておこう。

踏みひしがれた人や喧嘩に負けた犬は、自然自らを頼りとするに至る。さもなくば滅亡あるのみであろう。しかし、彼が世界の真中に立っている限り、自分自身をのみ知り、かつ眺めるために、閉込められた自己自身の観念にのみ生きるは不可能である。これができるのは権威の嗣子(しし)にのみ許された特権である。
更にユダヤ人は常に少数者であった。少数者はとかく思索に耽りがちであるが、これが彼等の不運が与えた賜物(たまもの)である。彼等は闘争と思索とによってしばしば真理の認識を新にさせられた。


『ユダヤ教の本質』(レオ・ベック)の「第1章 ユダヤ教の性格 第1節・統一と発展」から抜き書きしたものだ。やや古めかしい日本語なのは、戦前に南満州鉄道株式会社、いわゆる満鉄から満洲の大連で出版されたものだからだ。

ケンカが強くなければ、アタマで勝負するしかない。孫正義は、後者の道を選んだのであり、その父親がまた息子の特性をよくつかみ、ある種の英才教育をほどこしたことが本書には詳述されている。

民族性に還元する議論はあまり意味はない。人間は置かれている環境と生存条件によって、人間は徹底的に鍛えられるということを示した一つの事例として、孫正義のケースも考えるべきだろう。


佐野眞一の「近代日本」関連著作

「生き地獄のようなフィリピンの戦地から生還し戦後大衆消費社会を実現させた実業家・中内功、戦後日本社会の実験場となった満洲、そして戦後日本のつけが集約されてきた沖縄」と書評に書いたが、「戦後日本」を描くには「戦前日本」を押さえた上でなければ意味はない。

その意味で、満洲について多数書いてきた佐野眞一がようやく朝鮮半島ものを書いたか、という感想をもつわけである。

『阿片王-満州の夜と霧-』 (佐野眞一、新潮社、2005 現在は、新潮文庫、2008)、『甘粕正彦-乱心の曠野-』(佐野眞一、新潮社、2008 現在は、新潮文庫、2010)といった作品がそれに該当する。

佐野眞一は、『あんぽん 孫正義伝』の取材で、30数年ぶりに韓国に渡航したと書いているが、満洲については深く突っ込んだ取材をしてきながら、朝鮮半島については書いてこなかったのはじつに不思議なことに思える。

佐野眞一には、今後さらに朝鮮半島について書いてほしいものである。そしてまだ台湾を主題にしたノンフィクションはないと思う。ぜひ、取り組んでいただきたいものと思う。


<関連サイト>

『血と骨』映画版トレーラー(YouTube) 2004年製作
・・原作:梁石日監督:崔洋一、出演:北野武、鈴木京香、新井浩文、田畑智子、オダギリジョー


『コリアン世界の旅』(野村進、講談社、1997 現在は、講談社文庫 2009)
・・在日コリアンの世界を人物を中心に描いた傑作ノンフィクションである



「自殺しようかと思うぐらい悩んだ。それぐらい差別というのはつらい」 孫正義インタビュー(3) (大西孝弘、日経ビジネスオンライン、2015年7月17日)
・・ビジネス書 『孫正義の焦燥』(日経BP社、2015)には集録されなかったインタビュー



(2015年7月17日 情報追加)


<ブログ内関連記事>

佐野眞一氏関連

書評 『私の体験的ノンフィクション術』(佐野眞一、集英社新書、2001)-著者自身による作品解説とノンフィクションのつくり方

「沖縄復帰」から40年-『沖縄 だれにも書かれたくなかった戦後史』(佐野眞一、集英社、2008)を読むべし!

書評 『津波と原発』(佐野眞一、講談社、2011)-「戦後」は完全に終わったのだ!
・・「3-11」で「戦後」は終わった。リセットされたのだと納得させられる本


孫正義氏とエスニック・マイノリティ関連

「自然エネルギー財団」設立に際して示した、ソフトバンク孫正義氏の 「使命」、「ビジョン」、「バリュー」・・・

「龍馬精神」(ロンマー・チンシャン)
・・孫正義といえば『竜馬がゆく』(司馬遼太郎)。日本人離れした坂本龍馬に惹かれる気持ちはよく理解できる

ひさびさに宋文洲さんの話をライブで聞いてきた!-中国人の「個人主義」について考えてみる
・・在日中国人の宋文洲もまた、実績を出した経営者。ユニークな言動には耳を傾けたい

世の中には「雑学」なんて存在しない!-「雑学」の重要性について逆説的に考えてみる
・・ビジネスノンフィクションではない『あんぽん 孫正義伝』では一度も登場しないが、孫正義が米国に留学する前に「コンピュータが有望だ」と示唆したのが「銀座のユダヤ人」という異名をもっていた日本マクドナルド社長・藤田田(ふじた・でん)。彼が強調してやまなかった「雑学」について書いてみた

書評 『フェイスブック 若き天才の野望-5億人をつなぐソーシャルネットワークはこう生まれた-』(デビッド・カークパトリック、滑川海彦 / 高橋信夫訳、日経BP社、2011)
・・フェイスブックで「世界を変える」ユダヤ系米国人のザッカーバーグもまた「革命家」の一人

書評 『グーグル秘録-完全なる破壊-』(ケン・オーレッタ、土方奈美訳、文藝春秋、2010)-単なる一企業の存在を超えて社会変革に向けて突き進むグーグルとはいったい何か?
・・スタンフォード大学の工学系大学院から生まれたグーグル
・・グーグルの二人の共同創業経営者のユダヤ系米国人たちもまた「革命家」

エスニシティからアメリカ社会を読み解く-フェイスブック創業者ザッカーバーグというユダヤ系米国人と中国系米国人のカップルが写った一枚の結婚写真から

(2014年2月14日、8月22日、12月27日 情報追加)



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2012年1月22日日曜日

岩波写真文庫から1958年にでた梅棹忠夫監修の 『タイ』 と 『インドシナの旅』は、『東南アジア紀行』をブログ版としたようなものだ



岩波写真文庫から1958年にでた梅棹忠夫監修の 『タイ』 と 『インドシナの旅』は、『東南アジア紀行』のブログ版のようなものだ。つい最近、この2冊を古書として入手することができた。

現在でも文庫版で読める『東南アジア紀行 上下』には、残念ながら写真が文庫カバーのカラー写真2枚しかない。『東南アジア紀行 上下』(梅棹忠夫、中公文庫、1979 単行本初版 1964) は、"移動図書館" 実行の成果!-梅棹式 "アタマの引き出し" の作り方の実践でもある』 を参照。

梅棹忠夫と大阪市立大学による「東南アジア探検」で撮影された写真の一部は、昨年(2011年)出版された  『ひらめきをのがさない! 梅棹忠夫、世界の歩き方』(小長谷有紀・佐藤吉文=編集、勉誠出版、2011) に収録されているが、調査探検のあとに国民への報告の一環として行われた講演会以外では、この岩波写真文庫での公開が数少ない例外であったようだ。

 『タイ』は正式タイトルは『タイー学術調査-』(梅棹忠夫=監修、大阪市立大学東南アジア学術調査隊=写真、岩波書店、1958)、『インドシナの旅』は『インドシナの旅-カンボジア・ベトナム・ラオス-』(梅棹忠夫=監修、大阪市立大学東南アジア学術調査隊=写真、岩波書店、1958)である。

いずれも総頁数は64頁の小冊子で、最初のページから最後のページまでびっしりと写真が収録されている。

写真につけられた簡潔なキャプションは、現代でいえばブログの文章そのものといっていいだろか。逆に言うと、現在のブログ記事の構造そのものといっていいだろう。

フィールドワークで写真を撮影し、その場で文章で簡単なコメントを書いておく。写真の情報量はきわめて多いので、写真を撮影することじたいが情報生産である。それを知的生産にまでたかめる第一歩が、写真にコメントする作業である。

「思想はつかうべきものである。思想は論ずるためだけにあるのではない」(「アマチュア思想家宣言」『思想の科学』1954年)と主張し、カメラで写真を撮るように思想を論ずるべきだと説いた梅棹忠夫の「思想」の実践そのものといっていいだろう。




これは、タイの首都バンコク近郊のクリーク(水路)の写真とその説明文だが、観光用ではないこういったクリークが1958年にはまだ存在したわけだ。

文字としての記録はもちろん重要だが、たとえモノクロでサイズの小さな写真であっても、画像のもつ情報量は文字とはケタ違いである。いまから50年以上前の東南アジアを写真でみると、変化していないものと、まったく変化してしまっているものとがわかってじつに面白い。

出版社が違うから難しいかもしれないが、中公文庫版の『東南アジア紀行』と岩波写真文庫の『タイ』と『インドシナ』を再編集して一冊本にしたらさぞ面白かろうに、と思ってしまう。どなたか試みていただけないだろうか?

とくに、ベトナム戦争によって破壊される前のインドシナ三国、高度成長で消えてしまうまえのタイの写真はきわめて貴重である。

50年前の名残をさがせばまったくないわけではないものの、やはりいったん消えてしまうと二度ともどっってくることはない。

昔の東南アジアを直接知っているわけではないのでノスタルジーではないのだが、このモノクロ写真はモノクロであるがゆえに、そういった感想を抱かせるものがある。




<ブログ内関連記事>

『東南アジア紀行 上下』(梅棹忠夫、中公文庫、1979 単行本初版 1964) は、"移動図書館" 実行の成果!-梅棹式 "アタマの引き出し" の作り方の実践でもある』
・・表紙カバーの写真2枚を掲示しておいた

書評 『ひらめきをのがさない! 梅棹忠夫、世界の歩き方』(小長谷有紀・佐藤吉文=編集、勉誠出版、2011)・・東南アジア関連の写真も

書評 『梅棹忠夫-知的先覚者の軌跡-』(特別展「ウメサオタダオ展」実行委員会=編集、小長谷有紀=責任編集、千里文化財団、2011)・・東南アジア関連の写真も

書評 『梅棹忠夫 語る』(小山修三 聞き手、日経プレミアシリーズ、2010)

書評 『梅棹忠夫のことば wisdom for the future』(小長谷有紀=編、河出書房新社、2011)

書評 『梅棹忠夫-地球時代の知の巨人-(KAWADE夢ムック 文藝別冊)』(河出書房新社、2011)

書評 『梅棹忠夫-知的先覚者の軌跡-』(特別展「ウメサオタダオ展」実行委員会=編集、小長谷有紀=責任編集、千里文化財団、2011)

梅棹忠夫の幻の名著 『世界の歴史 25 人類の未来』 (河出書房、未刊) の目次をみながら考える

書評 『まだ夜は明けぬか』(梅棹忠夫、講談社文庫、1994)-「困難は克服するためにある」と説いた科学者の体験と観察の記録

『東南アジア紀行 上下』(梅棹忠夫、中公文庫、1979 単行本初版 1964) は、"移動図書館" 実行の成果!-梅棹式 "アタマの引き出し" の作り方の実践でもある

書評 『回想のモンゴル』(梅棹忠夫、中公文庫、2011 初版 1991)-ウメサオタダオの原点はモンゴルにあった!

梅棹忠夫の「日本語論」をよむ (1) -くもん選書からでた「日本語論三部作」(1987~88)は、『知的生産の技術』(1969)で黙殺されている第7章とあわせ読むべきだ

梅棹忠夫の「日本語論」をよむ (2) - 『日本語の将来-ローマ字表記で国際化を-』(NHKブックス、2004)

企画展「ウメサオタダオ展-未来を探検する知の道具-」(東京会場)にいってきた-日本科学未来館で 「地球時代の知の巨人」を身近に感じてみよう!




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『ドキュメント アジアの道-物流最前線のヒト・モノ群像-』(エヌ・エヌ・エー ASEAN編集部編、エヌ・エヌ・エー、2008)で知る、アジアの物流現場の熱い息吹


物流(ロジスティクス)で読むアジアのいま

物流(ロジスティクス)は面白い。

とくに経済成長著しい「新興国」のモノの動きを下支えするロジスティクス(物流)関係者は縁の下の力持ちといってよい。

物流は正面切ってスポットライトがあてられることがあまりないだけだけに、本書の試みはたいへん歓迎されるものだ。

しかも知られざるアジアの状況である。アジアで「物流革命」が起きている、まさにその現場からのリポートが面白くないはずがないえはないか。

モノを動かすのはヒトである。東南アジアの物流関係者の熱い息吹を感じることのできるドキュメントである。なにごとであれ、現場が面白い。ディテールが面白い。

本書の「あとがき」に、なぜ物流かについての説明がある。

物流を取り上げたのは、ASEANで長年、進出日系企業を観察していると適地生産、再編は域内だけでなく中国とも絡み、かなりのスピードで進行していることが分かり、日系企業の生存を賭けた戦いは、物流に深くかかわっているからである。

本書は、部品から完成品、生鮮食品から生花まで、分秒を競う21世紀のシルクロードを生産現場からコンテナ車のあとを追ってつぶさに検証した8ケ月の記録だ。

エヌエヌエーは、アジア全域で配信している日本語の日刊情報誌である。


インターネット時代だからこそ、さらに物流の重要性は高まっている

インターネット時代はモノは重要性が低くなるなどと日本では一時期考えられたこともあったが、それは大間違い。ネットショップの普及で、かえって小口配送は活発化している。

インターネットは「情報流」と「商流」と「カネ」についてはビジネスを促進するが、物理的な実体をもつモノは永久に消えてなくなることがない。だから、物流は永久に消えることはないだろう。テレポーテーションはまだまだSFの世界の話である。

現代の日本人の消費生活が、中国やASEAN諸国からのモノの輸入によって大きく成り立っていることは、多くの人が知るようになっている。

現在では「産地表示」が当たり前となったので、スーパーの店頭でインドネシア産のエビやタイ産のイカを目にするのも日常的になっている。チリ産の養殖サーモンすら、なんとタイの日系水産会社で加工されて日本に輸入されているのである!



衣類も家電製品もその多くが、中国やASEAN諸国の日系メーカーの工場から輸入されているのである。

その意味でも、アジアの物流事情がどうなっているのか、アジアビジネスにかかわりがなくても知っておきたいところである。

さらに将来を考えれば、アジアでも今後は小口配送が本格普及するだろう。そうなると、ASEANと日本と中国のあいだの物流は、さらに爆発的に拡大していくことになるはずだ。


アジアの道は陸海空

タイトルには「アジアの道」とあるが、道は「陸路」だけではない。「海路」も「空路」も道である。

最初から「陸路」と河川が中心だったヨーロッパとは発展の仕方が異なるのである。現在でも、各国の国内物流は「陸路」が中心だが、国を超える物流は「海路」が中心である。

アジアで「物流革命」とは、これまで「海路」が中心だった物流が「空路」へ、そしてまたASEAN諸国域内の「陸路」へと広がりつつあることである。

ベトナム戦争が終結し、「インドシナを戦場から市場へと」という提唱が1991年になされてから20年、「メコン圏」を東西南北で縦貫する「東西回廊」と「南北回廊」の整備が着々と進んでいる。

本書が出版されたのは2008年、取材が行われたのは2007年4月からの8ヶ月間であり、すでに4年前のことである。

この4年間のあいだには陸上交通網の整備がさらに進んだだけでなく、航空便でも全日空が沖縄に物流ハブ基地を開設するなど大きく進展している。

また、2009年のバンコク国際空港の封鎖や、2011年には「3-11」の原発事故による日本産品の輸入禁止など、物流がらみで、さまざまな事件も発生している。

ぜひまた、あらためて「物流最前線」の取材をまとめていただきたいものだと思う。

とりあえずは、この一冊で、ASEAN諸国と中国、日本のあいだのモノの動きについて実感していただきたいと思う次第だ。

日本の企業世界のなかでクチにされる「三現主義」とは、「現場・現物・現実」のこと。物流「現場」でモノという「現物」が動く「現実」を、アジアにかかわるビジネスパーソン以外にもディテールごと知ってほしいものである。

モノの動きにかかわるのはヒトなのである。




目 次      
はじめに

第1章 空の道 

   
ASEANから飛ぶマグロ【プーケット、バリ、ジャカルタ→日本】
部材空輸、中国向け加速【バンコク国際空港(タイ)】
域内最大ハブ、業界も絶賛【チャンギ空港(シンガポール)】
苦闘する第3のメガ空港【クアラルンプール国際空港(マレーシア)】
シンガポール経由で活路【スカルノ・ハッタ国際空港(インドネシア)】
韓国経由で欧米へ輸出【タンソンニャット国際空港(ベトナム)】
輸出の7割電子部品【ニノイ・アキノ国際空港(フィリピン)】

第2章 海の道        

海を走る自動車【タイ、シンガポール、インドネシア】
成長の新港、限界の老舗港【レムチャバン港(タイ)】
コンテナ・石油、世界的ハブ【シンガポール港湾】
5年で貨物量8割増へ躍進【マレーシア港湾】
海賊との終わりなき戦い
日系工場密着で成長続く【インドネシア港湾】
造船などサポート業も成長【ベトナム港湾】
船員養成へ日系船社が力【フィリピン港湾】

第3章 陸の道    
    
片肺の3カ国物流、自由走行へ政治の壁【シンガポール~バンコクを走る(1)】
家電と紙おむつ、相互に国際陸送【シンガポール~バンコクを走る(2)】
アジア回廊のハブ、タイ起点に広がる【シンガポール~バンコクを走る(3)】
南北回廊に押し寄せる中国の熱気【タイ~ラオス~中国を走る(1)】
東西回廊を補完、カジノもある国境【タイ~ラオス~中国を走る(2)】
動き出した東西回廊【バンコク~ラオス~ハノイを走る(1)】
巨大市場へ期待、日系企業【バンコク~ラオス~ハノイを走る(2)】
拠点補完のインドネシア陸路
まず犯罪対策のフィリピン陸路

第4章 21世紀のシルクロード          

見えてきた雲南の物流ハブ
広西、中越黄金ロードに
ASEANへターミナル広東
飛躍するインド空運
コンテナ貨物、急増するインド海運
拡大続く中印貿易

あとがき


<ブログ内関連記事>

『東南アジアを学ぼう「メコン圏」入門-』(柿崎一郎、ちくまプリマー新書、2011)で、メコン川流域5カ国のいまを陸路と水路を使って「虫の眼」でたどってみよう!

タイのあれこれ (21) バンコク以外からタイに入国する方法-危機対応時のロジスティクスについての体験と考察-

書評 『消費するアジア-新興国市場の可能性と不安-』(大泉啓一郎、中公新書、2011)-「新興国」を消費市場としてみる際には、国全体ではなく「メガ都市」と「メガリージョン」単位で見よ!

書評 『戦いに終わりなし-最新アジアビジネス熱風録-』(江上 剛、文春文庫、2010)

書評 『海洋国家日本の構想』(高坂正堯、中公クラシックス、2008)




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2012年1月20日金曜日

『東南アジアを学ぼう-「メコン圏」入門-』(柿崎一郎、ちくまプリマー新書、2011)で、メコン川流域5カ国のいまを陸路と水路を使って「虫の眼」でたどってみよう!

大河メコン川流域の5カ国のいまを描いた入門書

本書は、陸路と水路で知る「メコン圏」、すなわち大河メコン川流域の5カ国のいまを描いた入門書である。

「メコン圏」に属するのは、メコン下流からさかのぼれば、ベトナム、カンボジア、タイ、ラオス、ミャンマー、そして中国である。つまるところ東南アジアの大陸部のことだ。

ちょっと古い表現をつかえば、インドシナ半島よりやや広い地域をさしている。いわゆるインドシナ諸国にタイとミャンマーと中国を加えた地域になる。

おそらく出版社の意向で「東南アジア」がタイトルとしては全面にでたのだろうが、実際は「メコン圏」のみを扱ったものだ。地続きではあるが、マレー半島のマレーシアとシンガポール、それに地域大国であるイノドンシアはいっさい登場しないので注意していただきたい。

タイが専門で鉄道ファンでもある著者は、鉄道が走っている場所は鉄道で、鉄道がない場所は高速バスで、メコン側は水路でと、さまざまな交通手段をつかって陸路を案内してくれる。

この地域の基本は、東西南北に走る縦貫道の存在。「東西回廊」と「南北回廊」が、メコン圏を貫く交通路である(・・下図を参照)。

「南北回廊」は、南はバンコクから北は中国の昆明(クンミン)にさかのぼって、東はベトナムのハイフォン(海防)にいたるルート。タイ、ラオス、中国、ベトナムの四カ国を横切るルートである。

「東西回廊」は、東はベトナムのダナンから、西はミャンマーのモーラミャインまで東西を貫くルート。ベトナム、ラオス、タイ、ミャンマーの四カ国を横切るルートである。

本書で「南回廊」となっているのは、下図では「第二東西回廊」とされているもの。ベトナムのヴンタウ(・・ホーチミンのさらに下流河口)から、カンボジアをへてバンコクまで至るルートである。


わたしも、鉄道や高速バス、あるいは空路や経済ミッションなどの機会をつうじて走ったことがあるが、日本で想像するような快適なハイウェイとはほど遠いのが実態だ。

しかし、道がつながったということはきわめて大きな意味をもつ。とくに大河メコン川を、はしけではなく、そのままクルマで走って通過できるということは、まさに革命であろう。

メコン川は南北で人々を結びつけると同時に、東西では分断していたからだ。


「戦場から市場へ」と提唱されてから20年

帯には、「戦場から市場へ-「変化」と「活気」にあふれるメコン圏を見にいこう」ともある。

「戦場から市場へ」というのは、フランスの植民地であったインドシナを舞台にした二次にわたるベトナム戦争が終結し、「戦場」となったインドシナを「市場」に変えようと提唱した、1991年当時のタイの首相チャートチャーイのフレーズである。

このフレーズが提唱されてからすでに20年、当時はタイの通貨であるバーツが支配する「タイ・バーツ圏」が「メコン圏」を支配するのではと予想されていたが、現在では中国の人民元が着実に支配力を強めている。地続きのラオスだけでなく、3年前にはカンボジアの市場でも人民元をみた。

このように、ベトナム戦争が終結し、カンボジア紛争も終結して20年以上たつこの地域は、開発経済学の観点から GMS(=Greater Mekong Region:メコン圏)という概念がつくられ、「東西回廊」と「南北回廊」の構想とその実現によって、地域市場としての成長が期待されつつつつある。


中国(シナ)でもインドでもないインドシナ!

「中国、インドの次はココ!」と帯のキャッチコピーにはあるが、わたしとしては「中国、インドじゃなくてココ!」と言っておきたいものだ(笑)。

インドシナという表現でわかるように、この地域はインドとシナ(=中国)の二代文明が出会い、浸透している地域である。

基本は、タイ、ミャンマー、ラオス、カンボジアで支配的な上座仏教。すなわちインド文明の延長線上にある。これにヒンドゥー教の王権概念が支配原理となった地域だ。現在では、王制が残っているのはタイとカンボジアだけだが。

日本、朝鮮とならぶ中華文明の一つであるベトナムは、儒教・道教、それに大乗仏教という、わたしの表現では「中華文明の三点セット」が支配する地域である。現在では地理的概念としての東南アジアの一国と認識され、ASEANにも加盟している。「メコン圏」としての認識が高まれば、ベトナムはさらに中国からの遠心力が働くこととなるだろう。

地域大国としてのタイ、それに対抗すべく着々とチカラをつけつつあるベトナム。この二国が「メコン圏」のメジャープレイヤーだが、ますますプレゼンスを強めているのが中国である。中国との関係を抜きに「メコン圏」について語ることはできない。ここはまた、日本と中国の影響力行使競争の場でもある。

本をだしにして「メコン圏」について書いてみたが、ビジネスだけでなく、地域全体を知るという観点からの入門書として、大学生以上が読むと思い白い本になっているというべきだろう。

ぜひみなさんも機会があれば、空路でメガ都市とメガ都市のあいだ、メガ都市とリゾート地のあいだを跳ぶだけでなく、地を這うような旅も経験していただきたいものだと思う。タイはもう面白くなくなってきたので、ラオスあたりが面白いでしょう。

若ければバックパッカーの旅もまたよし、ということで。





目 次        
序章 メコン圏とは?  
第1章 南北回廊(ハイフォン〜昆明〜バンコク)  
1. 紅河沿いの鉄道(ハイフォン〜昆明)
2. 山峡を貫く高速道路(昆明〜景洪)
3. メコンの川下りと新たな陸路(景洪〜チエンセーン・チエンコーン)
4. タイ族の南下ルート(チュエンセーン・チェンコーン〜バンコク)
第2章 東西回廊(モーラミャイン〜ダナン)   
1. タイを横切る道(モーラミャイン〜コーンケン)
2. 分断の川メコン(コーンケン〜サワンナケート)
3. アンナン山脈越えのルート(サワンナケート〜ドンハ) 
4. ハイヴァン峠を越えて(ドンハ〜ダナン)
第3章 南回廊(ヴンタウ〜バンコク)           
1. メコン・デルタをさかのぼって(ヴンタウ〜プノンペン)
2. 疲弊した鉄路(プノンペン〜バッドムボーン)
3. かつての国際鉄道(バッドムボーン〜バンコク)
4. 新たな海岸沿いのルート(プノンペン〜バンコク)
終章 メコン圏から見えること   
あとがき
参考にした主な本など

著者プロフィール   
柿崎一郎(かきざき・いちろう)         

1971年静岡県生まれ。東京外国語大学大学院地域文化研究科博士後期課程修了。博士(学術)。横浜市立大学国際総合科学部准教授。タイを中心とするメコン川流域の交通網の発展や、バンコクの都市交通の整備に関する研究を進める。著書に、『タイ経済と鉄道-1885~1935年』(日本経済評論社、大平正芳記念賞受賞)などがある(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)。





<ブログ内関連記事>

『東南アジア紀行 上下』(梅棹忠夫、中公文庫、1979 単行本初版 1964) は、"移動図書館" 実行の成果!-梅棹式 "アタマの引き出し" の作り方の実践でもある

タイのあれこれ (15) タイのお茶と中国国民党の残党
・・ゴールデン・トライアングルの秘史

ベトナムのカトリック教会

書評 『地雷処理という仕事-カンボジアの村の復興記-』(高山良二、ちくまプリマー新書、2010)

カンボジアのかぼちゃ

『龍と蛇<ナーガ>-権威の象徴と豊かな水の神-』(那谷敏郎、大村次郷=写真、集英社、2000)-龍も蛇もじつは同じナーガである


P.S. ちなみにこの投稿で850本目の記事となりました。今年2012年内に1,000本目指します。なお、姉妹編の佐藤けんいち公式ブログとあわせると、1,055本書いたことになります。


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2012年1月18日水曜日

書評 『消費するアジア-新興国市場の可能性と不安-』(大泉啓一郎、中公新書、2011)-「新興国」を消費市場としてみる際には、国全体ではなく「メガ都市」と「メガリージョン」単位で見よ!

■新興国の経済をみるには国全体ではなく「メガ都市」と「メガリージョン」単位で見よ!

中国を含めたアジアの「新興国」が世界経済の牽引車となっていることは、ビジネス界だけでなく一般社会でも常識となってひさしい。

だが、生産基地としてではなく、消費市場としてアジアを考えるためには、「新興国」の経済を国全体のGDPという統計数字で見ていたのでは見誤ってしまうのではないか? これが著者の問題意識であり、本書の出発点である。

本書のキーワードは、「メガ都市」と「メガリージョン」である。

メガ都市とは、東アジアの中国でいえば上海のような大都市メガリージョンとはその上海とその周辺に拡がる長江デルタ経済圏のことである。

タイに詳しい著者は、東南アジアではタイのバンコクとその周辺地域を取り上げてくわしく分析している。上海もバンコクも、いずれもすでに「脱工業化」のステージに入っているメガ都市である。

アジアの経済分析を専門とする著者が本書で取り入れたのは、都市社会学を専門とする米国の社会学者リチャード・フロリダの議論だ。

フロリダは、「クリエイティブ・クラス」という概念を打ち出して有名になった学者だが、衛星写真で捉えた夜間の光源の強さと広がりからメガリージョンを割り出した。

アジアでは、東京圏、大阪・名古屋圏、九州北部、広域札幌圏、ソウル・釜山、香港・深セン、上海、台北、広域北京圏、デリー・ラホール、シンガポール、バンコクの12地域あげている。これらはみな「途切れることなく明かりが灯っている地域」である。

基本的に経済地理学の観点からみた議論を展開しているので、本書ではまったく言及がないのだが、メガ都市とは世界文学である村上春樹の小説が翻訳版として読まれている都市であるという定義も可能だろう。

村上春樹が描く都市のライフスタイルは、まさに消費都市としてのメガ都市の風景と重なり合う。本書で考察された経済学的な見方とあわせ考えれば、消費市場としてのメガ都市について考えるヒントになるはずだ。

新興国におけるメガ都市は、いわば巨大な農村地帯という大海に浮かぶ孤島のような存在だ。その意味では、国としてのタイとメガ都市としてのバンコクの関係よりも、同じメガ都市であるバンコクとシンガポール、さらには香港や上海、そして東京や大阪といった関係のほうがリアリティをもつことになる。メガ都市どうしはお互いを意識し合い、競争する関係にある。

本書では、メガ都市とそれを取り囲む膨大な農村との関係、中進国化する新興国の政治問題までマクロな議論を行っているが、メガ都市がメガ都市として存在する都市国家シンガポールのような例外を除いては、いずれの新興国においても考慮のなかに入れておかねばならないことは言うまでもない。シンガポールですら、都市の貧困層問題は避けて通れない。

消費市場としてのメガ都市とメガリージョンを論ずる際には、まずは本書で指摘されておる経済的な状況を押さえておくことが、アジアでのビジネス戦略を考えるための基本的な前提となるだろう。ビジネスパーソン以外にも広く読むことを薦めたい一冊である。






目 次

はじめに
第1章 消費市場の拡大と高まる期待
1. 消費市場へと向かわせる二つの力学
2. アジアの消費市場をどう捉えるか
3. 消費市場はどう広がってゆくのか
第2章 メガ都市の台頭
1. 都市化するアジア
2. 過剰都市化からメガ都市へ
3. アジアの新しい発展メカニズム
第3章 浮上する新しい経済単位-メガリージョン化するアジア
1. 中国経済をどう捉えるか
2. 長江デルタ経済圏の形成
3. 拡大するメガリージョン
4. グローバル・シティへの道 
第4章 成長力は農村まで届くか  
1. 所得格差がどこに向かっているのか
2. 都市と農村の人口ボーナス格差
3. 地方・農村の持続的発展の課題
第5章 アジア新興国の政治不安  
1. 国内の南北問題
2. なぜタイは政治不安に陥ったのか
3. メガリージョン時代の政治学
第6章 アジアの持続的市場拡大の条件-新しい日本の立ち位置1. 激しさを増す資源獲得競争
2. アジア版「成長の限界」を超えて
3. アジアの未来市場としての日本
あとがき
参考文献
索引

著者プロフィール

大泉啓一郎(おおいずみ・けいいちろう)
1963(昭和38)年大阪府生まれ。1986年、京都府立大学農学部卒業、1988年、京都大学大学院農学研究科修士課程修了。東レ・ダウコーニング・シリコーン株式会社、京都大学東南アジア研究センターを経て、1990年に三井銀総合研究所(現・株式会社日本総合研究所)入社。現在、調査部環太平洋戦略研究センター主任研究員。東京大学非常勤講師、法政大学非常勤講師。著書に『老いてゆくアジア』(中公新書、2007年、アジア経済研究所発展途上国研究奨励賞受賞)など(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)。


<書評への付記>

著者による第一作『老いてゆくアジア-繁栄の構図が変わるとき-』(中公新書、2007)は、「人口ボーナス」という概念によって、少子高齢化が進展しているのは日本だけではないことを示してくれた本である。まさに、れわれの盲点をついて蒙を啓いてくれた本であったといえよう。

「人口ボーナス」とは、著者の表現を借りれば、「出生率の低下にともなう生産年齢人口(15~64歳)の人口比率の上昇が、労働投入量の増加と国内貯蓄率の上昇をもたらし、経済成長を促進するという考え方」(上掲書)、である。

つまり、若年人口が豊富にいると、労働集約型の組立製造業においては優位性を発揮するのであり、それが所得の向上と貯蓄率の向上につながるということだ。

これは、高度成長期の日本が体験したことであり、1980年代から90年代にかけての中国やタイが体験したことである。

だが、この「人口ボーナス」が享受できる期間が永遠に続くわけではなく、所得が向上するにつれて、出生率は低下し、労働力の供給が減少していくことになる。これもまた日本が先行して体験していることである。

中国やタイでも、経済成長にともなって、日本を後追いする形で「少子高齢化」が進展し始めると、若年人口が多いという「人口ボーナス」を享受できなくなってきたわけだ。

しかも、日本とくらべて社会保障の充実が進まないまま「高齢化」を迎えつつあることは、先行きの不安材料としてアジアの「中進国」には大きくのしかかっているのである。

しかし、大都市の吸引力が若年人口を引き寄せ、地方には高齢者が残されることをとってみても、大都市とそれ以外の地方農村との格差は歴然としている。同じ国にありながら、ほとんど違う世界を形成していることを直視しないといけないのだ、と。

これが著者にとっての最新作につながる問題意識となったわけだ。

というわけなので、書評では「消費市場としてのアジア」に焦点を絞った書き方をしているが、じつはそのれぞれの「新興国」は経済だけでなく、それに起因する社会的な矛盾も抱えており、これが政治問題化する可能性がつきまとうことを考慮に入れておかなくてはならないのである。

つまりは、所得の再分配にかかわるテーマなのだが、そのためにはより一層、メガ都市が発展してメガリージョンを強化していくことが重要なテーマであると同時に、社会基盤の強化も同時に進めなければならないことを意味する。

経済成長と社会的安定をどう両立させるかという大きなテーマを抱えながら、メガ都市間の競争がさらに激化していくという構図である。

一国の繁栄が永続しないのと同様に、メガ都市であっても繁栄が永続するとはいえないだろう。

メガ都市とメガリージョンでのビジネスを展開することにおいては、社会問題は直接的なイシューではないが、CSR(=コーポレート・ソーシャル・リスポンシビリティ:企業の社会的責任)は意識しておくことが重要であることは言うまでもない。

『老いてゆくアジア-繁栄の構図が変わるとき-』(中公新書、2007)、『消費するアジア-新興国市場の可能性と不安-』はともに経済分析の本なので、ビジネスやマネジメントに直接かかわるものではないが、読み方次第では、得るものが多いといえるだろう。





『老いてゆくアジア-繁栄の構図が変わるとき-』 目次
はじめに  少子高齢化の波/「まぼろしのアジア経済」を超えて
第1章 アジアで進む少子高齢化
1. 世界人口とアジア
2. アジアにおける出生率低下の背景
3. 高齢化地域としてのアジア
第2章 経済発展を支えた人口ボーナス
1. 「東アジアの奇跡」はなぜ生じたか
2. 人口ボーナスとは何か
3. アジア各国は人口ボーナスの効果を享受できたか
第3章 ポスト人口ボーナスの衝撃
1. 人口ボーナスから高齢化へ
2. 高齢化による成長要素の変化
3. 中国、ASEAN4の高成長の壁
4. ベビーブーム世代の生産性
5. ベトナムとインドの参入
第4章 アジアの高齢者を誰が養うのか
1. アジアの社会保障制度
2. 社会保障制度構築の課題
3. 開発途上国が直面する困難
第5章 地域福祉と東アジア共同体
1. 福祉国家から福祉社会へ
2. 日本の地域福祉の取り組みと教訓
3. 真の東アジア共同体形成に向けて
あとがき
参考文献
索引


<ブログ内関連記事>

タイのあれこれ 総目次 (1)~(26)+番外編

「メガ都市バンコク」では日本のスマホはまったく目にすることもない-これが「ガラパゴス化」の現状だ! (2012年1月)

書評 『村から工場へ-東南アジア女性の近代化経験-』(平井京之介、NTT出版、2011)-タイ北部の工業団地でのフィールドワークの記録が面白い
・・大都市はすでに「後近代」だが、タイでも農村部では現在も「近代化」が進行中

書評 『赤 vs 黄-タイのアイデンティティ・クライシス-』(ニック・ノスティック、めこん、2012)-分断されたタイの政治状況の臨場感ある現場取材記録
・・「黄色」=バンコク大都市部の支配層と都市中間層(前近代+後近代)と、「赤色」=東北部と北部の農民層(前近代+近代化まっただなか)の対立が反映されていると考えることも可能

「バンコク騒乱」から1周年(2011年5月19日)-書評 『イサーン-目撃したバンコク解放区-』(三留理男、毎日新聞社、2010)

書評 『バンコク燃ゆ-タックシンと「タイ式」民主主義-』(柴田直治、めこん、2010)-「タイ式」民主主義の機能不全と今後の行方

書評 『タイ-中進国の模索-』(末廣 昭、岩波新書、2009)
・・関連書もふくめて、ややくわしくタイの政治経済に言及

(2014年2月1日 情報追加と関連記事再編集)





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2012年1月17日火曜日

書評 『村から工場へ-東南アジア女性の近代化経験-』(平井京之介、NTT出版、2011)-タイ北部の工業団地でのフィールドワークの記録が面白い

製造現場でのフィールドワークから得られた知見の数々はビジネスパーソンにも有用だ

本書は日本企業での勤務経験をもつ日本人の人類学者が、タイ北部にある工業団地に入居して数年の、とある日系の組み立てメーカーの工場で参与観察法によるフィールドワークを行った記録である。

参与観察法とは、みずからが研究対象の人間集団のなかに入って活動をともにする研究方法のことだ。調査が行われたのは1994年である。

人類学者のフィールドワークというと、ふつうは未開社会や発展途上国の村落での調査を連想するのだが、本書の着眼点が面白いのは、コメづくりを中心とする伝統的な農村世界に登場した、近代的な製造工場で働く現地人ワーカーを研究対象にしたことにある。

著者はつてを頼って、ある日系企業から調査許可を得て社員として入社し、半年間のあいだタイ語の通訳として働いた。その間、製造現場では著者自身の日本企業における品質管理活動の経験が活用されたという。

さらに工場の現地ワーカーの女性と親しくなり、農村にあるそのワーカーの家族と同居しながら工場に通うことが可能となったため、工場労働における人間関係と、伝統的な農村での人間関係の双方の視点から有意義な観察結果を得ることができた。

コメづくり世界の労働をめぐる人間関係が、モノづくりの世界での労働にどう反映しているのかの分析も、実体験を踏まえた観察であるので具体的で面白い。また現地ワーカーの大半が女性であることから、伝統的な農村における家庭での役割との関係が工場勤務によってどう変化していったのかにかんする考察も興味深い。

本書は基本的に経済人類学の専門書であるが、ビジネスパーソンにとってもじつに興味深い内容になっている。

とくに、東南アジアに工場進出した日系企業で労務管理にたずさわる人にとっては、現地のワーカーをどうマネジメントするかという実践的な観点から、第2章と第3章はきわめて有益であろう。

たとえば、タイ人は学歴が自分より下の人間の言うことは聞かない、たとえ日本人であっても自分よりスキルが低い人間の言うことは聞かないなど実際的な知見の数々が、具体的な事例をつうじて散りばめられている。

本書に登場するタイ人ワーカーたちの大半は、農村出身で工場で働く第一世代のブルーカラーである。一方、工場のマネジメントにたずさわる日本人たちは事務と技術もふくめて管理業務にたずさわるホワイトカラー。そして、タイ人ワーカーたちと日本人管理者たちをつなぐ立場にあるのが「媒介者」としてのタイ人の現場マネージャーたちである。

タイ人ワーカーと日本人管理者、そして媒介者という三者のなかで繰り広げられるパワープレイの具体例がじつに面白い。その意味では、ヒトに焦点をあてた経営読み物としての側面をもっている。

製造業の海外進出の現場を知っていれば、これは自分が勤務する工場で起こっていることだと考えながら読むといいだろう。

本書の知見が、東南アジア全体で一般化できるかどうかは別にしても、自分のアタマでよく考えたうえでなら、応用可能な知識も少なからずあるはずだ。終章でのブルデュー社会学のハビトゥス論を援用した分析も読む価値がある。

製造現場でのフィールドワークという希有な試みを実行し、記録としてまとめられた本書は、人類学の記録としてはもちろん、製造現場の労務管理の観察記録としても面白い内容である。

この世界に縁のある人はもちろん、そうでない人にとっても読む価値のある、ひじょうに読みやすい研究書として一読を薦めたい。






<初出情報>

■bk1書評「製造現場でのフィールドワークから得られた知見の数々はビジネスパーソンにも有用だ」投稿掲載(2012年1月17日)
■amazon書評「製造現場でのフィールドワークから得られた知見の数々はビジネスパーソンにも有用だ」投稿掲載(2012年1月17日)



目 次

まえがき

序章 工場のエスノグラフィ
タイ農村女性と工場労働
タイ北部工業団地
調査地の選定理由
フィールドワーク
-工場からの調査許可/住み込んだ農村/日本人であることと調査/男性であることと調査/若い農村女性の生活に与えた変化
本書の構成

第一章 伝統的な仕事観
「仕事」とは何か
賃金労働と「仕事」/家の仕事/相互扶助と「仕事」
稲刈りの作法
三つの雇用形態
アオ・ワン/アオ・カオ/ハップ・ジャーン/ハップ・マオ
雇用主と雇用者の関係
-賃金雇用と社会関係/雇用にみられる相互扶助の論理
作業テンポと社会関係
-遠慮と思いやり/ゴシップによる統制/名誉の経済/テンポの駆け引きと人格的つながり

第二章 工場の組織とマネジメント
恩田プラスチック
従業員
採用
面接/採用基準
日本的経営
意思決定/日本人マネージャーがもつタイ人労働者のイメージ/タイ人労働者がもつ日本人マネージャーのイメージ/試される日本人
コミュニケーション
媒介者の情報操作/媒介者間の闘争
オフィスと組立課
事務員の優越性/事務員への敵意/ゴシップによる抵抗

第三章 組立課の実態
組立作業
流れ作業/疎外された労働/作業テンポの調節/相互扶助の欠如
トレーニング
新人研修/給与評価/昇進/処罰/離職/離職する理由
組立課の階層秩序
リーダーの権限/専門知識による権威/伝統的な権威
説得の技術
権威の盗用/ゲームの提供/甘言/感情のマネジメント
オペレーターの抵抗
ゴシップ/暴力行為/離職のほのめかし

第四章 グループの余暇活動   
余暇のグループ
ロマンチックな語り
霊媒カルト
カタログの消費
巧みな宣伝/ワクワクする理由
タン・サマイ
タン・サマイとジャラ―ン
グループと伝統

第五章 家庭生活への影響 
生活条件の変化
恋愛の自由
結婚相手を選ぶ主導権/ふしだらな工場労働者/妻に対する夫の疑念
時間の組織化
家への投資
家電製品の購入/家を化粧する/新築祝いの儀礼
計算の精神

終章 工場労働と文化変容工場労働への適応
近代化の過程
家庭生活の変化
工場労働と自由
あとがき

参照文献


著者プロフィール
     
平井京之介(ひらい・きょうのすけ)
国立民族学博物館民族文化研究部・准教授。
1988年、東北大学文学部社会学専攻卒業。同年、花王株式会社入社、1992年、ロンドン大学UCL人類学部M.Sc.取得。1995年、国立民族学博物館助手、1998年、ロンドン大学LSE人類学部Ph.D.取得、2001年、国立民族学博物館助教授。2008年、ハーバード大学人類学部客員研究員(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)。

(出典:U-Machine タイの工業団地マップ)


<書評への付記>

ビジネスパーソンにとってのインプリケーション(示唆)

本書のフィールドワーク対象で企業名も個人もみな仮名になっているが、チェンマイから近いタイ北部のランプーン工業団地に入居する日系の組立製造業である。

タイの工業団地は大半がバンコクの周辺からクルマで1~2時間の場所に立地しているのだが、この工業団地はめずらしくチェンマイ周辺にある。

わたしはこの工業団地そのものには残念ながら訪問したことはないが、タイで創業する日系メーカーの工場は多数訪問して実際に見ているので、本書の内容は感覚的に理解できるものがある。とくに第二章と第三章は、なるほどとうなづきながら読むことができた。

書評に書いたが、タイ人ワーカーと日本人管理者、そして媒介者という三者が、それぞれの立場からいかに自分にとっって有利にゲームを進めようとしているかについての記述がじつに面白い。

タイ人ワーカーはタイ語しかわからず、日本人は日本語と英語か若干のタイ語、そして媒介者のタイ人マネージャーたちはタイ語に若干の英語を使ってコミュニケーションを行っているわけだが、コミュニケーションがディスコミュニケーション(=コミュニケーション不全)になっている状況は、はたしてどこまで当事者たちに理解されているのか

観察者である著者だけは、日本語とタイ語と英語のいずれも理解できるので、三者がそれぞれの立場で発言している内容がすべてわかってしまうのである。

ある意味では、参与観察を行っている当事者でありながら、メタレベルで観察を行う立場にもいるわけで、こういう微妙な立ち位置が本書のエスノグラフィー(民族誌)としての記述を興味深いものにしているのである。

目線でいえば、管理者としての上から目線でも、下から目線でもない、横から目線とでもいえるだろうか。

とくにタイ人たちのホンネがどこにあるかを知る上では、必須の読み物だとえいえるだろう。労働者はけっして「敵」ではないが、「敵を知り己を知れば百戦危うからず」という孫子の兵法を思い出していただきたい。

わたしは常々言っているのだが、上に立つ人間が意識していなくても、下にいる人間は上にいる人間の一挙手一投足まで観察しているのである。このことを忘れてはならない。しかも、日本国内ではなく、現地ワーカーたちの母国にいるのである。日本人からみればアウェーの土地である。彼等からみれば日本人は「異人」である。

タイ人も、同じ上座仏教圏のカンボジア人も、ラオス人もミャンマー人も、日本人と比較すると似たようなものがある。さらにはイスラーム世界のインドネシア人も日本人と比較すれば東南アジア的性格が濃厚である。

その意味では、タイに限らず、東南アジアで労務管理にたずさわる日本人管理者は、読んでおくことをすすめたいのである。


ブルデュー社会学のハビトゥス論

書評の最後に記した社会学者ブルデューのハビトゥス論。聞き慣れない専門用語かもしれないが、これはきわめて有用な概念であるので、ぜひ内容を知ったうえで、さまざまな場面で応用してみるといい。

ここでは教育社会学者の竹内洋(たけうち・よう)氏の要約をつかわせていただくこととしよう。

あの人は上品だとか無骨(ぶこつ)だ、とかいうことがある。このとき、個々のあれこれの行為が言及されているわけではない。個々の行為を処するシステムが指示されている。こういう行為の基礎にある持続する性向(心的システム)をハビトゥスという。ハビトゥス(habitus)とは、当人にも意識されにくい「心の習慣」(大村英昭)のことである。「型」と訳す人もいる。「肌」や「気質」と訳してもいいだろう。ハビトゥスは、家庭や学校で長い時間をかけて無意識裡に形成され日常的な慣習行動(プラティク)をもたらす血肉化された持続する慣習である。社会的出自や教育などによって形成される特有の知覚とそれにもとづく実践感覚をあらわす。
(出典:『日本の近代12 学歴貴族の栄光と挫折』(竹内洋、中央公論新社、1999. 引用は P.189~190)

日本でも、どこの学校を出たのか、どんな職種についたかによって、顔つきまで変わってくることが観察できるだろう。かつては、早稲田のカラーと慶應のカラーは違うなどという表現もされていたものだ。

本書の内容に即していえば、農村におけるコメづくりで養われたハビトゥスが、組み立ての製造現場において変容を経験するということだ。これはカラダの動かし方だけでなく、前近代的な農村の時間感覚と、製造現場の近代的な時間感覚とは異なるということだ。

本書では、組み立てラインで働く女性労働者が主たる観察対象となっている。彼女たちが、労働力の貸し借りの互酬関係の世界から、時間節約の観点から賃労働を選択する方向に向かっているのは興味深い観察である。

本書には言及がないが、徴兵制が敷かれているタイでは、農村男子はその大半が兵役体験をもっていることと思われる。軍隊内部は、農村とは異なり、身体作法も時間感覚も大いに異なる世界であり、その意味では男性のほうがより近代的な感覚を身につけているはずだ。

そういった男女の性差についての研究もあれば、さらに面白くなったのではないかと思う。






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