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2011年7月31日日曜日

「前橋汀子 アフタヌーン・コンサート Vol. 7」(2011年7月30日) にいってきた-低価格のコンサートを開催すること意味について考えてみた


 今年も「前橋汀子 アフタヌーン・コンサート」に行ってきた。毎年一回の楽しみである。

 会場はいつもと同じく、六本木アークヒルズのサントリーホールのメインホール。今年は、例年より遅い時期の開催であるが、会場は「満席」であった。もうすでにすっかり定着した恒例の年中行事のようなものとなっているのかもしれない。

 今回もピアノ伴奏は、イーゴリ・ウリヤシュ(Pf)。1965年レニングラード(現在のサンクトペテルブルク)生まれで、レニングラード音楽院に学んだロシア人。レニングラード音楽院では、前橋汀子の後輩にあたる。

 当日のプログラムは以下のとおり。


【曲目】
サン=サーンス:「動物の謝肉祭」より白鳥
モーツァルト:ヴァイオリン・ソナタ第25番 ト長調 K.301
フランク:ヴァイオリン・ソナタ イ長調

ヴィエニャフスキ:モスクワの思い出
ドヴォルザーク:わが母の教え給いし歌
ドヴォルザーク:スラヴ舞曲 op.72-2
プロコフィエフ:「3つのオレンジの恋」より行進曲
フォーレ:夢のあとに
マスネ:タイスの瞑想曲
ファリャ:スペイン舞曲第1番
サン=サーンス:序奏とロンド・カプリチオーソ

 ここまではプログラムの内容。ここから先はアンコールというよりも、毎度のことながら実質的に「プログラム外即興演奏」という感じである。

 ショスタコーヴィッチは意外な感じもしたが、あとは「小品集」に収録されているチャイコフスキーやサラサーテの名曲を文字通り弾きまくり、14時に始まったコンサートは途中20分間の休憩をはさんで、終わったのは結局16時25分頃であった。

 「プログラム外即興演奏」が30分近くというのは、聴衆への大盤振る舞いでもあり、演奏している本人も弾きたい曲を弾ききったといったところではないだろうか。

 それにしても、まったく年齢を感じさせないカラダ全体をつかった「入魂」というか、「入神​」ともいうべき、いっさい手抜きのない演奏には、今回も完全に魅了された。憑依体質ともいうべきか。

 小説家・井上光晴を描いた『全身小説家』という日本映画を渋谷のユーロスペースで見たことがあるが、そのタイトルをもじれば前橋汀子は「全身ヴァイオリニスト」ということになるのだろうか。


低価格のコンサートを開催すること意味について考えてみる

 今回、あらためて思ったのは、日本はいうまでもなく、世界的にも指折りのヴァオリニストの演奏​が、たった 3,000円(!)で聴けることの意味についてだ。

 敷居​を低くして、聴衆の間口を拡げたいという志(こころざし)がある​のだろうが、多くの有名アーチストには見習ってもらいたいと思う。

 欧州なら教会でコンサートが開催されることが多い。料金も手頃なので、世界一流の演奏家が出場していなくても、ウィークデーのイブニングによく開催されている。教会内部はそもそも人が集まる場所であるし、しかも音響効果を考慮に入れて設計されているので、コンサート会場としては実に最適である。わたしも何度も参加してみての感想である。

 日本でも、有楽町の国際フォーラム前で毎年五月の連休に開催される「フォール・ド・ジュルネ」(熱狂の日)はフランス発である。低価格でクラシック音楽のコンサートを提供して、敷居を低くし、聴衆の間口を拡げようというのがその目的だ。

 おそらく前橋汀子の場合は、旧ソ連時代にレニングラード音楽院(現在はサンクトペテルブルク音楽院)で学んだということが大きいのではないかと思う。
 
 ソ連時代から現在に至るまで、ロシアでは、文化政策の一環として、ロシア国民向けの演奏会やオペラやバレエ鑑賞のチケット料金はひじょうに安く抑えられている。

 一方、外国人には「外国人料金」が適用されるので、実質的に「二重価格」体制になっているのだが、ロシア国民には高いレベルの文化を享受する基本的権利を保証するための経済モデルともいうべきで、これじたいを批判するのは意味がない。ある意味では、社会主義の「正の遺産」というべきだろう。

 おそらく、前橋汀子もソ連(ロシア)のそういった考えが、無意識レベルで染みこんでいるのではないかとわたしは推測する。すぐれた内容の芸術作品を低価格で提供して、ファン層の拡大を図るというのは、経営学的にも理にかなったものだ。

 もちろん、前橋汀子は大御所中の大御所なので、プロモーション​をとくに大々的にやらなくても、集客できてしまうのだろう。自分のギャラ(出演料)を押さえれば、採算は十分にとれるのではな​いだろうか? 

 ちなみに、サントリホールのウェブサイトに記載された貸しホールの料金表によれば、大ホールの土日祝日の午後(13:00~16:30)は 1,260,000円(=126万円)、座席数は約2,000席とのことであるので、単純計算すれば満席で総収入は約600万円(・・全席指定で一律@3,000円)となる。じっさい、当日は「満席」だった。

 明細はわからないが、諸経費をひいても採算はとれる価格設定ではあるようだ。アーチストも独奏者と伴奏者の二人だけである。

 価格設定(値決め)は、購入者がその価格と内容(コンテンツ)の関係からお値打ち感やお得感をどれだけ感じるかによって評価がきまる。個人差があるとはいえ、ボリュームゾーンがゾーンにはいってくれば価格設定は成功しているといえる。

 ほんとうにすばらしいと思えば、一万円以上払ってでも聴きにくる人が多数あるはずのコンサートであったとしても、低価格にすることによって間口を拡げるというのは、クラシック音楽の一般大衆へのイントロダクションとしてはすばらしい試みといえるわけなのだ。

 そんなことも考えてみた一日だった。

 また来年のコンサートが楽しみだ。次回の「前橋汀子 アフタヌーン・コンサート Vol. 8」は、2012年6月12日(日)とのことである。





<関連記事>

前橋汀子(まえはし・ていこ)・・(Kajimoto アーチスト)

前橋汀子が紫綬褒章を受章(2011.6.15(Wed)(カジモト・ニュース)

サントリーホール公式サイト


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「前橋汀子 アフタヌーン・コンサート Vol.9」(2013年7月14日)にいってきた-前橋汀子は日本音楽界の至宝である!

前橋汀子 アフタヌーン・コンサート Vol.6 (2010年6月20日)

前橋汀子 アフタヌーン・コンサート Vol.5 (ピアノ:イーゴリ・ウリヤシュ)

師走の風物詩 「第九」を聴きに行ってきた・・・つれづれに欧州連合(EU)について考える
・・同じくサントリーホールのダイホールで行われるオーケストラ演奏会。価格設定の参考として。

(2014年2月13日 情報追加)





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2011年7月29日金曜日

空蝉(うつせみ)とはセミの抜け殻のこと-『源氏物語』の「空蝉」をめぐってつれづれに



 数日前にセミの第一声を聞いたと思ったら、もう蝉時雨(せみしぐれ)が本格化している。原発事故による「節電」で、今年の夏は暑くなると脅かされてきたが、エアコンのない生活を昨年から実践しているわたしには、さほど困難な課題ではない。

 とはいえ、風のない暑い夏の日に蝉時雨が加わると、足し算ではなく掛け算で夏が暑く感じるのは、わたしだけではないだろう。

 セミは英語で cicada という。シケイダあるいはシカーダと発音する。このいかにも英語的ではない単語の起源は、高校三年の英作文で授業で習ったとき以来イタリア語かなと思っていたが、ネットで調べてみるとラテン語起源であるらしい。

 15世紀には英語になっていたようだが、もともと英語にないコトバだということは、やはり英国にはもともとセミはいないのだろう。ラテン語は地中海世界のコトバなのでセミに該当するコトバがあっても当然だ。たしか、古代ギリシアの『イソップ寓話』にもセミの話がでてきたと思う。

cicada
early 15c., from L., lit. "tree cricket."
Online Etymology Dictionary, © 2010 Douglas Harper


 冒頭に掲げた写真は、今週に撮影したもの。家の近くを歩いていたら、たまたま目に飛び込んできたのがセミの抜け殻。立っている目線からみると小さな抜け殻だが、意外と目に入ってくるものだ。セミの鳴き声がアタマのなかにあったからか。


 さっそく近づいて写真に撮ってみた。そうする間もなく、セミの抜け殻は風でひっくり返ってしまった。抜け殻は軽い。吹けば飛ぶようなはかない存在だ、



 セミの抜け殻のことを、古語では空蝉(うつせみ)という。中身がなくなって「うつろ」(=空洞)だから「うつせみ」。 

 空蝉(うつせみ)といえば、すぐに思い出すのが『源氏物語』の「空蝉の巻」。『源氏物語』第3帖にあたる「空蝉」は、17歳のモテ男子・光源氏をつれなく袖にした人妻。はじめてつれなくされた女との苦い青春の思い出がつづられている。

 猛暑の夏の自然観察 (1) セミの生態 (2010年8月の記録) にもすでに引用しているのだが、あらためてここに書いておきたいと思う。歌の大意は、瀬戸内寂聴訳から引用。

空蝉(うつせみ)の 身をかへてける 木(こ)の下(もと)に 
 なほ人がらの なつかしきかな (光源氏)

 蝉が抜け殻だけを残し
 去ってしまった木の下で
 薄衣だけを脱ぎ残し
 消えてしまったあなたを
 忘れかねているこのわたし

空蝉(うつせみ)の 羽(は)におく露(つゆ)の 木(こ)がくれて
 しのびしのびに ぬるる袖(そで)かな (空蝉)

 薄い空蝉の羽に置く露の
 木の間にかくれて見えないように
 私も人にかくれて忍び忍んで
 あなたへの恋の切なさに
 ひとりないているものを

(出典:『源氏物語 巻一』(瀬戸内寂聴訳、講談社文庫、2007))

 

むかし「与謝野源氏」、いまは「瀬戸内源氏」

 大学受験を前にした高校三年生の夏も猛暑だったが、その当時はエアコンなどは自宅にはなく、汗をふきふき勉強に精を出したもの。その頃の記憶があるから、エアコンなしでもどうといったこともない。

 そのとき通読したのが、いわゆる「与謝野源氏」、歌人の与謝野晶子が現代語訳した『源氏物語』である。作家の谷崎潤一郎が、原文の趣(おもむき)を活かして現代語訳した「谷崎源氏」と比べて、通読するなら意味はとりやすいといわれており、じっさいそのとおりだという感想をもった。

 だがいかんせん、本文に挿入された和歌が、解釈も現代語訳もなしにそのままおかれているのにはまったく閉口した。歌の意味を味読できなければ、『源氏物語』の味わいは半減してしまうからだ。歌人であった与謝野晶子がなぜそうしたのかわからないが、読者には不親切きわまりない。

 『源氏物語』の現代語訳は、大和和紀のマンガ『あさきゆめみし』もふくめたらかなりの数になる。現在でもつぎからつぎへとトライされている。それに応える出版社もいるのがある意味では不思議である。

 あえて瀬戸内寂聴の訳をつかったのは、源氏物語の女人たちと同じく、瀬戸内寂聴もまた愛欲の世界をみずから体験し、小説にもしててきた人でかつ、煩悩をもてあました末に天台宗で出家した人であるからだ。これは、『寂聴伝』(齋藤愼爾、新潮文庫、2011)でも触れられていることだ(P.491)。

 比叡山の横山(よかわ)の僧都も登場する『源氏物語』、仏教の理解が深くなければ、深いレベルで理解することはできないのではないか、これは高校時代に「与謝野源氏」を通読したときにも思ったことだ。とくに『源氏物語』54帖のうち、とくに後半1/3に該当する『宇治十帖』にかんしては。

 みずからも天台宗の本山である比叡山で修行した寂聴さんだからこそ、意味のある現代語訳となったのではないか。間違いなく今後四半世紀のスタンダードになるだろう。

 とはいえ、いまだに「寂聴源氏」は通読していない。ぜひ遠くない将来に一念発起して、文庫版全10巻を一気読みしたいと思っている。


アーサー・ウェイリーによる英訳 The Tale of Genji

 むかし、正宗白鳥という作家は、英国の東洋文学研究家アーサー・ウェイリー訳の英語訳で通読して、はじめて『源氏物語』の良さが理解できたと述懐したそうだが、あながちおかしな話ともいえまい。

 ちなみに、ウェイリーは日本の古典にかんしては源氏、お能、和歌などなど、中国の古典については李白や西遊記なども英語訳している。だが、『源氏物語に魅せられた男-アーサー・ウェイリー伝-』(宮本昭三郎、新潮選書、1993)によれば、漢文も古文も独学で身につけたもので、東洋には一度も足を踏み入れたことがないらしい。この事実には、ほんとうに驚かされる。

 現在では英語訳といえば米国人の日本研究者エドワード・サイデンステッカー訳がスタンダードになっているが、ウェイリー訳もいまでも英語世界では流通している。
 
 翻訳というものはある意味では解釈だから、ウェイリーがどのように英語化しているか簡単にみておこう。和歌(poem)は独立させずに、地の文のなかに織り込んで訳すのがウェイリーの翻訳スタイルだが、こういう処理の仕方もあるものだな、と。

Utsusemi(空蝉)の最後のパッセージから

Utsusemi, though she had so fiercely steeled herself against his love, seeing such tenderness hidden under the words of his message, again fell to longing that she were free, and though there was no undoing what was done she found it so hard to go without him that she took up the folded paper and wrote in the margin a poem in which she said that her sleeve, so often wet with tears, was like the cicada's dew-drenched wing.

(出典:The Tale of Genji translated by Arthur Waley, Dover Publication, 2000 P.51)


同じ箇所を瀬戸内寂聴訳から(出典は既出)

 一方、あくまでもつれない女も、一応さも平静そうに思いを抑えこらえているものの、どうやら思いの外に深く真実らしいお気持ちが身にしみるにつけ、もしこれが夫のいない娘の頃だったならと、今更、過ぎ去った昔を取り返しようもないままに、源氏の君への恋しい気持ちが忍びきれなくなり、いただいたお手紙の懐紙(かいし)の端に、人知れず書きつけるのでした。

空蝉(うつせみ)の羽(は)におく露(つゆ)の木(こ)がくれて
 しのびしのびに ぬるる袖(そで)かな

薄い空蝉の羽に置く露の 木の間にかくれて見えないように
(私も人にかくれて忍び忍んで
(あなたへの恋の切なさに ひとりないているものを

 主語を明確にしなければならないのが英語、瀬戸内源氏は徹底的に主語を明確にしたという評がありながらも、やはり日本語だと主語は明示しなくても意味をとることができる。

 いずれも、流麗な訳文である。

 『源氏物語』はあえていうまでもなく世界最古の長編小説、これこそまさに世界に誇る「なでしこパワー」の代表だろう。






<ブログ内関連記事>

猛暑の夏の自然観察 (1) セミの生態 (2010年8月の記録) 

猛暑の夏の自然観察 (3) 身近な生物を観察する動物行動学-ユクスキュルの「環世界」(Umwelt)

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『伊勢物語』を21世紀に読む意味

日本語で書くということは・・・リービ英雄の 『星条旗の聞こえない部屋』(講談社、1992)を読む
・・もともとは日本文学研究者のリービ英雄氏は『万葉集』の英語訳という業績がある

「シャーリプトラよ!」という呼びかけ-『般若心経』(Heart Sutra)は英語で読むと新鮮だ

(2014年9月1日 情報追加)




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2011年7月26日火曜日

書評 『なでしこ力(ぢから)-さあ、一緒に世界一になろう!-』(佐々木則夫、講談社、2011)-「上から目線」でも「下から目線」でもない「横から目線」の重要性


世界がたたえる「なでしこ力(ぢから)」。それはいかにして世界が憧れる存在となったのか?

 ワールドカップで世界一になったなでしこジャパン。その大活躍と最後の最後まで決してあきらめない姿チームワークと精神力に感動した人も少なくないだろう。

 また、1試合1試合ごとに「3-11」の犠牲者と被災者のために戦ったということを耳にしたとき、元気と勇気をあたえてくれたことに感謝の気持ちをもっただけでなく、日本人の誇りを取り戻した人も少なくないのではないだろうか。

 この本は、なでしこジャパンの監督をつとめる著者が、ワールドカップで世界一を達成する前に出版した本である。「3-11」以前に出版されたものである。その意味では、まさに有言実行。目標達成までは一筋縄にはいかないとしても、監督をふくめチーム全員がひとつになって全力を出し切った結果であるといえよう。

 女子サッカーは、競技スポーツとしてのサッカーという共通点はあるものの、さまざまな面において男子サッカーとは違う。個と集団がつくる女子サッカーチームと男子サッカーチームのあいだには、集団としての男女の性差があって当然だ。ある意味では「異文化」と考えるべきかもしれない。

 女子サッカーの日本代表チームを「上から目線」でも「下から目線」でもない、「横から目線」で接してきた佐々木監督は、女子サッカー選手ひとりひとりに自分で考えさせ、自分で判断させる環境をつくりだすことで、自分らしさを引き出すことに徹してきた人だ。その成果が「なでしこ力」となって結実した。

 そもそも日本文化というものは、男性原理よりも女性原理を中心動いてきたものだ。明治以降の近代化のなかで過度に男性原理が強調されてきたが、いまや近代も終わり、そういう思い込みからはもうそろそろ解放されていいだろう。その意味では、「なでしこらしさ」とは、いいかえれば「日本らしさ」と言ってもいいのかもしれない。

 その国のサッカーには、その国の文化がストレートに反映するといわれる。「なでしこらしさ」に徹することによって、世界一の座を手にすることもできることでそれは実証されたわけだ。

 すでに世界の女子サッカー界は、なでしこジャパンを目指す方向に向かっているという。「なでしこ」という日本語が世界で通用する日もそう遠い将来のことではないだろう。

 すでに、つぎの目標である2012年のオリンピック・ロンドン大会での優勝という目標に向けて動きだしたなでしこジャパン。「ポスト近代の日本型リーダシップ論」としても熟読するに値する内容だといっていいと思う。





<初出情報>

■bk1書評「世界がたたえる「なでしこ力(ぢから)」。それはいかにして世界が憧れる存在となったのか?」投稿掲載(2011年7月23日)
■amazon書評「世界がたたえる「なでしこ力(ぢから)」。それはいかにして世界が憧れる存在となったのか?」投稿掲載(2011年7月23日)



目 次

佐々木則夫流 11(イレブン)の心得
第1章 はじまりは、アクシデント
第2章 ひたむきさとは、「できる」と信じる心
第3章 最高の仲間たちと
第4章 新しい力
第5章 世界がたたえる「なでしこ力」
第6章 横から目線
第7章 歩々是道場(ほほこれどうじょう)
第8章 なでしこたちから学ぶこと
第9章 則夫力
 -池田浩美、澤穂希、安藤梢、山藤賢、佐藤謙一、佐々木淳子
第10章 金メダルの重み
第11章 なでしこの未来


著者プロフィール

佐々木則夫(ささき・のりお)

1958年5月24日生まれ。山形県出身。帝京高校3年次に主将としてインターハイ優勝。日本高校選抜主将。明治大学卒業後、日本電信電話公社に入社。NTT関東サッカー部(現・大宮アルディージャ)でプレー。現役引退後、同チームのコーチ、監督、ナショナルトレセンコーチなどを経て、2006年、なでしこジャパンコーチに、2007年、なでしこジャパン監督に就任。北京オリンピック4位、東アジア女子選手権2連覇、アジア大会優勝、女子ワールドカップ2011ドイツ大会出場権獲得などの成績を収め、2010年、FIFA年間最優秀監督賞女子部問の候補10人にノミネートされる(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)。






<書評への付記>

女子のチームスポーツ

 一般的に女性は、「達成感」の前に「承認欲求」がまず先にくる。まずは承認欲求がみたされたうえで、自らが考ええ、自らが判断したプレーによって目標達成にむけて気持ちを一つにする。

 ここぞというときにチカラを出し切るには、ふだんから、自分らしさを活かすことと仲間意識を両立させることが大切だ。これがむかしのやり方とは根本的に違うこと。

 かつて世界一となったのは「東洋の魔女」とよばれた女子バレーボール日本代表チームであったが、高度成長時代まっただなかにおいては、大松博文(だいまつ・ひろふみ)監督の「黙って俺についてこい」というスパルタ式特訓の指導法であった。

 しかし、バブル期を経て、20年以上もつづくデフレ経済のなか、より大きな時間軸でみると明治維新以降の「近代」(モダン)が終わりをつげ、すでに「後近代」(ポストモダン)になっていることに気がつく。

 長い長い日本史のなかでは、あくまでも例外であった明治以降の「近代」、この時代は例外的に男性原理が女性原理を押さえ込んでいた時代であった。

 その制約がとれたいま、なでしこジャパンが大活躍したのも不思議でもなんでもないのかもしれない。女性原理を尊重しながら、世界で勝利することも不可能ではないという事実が証明されたわけなのである。男性原理の皮をかぶった女性原理ではない、女性らしさそのものによって。

 このほか学びの多い一冊、女子をまとめる立場にいる男子管理職だけでなく、これからの日本において必要なリーダーシップのありかたとマネジメントのありかたについても示唆の多い一冊である。


佐々木則夫流 11(イレブン)の心得

 本書の冒頭に「佐々木則夫流 11(イレブン)の心得」 が黒枠のなかに記されている。出場メンバーのイレブンにあわせた心得は心憎い。そのまま引用させていただこう。

1. 責任
2. 情熱
3. 誠実さ
4. 忍耐
5. 論理的分析思考
6. 適応能力
7. 勇気
8. 知識
9. 謙虚さ
10. パーソナリティ
11. コミュニケーション

 これら11の項目は、足し算ではなく掛け算。1項目でもゼロ(ゼロに近い値)があれば、その人に指導者の資格はない。

 この注記がまた重要だ。
 

<関連サイト>

佐々木則夫監督となでしこたちの1300日戦争-貧乏に負けなかった-(2011年08月03日(水)「週刊現代」より)

W杯を笑顔で勝ち取った佐々木監督。“なでしこマネジメント5つの法則”(Number Web 2011年7月31日)



<ブログ内関連記事>

女子サッカー・ワールドカップで 「なでしこジャパン」 がついに世界一に!(2011年7月18日) 

「NHKスペシャル「なでしこ​ジャパン 世界一への道」 (2011年7月25日) を見ながら考えたこと

書評 『日本は、サッカーの国になれたか。電通の格闘。』(濱口博行、朝日新聞出版、2010)

コトバのチカラ-『オシムの言葉-フィールドの向こうに人生が見える-』(木村元彦、集英社インターナショナル、2005)より

『Sports Graphic Number (スポーツ・グラフィック ナンバー) 2011年3月10日号 特集:名将の言葉学。-2011年のリーダー論-』

「サッカー日本代表チーム」を「プロジェクト・チーム」として考えてみる

不動明王の「七誓願」(成田山新勝寺)-「自助努力と助け合いの精神」 がそこにある!
・・高いレベル個人技があってこそ、チームワークが意味をもつ

書評 『日本文明圏の覚醒』(古田博司、筑摩書房、2010)
・・明治維新以降の「近代」はすでに終わったのだということを明確かつ明快に語る

『伊勢物語』を21世紀に読む意味

「福祉の仕事 就職フォーラム」(東京国際フォーラム)にいってみた
・・福祉の世界に限らず「横から目線」が重要

(2014年3月10日 情報追加)






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2011年7月24日日曜日

「生誕130年 橋口五葉展」(千葉市美術館) にいってきた(2011年7月)


 「生誕130年 橋口五葉展」(千葉市美術館)にいってきました。

 美人画、日本画家、装幀家、日本のアール・ヌーヴォー画家としてカテゴライズされることの多い橋口五葉(はしぐち・ごよう 1881~1921)。その全貌を知るまたとない展示会です。

●会場:千葉市美術館
●会期:2011年6月14日~7月31日(日)

 橋口五葉(1881~1921)は、明治時代から大正時代にかけて活躍した日本画家で美人画をよくした人。文字面からみると、樋口一葉に似ていますが男性です。

 展覧会の案内文をそのまま引用させていただくこととしましょう。

 橋口五葉(1881-1921)は鹿児島市の生まれ。1899年に上京してはじめ橋本雅邦に日本画を学びますが、油絵修業のかたわら図案にも才を発揮、1905年にはかの『吾輩ハ猫デアル』(夏目漱石著)で装幀家としてデビュー、以後アール・ヌーヴォーを基調とした優美な装本の数々を世に送りました。
 1911年の三越呉服店による懸賞広告画募集では1等となって話題をさらい、同じ頃から錦絵の研究・復刻にも取り組んでいます。そして1915年の渡邊版《浴場の女》を経て《化粧の女》や《髪梳ける女》に代表される珠玉の私家版木版を残し、41歳の若さで没しました。

 本展は、監修に美術史家の岩切信一郎氏を迎え、油彩、水彩、素描、版画、絵葉書、装幀本、ポスターなど約400点から改めて橋口五葉の全貌を探ろうとするものです。
 展示作品には、1912年の无声会展に出品され、モノクロ写真でのみその存在を知られていた幻の《黄薔薇》をはじめとする新出資料が数多く含まれ、五葉の制作の軌跡をかつてなく照らしてくれることでしょう。五葉が独自の美意識をもって創造した多様なデザインや女性像、その馥郁たる線と色を、どうぞご堪能ください。
 日本画から画業をはじめて油絵も学び、日本的題材をモチーフの中心に据えながら、特性におうじて洋画や日本画を描き分け、書籍の装幀や商業ポスターの分野で活躍したグラフィック・デザイナーであり、短い生涯の晩年には浮世絵に本格的に取り組んだ、きわめて多彩な才能を発揮した画家であったといっっていいでしょう。

 一般大衆的な知名度はそれほど高くないかもしれませんが、その作品を見れば、どこかで一度は見たことがあるという記憶があるはずの画家でしょう。いわゆる大正ロマンの美人画として一度は出会っているはずです。

 日本の影響を大きくうけて花開いたアール・ヌーヴォーが日本に導入されて、浮世絵や日本的モチーフと融合して、また日本的アール・ヌーヴォーとして発達する。こういう東洋から西洋へ、西洋からふたたび東洋へという影響関係の流れが面白いですね。

 またガブリエル・ロセッティに代表される英国のラファエル前派の影響も受けている橋口五葉。ある意味では、わたしの好みが凝縮されたような画家であるといっても言い過ぎではないのです。



 美術展の構成は以下のようになっています。図録の目次に対応しています。橋口五葉の生涯の画業をたどるにはわかりやすい構成といえるでしょう。

Ⅰ章 鹿児島から東京へ
 1. 素描・水彩・パステル-イメージの集積
 2. 油彩画-白馬会の頃
Ⅱ章 物語の時代
 1. 日本画
 2. 浪漫主義
Ⅲ章 吾輩ハ五葉デアル
 1. 『ホトトギス』の周辺
 2. 装幀本とその画稿
 3. 雑誌やポスターの仕事
Ⅳ章 耶馬溪(やばけい)を描く-新たな主題の発見
 1. 耶馬溪・別府の風景
 2. 温泉場の女たち
 3. ポスター《此美人》と天声会の活動
Ⅴ章 素描-裸婦たち
Ⅵ章 新たなる浮世絵を求めて
 1. 《浴場の女》まで
 2. 浮世絵研究
 3. 私家版木版の精華
 4. 没後の動き


 東京美術学校(・・現在の東京芸大)では優秀な成績をのこし、明治の浪漫主義の藤島武次や青木繁といった著名人とも並び賞される?・・の橋口五葉。初期の作品には、東京美術学校の創設者であった岡倉天心を想起させる?・・・・

 夏目漱石の『吾輩ハ猫デアル』の装幀と挿絵を手がけており、初版本だけでなく、装幀案も多く展示されておりたいへん興味深いものがあります。「ホトトギス」の俳人や夏目漱石一門との交友が、互いに大きな影響を与えながら伴走していたことを知ることができます。


 日本で最初のブック・デザイナーという評価を受けています。装幀家としての作品は、大きな見どころといってよいでしょう。

 谷崎潤一郎や永井荷風の新聞小説の挿絵は文庫本にも収録されているものも多いので、小説世界と挿絵の関係があいまってひとつの作品世界ができあがっていることを感じ取ることができますが、夏目漱石の場合は橋口五葉の挿絵入りの文庫版がないのが残念なことです(・・上掲の写真の右端は挿絵の一つ)。

 絵はがきの図案も大量にてがけており、ちょっとレトロ調な絵柄はぜひ絵はがきとして復刻してほしいなとも思います。

 三越のポスターは一等をとっただけに、さまざまな場所で目にする作品です。このほか、岩波書店のポスターや、日本郵船関連のデザインなど、商業デザインにも拡がっています。

 
 岩波書店というと、ミレーの種蒔く人を図案化したマークでしられていますが、もともとは「水甕(みずがめ)に岩波という手書き文字の入ったマーク」が使用されていたそうです。

水甕のデザインは橋口五葉のものです。現在でも岩波文庫の裏表紙と本文見開き1ページ目に印刷されていますので、お手元に岩波文庫があったら眺めてみてください。

 個人蔵であるため、この100年のあいだ公開されることのなかったという「黄薔薇」(きばら)がじつにすばらしい(・・冒頭のポスターに使用された作品)。三越のポスターと同系列の大正美人画の代表的作品といっていいでしょう。

 この美術展は巡回展で、千葉市美術館(2011年6月14日~7月31日)のつぎは、北九州市立美術館分館(2011年8月13日~9月25日)、そのつぎは鹿児島私立美術館(2011年10月4日~11月6日)で開催されます。

 関東近辺に在住の方で、見逃した方はぜひこの期会に千葉市まで足を運ぶことをおすすめしたい、通好みの内容が充実した美術展といってよいでしょう。

 すくなくとも図録(2,400円)だけでも入手しておきたいものです。橋口五葉という画家の全貌を知ることのできる貴重な資料集にもなっています。




<ブログ内関連記事>

美術展 「田中一村 新たなる全貌」(千葉市美術館)にいってきた
・・それじたいが重要な建築遺産である千葉市美術館についても触れている





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ひさびさに隅田川で屋形船を楽しむ-屋形船は東京の夏の楽しみ!


 昨夜(2011年7月23日)、屋形船に乗ってきた。
 
 隅田川の屋形船はひさびさである。バブル期に乗って以来だろうか? いやそんなことはないかな。今回で屋形船にのるのは 5回目くらいだろうか。

 今回は、FB(フェイスブック)仲間のよびかけによるイベントである。ある意味では「オフ会」のようなものだろうか? たんなる飲み会よりも、はるかに遊びの要素がつよいのが喜ばしい。なんといっても同じ船に乗るわけだし。英語のコトワザにある We're in the same boat. そのものである。

 集まったのは全部で28人。これだけ集めれば夏場の最盛期の屋形船も十分に楽しめる人数である。

 それにもましてフェイスブックのイベント集客力である。どこかの組織にでも所属していなかったら、なかなかこうしたイベントに参加することもないだろう。これからの時代、意味をもつのが個人と個人のネットワークだとしたら、こういう仕事抜きの集まりというものはじつに大きな意味をもつ。

 今回は主催者のリクエストにより、わたしは「ゆかたデビュー」することとした。自宅からゆかたで下駄履きででかける。ゆかた姿で歩いていると、関東でもあってもいろいろ声かけされるのは面白い。「祭ですか?」、「ゆかたは格好いいね~」などなど。ありがとうございます。



 女性のゆかた姿は夏にはかならずしも珍しくないが、男性のゆかた姿は珍しいかもしれない。男性も少しだけ勇気(?)を出してゆかたを着て町を歩けば、注目を浴びることは間違いなしである。その注目をあびるというのが避けたいのかもしれないが。

 ちなみに漢字で浴衣と書くゆかたは、もともとは湯帷子(ゆ・かたびら)がなまったコトバだそうだ。だから、ゆかたとひらかなで書いたほうが適切だといえよう。

 今回の屋形船は鈴木屋さん。神田川が隅田川に流れ込むところにある柳橋(やなぎばし)の近くに船着き場を構える老舗の屋形船である。

 コースは隅田川をさかのぼるのではなく、東京湾へとくだる。屋形船がしばし停泊する場所には、数多くの屋形船が集まり、さながら屋形船銀座とでもいうべきたまり場になる。

 屋形船といえば、なんといっても料理である。今回は、10,500円コース (税込)。ゆったりとした船内で食べる江戸前アツアツ天ぷら(エビ・キス・メゴチ・アナゴ・イカ・季節の野菜)、その他、刺身、焼き鳥、その他、江戸前アサリの味噌汁。飲み物は、ビール、焼酎、日本酒など飲み放題。



 最低携行人数は18名様以上だが、夏期シーズン中は 25名様以上となる。だからこそ、イベント集客力がものをいうわけだ。

 時間は2時間30分、19時半に出発した屋形船は22時には船着き場に戻る。この時間だと二次会にいくのはちと遅いという感じでもあるので、1万円でおいしい料理とお酒を楽しむ屋形船は、参加が何回目となっても楽しめるのである。

 船のなかで鈴木屋さんに聞いたところでは、「3-11」後の過剰な自粛で客足が遠のいていた屋形船だが、夏場の週末土曜日は 3往復でフル稼働に戻ったそうだ。カネは天下の回りもの。遊びを自粛することなくカネを回すことが経済活性化につながることも、意識のなかにはいれておきたいものだ。

 東京近辺にいるのであれば、一年に一回は屋形船を楽しみたいものと思う。江戸時代の庶民以来の伝統の遊びである屋形船は、日本史上の数々の危機を乗り越えながら現在でも健在である。





<関連サイト>

屋形船 鈴木屋 (東京・浅草橋)



<ブログ内関連記事>

We're in the same boat. 「わたしたちは同じ船に乗っている」

【緊急提言】 「自粛」という名の「空気」を読むのは止めよう。消費にカネを回して「日本復興」への貢献を!(2011年3月25日)

かつてバンコクは「東洋のベニス」と呼ばれていた・・
・・タイのバンコクもまた「水の都」

(2014年5月11日 情報追加)






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2011年7月23日土曜日

「空海と密教美術展」(東京国立博物館 平成館) にいってきた(2011年7月22日)


 「空海と密教美術展」(東京国立博物館 平成館)にいってきた。「この夏、マンダラのパワーを浴びる」というのがキャッチコピーだ。
 
 東京にいながらにして、密教の仏像や仏具などをみる機会があるのはうれしいことである。

 わたしは、これまでも、東京や京都で開催された展覧会だけでなく、高野山にも三度いっているので、密教「美術」には慣れ親しんでいるのだが、それでもあえて足を運ぶのは、機会があれば見てみたいという気持ちがあるためだ。

 ただ今回の展覧会も、あくまでも「美術展」という位置づけである。密教「美術」は、密教信仰ぬきでもすばらしいが、やはりほんとうは高野山や、その他の醍醐寺や東寺といった密教寺院で拝観するのが、ほんらいのありかたというものだろう。


会期: 2011年7月20日(水)~9月25日(日)
会場: 東京国立博物館 平成館 (上野公園)
開館時間: 午前9時30分 – 午後5時
 ※入館は閉館の30分前まで(金曜日は午後8時まで、土・日・祝日は午後6時まで開館)
休館日: 月曜日(ただし8月15日、9月19日は開館)
主催: 東京国立博物館、読売新聞社、NHK、NHKプロモーション
後援: 文化庁
特別協力: 総本山仁和寺、総本山醍醐寺、総本山金剛峯寺、
 総本山教王護国寺(東寺)、総本山善通寺、遺迹本山神護寺
協力: 真言宗各派総大本山会、南海電気鉄道
協賛: あいおいニッセイ同和損保、きんでん、大日本印刷、トヨタ自動車、非破壊検査 http://kukai2011.jp





 展示品については、公式サイトを参照していただきたいが、大きくわけて、空海関係と密教関係の2つにわかれる。

 前者は、三筆のひとりとして賞賛されてきた、書家としての弘法大師空海の達筆ぶりをぞんぶんに味わいたいひとのためには最適だろう。もちろん「弘法も筆の誤り」ということは、展示品にかんしてはいっさいない(笑)。

 後者は、もちろん空海が伝来した密教法具からはじまって、日本に定着した真言密教の仏具、仏像、曼荼羅(マンダラ)が所狭しと展示されている。

 わたしは書道にはあまり関心がないので、その関係の展示は軽くいなし、密教関連の展示をじっくりと見ることにする。

 曼荼羅(マンダラ)については、残念ながら色あせがはなはだしく、すごく近くに寄ってみなければ、班別もむずかしいようなものが多い。ただし、巨大な曼荼羅も展示されており、彩色が鮮やかだった頃の壮麗さを想像してみるのもいい。

 圧巻は、京都の醍醐寺とおなじく京都の東寺の、「仏像マンダラ」を再現した展示だろう。それぞれの仏像の細部をすぐ近くに寄ってみることができる。もちろん、マンダラとは世界観の表明であるから、近くによって細部を見るよりも、やや離れた距離から、いわば「立体マンダラ」として体験するのが、ほんらいのありかたであろう。

 2009年の「阿修羅展」と同じ博物館の同じ会場(・・スロープのある部屋)での展示である。

 しかし、思うには、やはり仏像というものは、仏教信仰のあるなしにかかわらず、お寺でみるべきものであって、美術品として見るのは、あくまでも近代人の眼なのだなとつよく思ったのであった。

 江戸時代に盛んであった「出開帳」(でかいちょう)という、移動展示会の要素をもっと全面にだしたほうが、仏像ブーム、仏教ブームの再来といわれる現在にはふさわしかったのではないだろうか。たしか、京都国立博物館での展示のキャッチコピーは、「霊峰(おやま)がまるごと降(お)りてきた!」というもので、内容も豪華絢爛なもlのであった記憶がある。ここでいう「霊峰」(おやま)とは高野山のことである。

 今回の「空海と密教美術展」(東京国立博物館 平成館)は、その意味では密教世界の展示というよりも、まだまだ美術品の展示という色彩の強い展覧会であったような気がしてならないのが残念であった。

 むしろグッズの販売のほうが楽しみというのは、じつは仏教がらみの展示会では、ほんらいのあり方かもしれないなとも思う。

 ミュージアムショップ以外に、展示会のためだけに出店されるさまざまなお店で売られている展示会関連グッズや、その他の仏教関連グッズのもろもろがまた楽しい。

 今回、わたしはマンダラ・クロース(布)を 1,500円で購入した。下の写真である。



 いつも思うのだが、なぜマンダラ柄のネクタイがないのだろうか? あれば買いたいと思っているのだが、柄が派手すぎてみな敬遠してしまうのか? どなたか製造していただけないものだろうか?


<ブログ内関連記事>

特別展 「五百羅漢-増上寺秘蔵の仏画 幕末の絵師・狩野一信」 にいってきた

善光寺御開帳 2009 体験記

書評 『近世の仏教-華ひらく思想と文化-(歴史文化ライブラリー)』(末木文美士、吉川弘文館、2010)

成田山新勝寺「断食参籠(さんろう)修行」(三泊四日)体験記 (総目次)
・・真言密教について知る

不動明王の「七誓願」(成田山新勝寺)-「自助努力と助け合いの精神」 がそこにある! ・・真言密教について知る





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2011年7月22日金曜日

「やってみせ 言って聞かせて させてみて ほめてやらねば 人は動かじ」 には続きがあった!-山本五十六 その2


 率先垂範型リーダーシップの至言として、言及されることが多いのが山本五十六の語録にある。

やってみせ 
言って聞かせて 
させてみて 
ほめてやらねば 
人は動かじ


 このあまりにも有名な「道歌」の意味は、あらためて説明するまでもないだろう。「人は動かじ」というのが、やや「道歌」風の古風な表現であることを除けば、文字どおり素直に受け止めるべき内容であろう。

 みずからが率先して「やってみせ」たうえで、「言って聞かせて」みる。順番が大事である。クチで言うだけでなく、まずみずからが率先してやってみせる。

 そして、相手に「させてみる」、やらせてみる。その様子をみながら、ほめてやらないと人は自発的に動かない。けなすのは簡単だが、それでは人はやる気をなくしてしまう。どこまでほめるかは、ケースバイケースだろう。これは相手をよくみて行うべきものだ。

 ここまでは、一度は聞いたことのある話だと思う。わたしも、折りにふれこの道歌を引き合いにだして、率先垂範型リーダーシップを日本人のために簡潔にいいあらわしたものとして説明してきた。

 先日、ふとしたキッカケで、山本五十六について調べる機会があって wikipedia の記述を読んでいたら、有名な「やってみせ 言って聞かせて させてみて ほめてやらねば 人は動かじ」にはつづきがあることをはじめて知った。

話し合い 耳を傾け 承認し
 任せてやらねば 人は育たず


やっている 姿を感謝で見守って
 信頼せねば 人は実らず


 おお、これらもまたほんとうにアタマでなく腹で納得できる至言ではないか!

 どのようにしたら「人を動く」のか? 「人は育つ」のか? 「人は実る」のか? いずれも、「育てる」、「実らす」といった他動詞ではなく、あくまでも自分がかかわる相手の主体的な自発性に重点をおいた発想である。

 いかに部下を動かすのではなく、いかにしたら部下は自発的に動くようになるのか?
 いかに部下を育てるのではなく、いかにしたら部下はひとりでに育っていくのか?
 いかに部下を成熟させるのかではなく、いかにしたら部下は人間として成熟していくのか?

 いずれも、強制力をもって命令するのがあたりまでの軍隊組織のなかにあってすら、もっとも効果をもつのはそうではないことを示している。リーダーシップのありかたを、学習(=学び、ラーニング)という観点から表現したものだ。

 上司の役割とは、部下が自分で気づいて、自発的に動き、主体的に学ぶための環境をいかに設定するか、これが問われているのである。そのためには、上司みずからが学びの姿勢をもたねばならない。言外にそう言っているようにわたしには思われる。

 上司が学ぶ姿勢をもっていれば、部下もその姿勢から自然に学ぶものもすくなくないだろう。率先垂範とはそういうものだ。

 英語にも似たような格言がある。

Practice what you preach.

 みずから説くところを実践せよ、とでも訳したらよいだろうか。洋の東西を問わず、リーダーシップのありかたは同じなのであろう。

 リーダーシップの根本には「学び」の精神が不可欠である。自ら学び、そして周囲の人間がおのずから学ぶ環境をつくる。そして耳を傾け、見守ること。

 時間のかかるプロセスであることを、胸に念じておかねばならないのである。







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「男の修行」(山本五十六)
・・「苦しいこともあるだろう 言い度いこともあるだろう 不満なこともあるだろう 腹の立つこともあるだろう 泣き度いこともあるだろう これらをじっとこらえてゆくのが 男の修行である」

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2011年7月20日水曜日

不動明王の「七誓願」(成田山新勝寺)-「自助努力と助け合いの精神」 がそこにある!


 昨年(2010年)7月に成田山新勝寺で「断食参籠修行」をした際に、護摩行に参加した折りにもらった「不動明王御真言」 と 「七誓願」 が書かれた名刺大の印刷物。

 不動明王(=不動尊)の画像を組み合わせてみました。成田山のものではなく、京都の醍醐寺の不動明王です。

 真言(しんごん)は、意味はわからなくてもとにかく唱えるマントラ(呪文)のようなもの。サンスクリット語(梵語)ですね。

のーまく さんまんだー
ばーざらだん せんだー
まーかろしゃーだー
そわたや うんたらたー
かんまん

 これは、不動明王の真言の中呪です。マントラの長さによって大中小があります。弘法大師空海が、留学先の中国から日本にもたらしたサンスクリット語のマントラを、そのままの音で伝えて現在に至るというわけです。

 不動明王(不動尊)は、サンスクリット語でアチャラ(acala)といいます。cala とは動くもの、a- は否定の接頭語であるので、a-cala は動かないもの、すなわち不動(尊)となるわけですね。日本語の語感だと、チャラチャラしてないのが不動尊といっても、不敬な発言にはならないでしょう。

 「七誓願」(私たちの誓い)を読んでみましょう。

・明るい笑顔で奉仕のはげみ-奴僕(ぬぼく)の行
・まごころこめて助け合い-羂索(けんさく)のおさとし
・苦難に耐えれば開ける希望-盤石(ばんじゃく)の決意
・精進努力に豊かな実り-燃えさかる火炎
・常に冷静 不動の心-ゆるぎなきみ心
・正しい判断さとりのめざめ-利剣(りけん)の智慧
・いただくご利益(りやく)みんなと共に-加持力(かじりき)


 むずかしいコトバが多いので注釈をつけておきましょう。

 奴僕(ぬぼく)とは、奴卑(ぬひ)や僕(しもべ)のこと。サーバントのことですね。奉仕(サービス)ですね。仏教ではなくキリスト教から発した経営思想にサーバント・リーダーシップというものがありますが、「明るい笑顔で奉仕」という仏教の教えもすばらしいですね。

 羂索(けんさく)とは、「デジタル大辞泉」の解説によればこうあります。《「羂」(けん)はわなの意で、もと鳥獣をとらえるわなのこと》5色の糸をより合わせ、一端に環、他端に独鈷杵(とっこしょ)の半形をつけた縄状のもの。衆生救済の象徴とされ、不動明王・千手観音・不空羂索観音などがこれを持つ。

 利剣(りけん)とは、おなじく「デジタル大辞泉」の解説によればこうあります。1. 鋭利なつるぎ。よく切れる刀剣。2. 仏語。煩悩(ぼんのう)や邪悪なものを打ち破る仏法や智慧のこと。

 加持力(かじりき)とは、加持(かじ)のチカラのこと。「デジタル大辞泉」の解説によればこうあります。[名](スル)《(梵)adhihnaの訳。所持・護念とも訳す》仏語。1. 仏の加護。2. 密教で、仏の慈悲の力が衆生に加わり、衆生がそれを信心によって受持し、仏と衆生とが相応すること。3. 真言行者が、手に印を結び、口に真言を唱え、心を仏の境地におき、仏と一体になること。三密加持。4. 神仏の加護を受けて、災いをはらうこと。祈祷(きとう)と同意に用いる。
 

 さて「七誓願」(私たちの誓い)に戻ってみましょう。「3-11」後の日本では、心から納得できる内容じゃないでしょうか!? 

 要約してしまえば、個人レベルの自助努力と助け合いの精神。個人レベルの自発性が出発点にある、自助努力と助け合いの精神。自分ひとりだけで生きているのではないということ。

 これこそ、多くの日本人をつくりあげてきた精神ですね。

 へたな自己啓発書より不動明王の「七誓願」、と思ってしまうわたしです。「3-11」後は、文字面だけで​なく、心の底から身にしみてわかるようになりました。

 自分は自助努力はしなければならない。自分が自助努力する際も、仲間といっしょに努力したほうがよい

 言われてみれば当然の教え。しかも、ソーシャルメディア時代の「シェア」の発想にもよくフィットした教えでもありますね。でも、日本人はこんな単純なことも見失っていたような気がします。

 原点回帰して「自助努力と助け合いの精神」の両輪で生きてゆきたいものです。





<ブログ内関連記事>

成田山新勝寺「断食参籠(さんろう)修行」(三泊四日)体験記 (3) 断食体験初日-いよいよ断食修行に入る を参照。

成田山新勝寺の 「柴灯大護摩供(さいとうおおごまく)」に参加し、火渡り修行を体験してきた(2014年9月28日)

節分の豆まきといえば成田山、その成田山新勝寺の「勝守り」の御利益に期待

書評 『目覚めよ仏教!-ダライ・ラマとの対話-』 (上田紀行、NHKブックス、2007. 文庫版 2010)    
・・ダライラマがクチにする「不動明王の慈悲の怒り」

「空海と密教美術展」(東京国立博物館 平成館) にいってきた(2011年7月22日)

日体大の『集団行動』は、「自律型個人」と「自律型組織」のインタラクティブな関係を教えてくれる好例
・・「集団行動」のエッセンスは、個人レベルの自助努力、そしてチームとしての高い目標を達成するための意識の持ち方にあります。個人レベルの高さがあってこそ、チームとしての信頼感もでてくる。それは甘えとは無縁の世界です・・(中略)・・体力と不屈の精神の関係。サバイバルと助け合いをつうじてのチームの結束力。そして目標としてきた完璧な演技(プレイ)を終えたあとの達成感


書評 『オーケストラの経営学』(大木裕子、東洋経済新報社、2008)-ビジネス以外の異分野のプロフェッショナル集団からいかに「学ぶ」かについて考えてみる
・・「(フラットな組織である)オーケストラにおいては、個々の演奏者が、いかに他の演奏者とのハーモニーをつくり出すことができるかということである」

(2014年9月13日、21日、26日、10月7日 情報追加)






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2011年7月18日月曜日

女子サッカー・ワールドカップで 「なでしこジャパン」 がついに世界一に!(2011年7月18日) 


 なでしこジャパン、ついに世界一! いやあ、最後の最後までハラ​ハラドキドキ、しかし粘りに粘って勝利をつかんだ! ありがとう​!!!

 ほんとうに、ほんとうに​言うことありません。「日本人の底力」をみせてもらいました​

 最後まで絶対にあきらめない粘​りが「結果」を導きました。これからだんだんと世界一を実感​していくことになりそうですね!

 宿敵アメリカを、晴れの舞台ではじめてくだしたという劇的な勝利。延長線の2-2で最後はPK戦で決着。ほんとうに最後の最後まで息の抜けない大勝負であした。

 今回のワールドカップではホームのチームである強豪ドイツを破り、スウェーデンを破り、そしてランキング一位のアメリカを死闘の末に140分かけて下しました。

 いまから15年くらい前、スポーツビジネス関連の調査の仕事で米国に出張した際、アメリカ女子サッカー協会の人間に会ったことを思い出します。そう、アメリカは女子サッカーでは世界ナンバーワンの強豪国。

 国際標準のフットボール(football)ではなくサッカー(soccer:association football の略)と呼び習わしている主要国は日本とアメリカくらいですが、その日米が決勝戦という晴れの舞台で、しかもドイツのフランクフルトというアウェーでガチンコ勝負をしたわけです。

 大きな白人のあいだに入ると、ほ​んとうに可憐な感じもした、なでしこジャパンのメンバーたち、よくやってくれまし​た。いままでアメリカには連戦連敗だったのに、この大舞台で逆転大勝利

 TVで見ている限り、会場からは、USA! USA! コールが聞こえてきても、ニッポン・コールが消されがちでした。

 日本の「女​子力」が日本を救った~! 日本人の底力が世界に示された​~! そんな歴史的な一日になりましたね。
 
 いい意味のナショナリズムでしょう。健全なナショナリズムというべきでしょう。日本が、日本人が世界一になったこと、これはココロから祝福すべき慶事ではありませんか!

 最後まであきらめ​ずに LIVE中継を見続けた甲斐がありました。

 そして、なでしこたちの沈着冷静さ、粘り​強く前進するメンタルのチカラ。平常心に不動心。

 澤穂希(さわ・ほまれ)キャプテンは、MVPで得点王。まさにプレイイング・マネージャーの鑑(かがみ)でしょう。そして、結果を出すという、率先垂範の有言実行型のリーダーシップ、お見事でした。

 代表選手のほとんどが、海外のプロチームでもまれてきたことも大きかったようですね。男子サッカーと違って、注目度の低い女子サッカーでは苦肉の対策だったこともあるようですが。

 これを書いている時点で、すでに何度もTVでリプレイを見ていますが、これからだんだん、じわじわと世界一の実感が選手だけでなく、日本人のあいだに拡がっていくこととなりましょう。

 とりあえず、いまこの時点で書けることだけを文字にしておきました。

 この快挙は男女ともにサッカーにおいては日本史上初というだけでなく、アジア史上初といってもいい快挙です。

 2011年7月18日、この日は歴史に残る、そして日本人の記憶に残る、すばらしい一日となったことは間違いありません。



(*冒頭に掲載した写真は、「スポーツ報知」号外。最後の得点表は http://mainichi.jp/enta/sports/graph/2011/0718/index.html から引用)


<関連サイト>

なでしこJAPAN 世界一 ワールドカップ決勝戦 日本 VS アメリカ・・YouTube投稿動画

なでしこ JAPAN~PK戦で世界一!・・YouTube投稿動画

【W杯】なでしこ優勝!!澤穂希 得点王&MVP!!・・YouTube投稿動画





<ブログ内関連記事>

『連戦連敗』(安藤忠雄、東京大学出版会、2001) は、2010年度の「文化勲章」を授与された世界的建築家が、かつて学生たちに向けて語った珠玉のコトバの集成としての一冊でもある

国民の一人一人が「勇気」 をもって、この危機を共に乗り切ろう!(2011年3月14日)

自分のアタマで考え抜いて、自分のコトバで語るということ-『エリック・ホッファー自伝-構想された真実-』(中本義彦訳、作品社、2002)
・・大事なのは希望よりも勇気!





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2011年7月17日日曜日

猛暑の季節こそ「とうがらし」!


 『「旬」がまるごと-マザーフードマガジン』というテーマ雑誌がポプラ社から出版されている。隔月刊のこの雑誌を、わたしは定期購読しているのだが、最新号の2011年9月号(7月発売)は「とうがらし」。まことにもって猛暑にはふさわしい特集だ。

 「とうがらし」の副題は「脂肪燃焼、冷え解消」とある。まさに言うことなしの万能薬のような野菜であり、スパイスである。

 9年前に自分のウェブサイトに以下のような文章を書いているので再録しておこう。



■「雑学のすすめ」(過去の掲載文)■

<2002年4月3日>

野菜のピーマンはフランス語が起源。ただし piment(ピマン)だけだと、唐辛子のことをさす。日本語のピーマンはフランス語では piment doux(ピマン・ドゥ:甘い唐辛子)になる。もともと同じものなのだから当然だ。なお、パプリカはドイツ語(Paprika)。ちなみにピーマンになくて、唐辛子に含まれる辛味成分をカプサイシンというが、体脂肪を燃やすありがたい存在だ。韓国女性が美しいのはキムチを食べるからだといわれるが、その理由はここにある。ところで、韓国やメキシコの唐辛子はロングサイズでそれほど激辛ではない。細長くて赤いピーマンみたいなものだ。それに対して日本やタイの唐辛子は小さくて本当に辛い!唐辛子は17世紀に日本経由で韓国に伝わったのに、なぜ違いがでてきたのだろう?  
これでもうあなたの「頭はピーマン」ではありませんね。ではまた。
http://homepage2.nifty.com/kensatoken/hyoushi.kakono-zatsugaku.htm


 ここに書いたように、ピーマンととうがらしは、じつはきわめて近い存在だ。京都府舞鶴市で栽培されている「万願寺甘とう」は京野菜の一つとしてブランド化されているが、「特集とうがらし」によれば、明治時代にカリフォルニア・ワンダー系のピーマンと伏見系のとうがらしが交配してできた種だという。近い存在であるがゆえに、交配も可能だというわけだ。

 「特集とうがらし」には、タイの小粒で激辛のとうがらしであるプリッキーヌーの紹介記事もある。

 プリッキーヌーとはプリック(とうがらし)+ヌー(ねずみ)の合成語、この記事には書かれていないが、小粒で「ねずみのふん」のような形だからそのように呼ばれるという話を聞いたことがある。日本にも「鹿のふん」というお菓子があるからそれはそれでいいだろう。


 ここに掲げた写真は、バンコク市内の下町の風景。日中にとうがらしを干している風景。同じような風景は、韓国の田舎を旅したら目にすることもできる。



 この記事に書かれていないが、タイの国民歌手バード(トンチャイ)には、その名も『プリッキーヌー』というコミカルな歌があるので、あらためて紹介しておこう。

 ◆Prik Khee Nhoo(Re-mix)でどうぞ。 こちらはかなりのアップテンポでノリノリですね。ぜひミュージック・ビデオの内容も一緒に楽しんでください。

 東南アジアでは、タイがもっともとうがらしの消費量が多いが、カンボジアでもベトナムでもみなとうがらしは大量消費している。暑さ対策にはとうがらしの辛さが欠かせないということだ。

 ここでとうがらしについてえんえんと書き続けるよりも、『「旬」がまるごと』の「特集とうがらし}を読んでいただくか、とうがらし関連の本は日本語でもたくさん出ているので、そちらを参照してもらうのもいいだろう。

 ここでは、『とうがらしマニアックス-とうがらし好きのためのとうがらし本-』(とうがらしマニアックス編集部、山と渓谷社、2009)を紹介しておこう。カラフルで楽しい小型本である。

 とうがらしには修行目的の使用というものもあることにふれておきたい。

 昨年(2010年)9月に「山伏体験修行」でいやというほど体験したのが「南蛮いぶし」。一室に閉じ込められて、とうがらしなどの香辛料ににぬかをまぜた粉を炭火でいぶして、目にも鼻にものどに襲いかかってくる激しい異臭を、呼吸困難ななかで耐え抜く修行である。

 こんな用法をしているのは、ほかの民族にあるのかどうかは知らないが、まことにもってとうがらしの用途は広い。用途は食用に限定されないというわけなのだ。







<関連サイト>

『「旬」がまるごと-マザーフードマガジン』(ポプラ社)
・・公式サイト


<ブログ内関連記事>

「生命と食」という切り口から、ルドルフ・シュタイナーについて考えてみる
・・Man is what he eats. (人間は、食べるところのものである)は、やさしくいいかえれば You're what you eat.

書評 『食べてはいけない!(地球のカタチ)』(森枝卓士、白水社、2007)

イサーン料理について-タイのあれこれ(番外編)

仏歴2553年、「ラオス新年会」に参加してきた(2010年4月10日)-ビア・ラオとラオス料理を堪能

タイのあれこれ (11) 歌でつづるタイ-DJ風に・・タイの国民歌手バードなどについて

庄内平野と出羽三山への旅 (4) 「山伏修行体験塾」(二泊三日) 初日の苦行は深夜まで続く・・・
・・ここで「南蛮いぶし」について書いてあります




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2011年7月15日金曜日

「山林に自由存す」-本日(2011年7月15日)は国木田独歩の生誕140年


 きょうは、明治時代の文学者でジャーナリストであった国木田独歩(くにきだ・どっぽ 1871~1908)の生誕140年の日である。千葉県銚子に生まれ、広島と山口で育った人。

 国木田独歩といえば『武蔵野』という小説。おそらくこの連想だけが現在でも生き残っているだろう。この一作で文学史に名を残している。

 「武蔵野」で少年時代を過ごしたわたしは、それだけでただ、国木田独歩には親しみさえ感じていた。

 きょうは、国木田独歩の詩を一篇、紹介しておきたい。

 独歩という号じたいが、独り歩くという意味。その独歩にもっともふさわしい内容とスタイルの詩であるかもしれない。

山林に自由存す(国木田独歩)

山林に自由存す   
われ此(こ)の句を吟じて血のわくを覚ゆ
嗚呼(ああ)山林に自由存す
いかなればわれ山林を見すてし

あくがれて虚栄の途にのぼりしより
十年の月日 塵のうちに過ぎぬ
ふりさけ見れば自由の里は
すでに雲山千里の外にある心地す

眦(まなじり)を決して天外をのぞめば
をちかたの高峰の雪の朝日影
嗚呼(ああ)山林に自由存す   
われ此の句を吟じて血のわくを覚ゆ

なつかしきわが故郷は何処(いずこ)ぞや
彼處(かしこ)にわれは山林の児なりき
顧みれば千里江山
自由の郷は雲底に没せんとす


 「山林に自由存す われ此の句を吟じて血のわくを覚ゆ」。

 じつにリズミカルな詩句ではないか。わたしもまた「この句を吟じて血のわくを覚ゆ」るのである。漢文調の文語体のこの詩は、リズム感があって、まさに「吟じる」に適したものである。

 この詩を見つけたのは、『山と高原と湖の詩集』(新川和江編、集英社コバルト文庫、1977)である。

 出会いというのは、どこでどのような形で訪れるかわからない。それは人も、モノも、文章も、詩もまた同じだ。

 日常生活から飛び出て、魂は山林に・・・。
 7月も半ば、すでに夏山シーズンが始まっている。





<ブログ内関連記事>

むかし富士山八号目の山小屋で働いていた 総目次

「庄内平野と出羽三山への旅」 全12回+α - 「山伏修行体験塾」(二泊三日)を中心に (総目次)





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2011年7月14日木曜日

書評 『言葉でたたかう技術-日本的美質と雄弁力-』(加藤恭子、文藝春秋社、2010)-自らの豊富な滞米体験をもとに説くアリストテレス流「雄弁術」のすすめ


著者の体験からにじみ出た、とくに日本の若者たちに向けた厳しくも暖かいメッセージ

 日本のいまの若者たちを深いレベルで信頼している、1929年(昭和5年)生まれの著者が、自らの豊富な滞米体験をもとに説くアリストテレス流「雄弁術」のすすめ。

 戦後から7年たった1952年に夫の留学について渡米した著者夫妻は、学費を稼ぐために住み込みの家事労働者となる。こういったナマの体験を経た米国理解は、活字や映像をみただけの評論家的なものではまったくない。生きることは闘うこと、闘うための武器はコトバと雄弁術なのだ。発信しなければ泣き寝入りを余儀なくされる。米国留学の経験のある私は、著者の言うことに100%同意する。

 米国留学で悪戦苦闘している最中に著者が運命的に出会ったのが古代ギリシアの大学者アリストテレスの『雄弁術』(レトリカ)。著者は次の一節に大きなインパクトを受ける。これだったのか、と。

「言論による説得には三つの種類がある。第一は語り手の性格に依存し、第二は聞き手の心をうごかすことに、第三は証明または証明らしくみせる言論そのものに依存する」(池田美恵訳)

 西洋世界でレトリックとして伝承された、本家本流の雄弁術の源流がここにあるのだ。

 米国と日本を行ったり来たりの人生を送ってきた著者は、日本人としての「内なる目」と長い外国生活による「外からの目」を兼ね備えるに至ったと述懐している。

 そんな著者にとって、とにかく目につくのが、日本と日本以外の大陸国家とのパーセプション・ギャップ(=認識ギャップ)である。認識をめぐるギャップは、いかにグローバル化が進展しようとも、けっして埋まることのないものである以上、そもそも両者は根本的に違うのだということを基本認識として持っていなければならないのだと説く。

 島国ゆえにさまざまな美質をもった日本人は、この島国を一歩出ると弱肉強食の大陸世界ではヒツジのような存在になってしまうのだが、著者がいうように、「たとえダブルスタンダードであろうが、彼らの流儀を身につけて、闘わねばならない」のである。

 私が非常に面白いと思ったのは、著者が推奨する「手鏡練習法」(P.125)。思いっきり愛想よく笑った次の瞬間、いきなり厳しい表情に切り替えるというテクニックの習得である。笑顔から厳しい表情に瞬時に切り替える手鏡のテクニックはすぐにでも実行できるメソッドだから、ぜひ反復練習で身につけたいものである。欧米人はこれが平気でできる。

 島国であることは弱点だけではない。美質ともいうべき強みを根底に据えつつ、闘うための武器を身につけよというのが著者のメッセージだ。なぜか、このような強い主張をするのは、海外経験の長い日本女性が多いような気がするのは私だけだろうか。

 むずかしい話抜きで読んで面白い体験談でもある。ぜひ一読を薦めたい。


<初出情報>

■bk1書評「著者の体験からにじみ出た、とくに日本の若者たちに向けた厳しくも暖かいメッセージ」投稿掲載(2011年3月9日)
■amazon書評「著者の体験からにじみ出た、とくに日本の若者たちに向けた厳しくも暖かいメッセージ」投稿掲載(2011年3月9日)




目 次

第1章 アメリカでのけんか修行
第2章 アリストテレスの弁論術
第3章 日本人の美点と弱点
第4章 外国人との交渉術
第5章 日本の未来のために
あとがき

参考文献


著者プロフィール

加藤恭子(かとう・きょうこ)

1929年、東京生まれ。早稲田大学文学部仏文科を卒業と同時に渡米・留学。ワシントン大学修士号。フランス留学、再渡米を経て、1961年帰国。1965年早稲田大学大学院博士課程修了。1965年から1972年までマサチューセッツ大学で研究生活を送る。1973年上智大学講師。現在は(財)地域社会研究所理事、専攻はフランス文学。第43回日本エッセイスト・クラブ賞、第11回ヨゼフ・ロゲンドルフ賞、第65回文藝春秋読者賞受賞(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)。



<書評への付記>

 はじめての米国がサンフランシスコから、しかもバークリーというのも親近感を感じた点だ。わたしは、本書を読みながら、自分自身の対米体験を思い出してもいた。もちろん、わたしが渡米した時代はバブル期の日本で、自信に充ち満ちた日本人のポジションも、加藤さんの時代とは大いに違っていたのだが。

 「日本の常識は世界の非常識」とつねづね語っていたのは竹村健一であるが、「島国の常識は大陸世界の非常識」である。これは、本書を読んでいて何度も思ったことだ。

 「日本人は素直になんでもしゃべてしまう傾向にあるが、西洋人も中国人もみな「大陸人」はホンネを言わないという点においては共通」といった指摘が本書のなかでなされているが、いわゆる「大陸人」は、日本人が思っている以上に、ホンネとタテマエが違う世界に生きていることをよく知っておいたほうがいい。

 これは、わたしが米国で生活していたときにつよく実感したことである。

 まだまだこういう内容の本が出版される意味があるようだ。




 
<関連サイト>

『言葉でたたかう技術』の著者、加藤恭子さんに聞く(前編) 「日本が戦争に巻き込まれる日が、残念だけれどきっと来ます」
『言葉でたたかう技術』の著者、加藤恭子さんに聞く(後編) 「戦争中も少女たちで集まって、こっそり英語の勉強会を開いていました」
・・『日経BPネット Biz College』に掲載。ゆとり世代、1987生まれの駆け出しフリーライターが、業界の大先輩たちに教えを請うインタビューシリーズ。加藤恭子氏のホンネがよく引き出されているので、読んで面白いインタビューになっている。


<ブログ内関連記事>

「人生に成功したければ、言葉を勉強したまえ」 (片岡義男)

書評 『小泉進次郎の話す力』(佐藤綾子、幻冬舎、2010)

書評 『「言語技術」が日本のサッカーを変える』(田嶋幸三、光文社新書、2007)

書評 『外国語を身につけるための日本語レッスン』(三森ゆりか、白水社、2003)

書評 『言葉にして伝える技術-ソムリエの表現力-』(田崎真也、祥伝社新書、2010)

1980年代に出版された、日本女性の手になる二冊の「スイス本」・・・犬養道子の『私のスイス』 と 八木あき子の 『二十世紀の迷信 理想国家スイス』・・・を振り返っておこう
・・加藤恭子氏と同様に海外経験の長い、とくに欧米経験の長い女性たちの意見に耳を傾ける

(2014年6月19日 情報追加)





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2011年7月12日火曜日

「人生に成功したければ、言葉を勉強したまえ」 (片岡義男)


 米国社会、特にビジネス社会でコミュニケーションがいかに必須のスキルであることか!

 このことについては、わたしが拙いコトバを書きつらねるよりも、作家・片岡義男のエッセイ「人生に成功したければ、言葉を勉強したまえ」 からの引用に語らせた方がいいだろう。

 これほど的確に、コトバを自由自在に運用する能力がすべてを決定していることを示した文章はほかにはない。はじめて読んだときに大いに納得して、抜き書きもしてみた文章だ。

 わたしは米国留学の際に、この本を日本からもっていった。そして、現地に暮らしてみて、まったくそのとおりだとつよく実感した。

 先日、パソコンのファイルを整理していたら、この抜き書きがでてきたので、そっくりそのまま紹介しておきたい。かなり長い引用になるが、すごく大事なことを指摘しているので、じっくり読んでみてほしい。
 
 「人生に成功をおさめるためにぜったいに欠かせない最大の条件は言葉に習熟することだ、という伝統的な考え方が、アメリカにはある。この考え方は、いまでもつづいている。

 たとえば、ハーバード大学のビジネス・スクール(経営大学院)を出た人というと、アメリカではエリートになる可能性がもっとも高い人たちのうちに入るのだが、ハーバード・ビジネス・スクールで学んだことがあなたにあたえたさまざまな影響のなかで、最大のそしてもっとも大切なものはなにだと思うかと、友人たちにきいてみると、ほぼ全員が、『自分の考えていることを他人にむかって明晰に表現する能力の基礎をしっかりと身につけたことだ』とこたえてくれる。

 ハーバード・ビジネススクールにかぎらず、東部の名門でしっかりと猛勉強をしてきたアメリカ人の友人たちも、大学の勉強ぜんたいをとおして自分が得た最大のものは、言葉を使う能力を高度に身につけ、大学を出てからもずっと勉強をつづけていくための強固な土台をそれによって自分のものにしたことだ、とこたえてくれる。

 出世したり成功をおさめたり、トップにたつエリートになったりしたければ、アメリカで生きる場合まず最初にやらなくてはいけないのは、言葉の勉強なのだ。

 いろんな分野でトップの位置にある人たち、あるいはトップにむけて確実にのぼっていきつつある人たちと知り合ってまず最初にぼくが関心するのは、自分の考えていることを外にむけて表現するときの言語使用能力の次元がきわめて高くて深く、しかもそのことの基礎が非常にちゃんとしているということだ。

 アメリカはたいへんな階層社会だが、トップに近ければ近いほど言語使用能力が高度な次元のものになっていく。そして、主として街角で知り合う低い階層の人たちは、気の毒になってしまうほどに幼稚な、次元の低い言語能力しか持ってないことが、すぐに、そして、はっきりと、わかる。

 中間的な階層の人たち、あるいは中の下くらいの階層の人たちのなかには、もっと上へのぼっていきたいのになかなかのぼっていけず、鬱屈した思いを自分の内部にじっと閉じこめているような人たちが多いが、彼らも、これでは上昇はまず無理だなと思えるような言葉の使い方をしている。

 アメリカ社会はいろんな文化からの移民で構成されている。ことなった歴史や文化の背景をもった人たちを自分の国のなかに受け入れることに関して、一般的に言ってアメリカは非常に寛容的だが、言葉の使い方の習熟度を高めないことには、アメリカのほんとうの内部には絶対に入っていけない。英語が話せなくてもアメリカ市民として一生食っていくことはできるけれども、それはただ単にそれだけのことであり、アメリカの核心に接近することはできない。・・以下略・・

(出典)「人生に成功したければ、言葉を勉強したまえ」(片岡義男)in 『ブックストアで待ち合わせ』(新潮文庫、1987 単行本初版 1983)


 「自分の考えていることを他人にむかって明晰に表現する能力」、まさにこれである!

 アメリカのビジネス社会でコミュニケーション能力が特に重視されるのは、上記の理由による。コミュニケーション能力には、話す能力と書く能力の双方が含まれる。前者はプレゼンテーション、後者は論文だけでなく社内メモ、レターなどが含まれる。

 重要なのは、しゃべる英語と書く英語は異なるということである。しゃべり言葉なら許されても、書き言葉では間延びしただらだらした表現は、特にビジネスの世界では許されない。それこそアタマの程度を疑われることとなる。これはビジネスに限定されない。

 なお、この文章の初出は雑誌『ポパイ』に連載されたものだと「文庫本のためのあとがき」にある。アメリカの本について語ったエッセイである。

 現在からみれば、まだまだアメリカ文明が輝いていた頃の文章だが、ここに書かれていることは、40年ちかくたった現在でもまったく色あせていない。


自分の考えていることを、コトバで的確に表現し、相手に伝える能力を高める

 まずは自分の考えていることを、コトバで的確に表現し、相手に伝える能力を高めること。これが日本人にはもっとも求められていることだ。

 日本語は、なんとなくわかった気分になりがちな言語である。とくに漢字語が多いとその傾向が助長される。

 相手の話を鵜呑みにぜず、論理的に言語を分析すること、これは英文法の時間にいやになるほど勉強したはずだ。あまりいい思い出をもっていないかもしれないが・・。

 これは英語だけではなく、フランス語についても強調される。「明晰(めいせき)でなければフランス語ではない」と自慢されるフランス語の授業では、文法をひととおり勉強すると、l'analyse logique(アナリーズ・ロジック)とよばれる演習をしつこくやらされる。構文分析である。ものづくり用語でいえば、リバース・エンジニアリングといってもよい。分解だ。

 構文分析がキチンとできれば、作文は逆をやればいいだけの話だ。キチンと伝えたい文章は、論理的に構築することが求められる。

 しかし、感情に届くコトバを選択することも視野に入れなければならない。そのために必要なのはレトリックだ! ロジックだけで人は動かない


ロジックとレトリックは両輪

 ロジック(logic)とレトリック(rhetoric)。このふたつが両輪となって、伝わる文章ができあがる。すくなくとも西洋社会ではそれが常識だ。欧州文明の延長線上にある米国文明もその忠実な弟子である。

 ロジックが設計(デザイン)なら、レトリックは外装と内装。こういうアナロジー(比喩)も可能だろう。ロジックを建築をたとえてみれば、ロジックは骨組みであり、それなくして構築物は物理的存在として存在しえないものだ。

 ロジックとレトリックを取り違えている者が政治家にすくなくないのが日本だが、レトリックは基本的に雄弁術のなかで発達したもの。日本の大学では教えられないが、米国の大学にはそのものずばり「レトリック」という授業がある。

 ロジックばかりが強調される昨今の日本だが、ロジックだけではクルマの両輪のうち、一輪を論じているに過ぎない。西洋社会では、古代ギリシア以来、レトリックが重視されてきたことを知っておくべきだ。

 
作家・片岡義男の日本語論

 片岡義男(1940~)の小説はほとんど読んでいないわたしだが、英語と日本語にかんするエッセイは多く読んできた。平明だがあいまいさのない日本語は、ひじょうにわかりやすい。思想がすけて見えるような文体だ。英語をベースに日本語で書いているから(?)かもしれない。

 ちなみに片岡義男の父親は日系二世本人も東京生まれだが、少年時代はハワイに移住して英語教育を受けてきたひとだ。日本語で作家活動をしてきたひとなので、英語だけでなく、もちろん日本語ともに熟知している。

 戦後の日本では、大学教育を米国でうけた思想家の鶴見俊輔の文体にちかいかもしれない。あと一人くわえれば、梅棹忠夫の文体だろうか。ともに、戦後日本の文体であるといっていいだろう。

 片岡義男には日本語や英語をテーマにしたエッセイや評論はすくなくないが、『日本語の外へ』『日本語で生きるとは』 という長編評論はぜひ読んでおきたい。たんなる語学を越えた、英語と日本語それぞれの内在的論理を知ることのできる、すぐれた評論である。

 日本語を母語とするひとは、なかなか自分自身を客観視することはむずかしい。その意味では、片岡義男という作家の存在は、日本語にとってはじつに貴重であるといっていいだろう。

 「人生に成功したければ、言葉を勉強したまえ」。このアドバイスは、いまからでも遅くない。ぜひずべての世代の日本人は自覚してほしいものである。







<ブログ内関連記事>

コトバを運用する能力を鍛える

書評 『小泉進次郎の話す力』(佐藤綾子、幻冬舎、2010)
・・ロジックとレトリック。とくにレトリックについて、雄弁術の観点から、パフォーマンス学の第一人者が徹底解説した本

書評 『思いが伝わる、心が動くスピーチの教科書-感動をつくる7つのプロセス-』(佐々木繁範、ダイヤモンド社、2012)-よいスピーチは事前の準備がカギ!

書評 『「言語技術」が日本のサッカーを変える』(田嶋幸三、光文社新書、2007)

書評 『外国語を身につけるための日本語レッスン』(三森ゆりか、白水社、2003)

書評 『言葉にして伝える技術-ソムリエの表現力-』(田崎真也、祥伝社新書、2010)

『伝え方が9割』(佐々木圭一、ダイヤモンド社、2013)-コトバのチカラだけで人を動かすには


米国のエリート教育

書評 『ハーバードの「世界を動かす授業」-ビジネスエリートが学ぶグローバル経済の読み解き方-』(リチャード・ヴィートー / 仲條亮子=共著、 徳間書店、2010)

「ハーバード白熱教室」(NHK ETV)・・・自分のアタマでものを考えさせるための授業とは

書評 『エリートの条件-世界の学校・教育最新事情-』(河添恵子、学研新書、2009)-世界の「エリート教育」について考えてみよう!


日本語と英語

日本語で書くということは・・・リービ英雄の 『星条旗の聞こえない部屋』(講談社、1992)を読む

『ストロベリー・ロード 上下』(石川 好、早川書店、1988)を初めて読んでみた

書評 『ワシントン・ハイツ-GHQが東京に刻んだ戦後-』(秋尾沙戸子、新潮文庫、2011 単行本初版 2009)-「占領下日本」(=オキュパイド・ジャパン)の東京に「戦後日本」の原点をさぐる

(2014年6月12日、2015年6月29日 情報追加)




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