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2010年8月31日火曜日

猛暑の夏の自然観察 (3) 身近な生物を観察する動物行動学-ユクスキュルの「環世界」(Umwelt)





動物行動学(エソロジー)の観点から

 ネコの生態については、動物行動学(エソロジー)学者コンラート・ローレンツの『人(ひと) イヌにあう』(コンラート・ローレンツ、小原秀雄訳、2009)に描かれている。

 この本は、題名通り、基本的にイヌについて書かれたエッセイ集だが、実はネコについても全体の1/5くらいのページ数を割いている。ネコと比較することでイヌの特性が明確になるからだ。ネコ好きな人も食わず嫌いはやめて目を通してみたらいい。

 家畜化された動物のなかでは、イヌがもっとも変化したものだとすれば、ネコほどまったく変化していないもの、とローレンンツは書いている。

 イヌが家畜化されたのはきわめて古く、だいたい4~5万年前であるのに対し、ネコが家畜化されたのは古代エジプトで、せいぜい数千年前程度である。穀物を食べるネズミの駆除のため、リビアヤマネコを飼い慣らして家畜化された。ネコのミイラや、ネコの神様がいたくらい、古代エジプトでは大事に扱われてきた。ネコさまさまである。

 エジプトから欧州を経て、アジアに拡がるまでかなりの時間がかかっているようだ。ちなみにこの伝播経路は、アルコール飲料のビールと同じである。だいぶ時間差があるが。

 ローレンツは、ネコは野生動物であり、社会に生きる動物ではないこと、瞬発力はあるが疲れやすくおのれの感情にきわめて素直な動物であると書いている。そこが、イヌと違う点である。
 この人は、日本でいえばムツゴロウの元祖みたいな人で、イヌだけでなくネコも、またそれ以外の動物もたくさん飼育して、日々観察していた学者である。イヌもネコも長年飼い続けていて、身近に観察してきた人ならではのものであるといえよう。

 ウィーン生まれのローレンツが開拓した動物行動学(エソロジー)とは、動物そのものの行動を研究する学問である。


ところで、ネコはどうのように世界を認識しているのだろうか?
 
 『動物と人間の世界認識-イリュージョンなしに世界は見えない-』(日高敏隆、ちくま学芸文庫、2007)という本は、日本における動物行動学者の開拓者である日高敏隆が、動物学者ユクスキュルの「環世界」(Umwelt)の考えをベースに、動物がどのように「世界」を認識しているか、どのように「世界」を構築しているかについて、さまざまなケースについて語った、実に読みやすい本である。


 この本の第1章は「ネコたちの認識する世界」として、著者が飼っていたネコで実験してみた面白い話が紹介されている。

 大きめの画用紙にネコの絵を描いて、飼いネコに見せたところ、この平面の画像にネコが大いに反応したというのである。ネコは立体のネコの置物に対してだけでなく、平面のネコの画像にも反応。これは何度繰り返しても「学習」することなく、反応しつづけたということで、著者はこの簡単な実験から、ネコが見ている世界は、人間が見ている世界とは違うという話を導き出して、第2章以降ににつなげている。

 外部に現れた行動から、ネコの「認知構造」を探る試みといってもいいだろう。


 日高敏隆には、そのままズバリのタイトルのエッセイを収めた 『ネコはどうしてわがままか』(日高敏隆、新潮文庫、2008)という本がある。


 このエッセイのなかで、単独で行動する習性をもつネコにとって、親密な関係は親子関係だけであると書いてある。それも母ネコと子ネコの関係。

 子ネコが鳴けば母ネコはすっ飛んでくるが、母ネコが鳴いても子ネコはこない。甘えることのできる対象は、あくまでも母ネコだけである。だから、飼いネコが飼い主に甘えるのは、子ネコが母ネコに対するのに似た「疑似親子関係」なのだと。 
 ネコにそういう気持ちがないときは、飼い主(=親)がいくら期待してもネコは従わない。だから、ネコはわがままに映るわけだ。ネコは自分の感情に素直なのである。


ユクスキュルの「環世界」と日高敏隆のいう「イリュージョン」

 先にも触れたユクスキュルとは、古典的名著である、『生物からみた世界』(ユクスキュル/クリサート、日高敏隆/羽田節子、岩波文庫、2005)の著者のことである。

 エストニア生まれのドイツ人動物行動学者ユクスキュル(1864-1944)の提示した「環世界」(Umwelt)という理論で知られているが、生物ごとに見ている世界が違うという説は、発表当初は科学的でないという評価のため、なかなか認知されなかったという。「客観性」こそが科学の身上だからだ。

 「環世界」とは、ごくごく簡単にいってしまえば、それぞれの生物ごとに知覚をつうじた特有の認知構造があるということだ。人間とイヌは違うし、カラスとチョウもまったく違う世界をみている。人間を取り巻くのが「環境」だとすれば、「環世界」とはそれぞれの生物にとって意味のある世界を指した概念である。

 たとえばダニは動物が発する酪酸の匂いだけに反応し、その発生源めがけて落下、その後は温度を感じる皮膚感覚に導かれて動物の皮膚のうえで毛の少ないところに移動し、そして地を吸うのだと。つまりダニにとっては、臭覚と触覚が認知する世界にだけ生きているのだ。

 日高敏隆はこのことを、「知覚の枠」という表現で説明している。人間には聞こえない超音波、人間には見えない紫外線。匂い、触覚といった知覚には、人間に体感できないものがある。

 人間が見ている世界はそういった制約条件のもとにあることを知っておいた方がいい。超音波や紫外線は体感はできないが、知識として知っており、思考世界のなかでさまざまな操作を行うことができるのは、人間と人間以外の生物との大きな違いである。

 ユクスキュルの本は正直いって読みにくい。日高敏隆の本を読んでから、ユクスキュルの原本を読むと理解が深まる。

 岩波文庫版には、クリサートによるイラストが大量に収められているのでイメージしやすい。これらのイラストの意味を本文で確かめるという読み方もいいだろう。


本能に従って「知覚の枠」内で「環世界」を認識する生物、思考世界で「世界」を再構築する人間

 『動物と人間の世界認識』はいい内容の本なのだが、問題がある。

 著者の日高敏隆は「イリュージョン」というコトバを使うが、これは岸田秀の「唯幻論」からの援用でいただけない。「唯幻論」とは、この世はすべて幻想であると説く、精神分析学者の妄説(?)である。

 私からみれば、「イリュージョン」というよりも「バーチュアル・リアリティ」といったほうが、まだピンとくる。人間が見ているのは現実(リアリティ)だが、自分が見たいようにしか世界を見ていないから、現実は現実であっても、その主体が知覚し、認知する現実に過ぎない。

 あるいは社会学の構成主義風にいえば「社会的に構成された現実」といってもよい。

 社会学者バーガーに、Social Construction of Reality という著書があるが、人間の場合は「社会的に構成された現実」をみているのであって、それは「イリュージョン」というのとはニュアンスが違うように思われる。イリュージョンであろうがなかろが、人間は見たいものしか見ていないので、その見たものがその人にとってはリアリティであっても、他の人からみればイリュージョンであるに過ぎないのである。

 見ても見えず、聞いても聞こえず、というやつである。

 個々の人間の実存は、個々の人間によって異なるのは当たり前だ。

 男女の別、大人と子供、身長の高さ、体重の重さ、さらにいえば、世代間、文化および言語によって認識の枠組みが異なる。

 つまり一言で言えば、まったく同じ認知をもった人間は一人として存在しないのであり、あくまでも主観と主観の重なり合う場面でのみ共通理解を行っているにすぎないのである。

 これをさして、現象学者のフッサールは「間主観性」(Inter-subjectivity)と表現した。主観と主観の間に存在するのが共通理解である、と。

 人間以外の生物では、本能に従って「知覚の枠」内で「環世界」を認識している。これは同じ種に属する生物であれば、大きな違いはないようだ。何万年にわたって進化ノプロセスが止まっている生物であれば、何万年にもわたってそのように行動してきたことになる。

 人間がそうではないのは、脳が異常発達したためだろう。
 ただこのテーマは、やりはじめるとあまりにも拡散しすぎてしまうので、ここらへんでやめておこう。


 いずれにせよ、人間がみている「世界」と、ネコが見ている「世界」、セミが見ている「世界」は、それぞれまったく異なるということだ。

 この事実だけは、しっかりと認識しておきたい。



PS 読みやすくするために改行を増やし、写真を大判に変更した。内容の変更はない。 (2014年8月23日 記す)



<ブログ内関連記事>

Study nature, not books ! (ルイ・アガシー)

猛暑の夏の自然観察 (1) セミの生態 (2010年8月の記録)

猛暑の夏の自然観察 (2) ノラネコの生態 (2010年8月の記録)

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書評 『新・学問のすすめ-人と人間の学びかた-』(阿部謹也・日高敏隆、青土社、2014)-自分自身の問題関心から出発した「学び」は「文理融合」になる

(2014年8月23日 情報追加)





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2010年8月30日月曜日

『ちょっと本気な 千夜千冊 虎の巻-読書術免許皆伝-』(松岡正剛、求龍堂、2007)で読む、本を読むことの意味と方法


            
 これまでも自称他称をふくめて、「知の巨人」が現れては消えていった。なかには、「知の虚人」なんてレッテル貼られてしまった人もいる。
 だが、松岡正剛こそ、正真正銘の「本読み」で、「知の巨人」といえるだろう。

 自然科学を含めて、ほぼありとあらゆる分野のジャンルにまたがる本を読んできた人。
 編集者であり著者。
 
 私から見れば、仰ぎ見る巨人ではあるが、何よりも一般読者にもぐっと近づいたのは、まずはウェブで連載していた『千夜千冊』だろう。
 そして、丸善丸の内本店における「松丸本舗」という理想の書店スペースをプロデュースする実験。その舞台裏を30分番組にまとめあげた、TBSの「情熱大陸」の出演。「編集者 松岡正剛」。 

 本に囲まれた、ああいう仕事場をつくりたいものだと思ったのは、もちろん私だけではないはずだ。


『ちょっと本気な 千夜千冊 虎の巻-読書術免許皆伝-』(松岡正剛、求龍堂、2007)

 『千夜千冊』は、知的世界の「千日回峰行」といってよいだろう。「千日回峰行」とは比叡山における荒行のことである。
 このように、継続することで見えてくるものは、私は「三日・三月・三年」という文章で書いているが、それにしても「千夜千冊」、しかも一作家一冊というタガをはめての実行は、驚嘆を越えて壮絶でですらある。
 新刊書もあるが、昔の本も縦横自在に取り上げた1,000回以上のすべてが、一年以上の再編集ののちに7巻の大冊となって書籍化された。全7巻で10万円弱、もちろん書籍版は購入せず、ときにウェブ版をネットサーフィンしながらよんだだけだが(・・ネット版ですらすべてを読んでいない)、よくこれだけ多岐にわたる本を、しかもこれほど深い読みができるものだちお感歎するのみである。

 むかし文化人類学者の山口昌男が『本の神話学』(中公文庫、1977)で試みた「書評」のあり方とともに、松岡正剛の方法論は、ひそかに目標としてきたものである。
 書評じたいというよりも、本の読み方として、本を単独の存在として読むのではなく、本と本、本と人、本と世の中全般・・と関連づけて読む読み方。
 何よりも博学であることの重要性、これは山口昌男にも松岡正剛にも共通するものだ。あるいはここに立花隆を入れてもいいかもしれないが・・・

 実は、私がこのブログでやろうとしている試みは、規模と中身ははるかに及ばないが、松岡正剛のやっていることを私なりにやってみようという試みなのである。これは、ここではじめて書くことだが・・・

 もちろん、関心のあり方は松岡正剛と私とでは重なる面もあるが、そうでない面もある。たとえば、韓国朝鮮への関心、東南アジア、インド中近東世界への関心は、松岡正剛の場合、あまり多くないように思われる。 また、「情熱大陸」では、松岡正剛は食べるものに頓着しないようであったが、その点は私とは違いを感じる点だ。

 『千夜千冊 虎の巻』の第5章では、松岡正剛の読書術も紹介されている。

 松岡正剛自身の表現を使えば、①「暗号解読法」、②「目次読書法」、③「マーキング読書法」、④「要約的読書法」、⑤「図解読書法」、⑥「類書読書法」のそれぞれについて解説されている。
 重要なことは、読む本の内容によって読むシチュエーションを決めること、著者や編集者の視点から目次を読むことである。

 このような独自の読書法が編み出された背景には、なんといっても「編集者」としての本の読み方が大きく働いているようだ。
 継続という時間的な意味での量も必要だし、場数を踏む、体験するという意味でも量が何よりも、ものをいう

インタビュアー そういうのって、目をどうやって鍛えたらいいんでしょう?
セイゴオ たくさん見るしかないね。・・(中略)・・自分で見抜けるまでとことん見ることです。
インタビュアー それしかないですか。
セイゴオ うん、それだけ。(P.268)


 これは書道について交わされた会話だが、それ以外の分野、たとえば骨董でも絵画でも、あるいはまたその他の専門分野でも共通であろう。

 『千夜千冊 虎の巻』は最新のブックガイドであり、現時点における最終形である。「特別付録『松岡正剛スタンプラリー 全巻構成一覧』は、松岡正剛流の整理学、編集の見本ともなっている。


『松岡正剛の書棚-松丸本舗の挑戦-』(松岡正剛、平凡社、2010)


 丸善丸の内本店内の「松丸本舗」は、こんな本棚が欲しかったのだ!という木にさせてくれる日本では数少ないリアル書店である。

 本との、ホントの出会いにおいて、書店や図書館のもつチカラはすさまじく大きい。

 私の場合は、一橋大学小平分館図書館、国立本校の図書館、留学先のRPIの図書館、職場である総研や銀行調査部の図書室などなど。
 とある機会に閲覧できた、琉球銀行調査部の図書室は沖縄本の一大コレクションだった。平凡社からでている『伊波普猷全集』を備えている銀行は、日本ではさすがに沖縄だけだろう。

 書店では、南阿佐谷の「書原」ではいったいいくら散財したことか。
 おかげで膨大な本を買い込み、本に埋もれて生きる人生となってしまったが、これこそまさに本望(ほんもう)である。ただし、実人生においてはさまざまな問題の原因になってはいるが、ここではあえて書かないでおく。

 たとえ、電子書籍が普及しても、印刷媒体としての本の意味は変わらないのではないだろうか。

 松岡正剛は過去にもさまざまなブックガイドを編集出版しており、たとえば『ブックマップ』(工作舎、1991)『ブックマップ・プラス』(工作舎、1996)などは、南阿佐谷の書源で入手しては、耽読していたものである。もちろんいまでも価値のあるブックガイドである。








<関連サイト>

松岡正剛の千夜千冊・連環編
・・1330夜以降、ISIS本座に移行。こちらでは、経済学やリスクにかんする本が多く取り上げられているので、ビジネスパーソンにとっても興味を引くかもしれない。

松岡正剛の千夜千冊 放埓篇・遊蕩篇 - 目次
・・1329冊の総目録レファレンス。知の饗宴はリンク構造活用で縦横無尽に飛び回る。)

情熱大陸に出演した松岡正剛
・・この番組ではじめて松岡正剛の存在を知った編集者も多いとか。

松岡正剛の書棚|特設ページ|中央公論新社



<ブログ内関連記事>

書評 『日本力』(松岡正剛、エバレット・ブラウン、PARCO出版、2010)

書評 『脳と日本人』(茂木健一郎/ 松岡正剛、文春文庫、2010 単行本初版 2007)

書評 『ヒトラーの秘密図書館』(ティモシー・ライバック、赤根洋子訳、文藝春秋、2010)
・・「独裁者」は「独学者」だった!蔵書家ヒトラーのすべて

『随筆 本が崩れる』 の著者・草森紳一氏の蔵書のことなど
・・一橋大学の藤井名誉教授の蔵書処分の件について、私の大学時代のアルバイト体験も記してある

書籍管理の"3R"
・・本はたまるもの。どうやって整理するべきか。蔵書印の是非についても。






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2010年8月29日日曜日

猛暑の夏の自然観察 (2) ノラネコの生態 (2010年8月の記録)




ノラネコに思う

 暑い日の夕方、クロネコの母ネコが、キジトラネコの子ネコに、寝そべりながら授乳していた。のどかというか、警戒心のまったくない状態というか。私がいま住んでいる建物のすぐ近くに、夕方になるとかならず出現する二匹組のノラネコである。
 キジトラネコは、なんだかリスか、瓜子(ウリコ)のような縞模様。イノシシの子供の瓜子みたいだ。母ネコが真っ黒けなので、余計コントラストがはっきりしている。

 先日、「子猫のノラネコがいる。なんでこんなちっちゃな子猫が一匹だけでいるのか。ねこちゃん、母親とはぐれたのかい?」なんて思ってたら、実は模様違いの母子として行動していたのだった。
 「ああ、それなら安心だ」という気持ちとともに、この組み合わせは実の親子なんだろうかと思ってしまった。




 ノラネコであっても、子ネコはかわいい。
 4頭身のカラダが、子ネコらしさいっぱいで、実にかわいいのだ。





 子ネコは、歩き方にもまだ敏捷さがないので、ヒョコヒョコ歩きである。まだまだ筋肉が発達していない。
 芝生のなかによこたわる子ネコは、サファリパークのライオンのようだ。弱そうだが、たくましい。なんせ、生まれてからずっと屋外で生きてきたのだから、たくましくて当然なのだ。





 あまりもの色違いに、まさか母子だとは思っていなかった。
 ネコの場合、捨てネコなどの孤児の子ネコが不憫だからオッパイ飲ませてあげるなんて、母性愛のある(?)メスネコは存在しないと思うので、おそらく間違いなく母子なのだろう。でも、もしかしたら・・・

 子ネコのほうは、まだ乳離れできていないから、生まれてから2ヶ月はたっていないのだろう。ネコにとって、永遠に慕うべき存在は、いうまでもなく母ネコの面影である。これはオスネコだろうメスネコだろうと変わらない。

 この二匹は、いつもつかず離れず、ほぼ一緒に行動している。
 母一匹子一匹。子猫が一匹だけというのは珍しいような気がする。

 同時に生まれたハズの子ネコたちは、生まれてからすぐに母ネコに食べられてしまったのか、あるいはカラスに持ち去られたのか、途中で衰弱して死んでしまったのか・・。ノラネコの世界で起こっていることは、人間にはよくわからない。

 なんせネコの死骸というのは、不幸にも交通事故でクルマにはねられたものぐらいしか目にすることがないからだ。子ネコは動作が敏捷でないので事故に遭遇する確率も高いだろう。

 私は、ノラネコにはエサはやらない、餌付けも絶対にしない。
 集合住宅では、「ネコにエサをやらないでください」という立て札がある。

 別に禁止されていなくても、ノラネコにはエサをやるべきではないと私は考えている。
 なぜなら、ノラネコは「野生動物」(・・"準"野生動物くらいか)、生き抜けるかどうかはネコ次第。自分でエサをとる術をいもたないノラネコは生きのびることができないのは、自然の掟だからだ。
 エサを獲るチカラが衰え、カラダが弱ったら、間違いなくカラスやトンビなどの肉食鳥の"航空部隊"の餌食になる。これが自然界の掟だ。だから、ノラネコの死骸をみることはほとんどないのだろう。死に場所を求めて、こうした肉食鳥の目につきにくい場所に身を潜めるらしいが。

 逆にいえば、ノラネコは小鳥を狙っているし、ネコは本質的に肉食獣なのだ。子供時代以来、ネズミを加えたノラネコは目撃したことがないのだが・・・。

 ノラネコは、イエネコが野生化したものなので、種としてはイエネコと同じだ。
 だが、生活環境がまったく異なるので、飼い猫に比べて寿命が著しく短いようだ。ノラネコの寿命は、せいぜい 4~5年らしい。去勢手術もしないから、基本的に発情期も一年に1~2回(?)だけ。まあこれが、本来の野生動物としてのライフサイクルなのだろう。


ノラネコの生態をフィールドワークする

 やはり面白いことにノラネコの観察を動物生態学として学問としてフールドワークしている研究者が存在するのだ。
 
 子供向きにやさしく書かれた本が2冊入手できる。

『ノラネコの研究-たくさんのふしぎ傑作集-』(伊澤雅子=文、平出 衛=絵、福音館書店、1991)
『わたしのノラネコ研究』(山根明弘、さえら書房、2007)

 この二人は先輩後輩の関係にあり、時間的に前後しているが、同じフィールドでノラネコの生態を研究している。フィールドは福岡県の漁村・・島。全部で200匹くらいノラネコがいるという。
 前者はノラネコの一日の記録を絵本にしたもの、後者は研究を引き継いで、生態学のフィールドワークさらに遺伝子分析を合体させたもの。

 さすが、日本の動物学は、今西錦司に始まる独創的な研究を積み重ねてきた。
 たとえば、「サル学」などは、世界に誇る、日本発の学問である。なんせ、観察対象であるニホンザルはそこら中に住んでいるし(・・最近では市街地に現れては悪さをするもののすくなくない)、「個体識別法」というメソッドによって、サルを一匹一匹ごとに識別して観察するノウハウを確立したことが大きいのだ。
 これは、『高崎山のサル』(伊谷純一郎、講談社学術文庫、2010)という本に詳しく書いてある。大学時代に読んで実に面白いと思った本だ。動物園のサル山の観察も実に面白い。

ノラネコの研究にあたっては、同じく「個体識別法」が採用されているが、ネコはサルに比べると、格段に個体識別は容易である。なんせブチの模様はネコさまざま、素人の私でもネコを一匹一匹ごとに識別するのは簡単だ。

 こうして得られたネコの観察の結果については、ぜひ上掲の二冊をご覧になっていただくのがよい。
 ネコの一日を追跡した伊澤雅子の本は絵本としてもすごく面白いし、ネコの行動範囲と繁殖について調べた山根明弘の本も非常に面白い。
 ネコの行動範囲はけっこう広く、しかしいつも同じ時間帯に同じ場所に出現するのは、行動範囲が決まっているからで、いっけん気まぐれなノラネコの行動も、実はパターン化されたものであることがわかる。

 すごく重要なアドバイスが伊澤雅子の本に書かれている。
 それは、ノラネコとは目をあわせるな(!)ということでる。ノラネコは、ノラネコどうしでも目をあわせないようにしているらしい、なんだか「ガン」をつけるのも、「ガン」を飛ばされるのも、極度にいやがっているようでおかしい。
 そして、ノラネコは上から見下ろされるのを極度にいやがると。自分が上から見下ろすのはいいらしい。ガンを飛ばされたり、上から目線で見られるのが極度にイヤだというノラネコの習性、知ってみると実に興味深い。
 私も授乳中のまっくろ母ネコから、ものすごい形相で睨まれている。

 ノラネコがどういう行動をしているか地道に追跡して調査する姿勢、最近は東京でもタヌキなどが生息しているようだが、なんといってもノラネコほど豊富に存在して、容易に観察できる野生動物はいない。

 身近な動物も、こういう観点からあらためて観察してみると、実に面白いものだ。

 今年はもう遅いが、来年あたり、「子供の夏休みの宿題」のテーマとして面白いかもしれない。


ノラネコと人間の関係

 ノラネコにはノラネコなりの行動論理があり、人間が勝手に感情移入しても、ノラネコの行動論理はいっさいゆるがない。
 これはカイネコ(飼い猫)でも似たようなものだろう。

 ネコにはネコの世界があり、ネコにはネコなりの行動論理がある。
 ネコが考えているのは、ヒトが考えるのと同じことではないのは当たり前といえば、当たり前だ。

 「ヒューマニズム」(humanism)とは「人間中心主義」のことだが、ネコの立場からすれば「キャッティズム」(catism ?)あるいは「アニマリズム」(animalism ?)となろうか。ネコは、あくまでもネコ中心にものを捉えている

 人間との関係でいえば、そりゃあ、ただでエサくれれば、エサを探す苦労がなくなるのでネコの立場からすればラクにはなるが、だからといって人間の勝手な思い込みはネコにはまったく通用しないし、ネコには関係がない。
 
 ノラネコがかわいいとか、かわいそうだとか、あるいは逆に邪魔だとか、そういう観点はいろいろあろう。
 ただし、ネコをいじめるのは論外、人間のすることではない! 
 とはいえ、人為的にノラネコを増やすことになる捨て猫にかんしては、私は捨て猫には賛成ではないので、飼うなら去勢手術すべしといっておきたい。

 ノラネコはノラネコのままほっておくべし(let them be)、絶対に餌付けするなかれ、といっておきたいのは、先にも書いたように、エサを獲れなくなったらノラネコは死ぬのが自然界の掟だからである。



 通りすがりのノーブルな(=高貴な)ネコが、カメラを向ける私を一瞥(いちべつ)して、ゆっくりとした歩みで去っていった。
 ヒョウのようにしなやかで、見事な毛並みと長い脚をもったこのネコは、どこかの家の飼い猫かもしれないが、首輪もなにもつけていない。このネコの目つきからみて、ノラネコっぽいと私は思ったのだが・・・

 このネコからすれば、私はいったいどのような存在として認識されているのだろうか? こういうことにかんしては、擬人化しても意味はない。ネコがネコとしていかなる認識をもっているのかについて、関心があるのだ。

 この件については、次回の 猛暑の夏の自然観察 (3) 身近な生物を観察する動物行動学-ユクスキュルの「環世界」(Umwelt) で考えてみたい。


<読書案内>

『ノラネコの研究-たくさんのふしぎ傑作集-』(伊澤雅子=文、平出 衛=絵、福音館書店、1991)



『わたしのノラネコ研究』(山根明弘、さえら書房、2007)





<関連サイト>

炸裂するキャッツ・ファイト!オスネコどうしのガチンコ対決
・・これはわたし自身が近所で撮影に成功した「キャッツ・ファイト」の動画(1分55秒)。とにかくすさまじのでご覧あれ!(YouTube アップロード: 2011年6月4日)



荒野の決闘! 野良猫対決 オスネコの戦い 【冬枯れの荒野編】

野良猫『白昼の決闘』(1/2) 因縁の対決・・・オス猫バトル再燃!
・・私は眠気覚ましにこの YouTube映像をときどき見る。間合いを取りながら威嚇しあう二匹の雄猫、そしてついに炸裂するキャッツ・ファイトのすさまじさ。「その2」のネコの巴投げがスゴイ。ネコは本質的に猛獣なのだ!

猫バトルcats fight 
 取っ組み合いのすえ、絡み合ったまま屋根から落ちる二匹のネコ。その後どうなったのか?


<ブログにゃい関連記事>

タイのあれこれ (10) シャム猫なんて見たことない・・・
・・旧国名をサヤーム(シャム)といったタイで、私は一度もシャム猫を見なかった。

三度目のミャンマー、三度目の正直 (4) ミャン猫の眼は青かった-ジャンピング・キャッツ僧院にいく (インレー湖 ③)
・・「ネコの国ニャンマー」紀行より

映画 『ペルシャ猫を誰も知らない』(イラン、2009)をみてきた

猛暑の夏の自然観察 (1) セミの生態 (2010年8月の記録)







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2010年8月28日土曜日

映画 『ペルシャ猫を誰も知らない』(イラン、2009)をみてきた




◆イラン(2009年)カラー106分
◆監督:バフマン・ゴバディ
◆出演:ネガル・シャガギ、アシュカン・クーシャンネジャード、ハメッド・ベーダード

 映画 『ペルシャ猫を誰も知らない』(2009、イラン)を見てきた。場所は、東京・渋谷のユーロスペース。

 閉塞感の強い現代のイランの首都テヘラン。

 何よりも自由を求める若者たちは、とくにミュージシャンやアーチストは、とにかく自由に表現したい、それが可能でないのなら海外にでたい、という強い思いを抱いて日々を過ごしている。

 この映画は、2009年現在のイランのミュージシャンたちの思いをそのまま映像作品にした、ドキュメンタリータッチの「音楽映画」である

 最初から最後まで、さまざまなジャンルの音楽が演奏される。インディー・ロックからヘヴィメタ、そしてなんとラップまで。伝統音楽のシーンもでてくる。

 無許可でゲリラ撮影されたという映像をみながらテヘランの若者たちのことを考えつつ、ひたすら彼らが作り出す音の世界に浸ることになる。

 ストーリーは、ロンドンで公演することを夢見る、インディー・ロック系のカップルが、バンドのメンバーを求めて、コネが豊富な便利屋の若者が紹介してくれるミュージシャンたちに次から次へと会ってゆく形で進行する。この便利屋の若者には、偽造パスポートとビザの作成の仲介も依頼している。

 バンドのメンバーは集まったが、なんせ練習する場所を確保するのもままならない。カネが問題なのではない、当局の許可が下りない音楽表現行為は取り締まり対象であり、すぐに有無をいわせず逮捕されてしまうからだ。
 息の詰まる世界。閉塞した現状。鬱積したエネルギーを発散させるため、非合法の「パーティ」に没入する若者たち・・・。痛切なまでの自由への憧れ。

 1979年の「イラン・イスラーム革命」からすでに30年。10年が一昔前ならすでに、30年といえばジェネレーションに該当する。ここに登場する若者たちはみなおそらく30歳以下だろう。革命以後に生まれた世代であり、革命を知らないどころか、イランの閉塞状況からなんとかして脱出したいという気持ちは、ダイレクトに伝わってくる。

 1979年にイラン革命が勃発したとき高校二年生だった私には、きわめて衝撃的な事件であった。あれから30年、日本は急上昇して急降下するというジェットコースターのような30年であった。
 ではイランどうか。この国も激しい動乱をくぐり抜けてきた30年であったことは確かだ。

 雪解けしたかにみえたイランの政治状況も、現在はまた閉ざされたまま、西洋世界を敵に回した孤立路線を邁進している・・・

 この映画を撮影した4時間後に監督は出国し、主演の二人も出国したという。ディアスポーラになる覚悟のもとに。


 私は、イランには行きたい行きたいと思っているが、いまだに実現していない。
 閉塞感が強いとはいえ、その意思さえあれば自由に海外渡航できる自由な日本、パスポートを取得すること自体が困難なイラン。

 どちら国にも、生きているのはフツーの人間である。

 違うのはただ・・・




<公式サイト>

日本語版公式サイト(トレーラーあり)
http://persian-neko.com/index.html

No One Knows About Persian Cats - Official Trailer
(YouTube 英語字幕つきトレーラー)







end
          

2010年8月27日金曜日

猛暑の夏の自然観察 (1) セミの生態 (2010年8月の記録)




          
 「夏休みの自然観察」と書きたいところだが、いかんせん大人は夏休みではない。

 今年の猛暑が原因なのか、私がいま住んでいる千葉県船橋市では、ものすごい量のアブラゼミが発生していて連日鳴きちらしている。
 猛暑日が連続しているのとパラレルに、アブラゼミの鳴く日々も連日続いている今年の夏である。セミが鳴いていると余計暑さも感じられるので、疲労がさらに増す。
 東京都心と違って、ヒートアイランド現象はないようだが。

 お盆の頃がピークだったようで、これを書いている現在は、ツクツクボウシの鳴き声も混ざってきたためか、ピーク時のうだるような暑さと相乗効果になっていたアブラゼミの鳴き声も下火になりつつあるところだ。もちろん、まだまだセミの鳴き声はすさまじい。

 おかげで今年はセミの生態を、いあがおうでも観察する機会にめぐまれた。
 今回は、写真を中心に、セミの生態をアルバムにしておきたいと思う。つれづれなる随想もまじえながら。


空蝉(うつせみ)とはセミの抜け殻


 セミの抜け殻(cicada's shell)が建物の外壁に残っている。源氏物語にでてくる、空蝉(うつせみ)という古風な表現を思い出す。

 『源氏物語』第3帖「空蝉」。源氏と空蝉の歌のやりとりからきている。

空蝉(うつせみ)の身をかへてける木(こ)の下(もと)に 
 なほ人がらの なつかしきかな (光源氏)

空蝉(うつせみ)の羽(は)におく露(つゆ)の木(こ)がくれて
 しのびしのびに ぬるる袖(そで)かな (空蝉)


歌の大意(瀬戸内寂聴訳)

蝉が抜け殻だけを残し
去ってしまった木の下で
薄衣だけを脱ぎ残し
消えてしまったあなたを
忘れかねているこのわたし

薄い空蝉の羽に置く露の
木の間にかくれて見えないように
私も人にかくれて忍び忍んで
あなたへの恋の切なさに
ひとりないているものを

(出典:『源氏物語 巻一』(瀬戸内寂聴訳、講談社文庫、2007)

 源氏17歳、つれなくされた女との思い出である。

 東京の大塚には空蝉橋(うつせみばし)という橋がある。橋じたいは美しくも何ともないのだが、情緒のある命名である。


メタモルフォーシス(変態)

 セミは、バタフライ(蝶)と同様に、幼虫から蛹(さなぎ)を経て、脱皮して成虫になり空を飛ぶようになる。これをさして「変態」という。動物学の専門用語である。

 「変態」は、英語でいうと Metamorphosis である。ひらたくいえば transformation となる。ラテン語経由でギリシア語から入ったコトバである(< Gk metamórphōsis)。分解すれば、meta-、 -morphe、-osis となる。Morphe は形、形態。接尾語の -osis は、形成するという意味の接尾語。meta- はこの場合は after という意味か。もともとの意味は、形が作られたあと、となる。
 
 「メタモルフォーシス」といえば、古代ローマの詩人オウィディウス(Ovidius)の『変身物語』が有名である。原題は「メタモルフォーセス」でそのものずばり。「ナルキッソスとエコー」など変身(メタモルフォーシス)をモチーフとした神話が多数含まれるという意味と、ギリシア神話がローマに受け入れられて変容(メタモルフォーシス)という意味が掛け合わされている。

 フランツ・カフカの短編小説 Die Verwandlung は、日本語訳では『変身』となっている。ある朝、目が覚めたら虫になっていた男の話だが、さすがに「変態」と訳したら、動物学を知らない一般読者からは大いに誤解される可能性が高かったためであろう。ドイツ語の辞書を開いてもらえばわかるが、ちゃんと「変態」という訳が載っているはずだ。ほんとうはこの訳語のほうが。、意味としては正しい。

 カフカの小説においては、人間が甲虫に変態(変身)する。甲虫に変態(変身)した存在から振り返れば、外骨格をもたないので幼虫のような存在である。
 セミも、幼虫からさなぎを経て、外骨格をもつ甲虫としてのセミに変態(変身)する。

 セミは、幼虫として約3~11年間地中で過ごす(・・アブラゼミは6年間)。その前に、夏のあいだに枯れ木に生み付けられた卵は、翌年の梅雨時に孵化して地中に入る。気の長い話でありる。湿気がないとそのまま卵は死んでしまうらしい。


マオリ語でアブラゼミのことを「タタラキヒ」という!

 短い命を燃焼させるかのように、セミが鳴きまくっている。

 セミは英語で cicada (シカーダ)というと高校時代に習った。母音で終わる、スペイン語かイタリア語っぽい響きのコトバですね。英国みたいに寒い地域ではセミもいないはずだ。今年の日本は温帯というより亜熱帯だな。



 Wikipedia の記述によれば、「日本(北海道から九州、屋久島)、朝鮮半島、中国北部に分布し、人里から山地まで幅広く生息し、都市部や果樹園でも多く見ることができる」とある。千葉県の船橋市や鎌ヶ谷市は、梨の一大産地で果樹園が多いから、樹液を好むアブラゼミが多数生息しているのだろうか。

 しかし、アブラゼミの生息域がだんだんクマゼミやミンミンゼミにとってかわられているという。

アブラゼミは幼虫・成虫とも、クマゼミやミンミンゼミと比べると湿度のやや高い環境を好むという仮説がある。このため、都市化の進んだ地域ではヒートアイランド現象による乾燥化によってアブラゼミにとっては非常に生息しにくい環境となっており、乾燥に強い種類のセミが優勢となっている。東京都心部ではミンミンゼミに、大阪市などの西日本ではクマゼミにほぼ完全に置き換わっている

 もちろん例外もあるというが、いま私がいる地域は、その意味ではまだ都市化が進んでいないということうか。たしかにまだまだ畑も多く、土地が乾燥しているといった感じではない。

 また、セミと温暖化の関係については、地面の温度が関係しているという説がある。夏の暑さが厳しい地域はアブラゼミが生息しやすいらしい。

 ところで、wikipedia のアブラゼミの記述は、日本語版のほかは、現在のところ、英語とマオリ語(!)のみがwikipediaがある。生息域には朝鮮半島や中国北部も入っているのに、韓国人や中国人はなぜアブラゼミについて書かないのか不思議である。
 日本人は右脳で虫の鳴き声を聞いているという仮説が、かつては話題になっていたが、韓国人や中国人はセミの鳴き声をどうとらえているのか。いまはなき博品社から出版された『中国セミ考』という本をもっていたはずだが、どこにいったのかわからないので、参照できないのは残念。

 アブラゼミの翅(はね)は茶褐色で、木に止まっているアブラゼミはよく注意して観察しないと、識別しにくい。つまりはこの翅(はね)は保護色だということなのだ。



 参考のために、マオリ語のアブラゼミの記述を掲載しておこう。マオリ語とは、ニュージーランドの先住民マオリ族の言語である。そう、アブラゼミは南半球のニュージーランドにも生息しており、マオリ族はアブラゼミをさすコトバをもっているのだ!

>Tatarakihi
Nō Wikipedia Māori 

kua he species o Graptopsaltria te tatarakihi.

 マオリ語の文章なんて初めて見たが、アブラゼミのことは「タタラキヒ」というそうだ。
 説明文はこれだけだが、また、これを知ったところでどうなるということもないが、なんだかうれしい。

 英語版の記述は短いので一緒に紹介しておこう。アブラゼミは large brown cicada という。特定のコトバがないので、セミ(cicada)を形態模写しただけの表現である。

Graptopsaltria nigrofuscata

The large brown cicada is a species of cicada in the genus Graptopsaltria of the family Cicadidae found across East Asia, including Japan, the Korean Peninsula, and China, as well as in New Zealand. They are called aburazemi (アブラゼミ) in Japanese, and tatarakihi in Māori. The males make a loud chirping that ends with a click caused by a flick of the wings.

Description
Large brown cicadae are usually about 55 to 60 mm long, having a wingspan of roughly 75 mm.


 これにくらべれば日本語の記述はさすがに充実している。

 アブラゼミに限らず、セミの生態は実はよくわかっていないらしい。なにせ地中生活が6年以上と長く、観察もきわめて困難である。成虫になってからも、寿命が短い。



命短し恋せよ乙女、もとい、命短しセミよ鳴け?

 やたらセミの死骸が落ちている。踏みそうになった。



 それにしても不思議なのは、セミは死ぬと手足を折りたたんで仰向けになって斃れていることだ。まるで、エジプトのミイラのように、胸の前で両手をクロスさせている。
 死ぬ間際のセミは、仰向けになって手足を折ったり伸ばしたりしているが、徐々にチカラが尽きて死んで行く。



 アリの一群がセミの死骸を運ぼうとしているシーンに遭遇する。立ち止まって腰をおろして観察していると、セミの大きさに比べてアリのなんと小さいことよ。チームワークを発揮してなんとか運ぼうとしているのをみると、お疲れさんという気分になる。君たちのおかげで処理してくれるわけだ。

 アリの処理能力にも限界か、手つかずのままのセミの死骸があちらこちらに放置されたままになっている。
 いずれ風化され、バラバラになり、バクテリアが分解して再び土に戻っていくのである。
 土から這い出て、また土に還る。
 個体は死んでも、次世代への連続は確保され、種としては残る。

 すでに8月も下旬になるのに、鳴いてるセミはアブラゼミばかり。そろそろツクツクボウシが鳴いてもいい頃だと思うのだが・・・

 
 ところで、日曜日午後7時半からの番組、NHK「ダーウィンが来た-生き物新伝説-」を毎週楽しみにしているが、ほんとうに面白い知的エンターテインメント番組だ。そうとうなカネと時間をかけて作成している番組で、世界中の自然の驚異をお茶の間で見ることのできる知的エンターテインメントになっている。

 そこまでいかなくても、自然はごく身近で観察すればカネはかからない最高のエンターテインメントだ。
 夏場のセミも然り。今年の夏のセミは、いやがおうでも意識せざるを得ないほどの大量発生であったように思う。

 さて、古い殻を脱ぎ捨てて、次のステージに進まねばならないか。




 次回は、(2) ノラネコ の観察につづく



<ブログ内関連記事>

猛暑の夏の自然観察 (3) 身近な生物を観察する動物行動学-ユクスキュルの「環世界」(Umwelt)

猛暑の夏の自然観察 (2) ノラネコの生態 (2010年8月の記録)

Study nature, not books ! (ルイ・アガシー)

ルカ・パチョーリ、ゲーテ、与謝野鉄幹に共通するものとは?-共通するコンセプトを「見えざるつながり」として抽出する

アリの巣をみる-自然観察がすべての出発点!

ミツバチについて考えるのは面白い!-玉川大学農学部のミツバチ科学研究センターの取り組み

玉虫色の玉虫!

(2014年9月1日 情報追加)





(2012年7月3日発売の拙著です)








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2010年8月26日木曜日

レビュー 『これを見ればドラッカーが60分で分かるDVD』(アップリンク、2010)-ドラッカー自身の肉声による思想と全体像




文字通り 「これを見ればドラッカーの全体像がわかる」 一本

 "Peter Drucker - An Intellectual Journey"(ドラッカー 知の旅)の日本語字幕付きバージョン。

 日本語版タイトルどおり、「これを見ればドラッカーが60分でわかるDVD」である。

 最近ドラッカーが話題になっているけど本を読むヒマがない、本を読むのが面倒くさいという人にはもちろん、ドラッカーが「マネジメントの父」と呼ばれており、ドラッカー経営学のエッセンスくらいはわかっている人も見るべき DVD だといえる。

 なぜなら、先入観のない初心者であれば、ドラッカーが単なる経営学者ではないことがわかるから、時間の節約になる。

 一方、ある程度知っている人にとっても、経営学がドラッカー思想の中核をなしているが一部に過ぎないことを自覚する意味で必見だといえるからだ。


 私は、どちらかとえば後者の「ある程度知っている人」に分類されると思っているが、このDVDを見ていて強く思ったのは、なぜドラッカー経営学の思想が米国では定着せず、日本でこそ定着した理由がよく理解できるということだ。

 日本では多くの経営者がドラッカー思想を理解し、実践したからこそ、1970年代から80年代にかけての日本がアメリカを打ち負かすまでの勢いをもったことが理解できるのである。いわゆる「日本的経営」の形成に、ドラッカー経営学が与えた思想的な意味合いが大きかったということであり、今回のブームも、あくまでも経営学という範囲内での「ドラッカーブーム」再燃という側面が強い。

 さらにいうと、いまドラッカーに注目が集まるのが、「日本的経営」へのノスタルジーであったとしたら、それはあまり意味のないアナクロニズムではないかという気がしないでもないのだ。

 GE のジャック・ウェルチ元 C.E.O.といえば GE 中興の祖であるが、彼が断行した「業界で一位か二位でない事業からは撤退する」という戦略が、前任者に連れられて初めて出会ったドラッカーのアドバイスであったことが、ウェルチ自身のクチから語られていることの意味をよく考えるべきだろう。

 ジャック・ウェルチほど、「知識社会」における人材育成の意味を理解していた経営者は、ほかにはなかなかいないのではないかと私は考えている。

(DVD再生画面より)

 1990年代の初頭に M.B.A. 取得のためアメリカに留学していた私は、M.B.A.の授業ではドラッカーのドの字も聞いたことがなかったし、その後も同時代体験としてのドラッカーは、経営学者というよりも社会問題への鋭い洞察力で名の知られた、自称「社会生態学者」としてのそれであった。少なくとも米国ではそのように受け取られていたようだ。

 この DVD でも、米国人がドラッカーを「再発見」したのは、狭い意味の企業経営というよりも、むしろ広義の非営利組織の NPO のマネジメントの分野であったことがよく描かれていると思う。

 とくにいわゆるメガ・チャーチ(巨大教会)を取り上げたシーンは、米国社会を知らないと、いまひとつピンとこない内容なのではないかとも思われる。


 ドラッカーの基本思想が、営利であれ非営利であれ、その事業のミッション(=使命)は何か、目的は何かを明確にすること、そしてカネよりもヒトを重視すべきこと、知識社会を担うのはヒトであること、そのゆえにこそ生涯学習が重要なことなど、ドラッカー思想のエッセンスはすべてこの DVD において取り上げられている。

 「経済よりも社会のほうがはるかに重要だ」というドラッカーの発言がすべてを言い表している。「マネジメントはサイエンスでもアートでもない、プラクティス(実践)である」という発言も。

 この DVD は、なによりもドラッカー自身の肉声が収録されており、ドラッカーの教え子や影響を受けた経営者や評論家たちが語るドラッカーは、日本人が捉えているドラッカーとは少し違う観点からのものあって面白い。

 その意味で、ドラッカーの全体像を知るためには、この DVD を視聴する意味があるといえる。日本語字幕と英語音声のズレも興味深い。価格面でもお買い得な一本である。





<参考サイト>

『これを見ればドラッカーが60分で分かるDVD』予告編(YouTube 映像 日本語字幕つき)



<ブログ内関連記事>

書評 『知の巨人ドラッカー自伝』(ピーター・F.ドラッカー、牧野 洋訳・解説、日経ビジネス人文庫、2009 単行本初版 2005)-ドラッカー自身による「メイキング・オブ・知の巨人ドラッカー」
・・ドラッカー自身によるドラッカー入門

『「経済人」の終わり』(ドラッカー、原著 1939)は、「近代」の行き詰まりが生み出した「全体主義の起源」を「社会生態学」の立場から分析した社会科学の古典
・・ドラッカーは「思想家」として読むべきなのだ

書評 『この国を出よ』(大前研一/柳井 正、小学館、2010)-「やる気のある若者たち」への応援歌!
・・大前研一はドラッカーについては、かつて講演会でともにしたことが何度もあるといい、敬意を表しつつも、1980年以降なぜ米国でドラッカーが読まれなくなったかについて、貴重なコメントを行っている

ドラッカーは時代遅れ?-物事はときには斜めから見ることも必要
・・ホリエモンの発言が印象的

書評 『世界の経営学者はいま何を考えているのか-知られざるビジネスの知のフロンティア-』(入山章栄、英治出版、2012)-「社会科学」としての「経営学」の有効性と限界を知った上でマネジメント書を読む
・・「ドラッカーなんて誰も読まない!?  ポーターはもう通用しない!?」という帯のキャッチコピー

人生の選択肢を考えるために、マックス・ウェーバーの『職業としての学問』と『職業としての政治』は、できれば社会人になる前に読んでおきたい名著
・・「実践」としての政治と、「学問」としての政治学は、まったく別物である

シンポジウム:「BOPビジネスに向けた企業戦略と官民連携 “Creating a World without Poverty” 」に参加してきた
・・バングラデシュでグラミン

書評 『国をつくるという仕事』(西水美恵子、英治出版、2009)
・・広義のNPO(=非営利組織)のマネジメントとリーダーシップ

(2014年8月18日 項目新設)





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クレド(Credo)とは


リッツ・カールトン・ホテルの「クレド」

 サービス業に従事する人なら、「クレド」のなんたるかを知らない人、耳にしたこともないという人は、まさかいないだろう。

 「クレド」とは、米国の高級ホテルチェーンのリッツ・カールトン・ホテルが、全従業員に配布し、徹底させている「理念や使命、サービス哲学を凝縮した不変の価値観」(高野登)のことである。

 『リッツ・カールトンが大切にする サービスを超える瞬間』(高野登、かんき出版、2005)は、リッツ・カールトン・ホテルの日本支社長自らの言葉で語られた、ホスピタリティ(おもてなし)の心髄である。単なるビジネス書を越えた深い内容の一冊だ。

 サービス化が不可欠な先進国経済の日本では、すべてのビジネスパーソンはもとより、役所も病院もすべての人が読むべき必読書といってよい。サービスに直接携わっている人も、バックヤードで間接的に関わっている人も、みな読むべき、「ビジネス書を越えたビジネス書」なのである。

 本書には、リッツ・カールトンの「クレド」(日本語版)が紹介されている。Ritz-Carton の公式ウェブサイトから英語原文もあわせて紹介しておこう。

THE RITZ-CARLTON  クレド

リッツ・カールトンはお客様への心のこもったおもてなしと快適さを提供することをもっとも大切な使命とこころえています。

私たちは、お客様に心あたたまる、くつろいだそして洗練された雰囲気を常にお楽しみいただくために最高のパーソナル・サービスと施設を提供することをお約束します。

リッツ・カールトンでお客様が経験されるもの、それは、感覚を満たすここちよさ、満ち足りた幸福感そしてお客様が言葉にされない願望やニーズをも先読みしておこたえするサービスの心です。

The Credo

The Ritz-Carlton Hotel is a place where the genuine care and comfort of our guests is our highest mission.

We pledge to provide the finest personal service and facilities for our guests who will always enjoy a warm, relaxed, yet refined ambience.

The Ritz-Carlton experience enlivens the senses, instills well-being, and fulfills even the unexpressed wishes and needs of our guests.


 「クレド」に記された「モットー」がまた素晴らしい。従業員は、顧客である紳士淑女にサーブする、紳士淑女であるというモットーだ。これは本書では日本語に翻訳されずそのまま英語のまま掲載されている。

Motto

"We Are
  Ladies and Gentlemen
   Serving
  Ladies and Gentlemen”


 この「モットー」のもと、「従業員への約束」が明記されている。

従業員への約束

 リッツ・カールトンではお客様へお約束したサービスを提供する上で、紳士・淑女こそがもっとも大切な資源です。

 信頼、誠実、尊敬、高潔、決意を原則とし、私たちは、個人と会社のためになるよう、持てる才能を育成し、最大限に伸ばします。

 多様性を尊重し、充実した生活を深め、個人のこころざしを実現し、リッツ・カールトン・ミスティーク(神秘性)を高める‥
 リッツ・カールトンは、このような職場環境をはぐくみます。

The Employee Promise

At The Ritz-Carlton, our Ladies and Gentlemen are the most important resource in our service commitment to our guests.

By applying the principles of trust, honesty, respect, integrity and commitment, we nurture and maximize talent to the benefit of each individual and the company.

The Ritz-Carlton fosters a work environment where diversity is valued, quality of life is enhanced, individual aspirations are fulfilled, and The Ritz-Carlton Mystique is strengthened.


Three Steps Of Service

A warm and sincere greeting. Use the guest's name.
Anticipation and fulfillment of each guest's needs.
Fond farewell. Give a warm good-bye and use the guest's name.


このほか Service Values: I Am Proud To Be Ritz-Carlton もあるが長いので、直接ウェブサイトを見ていただければいいと思う。 http://corporate.ritzcarlton.com/en/About/GoldStandards.htm


ビジネスの現場で使われる「クレド」とは

 「クレド」はマニュアルではなく、顧客とのすべてのコンタクト・ポイントにおいて適用される心構えであり、まさに日本語でいう「信条」なのである。
 リッツ・カールトンの従業員になるということは、この「信条」を日々唱え、徹底的に内面化することにある。自分の行動規範となるまで浸透し、内面化しないかぎり、ただ単なるカードに終わってしまう。

 顧客とのすべてのコンタクト・ポイントは、サービス業の世界では常識の「真実の瞬間」である。「真実の瞬間」は英語では "Moment of Truth" というが、ほんとうは「決定的瞬間」と訳すべき表現のようだ。スペイン語で Momento de Verdad は、闘牛士が牛にとどめの一撃を刺す一瞬を意味するらしい。

 顧客との対面での接触だけでなく、電話やネットをつうじての接触、目に見えないが重要なバックヤードや管理部門も含めて、すべての従業員がこの「クレド」を自分のものとしていれば、ホスピタリティ産業においては無敵の存在となるだろう。

 もちろんサービス業に限らず、それ以外の産業もいかに「ホスピタリティ」の要素を取り入れるか考えるべきだ。繰り返しになるが、「サービス化」が不可欠な「先進国経済」では、すべてのビジネスパーソンはもとより、役所も病院もすべての人が読むべき必読書といってよい。サービスに直接携わっている人も、バックヤードで間接的に関わっている人も、意識するべきなのである。

 私も一度だけリッツカールトンホテル大阪に宿泊したことがある。大阪城を目の前にした眺望が素晴らしいロケーションのホテルで、日本にいながら外資系ホテルの素晴らしさを味わえる。
 しかし、一回宿泊したぐらいでは、ホスピタリティのほんとうの意味はわからないのだろう。リッツ・カールトン大阪では、フランス料理をいただきながらの「接遇研修」も受けたのだが、あの研修は非常に勉強になった。

 リッツ・カールトンは、企業としては1983年創業と、意外と歴史は長くない。そうであるだけに、極めて明確な理念のもとに創業した企業であり、企業として設立する時点で、経営理念を明確に設計していたわけである。


目 次

第1章 感謝されながら、成長できる仕事術
第2章 感動を生み出す「クレド」とは
第3章 リッツ・カールトンを支える七つの仕事の基本
 PRIDE & JOY
 Don't think. Feel
 Let's have fun !
 CELEBRATION
 Chicken Soup for the Soul
 PASSION
 EMPOWERMENT
第4章 サービスは科学だ
第5章 リッツ・カールトン流「人材の育て方」
第6章 リピーターをつくるリッツ・カールトンのブランド戦略
第7章 いますぐ実践したい“本当のサービス”とは?



著者プロフィール

高野 登(たかの・のぼる)

1953年、長野県戸隠生まれ。プリンス・ホテル・スクール(現日本ホテルスクール)第一期生。卒業後、ニューヨークに渡る。ホテルキタノ、NYスタットラー・ヒルトンなどを経て、1982年、目標のNYプラザホテルに勤務。その後、LAボナベンチャー、SFフェアモントホテルなどでマネジメントを経験し、1990年にザ・リッツ・カールトン・サンフランシスコの開業に携わった後、リッツ・カールトンLAオフィスに転勤。その間、マリナ・デル・レイ、ハンティントン、シドニーの開業をサポートし、同時に日本支社を立ち上げる。1993年にホノルルオフィスを開設した後、翌1994年、日本支社長として転勤。リッツ・カールトンの日本における営業・マーケティング活動をしながら、ザ・リッツ・カールトン大阪の開業準備に参画。現在は、ザ・リッツ・カールトン東京の開業を見据えながら、ブランディング活動を中心とした、メディア・パブリシティ戦略に積極的に取り組む。リッツ・カールトンの成功事例を中心に、企業活性化、人材育成、社内教育などの講演依頼が後を断たない(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)






<ブログ内関連記事>

書評 『わたしはコンシェルジュ-けっして NO とは言えない職業-』(阿部 佳、講談社文庫、2010 単行本初版 2001)

「ブルータス、お前もか!」-立派な「クレド」もきちんと実践されなければ「ブランド毀損」(きそん)につながる(2013年10月29日)




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 さて、まだこの続きがある。
 関心がない人は、飛ばしていただいてもまったく構わない。


クレド(credo)とは-その原義をさかのぼる

 『リッツ・カールトンが大切にする サービスを超える瞬間』を読んでも、イマイチ腑に落ちない人も少なくないのではなか。なぜ一枚のカードに書かれた「クレド」が従業員に浸透し、内面化されるまでに至っているのか、と。
 「クレド」の解説も書かれている、浸透させる方法論についても書かれている、しかし・・・

 「クレド」についてだが、日本では「信条」であると書いておいた。
 そこからさらに遡っておくと、知識はより深いものとなる。なぜ「クレド」が、その会社の従業員に浸透するのか、浸透可能なのかのヒントが得られると思う。
 
 「クレド」とはラテン語の credo からきている。英語だと creed になる。リッツ・カールトンがなぜ creed ではなく、あえて credo というコトバにしたのかは知らないが、特別のものであることを示すためにあえてラテン語を使ったのだろうか。

 「クレド」はもともと、キリスト教の「信徒信条」のことである。
 使徒信条(しとしんじょう)は、カトリック教会とプロテスタント諸派が重んじる、基本信条のひとつだ。カトリックでは、使徒信経ともいう。
 この「信徒信条」を唱えて、内面化することこそ、キリスト教徒として生きるということなのである。逆にいうと、この「信徒信条」を受け入れない者は、キリスト教徒ではないということになる。
  
 参考のために、カトリック司教協議会が公認した「信徒信条」(日本語口語版)を紹介しておこう。リッツ・カールトンの「クレド」と比較してみるとよいだろう。

信徒信条

天地の創造主、全能の父である神を信じます
父のひとり子、わたしたちの主イエス・キリストを信じます
主は聖霊によってやどり、おとめマリアから生まれ、
ポンティオ・ピラトのもとで苦しみを受け、
十字架につけられて死に、葬られ、
陰府(よみ)に下り、
三日目に死者のうちから復活し、
天に昇って、
全能の父である神の右の座に着き、
生者(せいしゃ)と死者を裁くために来られます。
聖霊を信じ、
聖なる普遍の教会、
聖徒の交わり、
罪のゆるし、
からだの復活、
永遠のいのちを信じます。アーメン。

(出所:カトリック中央協議会の公式ウェブサイト より)

 英語では Apostles' Creed という。

 ラテン語では以下のようになっている。同じくカトリックが使用しているもの。意味は日本語版を参照。

Credo in Deum Patrem omnipotentem, Creatorem caeli et terrae,
et in Iesum Christum, Filium Eius unicum, Dominum nostrum,
qui conceptus est de Spiritu Sancto, natus ex Maria Virgine,
passus sub Pontio Pilato, crucifixus, mortuus, et sepultus,
descendit ad ínferos, tertia die resurrexit a mortuis,
ascendit ad caelos, sedet ad dexteram Patris omnipotentis,
inde venturus est iudicare vivos et mortuos.
Credo in Spiritum Sanctum,
sanctam Ecclesiam catholicam, sanctorum communionem,
remissionem peccatorum,
carnis resurrectionem,
vitam aeternam. Amen

(太字ゴチックは引用者=私によるもの)



 「クレド」の唱え方については具体的な方法がある。これについては、歴史学者の阿部謹也が、『世間を読み、人を読む-私の読書術-』(阿部謹也、日経ビジネス人文庫、2001)に収録された「補論 私と図書館」(1999)という国立公文書館での講演のなかで言及しているので、少し長くなるが紹介しておこう。
 『読書力をつける(知のノウハウ)』(日本経済新聞社、1997)の改題文庫版であるが、「補論 私と図書館」は単行本のほうには収録されていない。

 同時に、もっと重要なことは一人ひとりの生活の一番大事な部分、これを規定として教えるということ。それはどういうことかというと、日本にはこれが全くないので、日本人にはなかなか想像がつきませんけれども、例えば今でもカトリック教徒は全員が、本来なら週に一度は教会に行って、教会で自分がこの一週間に犯した罪を司祭の前で告白する。そして、その赦しを得るわけです。
 赦し方は、私自身がカトリック教会にいたことがあるので多少知っていますが、祈りですね。一つは「天にまします我らの父よ・・・」いう主祷文、天使祝詞という「めでたし聖寵満ちみてるマリア」というところから始まる比較的短い二つの祈りを三回唱え、ちょっと重い罪になれば主祷文を十回、天使祝詞を十回。もっと重い罪だと司祭が判断すればロザリオを一回。ロザリオというのは十字架が付いている日本で言えば数珠です。その数珠に大きい玉というか、離れた玉が一つ、ロザリオには三つ玉が付いていて、そこから丸い輪ができていて、その丸い輪は孤立した玉が一個、その次に十個の玉、次に孤立した玉が一個、それから十個の玉で、全部で五十ぐらいの玉が付いている。
 この十字架を手に持って、それで使徒信経を唱えるのです。使徒の信ずるお経と書いて使徒信経。これはラテン語ではクレドと言いまして、皆さんがもし音楽が好きであれば、例えばバッハですね。ロ短調ミサ曲とか、あるいはカンタータにもありますが、キリエというのがありますね、キリエエレイソン、クリステーエレイソン、その中にクレドというのがあるんです。クレドというのはラテン語で、私は信じますという意味です。
 クレドイン・ウヌム・デウム(*注)、一つの主を信ずる。このインは存在ですが、一人の主が存在していることを信ずる。そして、その主は地上に降り来って、十字架につけられて死んで、三日後には復活して、というイエス・キリストの生涯を数行の文字で綴ったものがクレド、信徒信経といいまして、これを十字架を手にもって声を上げて、 あるいは口の中でつぶやくわけです。そして、次に一つの玉のところに来たときに主祷文を唱えるのです。その玉が三つ並んでいるとき、これは天使祝詞という、「めでたし聖寵満ちみてるマリア、主御身とともにまします」という、全部で五行か六行の短いものですが、それを読み上げ、次に主祷文、「天にまします我らの父よ」、これを全部で天使祝詞を五十回、主祷文を十回ぐらい唱えるのです。

(*引用者注:credo in unum deum)

(出典:「補論 私と図書館」(1999)P.229-230 太字は引用者=私による)


 「たまたま小さいときに修道院に入れられてそこで暮らしたことがあって、そのことは本に書いてありますが、そういう生活の中でたまたまヨーロッパの中世の勉強をするようになったという経過があるわけです」(P.230)という著者の話だが、著者が洗礼を受けて修道院にいた時期は、敗戦後間もない頃の「第二バチカン公会議」以前のことであり、現在とは状況が異なるかもしれない。

 このように、「クレド」の反復朗誦をとおして、信者はキリスト教しての自覚を深め、キリスト教徒として生きることの意味を確認するわけである。
 
 このように、「クレド」というものは、キリスト教の文脈のなかで使われる意味を知っていると、より深く理解できるはずである。だからといって、キリスト教徒になる必要はない。
 ただ、知っているのと知らないのとでは、理解の深さが異なるということなわけだ。


キリスト教以外の「クレド」(信徒信条)

 ちなみに、イスラームでは、「シャハーダ」とよばれる信仰告白がある。六信五行のうち、宗教的実践の五行の一番重要な項目である。

 「アッラーフ(神)の他に神はなし。ムハンマドはアッラーフの使徒(ラスール)である。」という定型句をアラビア語で唱える。 カタカナで記せば、「ラー・イラーハ イッラッラー ムハンマド ラスールッラー」

 
 仏教では「帰依」があるが、一神教で言う「信仰」とは区別される。

 「仏法僧の三宝に帰依します」に該当するパーリ語の文言を唱えるだけなので、きわめてシンプルである。

BuddhaM saraNaM gacchaami(ブッダン・サラナン・ガチャーミー)
DhammaM saraNaM gacchaami(ダンマン・サラナン・ガチャーミー)
SamghaM saraNaM gacchaami(サンカン・サラナン・ガチャーミー)




企業組織以外での「クレド」

 さて米国には、リッツ・カールトン・ホテルの「クレド」以前から、徹底的にたたき込まれてきた「クリード」がある。

 すなわち、米海兵隊(US Marine Corps)である。
 スタンリー・キューブリック監督の『フルメタル・ジャケット』にもでてくるので、知っている人もいるだろう。
 海兵隊は世界最強の軍隊といわれいるが、基本は「ライフルマンであること」に置いている。
 海兵隊の「モットー」は、Semper Fidelis というラテン語である。意味は Always faithful(つねに忠実に)というものだが、なぜか「クレド」にかんしては、Creed という英語で Credo というラテン語は使用していない。理由はよくわからないが。

 以下に、英語全文を掲載していこう。

The Rifleman's Creed (ライフルマン信条)

THIS IS MY RIFLE.
There are many like it but this one is mine.
My rifle is my best friend.
It is my life.
I must master it as I master my life.

My rifle, without me is useless.
Without my rifle, I am useless.
I must fire my rifle true.
I must shoot straighter than any enemy who is trying to kill me.
I must shoot him before he shoots me. I will....

My rifle and myself know that what counts in this war is not
the rounds we fire, the noise of or burst, nor the smoke we make.
We know that it is the hits that count. We will hit...

My rifle is human, even as I, because it is my life.
Thus, I will learn it as a brother. I will learn its weakness, its strength,
its parts, its accessories, its sights and its barrel.
I will keep my rifle clean and ready, even as I am clean and ready.
We will become part of each other.

We will...

Before God I swear this creed.
My rifle and myself are the defenders of my country.
We are the masters of our enemy.
We are the saviors of my life.

So be it, until victory is America's and there is no enemy, but Peace.

(出所:http://en.wikipedia.org/wiki/Rifleman's_Creed


 YouTube に Full Metal Jacket - Rifleman's Creed のシーンがアップされているので、参考まで。
 教官はかなり品のないスラングでしゃべっているので、日本語訳はつけないでおく。

 海兵隊では、この Creed を毎日唱えさせて、徹底的にたたき込むのである。



「クレド」を浸透、定着させるためには身体技法をつうじた「仕掛け」が不可欠だ

 ある意味では洗脳といえばそのとおりだが、「教化」(indoctorination)というのは宗教であれ、それ以外の組織であれ、多かれ少なかれ「洗脳」的な要素をもっているものだ。

 「教義」(doctorine)を反復によってたたき込むための方法論、これはカトリック教会が長い年月にわたって開発してきたもの。
 
 組織論を勉強した人間には常識であるが、士官教育はかつては修道院のなかで行われていたものであり、近代の軍隊組織は、先行する多国籍巨大組織であるカトリック教会の組織を参考にしたものである。
 そしてまた、企業組織が軍事組織をモデルに設計されてきたことはいうまでもない。

 「クレド」もまた、カトリック教会 ⇒ 軍隊 ⇒ 企業 の流れの延長線上にあることは、これまで書いてきたことをみれば容易に理解されるはずである。

 「クレド」を真に定着させるためには、まず「信者」の自主性が前提になること、そのうえでさらに反復朗誦して、身体技法をつうじて、カラダを使ってアタマにたたき込むという方法論を踏まえることが、きわめて重要である。

 まあひらたくいえば、定着させ内面化させるためには「仕掛け」が必要だということだ。
 そしてそれを無意識レベルでの「生活習慣」化してしまうこと。

 もちろん、「言うは易く行うは難し」ではあるが・・・・




<関連サイト>

ヨーロッパでのプレゼン、勝利の秘訣 養老孟司×隈研吾×廣瀬通孝 鼎談:日本人とキリスト教死生観(2) (日経ビジネスオンライン 2014年3月25日)
・・「「肉体」を規律で縛って「精神」の自由を担保する」  近代精神の主導者であるイエズス会系の栄光学園という男子校出身者の三人が語りあう記事



なお、上記の対談は『日本人はどう死ぬべきか?』というタイトルで日経BP社から単行本化されている(2014年11月28日 記す)





<ブログ内関連記事>

カラダで覚えるということ-「型」の習得は創造プロセスの第一フェーズである・・イエズス会で使用される「霊操」についてふれている

書評 『ラテン語宗教音楽 キーワード事典』(志田英泉子、春秋社、2013)-カトリック教会で使用されてきたラテン語で西欧を知的に把握する
・・「クレド」についても解説されている

(2014年3月25日 情報追加)





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2010年8月25日水曜日

書評 『ヒトラーの秘密図書館』(ティモシー・ライバック、赤根洋子訳、文藝春秋、2010)-「独学者」ヒトラーの「多読術」




独学者ヒトラーの「多読術」。蔵書によって知るヒトラーの精神形成と蔵書の運命

 本好きの人間がよそのお宅にお邪魔したとき、まず目に跳び込んでくるのが、その家の住人の書棚であり蔵書である。

 どんな本を持っているのか、どんな本を読んでいるのかが非常に気になるのだ。そして一瞬にして直感的に掴んでしまう。あえて、その話題をクチにすることはないとしても。

 なぜなら、個人の蔵書を見ることは、その人の頭の中身を知ることに等しいからだ。

 人は蔵書によって、頭の中身をハダカでさらしているようなものだ。本の選択によって、趣味もセンスもすべてが露わになってしまう。

 よっぽどのことがない限り、自分の蔵書は人には見せたくないし、見られたくないという気持ちが働く。だから、著名人の本棚拝見という雑誌企画は、いつの時代でもかならず一定量の読者を確保するのである。

 さて、独裁者アドルフ・ヒトラーは読書家であった予想以上に多読家であり、しかも自らの蔵書票(ex libris:右下の写真)まで作成していた蔵書家であった。そしてまた、口述筆記ではあるが自ら本を書いて出版した人でもある。『わが闘争』(マイン・カンプ)である。


 多読家のヒトラーは、毎晩数時間を読書の時間にあて、ときには明け方まで読書にいそしんでいたという。 

 分厚いハードカバーに下線を引き、ときには欄外に書き込みを残しながら勉強する生活習慣。

 この習慣は、第一次大戦に志願して出征し、復員して政治運動に関わるようになって以来、ベルリン陥落によって自殺する直前まで続いていたらしい。

 高等教育を受ける機会に恵まれなかったヒトラーは、身につけた知識を読書によってさらに確実なものとし、独学によって自分を作り上げた人であることが本書を読むと手に取るように理解できる。

 独裁者は「独学者」であった(!)のだ。

 「ヒトラーは読書というプロセスを、自分がもともと抱いている観念という「モザイク」を完成させるための「石」を集めるプロセスにたとえている」(P. 190)、つまりヒトラーは自分の考えを補強するために本を読み、自分に必要な知識と考えを取り入れては、自分の考えを補強し増強し、その結果、多くの人たちが証言しているように、バツグンの記憶力を誇っていたらしい。

 ただし、ヒトラーの抱いていた考えが、すべて正しいものであったとはとてもいえないのは、本の選択をみれば自ずから理解できる。

 本書は、米国人の歴史家が、米議会図書館から発掘された、現在所在が明かなヒトラーの旧蔵書(・・残念ながら蔵書全体の1割程度に過ぎない)の一点一点について、実際に実物を手にとって調べ、ヒトラーの伝記的事実とを詳細に照合するという、地道な精密な作業のうえにたって検証した労作である。

 取り上げられた本は以下のとおりである。『ベルリン』(マックス・オスボルン)、『戯曲ペール・ギュント』(ディートリヒ・エッカート)、『我が闘争』第三巻(アドルフ・ヒトラー)、『偉大な人種の消滅』(マディソン・グラント)、『ドイツ論』(ポール・ド・ラガルド)、『国家社会主義の基礎』(アロイス・フーダル)、『世界の法則』(マクシミリアン・リーデル)、『シュリーフェン』(フーゴ・ロクス)、『大陸の戦争におけるアメリカ』(スヴェン・ヘディン)、『フリードリヒ大王』(トマス・カーライル)。

 著者は、本書を構想し、執筆するにあたって、ドイツ系ユダヤ人の文芸評論家ヴァルター・ベンヤミンの「蔵書の荷解きをする」というエッセイを導きのカギにしている。ナチスドイツによって死に追いやられるという運命をたどるベンヤミンであるが、ヒトラーとベンヤミンという取り合わせは著者ならではのものである。感想はいろいろあるだろうが。

 ベンヤミンが引用している「本にはその本自身の運命がある」(habent sua fata libelli)というラテン語の警句は、蔵書の運命がその持ち主の運命と深いかかわりをもっている事を示している。ベンヤミンとその蔵書も、ヒトラーとその蔵書も、その後それぞれの運命をたどることになる。

 知的好奇心を大いに刺激される歴史ノンフィクション作品、本好きな人間にはとくにすすめたい。



<初出情報>

■bk1書評「独学者ヒトラーの「多読術」。蔵書によって知るヒトラーの精神形成と蔵書の運命」投稿掲載(2010年8月23日)

*再録にあたって、字句の一部を修正と加筆を行った。





<書評への付記>

 原書は、Ryback,Timothy W., HITLER’S PRIVATE LIBRARY: THE BOOKS THAT SHAPED HIS LIFE, 2008 


目 次

BOOK ONE 芸術家の夢の名残-マックス・オスボルン『ベルリン』
 第一次大戦の激戦下、勤勉な働きをみせていた伝令兵。彼の楽しみは、休暇に首都ベルリンを観光することだった。
BOOK TWO 反ユダヤ思想との邂逅-ディートリヒ・エッカート『戯曲ペール・ギュント』
 敗戦の混乱のなかで、元伍長は自分を導く師に出会った。そして師も、彼に眠っていた扇動の才能に魅入られていった。
BOOK THREE 封印された『我が闘争』第三巻-アドルフ・ヒトラー『我が闘争』第三巻
 「あの本が出版されなくてよかった」後に彼は側近に語る。出版社の金庫にしまいこまれたまま、それは忘れ去られた。
BOOK FOUR ユダヤ人絶滅計画の原点-マディソン・グラント『偉大な人種の消滅』
 アメリカを移民制限に導いたその書は、彼の『聖書』となり、ナチスが政権をとると、ユダヤ人の根絶計画の礎となった。
BOOK FIVE 総統の座右の思想書-ポール・ド・ラガルド『ドイツ論』
 「本当は、ニーチェはあまり好きではないのです」では誰が、彼の思想の源となり、ナチスドイツの原則となったのか。
BOOK SIX ヴァチカンのナチス分断工作の書-アロイス・フーダル『国家社会主義の基礎』
 キリスト教への弾圧を続けるナチス。彼らと反共で手を結べると信じた司教は一書をしたため彼に献じたが。
BOOK SEVEN オカルト本にのめりこむ-マクシミリアン・リーデル『世界の法則
 天才のなすことに理由は要らない――。オカルト本の主張に背を押されるようにして、彼はポーランド攻撃を命じた。
BOOK EIGHT 参謀は、将軍よりも軍事年鑑-フーゴ・ロクス『シュリーフェン』
 彼の蔵書の半数7000冊は、軍事に関わるものだった。詰め込んだ知識で彼は対立する将軍たちと渡り合おうとする。
BOOK NINE 老冒険家との親密な交友―スヴェン・ヘディン『大陸の戦争におけるアメリカ』
 彼にとって生涯の英雄だった探検家ヘディン。目下の戦争のさなかドイツを擁護する書を世に問い、彼を感激させる。
BOOK TEN 奇跡は起きなかった-トマス・カーライル『フリードリヒ大王』
 ベルリン陥落前夜、彼はかつてのプロイセン王に身を重ねる。敵国の女王が死に、からくも救われた奇跡の大王に。


 個人蔵書をみれば、その人物のひととなり、少なくともアタマの中身はだいたい想像できるものだ。
 アナール派歴史学の歴史家に、修道院の蔵書から、中世の精神世界を再構築する研究もあると聞いたことがある。論文のタイトルと執筆者がわからないのだが。

 ヒトラーもまた然り。ただ蔵書はドイツ敗戦の際に占領軍兵士たちによって戦利品として持ち去られsんいつしてしまったというのは残念。約1割が米議会図書館に手つかずのまま残されていたという。その蔵書をベースに、著者は徹底的な分析を行ったうえで、この実に面白い歴史ノンフィクションに仕立て上げた。

 ヒトラーという大悪のアタマのなかを、善悪の彼岸にて、脳外科医がメスで切開するようにオペをする。こういう科学的分析法が本書の魅力である。

 本書は、実用書として読むという読み方も可能だ。「多読術」実践編として。

 原書は見ていないが、日本語版は本文に挿入された写真のデザインが素晴らしい。
 グラフィック的にもよくできた本である。何よりも本の現物を写真ではあれ見ることができるのはうれしいものだ。






<ブログ内関連記事>

「蔵書」とライブラリー関連

『随筆 本が崩れる』 の著者・草森紳一氏の蔵書のことなど
・・一橋大学の藤井名誉教授の蔵書処分の件について、私の大学時代のアルバイト体験も記してある

書籍管理の"3R"
・・本はたまるもの。どうやって整理するべきか。蔵書印の是非についても。

書評 『もうすぐ絶滅するという紙の書物について』(ウンベルト・エーコ、ジャン=クロード・カリエール、工藤妙子訳、阪急コミュニケーションズ2010)-活版印刷発明以来、駄本は無数に出版されてきたのだ

書評 『松丸本舗主義-奇蹟の本屋、3年間の挑戦。』(松岡正剛、青幻舎、2012)-3年間の活動を終えた「松丸本舗」を振り返る

『ちょっと本気な 千夜千冊 虎の巻-読書術免許皆伝-』(松岡正剛、求龍堂、2007)で読む、本を読むことの意味と方法


■独学と独学者

書評 『独学の精神』(前田英樹、ちくま新書、2009)-「日本人」として生まれた者が「人」として生きるとはどういうことか

書評 『ことばの哲学 関口存男のこと』(池内紀、青土社、2010)-言語哲学の迷路に踏み込んでしまったドイツ語文法学者


ヒトラー関連

書評 『ヒトラーのウィーン』(中島義道、新潮社、2012)-独裁者ヒトラーにとっての「ウィーン愛憎」

「ワーグナー生誕200年」(2013年5月22日)に際してつれづれに思うこと

(2015年10月15日 情報追加)





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2010年8月24日火曜日

最近ふたたび復活した世界的大数学者・岡潔(おか・きよし)を文庫本で読んで、数学について考えてみる



世界的大数学者・岡潔(おか・きよし)という天才が書いた文章を文庫本で読んでみる、という経験

 岡潔と書いて、おか・きよし と読む。数学者で随筆家である。
 ここまでは知っていた。表面的に知っていたがゆえに、かえってその岡潔が書いたものは一度も手に取ったことがなかった。数学者が書いた「情緒」についての随筆なんか読んでも意味はないだろうと。

 思い上がりと言うべきか。かつて自分がそうであった幼い合理主義者の態度というべきか。「情緒」は芸術家の専売特許と思っていたからだ。

 その岡潔(1901-1978)が、このところ立て続けに文庫版で復刊されている。

 時代の要請なのであろうか? 
 数学ブームの余塵なのであろうか? 
 ホンモノの時代の到来なのだろうか?

 かつて新書版などの著者名として目にしてもいっさい黙殺していた岡潔、ここらで読むべきなのではないか、そういう内心の声に従い、まとめて読んでみることとした。

 岡潔は、世界的代数学者であった、という。「多変数解析函数論」において、世界中の数学者が解けなかった「三大問題」を、すべて一人で解決したという。

 そんなすごい人だったのか、しかし「多変数解析函数論」とは何だか、数学を専門としたことのない私には、すごいというその一言しか感想はないのだが。

 2010年8月現在、文庫本として入手可能なタイトルを並べておこう。順番は、実際に読んでみて、この順番で読み進めると岡潔を理解しやすいのではないかという、私の提案である。

『春の草-私の生い立ち-』(岡潔、日経ビジネス人文庫、2010 単行本初版 1966)
『春宵十話』(岡潔、光文社文庫、2006 単行本初版 1963)
『人間の建設』(岡潔/小林秀雄、新潮文庫、2010 単行本初版 1965)

 これら3冊を読んでの感想を一言で述べると、数学というものは私の理解している範囲よりはるかに広く、深いものである、と。
 たんなる論理ではなく、まさに岡潔のいう「情緒」というものがその本質か。
 目が開かれる思いとはこういうことだろうか。

「数学とはどういうものかというと、自らの情緒を外に表現することによって作り出す学問芸術の一つであって、知性の文字板に、欧米人が数学と呼んでいる形式に表現するものである。」(『春宵十話』 はしがき

 まったく新しいことをクリエイトすることにおいて、数学は本質的に詩作に近いようだ。

 前後の脈絡なしに、いきなり繰り出されるコトバ。社会通念に対して、いきなり真っ正面から意義をとなえる過激さ、妥協をしない徹底性。すべて借り物ではない、自分のコトバで語るという頑固な姿勢。思い詰めたような直情径行な言動。

 もちろん単行本になる際には、そうとうの編集がされているはずだが、なにか唐突な感じが否めない。

 放談に近いような印象がなくもないが、繰り返し、繰り返し同じ話をしているので(・・老人だからということがあるかもしれない)、ずっと読んでいるうちに、それこそ「情緒」のレベルで納得している自分に気づくことになろう。

 数学って本来はそういうものなのか・・。

 少なくとも、世界的大数学者・岡潔の脳裏においては、そのように理解されていたということだ。別のコトバで置き換えても、あまり意味はないような気がする。

 岡潔が使う「情緒」という意味を拡張して捉えるべきなのだろう。どうも「情緒的」という形容詞をネガティブな意味に使いがちな私としては、少し反省もしている。

 不思議な、不思議な読後感である。



数学者と数学教師をめぐって私が抱いてきたイメージ

 日本を代表する数学者といえば、数学のノーベル賞といわれるフィールズ賞を受賞した、広中平祐や小平邦彦といった人たちのことが脳裏に浮かぶ。すでに古典の領域の人といえば、高木貞治などという名前もときおり目にすることがある。

 マスコミでの露出の多かった数学者といえば、秋山仁、ピーター・フランクル、藤原正彦といったところか。これらはみな筆の立つ人なので、数学者が本業であることを忘れがちではある。

 数学者といえば、高校時代や大学時代の数学教師がまず連想される。

 高校時代の数学教師はいずれも、他の教科にはない個性的で、やや奇矯な(?)人たちであったという印象がなくもない。演劇狂、教員生活25年の骨川筋右衛門、日教組などなど、まさに多士済々であった。

 「変わっている」というのは、基本的にほめコトバであると私は受け取っているのだが、数学者はちと違う。

 高校時代、文系物理クラス(・・文系志望で理科の選択が物理)にいたのだが、私は性懲りもなく、大学二年まで数学の授業をとっていた。大学時代は、合計して3人の数学教師の授業をとったと記憶している。社会科学系だが、数学教師の数も質も高い大学であった。

 そのなかでももっとも印象が強いのは、幾何の証明問題を嬉々として黒板に板書しながら、ときに石川啄木について熱っぽく語っていたI先生のことである。小柄なI先生は、カラダ全体を使って幾何学の、いや数学の喜びを表現していた。授業をとっている私たちは、ひたすら板書の内容を筆記するのに追われていたのだが。


 まあ、「ピュタゴラスの定理」で有名な古代ギリシアの数学者ピュタゴラスが、秘教教団の主催者であったことを知れば、不思議でもなんでもない。ピュタゴラスの出生地サモス島はトルコに近い。私はこの島には、いまから20年くらい前に滞在したことがある。

 「幾何学を学ばざる者、この門をくぐるなかれ」と、プラトンは自分が経営する学園「アカデメイア」の門に書いていたという。

 幾何学(geometry)は、古代エジプトの測量術に起源をもつ、実学から発した学問である。高校時代、図書館でエウクレイデス(=ユークリッド)のギリシア語からの日本語訳書を眺めていたこともいま思い出した。


 米国に留学したとき、語学研修のためカリフォルニア大学バークレー校で遊学していた。その際に企画されたバスツアーでレッドウッドに一泊二日でいった遠足で、バスの隣の座席に座った韓国人の留学生と話をしたことがある。ちょっと幼く見える彼は、バークレーで数学を専攻するという。私の人生のなかでは、数学を専攻するという人間と直接会話をしたのははじめての経験だったので、印象深く覚えている。

 現象学の祖である哲学者フッサールも数学から、京都学派の田辺元も数学から哲学へ、そういえば、ユング派の臨床心理学・河合隼雄も、京大理学部数学科卒で、高校の数学教師をしていたのだった。


 数学者となれば、変わっているという点にかんしては、高校や大学の数学教師の比ではないだろう。

 高校時代の数学の教科書にでてきた絶対数のガウスや、微分積分法のニュートンやライプニッツはさておき、われわれに近い時代でも、映画『ビューティフル・マインド』の主人公にもなった米国人数学者ジョン・ナッシュ、NHKスペシャルで放送した、「ポアンカレ予想」を証明したロシアの数学者グリゴーリー・ペレルマンなど、数学者というのは変人だというイメージを増幅した可能性も高い。

 小説の主人公だが、『博士の愛した数式』(小川洋子、新潮文庫、2005)の主人公「博士」や、数学者・藤原正彦の『天才の栄光と挫折』(文春文庫、2008)に取り上げられた、ガロワ、ウィリアム・ハミルトン、ラマヌジャン、アラン・チューリングといった数学者たちも、ある種の変人といえばそのとおりである。

 ちなみに、藤原正彦は同書では、岡潔については項目としては取り上げず、数行で触れているのみである。彼の好みではないのだろう。これは後ほど引用しておくことにしたい。



岡潔の随筆を文庫本で読む(続き)

 ずいぶん横道にそれてしまった。岡潔(おか・きよし)という世界的大数学者について語っていたのであった。

 しかし、ここまで振り返ってみた数学者と数学教師のイメージから考えて見ると、岡潔本人が書いたもの、岡潔本人がしゃべった内容を読む限り、岡潔もまた、よくいえばかなり個性的、ある意味においては変人人間であったという印象はきわめて強い。

 留学先のフランスで二二六事件について聞かれても的確な答えができなかたったことから、帰国後、日本的なものを知るために、芭蕉と道元を徹底的に読み込んだという岡潔。

 連歌もやり、浄土宗の念仏信仰にはまっていた人でもある。晩年に自宅を新築した際、念仏堂を兼ねた数学研究室を自宅に設けていたという。


 『春の草-私の生い立ち-』(岡潔、日経ビジネス人文庫、2010 単行本初版 1966)

 日本経済新聞社に連載された「私の履歴書」を単行本にまとめたものが、34年ぶりに文庫版として復刊。

 なんか、非常に不思議な感じの文章であった。数学上の功績については、専門家ではないのでよくわからないが、現代風にいえば、なんだか「不思議ちゃん」っぽい匂いを漂わせている言動に満ちているのだ。

 そんな不思議なお祖父さんから、孫が昔話をきかせてもらっているような気分になる。不思議な経験だ。

 自叙伝なのだが、幼児教育と青少年教育がテーマで、自分の人生はあくまでもその実例として、素材(マテリアル)として取り上げる、といったスタンスである。前頭葉にかんする話がたくさんでてくる。




 『春宵十話』(岡潔、光文社文庫、2006 単行本初版 1963)

 これはタイトルはかなり有名な随筆集。口述筆記で毎日新聞に連載されたもの。

 テーマ的には「私の履歴書」とかなりかぶっている。

 自発性、直観と情熱、飛躍といったキーワード。13歳頃の暗記の重要性。

 数学的発見のプロセスについて回想して記録しているが、これが実に興味深い。中国人経営の理髪店で耳そうじをしてもらっているときにインスピレーション、友人宅の応接室で座り込んでいるうちに突然の発見、子どもたちをつれてほたる狩りをしているときに突然難問が解けた、などなど。

 試験会場で数学の問題を解いた後、帰宅途中に間違えに気づくことがある、という話を岡潔も持ち出している。ひらめきやインスピレーションは突然やってくるという話である。

 岡潔を一冊だけ読むのであれば、本書をすすめる。




 『人間の建設』(岡潔/小林秀雄、新潮文庫、2010 単行本初版 1965)

 岡潔と小林秀雄の議論はかみあっているのか、いないのか。対談といえるのか、いえないのか。岡潔という希代の変人に小林秀雄が苦労しているような印象も受けなくはない。

 せっかく佳境に入るのかと思ったら、また全然議論がそれてゆく。
 しかし、ときどき両者の思考がスパークを起こす場面があって、面白い。

 小林秀雄(1902~1983)は、旧制一校から東京帝大文学部、専攻はフランス文学。文芸評論家に。

 岡潔(1901~1978)は、旧制三校から京都帝大理学部、専攻は数学。以後、一貫して数学者、のちに随筆家に。

 共通するのは、ほぼ同年生まれで同世代ということだけでなく、ともに「創造」(クリエイトすること)に携わっていたことであろう。また、フランス語世界にいたことも共通している。岡潔の専門論文はすべてフランス語で執筆して、世界の数学者を相手に発表していた。日本では理解できる人がいなかったようだ。

 脳科学者・茂木健一郎による解説は、意外とチカラの入ったもので、読み応えがある。


<読書ガイド>










岡潔について書いた文章を読んで、他者による評価をみてみる

 文庫本3冊を読んだ後で、自叙伝ではない、数学者が書いた評伝も一冊読んでみる。ネット書店で検索すると、いまから二年前に新書で評伝がでていることを知った。

 『岡潔-数学の詩人-』(高瀬正仁、岩波新書、2008)という本である。

 数学者で歌人である高瀬正仁の本を読んで、私が岡潔の文章や対談を読んで抱いた印象が、けっして独りよがりなものではなかったことを知って、すこしホッとする。

 この評伝を読んで思ったのは、様々な心身症、というよりも精神疾患に基づく諸症状だろう。孤独な研究生活のもたらしたものには、数学的発見の代償としての、なにか痛々しいものを感じたことだ。


 新聞沙汰になるような騒ぎ、突然の失踪と行方不明、入退院の繰り返し。休職した大学からは復職を拒否され、自分の居場所が数学研究にしかないという切羽詰まった追い込まれかた。数学研究とは、つまるところ自分のアタマのなかのい世界のことである。

 先にも触れた、映画『ビューティフル・マインド』にもなった米国人数学者ジョン・ナッシュを想起してしまう。岡潔自身の出版された著作だけを読んでいては直接的には知ることのない世界が、描かれている。やはり、そうだったのか。

 とても生易しい人生ではない。正直いって、このような人になりたいとは誰も思わないだろう。

 天才の孤独というべきか。俗にバカと天才と紙一重というが、実際に岡潔も郷里に戻って数学に専念していた頃、悪童たちかたは「キチガイ博士」(原文ママ)とよぱれていたという。

 その一方で、岡潔が思索に没頭しているときは、これら悪童たちも邪魔をしないようにしていたという。つまるところ、畏怖の対象であったということだろう。
 
 ただし、この本は数学にかんする記述は、正直いってわかりにくい。具体的にイメージしにくいからとばして読んでもかまわないだろう。

 これとは別に、精神病理学の観点からの診断書も読んでみたいという気にさせられる。

 戦時中は、食糧自給のため子供を連れて畑にいき、畑仕事をしたあとに、棒きれで地面に数式を書いては思索に耽っていたといういう。このシーンは、なんだか目に浮かぶようだ。

 数学は、集中できる環境さえあれば、どこでもできるのである。しかも五感をフルに働かせながら。






「数学ブーム」に思うこと

 岡潔の「数学」は、あくまでも数学者が研究している純粋数学であって、フツーの人間にはほとんど関係のない話である。
 
 先にもふれた、藤原正彦お岡潔にかんするコメントを引用しておこう。数学者にとっても、岡潔は異質な存在のようだ。

我国が誇る独創的数学者岡潔は生前、浄土宗の系統を引く光明主義を信仰しており、毎朝一時間念仏を唱えてから数学に向かったという。大発見のいくつかが、非常に少数の天才による、宗教に根ざしたものであった場合、大半の数学者はその経験がないから、とうてい了承し得ないだろう。ハーディーのごとく拒絶まではしなくとも、狐に鼻をつままれた気分になる。すなわちいつまでたっても、そのような話は、真偽とかかわりなく天才の個人的経験の域を出ないのである。

(出典:『天才の栄光と挫折』P.193 「シュリニヴァーサ・ラマヌジャン」の項)

 数学者ですらこういうコメントをするくらいだから、一部の一握りの天才の話でもって数学と数学者を語るのは、話のネタとしては面白いが、われわれの日常生活にはあまり関係のない話ではある。

 数学は美しいというのは、岡潔に限らず、数学者や数学教師がクチにすることだ。
 しかし一般人には、なかなかその境地に達することはない。

 私は、一般人はそれでもいいのではないかと思っている。有限の生命のなかで、「真善美」のうちどれに重点を置くかで、その人の個性が決まってくると思うのだが、日本人の多くは「美」であろう。「美」に倫理を求めるのが多くの日本人の性向だと思われるが、数学に「美」を感じるのはごく一部に人であって構わない。

 日本人の大半は実用的なものに重点をおく、きわめて現実的な性質をもっている。

 だから、数学も実用性という観点から求めるのは、数学者からみれば意に沿わぬものであったとしても、間違ったことではない。

 一般人は、数学の実用的な側面にしか関心がないのは当然といえば当然だ。

 「数学ブーム」、「数学脳」といった現在のブームも、そういう文脈のなかで捉えるべきだろう。

 数学の実用的な側面には、面と行っても直接的なものと間接的なものがある。直接的なものとは、自然科学や工学での応用である。間接的なものとは、論理的思考訓練のことである。

 その意味においては、いわゆる「私学文系」の大学入試に数学がなくなったのは、取り返しのきかない致命的な問題と思う。数学そのもの、数学的なものをひたすら忌避してきたツケが大きく回ってきたのだろう。だからこそ「数学ブーム」という状況が発生しているのだろう。数学から逃げ回ったことに対する後悔の念と、焦燥感。

 さきに高校時代の文系理系のクラス分けについて書いたが、まったくナンセンスな話だと思っている。私は強く思うのだが、そもそも、日本では理系と文系を二項対立的に区分し、もっぱら数学を理系に分類していることは諸悪の根源ではないか。私は、ここに現代日本が抱える大きな問題の一つがあると考えている。

 数学は、岡潔が理解したように、自然科学の範疇には収まりきらないものがある。

 むしろ、サイエンスというよりもアートとしての特性をもっているのか。

 それとも、すべての学問の基礎の一つと捉えるべきなのか。 岡潔にいわせれば、論理以前の「情緒」ということになるのだが、ここらへんの状況については、その領域まではいったことはないので、実感はあまりない。

  岡潔は、「計算でも、論理でもない数学」を追求したというが、大数学者とはほど遠い一般人は、数学の論理性にこそ着目したい。

 というよりも、純粋数学は目指したところで、大半の人間はついていけずに脱落していくのだろう。

 数学を専攻した人も、就職となると数学教師が多いのは、音楽をやった人が音楽教師になるのと似ているのかもしれない。数学者として食べていけるのは、音楽家として食べていくのと同様、きわめて狭き門なのであろう。この点はよく似ている。

 数学は文系でも理系でもなく、論理学の基礎であるという側面をさらに前面に出すべきだろう。そして、数学は面白い、このことをもっと学生に伝えるべきなのではないのだろううか?

 いや面白いのは数学教師だといわれれば、そのとおりなのだが。

 やれ論理的思考能力だ、やれロジカルシンキングだ、とかまびすしい現在の日本だが、岡潔も数学の表現としての論理性は否定しているわけではない。なんせ数学と論理の国フランスに4年間留学し、専門論文はすべてフランス語で書いた人である。岡潔がフランス語で書いた論文はすべてネット上で公開されている。

 具体的な処方箋としては、私は数学者から出発した小室直樹の本を読むべしと答えておこう。

 とくに『数学嫌いな人のための数学-数学原論-』(小室直樹、東洋経済新報社、2001)、痛快なタイトルの 『超常識の方法-頭のゴミを取れる数学発想の使い方-(知的サラリーマン・シリーズ)』(小室直樹、祥伝社NONブック、1981)
 ともに新刊では入手できないのが問題だが。ほかにも「数学ブーム」のおかげでいろいろ本がでているので、自分にあったものを見つけたらいいと思う。

 私も、小室直樹と同様、幾何学的思考と数学的思考が、学問のすべての基礎だと信じて疑わない。
 

(追記)
 『超常識の方法』は、『数学を使わない数学の講義』(ワック、2005)とタイトルを変えて再刊されていることを知った。これは入手可能なので、ぜひ読まれることをお薦めする(2010年10月5日)。





終わりに-とりとめなく

 ときどきこういう夢を見る。数学の教科書の練習問題をまだぜんぜん解いていないのに期末試験が近づいている(!)という夢。数学というとどうしても、こういう記憶が残っているようだ。

 大学入試にあたっては、矢野健太郎先生には大いにお世話になった。
 天の邪鬼な私は、多数派であった『チャート式数学』ではなく、数学者・矢野健太郎先生の『解法のテクニック』(科学新興新社)の練習問題をひらすら解いていた。そう、それは30年も前のこと、今年と同じく、ひたすら暑い夏休みのことであった。

 凡人であるフツー人は、数学はあくまでも実用的な側面にとどめておいた方がいいだろう。あまり深入りしない方がいい。

 情緒にかんするものは、日本人は俳句や和歌で養うべきであろう。いや、自然のなかにわけいることによって五感を全開にして涵養すべきものだ。数学者になるかどうかは別にして。

 高校時代の演劇狂の数学教師のクチグセは、「数学をやると美人になる」というものだった。
 そのココロは・・・アタマに汗をかくから顔が引き締まる、と。

 「数学の美」とはほど遠いような気もするが、「美」は「美」である。
 「美」は日本人を律する倫理基準であるから、それでいいのかな。




<関連サイト>

◆数学者ジョン・ナッシュをモデルにした2001年制作のハリウッド映画 『ビューティフル・マインド』(A Beautiful Mind)トレーラーはこちら。主演はラッセル・クロウ、ジェニファー・コネリー。




PS 読みやすくするために改行を増やした。また写真を大判にし、写真の追加も行った (2014年7月22日 記す)





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(2014年7月22日、8月19日、2016年10月24日 情報追加)






(2012年7月3日発売の拙著です)









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