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2010年3月31日水曜日

三度目のミャンマー、三度目の正直  (3) インレー湖のトマトがうまい理由(わけ)・・屋外天然の水耕栽培なのだ!(インレー湖 ②)




(インレー湖を手漕ぎ舟で行く住人)

 前回からインレー湖入りしたわけだが、「一日ボートツアー」でだいたいの観光名所はまわり尽くしてしまうので、半日ボートツアーを2回にして、ゆったりとした滞在にするのもおすすめである。インレー湖では、せわしなく動き回るようなことはしたくないものだ。

 観光名所は、南北に細長い湖の南半分に集中しており、ファウンドーウー・パヤーという水上寺院、ジャンピング・キャットで有名なガーペー僧院、高級絹織物や高級蓮糸織物で有名なインポーコン、それに少し遠出していく仏塔の廃墟群ので有名なインデインなどに限られる。
 つまり一日ツアーで、ほぼ回るべき場所は終わってしまうのだ。観光名所のいくつかについては、のちほど紹介はしておこう。


 観光名所にいくのもいいが、やはりなんといっても面白いのは、モーター付きのロングボートでインレー湖を走り回ることである。インレー湖の北半分は湖が拡がっており、私がいったときは霧がかかって、湖水と曇り空の境目がはっきりしないような空間を、ひたすらモーターボートが快音を響かせながら、北へ北へと走るという、なんだかややシュールな感じもなくはなかったのだが、南半分は水上の浮島(floating islands)に人家や畑が密集し、浮島と浮島のあいだ、人家と人家のあいだが運河のような感じになっており、まるでヴェネツィアを隅から隅までヴァポレットで移動してまわっているかのような気分になれるのだ。だから、インレー湖は「東洋のベニス」なのである。

(まさに「東洋のベニス」)

 私が訪れた3月後半は乾期が終わって暑気になる前なので乾燥しており、水位も下がって2メートルくらいしかないらしい。雨期に増水する際には6メートルくらいまで水位が上がることもあるらしい。
 しかし浮島であるかぎり、水位の変化には対応できるのである。ただし、流されてしまわないように水底に杭をうっておく必要はあるが。
 もっとも人家は水底に杭を打って建設しており、木造の高床式建築になっている。これがまた、ヴェネツィアのようで面白い。もちろんヴェネツィアの場合は、石造の建築物だが、舟が唯一の交通手段であるということは共通している。



 さて、本題に入ろう。インレー湖で食べるトマトサラダがなぜうまいのか?

(トマトサラダ こいつは美味い!)

 もちろんミャンマー風サラダドレッシングがうまいということもある。ゴマだれとピーナッツだれがミックスしたドレッシングは実にトマトに合っていて、これだけでミャンマー・ビアとの相性も抜群である。
 でもそれだけでなく、トマト自体がうまいのだ。皮がやや固いが、これは何よりも天然物の証拠、見た目と舌触りが赤いピーマンに似ているが、同じナス科の植物なのでも不思議ではない。

 インレー湖のトマトがうまい理由(わけ)、それは「水耕栽培」にあったのだ!

 水耕栽培というと、日本ではいま話題になっている、屋内の「植物工場」がアタマに浮かぶだろう。パイプのなかを肥料が溶こまれた水が循環しており、土をいっさい使わずに、非常に衛生的に野菜を栽培することができるのが水耕栽培である。この分野では日本が先進的で、環境的に厳しい中近東向けにも輸出商戦が活発化しているというやつである。

 ところが、インレー湖の場合はまったく異なる。屋外天然の「植物工場」なのだ。

(インレー湖の水耕栽培トマト)

 先にもかいたように、インレー湖には浮島が80近くあるらしいが、インダー族は湖で漁業を行うだけでなく、浮島の上に作った畑で野菜の栽培も行っている。ざっと見た限りでは、トマト(上写真)、かぼちゃ(下写真)、へちま、などなどが栽培されているようだ。

(舟いっぱいに積まれたカボチャ)


 浮島は、インレー湖にはふんだんに存在する浮き草のうえに藻や泥で盛り土をして作られており、流されないように湖底に木の杭をうって固定されている。また、湖底の泥を掬いだしては、盛り土をして固めている光景が、インレー湖のあちこちでみることができる。
 この浮島に各種の野菜類を栽培しているわけだが、水分は植物が自ら湖から直接吸い上げるので水をやる必要はない。野外なので自然の太陽光がふりそそぐし、温度調整も必要ないので燃料費もかからないきわめて省エネな「植物工場」というわけなのだ。

 私は農業技術の専門家でもないし、「浮島による水耕栽培」のメカニズムも実際に検証しているわけではないが、きわめてユニークな栽培方法であると思う。まさに長年の知恵のかたまりといえるだろう。

(浮島での水耕栽培)

 浮島であるがゆえに、人々は作物の手入れは舟をあやつって、舟の上から行っている。この風景だけみれば、タイのサムット・サコーンの水上ワイナリー(Floating Winery)みたいだが、インレー湖の場合は、作物は浮島の上で栽培しているのが大きな違いだ。
 ただ、浮島が土地とみなされるかどうかはわからないし、権利関係がどうなっているのかもわからない。おそらく慣習法が支配する世界なのだろうが。
 それにしても、このインダー族の生活慣習というのは実に興味深いものがある。実に環境に適応して生きてきた人々であるのだ。



 そんなことを考えながら、水上レストランで昼食をとった。ミャンマー・ビアに、インレー湖でとれた魚を使ったシャンカオスエ(=シャン州の麺)、そしていうまでもなくトマトサラダ。
 こういう組み合わせもなんだか、という感じがしなくもないが、油ギチギチのカレーだけがミャンマー料理ではないのである。

(ミャンマービアで乾杯!)

 うーん、しかしなんといっても、ミャンマー・ビアがうまい! 昼から飲むビールは最高だ。しかも、ミャンマー・ビアは数々の賞を受賞しただけのものはある。のどごしさわやか、しかもキレがある。いまミャンマー全土でミャンマー・ビアが席巻しているのは理由(わけ)があるのだ。

 インレー湖は、リゾート気分でのんびりと滞在するに限る!


 (インレー湖 ③)につづく



PS 写真を大判にし、あらたにキャプションを加えた。内容には手は入れていない(2015年10月4日 記す)


<ブログ内関連記事>

「ミャンマー再遊記」(2009年6月) 総目次

「三度目のミャンマー、三度目の正直」 総目次 および ミャンマー関連の参考文献案内(2010年3月)

書評 『植物工場ビジネス-低コスト型なら個人でもできる-』(池田英男、日本経済新聞出版社、2010)
・・水耕栽培という本質において、インレー湖の農業は植物工場との共通点がある

(2015年10月4日 項目新設)





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2010年3月30日火曜日

三度目のミャンマー、三度目の正直  (2) インレー湖は「東洋のベニス」だ!(インレー湖 ①)




 「ミャンマー三度目の正直」、やっと憧れのインレー湖でリゾート三昧してきた。私にとっては、13年目にやっと解決した「懸案事項」なのである。やっとインレー湖にいくことができたのだ。


 インレー湖は「東洋のベニス」だ! 一言で要約すればそうなる。
 ベニス(Venice)とは昔の英語風ないいかたで、本当はイタリア語風にヴェネツィア(Venezia)といいたいところなのだが、「東洋のベニス」というフレーズがすでに定着しているので、あえて使うことにする。

 ベニス(ヴェネツィア)とはアドリア海に面したイタリアの都市で、あえて説明するまでもないと思うが、市内に網の目のようにはりめぐされた運河が市民の交通手段で、自動車は一台も乗り入れできない都市である。もちろん観光客も同様で、有名なゴンドラは現在では観光客のみが相手だが、ヴァポレットという中型の水上乗り合いタクシーが運河を行き交っている。

 「東洋のベニス」とはどこか? 19世紀には、タイのバンコクのことを指していたらしい。らしい、というのは、現在のバンコクは運河の大半は埋め立てられ、自動車の道路となってしまっており、生き残った運河もゴミが捨て放題で悪臭の発生源になってしまっている。

 東京と同様、バンコクもまったく風情のない都市と化してしまっているのである。東京銀座の数寄屋橋もかつては運河だったのだが・・・。バンコクもかつての「東洋のベニス」を偲ぶことができるのは、昔の世界を題材にした映画作品のなかだけだ。

(インレー湖をめぐるクルージングにて)


 ではインレー湖がなぜ「東洋のベニス」なのか? こんなこといっているのは多分私だけだろうから、写真で示すのがベストでしょう。

 写真はおいおい紹介していくこととするが、インレー湖でも居住地域は、浮島が多数あって浮島の間の舟の通路が実質的に運河のようになっているからだ。これがヴェネツィアのような印象を受けるのである。


 さて、インレー湖への行き方だが、ヤンゴンからどういくかを簡単に説明しておこう。私がインレー湖に滞在していたのは、2010年3月17日から19日までの三日間である。

 自動車や鉄道でもいくことは可能だが、時間が潤沢にある人以外は、国内便の航空路線があるのでそれを利用することをすすめる。ただし片道でも1万円近くするので安くあげたければ陸路という手もある。要は、あなたの単位あたりの時間価値をどう評価するのかという問題である。

 今回、私はエア・バガン(Air Baganを利用した。ヤンゴン国内空港からマンダレー経由でヘーホー(Heho)まで飛ぶ。9ヶ月前にミッションに参加してきたときも、同じくエアバガンでマンダレーにいっている。

 ミャンマーの玄関口であるヤンゴン国際空港は、きれいで立派なものとなったが、エアバガンは旧国際空港の建物を使用しているので、ものすごく古くて汚い。行きはさることながら、帰りの便で驚いたのは、なんとバゲージ用のターンテーブルもない(!)ので、荷物はそのまま一つ一つおろしていくのだ。


 さてヘーホー空港に着くと、クルマでインレー湖の玄関口ニャウンシュエ(・・・ミャンマーはなぜだか、ミャンとかニャンとか、猫語みたいなコトバが多いね~。今回はとにかく猫づくしだったが、この話はまた後ほど)まで約1時間走ることになる。国内交通にかんしてはあらかじめ旅行代理店をつうじて手配を頼んでおいたほうがいい。そのほうが現地でふっかけられる心配もないのでかえって安心である。

(ディーゼル機関車が牽引する客車がのろのろと峠越え)

陸路をしばらく走ると山を一つ越えることになる。これがなかなか景色がよい。峠越えのドライブはなかなか興趣のあるもので、もしチャンスに恵まれれば、平行して走るミャンマー国鉄の列車に遭遇できるかもしれない。ちなみに、私はラッキーなことに、インレー湖からの帰途、「撮り鉄」と化したのであった。しかし、眺めている限り超スローモーな走りで、よっぽど時間のある人でなければ鉄道利用は・・・


 峠を越えると、あとは平野のなかの平坦な道をひたすら走る。

 ニャウンシュエにいく途中に、シュエヤンウェ僧院がある。この僧院は現在でも現役の木造建築の仏教僧院であるが、隣接する仏塔の内部が素晴らしい。

(シュエヤンウェ寺院)


 仏塔内部の壁のくぼみ(・・これを語の本来の意味でニッチという)の一つ一つに、信者から寄進された小さな仏像が収められており、非常に素晴らしい空間を作り上げている。いまから15年前に訪れた、インドのラダック地方にあるチベット仏教の僧院アルチ・ゴンパの壁画を思い出した。内容的には、十分に匹敵しうるる、美術的にも実に素晴らしいものである。必見だ。

(シュエヤンウェ寺院の壁龕の仏像群)


 ちょうど私がいったときは田植えの季節であり、農民が総出で田植えをしている風景に出会った。苗代で育てた苗を手で植えていくのは、日本とまったく同じである。

(ニャウンシュエ付近 ミャンマーの田植え)

コメ作りがすべての基礎にあるミャンマーは、やはり日本とよく似た世界なのかもしれない。別のクルマで走っていた西欧人のグループが"鬼のように"ビデオを回していたが、彼らの目に写る田植え風景は、間違いなく「エキゾチック・アジア」なのだろう。だが、日本人である私には懐かしい(!)風景なのであった。


 そうこうするうちにいきなり自動車の旅は終わる。ニャウンシュエである。ここで自動車を降りて、ボートに乗り換えることになる。いよいよインレー湖エリアに入ったのだ。コテッジの連絡所で、モーター付きのロングボートは約1時間の旅となるので、お手洗いを済ませるようにいわれる。

(ニャウンシュエで舟に乗り換え)

 ポーターが私のスーツケースをかついでボートに積み込む。そうなのだ、ここから先はもう自動車ではアプローチできないのである。まさに、ヴェネツィアなのだ。「東洋のベニス」のはじまりである。

 モーターボートは最初は濁った水路をひたすら走っていくが、しばらくすると広い湖水にでる。なんだか、ベトナム南部のメコンデルタのような雰囲気を味わえる。ボートが湖に入ると水は澄んで、空気も冷たくなる。ここをひたすら波を切りながら走っていく。

 行き交うのは、観光ポスターにもなっている、インレー湖の住民インダー族による、独特な方足漕ぎ漕法で舟を操る漁民たち(冒頭の写真)。おお、ついにインレー湖に来たのだ(!)という感激に浸る私である。

(ゴールデンアイランドコテッジが目の前に)


 そして約1時間のモーターボートの旅が終わりに近づくと、目指すべき水上ホテルが遠景から視界に入ってくる。今回予約したのは、ゴールデン・アイランド・コテッジⅠ(Golden Island Cottage Ⅰ)、湖水のなかにある、文字通り舟でしかアプローチのできない水上ホテルである。これがインレー湖なのである。これが高原の水上リゾートなのである!

(ゴールデンアイランドコテッジにチェックイン)


 ホテルの従業員たちが楽器を鳴らしながら歓迎してくれるにもうれしいものだ。こうして早朝にヤンゴンをでて、航空機・自動車・モーターボートと乗り継いで、昼前にはホテルにチェックインすることができた。


 さっそくランチはホテルのレストランでとって腹ごしらえをする。ミャンマー・ビアと麺、そしてトマトサラダを頼み、テラスで湖水を見ながら食事をする。

 冷えたミャンマー・ビアがうまい、そしてうれしい誤算がトマトサラダだった。ゴマとピーナッツのドレッシング(?)のかかったトマトサラダが実にうまい。私はインレー湖に滞在していた足かけ3日間、昼と夜はひたすらトマトサラダを食べ続けることになるのだった・・・。インレー湖で食べるトマトがうまい理由(わけ)は、じきにわかることになる。

 この日は午後からボートによる半日ツアーに、翌日も半日ツアーでボートを繰り出すことになるのだが、このツアーについての紹介は、次回のお楽しみとしておこう。


(インレー湖 ②)につづく


PS 見やすくするために写真を大判に変更し、行替えを増やした。内容にはいっさい手は入れていない。(2016年6月21日 記す)


<ブログ内関連記事>

「ミャンマー再遊記」(2009年6月) 総目次

「三度目のミャンマー、三度目の正直」 総目次 および ミャンマー関連の参考文献案内(2010年3月)

三度目のミャンマー、三度目の正直 (3) インレー湖のトマトがうまい理由(わけ)・・屋外天然の水耕栽培なのだ!(インレー湖 ②)

かつてバンコクは「東洋のベニス」と呼ばれていた・・

(2015年10月4日 項目新設)
(2016年6月21日 情報追加)





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2010年3月29日月曜日

三度目のミャンマー、三度目の正直  (1) ミャンマーで ツイッター(twitter)は使えるか?





 ミンガラバー!

 ブログにはすでに何度も書きましたが、先週ミャンマー(=ビルマ)にいってきました。
 といっても三回目、前回(2009年6月)からは9ヶ月目、一番最初(1997年5月)にいってからは13年目、という具合です。

 むかし、高野山の真言宗の宿坊に宿泊した翌日、宿代を払いにいったときお寺の住職からいわれたのは、「お山には三度くるといいましてな・・・」。宿坊ではお風呂に入った後、おししい精進料理をいただき、翌朝には早朝の1時間のお勤めに参加、私は真言宗ではないですが、たいへん気持ちのよい経験になります。

 ♪ ミャンマーよいとこ 一度はおいで あらどっこいしょ~
 
 そうです、一度でもミャンマーにいった人は、お山(=高野山)ではないですが、必ず三度来ることになる(ハズ)です。
 ミャンマー再遊記(8)-熱心な上座仏教徒たち の末尾に私はこう書きました。

さて、次はいつミャンマーにいくことになるのかな? 仕事で? 観光で? 瞑想で?・・・意外とすぐだったりして、な~んてことはなさそうか。

 私もまさかこう書いた時点では、こんなに早く三度目の訪問が実現するとは思いもしませんでした。
 まさに「仏縁」、いや「人の縁」というものでしょうかね、仕事でも、観光でも、瞑想でもなく、友人の結婚式に参加するのが主目的、でした。友達の縁は大切に。
 とはいえ、せっかくミャンマーにいくのですから、憧れのインレー湖(・・ヤンゴン市内のインヤー湖ではありません!)に行きたい、なんとかして行きたい、13年前に行きそびれてから、これが私の懸案事項となっていたのでした。
 そしてこれが、13年目にしてようやっと実現、満足、満足の一語に尽きます。インレー湖についてはまたのちほど詳しく紹介することにしますが、ミャンマーきっての高原水上リゾートです。まさに、「三度目の正直」にして実現したわけでした。


 さて今回の3月訪問ですが、年度末の忙しいときに・・・という状況には、幸か不幸かありませんでしたので、結婚式には参加する旨を昨年解答したわけです。 ミャンマー風結婚式なんて資料で見たことはおろか、実際に参加することなど、もしかしたら一生に一度かもしれませんからね。
 何事も実際に参加してみるもの。自動車メーカーのホンダではないですが、現場・現物・現実の「三現主義」で行動しなければなりません。結婚式については、また詳しく紹介いたします。
 結婚式での上座仏教の僧侶による法話と祝福、これについてもご紹介します。ナーモー、ナーモー、ナーモー(南無、南無、南無)。

 さて、今回訪問した3月下旬とはどういう時期かというと、今年の1月に旅行代理店をつうじて現地の予約を入れた際のことですが、ツイッターにも書きましたように、

3月にミャンマーの首都ヤンゴンに行くのだが、希望した空港近くのホテルの予約が取れなかった。Myanmar Gems Emporium という宝石のオークションがあるらしい。ヒスイの取引が多いので、中国・香港系のバイヤーが多数参加するらしい。うーん、なんともいえんなあ。

 という状況でした。

 ミャンマーは知る人は知るとおり、古来より地下鉱物資源の豊富な国で、沖合のアンダマン海では、石油や天然ガスといった燃料が産出され、主に隣国のタイと中国にはパイプラインで輸出してます。ミャンマーからの天然ガス供給がなければ、タイの工業生産は成り立ちません。タイは現在、原子力発電所建設計画をもっていますが、依然としてミャンマーのガスなしにはやっていけないでしょう。

 古くは英国の植民地時代には内陸でも原油がでたので、英国には Burmah Oil という会社があったくらいです。1963年までビルマで事業活動を行っていましたが、「ビルマ式社会主義を」標榜したネウィン政権時代に国有化され、その資産をもとに Myanma Oil and Gas Enterprise が作られて今日にいたっています。
 Burmah Oil Company 自体はのちに潤滑油の Castrol と一緒になって Burmah-Castrol となりましたが、2000年には同じ英国の BP(旧 British Petroleum、もともとは Anglo-Iranian)に買収されて、Burmah のブランドはこの世から消えてしまいました。残念な話です。
 かつて石油関連の調査プロジェクトにかかわっていたとき、いまから10年以上前のことになりますが、オーストラリアにはまだ Burmah-Castol があり、企業訪問して経営者インタビューしたことがあります。なぜ Burmah(バーマ)なのか!?と疑問に思って調べたら、ビルマ(Burma)では原油が生産されていたから、というわけだったのでした。会社名を Burma から取ってつづりを少し変えた、ということなのですね。詳しくは wikipedia(英語)の Burmah Oil を参照。
 Burmah Oil のロゴは昔は「ビルマ・ライオン」だったはず。左下の写真は現在使用されている 1,000 Kyat(チャット)札のウラです。実勢レートでは約1米ドルに該当します。

 石油や天然ガスについては、フランス企業は英米のスキをついて参入していますし、実は米国も参入を狙っているらしい、という話はちらほら耳にしています。まあ欧米諸国はホンネとタテマエは使い分けているということでしょう。
 ちなみにいまでも内陸部には油田では、原油掘削が行われています。

 地下鉱物資源にかんしては、Myanmar Gems Emporium という宝石のオークションが開催されていたことを書きましたように、たしかに私がヤンゴンに到着したTG(タイ航空)の夜の便も満員で、華人系ビジネスだけでなく韓国人のビジネス人も目立ちました。日本企業もボヤボヤしてると、また漁夫の利を奪われてしまいますよ、という危機感(?)も感じた私です。
 Myanmar Gems Emporium は、今年の春は 3月12日から20日まで開催、華人が大好きなヒスイ(jade)、ダイヤモンド、サファイヤなどの宝石(gem)、真珠などの原石が取引されるらしい。Myanmar Gems というサイトがるので参考になるかも。私はこのビジネスに関わったことはないのでよく知りませんが、ミャンマーは宝石にかんしては、知る人ぞ知る国のようです。
 日本からはバンコク経由でいくのが一番近いのですが、近隣諸国からは当然のことながら直行便が飛んでいるので、けっして遠い存在ではないのです。


 さて、今回の私のミッションは、通信事情を調べることもありました。ミャンマー再遊記(1)-通信事情 など には書きましたが、ミャンマーでは Gmail なら問題なく使えます! 前回は事前に裏技を指南されたのですが、先般 Google 自身が技術的な改良を行ったので、ミャンマーでもまったく何の問題もなく、Gmail が使用できる状態となりましたので、ご心配なく。今度ミャンマーに行かれる方は、事前に Gmail のアカウントを取得されることをおすすめします。
 ツイッターが使えるのかどうか? これについては実際に私がヤンゴンのホテルから「つぶやき」ましたので、使用可能は実証済みです。ただし、ツイッター使用には裏技が必要だといっておきましょう。Google のブログである Blogger はアクセスできませんし(・・だから、私のこのブログもミャンマーでは更新できなかった)、いろいろ制限があることは否定いたしません。
 何よりも、携帯電話の国際ローミングサービスが使用できないので、日本の携帯が使えませんし、日本から直接電話したり、携帯メールの送受信もできません。
 ミャンマー国内のみしか使えない携帯番号を取得しないと電話もできないという状況ですから、腰をすえて長期滞在でもしない限り、国内専用の携帯をもつこともないでしょうし、当面は観光でもレンタル携帯電話をもっていくのも意味がありません。私はミャンマー国内向けの SIMカードは試したことがないのでわかりません。もちろん、タイで使用する GSM規格の携帯電話も使えません。不便ですね。

 参考のために、私がヤンゴンから「つぶやいた」内容を再録しておきます。ドキュメントとしては、何らかの意味があるかもしれません。時系列に掲載します。

ミンガラバー! お久しぶり! 現在ヤンゴンです。ツイッター使えますねー やってみるもんだなあ。これから友人の結婚式&お坊さんの法話会です。時差は2時間半。昨夜まで田舎にいたので、ウェブがつながりませんでしたが、ヤンゴンの高級ホテルは問題なし。ではまた。詳し話は後ほど。
10:16 AM Mar 20th webから

ツイッターはつながったが、Bloggerによるマイ・ブログはアクセス拒否だ。残念。まあどっちにしろ詳しい話は、帰国後に「三度目のミャンマー、三度目の正直」というタイトルで、ブログで連載しますのでこうご期待。 http://e-satoken.blogspot.com/
10:26 AM Mar 20th webから

ミャンマーは一年で一番暑い4月直前で、夕方なんかものすごく暑い。タクシーもエアコンないから、熱風が窓から入ってくる。首都はクルマが増えて空気が悪い。日本の中古車が自家用車もバスも現役で走り回っている。昭和のにおいをまき散らしてるねー。治安はまったく問題なし!バンコクより安全です。
10:46 AM Mar 20th webから


 なお、冒頭に掲載した写真は、ヤンゴン市内インヤー湖畔のカフェにて。WiFi(ワイファイ:無線LAN)の Hotspot があるので、無線でインターネット可能です。この写真だけみたら、アメリカと全然かわりませんね。


 では次回以降、インレー湖の話、ミャンマー料理の話、「大日本帝国」との遭遇、ミャンマー風結婚式の話、ミャンマーのマルコメ君たち、生きている「昭和」などなど、順不同で(・・執筆者のきまぐれで)、ミャンマー紹介記事を書いていきます。乞うご期待!

 (つづく)

       

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2010年3月28日日曜日

書評 『大英帝国衰亡史』(中西輝政、PHP文庫、2004 初版単行本 1997)-「下り坂の衰退過程」にある日本をどうマネジメントしていくか「考えるヒント」を与えてくれる本




「下り坂の衰退過程」にある日本をどうマネジメントしていくか、直接的な参考にはならないが、現状を冷静に見つめるための「考えるヒント」を与えてくれる本

 「脱欧入亜」によってアジア・アフリカで一大植民地帝国を築き上げ、ヨーロッパ大陸とは基本的に距離をとってきた大英帝国の興亡。

 1492年から始まった「西洋による世界支配の500年」、その先導役となったのがスペイン帝国であったならば、その後に覇権を握ったのは、エリザベス一世のもと海賊を取り込み、「情報力」によってスペインの「無敵艦隊」を打ち破った英国であった。

 英国は以後、スペインに変わって大西洋世界の覇権を握り、アメリカ独立によって北米を失うという痛い経験をしたのちも、「大英帝国」としてアフリカからアジアにわたる一大植民地帝国を築き上げていった。

 しかし大英帝国は、衰退過程に入ってから約半世紀にして植民地のほぼすべてを名誉ある撤退によって放棄、最終的には「脱亜入欧」によってヨーロッパに回帰することになる。米ソによる冷戦構造が崩壊したのち、1994年に雑誌連載されたこの歴史書は、大英帝国はすでに「歴史」として描かれる対象となったことを図らずも示すこととなった。


 本書は、大英帝国の支配が及んだ植民地の記述は非常に少なく、なぜ英国が300年近くにわたって覇権を維持できたかローマ帝国やヴェネツィア共和国の比較を念頭におきながらも、もっぱら英国内部の政治経済の状況と、政治を支えた貴族と国民の精神力に重点を置いた記述を行っている。

 大英帝国の草創期からその終焉にいたるまでを一冊で描いた本書は、日本語でよめる本では先駆となるもので、意外にも充実した読書感をもつことができた。

 私は個人的には中世から近世にいたる英国史にはまったく興味を感じることのできないのだが、大英帝国となって以後、とくにヴィクトリア女王統治下に絶頂期を経験し、以後衰退していく英国史には大いに興味をそそられた。より現代に近いというのもその理由の一つだろう。

 多くの有識者が改革の必要性について論じていたにもかかわらず、成功しているがゆえに改革が徹底できないもどかしさ。もちろん著者の念頭には、本書が雑誌連載されていた当時の1994年、そして単行本としてまとまった1997年当時の日本の状況があるのだろう。

 16年たった2010年の現在、この国で改革は果たして実行されたといえるのだろか。ただただ迷走を続けているようにしか見えないのだが。


 大英帝国に替わって世界の覇権を握ったのは米国であるが、現在この米国の覇権に挑戦するかのように視られているのが中国であることはいうまでもない。

 しかし、本書を読んで思うのは、英国に対する挑戦者としてヨーロッパ大陸から急速に勃興し英国を脅かす存在となったドイツが、何かしら日本に対して挑戦者として急速に勃興してきた中国を想起させるものがあるのだ。

 歴史の教訓として、英国はドイツを意識しすぎるあまり、衰退を早めたことが本書では語られている。もちろん当時の英国と現在の日本とでは、置かれている環境に違いがあるものの、地政学的には似たようなポジションにある英国のパターンが日本にもあてはまるのではないかと考えるのは不自然なことではないだろう。

 第二次世界大戦の勝利者となった英国が、実は財政的には破綻状態にあり、あらたな覇権国となりつつあった米国を頼みの綱と思い込んでいたにもかかわらず、戦争終結後は米国からきわめてビジネスライクな対応をされた英国の姿に、われわれはいったい何をみるべきか。われわれ自身のマインドセットも大幅に変更しなくてはならないのかもしれない。こんな感想ももつのである。


 「歴史にイフはない」と、当然といわんばかりにクチにするのは、二流の歴史家に過ぎないと私は思っている。人間の歴史とはさまざまな局面における政治的な意志決定が複雑にからみあい、意図せざる結果をもたらすものである以上、その時々の意志決定の是非について「イフ」を考えるのは、むしろ生産的で建設的な思考である。著者も、衰退論を研究する意味はそこにあると主張しており、大いに納得するものを感じた。

 日本もすでに「下り坂の衰退過程」にあるとはいえ、なんとかして国家として、民族として生きのびるためには、国民一人一人が考え、行動していかなくてはならない。本書は、そのための直接的な参考にはならないが、現状を冷静に見つめるためにの、考えるヒントを与えてくれる本である。

 「ローマ帝国」衰亡史や「ヴェネツィア共和国」衰亡史もさることながら、いまから50年前の1960年に「帝国の終わり」を公式に宣言したばかりの「大英帝国」の衰亡史こそ、まだまだ現時点においてリアリティをもって想像することのできる「歴史」である。

 いかに「下り坂の衰退過程」をマネジメントしていくか、この課題を考えることは政治家だけにまかすわけにはいかないのだ。


<初出情報>

■bk1書評「「下り坂の衰退過程」にある日本をどうマネジメントしていくか、直接的な参考にはならないが、現状を冷静に見つめるための「考えるヒント」を与えてくれる本」投稿掲載(2010年3月24日)



(新装版が2015年2月に発売)


<書評への付記>

ミャンマー(ビルマ)の真ん中で『大英帝国衰亡史』を読む-「ご当地読書」のすすめ


 この本は、ミャンマーにもっていって、リゾート地のインレー湖にある水上コテッジのテラスで読み終えた(左写真)。背景に写っているのは、インレー湖の有名な足漕ぎ舟の漁師である。

 ミャンマーはいうまでもなくかつてはビルマ(Burma)と呼ばれた国であり、大英帝国の植民地として、英領ビルマは英領インドの一部として統治されていた。現在にいたるまでミャンマーでは軍事政権が続いている理由の一端に、かつての大英帝国が政策として巧みに実施運用していた「分割統治」(divide and rule)があることは知っておくべきである。

 多民族状況のビルマで民族どうしを互いに牽制させることによっって、ごくごく少数者である植民統治者である英国の支配を可能にした。これがいかに問題を現在まで残しているか、国内内戦状態がいまだに終わっていないのが、ミャンマー連邦(Union of Myanmar)の実情である。国内統一のための軍の存在は否定することはできないのである。もちろん、真の意味における民政移管が進展することを切に望むが、国内治安状況を考慮に入れれば、民主化にはまだまだ時間がかかるのは仕方あるまい。

 この点については、かつて私が書いた 書評『ミャンマーの柳生一族』(高野秀行、集英社文庫、2006)を参照されたい。ミャンマーを江戸時代に見立てた冒険作家の記述は実に鋭い。面白くてためになる本である。

 しかし、せっかく旧植民地ビルマ(ミャンマー)にもっていって読んだのだが、英領インドにかんする記述も、英領ビルマにかんする記述もごくわずかだった。「本書は、大英帝国の支配が及んだ植民地の記述は非常に少なく・・・」と書評に書いたのは、そういうことが背景にあった。

 とはいえ、こういう本を日本国内ではなく、「ご当地」の一つで読むというのも、また面白いものがある。観光気分を損ねない範囲内で、旅先でも本を読みたいものだ。

 ビルマ(ミャンマー)から大英帝国が去って62年、すでに「今は昔の物語」となっている感がなくもない。

 13年前に初めて訪れた時に比べても、大英帝国の名残が日に日に消えてゆくミャンマーであった。


『大英帝国衰亡史』(中西輝政)について

 本の中身については書評に書いたとおりだが、著者については毀誉褒貶(きよほうへん)相半ばする人物でもあるので、少し注記しておきたい。

 著者は、京大法学部大学院で政治学者・高坂正堯(まさたか)の弟子であり、英国贔屓(びいき)は、師匠譲りのものといえるだろう。以前このブログに書いた 書評 『海洋国家日本の構想』(高坂正堯、中公クラシックス、2008)を読んでいただけると幸いだが、高坂正堯に比べると、同じ保守派とはいっても、資質の点からいってもだいぶ異なる印象を受ける。また、私自身は民主主義先進国である英国政治を特別視するつもりもないし、中西輝政のように英国の貴族制度が素晴らしいと手放しで礼賛する気持ちもない。

 この本を読んだのは、「大英帝国」の通史として、日本語で読める先駆的作品であること、かつ首尾一貫した内容で論旨に破綻がなく、また比較的コンパクトにまとまった本であるからだ。

 英語では、すでに British Empire にかんするに大冊が何冊も出版されており、私自身も2冊もっているが、正直いって面倒くさいので全部とおしで読むことはしていない。自分の関心にあわせて、アジアの旧植民地の記述を斜め読みするだけである。

 私が書評に書いた文章にこういう一節がある。

英国に対する挑戦者としてヨーロッパ大陸から急速に勃興し英国を脅かす存在となったドイツが、何かしら日本に対して挑戦者として急速に勃興してきた中国を想起させるものがあるのだ。歴史の教訓として、英国はドイツを意識しすぎるあまり、衰退を早めたことが本書では語られている。もちろん当時の英国と現在の日本とでは、置かれている環境に違いがあるものの、、地政学的には似たようなポジションにある英国のパターンが日本にもあてはまるのではないかと考えるのは不自然なことではないだろう。

 これは私の感想であって、著者自身のものではないが、いろいろと考えさせられるものが多い歴史的事実であるというべきである。

 日本を軸にして考えても、大英帝国がはじめて結んだ軍事同盟である「日英同盟」によって、からくも日露戦争に勝利した日本は、その後勃興してきた米国の横やりで日英同盟を破棄することを余儀なくされ、大東亜戦争においてはついには大陸国家ドイツと軍事同盟(=「日独伊三国軍事同盟」)を結ぶに至る。

 地政学的に見れば、ユーラシア大陸の両端に位置する英国と日本はきわめて似た性格をもっているが、「衰退する大英帝国」を見限り、「勃興するドイツ」と手を結んだのが正しい政策であったのかどうか、答えがすでにでているとはいえ、日本が国家としての透徹した歴史観を欠いていたことの証左ともなる意志決定であったといわざるをえまい。

 つい最近ブログに書いた 『次の10年に何が起こるか-夢の実現か、悪夢の到来か-』(Foresight編集部=編、新潮社、2000) - 「2010年予測本」を2010年に検証する(その2)には、2000年時点における塩野七生のインタビュー記事から引用を行ったが、19世紀の時点において「衰退する英国」「勃興するドイツ」にかんして面白い発言があったので再録しておこう。

塩野 たとえば、ギボンは『ローマ帝国衰亡史』を18世紀の啓蒙主義時代に書いた。・・(中略)・・当時のイギリス人として学ぶべきことは、どうすればローマのように衰退しないですむか、という一事だけだった。そこでギボンは、ローマの衰亡史のみをとりあげたわけ。
---ローマ帝国の後半部ですね。
塩野 ええ。ギボンはイギリスはローマを超えたと思っているので、ローマ帝国の興隆期のことは書く必要などないと思ったのでしょう。・・(中略)・・1848年にはヨーロッパ各地で革命が勃発・・(中略)・・この混迷の時代にモムゼンというドイツ人の歴史家が、建国からカエサルの死までの、ローマの興隆期を書くのです。まだドイツが統一されていない時期でしたから、なぜローマが統一し興隆できたかを、知りたいという痛切な欲求があったんですね。これが、ギボンのものと並んで現代に至るまでのローマ史の名著の一つであるモムゼンの『ローマ史』が書かれた背景です。

 英国は衰退し、ドイツもすでにピークは過ぎ、そして日本もともに下り坂の衰退過程にある。国のかたちはさまざま異なれども、いずれも全盛期はすでに過ぎていることは明らかである。
 
 しかし、中西輝政が『大英帝国衰亡史』最終章で書いているように、1960年代の英国はすでにビートルズを生み出し、新しい英国として再生していったことが語られている。

 1980年代には私の好きな元祖ビジュアル系バンドのクイーンも生み出しているし。ビートルズのメンバーはみなアイリッシュ(・・さかのぼればケルト人)の系統であったが、クイーンのボーカル故フレディー・マーキュリーは、パルシー(=ゾロアスター教徒)のペルシア系インド人植民地官僚の息子であり、まさに大英帝国の遺産そのものである。いまクイーンを聴きながらこれを書いているが、YouTube で Killer Quuen でも聴いてみましょうかね。ついでに We Are the ChampionsFlash も。きりがないからここらへんでやめとこう。

 「リーマンショック」以降の英国の現状は、財政面にかんしてきわめて多難なものがあるとはいえ、大英帝国の終焉以降も数々の苦難を時には荒治療も行いながら、なんとか乗り越えてきた。マーガレット・サッチャー、そして政党は違ってもその改革の継承者であるトニー・ブレア。
 1990年代のブレアの時代には「クール・ブリタニカ」(Cool Britanica)というキャッチフレーズを全面に打ち出したことも記憶に新しい。

 ビジネス界でいえば、いうまでもなく異端児リチャード・ブランソン率いるヴァージン・グループがある。いまはもう事業から撤退したが、私はかつて新宿のヴァージン・メガストアで海外版CDを大量に購入していたものだ。

 まあ、こんな状況もずべて踏まえた「大英帝国以後」を誰か書いてほしいものだ。

 しかし、中西輝政の表現を借りれば、「脱欧入亜」の大英帝国から、「脱亜入欧」で欧州に回帰したはずの英国では、EUには加盟したものの、究極の国家主権(sovereignty)である「通貨発行権」(seigniorage)を欧州に委譲して英ポンド(GBP)を放棄し、共通通貨ユーロを導入することにかんしては英国内では反対論も根強く、欧州内でのポジショニングとしてはスイスフラン(SFR)にこだわるスイスに近いものがある。

 さて、日本は日本円(JPY)の通貨発行権を守るのか、それとも「友愛」精神によって「アジア共通通貨」の道を選ぶのか??


 著者は、米国については以下のように書いている。

幼稚にも見える自己中心性と理想主義の一方で、到底それらと普通には同居しえないほどの鋭敏な感覚と複雑な「計算」能力をもつ、それが当初より国家としてのアメリカの本質であった。・・(中略)・・このようなアメリカ外交の、膨張的なパワー志向と原理的理想主義、プラグマティックな国益追求と高邁な理念の自己主張が、独特の仕方で結びつく、そのあり方・・(後略)・・(P.197)

 この覇権国である米国が簡単に衰退すると考えるのは、きわめて浅はかだというべきだろう。米国はユーラシア大陸国家ではなく、アメリカ大陸国家であることを忘れてはならない。

 「ユーラシア大陸の西端に位置する島国である英国」にとっての「ユーラシア大陸国家ドイツ」「ユーラシア大陸の東端(=極東)に位置する島国である日本」にとっての「ユーラシア大陸国家・中国」

 このいずれの関係にもあてはまらない、別の大陸の覇権国・米国は、地政学的に見れば別種の存在である。安直な「米中同盟論」などに耳を貸さないことが、われわれには必要なのではないか。私にはそう思われてならないのだ。

 著者は、1934年の時点で「英国衰退論の当否」という論文で、英国衰退を否定した外交官・石井菊次郎を引き合いに出して、以下のようなコメントを書いている。太字ゴチックは引用者による。

しかし事実として石井の予測がはずれたというだけでなく、石井のような発想には、大国の興亡という長大なドラマと歴史のダイナミズムを見てとる洞察力において、欠けるところがあり、とかく眼前の現状を過大評価しやすいという実務家にありがちな深い欠陥が指摘されねばならない。(P.84)

こうした、いわば目前の状況に拘泥する近視眼的な政治的配慮が、歴史を見据える眼を曇らせたのである。政策や実務に深い関心をもつ人間が、歴史の長い行末を見てゆくことの難しさを示す例といえよう。(P.85)

 実務家である私にとっては、実に耳に痛い苦言であり指摘である。肝に銘じておきたい。

 歴史は経済史に限ってみても、短期波動、中期波動、長期波動という異なる波動で動いていることに注意しておかねばならない。

 とくにコンドラチェフの波ともいう長期波動は重要であり、私はさらに「500年単位」の歴史の重要性を強く意識している。

 とはいっても、限られた人生であるし、ビジネス界にいる以上、どうしても月次単位あるいは四半期単位でものをみるクセも強い。デイトレーダーではないので、あまりにも細かい動きは見ないようにしているが、しかし歴史家の洞察力をもつのはいうはやすし、実際は難しい。

 歴史的洞察力と日々のビジネス活動との関係、実務家である以上、中西輝政のような態度はとりにくい。現在の関心を出発点にして歴史を考える点においては、歴史家も実務家も同じはずだが・・・。

 だからこそ面白い。真の意味で成功した人間は、必ずや確固とした歴史観をもっているものである。




<関連サイト>

欧州に「尖閣諸島とサラエボ」比較論 ドイツに広まる「日本は過去と真剣に向き合わない国」のイメージ (熊谷 徹、日経ビジネスオンライン 2014年1月27日)
・・「欧州の一部の知識人や言論人たちが、急成長する新興国・中国とヴィルヘルム2世統治下のドイツ帝国を重ね合わせている」


<ブログ内参考記事>

書評 『大英帝国という経験 (興亡の世界史 ⑯)』(井野瀬久美惠、講談社、2007)-知的刺激に満ちた、読ませる「大英帝国史」である

書評 『海洋国家日本の構想』(高坂正堯、中公クラシックス、2008)・・「海洋国家日本」のモデルとして高坂正堯が想定したのは英国

書評 『イギリス近代史講義』(川北 稔、講談社現代新書、2010)-「世界システム論」と「生活史」を融合した、日本人のための大英帝国「興亡史」

書評 『民衆の大英帝国-近世イギリス社会とアメリカ移民-』(川北 稔、岩波現代文庫、2008 単行本初版 1990)-大英帝国はなぜ英国にとって必要だったのか?

書評 『砂糖の世界史』(川北 稔、岩波ジュニア新書、1996)-紅茶と砂糖が出会ったとき、「近代世界システム」が形成された!

「東インド会社とアジアの海賊」(東洋文庫ミュージアム)を見てきた-「東インド会社」と「海賊」は近代経済史のキーワードだ

書評 『大英帝国の異端児たち(日経プレミアシリーズ)』(越智道雄、日本経済新聞出版社、2009)-文化多元主義の多民族国家・英国のダイナミズムのカギは何か?


P.S. The Economist 最新号にこういう記事がでている。まだまだ英国は健在のようだ。(2010年3月29日付記)
The British economy Out of the ruins: Growth will be sluggish. Yet, as a crucial election looms, Britain still has a lot going for it
Mar 25th 2010 | From The Economist print edition


PS2 読みやすくするため改行を増やし、「ブログ内関連記事」を増補した (2013年12月17日)




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2010年3月27日土曜日

『フォーサイト』2010年4月号(最終号) 「創刊20周年記念号 これからの20年」を読んでさまざまなことを考えてみる




 『フォーサイト』2010年4月号(最終号)を読んだ。

 3年間の継続購読をしていた私は、2010年2月で購読期間がきれたのだが、のこり2冊を購読するため追加料金を払って入手した。やはり長年読んできたし、最後まで見届けたいという気持ちもあったからだ。画竜点睛を欠くわけにはいけないしね。


署名記事の是非という本質問題を考える

 あらためてここで振り返って考えておきたいのは、署名記事の是非についてである。

 『フォーサイト』は署名記事であり、先行していた『選択』と比べて新鮮味があったのは事実である。

 記事に署名を入れることで責任の所在を明確にし、執筆者のバックグランドまで含めた個性を把握した上で、掲載記事や掲載論文を読むことを可能にする点、これは大きなメリットであるし、現在では新聞記事も署名記事が増えているのはその流れであるといえよう。

 一方、先に名前を出した『選択』英国の『The Economoist』は現在でもかたくなに、無署名記事を中心にしている。

 署名記事にしない理由は、『選択』の場合は、情報ソースを明かさないことでディープなインサイド情報を書くことができることであり、実際メディア関係者が覆面で執筆しているようだ。『The Economist』の場合は、昔からそうしているという以上の理由は見いだしにくいが、執筆者そのものよりも編集長の個性が何よりも中心にあるという姿勢のあらわれであろうか。

 署名記事と無署名記事のメリット/デメリットはよく知ったうえで、情報を取り扱う必要があるし、そのためのノウハウも確固として存在する。

 さて、『フォーサイト』はどうであるか、ということにかんしては、署名記事ゆえのメリットもあるが、デメリットも少なからずあるような気がしなくもない。署名記事の場合、内容もさることながら執筆者名でその記事や論文を読む選択をすることがあり、せっかく中身がよくても執筆者が自分の好みでない場合、オミットしてしまうことも多々あるからだ。もちろん逆の場合のほうが多いことは確かだが。

 また、掲載している記事や論文が玉石混淆で、非常に優れた内容のものもあれば、なんだこれはというような記事も少なくない。総花的な編集方針なので、政治経済の記事以外の企業関係の記事には少しがっかりさせられるものが多い。これは先にもみたように署名記事の限界が現れているものと思われる。

 「世間」のなかで生きている日本人にとって、しかもメディア関係者という、さらに狭い「世間」のなかで生きていく人間にとって、本当の意味での記事は書きにくいだろう。

 命かけてまで書くという気概をもったジャーナリストもまた、この国では生きるのは難しい。無署名原稿でなければ書けない記事というものがある。とくに企業関係の記事は、キレイごとだけの記事だと面白くともなんともない。

 こういった本質的な問題を、ウェブ版ではどう解決していくのか、あるいは現在のフォーマッットのままただ単に発表媒体を印刷媒体からインターネットに移行するだけなのか、注視したいと思う。


■ 「創刊20周年記念号 これからの20年」?

 以上、本質的な話について考えてみたが、最終号の特集について触れておこう。 「創刊20周年記念号 これからの20年」と題して、さまざまな特集記事を掲載している。目次を哨戒しておこう。太字ゴチックは私の注目記事。

「待ち受ける「2つの未来」」(インタビュー:ニーアル・ファーガソン)
「社会保障改革に立ちはだかる「既得権益層」」(鈴木亘)
「人口減少社会でも「豊かさ」は実現できる」(大竹文雄)
「暗雲垂れこめる「製造業の未来」」(新田賢吾)
「アジアの養殖業は世界の胃袋を満たせるか」(中田誠)
「激化する「食料」と「環境」の相克」(井田徹治)
男たちへ、女たちへ、若者たちへ(書面インタビュー:塩野七生)

人物篇 次の20年の20人
地域篇 これからの20年の世界
アメリカ/ロシア/中国/朝鮮半島/ヨーロッパ/中東/インド/東南アジア/アフリカ/中南米

今後20年のフォーサイト・スケジュール


 ざっと読んでみて「これからの20年」といえるような記事は、正直いってあまりなかった。ほとんどの記事が、現時点の問題をそのまま延長線上のものとして取り上げているに過ぎないからだ。

 このブログでも何度も書いているように、「20年先のことを透視できる」のはいかさま相場師たちや預言者たちだけであろう。それですら大半がはずれるというのが、この世の常である。

 私は、経営企画担当として経営企画業務を長年やってきているが、5年先ですらわからないのに、なんで10年先や20年先がわかろうか、というものだ。

 そんななかでも読むに値する論文が、「人口減少社会でも「豊かさ」は実現できる」(大竹文雄)であった。将来推計の人口分布をもとにした経済学者の論文は読む価値のあるものである。これはぜひ目をとおすべきだと推奨しておきたい。

 また、「男たちへ、女たちへ、若者たちへ」(書面インタビュー:塩野七生)は、もちろん読む価値がある。20年後は確実に死んでいると明言している、1937年生まれの作家の若者へのアドバイスはきわめて潔よい。塩野七生の『男たちよ』は私の人生の指南書でもあるが、司馬遼太郎ではないが、塩野七生にはぜひ若者向けに遺書(?)を残して欲しいものだと思う。


ニーアル・ファーガソンという「今後20年間で」注目しなければならない歴史学者

 結局のところ、いまのような激動期は、10年先や20年先の確実な予測などできるわけがない。その意味では、「待ち受ける「2つの未来」」(インタビュー:ニーアル・ファーガソン)は面白い。

 ニーアル・ファーガソン(Niall Ferguson)という歴史家の名前は、恥ずかしながらこのインタビュー記事を読むまで知らなかったが、現在ハーバード大学の歴史学教授とハーバード・ビジネス・スクール(HBS)の経営管理学教授を兼任し、ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス(LSE)の歴史学と国際関係論の教授を兼任する気鋭の歴史学者である。Wikipedia(英語版)の記述によればそうある。

 1964年にスコットランドに生まれた気鋭の歴史学者である。専攻は金融史と経済史、および植民主義の歴史とのことで、日本語に翻訳された著書には、『憎悪の世紀 上下-なぜ20世紀は世界的殺戮の場となったのか-』(仙名紀訳、早川書房、2007)『マネーの進化史』(仙名紀訳、早川書房、 2009)があるようだ。「今後20年間で」注目しなければならない歴史学者のようだ。

 詳しくは直接『フォーサイト』の本文を読んでいただくのがよいと思うが、私の心に「刺さった発言」を引用しておく。太字ゴチックは引用者によるもの。

ファーガソン まさに歴史的なターニングポイントです。大きな視野でいうならば、「西洋の上昇の終焉」という歴史的転換期です・・(中略)・・こうした西洋(この場合、日本も含む)の衰退と裏腹に、中国やインドを筆頭とする東洋は、経済危機から打撃を受けることもなく、成長を続けている。
 私の見通しが正しければ、西洋はいま、500年以上居座ってきた支配的地位からすべり落ちようとしている。つまり07年の危機は単なる経済危機ではなく、世界的な力のバランスが西から東へと移行していく歴史の転換期なのです。

ファーガソン 歴史学者として学んだのは、「未来」は一つではないということ。未来は「フューチャーズ」(*)と複数で語るべきなのです。そして、私たちには複数の未来の中から道を選び取っていく選択肢がある。

(*引用者注:フューチャーズ futures と複数形にすると「先物」(さきもの)のことをさす。さすが金融史専攻の歴史学者である。日本語版の編集者はこういうシャレをきちんと日本語で説明しておくことが必要。いまひつ気配りが足りないな・・・)

ファーガソン 中東からアフリカにかけての出生率の高い地域で、満たされない思いを抱える若い男性が危険なエネルギーをためている。百年前はこれがドイツであり日本であった。こうした怒れる若者の圧力が、領土拡大の背景にあった。だが、高齢化し、成熟した日本やドイツにそんな圧力はない。その意味でも沸点は移動した


 つまるところ、 「創刊20周年記念号 これからの20年」特集の、私にとって最大の収穫は、ニーアル・ファーガソンという「今後20年間注目すべき歴史学者」を発見したことに尽きるかもしれない。ファーガソンの著作は、時間をみつけて読んでみたいと思っている。

 いまほど歴史学の重要性が増している時代もないだろう。歴史作家の塩野七生は、「日本人は垂直(歴史)思考が不得手」と述べているが、歴史ドラマや歴史小説が好きでも、それは歴史的思考とは異なるものである。ドラマや小説は、時代背景を過去に設定しただけの現代ものであり、いくらドラマをみても垂直的(=歴史的)に思考する訓練を行うことはできない。もちろん、エンターテインメントとして楽しむのはまったく問題ない。

 まあ、私などの表現を使えば、垂直的は通時的といいかえてもいいが、「通時的」(ディアクロニック)な思考と「共時的」(シンクロニック)な思考、いいかえれば歴史的思考と構造的思考の両面でものを見なければ、ワンランク上のビジネスパーソンにはなることができないだろう。

 この点にかんしては、歴史的には衰退過程にあるとはいえ、まだまだ西欧に学ぶべきものは多い。その上で、市場としての中国やインドでビジネスチャンスを発掘していくことが、これからの日本人ビジネスパーソンに求められる課題ではなかろうか。

 こんな期待に応えてくれるインテリジェンス雑誌が欲しいものである。

 ウェブ版の『フォーサイト』が、この期待に応えてくれることを望みたい。

 

PS 読みやすくするために改行を増やし、小見出しを加えた。本文には手を入れていない。また写真を大判にした。 (2014年年3月3日 記す)。


 
<参考サイト>

niallferguson.org(歴史家ファーガソンの公式ウェブサイト 英語)
Niall Ferguson on Twitter(歴史家ファーガソンのつぶやき)


<ブログ内関連記事>

未来は過去に読む-歴史研究から

『2010年中流階級消失』(田中勝博、講談社、1998) - 「2010年予測本」を2010年に検証する(その1)

『次の10年に何が起こるか-夢の実現か、悪夢の到来か-』(Foresight編集部=編、新潮社、2000) - 「2010年予測本」を2010年に検証する(その2)

書評 『100年予測-世界最強のインテリジェンス企業が示す未来覇権地図-』(ジョージ・フリードマン、櫻井祐子訳、早川書房、2009)

「500年単位」で歴史を考える-『クアトロ・ラガッツィ』(若桑みどり)を読む

書評『1492 西欧文明の世界支配 』(ジャック・アタリ、斎藤広信訳、ちくま学芸文庫、2009 原著1991)


塩野七生の歴史的思考

賢者が語るのを聴け!-歴史小説家・塩野七生の『マキアヴェッリ語録』より

書評 『日本人へ リーダー篇』(塩野七生、文春新書、2010)-ときどき「おお、これは鋭い」と思えるような指摘がある

600年ぶりのローマ法王と巨大組織の後継者選びについて-21世紀の「神の代理人」は激務である

書評 『想いの軌跡 1975-2012』(塩野七生、新潮社、2012)-塩野七生ファンなら必読の単行本未収録エッセイ集

署名=ブランドの意味について考える

「セルフブランディング」と「セルフプロデュース」、そして「ストーリー」で「かたる」ということ-「偽ベートーベン詐欺事件」に思う (2014年2月)
・・「署名記事」にはゴーストという疑惑が100%できないという問題点もある。そもそも雑誌記事といえども編集者の手によって加筆修正がされ、タイトルが変えられることは常識である。記事そのものについても署名記事の署名は、信用を担保するという意味においてブランドとしての機能と同じである

(2014年3月3日 情報追加)


      

       
P.S. この記事をもって、ブログ掲載記事が300本目となった。250本目のときにも書いたが「継続はチカラなり」、ブログ開設から11ヶ月で300本書いたが、これで「ほぼ毎日更新中」の公約は、看板に偽りなしと実証できているものと、自分をちょっとだけ褒めてやりたい。仕事が忙しくなってから(・・でないとまた困るのだが)も、「ほぼ毎日」できるか、私にとって限界への挑戦となる。
 今後もさらに、350本目、400本目を目指して、とりあえず小さな目標(苦笑)でがんばります!
 読者の皆様には、この場を借りて感謝申し上げる次第です。






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2010年3月26日金曜日

『次の10年に何が起こるか-夢の実現か、悪夢の到来か-』(Foresight編集部=編、新潮社、2000) - 「2010年予測本」を2010年に検証する(その2)




『次の10年に何が起こるか-夢の実現か、悪夢の到来か-』(Foresight編集部=編、新潮社、2000年9月30日)をとりあげよう。

 月刊情報誌『フォーサイト』が、2010年4月号をもって休刊することになったことはすでにこのブログにも書いたことである。月刊「フォーサイト」休刊・・フォーサイトよ、お前もか?参照。その後、ウェブで今年夏をメドに再開する計画らしいが、印刷媒体での復活は実現するかどうか不透明である。

 「夢の実現か、悪夢の到来か 次の10年を読み解く80の質問」、と表紙に印刷されている。1990年に創刊し、20年後の2010年に「休刊」することとなった『フォーサイト』、今から振り返れば、ちょうど折り返し地点の2000年に出版された意欲的な出版物が、『次の10年に何が起こるか-夢の実現か、悪夢の到来か-』である。

 この10年で何が発生したか、『フォーサイト』にとっての最大の事件は、何よりもこの本の編者である『フォーサイト』自体が「休刊」に追い込まれたことだろう。これはきわめて象徴的な出来事だ。もちろんこの件は、2000年に出版された本書には書き込まれていないが、「想定外」だったと弁明するのだろうか。

 この本の一番最後に収録された「実践的未来予測のススメ」という、作家・水木楊による論文には次のような文章がある。水木氏は、シミュレーション小説の第一人者として紹介されている。

自分の人生でも、会社のこれからでもいい。できるだけ恐ろしい悪夢を描いてみることをお勧めする。・・(中略)・・最悪のシナリオを描けば描くほど、何をすべきか、してはならないかが見えてくる。・・(中略)・・
シナリオを描けば、未来はやってくるものではなく、選び取るものであることが分かってくる。・・(中略)・・いわば「建設的悲観論」と言ってもいい。予測するとい、意志をもつということである。意志なき予測は、ただの戯れ言でしかない。(P.300)

 最悪の事態は想定していたとは思うが、事業の撤退もまた必要である。採算にのせることが難しいと判断して休刊、とあったから苦渋の決断であったろう。担当責任者にとっては残念なかぎりだろうが(・・この気持ちは痛いほどわかる)、しかしながら経営判断としては間違いとはいえない。

 ただ出版業界で使う「休刊」や、企業スポーツの世界で使われる「休部」というまやかしの表現は好ましくない。実質的に「廃刊」であり「廃部」である。大東亜戦争で「撤退」を「転進」といいかえたような欺瞞を過じるのである。

 本来は、「フォーサイト」の20年、などのタイトルで、20年の歴史を総括すること求められるのではないか。その際には、本書の総括も行っていたっだきたいものだ。


 さて、内容の大見出しだけ紹介しておこう。80の質問すべてを再録していては長くなりすぎるので、割愛させていただく。

●特別インタビュー① 塩野七生-「日本再生のためにローマ人から何を学ぶか」
●特別インタビュー② スティーブ・ケース(AOL会長)-「次に目指すのはインターネットによる“ニュー・プロフィット”だ」)
●次の10年を読み解く80の質問 PART 1
 ①「唯一の超大国」アメリカの行方
 ②日米経済再逆転は起こるか
 ③中国は本当に「21世紀の超大国」となるのか
 ④インターネットがもたらすのは豊かさか格差か
 ⑤日本の改革は成功するか
 「アメリカ編」
 「中国」編
 「ロシア」編
 「ヨーロッパ」編
 「中東」編
●次の10年を読み解く80の質問 PART 2
 「日本」編
 「環境」編
 「生命工学」編
 「科学」編
 「スポーツ芸能」編
●編集長インタビュー①寺島実郎(三井物産戦略研究所所長)
●編集長インタビュー②船橋洋一(朝日新聞コラムニスト)
●編集長インタビュー③ピーター・タスカ(アーカス・インベストメント取締役)
●編集長インタビュー④梅田望夫(ミューズ・アソシエイツ社長)
●次の10年を動かす注目の80人 PART 1
●次の10年を動かす注目の80人 PART 2
●民族宗教世界地図2001
●徹底分析・一年予測「2001年、世界と日本はこう動く」
●実践的未来予測のススメ(水木 楊)
●「未来年表2001‐2010」(監修=水木 楊)


 本書に戻ろう。塩野七生のインタビュー記事が、10年後の現在でもそのまま通用するのは、彼女が2000年単位の話をしているからだろう。元祖「歴女」とでもいうべき塩野七生の発言は、きわめて洞察力のあるものなので、この文章の最後に引用をおこなっておく。 

 一方、作家の木下玲子による、AOL会長スティーブ・ケースのインタビューが収録されているが、いまから振り返るとスティーブ・ケースって誰?ってかんじだな。ドッグイヤーだからというよりも、回線業者がメディアを丸呑みするという戦略仮説が完全に破綻したということだ。一時期AOL TIME WARNER なんて名前の会社になっていたのだが。

 この戦略(仮説)を猿まねした、ライブドアによるフジテレビ買収攻勢や楽天による TBS 買収攻勢も、「♪ そんな時代もあったねと・・・」というようなお話だろう。兵(つわもの)どもが夢の後? 

 もちろん、事業経営は実験室内での実験ができないので、仮説は実際にやってきて検証するしかない。それにしても、だ。回線業者はコンテンツをもつ意味はない。モチはモチ屋、というのがこの巨大な「社会実験」の結論である。結局儲かったのは投資銀行だけか。

 副題の「夢の実現か、悪夢の到来か」、これは悪夢の到来、というべきだろうか。正直いって希望はほとんど失われたが、しかしまだ絶望には至っていないという状況だろうか? いずれにせよ結論は「夢か悪夢か」・・・もちろん人によって異なるだろう。

 それにしても、10年程度でも予測というのは難しいものだと思う。人間は、現在の延長線上にしか将来をみることしかできないから、どうしても現在のホットイッシューに目がいってしまう

 20年どころか10年ですら常識が通用しなくなるわけだ。
 私がこのブログに書いた、書評『100年予測-世界最強のインテリジェンス企業が示す未来覇権地図-』(ジョージ・フリードマン、櫻井祐子訳、早川書房、2009)を読んでいただきたい。こういうことを書いている。

序章で著者が指摘しているように、現在の常識と固定観念に邪魔されて、20年後どうなっているかすら本当のところ想像もできないというのが、ごくごくフツーのことなのだ。「未来に通用しなくなると確実にわかっているのは、現在の常識なのである」(P.22)。

 ということで、私は2010年の現時点において、2020年予測本や2030年予測本は軽くあしらうことにした。どうせ当たらないに決まっているからね。

 それよりも超・長期のトレンドをみたほうがいいと考えている。大きな流れを押さえた上で、目先の行動の是非を判断していく。

 確実に予測できるのは人口トレンドだけである。大前研一のメルマガ『ニュースの視点』2010/3/24 特別号に掲載されていた【20年前にみた日本と今の日本。そして今考える20年後の日本~自分で未来を明るくする努力を!】に、「人口ピラミッドの推移」(1930年~2055年) が紹介されている。国立社会保障・人口問題研究所によるものである。日本の人口分布を1930年から10年きざみ(・・2000年以降は5年きざみ)で2555年まで、アニメーションによってシミュレーションできるようになっている。見るとぞっとしないのだが、怖いもの見たさでクリックして見ていただきたい。現実をしっかりと見据えることからしか、何事も始まらないからだ。

 それはともあれ、10年後確実なことは、私もあなたも10歳余計に年をとっていること。これは20年後も同様、そしてそれ以後は・・・私にはわかりません。



<参考>

 ●特別インタビュー① 塩野七生-「日本再生のためにローマ人から何を学ぶか」から、塩野七生のコトバを抜粋して引用しておこう。「2000年単位」の思考法についての箴言の数々だ。(太字ゴチックは引用者によるもの)

塩野 日本人は垂直(歴史)思考が不得手なために、それ以前の80年代後半、日本経済の調子が少しばかり良かったので舞い上がってしまったところがあります。

塩野 私としては、ごく自然にローマに向かったのです。『ローマ人の物語』を書き始めるまでの20年間、ルネサンス時代を書いてきました。ルネサンスというのは、価値が崩壊した時期の人間が次の価値をどう生み出そうかという運動でした。・・(中略)・・そのルネサンス精神を基盤にして西欧文明が出来上がってから500年がたった。その最後の20世紀末にわれわれはいる。そして再び価値観の崩壊という危機にわれわれは直面しているわけですねある意味で、500年続いたルネサンス人の時代も終わりを迎えたとも言えます

塩野 たとえば、ギボン『ローマ帝国衰亡史』を18世紀の啓蒙主義時代に書いた。・・(中略)・・当時のイギリス人として学ぶべきことは、どうすればローマのように衰退しないですむか、という一事だけだった。そこでギボンは、ローマの衰亡史のみをとりあげたわけ。
---ローマ帝国の後半部ですね。
塩野 ええ。ギボンはイギリスはローマを超えたと思っているので、ローマ帝国の興隆期のことは書く必要などないと思ったのでしょう。・・(中略)・・1848年にはヨーロッパ各地で革命が勃発・・(中略)・・この混迷の時代にモムゼンというドイツ人の歴史家が、建国からカエサルの死までの、ローマの興隆期を書くのです。まだドイツが統一されていない時期でしたから、なぜローマが統一し興隆できたかを、知りたいという痛切な欲求があったんですね。これが、ギボンのものと並んで現代に至るまでのローマ史の名著の一つであるモムゼン『ローマ史』が書かれた背景です。
 モムゼンはローマ建国から、カエサルの死までを書き、ギボンは、五賢帝最後の人であるマルクス・アウレリウス帝の死から西ローマ帝国の滅亡を描いた。なぜか、アウグストゥスからマルクス・アウレリウス帝までの全盛期が抜けているのです。

塩野 日本は、キリスト教文明圏では、一種の辺境に位置しているので、かえって純粋化される傾向がありますね。キリスト教というのは、なにか上等な人々の宗教というイメージが強い。しかし、『ローマ人の物語』で繰り返し書いたように、一神教というのは、諸悪の根源であったと私は思っています。

塩野 日本人はすべてを自前でやろうとし過ぎる。ある種のことは別の人に任せた方がいい。異種、異分子ともっと接触しないと駄目なんですよ。どの時代でも同じですが、純粋培養の組織は必ずつぶれますよ。



<ブログ内参考記事>

『2010年中流階級消失』(田中勝博、講談社、1998) - 「2010年予測本」を2010年に検証する(その1)

書評『100年予測-世界最強のインテリジェンス企業が示す未来覇権地図-』(ジョージ・フリードマン、櫻井祐子訳、早川書房、2009)






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2010年3月25日木曜日

『2010年中流階級消失』(田中勝博、講談社、1998) - 「2010年予測本」を2010年に検証する(その1)




1998年に読んだ本書を、出版から12年たって再読、ざあーっと拾い読みしてみた。

 この12年間に二回大きな金融危機が訪れている。1998年は「アジア金融危機」(1997年)の翌年、この年には前年の三洋証券破綻につづき山一証券が破綻して自主廃業、また長銀(=日本長期信用銀行)が破綻している。

 そして2009年、サブプライムローン問題に端を発した世界金融危機。

 この2つの金融危機を経て、世界はそして日本どうなったか?

 『2010年中流階級消失』は、「金融ビッグバン」後の英国で、英国の証券会社に日本人として勤務していた著者が体験し、つぶさに観察した実情を「鏡」にして、日本の行く末を考察した内容の本である。2010年にむけて進行するであろうシナリオにおいて、日本人が敗者とならないための方策を指南した本である。

 この本が出版された前は、金融ビッグバンはウェルカム、規制撤廃ウェルカム、そしてホワイトカラーのムダをいかに削減するかという「リエンジニアリング」(re-engineering ・・懐かしい響きだな、マイケル・ハマーさん)が流行していたが、1998年は前年から続いていた金融危機が頂点に達していた年である。

 そして、タイトルでもある「2010年」のいまはどうなっているか?

 かつて「一億層中流社会」などといわれた時代があったことすら、日本人の記憶から消えようとしている。著者は「日本は10%富者と90%の貧者に大分裂」するといった。1998年当時の英国がすでにそういう状態になっていたからだ。

 2010年現在、そこまで極端には二分化していないが、「持てる者」と「持たざる者」の格差は急速に拡大を続けていることは確かだ。 大前研一『ロウアーミドルの衝撃』(講談社、2006)が出版されたのは2006年であるが、そのなかで大前研一は、日本人の8割がロウアーミドル、すなわち「中の下」以下になっていると警告するとともに、マーケティングの考え方を根本的にあらためなければならない、と主張していた。

 この流れのなかに、三浦展の『下流社会』(光文社新書、も含めて良いのだろうか。しかし、三浦展の本については、amazon.co.jp のレビューをみるべし。マーケティング・アナリストを自称する三浦展は、調査データの統計処理がきわめて恣意的で、しかも彼が名指しする「下流」へのあからさまな嫌悪感をしめしており、若者世代の論客である後藤和智からは徹底的に論破されている。『若者論」を疑え! 』(宝島社新書、2008)が徹底的に叩いている。後藤和智の本は必読書。

 「格差社会」が流行語となったのは2006年だが、ますます格差は拡大、年収200万円以下の労働者は、労働者全体の約1/4、1,000万人を突破しているだけでなく、生活保護以下の収入レベルのワーキングプアが増大し、貧困問題がクローズアップされるに至っている。

 方向性としては、著者の警告どおりとなっている、といわざるをえない。

 1998年に読んだとき、もっとも印象にのこったのは、著者自身が序章で書いている、少年時代の回想である。両親が離婚して再婚先の継母にいじめぬけれた話である。著者は1964年生まれ、同世代といってもよい人なのに、こんな厳しい経験をしている人がいるのか、という驚きである。

 もちろんこの経験が原動力となって、大学中退後英国で成功をおさめるまでにいたった、ハングリー精神の源ではあるのだが・・・
 
 参考のために、目次を紹介しておこう。

序章 飛行機を手に入れた新聞少年
第1章 日本は10パーセントの富者と90パーセントの貧者に大分裂する
第2章 英国のビッグバンで勝ち残ったのは誰か
第3章 日本人を去勢したものは何か
第4章 中流階級が消失する四つの理由
第5章 大競争時代を支配する10の原理
第6章 資産をつくるための10の基本
第7章 「シミュレーション」2010年の明と暗
終章 日本人よ、群をはなれろ


 著者の基本的主張は、「基本は7%の利回りで資産は10年で2倍」という常識である。

 運用利回りはものの考え方一つなので、消費の際に7%ディスカウントになるように、積極的にネット通販や金券ショップ、ポイントなどを活用しつくすこともよい。これは実際的なアドバイスである。

 本書には、面白いコトバがちりばめられているので、この機会に引用しておこう。

ただし強弱を決めるのは、ノレッジ(知力)、フォアサイト(先見性)、スマート・アクション(賢い行動)、アピアランス(アピール性)、ラック(運)の五点。これらのうち一つでも欠いていれば、淘汰されていった。ビッグバン後に消息を聞かなくなった友人を、私は何人も知っている。(P.20)

英国のビッグバンを経験した私には、その後の10年を観察して、日本は将来、欧米以上に深刻な事態に直面するであろうことがわかる。それはなぜか?国民にリスクをとる気概がないからだ。(P.44)

歴史に倣い、頭を使い、真実を汲み取る――シンプルであるが、これも、上流に仲間入りするための重要な姿勢だ。(P.146)

「無駄な経済」は中流階級とともに消滅する(P.152-153)

 狭い世界のひとつ、確率では、起こりうる事象の確率の和は1になることが前提だ。(中略)
 しかし、確率がすべてでないことを、社会人になって弱肉強食の世界に飛び込んでから知った。勝者として生き残る確率と、敗者として寂しく消え去って確率を足しても1にならないのだ。そのわけは、次のゲームに参加できないほど、つまり再起不能なまでに没落してしまう人間が存在するからである。(P.334)


 参考になっただろうか。

 ところで、著者の田中勝博氏のブログを参考までに紹介しようと思って、久々に検索してみたら、なんとお亡くなりになったらしい。

 享年47歳、あまりにも早い死である。若い頃のムリがたたったのだろうか。相場の世界で生命をすり減らしたのか。切込隊長BLOG(ブログ) Lead‐off man's Blog 2010年2月19日 を参照。株式投資の世界には深入りしていない私は知らなかった。
 
 ご自身の著書の内容を、著者自身が2010年にどう評価しているのか知りたかったものではあるが、まさか本人も自分が「消失」する事は想定すらしなかったことであろう。株式投資家で経済学者であったケインズは、「長い目でみれば人はみな死ぬ」(Like I said, in the long run - we're all dead.)という有名な警句を吐いているが、出版当時34歳であった著者にとって、2010年は遠い将来の話ではなかったはずだ。人の命はまことにもって儚いものよのう。

 この場を借りて、ご冥福をお祈りしたい。合掌。





<参考サイト>

ハンドル名:たなかよしひろ さん
ブログ・タイトル:田中勝博(たなかよしひろ)の法則 (注:現在閉鎖中)
サイト紹介文:孤独なマーケットの世界から抜け出しませんか・・・たくさんの仲間が待っています。
自由文:迷ったときには、遊びにきてください。迷いから抜け出す『ヒント』をご用意してお待ちしております! http://www.blogmura.com/profile/00364772.html








<ブログ内参考記事>

『次の10年に何が起こるか-夢の実現か、悪夢の到来か-』(Foresight編集部=編、新潮社、2000) - 「2010年予測本」を2010年に検証する(その2)

書評『現代日本の転機-「自由」と「安定」のジレンマ-』(高原基彰、NHKブックス、2009)

『フォーサイト』2010年4月号(最終号) 「創刊20周年記念号 これからの20年」を読んでさまざまなことを考えてみる

月刊誌「クーリエ・ジャポン COURRiER Japon」 (講談社)2010年3月号の特集「オバマ大統領就任から1年 貧困大国の真実」(責任編集・堤 未果)を読む
                   
書評 『超・格差社会アメリカの真実』(小林由美、文春文庫、2009)-アメリカの本質を知りたいという人には、私はこの一冊をイチオシとして推薦したい

なぜいま2013年4月というこの時期に 『オズの魔法使い』 が話題になるのか?  ・・英国の「サッチャー革命」は英国の中産階級を崩壊させた

(2014年8月28日、2015年2月27日 情報追加)





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2010年3月24日水曜日

TIME誌 March 22, 2010号(日本版) [ANNUAL SPECIAL ISSUES] 10 IDEAS FOR THE NEXT 10 YEARS と New America Foundation について




 先週、ミャンマーにいってきたことはこのブログにも書いたが、空港の ANA ラウンジで、たまたま TIME誌 の最新号(March 22, 2010号 日本版)を見つけたので読んでみた。

 高校三年生から読み始めた TIME誌だが、年間購読をやめてから何年になるのだろうか。
 かつて「考える英語」を標榜、現在は元祖「ナニワ英語道」を名乗る、大阪出身の大先達・松本道弘の影響で TIME誌を cover to cover(オモテ表紙からウラ表紙まですべて)で読むなんてことをやっていたし、松本氏の影響で大学時代に武道を究めようとしたのも懐かしい。私は柔道ではなく合気道を選んだが、何よりも「個」を重視する武道と英語とは相性がいいという松本道弘の仮説は正しいと、私は自分の経験からも実感している。

 M.B.A.で勉強したいたときは、Internationl Business の授業で The Economist を購読せよといわれていたし、卒業してからは BusinessWeek をずっと読んでいたことを思い出せば、TIME の購読しなくなってからだいぶたつように思う。ここ数年はまた The Economist を読んでいたし。
 近年は、TIME誌は、海外出張の飛行機のなかで読むくらいしかなくなっている。


 さて、TIME 今週号の特集に戻ろう。非常に面白い内容であったので紹介しておこう。

 [ANNUAL SPECIAL ISSUES] 10 IDEAS FOR THE NEXT 10 YEARS、すなわち「次の10年間のための10の考え」である。もちろん米国人向けに執筆された文章なので、米国社会の現状をもとに書かれた内容だが、興味深いので、とりあえずタイトルだけでも掲げておくこととする。( )内は執筆者名。

1. The Next American Century - Don't believe the prophets of doom(Andres Martinez)
2. Remapping the World - Good borders make good neighbors. Bad ones make wars(Parag Khanna)
3. Bandwidth Is The New Black Gold - And it's a scarce resource(Tim Wu)
4. The Dropout Economy - The future of work looks a lot like unemployment(Reihan Salam)
5. China and the U.S.: The Indispensable Axis - Their frenemy-ship will shape the world(Christina Larson)
6. In Defense Of Failure - making mistakes is a great American freedom(Megan Mcardle)
7. the White Anxiety Crisis - America is getting a new minority(Gregory Rodriguez)
8. TV Will Save the World - In a lot of places, it's the next big thing(Charles Kenny)
9. The Twikight of the Elites Why America has entered the post-trust era(Christopher Hayes)
10. The Boring Age - The times, they aren't a-changin'(Michael Lind)

 執筆者の名前をみていると、非アングロサクソン系の名前が多いことに気がつく。これが現在の米国の現状なのだろう。そしてそれはまさに米国の強みでもある。

 私が知っている執筆者は一人もいないが、いずれも著書をもつなどの言論人である。

 タイトルを日本語に直しておこう。ついでに本文中にある引用(excerpts)も一緒に訳しておく。

1. The Next American Century - Don't believe the prophets of doom(Andres Martinez)
 ◆次の米国の世紀-終末論を説く預言者たちを信じるな
 「世界の人口の5%にしか過ぎない米国が、世界の経済活動の25%を産出している」
 ◆執筆者の Andres Martinez は、New America Foundation の Bernard I. Schwarz Fellows Program のディレクター。8.の執筆者 Charles Kenny 以外はみな New America Foundation の関係者とのこと。
 New America Foundation については wikipedia(英語版)を参照。3月24日現在の文章から引用しておく。この非営利の政策シンクタンク団体の性格がわかるはずだ。設立メンバーとボードメンバーの名前に注目されたい。Google CEO の Eric Schmidt が、ボードの議長を務めている。

 The New America Foundation is a non-profit public policy institute and think tank located in Washington, D.C.. It was founded in 1998 by Ted Halstead, Sherle Schwenninger, Michael Lind and Walter Russell Mead.
 In 2007 Steve Coll, a former managing editor of The Washington Post, succeeded Ted Halstead as President of the New America Foundation.
 Well-known board members include political commentator Fareed Zakaria, Christine Todd Whitman, international relations theorist Francis Fukuyama, Atlantic Monthly correspondent James Fallows, former Federal Reserve Vice Chairman Roger Ferguson, and economist Laura D'Andrea Tyson. Google's CEO, Eric Schmidt, is chairman of the foundation's board of directors.


 なお、TIME 今週号については、New America Foundation のウェブサイトで 10 Ideas for the Next 10 Years として紹介記事が掲載されている。

 
2. Remapping the World - Good borders make good neighbors. Bad ones make wars(Parag Khanna)
 ◆世界地図を書き換える(リマッピングする)-良き国境線は良き隣国を生み出す。悪しき国境線は戦争を引き起こす
 「脱植民地時代の政治上の国境線は、中近東においてはトラブル以外の何者でもなかった--われわれはこの地域の地図を傷つけてきた国境線を消し去ることはけっしてできない。しかし、国境線を越えて今後も多く建設されるであろう鉄道線とパイプラインが貿易量を増大させ、相互依存を深めることとなるだろう。クルディスタンやパレスチナのような新国家がさらに生まれてくるかもしれないが、エネルギーと輸送のプロジェクトが、忘却と暴力の現状のかわりに、これら新国家を地域経済のなかに平和に埋め込むことを可能とする」
 ◆執筆者の Parag Khanna は、The Second World: How Emerging powers Are Redefining Global Competition in the 21th Century の著者

3. Bandwidth Is The New Black Gold - And it's a scarce resource(Tim Wu)
 ◆帯域幅(=通信回線が持つデータ転送量のこと。周波数の下限と上限の幅をさす)は次の「黒い黄金」だ-それは「稀少財」である
 ◆執筆者の Tim Wu は、コロンビア大学法学部教授で、The Master Switch が刊行予定。

4. The Dropout Economy - The future of work looks a lot like unemployment(Reihan Salam)
 ◆ドロップアウト経済-仕事の未来は雇用されていない状態のようなもの
 「郊外のどこかには、雇用されていない23歳が、文化的反乱を計画している」
 ◆執筆者の Reihan Salam は、超党派のシンクタンク e21 の政策アドバイザー、National Review のブロガー、Forbes.com のコラムニスト。
 ◆(コメント)中流階級崩壊にともない、10人に3人のハイスクール生徒がドロップアウトしている現実。この記事を読むと、日本でも大学に進学せずに起業する若者がでていることも想起される。面白い記事だ。

5. China and the U.S.: The Indispensable Axis - Their frenemy-ship will shape the world(Christina Larson)
 ◆中国と米国:絶対不可欠な軸-この二カ国の友好敵対関係が世界を形作る
 「米国と中国の関係は、米国と英国の同盟関係のような特別な関係と考えてはならない。今後も進化していく唯一無二の関係には先例がない」
 ◆執筆者の Christina Larson は、Foreign Policy magazine の編集者の一人

6. In Defense Of Failure - making mistakes is a great American freedom(Megan Mcardle)
 ◆失敗を擁護する-失敗することは米国の偉大な自由の一つである
 「ゴールは失敗を排除することではない。失敗に十分耐えうる回復力のあるシステムを構築することにある」
 ◆執筆者の Megan Mcardle は、Atlantic誌のビジネスと経済学の編集者

7. The White Anxiety Crisis - America is getting a new minority(Gregory Rodriguez)
 ◆白人の不安危機-アメリカは新しいマイノリティを獲得しつつある
 「現在のマジョリティ(である白人)が、始まりつつあるマイノリティという地位にいかに反応するか、これはこの国が直面している、もっとも社会的でかつ人口学的な問題なのである」
 ◆執筆者の Gregory Rodriguez は、Mongrels, Bastards, Orphans, and Vagabonds: Mexican Immigration and the Future of Race in America の著者。

8. TV Will Save the World - In a lot of places, it's the next big thing(Charles Kenny)
 ◆それでもテレビは世界を救う-多くの土地では next big thing だ
 ◆執筆者の Charles Kenny は、開発エコノミストで、イノベーションと思考とグローバルな生活水準についての本が刊行予定。
 ◆(コメント)先進国ではウェブに移行しつつあるが、発展途上国ではこれからがテレビの時代

9. The Twilight of the Elites - Why America has entered the post-trust era(Christopher Hayes)
 ◆エリートの黄昏-なぜ米国は信頼崩壊後の世界に突入しているのか
 「現在のこの危機が続く限り、そのリスク長く、そして醜い、脱=発展のプロセスとなるだろう
 ◆執筆者の Christopher Hayes は、Nation誌のワシントン編集者。
 ◆(コメント)政治家、カトリック教会、エグゼクティブ・・こういったエリートへの不信感が米国では増大している

10. The Boring Age - The times, they aren't a-changin'(Michael Lind)
 ◆うんざりするような時代-時代は、変わらない
 「グローバルにジェット機による輸送は、いまだにガスタービンに依存しているが、これは1930年代に開発されたものだ」
 ◆執筆者の Michael Lind は、New America Foundation の経済成長プログラムの政策ディレクター。


 以上、ざっとみてきたが、これらは未来予測ではない

 いま米国が直面している、しかも今後10年間に大きな問題となることが予想されるものについて、それぞれ識者がコメントしたものだ。

 なんらかの参考になるかと思い、紹介することにした次第である。参考になれば幸いである。


<参考サイト>

TIME in partnership with CNN
New America Foundation
松本道弘公式ブログ 元祖ナニワ英語道     






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