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2010年1月29日金曜日

書評 『折口信夫 霊性の思索者』(林浩平、平凡社新書、2009)-キーワードで読み込む、<学者・折口信夫=歌人・釋迢空>のあらたな全体像




「プネウマ」、「西方浄土」、「霊性」といったキーワードで読み込む、<学者・折口信夫=歌人・釋迢空>のあらたな全体像

 ここ数年、折口信夫(1887-1953)にかんする本が次から次へと出版されており、再び大きく脚光を浴び始めている。そんななかでも本書は出色のものといってよい。  

 本書は体裁は新書本だが、折口信夫の入門者だけでなく、私もその一人であるが、長く読み続けてきた読者の双方を満足させる内容となっている。前者にとっては、非常の中身の濃い充実した内容であり、後者にとっては自分の「読み」をひとつひとつ点検することが可能な内容となっているためだ。  

 作家・富岡多恵子、文芸評論家・安藤英二が切り開いてきた、折口信夫の学問形成期における謎の解明は、<学者・折口信夫=歌人・釋迢空>像を大きく塗り替えようとしている。本書もまたこういった新しい知見を踏まえた最新の成果である。

 目次を紹介しておこう。  

  序 章 折口信夫像の揺れ  
  第1章 折口信夫の「発生」  
  第2章 折口学とは何か  
  第3章 プネウマとともに-息と声の詩学  
  第4章 浄土への欲望と京極派和歌  
  第5章 霊性の思索者

 「プネウマ」、「西方浄土」、「霊性」・・こういったキーワードは決して奇をてらったものではない。私自身が感じていた、ある種の感じをうまくコトバとして表現してくれた、という思いがしている。  

 著者自身、かつては「霊性」(スピリチュアリティ)には懐疑的であったというが、この視点で折口信夫を読み込むことの重要性を認識するにいたったことを述懐している。折口信夫の全体像を表すのに、これほど適切な表現はないのではないだろうか。  

 あとがきに記された、哲学者・坂口恵が著者にもらしたという、「ああ、あのひとはどうも日本人じゃないみたいですね」。このコトバには、折口信夫(=釋迢空)という日本人が、たんなる国文学者や民俗学者、そして歌人の域を超えた思索者として、日本語世界においては屹立した存在であり続けていることを示しているように思われた。  

 折口信夫は、さまざまな「読み」が可能な、まだまだその全体像が読み込まれているとはいえない膨大なテクストである。日本とは何か、日本人とは何かを考える人は、必ず読み込まなければならない、日本語で遺された、きわめて貴重な財産なのである。  

 新書本にはもったいないような思索が、集約されて詰め込まれている。読み捨てにはできない内容豊かな一冊である。


<初出情報>

■bk1投稿「「プネウマ」、「西方浄土」、「霊性」といったキーワードで読み込む、<学者・折口信夫=歌人・釋迢空>のあらたな全体像」投稿掲載(2010年1月7日)






<書評への付記>

 折口信夫(おりくち・しのぶ)の略歴を簡単に記しておこう。Wikipedia では以下のように説明される。

折口信夫 明治20年(1887年)2月11日 - 昭和28年(1953年)9月3日)は、日本の民俗学、国文学、国学の研究者。釋迢空(しゃく・ちょうくう)と号した詩人・歌人でもあった。折口の成し遂げた研究は「折口学」と総称されている。

 折口信夫は、一般には、民俗学者・国文学者とされているが、本人の意識としては「最後の国学者」であったようだ。釋契沖、賀茂真淵、本居宣長、平田篤胤などに連なる系統である。もちろん日本人の宗教についての考察も中心テーマの一つであった。

 折口信夫は、日本語の言語研究から始まった国学を、国文学資料と民俗伝承を付き合わせて「古代」を探求した人である。「国学者」としての認識から、和歌をつくることを何よりも重視していた。学者としての折口信夫と、歌人としての釋迢空は、不可分の一体といって良い。

 学者としては國學院大學教授と慶應義塾大学教授を兼任、慶應の文学部では「芸能史」という講座を立ち上げた。主著は『古代研究 全三巻』、有名な小説『死者の書』。歌人の釋迢空としては『海やまのあひだ』など。アララギ派の斎藤茂吉は終生ライバルであった。


 私は大学時代から、中公文庫版で『折口信夫全集』を読み始めた。日本についてちっとも知らないのではないかという反省から、高校3年生の夏から読み始めた柳田國男とは肌合いのまったく異なる、この国学者はきわめて謎めいた、不思議な魅力に充ち満ちた存在であり続けてきた。文庫版全集はすべてもっているし、関連する本はダンボール一箱分くらい集めて読んできた。


 宗教学者の中沢新一は、NHK・ETVで放送したテキストをもとにした古代から来た未来人』(ちくまプリマーブックス、2008)で、「折口信夫のような奇跡的な学問をなんとかして自分でもつくってみたい。それが私をこれまで突き動かしてきた夢だったような気がします」と序文に書き記している。

 南方熊楠について書かれた大著に比べ、折口信夫について書かれたこの本は非常にコンパクトでうすいものだが、中沢新一がやろうとした学問の方向を簡潔に要約したものともなっている。とくに「第6章 心の未来の設計図」には、折口信夫の神道観が中沢新一流に、「魂-生命-物質」の三位一体として構造化し、図解しているのは興味深い。この説明の当否は留保しておくが。

 中沢新一流のややクセのある折口信夫の紹介ではあるが、「折口信夫入門」として本書とあわせて読むことをすすめたい。          







<ブログ内関連記事>

書評 『折口信夫―-いきどほる心- (再発見 日本の哲学)』(木村純二、講談社、2008)
・・「折口信夫は敗戦後、弟子の岡野弘彦に、憂い顔でこう洩らしていたという。「日本人が自分たちの負けた理由を、ただ物資の豊かさと、科学の進歩において劣っていたのだというだけで、もっと深い本質的な反省を持たないなら、五十年後の日本はきわめて危ない状態になってしまうよ」(P.263 注23)。 日本の神は敗れたもうた、という深い反省をともなう認識を抱いていた折口信夫の予言が、まさに的中していることは、あえていうまでもない」

書評 『折口信夫 独身漂流』(持田叙子、人文書院、1999)
・・「古代日本人が、海の彼方から漂う舟でやってきたという事実にまつわる集団記憶。著者の表現を借りれば、「波に揺られ、行方もさだまらない長い航海の旅の間に培われたであろう、日本人の不安のよるべない存在感覚」(P.212)。歴史以前の集団的無意識の領域にかつわるものであるといってよい。板戸一枚下は地獄、という存在不安」

葛の花 踏みしだかれて 色あたらし。 この山道をゆきし人あり (釋迢空)

「神やぶれたまふ」-日米戦争の本質は「宗教戦争」でもあったとする敗戦後の折口信夫の深い反省を考えてみる
・・逆説的であるが、折口信夫のコトバのチカラそのものは激しい

「役人の一人や二人は死ぬ覚悟があるのか・・!?」(折口信夫)                       

(2013年12月19日 追加)






(2012年7月3日発売の拙著です)









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