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2009年12月31日木曜日

合気道・道歌-『合気神髄』より抜粋




 合気道開祖・植芝盛平(うえしば・もりへい)大(おお)先生(1883~1969)は、合気道修行の要諦を、道歌(どうか)という形で多く和歌に詠み込んでいる。

 道歌とは宗教の教えや倫理道徳にかかわる教訓を、五七五の形式で、覚えやすくまとめたものである。

 道歌は、もちろん字面だけをみているだけでは理解できないものも多いが、実践を踏まえたうえで道歌を口ずさむと、自ずからその意味が体得できるようになる。

 そういった合気道の道歌をいくつか紹介しておこう。いずれも選択基準は私の独断と偏見に基づく。分類と小見出しは私が勝手につけたものである。

 「人生でもっとも大事なことは合気道をつうじで学んだ」、といっても過言ではない。少なくとも私にとってはそうである。

 私は大学一年(一回生)のときに、合気道と出会った。米国で大学生に指導していたこともある。


<合気会パンフレットにも掲載の有名な道歌>

合気とは 愛の力(ちから)のもとにして 
 愛はますます栄えゆくべし

合気とは 万(よろづ)和合の力なり 
 たゆまず磨け 道の人々

美しき この天地(あめつち)の御姿(みすがた)は 
 主(ぬし)のつくりし一家なりけり


<武術としての合気>

すきもなく たたきつめたる敵の太刀(たち) 
 みなうち捨てて 踏み込みて斬れ

敵多勢(たぜい) 我を囲みて攻むるとも 
 一人の敵と思い戦え

呼びさます 一人の敵も心せよ 
 多勢の敵は前後左右に

敵の太刀 弱くなさむと思いなば 
 まづ踏み込みて 敵を斬るべし

生死とは 目の前なるぞ心得て 
 吾ひくとても 敵は許さじ

人は皆 何とあるとも覚悟して 
 粗忽に太刀を出すべからず


<心の迷いをなくせ>

まよひなば 悪しき道にも入りぬべし 
 心の駒に 手綱(たづな)ゆるすな

すみきりし 鋭く光る御心(みこころ)は 
 悪魔の巣くふ すきとてもなし

古(ふるき)より 文武の道は両輪と 
 稽古の徳に 身魂(みたま)悟りぬ

三千世界一度に開く梅の花 
 二度の岩戸は開かれにけり

声もなく心もみえず 神(かん)ながら 
 神に問われて何物もなし


<合気道の使命>

大宇宙 合気の道はもろ人の 
 光となりて 世をば開かん


 出典は 『合気神髄-合気道開祖・植芝盛平語録-』(合気道道主・植芝吉祥丸=監修、柏樹社、1990)。このエディションはすでに絶版だが、現在、古神道関係の専門書店である、八幡書房から2002年に復刊されているので、入手可能である。

 私はこの本を、折に触れ繰り返し、繰り返し読んできたが、なお完全理解にはほど遠い。

 理由の第一は、まず合気道そのものの修行が前提となることはいうまでもないとして、開祖が長年にわたって慣れ親しんできた神道、とくに大本教(おほもと)を始めとする古神道(こしんとう)古事記言霊学(ことだまがく)、その他もろもろの、学校では正規の教科にはない、近代日本のエソテリック(=秘教的)なウラ学問に精通する必要があるためである。合気道で使用されるターミノロジー(用語)には、これら古神道経由のものが多い。

 これらについては機会があれば、また取り上げることとしたい。

 開祖の技は YouTube には多数アップされているので、ここでは英語字幕の入っているものを一つ紹介しておく。

 合気道の技にかんしては、「入り身転換」がもっとも重要である。相手の動きに対して、瞬間的に相手に対して半身の体制に入るテクニック。この体捌き(たいさばき)が無意識にできるようになればいうことはない。基本中の基本であるが、武道の心得のない現代日本人には、縁が遠いようだ。昔の日本人には身についていたらしいが。

 以下、参考となる語録を『合気神髄』から引いておく。

入り身転換の法を会得すれば、どんな構えでも破っていけるのであり、しかしながら一刀一殺をすることが真の道ではない。合気は和合の術である。(p.163)

進んでくる相手の心を小楯に、その真っ正面に立って突いてくる槍の真中心に、入り身転換の法によって無事に、その囲みを破って安全地帯へでる。かくのごとき周囲を全部、相手に取り巻かれたといえども、入り身転換の法によって破れざる技で相手を圧迫しなければならない(p.174)

 YouTube に合気道七段スティーブン・セガール(Steven Seagal・・本当はシーガル。昔の資料にはそう書いてある)の「入り身投げのオモテ」の映像がある。通常は円運動を利用したウラをやることが多いのだが、入り身投げのオモテはプロレスのラリアットのような技であり、打撃の衝撃力はすさまじい。後頭部を打たないように、受け身を訓練しておくことが不可欠なので、安易に技をかけないように!

 なお、スティーブン・シーガルはかつて大阪に自分の道場をもっていた。現在は L.A.にあるが、日本人以外で日本で道場を開いていたのは彼ただひとりである。

 ついでなので、イスラエルのテルアヴィヴの合気道道場 Integral Aikido Tel Avivプロモーション・ビデオがあるので紹介しておこう。武産合氣道(たけむす・あいきどう)。日本で8年間修行した米国人師範が教えているが、このビデオで合気道のイメージがおおよそつかめるだろう。

 イスラエルでは、合気道に限らず、日本の武道がきわめて盛んである、と聞いている。もちろんイスラエルの護身術であるクラヴ・マガ(Krav Maga)は盛んである。


 上記書籍の監修者である、二代目道主の植芝吉祥丸(きっしょうまる)先生はすでに入神されており、現在は三代目の植芝守央(もりてる)道主が務めて居られるが、吉祥丸とは実に珍しい名前だ。

 これは植芝盛平翁が大正時代、京都府綾部にある大本教(おほもと)で精神修行し、「植芝塾」で武道を教えていた際、夭折した二人の男児のあと生まれた三男に、教主の出口王仁三郎(でぐち・おにさぶろう)聖師が命名されたものである。

 王仁三郎師は鎮魂帰神のうえ一気呵成に吉祥丸と筆で書き下ろしたという。吉祥丸とは大江山の鬼退治で有名な源頼光(みなもとの・らいこう)の幼名とのことだ。このエピソードは吉祥丸先生ご自身が執筆された、『合気道開祖・植芝盛平伝』(生活芸術社、1999 原版は講談社 1977)のなかにでている。この名前のおかげか、吉祥丸先生は天寿をまっとうされた。

 合気道の前身である「合気武道」も、出口王仁三郎師の命名である。


 私は植芝盛平翁の戦後の内弟子(うちでし)である、故・有川定輝(ありかわ・さだてる)九段にご指導いただいたが、有川師範先生は「合気新聞」の編集を長く務められ、上記の『合気神髄』にまとめられた、植芝盛平語録の多くを収集し整理編集されている。

 有川先生については、また改めて機会があれば書くこととしたい。わが人生の師として、この人を超える人はいまだにいない。いや、おそらく今後も現れることはないだろう。


 これで本年のブログ投稿は最後となります。
  
去年今年(こぞことし) 貫く棒の如きもの (高浜虚子)

 では、よいお年を!!
 また来年お会いしましょう。


               



PS 読みやすくするために改行を増やし、写真を大判にした。内容には手は入れていない。(2014年8月18日 記す)



<ブログ内関連記事>

カラダで覚えるということ-「型」の習得は創造プロセスの第一フェーズである ・・「型」の重視は日本だけではない

フイギュアスケート、バレエ、そして合気道-「軸」を中心した回転運動と呼吸法に着目し、日本人の身体という「制約」を逆手に取る
・・合気道有段者の元バレエダンサー西野皓三氏とその弟子・由美かおるの対話から引用

書評 『狂言サイボーグ』(野村萬斎、文春文庫、2013 単行本初版 2001)-「型」が人をつくる。「型」こそ日本人にとっての「教養」だ!
・・日本人の教養は「型」

『鉄人を創る肥田式強健術 (ムー・スーパー・ミステリー・ブックス)』(高木一行、学研、1986)-カラダを鍛えればココロもアタマも強くなる!
・・植芝盛平とは同時代の「超人」

『武道修行の道-武道教育と上達・指導の理論-』(南郷継正、三一新書、1980)は繰り返し読み込んだ本-自分にとって重要な本というのは、必ずしもベストセラーである必要はない
・・精神主義を排した、唯物主義哲学による武道論

書評 『大使が書いた 日本人とユダヤ人』(エリ・コーヘン、青木偉作訳、中経出版、2006)-空手五段の腕前をもつコーヘン氏の文章は核心を突く指摘に充ち満ちている
・・「イスラエルは人口比でみたら、日本以上に各種の日本武道が普及している国であるという」

書評 『ヒクソン・グレイシー 無敗の法則』(ヒクソン・グレイシー、ダイヤモンド社、2010)-「地頭」(ぢあたま)の良さは「自分」を強く意識することから生まれてくる
・・日本の柔術の影響でブラジルで生まれたグレーシー柔術

マイク・タイソンが語る「離脱体験」-最強で最凶の元ヘビー級世界チャンピオンは「地頭」のいい男である!
・・なんとオイゲン・ヘリゲルの『弓と禅』がでてくるのだ

一橋大学合気道部創部50周年記念式典が開催(如水会館 2013年2月2日)-まさに 「創業は易し 守成は難し」の50年
・・有川定輝師範先生について記してある

(2014年8月18日 項目新設)






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2009年12月30日水曜日

コンラッド『闇の奥』(Heart of Darkness)より、「仕事」について・・・そして「地獄の黙示録」、旧「ベルギー領コンゴ」(ザイール)




1899年に出版された英文学の古典、コンラッドの名作『闇の奥』(Heart of Darkness)に次のような一節がある。

なにも僕が仕事好きだというわけじゃない。むしろブラブラしながら、なにかできそうな素晴らしい仕事でも、ボンヤリ空想している方がよっぽど楽しいのだ。なにも仕事好きじゃない。--誰だってそうさ、--ただ僕にはね、仕事のなかにあるもの--つまり、自分というものを発見するチャンスだな、それが好きなんだよ。ほんとうの自分、--他人のためじゃなくて、自分のための自分、--いいかえれば、他人にはついにわかりっこないほんとうの自分だね。世間が見るのは外面(うわべ)だけ、しかもそれさえ本当の意味は、決してわかりゃしないのだ
(中野好夫訳、岩波文庫、1958 引用は P.58-59)

 参考のために原文も掲載しておこう。

No, I don't like work. I had rather laze about and think of all the fine things that can be done. I don't like work -- no man does -- but I like what is in the work -- the chance to find yourself. Your own reality -- for yourself, not for others -- what no other man can ever know. They can only see the mere show, and never can tell what it really means.

(出典は Conrad, Joseph, 1857-1924. Heart of Darkness Electronic Text Center, University of Virginia Library)

 たまたま蔵書整理中にこの本がでてきたのでパラパラめくってみたら、この部分に線が引かれていた。

 読んだのは1986年、そう文庫本に書き入れてある。就職して社会人になって、まだ仕事をすることの意味がよくわかっていなかった頃に読んだ本だ。

 西洋人の労働観がよく表現されていると考えていいかもしれないが、この一節は自分には非常にしっくりと納得がいくものだったので、線を引いていたのだ。




 「仕事をつうじた自己発見」は現在風にいえば「仕事をつうじた自分探し」ということになるだろうか。

 なぜ、仕事をしなければならないのか、比較的豊かな時代には生きてくる名言なのではないか、と思う。

 仕事は生計をたてるだけではない。自分探しと生計をたてることを両立することが可能になるわけだ。


 ジョゼフ・コンラッド(Joseph Conrad)は19世紀英国の"英語作家"だが、彼自身は生粋の英国人ではない。ポーランド出身で、母語は英語ではなくポーランド語である。英語は、ロシア語、フランス語に次いで後天的に実務を通じて習得した言語である。

 英国の英語作家には、『日の名残り』で有名な日本出身のカズオ・イシグロなど多いが、コンラッドはその先駆者といえるだろう。

 「コンラッド」というと外資系高級ホテルの名前だが、もちろん関係はない。ジョゼフ・コンラッドの本名は、テオドル・ユゼフ・コンラト・コジェニョフスキ、である。真ん中の名前を取り出して英語風にしたわけだ。


 父親がポーランド独立運動の指導者でロシアの官憲に逮捕されてシベリアに家族ごと流刑、のちに移動した北ロシアで両親を失って孤児となり、大学進学をあきらめて船乗りになった。21歳のときに英国船員となり以後16年間、船員としての生活を送り最終的に船長にまでなる。この間、英語を身につけ、ひろく世界を航海し、英国国籍も取得した。

 その後、海洋小説を多数発表、ベルギー領コンゴ(ザイール)の奥地深くまで航行した体験をもとに本書『闇の奥』を発表した。

 『闇の奥』を乱暴に要約すると、優秀な商社駐在員であった主人公クルツ(Kurtzが、いつのころからかアフリカの熱にとりつかれ精神に異常を来し、コンゴ川奥地で・・・となる。アフリカの「闇の奥」、人間性の「闇の奥」を描いた作品である。


 この本は、フランシス・コッポラのベトナム戦争ものの超大作 『地獄の黙示録』(Apocalypse Now 1979年製作)の原作ともなっている。トレーラーを参照。

 コッポラの映画では、部隊をコンゴからベトナムに移し、ラストに登場する、現地人の王となった主人公の白人をカーツ大佐としている。原作のクルツ(Kurts)を、英語読みでカーツとなっているがつづりは同じである。なお、Kurtz は、ドイツ語の kurz(短い、背が低い)からきている。



 原作に戻るが、舞台となったコンゴは、植民地帝国ベルギーの植民地であった。とくに資源国コンゴ(ザイール)はベルギーにとってはまさに金城湯池であた。コンラッドが舞台設定にしたコンゴはまさに、西洋人がアフリカ人を徹底的に収奪し虐殺したことはあまり知られてしないのではないか。ベルギーは、英国やフランスにも劣らない、典型的な植民地帝国であったのである。

 象牙、生ゴムから始まって、のちに発見されたダイヤモンド、そしてウラン。ベルギー領コンゴで産出されたウランが、広島と長崎に投下された原爆に使用されたことは、知る人ぞ知る歴史の闇である。

 これらの点については、ベルギー ヨーロパが見える国』(小川秀樹、新潮選書、1994)「闇の奥」の奥-コンラッド/植民地主義/アフリカの重荷-』(藤永 茂、三交社、2006)が参考になる。後者は、カナダ在住40年の元大学教授が先住民の立場に身を寄せて描いた告発書である。

 「美食の国ベルギー」の背景に、植民地コンゴからの収奪の歴史があったことは知っておいた方がよい。


 ベルギー領コンゴは、いわゆる「コンゴ動乱」とよばれた1960年の熾烈な独立戦争を経て独立したが、当時の国連事務総長ダグ。ハマーショルドが視察中に事故死したことでも有名である。
 この戦争ではベルギー政府軍以外にも、白人傭兵のコマンド部隊が投入され、1978年製作の英国映画 『ワイルド・ギース』(The Wild Geese)の世界として描かれている。トレーラー参照。激しい銃撃戦をともなう空港からの壮絶な脱出シーンは圧巻である。

 すでに絶版であるがコンゴ傭兵作戦(新戦史シリーズ)』(片山正人、朝日ソノラマ、1990)という本もある。


 コンゴはザイールになったり、またコンゴになったりと、独立後も紛争が再燃するのは、結局のところ埋蔵されている資源をめぐる争いが原因である。



 最貧国問題解決のための必読書最底辺の10億人-最も貧しい国々のために本当はなすべきことは何か?-』(ポール・コリアー、中谷和男訳、日経BP社、2008)でも指摘されているように、最貧国を捕らえ続ける4つの罠として、1.紛争の罠2.天然資源の罠3.内陸国であることの罠4.劣悪なガナバンスの罠 を挙げているが、資源をめぐる問題は実に根が深いことを知らねばならない。コンゴの場合、この4つの罠がすべて複雑にからみあっている。

 実話をもとにした映画 『ホテル・ルワンダ』(1994年)で描かれた、隣国ルワンダの虐殺と難民問題にもめを向ける必要があるだろう。トレーラー参照。ルワンダもまたベルギーの植民地であった。

 最近、増補版として復刊されたルワンダ中央銀行総裁日記』(服部正也、中公新書、1972)は、IMFの依頼によって日銀から派遣され、独立国ルワンダの発展を中央銀行総裁として6年にわたり支援した日本人の記録だが、ルワンダ紛争によってこの努力もすべて消えてしまった。

 旧植民地アフリカの問題は根が深い。

 こういうアフリカを、いま中国が"西のフロンティア"として収奪し、トラブルメーカーとなっていることは、報道が多くなされるようになってきており、だいぶ明らかになってきている。

 欧州の"裏庭"アフリカでわが物顔で振る舞う中国、この問題については歴史的な意味、文明論的な意味を考える必要があろう。

 中国に対して、欧州は果たしてきれい事としての倫理を持ち出すことができるのか、きわめて根の深い問題だ。


 「仕事をつうじた自分探し」からだいぶそれてしまったが、本というものは、とくに古典というものは、複合的かつ重層的な読み方が可能なものである。

 もちろん純粋にエンターテインメントとして読むのも結構なことだ。

 『闇の奥』は、光文社古典新訳文庫から新訳がでている。私としては、毒舌で知られた英文学者で評論家の中野好夫訳による岩波文庫版がいいと思っているが。

 一昨年、『カラマーゾフの兄弟』が爆発的にブームとなったのも、この古典新訳文庫のおかげである。
 
 古典は読み継がれてこそ古典である。『闇の奥』も一度手にとって読んでみてはどうだろうか。

        






<関連サイト>

世界各国の「為さざる罪」ルワンダ・ジェノサイド ルワンダの夜明けパート2 (中村繁夫・アドバンスト マテリアル ジャパン社長、WEDGE、2015年12月30日)
・・「ルワンダを理解するには宗主国(ベルギー)を知らなければ分からない」と、レアメタル取引のプロが語る

(2015年12月30日 項目新設)


<ブログ内関連記事>

『ベルギービール大全』(三輪一記 / 石黒謙吾、アートン、2006) を眺めて知る、ベルギービールの多様で豊穣な世界

映画 『シスタースマイル ドミニクの歌』 Soeur Sourire を見てきた

書評 『田中角栄 封じられた資源戦略-石油、ウラン、そしてアメリカとの闘い-』(山岡淳一郎、草思社、2009)-「エネルギー自主独立路線」を貫こうとして敗れた田中角栄の闘い

書評 『OUT OF AFRICA アフリカの奇跡-世界に誇れる日本人ビジネスマンの物語-』(佐藤芳之、朝日新聞出版社、2012)-規格「外」の日本人が淡々とつづるオリジナルなスゴイ物語

「自分の庭を耕やせ」と 18世紀フランスの啓蒙思想家ヴォルテールは言った-『カンディード』 を読む
・・「理屈をこねずに働こう。人生を耐えられるものにする手立ては、これしかありません」、「それぞれが自分の才能を発揮しはじめた・・役に立たない者はいなかった」。じつに説得力のある仕事とチームワークのあり方についてのセリフ

(2013年12月23日、2015年1月9日 情報追加)




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2009年12月29日火曜日

書評 『経営者、15歳に仕事を教える』(北城格太郎、文春文庫、2008)-とくに、子供をもつ親、そして教育者によんでもらいたい本




とくに、子供をもつ親、そして教育者によんでもらいたい本

現在IBM最高顧問で経済同友会代表幹事をつとめた、「サラリーマン経営者」が15歳に向けて平易に語った、会社で仕事をするとはどういうことなのか、という内容の本。

 この本は、文庫本として活字として読むなら、15歳よりもむしろ大人が読むべき本である。音声として耳から聴くなら、15歳に向けであってもいいだろう。15歳は話のディテールがわからなくても、「感じて」もらえばいいからだ。

 この本は大人が読むべきだといったが、ビジネスパーソンなら、男性であれ女性であれ、第一章から第三章までは、ある程度まで理解できるはずだろう。自らのキャリアを考える上で、先輩の話として虚心坦懐に聞けばいい。サラリーマン経験のある経営者が何を考えているのかがわかる。

 本当に読まなければならないのは、15歳の子供をもつ親、そして教育者である。日本の就労人口のうち8割が、なんらかの形で会社で働いている以上、その会社というものが何をやるところで、会社で仕事をするとはどういうことなのかを、15歳からイメージさせておくことが必要だからだ。

 親は、自分の子供に語るためのコトバを、この本から得ることができるだろう。

 教師が子供に語るためには、会社の実態を自分自身が知っておく必要があるのだが、この本を読めば少なくとも脳内で「疑似体験」はできるはずだ。

 教育も、社会人になってからの基礎作りになるようなものでなければ意味がない。私自身、ある私立学園の諮問委員をここ数年仰せつかっているが、まだまだ企業社会と学校教育のあいだには埋めがたいギャップが存在することを痛感している。
 
 企業は、「自ら課題を見つけ、他人と違った発想ができ、それを人に説得できる人」を求めている。そして仕事は、「明るく、楽しく、前向きに」取り組んで欲しいものである。

 このための必要な教育を、家庭教育にも、学校教育にも求めたいのである。子供は、何のために働くのかがわかれば、何のために学ぶのか自ずから理解して、取り組むはずである。

 この本は、そのキッカケとなるであろう。

              
■bk1書評「とくに、子供をもつ親、そして教育者によんでもらいたい本」投稿掲載(2009年12月27日)
■amazon書評「とくに、子供をもつ親、そして教育者によんでもらいたい本」投稿掲載(2009年12月24日)


         





end

2009年12月28日月曜日

秋山好古と真之の秋山兄弟と広瀬武夫-「坂の上の雲」についての所感 (2) 



    
 NHKスペシャルドラマ「坂の上の雲」については、私はやや否定的なニュアンスで書いてきたが、これは歴史的な文脈を考えて視聴するべきであると考えるからである。
 ドラマ自体はよく出来ている、と評価したい。私も楽しみながら第一部は全部見てしまった。

 何はともあれ、昨日(12月28日)の放送で第一部が終了、第二部は2010年末、第三部は2011年末とたいへん気の長い話である。
 これだけ長期にわたるTVドラマ作成というプロジェクトは、製作する側からみてもたいへんなことだろう。何よりも、主役を演じる俳優たちが、きちんと自己管理してもらわないと、大きく支障を来すからだ。
 とくに前半の主役三人、すなわち秋山好古秋山真之の秋山兄弟と同郷の正岡子規。それから後半は、秋山兄弟に加えて広瀬武夫、である。
 第一部ではまだ正岡子規は、結核からきた脊椎カリエスに苦しみながらも、まだ養生を続けており死去するには至っていない。撮影はそのうち終わるから、正岡子規役の香川照之はじきに解放されこととなろう。
 広瀬武夫も日露戦争の旅順港閉塞作戦で戦死して「軍神」となって途中で消える。秋山兄弟は最後まで残ることになる。

 そうそう思い出したが、司馬遼太郎の問題はもう一つある。秋山真之についてである。
 「皇国ノ興廃此ノ一戦ニ在リ、各員一層奮励努力セヨ」の信号とともにZ旗(写真参照)を掲げ、東郷平八郎率いる日本艦隊がパーフェクトゲームとなった日本海海戦を立案した秋山真之参謀は、ビジネスマンから見れば、三国志の諸葛孔明以来の天才参謀といわねばならないのだが、彼は日露戦争後、精神に異常を来したという事実にいっさい触れていないことである。
 日本という「小さな国」がその存亡をかけて戦った日露戦争は、まさに死力をかけて死にもの狂いで戦った戦争である。1948年の建国以来、四面楚歌の状態にあるイスラエルにも比すべき状況であったのだ。いつ国が滅びて植民地化されるかわからない状況であった。
 だから、原作の末尾、故郷松山に戻って中学校校長として生涯を送った、最晩年の秋山好古が死の床で、ロシア軍の最強コサック騎馬軍団との死闘がフラッシュバックとして甦り、うなされていたというのも大いに頷ける話である。司馬遼太郎はこれについては多く語っている。
 しかしながら秋山真之の晩年については多く語ることをしていない。これが残念なのである。小説の構成上仕方がないといえばそれまでなのだが。
 人生の暗い面からひたすら目を背け続けた「国民作家」司馬遼太郎、彼を国民作家といい、「司馬史観」などともてはやしていては、日本人は進化しないだろう。


 さて、本題は司馬遼太郎ではない。比較文学者・島田謹二による秋山真之(1868-1918)の伝記と広瀬武夫(1868-1904)の伝記である。私としては、便乗本である各種の粗製濫造の解説本よりも、島田謹二の伝記2本を腰を据えて読んで欲しいと思うのである。
 それぞれのタイトルは、『アメリカにおける秋山真之 上下』(朝日選書、1975)、『ロシヤにおける広瀬武夫 上下』(朝日選書、1976)である。
 いずれも、文学研究者による比較文学の研究書であり、原資料をして語らしめるという手法を使っているので、正直いって読みやすい本ではない。 明治の漢文体による書簡は極めて読みにくい。しかし明治の、本当の意味で国の命運を背負っていたエリート軍人たちの肉声を聞くことができる意味では貴重である。

 秋山真之の伝記は文庫化もされたようなので、気軽に手にとって読めるようになったことは喜ばしい。もし根気があれば、司馬遼太郎の原作と読み比べてみるのもよいだろう。
 秋山真之が戦艦三笠から発した艦隊出撃報告電報「本日天気晴朗ナレド波タカシ」は後世に残る名言となった。これほど簡潔に表現した文章力は、島田謹二ならずとも、文学作品といわねばなるまい。

 広瀬武夫の伝記の「武骨天使伝」という副題が泣かせる。もうかなり昔のことだが、たまたまNHKのラジオ・ドラマで、異色の画家としても知られる、俳優の米倉斉加年(よねくら・としかね)の語りによるドラマであった。このドラマで広瀬武夫のことを知ったのである。
 ロシアの貴族令嬢との恋、しかし軍人の広瀬は旅順項封鎖戦で戦死・・・というメロドラマ調のものだったが、これがきっかけで島田謹二の分厚い伝記文学を読むキッカケとなった。

 島田謹二による、明治の海軍軍人二人の伝記は、発展途上国あるいは後進国においては、軍事官僚が数少ない知的エリートなのである(!)ということを教えてくれた本である。
 初版が出版された当時はもとより、朝日選書から廉価版がでた1970年代当時は、非現実的な「非武装中立論」などという妄論が幅をきかせていた時代であり、そんな時代に出版された、あえて軍人を称揚した伝記は、毀誉褒貶相半ばであったときく。
 以来40年近くを経て、日本もずいぶんマシになったといえるだろう。しかしながら、いまだに「平和主義」を主張して、連立政権内で妄論を吐いている女性弁護士もおり、リアリズムからまた距離が遠くなった現在の日本国ではあるが。

 明治の日本は後進国であり、発展途上国であった、という事実、この事実を知ったうえで、現在の発展途上国を見つめれば、いたずらに米国や欧州のような居丈高な態度はとれないはずだ。
 東南アジアの軍事政権による開発独裁も、そういった眼で見ることも必要であろう。国家草創期の人的資源には数量的に限界があるためだ。現在では中進国の韓国も同様のプロセスをたどっている。

 しかし、何度も繰り返すが現在の日本は先進国である。貧富の格差が拡大しようが、発展途上国における貧富の格差とは性格を異にする。
 長期スパンでみたGDPの推移のグラフなどをみてみればよい。たとえば、ネット上にはこんなものがある。
 日露戦争当時(1904年)の日本とは、まるで別の国といってよいだろう。

 今後間違いなく、日本は下降局面、すなわち「下り坂」になるが、そうはいっても緩やかな下り坂であるはずだ。
 もちろんGDPや、一人あたりGDPでは個人個人の実感とは違うことはあるだろう。これらの数値はあくまでも平均値であり、格差拡大により大幅に所得が減少している人も少なからずいるからだ。
 資本主義を選択し、上り坂にあった明治時代もまた、格差が拡大した時期である。明治後期から大正時代にかけて労働運動が激化したことを想起しなければならない。明治末期の大逆事件という冤罪、治安維持法のもとにおける、特高による社会主義者拷問などなど。
 こんなことを考えれば、言論の自由の保障された戦後日本は天国のような世界ではないか。戦前に比べたら、はるかにマシな状態であると思わねばならない。

 「下り坂」をうまく下るスキル、これは真剣に考えなければならない国家的プロジェクトではないか。もちろん個々人が取り組むべき課題ではある。
 「上り坂」は息が切れれるが怪我をすることは普通はない。しかし「下り坂」は全身で注意しなければ本当に危険である。いかに安全に下っていくか、これこそ先進国日本の大きな課題であり、チャレンジすべき目標である。
 「昇龍」は中国にまかせておけばよい。しかしその中国も天下をとれるのはたかだか30年、いや20年もないかもしれない。驕れる者も久しからず。これは中国も例外ではないであろう。

 これからの世の中、日本人は決して右顧左眄(うこさべん)することなく、気概をもって我が道を行け! これこそ幕末の志士や、明治の先人たちから受け取るメッセージではないか!?
 ドラマでも一部みられたが、秋山好古も秋山真之も広瀬武夫も、現在の観点からみたら間違いなく奇人変人の類といってもいいすぎではない。彼らはその当時にあっても奇行で知られていたようだ。

 「百万人といえど、我ひとりゆかん」の気概で生きていきたいものである。


P.S.
 ところで、この投稿をもってマイ・ブログ「つれづれ なるままに」への投稿はは201本目となった。
 何事であれ「継続は力なり」と実感している。
 次は300本を目指して書き続けていこう。ネタが尽きることはない。

      
<ブログ内関連記事>

NHK連続ドラマ「坂の上の雲」・・・坂を上った先にあったのは「下り坂」だったんじゃないのかね?  

書評 『明治維新 1858 - 1881』(坂野潤治/大野健一、講談社現代新書、2010)・・「発展途上国」であった明治日本






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2009年12月27日日曜日

「ルイス・バラガン邸をたずねる」(ワタリウム美術館)(2009年12月27日)





 先日、東京・神宮前のワタリウム美術館で開催されている企画展「ルイス・バラガン邸をたずねる」にいってきた。

 バラガン邸とは、建築家バラガンが、自分のために建築した自宅である。施主という、クライアントのわがままに疲れ果てたバラガンが、自分自身のために作った建築で、2004年には世界遺産として登録されている。バラガン邸はメキシコシティ近郊にある。

 4階建ての美術館のなかに、バラガン邸の一部を空間として再現するという試みで、バラガン邸のなかに入って、書斎、リビングルーム、ダイニング、ベッドルームを体感することのできる展示となっている。

 実際に家具や、装飾品、絵画、書籍、レコードなど、バラガンの遺品をメキシコから借りてきて展示しており、建築家の息づかいが感じられるような空間演出がされていた。

 バラガンの建築物は、日本ではとくに女性に人気があるようだ。その色彩感覚と部屋ごとの空間構成が、思索と癒しをもたらしてくれるからであろうか。

 ルイス・バラガン(Luis Barragán Morfin:1902-1988)は、20世紀メキシコを代表する建築家である。裕福なクライアントの個人住宅の建築を行ったきた建築家で、とくにピンク色の壁面が特徴となっている。

 バラガン邸もそれ例に漏れず、外壁も室内にもピンクを使った、日本人の通常の色彩感覚とはやや異なるテイストであるが、ワタリウム美術館に再現されたバラガンの部屋に入って実際に体感してみると、それほど違和感がないのは不思議な感じがする。

 バラガン財団(Barragan Foundation:スイス)の公式ウェブサイトもあるので、実際の色彩がどうなっているかは、直接ご覧になっていただきたいと思う。

 もちろん、採光を十分に計算した部屋と壁面の色彩であるから、時間帯によって受ける印象が大きく変わってくるのは当然だ。写真集にのっているバラガン邸の写真が非常に濃いピンク色に写っているのは、南国メキシコの日差しが、もっとも明るさを増した時間帯の撮影だからだろう。
 また、メキシコは基本的に日本と比べると空気が乾燥しているので、太陽光線はより強いことも関係しているはずだ。

(写真集 『カーサ・メヒカーナ』)


 バラガンという建築家が私のアタマのなかに定着したのは、つい最近のことなのだが、ずいぶん以前に米国で購入した写真集 Casa Mexicana(カーサ・メヒカーナ:メキシコの家)を実にひさびさに開いてみたところ、第6章は「バラガン・ハウス」となっていた。迂闊だったなあ、とつくづく思う。

 バラガンの建築だけを取り出してみるのもいいが、メキシコの個人建築全体のなかにバラガンを置いてみると、これがまた違和感がない。もちろんバラガン建築の個性は非常にはっきりしているのだが、メキシコ建築のエッセンスがバラガンに取り入れられていることも理解できるのだ。

 このブログでもメキシコについてはメキシコ絵画を中心に書いているのだが、個々の建築家についてはまったく関心を払っていなかったようだ。メキシコは18年前にいったきりだが、1991年に訪れた際にはバラガン邸は訪れていない。 
  
 あの当時は、日本ではあまり関心はなかったように思う。また自分自身、現代建築にはあまり関心がなかったのも事実である。

 米国のサンタ・フェというと、知的な風土をもった町として有名だが、これはニュー・メキシコ州にあることが示しているように、もともとはメキシコの領土であった。乾燥した気候と大地にふさわしい建築物が多く、哲学的、思索的な雰囲気を出している。

 メキシコシティのバラガン邸も同じようなテイストを感じるのは私だけではないだろう。

 なお、バラガンは戦後すぐの時期に自宅であるバラガン邸を建築したのちは、開発業者(デベロッパー)として高級住宅地開発に携わり、成功を収めたという。金銭的な成功だけでなく、自分の思うような空間設計と建築を行う事ができたということでもある。

 ワタリウム美術館でこれまで開催された企画展で、出版物となっているものは何点かもっているが、実際に訪れたのは実は今回が初めてである。岡倉天心南方熊楠にかんする企画展はぜひ見ておきたかったのだが、時間がとれなかったのだった。本だけはもっているのだが。

 ワタリウム美術館では会期中、毎日17時からティータイムがあって、先着10人まで、メキシコ風にハチミツ入りのカモミールティーをいただきながら、バラガン邸から借りてきた椅子に腰掛け、学芸員の方からバラガンについてお話をうかがうことのできる交流会もある。

 こういう双方向性の対話が用意されていることは非常によいことだと思う。

 企画展「ルイス・バラガン邸をたずねる」は、2010年1月24日まで開催。チケットは何度も入れるパスポート形式になっている。







PS 読みやすくするために改行を増やし、写真を大判にした。 (2014年2月15日 記す)


<ブログ内関連記事>

「メキシコ20世紀絵画展」(世田谷美術館)にいってみた
            
『連戦連敗』(安藤忠雄、東京大学出版会、2001) は、2010年度の「文化勲章」を授与された世界的建築家が、かつて学生たちに向けて語った珠玉のコトバの集成としての一冊でもある

「カンディンスキーと青騎士」展(三菱一号館美術館) にいってきた

「ルドルフ・シュタイナー展 天使の国」(ワタリウム美術館)にいってきた(2014年4月10日)-「黒板絵」と「建築」に表現された「思考するアート」

(2014年2月15日 項目新設 2014年4月23日 情報追加)





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2009年12月26日土曜日

マンガ 『俺はまだ本気出してないだけ ①②③』(青野春秋、小学館 IKKI COMICS、2007~)





俺はまだ本気出してないだけ』、自分のことをいいわけするわけじゃないけど・・・・

小学館のマンガ月刊誌 IKKI の公式のサイトに、このマンガの紹介文がある。

「俺は漫画家になる」と40歳で会社を辞め、夢を追いかけはじめた大黒(おおぐろ)シズオと、彼に振り回されて「いい迷惑っ!」な家族を巡る、苦笑い哀愁ドラマ――第17回イッキ新人賞「イキマン」受賞作家がおくる男のロマンと哀愁たっぷり、ナイス! おっさんコメディー。

 なんともいえない味のあるコミック作品。
 40歳すぎた"オッサン"たちはもちろんのこと、40歳になっていないアラサーの男性も女性も、このマンガの味わいは、わかる人にはわかるだろう。わからん人にはわからんだろう。
 けっして万人受けする内容とタッチのマンガではないのだが、けっこう癒し系とかいって、じわじわと人気を広げているようだ。東京都心部には、店頭に積み上げている書店もある。

 40歳すぎて人生やり直す!?・・・それもなんとなく、というのがこの時代にありそうな、なさそうな・・・いや、余儀なくやり直す、という人のほうが多いだろう。
 こんな夢みたいな夢(!)を語っていたら、「オッサン、あんたええ年こいて、アホちゃうか?」、と突っ込み入れられるだろう。
 夢を追うといっても、とりわけマンガ家になりたかったというわけでもなく、会社員の人生に飽きたからという理由で?・・・それがこのマンガの主人公だ。しかもバツイチで娘と自分の父親との三人暮らしである。

 月刊誌の連載なので、第3巻が現在のところ最新刊だが、ようやく主人公のオッサンはマンガ家デビュー(?)というところまでこぎ着けた。この間に2年たち、オッサンは42歳になった。
 もう出るはずの第4巻が、いっこうに出ないんだけど・・・

 『俺はまだ本気出してないだけ』、自分のことをいいわけするわけじゃないけど・・・・ね。
 オレもいつ芽が出るのか??・・『俺はまだ本気出してないだけ』、といいわけしとくかな・・・もちろん、努力だけはしないとね。

 人からみたらどう考えても"瀬戸際人生"、いや"綱渡り人生"にみえようと、本人は自分の内面の声(?)に素直なだけなのだろう。
 つねに"ワイルド・サイド"を歩く人生、これはホリエモンが社名変更する前の会社名 On the Edge の人生でもあるね。

 みんな、うまく波に乗れるといいんだけどね・・・が~んば!!

             




<ブログ内関連記事>

マンガ 『俺はまだ本気出してないだけ ①②③』(青野春秋、小学館 IKKI COMICS、2007~)

マンガ 『俺はまだ本気出してないだけ ④』(青野春秋、小学館 IKKI COMICS、2010)
 
(2016年2月6日 情報追加)



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2009年12月25日金曜日

チャウシェスク大統領夫妻の処刑 1989年12月25日


               
 ルーマニアの独裁者であったチャウシェスク大統領とその妻が逮捕され、形式的な即席裁判によって死刑を宣告され、20年前のきょう銃殺刑になった。
 すでに歴史上の一エピソードとなっているのかもしれない。

 ルーマニアのハンガリー系住民の居住地域の中心であるティミショアラで反乱が発生してから、あっという間にルーマニア全土に広がった反乱。
 第二次世界大戦で使用されたような旧式なライフル銃を使用しての市街戦の映像が記憶に焼き付いている。
 それもつかの間、チャウシェスク大統領夫妻が逮捕され、処刑された。

 ベルリンの壁崩壊のニュース聖像をリアルタイムで見れなかった私も、さすがに年末は手が休まっていたので、自宅でルーマニア動乱のニュースをフォローすることができた。
 天安門事件から始まった1989年の動乱は、ベルリンの壁崩壊で頂点に達し、そしてチャウシェスク大統領の処刑で幕を閉じた。20世紀でもっとも長い一年だったような気がする。

 チャウシェスク大統領夫妻の即席裁判と銃殺シーンについては、その当時日本のTVでも視聴したが、現在では YouTube で、英語のナレーションと字幕がついた映像をみることができる。
 装甲車から引きずり出されるチャウシェスク、たった19分間の即席裁判とその直後の銃殺刑の瞬間、そして銃発射による硝煙のあがるなか、チャウシェスク夫妻の死亡が確認されるシーンがある。題して、Nicolae Elena Ceausescu executed(7分26秒)
 のちに、チャウシェスク大統領夫妻の処刑は、ルーマニア共産党内の「宮廷革命」といわれた。共産党支配の終焉ではなく、共産党内の反チャウシェスク派が動乱に乗じて政敵を抹殺した事件だったという。
 
 私の世代が中学校の「地理」で勉強していたルーマニアは、産油国であるがゆえに、燃料エネルギーをソ連に依存する必要がなく、チャウシェスクはソ連に対しては自主独立路線を貫く"英雄"として、西側諸国ではみなされていた。ある意味、ユーゴスラヴィア(当時)のチトー大統領のような存在だったような記憶がある。

 チャウシェスク大統領夫妻は、ルーマニアの首都ブカレストから、北朝鮮に向けて脱出する寸前に逮捕されたと、その当時はいわれていた。
 もし脱出に成功して北朝鮮に亡命していたら、その後どうなっていただろうか。ハーグに召還されて裁判にかけられていたことだろうか。

 すでにチャウシェスク時代、悪化していたルーマニアの経済的苦境はいまだに続いているようだ。最近はどうかしらないが、ルーマニアではエイズ被害が拡大し、都市部ではマンホール・チルドレンが大量に発生したときいている。
 1992年に私がはじめてトルコのイスタンブールにいったたとき、やけに金髪女性が多いなと思ったのだが、聞くところによれば、その当時のイスタンブールの売春婦はルーマニア人が多かったという。イスタンブールからは陸路でつながっているし、直通列車もあるから、その話は正しい情報だったと思われる。
 独立以前のルーマニアは、オスマン・トルコ帝国の統治下にあった。
 
 いまだに、ルーマニアとブルガリアにはいっていないのが残念である。ハンガリーのルーマニア国境近くまではいっているのだが。
 EU加盟も決定しているルーマニアは、欧州では賃金水準が低いので、製造業の誘致が積極的に行われている。
  紙とエンピツがあればできるのでカネがかからないという理由で、共産主義時代から数学にチカラが入れられてきた旧共産圏、とくにルーマニアには、腕利きのコンピュータ・ハッカーが多いとも聞いている。
 豊かな先進国では理数離れが止まらないが、経済的に豊でない国では数学が人的資源の大きな武器になっているようだ。これは共産政権時代の"正の遺産"といえるだろう。
 もちろん、インターネット犯罪大国と化したルーマニアを正当化する意図はまったくない。数学に限らず、科学技術というものは諸刃の剣であり、使い方次第で善用もできれば、悪用もできる。社会の安定がすすめば、数学レベルの高さは国家発展に善用されるはずである。
 ルーマニアは、体操競技の妖精コマネチだけではないことを知るべきだろう。もっともナディア・コマネチは、ハンガリー系ルーマニア人である。

 バルカン半島にあって、多数派であるスラブ系でないルーマニアは、ラテン系の言語をもつ民族である。
 日本語ではルーマニアというが、本来の発音はロマーニアに近いことからもわかるように、ローマをその民族名と国名に含んでいる。
 もっとルーマニアに注目すべきであろう。
                 


P.S. この記事の閲覧数が多いのを感謝する意味で、YouTube キャプチャ画像を付け加えた(2011年2月24日)


<ブログ内関連記事>

書評 『「独裁者」との交渉術』(明石 康、木村元彦=インタビュー・解説、集英社新書、2010)

映画 『イメルダ』 をみる

「絶対権力は絶対に腐敗する」-リビアの独裁者カダフィ大佐の末路に思うこと

(2014年9月4日 情報追加)




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2009年12月24日木曜日

書評 『グローバル・ジハード』(松本光弘、講談社、2008)-対テロリズム実務参考書であり、「ネットワーク組織論」としても読み応えあり


対テロリズムの最前線にいる担当責任者による、ピカイチの実務参考書

 テロ組織アルカーイダによる「ジハード」についての分析とその対策実践書である。

 タイトルも装丁も地味な本である。しかも著者は現役の警察庁公安課長。しかし、決して侮ってはいけない。類書のなかではピカイチといっていい内容だ。

 なぜなら、対テロリズムの最前線にいる担当責任者の認識を文章のかたちで表現したものだからだ。そう、これは実務参考書なのだ。

 グローバルに展開するアルカーイダの組織を分析するにあたって、最新の「ネットワーク組織論」を十分に咀嚼(そしゃく)した上で、従来のテロ組織とはまったく異なる、21世紀型テロリズムとの対決の方法論を思索した内容が一書として結実した。アルカーイダには中心も、明確な指揮命令系統も存在しないのだ。自律分散型なのである。

 著者はアラビア語は解さないが、英語その他による参考文献を広く渉猟(しょうりょう)して目を通し、また各国の対テロ責任者との対話と議論をつうじて、日本では第一級の認識をもつにいたっている。

 このため、イスラーム世界に過剰に肩入れする傾向のある、日本のイスラーム研究者の論調に引きずられることなく、冷静な立場に徹することができている。「敵を知り、己を知らば・・」を地でいくものであろう。

 本書は、イスラーム過激派によるテロ活動との思想戦の実態についての現況報告であるとともに、インテリジェンスとは何かについての実践書である。遠い国の話ではなく、まさにいまこの国のなかで実際に発生している話なのである。  

 対テロ実務書としてでなく、「ネットワーク組織論」としても読み応えのある内容となっていることも付記しておこう。

 もっと広く知られていい好著である。


<初出情報>

■bk1書評「対テロリズムの最前線にいる担当責任者による、ピカイチの実務参考書」投稿掲載(2009年12月21日)





目 次

第1部 ジハード主義の思想と行動
 ジハード主義思想の形成
 ジハード主義思想の展開
 ジハード主義者の世界観
第2部 グローバル・ジハードの姿
 アルカイダとグローバル・ジハード運動
 アルカイダの姿
 グローバル・ジハードへの参入
第3部 グローバル・ジハードとの闘い
 テロ・グループの組織形態
 テロを防ぐための手法
 グローバル・ジハードと闘うために


著者プロフィール

松本光弘(まつもと・みつひろ)

1961年生まれ。東京大学法学部卒、ハーバード大学公共政策学修士(MPP)。1983年、警察庁入庁。都道府県警察、本庁の他、在英大使館、防衛庁にも勤務。警察庁国際テロリズム対策課長などを経て、2008年より警察庁公安課長(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)。なお、2011年時点では、福島県警の警視長として被災地で陣頭指揮をとっている。




PS タイトルを改題したうえ、全面改定された新版が新書版として出版されている。『イスラム聖戦テロの脅威-日本はジハード主義と闘えるのか-』 (講談社+α新書、2015)。ご参考まで。(2017年3月13日 記す)





<書評への付記>

 一年前に出版された本であり、読んでから時間がたっているが、あえてこの時期に書評を書いたのは、日本人にテロに対する慢心が見られるのではないか、と思うからである。

 たしかにアルカーイダも、ビンラディンも、ザワヒリも、ここのところなりを潜めている。

 しかし、オバマ大統領が意志決定した、アフガニスタンへの3万人の地上部隊増派計画が実行に移されると、日米軍事同盟のもと、日本も単なる文民支援ではすまされないだろう。インド洋の給油活動に徹していれば、そんなことはしなくてもよかったはずなのだが・・・

 もし自衛隊の派遣となれば、いくらアフガンの地域住民のためになることをしたとしても、民主党の小沢幹事長がいかに天皇陛下をないがしろにし、中国に使節団を率いて朝貢しようとも、米国政府の傀儡(かいらい)と見なされ、イスラーム過激派勢力からは攻撃対象になることは間違いない。

 現在、アフガニスタンのみならず、隣接するパキスタンが国家崩壊の瀬戸際にあることを考えれば、テロは過ぎ去った恐怖ではない。最近勢いを取り戻しているタリバーンがアルカーイダのビンラディンと参謀のザワヒリをかくまっていることは常識である。

 いたずらに恐れたり、いわれなき差別はいけないが、用心することに越したことはない。

 あとは、この本の著者である松本氏のようなテロ対策実務に精通した知性派の警察官僚を信頼するしかないだろう。日本のイスラーム研究者の言説に引きずられない松本氏の態度には、安全確保の責任感を十二分に感じ取ることができる。

 なお、アルカーイダは従来のテロ組織とはまったく異なる。明確な指揮命令系統も存在しない組織である。著者は「ネットワーク組織論」を十分に咀嚼(そしゃく)した上で議論を展開している。

 「ネットワーク組織」のケーススタディとしても読むことも可能な本である。


<さらなる付記>

 こんなことを書いたらさっそく米国ミシガン州で25日、ナイジェリア人テロリストによる旅客機爆破未遂事件が発生している。FBIのリストに載っていながら、セキュリティチェックを通過して搭乗できたうえ、さらには機内に爆弾を持ち込んでいた(!)ということはいったい何なのだ?

 ナイジェリアは北部がムスリム地域、南部がキリスト教地域となっており、南北間の宗教対立が収まらない。容疑者は北部出身のようだ。

 日本からの米国便では搭乗時のチェックが大幅に強化されるということだが、何もテロは米国だけで発生するのではない。東南アジアでもロシアでも中国でも、もちろん日本でも起こりうることだ。

 一般人にとってテロに巻き込まれるのは不可抗力に近いが、テロに遭遇するという確率はゼロではない、ということはつねに心しておく必要があろう。(2009年12月26日記)


<そしてついに・・・>

 2011年5月2日、米国のオバマ大統領は、アルカーイダのオサマ・ビン・ラディンを殺害したと正式に発表した。
 海軍特殊部隊(Navy Seals)による突撃で、パキスタン国内にあるオサマ・ビン・ラディンのアジトを急襲、降伏勧告を無視したため銃撃戦のすえ射殺したとのことだ。また、遺体は奪取されることや、殉教地となることを怖れて土葬せず、イスラームの儀式にしたがって水葬したという。用意周到な作戦である。
 「オサマはその死によって、その名前と物語はバラク・オバマのそれと永久に関連づけられる」と、アルジャズィーラの番組の副題にあった。オサマとオバマ、不幸な巡り合わせである。
 間違いなく報復のための無差別テロの連鎖が続くことだろう。「ネットワーク型組織」のアルカーイダのことだから、上部の指示とは関係なく、テロリストが勝手に動き出す。
 「目には目を、歯には歯を」という一神教世界の「原理原則」は、日本人には受け入れがたいものがる。あらたな問題の発生につながることを懸念するばかりだ・・・
(2011年5月3日 記す)


<しかし認識をあらたにしなくては・・・>

アルカイダ復活 西側は「勝利」の認識を新たにせよ The Economist (日経ビジネスオンライン 2013年10月4日)
・・「アルジェリア人質拘束事件」(2013年1月)においては日本人技術者も多くが犠牲になった。つい最近はケニアの首都ナイロビでもショッピングモールが占拠される事件が発生した。「自律分散型組織」であるアルカーイダは、たとえオサマ・ビンラディンが殺害されても消えることはなく増殖を続けている。



<関連サイト>

Gauging the Jihadist Movement, Part 1: The Goals of the Jihadists (Security Weekly THURSDAY, DECEMBER 19, 2013 Stratfor)
・・一般公開記事

復活するアルカイダ -テロへ向かう世界の若者たち- (NHKクローズアップ現代、2014年4月24日放送)
・・「オサマ・ビンラディン容疑者などの指導者を相次いで殺害し、アメリカが「弱体化させた」と誇示してきた国際テロ組織アルカイダ。しかし今、シリア内戦の混乱に乗じ、勢いを盛り返している。その代表格が「イラクとシリアのイスラム国」。イラク西部とシリア北部の一帯を制圧し、イスラム国家の樹立を一方的に宣言した。さらに「イスラム国」は欧米各国で多数の若者を勧誘し、戦闘員として中東に誘い込んでいる。こうした若者が帰国後、欧米諸国を狙ったテロの先兵になるとの危機感も強まっている。「アルカイダの復活」の実態と新たな国際テロの脅威を伝える」(放送内容)

状況は変化しつつある。ヨーロッパの白人がイスラームに改宗したうえで、アルカカーイダの戦闘員として破綻国家に赴いているだけでなく、かれらがヨーロッパに帰還してテロの先兵となる危険が増大しているのだ!



<ブログ内関連記事>

映画 『ゼロ・ダーク・サーティ』をみてきた-アカデミー賞は残念ながら逃したが、実話に基づいたオリジナルなストーリーがすばらしい
・・オサマ・ビンラディン殺害作戦を描いた映画

自動小銃AK47の発明者カラシニコフ死す-「ソ連史」そのもののような開発者の人生と「製品」、そしてその「拡散」がもたらした負の側面
・・AK47を「密造」するアフガニスタンに隣接するパキスタン国内のパシュトゥン族の村のルポが興味深い

映画 『ルート・アイリッシュ』(2011年製作)を見てきた-近代世界の終焉と「傭兵」の復活について考える ②
・・イラクにおける英国の民間兵士のテロリストとの戦い

映画 『キャプテン・フィリップス』(米国、2013)をみてきた-海賊問題は、「いま、そこにある危機」なのだ!
・・「破綻国家」ソマリアを牛耳るアルカーイダに強いられて海賊となった元漁民たちと民間コンテナ船の船長との攻防戦

映画 『ローン・サバイバー』(2013年、アメリカ)を初日にみてきた(2014年3月21日)-戦争映画の歴史に、またあらたな名作が加わった
・・アフガニスタンでの対アルカーイダ掃討作戦。米海軍特殊部隊ネイビー・シールズが1962年に創設されて以来、最悪の惨事となった「レッド・ウィング作戦」(Operation Redwing)をもとにしたもの

書評 『国際メディア情報戦』(高木 徹、講談社現代新書、2014)-「現代の総力戦」は「情報発信力」で自らの倫理的優位性を世界に納得させることにある
・・「第3章 21世紀最大のメディアスター-ビンラディン」「第4章 アメリカの逆襲-対テロ戦争」「第5章 さまようビンラディンの亡霊-次世代アルカイダ」を参照。アルカーイダとの「情報戦」は今後も続く

(2014年4月26日 情報追加)






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2009年12月23日水曜日

日本人が旧ソ連の宇宙飛行船「ソユーズ」で宇宙ステーションに行く時代




(宇宙飛行士ガガーリン像の前に立つ筆者 極東ロシアにて)

 ここのところ、TVのニュース番組では、ソユーズ、ソユーズと連呼している。宇宙飛行士の野口聡一さんが、今回は米国のスペースシャトルではなく、ロシアの宇宙飛行船「ソユーズ」(!)を使って、国際宇宙ステーションに向かったためだ。

 報道によれば、本日ソユーズは国際宇宙ステーションとのドッキング(・・なつかしい響きだ!スカイラブを思い出す)に成功し、野口さんは国際宇宙ステーションに移動したとのことである。サンタクロース姿の野口さんが地球にメッセージを送っていた。

 まずは目出度いことである。何よりも安全に飛行できたことは目出度いことだ。これから五ヶ月間の宇宙滞在、本人にとってはこのミッションは楽しいかもしれないが、関係者や地球上の家族を含め、ご苦労なことである。

 宇宙空間(・・この「宇宙空間」という漢字熟語はまったくのトートロジー(同語反復)だな、英語だと宇宙も、空間も space だ)での時間感覚は、いったいどのようなものなのだろうか。

 来年以降周航するという、英国のリチャード・ブランソン率いるバージン・グループによる宇宙旅行(Virgin Galactic)、日本人でも金持ちが搭乗するようだが、どのような感想を述べるのか、楽しみである。

 私が宇宙にいくことは、カネのない私には、まず無理だろうから。子供の頃は21世紀になったら自由に宇宙旅行にいけるようになる(!)なんていう未来予測があったのだが、大幅に遅れているなあ。

 日本人が「ソユーズ」という宇宙飛行船、実はロシア語では「サユース」という。サヴィエツカヤ・サユース、これはソ連という意味だが、そのサユースである。ロシア語では Союс、おそらくローマ字で Soyuz と音を転写したので、そのまま文字通りローマ字読みで「ソユーズ」となて今日に至るのだろう。ロシア語では語頭にくる o のは a と発音することが大半だ。

 今回、野口飛行士が「ソユーズ」で行く理由が、米国のスペースシャトルが来年退役という理由のほかに、「ソユーズ」がこの38年間無事故だから今回搭乗した、というのも驚きだ。

 なぜかといって、ほぼすべてが理科少年であった、われわれの小学生時代、「実はソユーズでひとが死んでるんだぜ!」というウワサが広がっていたからだ。ソ連時代のことゆえ情報開示はなく、真相は不明のままだった。現在では死亡事故の存在は明らかになっている。
 こういう不幸な事故から得た教訓で、以後38年間(!)「ソユーズ」は無事故だという。ロシアの底力を見せられる思いである。

 また、「ソユーズ」搭乗のため、野口さんはロシア語を特訓したというのもすごい。目的遂行のためには、人間はなんでもできるものなのだ!必要がなければロシア語をやる人間はあまりいないだろう。 

 しかし、あの風貌でロシア語をしゃべったら、打ち上げ基地バイコヌールのあるカザフスタンなら、キルギス人と間違われるだろう。モスクワにいたらブリヤート・モンゴル人と間違われるだろうなあ。


 「地球は青かった」という名言をのこしたガガーリン少佐
 「私はかもめ」(ヤー・チャイカ)というコトバを残した女性宇宙飛行士テレシコワ

 月面着陸に成功し、月の石を持ち帰ったアポロ計画と併走していたソ連の宇宙開発。

 高校生になってからは、米ソによる宇宙開発は実は軍拡競争だったのだと知ったが、小学生時代はそんなことはつゆ知らず興奮して少年たちは語り合っていたものだ。

 そんな時代の少年であった私は、出張で1998年極東ロシアのコムソモリスク=ナ=アムーレという、ソ連時代に開発された都市にいったとき、案内してくれたロシア人の説明で、ガガーリン少佐の巨大銅像があることを知り、実際に見てさわることができてうれしかった。

 写真はそのとき撮影したものである。日本風に銅像にまたがって写真を撮ってもらおうとしたら、ロシア人からはえらくたしなめられた。ソ連崩壊から何年もたっても、ガガーリン少佐はソ連の英雄だったためなのだろうか。それとも単なるマナー違反だったのか。

 コムソモリスクはコムソモール(共産主義青年団)からきたコトバだからだろうか、戦闘機スホーイの工場のあるその都市は、ソ連時代の生きた化石のような町であった。


 ひさびさに少年時代の夢と興奮を思い出させた、日本人・野口飛行士の「ソユーズ」による、国際宇宙ステーション行きであった。

 日本人が「ソユーズ」で何人も宇宙にゆくようになる時代、これは米国べったりの時代が続いてきたこの30年間、まったく想像することさえできないことであった。
              






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映画 「百合子、ダスヴィダーニヤ」(ユーロスペース)をみてきた-ロシア文学者・湯浅芳子という生き方

書評 『高度成長-日本を変えた6000日-』(吉川洋、中公文庫、2012 初版単行本 1997)-1960年代の「高度成長」を境に日本は根底から変化した

書評 『革新幻想の戦後史』(竹内洋、中央公論新社、2011)-教育社会学者が「自分史」として語る「革新幻想」時代の「戦後日本」論

書評 『ソ連史』(松戸清裕、ちくま新書、2011)-ソ連崩壊から20年! なぜ実験国家ソ連は失敗したのか?

『ソビエト帝国の崩壊』の登場から30年、1991年のソ連崩壊から20年目の本日、この場を借りて今年逝去された小室直樹氏の死をあらためて悼む

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(2014年10月30日 項目新設)




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2009年12月22日火曜日

Bloomberg BusinessWeek-知らないうちに BusinessWeek は Bloomberg の傘下に入っていた・・・

     
                                     
 Bloomberg BusinessWeekって・・・えっ、知らないうちに BusinessWeek は Bloomberg の傘下に入っていた。これは驚きだ。

 米国のメディア界では活字メディアの再編が大規模に進んでいるなあ。そういえば、Wall Street Journal も メディア王ルパート・マードック(Rupert Murdoch)がオーナーになっている。

 私は、米国でM.B.A.取得してからずっと BusinessWeek を読んできたが(ここ数年は The Economist しか読んでないが・・)、メルマガのサービスだけは利用している。紙媒体は読んでいないが、ウェブ版は時折みているのだが、ある日気がついたら、Bloomberg BusinessWeek となっていたわけなのだ。

 最初は、ん?と思ったがとくに気にとめずやり過ごしていたが、3週目だろうか、気になってネットで調べてみたら、やはり BusinessWeek誌は、Bloomberg に買収されていたのである。

 BusinessWeek のサイトにこういう記事が掲載されている。

Bloomberg Wins Bidding For BusinessWeek
Posted by: Tom Lowry on October 13

Bloomberg LP, the global financial data and news empire created by New York City Mayor Michael R. Bloomberg, is the winning bidder for BusinessWeek.(以下省略)

 興味があれば全文読んでみたらいいいと思う。

 Bloomberg LP の LP とは、Limited Partnership のこと。英米法において、2名以上の自然人または法人が営利を目的に共同して事業を営む事業体をいいい、日本法でいう匿名組合に近い。

 紙媒体(プリントメディア)はどこも厳しい状況にある。日本でも先日、愛読してきた「フォーサイト」が休刊宣言したばかりだ。

 ビジネス専門誌と金融情報専門通信社が合体すれば、同じくビジネス情報を扱っているので、間違いなくシナジー効果は大きいと考えられる。


 ブルームバーグ(Bloomberg)といえば、そのむかし金融機関系コンサル会社にいたとき、金融専門の通信社ブルームバーグの金融データをリアルタイムで見ることのできる専用モニターが入ったのを覚えているが、その頃はまだブルームバーグの日本進出が始まったばかりであった。

 現在ではブルームバーグ・ニュースは、ウェブでも情報配信しているのでご存じの方も多いだろう。

 創業社長のマイケル・ブルームバーグはニューヨーク市長になって一般社会での知名度も上がったいる。起業が大成功し、巨万の富を稼いだ結果である。


 ところで、ブルームバーグ(Bloomberg)というのは、アシュケナジームのユダヤ系なんだが、この名字は実に面白い。Bloom(または Blum あるいは Blumen) はドイツ語で花、Berg は同じくドイツ語で山、つまり二つ合わせて「花の山」ということになる。

 「花の山」ってなんか聞いたことあるよね。

 そう、「人のゆく 裏に道あり 花の山」。有名な相場の格言だ。

 人と同じことをやっていたのでは成功しないという意味。逆張りのすすめ、である。だから、ブルームバーグ(=花の山)というのは、まさに証券業界にうってつけの名前なわけなんだな。


 マイケル・ブルームバーグはユダヤ系の投資銀行ソロモン・ブラザーズでパートナー(共同経営者)まで上り詰めた人なんだが、ブルームバーグの自伝によれば、ある日突然クビをいいわたされるという屈辱を味わっている。

 その悔しさをバネに自分で起業し、大成功を収めたというサクセス・ストーリーなわけだ。

 『メディア界に旋風を起こす男-ブルームバーグ-』(マイケル・ブルームバーグ、荒木則之監訳、東洋経済新報社、1997)として、ブルームバーグ社の日本進出にあわせて、日本語版が出版されていた。現在は絶版のようだが。私もすでに処分してしまったので手元にはない。


 ユダヤ人の人名については、Kaganoff, Benzion C. A Dictionary of Jewish Names and Their History, Jason Aronson Inc., 1996 という本が面白くて役に立つ。

 ブルームバーグの両親はポーランド出身とのことだから、ドイツ語というよりもイディッシュ語なんだろう。イディッシュ語はドイツ語にヘブライ語などまぜたものだから、同じようなものと考えていいだろう。


 またまた話は変わるが、マンガ家・西原理恵子の『西原理恵子の太腕繁盛記-FXでガチンコ勝負!編-』(西原 理恵子、新潮社、2009)というマンガは、FXの成功&失敗をリアルタイムで描いたマンガだ。

 全編カラーでサイバラ節が炸裂しているが、FXとは「外国為替証拠金取引」のこと。FX は Foreign Exchange(外国為替、略して外為(がいため))のことで、リーマンショックの直前まで、素人が主婦も含めて大量に、海外通貨取引に手を染めていたわけだ。

 このマンガは、そのリアルタイムの体験記だが、終わりのほうでは「わけいっても わけいっても 青い山」という句を引用したマンガがでてくる。

 これはいわずもがな、山頭火だね。種田山頭火(たねだ・さんとうか)、放浪の俳人。FX会社の社長・青山ポンタ浩に引っかけているギャグだ。 

 青い山とは、「人間(じんかん)至る所青山(せいざん)あり」の青山。つまり墓場ということ。どこにでも骨を埋めることができる、という男の心構えである。 東京に青山墓地というのがあるが、その意味において、この青山墓地というのはトートロジー(同語反復)である。

 まあ、「青い山」より「花の山」のほうが、証券業界がらみなら、間違いなく儲かりそうだな。

 社長が青山、というのはサイバラの敗因の一つかも知れないな。これはもちろん冗談だが。青山さんすみません。

 コーヒーの銘柄なら、ブルー・マウンテン(=青い山)はたいへん美味いのだが・・(笑)






<ブログ内関連記事>

書評 『この世でいちばん大事な「カネ」の話』(西原理恵子著・装画・挿画、理論社、2008)-カネについて考えることはすごく大事なことだ!

書評 『マネーの公理-スイスの銀行家に学ぶ儲けのルール-』(マックス・ギュンター、マックス・ギュンター、林 康史=監訳、石川由美子訳、日経BP社、2005)





end

2009年12月21日月曜日

Google AdSense について (2) 広告掲載にあたってのフィルターの存在について


                   
 なぜかここのところ、左側のバーに広告 Ads by Google が掲載されないな、と不思議に感じていた。公共広告がコンテンツの下部に掲載されるのみである。

 2009年12月17日木曜日に投稿した「書評 『富の王国 ロスチャイルド』(池内 紀、東洋経済新報社、2008)」以来である。この日の投稿をクリックすると、左側のバーが空欄のままである。
 翌日(2009年12月18日金曜日)の投稿「『イスラエル』(臼杵 陽、岩波新書、2009)を中心に、現代イスラエルを解読するための三部作を紹介」。この日も同様に、左側のバーが空欄のままである。
 そして、12月17日以降、左側のバーが空欄のままとなっている。
 なぜだ?
 
 たいへん気になっていたので調べてみたところ、以下のような Q&A が発見された。
 題して「公共サービス広告が表示されるのはなぜですか。
 回答の一部を抜粋しておこう。
●ウェブサイトに関連性の低い広告や公共サービス広告が表示される場合は、さまざまな原因が考えられます。 一般的な理由には、次のようなものがあります。

●ページに関連性の高い広告の表示対象にならないデリケートなコンテンツが含まれている。
Google システムでは、フィルタを使用して、悪意ある、成人向け、または不適切な要素を含むページに広告を掲載しないようにしています。 サイトのコンテンツ自体はこれらのカテゴリに該当しない場合でも、ページ上のデリケートなテーマの表現により、サーバーでこのページに公共サービス広告を表示するようフラグ設定されることがあります。

 どうやら、12月17日と18日に掲載した投稿記事のタイトルにある、「ユダヤ」、「イスラエル」、「ロスチャイルド」といったタームが、Google の設定するフィルタリングに引っかかっているようだ。

 そこで、G-mail を使って自分あてにメールを送ってみた。無料で使用できる G-mail には、Google が添付する広告が自動的に掲載されることになっている。
 自分あてに送信したメールのタイトルと本文に、それぞれ「ユダヤ」、「イスラエル」、「ロスチャイルド」という単語のみを入れたメールを1通づつ用意し、合計3通のメールを自分あてに送信してみたところ、メールには広告が表示されない。
 予想通り、この3つの単語はフィルタリングに引っかかっているのだ。
 批判的なことを書いたわけではないのに、タイトルに入れた単語がフィルタリングに引っかかって、広告が掲載されないわけなのだ。

 過剰反応ではないか? 内容ではなく、単語にフィルターがかかっているというのは。
 これは、PC(political correctness)というヤツだろう。一種の「コトバ刈り」である。米国企業の Google ならやりかねない話であるが、日本人である私にはまったく解せない話である。
 内容をよく読んでもらえばわかるはずなのに、「ユダヤ」、「イスラエル」、「ロスチャイルド」は Google では PC の観点から容認されない、という事実。
 これだと、たとえばイスラエル旅行を推奨する記事を書いても広告がつかない、ということになるのだろうか。バッカじゃないの、と思うのは私が現在日本に住んでいて、日本語で書いているためだろうか。
 「ユダヤ」、「イスラエル」、「ロスチャイルド」がデリケートな話題であることは、もちろん私も重々承知している。だからこそ慎重な扱いをしているというのに・・・
 もちろん、Google以外の対応がどうなのか知らない。
 
 結論としては、2009年12月17日と18日の記事を削除しない限り、このブログ全体に対して広告がつかない、と考えてよさそうだ。これらの日以外の投稿にかんしては、個々の投稿記事には広告はつくが、ブログ全体にはつかない。
 広告収入をあてにしているわけではないので、私はすでに投稿した記事を削除するつもりはまったくない。

 なにか皆さんの参考になるのではないかと思って、あえてこの件で記事を書くこととした。
 Google が簡単に圧力に屈しやすい体質をもっていることは、中国政府との対応でも明らかになっていることである。これは周知の事実である。


<付記>
 レイアウト変更を行って、左側のバー上部にあった「広告 Ads by Google」を削除することとした。
 レイアウトがスッキリしたのではないかと思うが、いかがかな。(2009年12月22日)

              
 

2009年12月20日日曜日

NHK連続ドラマ「坂の上の雲」・・・坂を上った先にあったのは「下り坂」だったんじゃないのかね?


             
 司馬遼太郎の原作のNHK連続ドラマ「坂の上の雲」は、ドラマとしては実に面白い。視聴率がとれているのも十分に頷ける。
 前評判とおりかなりカネをかけて大がかりなセットで撮影しているし、伊予松山出身の秋山兄弟を演じる阿部寛と本木雅弘の演技も素晴らしい。NHKならでは、といえるだろうか。

 原作を読んだのはもう20年近く前だが、その頃はまだ「下り坂」は実感していなかった。坂を登り切ったあとが「下り坂」になることもまったく考えていなかった。若かったからだろう。まだ20歳代だった。
 そしてまた、当時はまだ「一億総中流社会」が半永久的に続くかのような幻想を国民の大半がもっていたからだろう。その頃が戦後日本社会のピークだったことにも気がつかずに。

 ブログでもすでに書いたとおり、「坂の上の雲」をつかもうとひたすら登ったら、そこが絶頂で、あとは下りあるのみ、これが日露戦争後の日本であった、と司馬遼太郎は暗示しているのだが・・・

 はっきりいって思うが、いまこの時点で「坂の上の雲」をドラマ化して放映するのは、時代錯誤もはなはだしいのではないか。アナクロニズムの極地ではないか。
 すでに「下り坂」にある日本にとって、明治という時代も、また来年の大河ドラマの主題である坂本龍馬も、これからの日本人にとってはモデルになりえないだろう。日露戦争の勝利を頂点に、その後の日本は大東亜戦争の敗北という奈落の底に落ちてゆくのに。

 「坂の上の雲」は、「ニッポンは小さな国であった」というナレーションが入るが、現在の日本は小さな国ではない。まもなく中国に追い抜かれる見込みだとはいえ、いまだGNP世界第2位の「大国」である。
 1980年代の日本人はすでに大国になっているのに小国意識のもちぬしだと、よく批判されていたものである。大国なのだから応分の負担をせよと。
 バブル時代、日本人は史上空前の好景気に狂乱し、大国意識に酔いしれて自分を見失った。
 そして「一億総中流社会」の幻想が崩壊したいま、また日本人は小国意識に戻ってしまっている。
 「下り坂」ではあるが、ボトムに落ちてしまったわけではない。いまだ「大国」である。方向性をいまだに見いだせていないだけである。

 おそらく、いまこの時点で「坂の上の雲」が視聴率がとれるのは、視聴者が目の前にある暗い現実をみたくない、夢をもう一度、という願望の現れなのだろうが、私はこういうドラマで一時的な満足感を得たとしても、今後の「下り坂」社会を生き抜く上では、あまり意味がないのではないかと思うのだ。
 
 明治時代は今後の日本と日本人のモデルとはなりえない
 明治時代は、日本史のなかでは、きわめて特殊な時代であったことに気がつかないといけない。


 こんな本があるので、書評を再録しておこう。


『下り坂社会を生きる』(島田裕巳/小幡 績、宝島社新書、2009)

もうすでに「下り坂」なんだよ、という「気づき」を与えてくれる本


 現在の日本は「下り坂」にある、という現状認識をめぐっての、経済に関心の深い宗教学者と宗教に関心の深い経済学者の対談。
 テーマは、「成長神話の終わり」から始まって、「政治家と官僚」、「経済学」、「大学」、「職業」、「お金」と多岐にわたって下り坂の現状について語り合い、「脱成長を生きる発想」でしめくくる。

 経済学者は「永遠の下り坂」にあるのだから、下り坂は大きく差がつくので「下り方」を身につけねばならない、と主張する。
 一方、宗教学者はそもそも「下り坂」と認識すること自体が幻想なのでないかともいう。
 短いスパンでものを見ているから、どうしても悪くなっていと思うのだろうが、長いスパンでものをみれば必ずしもそうではない、ということだ。
 お互いいっていることは同じである。

 いずれにせよ、日本はいきつくところまでいってしまって、モノがあふれかえっているわけだし、景気が悪くなれば日本人の消費に対する目はさらに厳しく鍛えられることになっていくわけだ。
 だからこそ、商品でもサービスでも質にかんしては日本はすでに世界最高になっているわけである。中国から大量に観光客がやってきては日本でメイド・イン・チャイナ(!)の製品を買っていくわけだし、世界中の人が日本に憧れるのは当然なのだ。
 そういわれてもあまりピンとこない人が多いのは、日本の内部にいて、毎日のように評論家やエコノミストが不安をあおっているのを耳にしているからなのだろう。評論家たちはみな「バブルの夢をもう一度」とおもっているのだろうが、発想の転換ができない「過去の人たち」なのだ。
 
 そもそもが「下り坂」なんだから、足をくじいて怪我したりしないように気をつけて、時間をかけてゆっくりと下っていけばいいじゃないの、というのが本書の結論だろうか。賛成である。
 もちろんそのためにはノウハウが必要だ。具体的なノウハウについてはあまり語られていないが、これについては今後いろんな人たちが語っていくだろうし、なによりも読者ひとりひとりが考えていくべきことだろう。

 もうそろろろ「下り坂」だという現実をみんなが認めるべきだろう。現実をキチンとみつめていけば、これからの生き方は自ずからでてくるはずだ。何よりもまず「心構え」をもつことが必要だろう。 

 そんな「気づき」を与えてくれる本である。


■bk1書評「もうすでに「下り坂」なんだよ、という「気づき」を与えてくれる本」投稿掲載(2009年12月17日)






<ブログ内関連記事>

秋山好古と真之の秋山兄弟と広瀬武夫-「坂の上の雲」についての所感 (2)

書評 『3種類の日本教-日本人が気づいていない自分の属性-』(島田裕巳、講談社+α新書、2008)

「宗教と経済の関係」についての入門書でもある 『金融恐慌とユダヤ・キリスト教』(島田裕巳、文春新書、2009) を読む




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2009年12月19日土曜日

「空気は読むものじゃない、吸うものだ」(笑)


      
 ネット上で名言(迷言?)を発見した。

 「空気は読むものじゃない、吸うものだ

 某理系男子の発言である。座布団三枚、に値するな(笑)。

 この国の閉塞感をもたらしている原因のひとつに「空気」の存在があることは、このブログでも『「空気」と「世間」』(鴻上尚史、講談社現代新書、2009)の書評などをつうじて何度も書いてきた。

 とくに若者たちが「空気」を読め、という見えない圧力のなかで萎縮している状況は、看過できないものがある。
 もちろん「空気」は読めた方がいいにきまっているが、とはいっても「空気」を読んでばかりしているのでは、生産的な議論はいつまでたってもできやしない。

 そんな状況でこの名言(迷言?)を口にしてみてはどうだろうか。

 「空気は読むものじゃない、吸うものだ

 出典は、日経ビジネスオンラインに掲載されている、「理系クンが書くマニュアルが読みづらい理由『私の夫は理系クン』鼎談・その1」である。

 もちろん、「空気は読むものじゃない、吸うものだ」といったとき、その場の「空気」がどうなるか、当方はいっさい関知しない。
 「空気」が一気になごむかもしれない。あるいは、「空気」が一気に冷え込むかもしれない。

 誰か試してみませんかね(笑)。

                

2009年12月18日金曜日

『イスラエル』(臼杵 陽、岩波新書、2009)を中心に、現代イスラエルを解読するための三部作を紹介

                            
 イスラエルにかんする本は、1948年の建国以来、日本語でも無数に出版されているが、今年(2009年)出版された、パレスチナ問題の研究者・臼杵陽氏による『イスラエル』(岩波新書、2009)は新書版だが、最近の吹けば飛ぶような中身の薄い新書本にはない、長年の研究成果がふんだんに盛り込まれた、濃厚な舌触りのスープのような本である。

 その心は、エッセンスが詰まっている、ということだ。

 このブログにも記したが、先日アニメーション映画の『戦場でワルツを』をみてから、再びイスラエルへの関心が自分のなかに甦ってきた。

 再びというのは、20歳代のとき、私はユダヤ教徒でも、キリスト教徒でもないのにかかわらず、イスラエルに多大な関心を抱いて、日本イスラエル親善協会の会員になって「月刊イスラエル」なんて購読していたし(・・現在は会員ではない)、1992年には実際にイスラエルの地を踏んでいるからだ。

 エルサレムもテル・アヴィヴも、マサダ(・・古代ローマ時代エルサレム陥落後ユダヤ熱心党がこの要塞で玉砕)も、死海も、ガリラヤ湖も、サフェド(・・ユダヤ神秘主義カッバーラーの中心地)も、いまだに地雷の埋まっているゴラン高原も訪れ、社会主義に基づいた集団農場であるキブツには一泊もした。狭い国だから短時間で見て回れる。紅海のリゾート地エイラートにいってないのは残念だが。

 サッダーム・フセイン大統領時代、イラクがイスラエルにスカッド・ミサイルを打ち込み、あわや全面戦争かという危機状況がイスラエル側の自制によって沈静化してから、さほど時間のたっていない時期の訪問である。その後、その当時イスラエル国民全員に配布されたガスマスクを入手したが、日本では使用する機会がないのは幸いである。

 その後もスピルバーグ監督の『ミュンヘン』も見ているし(・・1972年のイスラエル選手団殺害事件はリアルタイムで知っており記憶のなかにある)、イスラエルの秘密諜報機関モサッドものは昔たくさん読んでいる。
 日本の新聞はそもそもエルサレムやテルアヴィヴに支局を置いてなかったので(・・日経新聞はカイロから取材しているのは論外)、私は中東情勢は英語情報でフォローしてきたが(・・もちろん英語情報は量は多いがバイアスがかかっている)、情報を追っているだけでは見えてこないものがある。

 やはりなんといっても、バックグラウンドとなる基本書籍を読まないと、情報の意味もきちんと把握することはできないものだ。

 しかしこの『イスラエル』は、200ページ強という短いページ数に詰め込んでいるので、キチンと読むには骨が折れるし、また読み飛ばしてしまうには惜しい内容の本になっている。より深く現代のイスラエルについて知るためには、この本の前提となる先行する二冊をも読んだ方がよいと思うので、一緒に紹介することとした次第である。

 もちろん著者の臼杵陽氏はもともと、イスラーム研究者の板垣雄三・東大名誉教授の弟子であり、パレスチナ研究からイスラエル研究に入った人であるので、当然のことながら、ある種のバイアスは存在するだろう。しかしこのバックグラウンドゆえに見えてくるものも多い。その最たるものがイスラエルにおける"ミズラヒーム"の存在である。

 ミズラヒームとは、中東イスラーム世界出身のユダヤ人のこと。

 いまオフラ・ハザ(Ofra Haza)の曲をCDでかけながらこれを書いているが、80年代のワールド・ミュージックブームのなか世界的にヒットしたイスラエルの歌姫オフラ・ハザもイエメン系ユダヤ人、すなわちミズラヒームであった。

 イスラエルのミュージック・シーンにはミズラヒームが多いことを前振りにして、さっそく本の紹介に入ってゆきたいと思う。


現代イスラエルを解読するための"三部作"

①『イスラエル』(臼杵 陽、岩波新書、2009)
②『原理主義』(臼杵 陽、岩波書店、1999)
③『見えざるユダヤ人-イスラエルの<東洋>-』(臼杵 陽、平凡社選書、1998)



①『イスラエル』(臼杵 陽、岩波新書、2009)

 ■ミズラヒーム(=中東イスラーム世界出身のユダヤ人)という視点からみたイスラエル現代史


政治史を中心に新書版一冊にまとめた、1948年の建国以前から建国60年を過ぎた現在にいたるイスラエル現代史。

 イスラエルにかんする本は無数に出版されているが、本書における著者の最大の功績は、イスラエル社会の現在の実態に即し、従来から日本でも知られている枠組みである、アシュケナジーム(=中東欧系ユダヤ人)スファルディーム(=1492年のスペイン追放後、地中海沿岸地方と欧州各地に離散したユダヤ人)の違いよりも、アシュケナジームとミズラヒーム(=中東イスラーム世界出身のユダヤ人)の違いという視点からイスラエルを考察していることであろう。

 ミズラヒームは、モロッコ、イラク、トルコ、イエメンなどから、イスラエル建国後移民してきたユダヤ教徒である。彼らは、シオニズムという世俗国家の理念とも西欧流のライフスタイルとも関係なく、現在にいたるまでイスラエル社会の下層としての生活を余儀なくされてきた存在だ。

 本書は、一言でいってしまえば、ミズラヒームとパレスチナ人を含めたアラブ系イスラエル人という視点からみたイスラエル史である。

 イスラエル現代史とは、主流派であったアシュケナジーム中心の世俗国家から、多文化社会への変容によって、きわめて宗教色の濃い国家に変貌させてきた歴史である。

 これは、『見えざるユダヤ人』(平凡社、1998)で、ミズラヒームの存在を日本語でははじめて読める形として読者に提示した著者ならではの特色である。移民国家で、多文化社会であるイスラエルは、どのカテゴリーに焦点をあてるかで、まったく異なる像が描かれることになるからだ。

 イスラエル建国の中心となった、アシュケナジーム系のシオニストが主流派であった労働党が凋落し、ミズラヒームに加え、エチオピアやソ連崩壊後のロシア系移民も含めた出身地と、宗教的姿勢から複雑にカテゴライズされている現在のイスラエル社会は、著者がいうように、多文化主義性格をもつがゆえに、その反動として逆説的にナショナリズム的な行動をとらざるをえない傾向が強まっている。そうでないと国民がバラバラになってしまうという懸念につきまとわれているためだ。

 イスラエルという国家のアイデンティティはいったい何なのか。周囲を外敵に囲まれているという意識から、安全保障以外に国民の共通利害がないのか。
 また、還暦をすぎたイスラエルという国家は、今後どういう方向に進もうとしているのか。
 多様性と、ユダヤ性強化というナショナリズムとのあいだに存在するジレンマに引き裂かれる状況、これはイスラエルだけでなく、中国も含め、戦後独立した新国家にみな共通する難題であろう。

 本書は、一冊の新書本に情報を詰め込んでいるので、ちょっと読みにくいのは否定できないが、じっくり腰をすえて読めば、必ずや得るところは大きいはずだ。読む価値のある労作である。


<目次>
 第1章 統合と分裂のイスラエル社会
 第2章 シオニズムの遺産
 第3章 ユダヤ国家の誕生
 第4章 建国の光と影
 第5章 占領と変容
 第6章 和平への道
 第7章 テロと和平のはざまで
 終章 イスラエルはどこに向かうのか


 ■bk1書評「ミズラヒーム(=中東イスラーム世界出身のユダヤ人)という視点からみたイスラエル現代史」投稿掲載(2009年12月6日)





②『原理主義(思考のフロンティア)』(臼杵 陽、岩波書店、1999)
 
『イスラエル』(臼杵陽、岩波新書、2009)を読んで消化不良を感じた人、あるいはまた物足りないと感じた人はぜひ


「原理主義」(ファンダメンタリズム)という、ある種のレッテル貼りによって、実態を直視しないで思考の外に追い出してしまおうという態度は、日本だけでなく世界的に存在するようだ。

 本書が出版された1999年当時は、「原理主義」といえば、「イスラム原理主義」のことを指していた。その後2001年に発生した「9-11テロ」でこの見方がさらに進行したようにみえたが、最近ではより理性的な議論がされるようになってきてはいる。

 一般社会でも、「イスラム原理主義」よりも、「イスラーム過激派」、「イスラーム主義」ないしは「イスラーム政治運動」などが使用されるようになっている。

 1999年に出版された本書は、当然のことながら「9-11」以降の状況については触れていないが、1980年代以降、世界的に顕著になってきた、宗教に軸をおいた過激な政治運動をどう「名づけ」るかという、やや込み入った議論を第1章「原理主義とは何か」で行っている。

 その上で、第2章では具体的なケーススタディとして、イスラエル国内の「ユダヤ教原理主義」を取り上げ、徹底的な分析を行っている。とくにこの第2章が実に興味深い。

 著者の再近著である『イスラエル』(岩波新書、2009)では、世俗国家理念であるシオニズムの国家像に対して、エスニシティや宗教的姿勢にアイデンティティを置く国家像が全面にでてきたことが記述されている。

 この新書版で簡単に触れられている「ユダヤ教原理主義」の詳しい中身や、アメリカのエヴァンジェリカル(=キリスト教原理主義)に存在する「キリスト教シオニズム」との同床異夢の共犯関係が、本書『原理主義』第2章では詳述されている。

 「ユダヤ教原理主義」の潮流がイスラエルという国をどう変化させてきたのか、宗教思想的な観点から知ることができるのは、大きな収穫であるといえる。そしてまた、アメリカがなぜイスラエルに過剰な肩入れをしているのか、その根本的な理由も知ることができる。

 『イスラエル』を読んで消化不良を感じた人、あるいはまた物足りないと感じた人はぜひ、同じ著者による『見えざるユダヤ人』(平凡社、1998)だけでなく、本書『原理主義』とあわせて読むことをすすめたい。急がば回れ、である。

 本書を読むことで、イスラーム、キリスト教、ユダヤ教の原理主義運動の、一筋縄ではいかない、複雑で危険な三角関係についても知ることができる。これを知ることは、冷戦崩壊後の世界について考える上で、もはや不可欠の常識となっていいのではないだろうか。

 「原理主義」の思考パターンについて、イスラームでもキリスト教でもない、ユダヤ教の「原理主義」について知ることができる本書は、手軽だが内容の濃い一冊であるといえよう。

<目次>
 Ⅰ 原理主義とは何か
  第1章 現代日本の原理主義
  第2章 論争のなかの原理主義
  第3章 方法としての原理主義
 Ⅱ ユダヤ原理主義を考える
  第1章 ナショナリズムと原理主義のあいだ
  第2章 ユダヤ原理主義と暴力
  第3章 原理主義のゆくえ
 Ⅲ 基本文献案内

  
 ■bk1書評「『イスラエル』(臼杵陽、岩波新書、2009)を読んで消化不良を感じた人、あるいはまた物足りないと感じた人はぜひ」投稿掲載(2009年12月8日)






③『見えざるユダヤ人-イスラエルの<東洋>-』(平凡社選書、1998)

中東イスラーム世界出身のユダヤ人であるミズラヒームの存在について、日本語でよめる書籍としてはじめて焦点をあてた先駆的かつ貴重な本である。

 1998年に出版されてすぐに読んだので書評は書いていない。目次を紹介することでそれに替えたいと思う。


プロローグ イスラエルのなかのオリエント
第一部 ミズラヒームとは誰か
 第1章 イスラエルのエスニック文化-モロッコ系ユダヤ人の祭の復活
 第2章 見えざるユダヤ人-ミズラヒームとは誰か
 第3章 ミズラヒームと「文明化の使命」-離散と救済のはざま
 第4章 知られざるユダヤ人-イエメン系ユダヤ人のパレスチナ移民
 第5章 共存の終焉、対立の始まり-ミズラヒームとアラブ・イスラエル
第二部 エスニック・イスラエル?
 第6章 バイリンガル・ハイファ?-ヘブライ語 and/or アラビア語世界
 第7章 マイノリティと国家-民族国家 vs. 民主国家
 第8章 越境する知識人とオリエンタル的植民地-エドワード・サイードとエルサレムとエルサレム・カイロ
 第9章 記憶のなかのオリエント-<地中海>的メトロポリスへの回帰
プロローグ 「オリエント」からの銃弾-ラビン暗殺の衝撃


 『見えざるユダヤ人-イスラエルの<東洋>-』(平凡社選書、1998)は残念ながら現在は品切れ。図書館で借りるか、古本なら入手可能。






 さて以上で"三部作"の紹介を終えるが、現代イスラエルの状況をアシュケナジームとミズラヒームとの違いから図式的に整理すると、以下のようになるだろうか。

●労働シオニズム(あるいは社会主義シオニズム):近代的、西洋的、産業資本的、農村的、世俗的    
●修正主義シオニズム:いわゆる右派のリクード、である。現在の首相はビンヤミン・ネタニヤフ
●ミズラヒーム:地中海性(=レヴァント性):前近代的、地中海的、商業資本的(流通資本)、都市的、宗教的

 ミズラヒームは、モロッコやイラク、トルコ、イラン、イエメンからは主にイスラエルへ移住している。
 ただし、フランスの植民地であったアルジェリア出身のユダヤ人は、植民地の宗主国であったフランスに多く移住し、西欧人として活躍しているケースも多い。
 たとえば、経済学者で思想家、ミッテラン大統領の顧問、欧州復興銀行の初代総裁も歴任したマルチ・タレントの異才ジャック・アタリ、哲学者のジャック・デリダなどが著名である。いずれもフランスによる植民地化以前からのアルジェリア在住のユダヤ人ファミリー出身である。
 インターネット上にアップされている下記の論文はたいへん興味深い内容なので、興味があれば参照するといいだろう。

 ●臼杵陽 「スファラディーム・ミズラヒーム研究の最近の動向 -雑誌『ペアミーム』を中心にして-」の要旨は閲覧可能。
 ●田所光男「北アフリカからのユダヤ人- 思想家、歌手、お笑い芸人-」も興味深い。


 なお、ネット書店のbk1で週に一回更新の「書評の鉄人」コーナーで、私が書いた書評が以下のように紹介されていたので紹介しておこう(2009年12月11日更新)。12月18日現在すでに最新版が更新されて、ネットからは消去されているようなので、写真画像を添付しておく。

書評の鉄人

“サトケン”さんの書評をご紹介します

「多様性と、ユダヤ性強化というナショナリズムとのあいだに存在するジレンマに引き裂かれる状況、これはイスラエルだけでなく、中国も含め、戦後独立した新国家にみな共通する難題であろう」(『イスラエル』の書評)

「本書を読むことで、イスラーム、キリスト教、ユダヤ教の原理主義運動の、一筋縄ではいかない、複雑で危険な三角関係についても知ることができる。これを知ることは、冷戦崩壊後の世界について考える上で、もはや不可欠の常識となっていいのではないだろうか」(『原理主義』の書評)

2本ともこの上なく刺激的。国際情勢について想いをめぐらす際、これからもずっと参考にしたい本であり書評です。事象の根底にあるものを考えさせられます。

(オススメ:人文書担当者)


 本なんていうものはどう読もうと読者の勝手ではあるが、「ミズラヒーム」と「ユダヤ教原理主義」というキー・タームをアタマのなかにいれておくと、世界情勢の見方に厚みが増すことは間違いない。

 イスラエルのポピュラー音楽については、次回以降紹介する予定。

         




(2012年7月3日発売の拙著です)








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